はてなキーワード: 一年とは
睡眠不足でイライラしてたせいか授業を聞いてなくてソワソワしてる子にどうしたの?と訪ねても反応しないことにキレてしまった
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受けて立つよ
先にも書いたが俺の仕事はエンジニアだ、プラントエンジニアだ。
日本ではほぼ使われない海外の機器を多く扱う、それが俺のバリューだ、稼げる
RockwellのAllen-Bradleyで話をしよう。これなら最近は案件に関わってないので身バレはせんだろう
かなり前に勉強したおしたのでわりと詳しい、
なんか問題出してみ、AIでは間に合わんスピードで回答してやるから
んで、そのスキルセットをLinkedInあたりで求人平均単価をしらべりゃいい、ChatGPTに投げりゃ調べてくれる
これでどうだ?
それに絡んで、サウジアラビア、ラビーグプロジェクトの話をしようか?AB-PLCが大量に使われてる
行ったことある人しか知らん話、いくらでも書けるぞ、サイトから街に出るバススケジュールの話でもするか?
まぁいい、んで、確かに俺は海外には出てない、海外で仕事してるだけで生活の拠点は日本だ。最初から書いてる
だけど、それは運よく日本で技術的なキャリアを積めたからで、今の若い人たちはそのルートもどんどん狭まってる
だからいっそのこと、柔軟な間、学生の間に海外へ軸足を向けてはどうか、っての俺のアドバイスの本論だ
俺、なんか間違えたこと言ってるか?
50歳を過ぎた。
ワークライフバランスという言葉は好きじゃないが(ライフ∋ワークだろ)、ちょっと仕事にかける時間を減らそうと思った。
しばらくは完全に仕事辞めて本など読んで過ごそうと思うが、どこかでまた働かないとな、とは思う。
世の中の役に立つことがしたい。漠然とそう思う。
今の仕事は「目の前の人を助ける」ことがメインで、それはそれで性に合ってもいたんだが、その仕事が総体として(俺が支えた人達の出す成果も合わせて考えて)まるで世の中の役に立ってないという思いがある。景気もあるし、社会の流れもあるし、仕方ないとも思っているが、仕事を変えるなら今度はそこを重視したい。
で、考えたが、果たして今世の中の役に立っている仕事ってどのくらいあるんだろう。お医者さんは患者の病気を治療して役に立っているが、一方で高齢者の見つけなくていい病気を見つけて無駄に治療したり入院させたりしてる面もある(親戚はそれでボケた)。インフラに携わる人は世の中の役に立っていると思うが、一方で環境を破壊したり地方を見捨てたりしないといけない面もあるだろう。もっとミニマムに、町内の役に立つ仕事とかをすればいいのか(ボランティアでも)。だがそんな身近なことですら、自分が役に立つ(町内を良くしてゆく)想像ができない。
結局、l世界がこれから良くなっていくというイメージがまるで湧かない以上、何をしても無駄なのかもしれない。
じゃあそんな身の丈に合わない望みは捨てて、自分のためだけに時間を使うべきなのか。たぶん俺はずっと本を読んでその感想を書いてたりすれば一生飽きずに過ごせる。あとは日本語の歌詞についてや、キャッチコピーについて研究したりもしたいな。好きな漫画家について批評文もまとめてみたい。そんな自己満足は、もちろん虚しくはなるだろうが、それは今仕事していて感じている虚しさとはそう変わらないだろう。
金には少し困るだろうが、おそらく長生きもしないし、なんとか逃げ切れなくない気はしている。
とはいえ。
やっぱり社会となんらかの接点がないとダメなのか?という不安もある。
観光地で解説ボランティアのオッちゃんがいて、あーこういうのいいなと思うんだが、俺はそっちの興味も素養もない上に、コミュニケーションスキルがまるでないので、あれはできないしやるつもりもない。でもあんな感じの仕事(ボランティア)はいいなと思っている。
なんかそういう道、ないだろうか。
アホかw
そんな期間は生後1年で終わる、
あのな、女は授乳期間中はプロラクチンが分泌されんの、いわゆる母性の種
女はこれが一年間ドバドバ出るの、そりゃ子育ては大変だもん、賢者モードになってなきゃやってられんよ
女も適度にセックスしてりゃセロトニン、プロラクチンが分泌されるが、幼児がいるとセックスもなかなかできない
精神的、肉体的な充足が得られない
子供は4,5歳まで手がかかり、13,4歳まで超手がかかる
保育園、幼稚園の間は園から頻繁に連絡が来る、吐いた、熱が出た、迎えに来い
こんなもんまだましで、小学校に入ると学校からの連絡はさらに増える、対応が難しくなる
喧嘩、揉め事、大怪我した、授業に集中しない、宿題ちゃんと指導してください、給食時間中の夜の踊り子無限ループやめさせてください、PPAP観せないでください
授業で育てたナスの鉢を持って帰ってください、水着、上履きの忘れ物
ソロで外出を許すようになると、さらに、イジメは本格的になる、加害者でも被害者でも親の心労は増える
ゲームに夢中で宿題をしない、夜ふかし、朝起きない、不登校、学業不振
あぁあの頃は可愛かったな、妻ともなんとかやり過ごせてた、赤ん坊が懐かしい
てか、キミの書いたテキストの内容を妻に伝えて(アレンジは必要だが)、「褒めて、褒められたら伸びるタイプ」って頼めばよかろうに
なんでそこ無駄に格好つけるん?
連載誌であるアフタヌーン読者だから、去年はまだ掲載していた気がするなとか思い返していた
そういや主人公の三橋の捕手である阿部は、もともと阿部慎之介と言う名前だったはずだ
なんか連載準備中に巨人入団しようとする捕手と偶然にも名前被っているぞと気づき、下の名前だけ変えたそう
阿部慎之助が2001年に巨人入団して、引退して、監督になって、この間監督を辞任した
『おおきく振りかぶって』は2003年に連載開始して、現在主人公たちはようやく二年生になって新入生を迎えたところでたしか話は止まっている
もともと練習風景も試合もゆっくり丁寧に描く漫画だけど、いつ終わるんだろう
正直、あまりにもゆっくり進むから野球部が発足して主人公たち一年生だけのチームの一年を描いたら終わりなのかとか、
一気に話が三年にとんだりするのだろうかと思ったら普通に二年生になったので驚いた記憶がある
ハンター×ハンターが連載再開したけど、どっちが先に完結するんだろう
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスについて私が書くべき最後のエッセイ
メアリー・K・ホランドがウォレスの女性嫌悪という「未解決の問い」に終止符を打つ
デイヴィッド・フォスター・ウォレスの作品は長年にわたり、(そう考えられてきた)暗澹たるポストモダン的主張――「すべてはほとんど不可能になってしまった」という認識――が数十年続いた後に、小説を共感、誠実さ、そして人間的なつながりへと大胆に方向転換したものとして高く評価されてきた。
彼の作品は、言語的に豊かで構造的にも革新的であるだけではない。主題の面でも強い魅力を持ち、リベラル・ヒューマニズムが覆い隠してきた抑圧、テクノロジーとアメリカ的ナルシシズムがもたらす魂を殺すような危険、そして皮肉(アイロニー)に支配された文化がますます無力化していく状況を、見事に批判している。
ウォレスは、人間が他者をより深く見つめ尊重するためには自己認識を育てなければならない、と感動的に語り、書いていた。そして読者と作者の関係そのものを、刺すような親密さで構築する形式的な方法を生み出した。そのため彼のファンも批評家も、まるで彼自身を知り、愛しているかのように感じている。
彼が自殺によって亡くなってから一年後、彼と彼の作品への大衆的・批評的関心が現在存在するウォレス研究という一大分野へ発展し始めた頃、彼は初めて、女性をつけ回し、操り、身体的暴力を振るった女性嫌悪者として告発された。
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2009年の回想録『Lit』で、メアリー・カーはウォレスが自分を追い求め、短い恋愛関係に至り、最終的には激しい口論の末、「彼が私に向かってコーヒーテーブルを投げつけた」という数年間の関係について、4ページにも満たない範囲で語っている。
しかし、10年近く後に彼女がこの関係について語った内容とは違い、ここでのカーの語り口は終始、知的でユーモラスなものに保たれている。
また彼女は、ウォレスの激しさについての告白の後には必ず、自分自身の後悔すべき行動についても告白している。
彼の「怒りの爆発」について、カーは「謝らなければならなかった文章(言葉)」があったと認め、さらに「もちろん、彼がそこまで怒るだけの十分な理由はあったに違いない」と、私たちに二度も念を押す。
コーヒーテーブルを投げつけられた出来事を説明した後、彼女は括弧書きでこう述べる。
「何年も後になって、私たちはこの騒動全体について、お互いが書いた長い謝罪文を受け入れることになる」
まるで、家具を投げつけられた側が、それを投げた側と同じ程度に罪を負っているかのように。
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その3年後、D・T・マックスはウォレスの伝記を出版し、カーとの関係についてさらに衝撃的な詳細を明らかにした。
さらにマックスは、ウォレスの性生活や女性に対する公言された態度についても十分な情報を明かし、彼をまるで彼自身の小説に登場する醜悪な男性の一人のように見せた。
ウォレスは朗読会に来た女性ファンたちを「観客のマンコ(audience pussy)」と呼んだ。
ジョナサン・フランゼンに対して、自分の人生の唯一の目的は「できるだけ多くの女性の膣に自分のペニスを入れること」なのではないか、と考えていた。
『インフィニット・ジェスト』のオリンのように、「若い母親を征服することへの性的フェティシズム」があると認めた。
そして「その女性たちの一部が自分の教え子であることを気にしていないふりをしていた」。
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2016年、故ウォレスに捧げられたアンソロジーの中で、その教え子の一人であるスザンヌ・スキャンロンは、学生が教授と操作的で感情的虐待を伴う性的関係を持つ短編小説を発表した。
教授は「D-」「作家」「自称ミソジニスト(女性嫌悪者)」と呼ばれる人物である。
この作品はウォレスの特徴的な形式要素――「Octet」や「Brief Interviews」――を利用し、デイヴィッド・フォスター・ウォレスによって広まった特徴的な語り口によって支配されている。
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しかし、これらの告発は、ウォレス作品へのファンや読者の愛情にも、批評家による作品解釈や評価にも、目に見える影響を与えなかった。
むしろ2013年、作家レベッカ・ロスフェルドは、マックスが記録したウォレスの女性嫌悪的な行為や発言(一部であれ)が、自分の「彼の根本的な善良さ、知性、そして好ましさへの信頼」を揺るがすことはできなかったと告白した。
なぜなら、彼女にとって「彼の作品のほうが、彼の行動よりも現実味があった」からだ。
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一方、批評家エイミー・ハンガーフォードは2016年、ウォレスの作品を読むことも教えることもやめる決断をしたと宣言した。
しかし彼女は、ウォレスが女性たちを虐待したことや、その行動がどのように作品の再読を迫るのかという問題には触れなかった。
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別の作家ディアドラ・コイルは、ウォレスを読むことへの不快感を、作者本人の行動によるものとは説明しなかった。
むしろ、ウォレスに非常によく似た男性たちによって自分自身が受けた性的・女性嫌悪的暴力、そして家父長制そのものとの関連で説明した。
「ウォレスへの私の反応と、家父長制への私の反応を区別することは難しい」
と彼女は述べる。
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この種の男性――自称フェミニストであることを理由に、女性自身の男性による抑圧や性的侵害の経験について「教えてあげよう」とするような男性――から、侵害され、発言を遮られ、見下された経験を持つ女性なら、コイルに共感せずにはいられないだろう。
しかし、ウォレスを拒絶する理由を「他の男性たちによる性的暴力」や「女性嫌悪一般」に置き換えることで、彼女は議論を別の方向へ移してしまう。
つまり、こうした要素がウォレスの小説内でどのように機能しているのか、そして彼の伝記的事実がどのように作品の再読を強いるのか、という本質的な問題から離れてしまうのである。
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こうした議論は、翌年、ある(男性の)ウォレス研究者が提示したような、循環的な反論を可能にしてしまう。
「ウォレスを読む男性読者が全員女性嫌悪者というわけではない。
だから女性たちは、良識ある男性読者の意見に耳を傾け、もっとウォレスを読むべきだ。
では、なぜそう言えるのか説明しよう」
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#MeTooはまた、ウォレス作品に潜む女性嫌悪を読者に見えやすくした
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#MeToo以前に、カーとマックスが報告したウォレスによる女性への虐待に対して示された反応は、読者、批評家、教師たちが、ウォレスの伝記的情報を彼の作品と結びつけて考える際に、何が問題になるのかを明確にしている。
というのも、ウィムサットとビアズリーによる「意図の誤謬(intentional fallacy)」への批判――作者の意図や人格によって作品を判断してはいけない、という考え――は説得力があり重要な議論である。
しかし、その目的は、作者という人物についての私たちの思い込みが作品そのものに不当に影響することから、テキストの自律性を守ることだった。
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ところが、ウォレスが女性を虐待したにもかかわらず、彼の美しく共感的な小説の価値を擁護しようとする議論は、むしろ逆のことをしてしまう。
つまり、作品を守るために、作者の現実の行為を無視しているのである。
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ロスフェルドは、ウォレスの小説への賞賛によって、彼自身の女性嫌悪的な行動を「現実ではない」ものにしてしまった。
ウォレス自身の人間関係に関する「好ましくない詳細」が明らかになったことで、ウォレスと女性嫌悪を同一視することは、
「ウォレスの作品が、コミュニケーション、共感、権力について提起している緊急の問いに対して、根本的な損害を与える」
というのである。
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まるで、ウォレスが現実の女性たちに対して行った虐待は、彼の作品内で架空の男性たちが架空の女性たちにどう接するかを書くことに比べれば、考える価値がないかのようだ。
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ヘリングが、搾取から身体的攻撃にまで及ぶ行為を「好ましくないこと(unsavoury)」という婉曲表現で呼び、ウォレス作品におけるジェンダー問題を「厄介なもの(troublesome)」と表現していることは、この問題に関するほぼすべての批評的議論に共通する別の問題を示している。
それは、作品の中でも作者の人生の中でも、私たちが話しているものが、
ということを言おうとしない、あるいは見ようとしない姿勢である。
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2017年10月、バークによる#MeToo運動が再び大きな広がりを見せた後、ウォレス研究の内部にいる批評家たちと、それ以外の人々との間には、これらの告発への反応に奇妙な分裂が生まれた。
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ヘリングの反応は、ウォレスの行動の重大性と、それが作品と関係する可能性を軽視しただけではない。
さらに彼は、
ウォレスの作品は女性嫌悪を「表現している」のではなく、「劇化している(drametrize)」のだ、
という自分の「信念」を示した。
しかし、その主張を裏付けるテキストに基づいた分析も提示していない。
また、すでにこの問題を分析し、むしろ反対の結論――つまり作品自体が女性嫌悪を含んでいるという結論――に至った批評研究にも触れていない。
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さらに彼は、回想録作家、ブロガー、批評家たちが、ウォレスを彼自身の伝記的事実から救おうとするときによく使う手法にも頼っている。
それは、男性による女性支配の具体的な例を、普遍的な「人間の問題」へと変換することである。
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たとえば『Brief Interviews』において、ウォレスは女性インタビュアーの声を封じ込める男性たちを描いている。
ヘリングは、それを、
「ウォレス作品の豊かさ――コミュニケーションと共感の困難さや重要性への関心、そして対話が崩壊したときに起こる有害なことの描写――を体現している」
と読む。
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権利意識を持った男性と、圧力を受ける女性との間で対話が崩壊した場合、起こることは単なる比喩的な「有害さ」ではない。
それは身体的に傷つけられること、精神的に病むこと、実際の被害につながりうる。
そして、そのことこそが、あの短編集に収録された多くの物語が示しているものなのである。
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同じ舞台、同じ課題――ウォレスの56歳の誕生日になるはずだった日に彼を称えること――を与えられた批評家クレア・ヘイズ=ブレイディは、「2018年にデイヴィッド・フォスター・ウォレスを読む」という文章を書いた。
これは、女性たちによる性的暴力の証言がSNS上で大量に共有され始めた数か月後のことである。
しかし、その文章は#MeTooにも、ウォレスに対する公的な告発にも触れていない。
ではタイトルにある「2018年」とはいったい何を意味するのか、という疑問が生じる。
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数か月後、ウォレス研究において「何が変わったのか」と問われた際、ヘイズ=ブレイディはヘリングと同じ一般化の手法に戻った。
彼女は女性嫌悪への批判を、あくまで学問内部の発展として再構成した。
そしてそれを、性的暴力の加害者たちに向けられた#MeTooの抗議とは無関係なもの、
「偶然同じ時期に起きただけ」
として扱った。
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「ウォレスの文章における技術的、そして道徳的・倫理的な欠陥」
という表現を使った。
まるで女性たちがTwitter上で、ウォレスの長すぎる文章構造に怒っていたかのようである。
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ウォレスが女性嫌悪者だったのかと直接尋ねられたとき、ヘイズ=ブレイディはこう答えた。
「はい。ただし、それは私を含め、誰もがそうであるという意味での女性嫌悪です」
まるで、私たちには、
と、
その文化の中で自分の利益のために、女性に対して意図的に利己的で残酷な、そして暴力的な女性嫌悪行為を行う男性
を区別するための言葉など存在しない、あるいは必要ないかのようである。
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つまり、私たちが愛した作家が、本人がそう思われたがっていたような聖人ではなかったこと――そして私たち自身もそう信じたかったこと――を示す否定できない証拠に、人間らしく向き合う代わりに、
ウォレス批評家たちは――当時沈黙していた私自身も含めて――#MeTooによって明らかに必要とされた反省と再検討を拒んだ。
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彼の個人的な行動が彼の作品や私たちの研究活動と関係していることを否定することで行った。
あるいは、さらに悪いことには、
つまり女性たちの証言を信じることを拒むことに加担することで行ったのである。
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文学研究の外側にいる人々は、#MeTooによって再び注目されるようになったこれらの告発に対して、まったく異なる反応を示した。
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2018年5月4日、ジュノ・ディアスが女性たちへの性的虐待で公に告発され、すぐさま社会的な抗議が起きた。
その後、メアリー・カーはTwitter上で、10年近く前に自分が報告していた虐待について改めて人々に思い出させた。
それをきっかけに、カーとマックスが提示した告発を支持する一連のブログ記事やインタビューが生まれた。
それらはまた、なぜこうした告発がこれまで公に受け止められることを妨げられてきたのか、その背景にあった女性嫌悪を明らかにし始めた。
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この芸術家が、自らの人生において、作品の中でほとんど説いていた相互尊重に基づく共感を生み出せなかったということは、いったい何を意味するのか?
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ホイットニー・キンボールは、マックスがカーに対するウォレスの暴力的な扱いを、彼の創作活動にとって有益なもの、そして彼を「魅力的」にする要素の一つとして描写していたことを指摘した。
さらにマックスは、ウォレスの手紙の一つについて「非常に注目すべき」「卓越した技巧」と称賛している。
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ミーガン・ガーバーは、あるインタビュアーがマックスに対して、
「なぜカーへの彼の感情が、ウォレスにこれほどの問題を引き起こしたのか」
と尋ねたことに含
1990年の秋、『インフィニット・ジェスト』を出版する何年も前のこと、デイヴィッド・フォスター・ウォレスはボストンのエマーソン・カレッジで非常勤講師として教え始めた。
D・T・マックスが伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』で書いているように、この時期のウォレスの状況は決して良いものではなかった。当時の彼は精神的に不安定で、最新の短編集『Girl with Curious Hair(奇妙な髪の少女)』をひどく恥じていた。エマーソンの英文学科がその本の広告を掲示したとき、彼はそれを引き剥がしたほどだった。
そして教える仕事も、彼が自分の文学や社会全体に対して抱えていた問題から彼を救うものにはならなかった。ジョナサン・フランゼンへの手紙の中で、彼は学生たちを「幼児」と呼んでいる。
「彼らの頭を支えてやるために、ほとんど首を抱いてやらなければならないほどだ」
若者たちは単にテレビの手軽な魅力に夢中になりすぎていたのだろうか。マックスはこう書いている。
彼が教えていた学生たちは、問題が自分の想像していた以上に深刻だと感じさせた。彼らは短編「My Appearance(私の出演)」の中で彼が想像した「レターマン世代」だった。自分たちの物知りぶりを誇りにしている世代だ。
「みんな“テレビ専攻”なんだよ。そんなものが何を意味するのか分からないけどね」と彼はデイヴィッド・マークソンに不満を漏らした。そして、デリーロの小説(どの作品かは彼は書いていない)によって学生たちを「挫折させた」ことで、学科から注意を受けたと付け加えた。彼がその小説で意図していたのは、学生たちを目覚めさせることだったのだが……。
ウォレスは、自分がエマーソンに長く留まりたいとは思っていないことを分かっていた。
それでも、テレビ文化に精通していたため、ウォレスは学生たちの間で人気があった。そして少なくとも一人の学生は、その「挫折させるような」デリーロ体験によって勇気づけられた。
その学生とは、今週全米公開された最新作『インヒアレント・ヴァイス』の監督、ポール・トーマス・アンダーソンである。
昨日、マーク・マロンのポッドキャスト番組『WTF』の新エピソードで、アンダーソンは高等教育に対してウォレスと似たような不満を抱き、大学を卒業していない自身の経験を語りながら、ウォレスとの時間について長く話した。彼はウォレスを深く敬愛していた。
「エマーソンにいたあの一年、当時はまだ有名ではなかった偉大な作家デイヴィッド・フォスター・ウォレスが僕の先生だった。英語の先生だったんだ……。彼は僕が初めて恋をした先生だった。これまで通ったどの学校でも、あんな人には出会ったことがなかった。
だから学校とか教育制度について悪く言うことにはすごくためらいがある。結局どこも同じなんだと思う。もし良い先生を見つけられるなら、学校っていうものはきっと素晴らしいものになると思う」
「じゃあ、なぜ君はそこに残らなかったの?」とマロンが尋ねる。
「彼が辞めたから」とアンダーソンは答える。そして続ける。
「一度彼に電話したことがある。彼は電話番号を教えることにとても気前がよかった。“何か質問があったら電話してくれ”と言ってくれて、僕は何度か電話したんだ。
書いていた論文について、いくつかアイデアを聞いてもらった。ドン・デリーロの『ホワイト・ノイズ』についての論文を書いていたんだ……。
いくつか突拍子もないアイデアを思いついて、それについて話したんだけど、会話の内容はよく覚えていない。ただ、締め切り前日の真夜中みたいな時間にも、彼が本当に親切に対応してくれたことだけは覚えている……。
ウォレスが学生時代のアンダーソンをどう評価していたのか、あるいはそもそも彼を教えたことを覚えていたのか、私たちには永遠に分からない。
しかし『Every Love Story Is a Ghost Story』によれば、少なくともウォレスはアンダーソンの映画を知っていた。彼は『ブギーナイツ』のファンで、友人に「あれはまさに自分が書きたかった物語だ」と語っていたという。(後にウォレス自身もエッセイ「Big Red Son」でポルノ業界について書くことになる。)
一方で『マグノリア』については、それほど熱狂しなかった。彼はこの作品を気取っていて、中身がなく、「悪い意味で100%大学院生っぽい(gradschoolish)」ものだと感じていた。
ただ、アンダーソン自身もおそらくその評価には反論しないだろう。『WTF』のインタビューで、彼はもし現在この映画を作るなら編集を完全に変えるだろうと認めている。
「自分自身をちゃんと編集していなかったんだ。長すぎる。あまりにもクソ長い」
AI による概要 七夕入籍が人気なのは、一年に一度の再会を「どんな困難があっても必ず会える強い絆」や「毎日会えても感謝を忘れないための戒め」とポジティブに捉えるからです。さらに、7月7日という覚えやすい日付で、毎年星空や天の川にロマンを重ねられる点 が大きなメリットとされています。具体的なメリットやポジティブな解釈は以下の通りです。強い絆の象徴:離れ離れになっても年に一度必ず会えるという伝説を「どんな困難や遠距離も乗り越える夫婦の絆」になぞらえることができます。初心を忘れないための戒め:毎日一緒にいられる今の幸せを「当たり前と思わず、相手への感謝を忘れないようにする」という意味が込められます。星のスケールでは毎日会っている:星の寿命と人間の寿命を比較し、星の1年は人間の約3秒に相当するため「3秒に一度会っているようなもの」というユニークでロマンチックな見方もあります。覚えやすい数字:7月7日(ゾロ目)はカレンダーでも記念日として覚えやすく、毎年のお祝いを忘れにくいメリットがあります。イベント性が高い:星や天の川をテーマにした思い出作りや、プロポーズ・結婚式との連動がしやすく、毎年七夕の夜空を見上げる楽しみができます。もし入籍日を迷われているなら、他にも「覚えやすいゾロ目の日」「語呂合わせの良い日」「大安などの吉日」などがあります。ご希望の時期やお二人が重視するポイント(覚えやすさ、縁起など)を教えていただければ、具体的な候補日を提案できます。
デイヴィッド・フォスター・ウォレスと『The End of the Tour』について
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私たちの多くは、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの小説『Infinite Jest』を最後まで読み切ることができなかった(しかも何度か挑戦した末に)。彼のジャーナリズムは冗長で、どこか恩着せがましく、控えめな調子で読者を見下しているように感じた。そして、ケニオン大学卒業式でのあの感傷的なスピーチは、まったくのたわごとだと思っていた。
さらに、2008年にウォレスが自殺して以降、いかにもアメリカ的な感傷的ストーリーによって、彼が「聖デイヴィッド」として祭り上げられていく流れにも私は抵抗を覚えていた。
そうした立場からすると、ウォレスを描いた新作映画『The End of the Tour』は、意外にも見やすい作品だった。もちろん、敬意を払いすぎるほど敬意を払っている映画ではあるのだが。
ジェームズ・ポンソルトの演出は滑らかで、劇作家ドナルド・マーグリーズの脚本も上品にまとまっている。ただ、映画全体は舞台劇をそのまま撮影したような静けさがあり、本質的には「本物の自己とは何か」をめぐる討論劇になっている。
だから観客は、この作品に込められた善意に酔うこともできるし、「本当にみんなこれをここまで真面目に受け止めていたのか」と呆れて目を丸くすることもできる。
映画ではジェイソン・シーゲルがウォレスを、ジェシー・アイゼンバーグが『Rolling Stone』誌の記者デイヴィッド・リプスキーを演じている。
リプスキーは、『Infinite Jest』刊行後の全米プロモーション・ツアーの最後に数日間ウォレスへ同行する。
1990年代、私自身も出版業界を回りながらツアーをしていた人間なので、この映画が描くジェネレーションX時代の空気は実に懐かしく、妙にリアルだった。
ウォルター・カーンが『New York』誌に書いた書評がパーティー中の話題を独占する。
『Rolling Stone』が前衛的・アカデミックな小説家のプロフィール記事を書くために記者を派遣する。
車の中ではみんなアラニス・モリセットのアンセムを大声で歌う。
どこでも煙草が吸える。
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『The End of the Tour』は、リプスキーが出版した回想録『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』を原作としている。
『Rolling Stone』誌は結局リプスキーの記事を掲載しなかったため、本の内容は5日間に及ぶ二人の会話の録音を書き起こしたものだけで構成されている。
「本当の自分」とは何か。
あるいは、自分が書いた作品を通して読者が勝手に「あなた像」を組み立て、その虚構の自分に置き換えられてしまうことへの恐れとは何か。
仮にウォレス本人が本当にそこまで怯え、それほど気にしていたのだとすれば、それはこの丁寧に作られた、上品なインディペンデント映画そのものが抱える矛盾を、かえって補強することになる。
その矛盾は、この映画のほぼすべての場面――いや、ほぼ一分ごとに存在している。
そして、その矛盾こそが、この映画全体を完全に無効化してしまっている。
すべてが柔らかくぼかされ、特別刺激的な出来事も、劇的な事件も、心を揺さぶる瞬間もほとんど起こらない。
結局残る印象はただ一つ。
この、しっとりと湿った映画のすべてのセリフは、ウォレスという人物の「好感度」を補強するためだけに存在している。
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映画の中でウォレスは、「この世界にはあまりにも繊細すぎた男」として描かれている。
そうした描き方は、とりわけ若い観客や俳優たちの感情には強く響くだろう。
映画のウォレスは、ポップタルトを分け合う天使のようなお人好しであり、誰からも愛される庶民派であり、苦悩する普通の人であり、更生した元依存症患者でもある。
「本物らしさ」と「人間味」を体現する人物として描かれている。
その一方で、この映画はもう一人のウォレス――私たちの何人かにとってはむしろそちらの方が興味深い人物――には一切触れようとしない。
時に逆張りをする男。
嫌な奴になれる男。
人を傷つける面を持つ男。
この映画が選んでいるのは、ケニオン大学卒業式で行ったスピーチ――深呼吸して言おう――**『This Is Water: 思いやりある人生について、ある特別な日に語られた考え』**によって「聖人」に列せられたウォレスである。
このスピーチについては、彼を最も熱心に擁護してきた人々や、かつての編集者でさえ、「彼が書いた中で最悪の文章だ」と評し、受け入れがたいものだと感じている。
それにもかかわらず、このスピーチはネット上で爆発的に拡散され、人生に迷う人々のための、湿っぽい自己啓発書のような存在になってしまった。
そしてこの映画のデイヴィッドは、理性の声であり、賢者であり、導師である。
映画全体が、「好感を持たれること」を何より重要視するカルト的な価値観に屈してしまっている。
おそらく名声を欲してもいた。
文学的名声を疑いながらも、そのゲームがどう展開するのか興味を抱く作家など珍しくない。
しかも、本は売れる。
彼は気難しく、意地悪で、毒舌家で、時に打算的でもあった。
だが、この映画では、そうしたデイヴィッド・フォスター・ウォレスは完全に消去されている。
だからこそ、この映画は最後まで単調で、ひたすら誠実ぶった一本調子の作品になってしまっている。
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たかが一度のブックツアーに出るだけで延々と苦悩し、雑誌のプロフィール記事を書かれることを「恐ろしくてたまらない」と嘆く。
だが、途中からスクリーンに向かってこう言いたくなるかもしれない。
「そんなにつらいなら、ツアーなんか途中でやめればいいじゃないか。
黙って帰れよ。
『Rolling Stone』なんか受けなきゃいい。
もういい加減にしろ。
少し落ち着け。」
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ロス・ペローを支持し、
晩年のジョン・アップダイクを容赦なく酷評する、あの痛烈で見事な文章を書き、
『Interview』誌では(『Infinite Jest』以前に)気取ったグラビア写真に収まり、
あのデイヴィッド・フォスター・ウォレスではない。
映画は、そうしたことのすべてが、ウォレス本人にとって耐え難い苦痛だったに違いないと強く示唆している。
彼は「本当の自分」が「偽物の自分」に乗っ取られてしまうことばかりを無邪気に心配している。
しかし、ウォレスほど頭の切れる人間が、本当にそんなことをそこまで気にしただろうか。
私はそうは思わない。
にもかかわらず、この映画は「彼は本当にそうだった」と言い張る。
その結果、皮肉にもウォレスを、かねてから多くの人々――親友だったジョナサン・フランゼンや元恋人のメアリー・カーまでもが薄々そう感じていた――が思っていたような、「世界レベルのナルシスト」として暴露してしまっているのである。
⸻
私はデイヴィッド・フォスター・ウォレスという人物は好きだ。
とはいえ、大半において彼は「人を煙に巻く芸人」のような人物だったとも思っている。
彼が作り上げた人格にはどこか不誠実さがあった。
たとえば、
「AIDSが私たちに与えてくれた贈り物は、セックスには決して気軽なものなど存在しないということを大声で思い出させてくれたことだ」
こんな一節を、ジェイソン・シーゲル演じるウォレスが本気で語る場面を私はぜひ見てみたい。
私は、そうした矛盾だらけのデイヴィッド本人には何の問題も感じていない。
私にとって問題なのは、ウォレス本人ではなく、彼の死後に書き換えられた「ウォレス像」である。
彼は一世代の読者によって誤読され、人生の導師や、しゃれたモチベーション・スピーカーのような存在へと変えられてしまった。
そして多くのファンは、その仮面を外そうとはせず、むしろその姿を好んでいる。
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「明るく前向きな物語」を好み、好感度や共感しやすさ、そして「被害者であること」に執着する現代文化の中で、この映画は私たちに「こちら側の見方だけを受け入れろ」と要求してくる。
その結果、『The End of the Tour』は、ウォレスという極めて複雑な芸術家を、驚くほど一本調子に描いた作品になってしまっている。
陰影がまったくない。
信じられないほど複雑な作家を、ひどく単純化し、矮小化してしまっている。
もっとも、こうした感傷的でショービジネス的な「デイヴィッド・フォスター・ウォレス像」の形成に、ウォレス自身もまったく無関係だったとは言えないのだが。
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映画の中で最も興味深い場面では、「ウォレスは演技をしていたのではないか」という問いが投げかけられる。
ジャーナリストの前に現れたウォレスは、一人の作家として「パフォーマンス」をしていただけで、本当のウォレスを見せていたわけではない――そう考えることもできる。
実際、リプスキーの原作本は必ずしもその可能性を否定していない。
そして理想化されたウォレス、つまり「あるバージョン」のウォレス、言ってしまえば「偽物のウォレス」を提示する。
皮肉なことに、ウォレスが生前もっとも恐れていたことを、この映画は喜々として実現してしまっているのだ。
映画製作者たちがこの矛盾に気づかなかったのか、それとも完全に無視することを選んだのか。
どちらなのかは分からない。
だが、それは驚くべきことだ。
一分ごとに、一場面ごとに、『The End of the Tour』は、デイヴィッド・フォスター・ウォレスが信じ、大切にしていたはずのものをことごとく否定していく。
そして、描き方も企画そのものも、どこか思春期じみた思い上がりを感じさせ、見終えたあとには呆然とさせられる。
映画の中では、ウォレス自身が「自分はそんな存在にはなりたくない」と何度も訴えている。
ところが映画は、その訴えを意図的に、あるいは無自覚に無視してしまう。
ウォレスは何度も何度も「自分をキャラクター化しないでくれ」と語る。
それなのに映画は何をするのか。
延々と彼を撮り続ける。
ジェイソン・シーゲルは何をするのか。
「デイヴィッド・フォスター・ウォレスとはこういう人物だ」という一つのイメージを演じ続ける。
だからこそ、この映画は、もしウォレス本人が見たなら気が狂うほど嫌悪した作品になっていたはずなのだ。
ウォレスの遺産管理団体や編集者がこの映画を否定したのも、史実が間違っているからではない。
そうではなく、この映画がウォレスの最も望まなかったこと――彼を「キャラクター」に変えてしまったからなのである。
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ジェイソン・シーゲルは、ときには更生中の依存症患者特有の虚ろな目つきを見事に再現している。
しかし一方で、ウォレス特有の鋭く攻撃的な知性を十分に表現できていない場面もある。
彼はウォレスを、脅威とは無縁の、穏やかなヒッピーのように演じている。
これまで彼自身が何度も演じてきた、「愛すべき、少し間の抜けた、マリファナ好きの少年ヒーロー」の身ぶりへとたびたび戻ってしまうのだ。
とはいえ、映画そのものがそういうウォレス像しか許していない以上、他にどう演じようがあっただろうか。
もしシーゲルが、ウォレス本来の意地悪さや辛辣さ、人を叱責する一面まで演じてしまえば、この映画全体が作り上げている幻想は一瞬で壊れてしまう。
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この映画は終始、自分自身の匂いを嗅いでは、その香りにうっとりしているような作品だ。
考え得る限りもっとも「白い」ブロマンス(男同士の友情物語)であり、唯一の緊張感はジェシー・アイゼンバーグの演技から生まれている。
私はリプスキーと一年だけ同じ学校に通い、同じワークショップにも参加していた。
だから、アイゼンバーグが彼を実際以上に人間味のある人物として描いていることには感心した。
そして、彼が『Rolling Stone』誌のために取材した別の相手――その記事も結局掲載されなかったのだが――が語っているひどい体験談を聞けば、彼が今でもあまり変わっていないことが分かる。
その相手とはポルノ俳優のジェームズ・ディーンで、私のポッドキャストに出演した際、リプスキーについて不満をぶちまけていた。
だからこそ、この映画のラストを真剣に受け止めるのは非常に難しい。
アイゼンバーグ演じるリプスキーが、大勢の聴衆の前で自分のウォレス本を朗読しながら涙を流す。
その間スクリーンには、教会の中でウォレスが子どものように自由気ままな踊りをスローモーションで踊る姿が映し出される。
こんなイメージ――こんな気恥ずかしい発想――は、イメージ操作に敏感で、あれほど頭の良かったウォレスなら、自分を消し去りたくなるほど嫌悪したはずだ。
(アレックス・ロス・ペリー監督の『Listen Up Philip』は、若い小説家を苦々しく神経症的な人物として一切容赦なく描いており、この映画と二本立てで観ると実に示唆的だろう。)
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1980年代半ば、文学界の「ブラット・パック」と呼ばれた若い作家たちが、本を書いて金を稼ぎ、ベストセラーを連発しているのを見て、ウォレスは「自分にもできるのではないか」と思ったという話だ。
処女作『The Broom of the System』には、その影響が随所に見られる。
後年、本人はその影響を否定したものの、公の場ではその後も『Less Than Zero』を称賛し続けていた。
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数年前、私はD・T・マックスによるウォレス伝を読みながら、眠れない夜とテキーラの勢いもあってTwitterで長々と暴言を書き連ねた。
私が腹を立てていたのは、新しい読者たちのことだった。
彼らはウォレスの自殺とケニオン大学のスピーチを一つに結びつけ、「こういう人生を目指すべきだ」という感動物語へと作り変えてしまった。
ウォレスの作品をすべて読み、彼の歩みを長年追ってきた人間からすると、それはあまりにも感傷的なストーリーだった。
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私も同世代の多くの作家と同じように、ウォレスの作品はほぼすべて読んだ。
もちろん『Infinite Jest』だけは最後まで読めなかったが。
もっとも、その中心的アイデア――巨大企業が娯楽産業を支配していくという発想――は実に洒落ていて、時代を先取りしていたと思う。
しかし、『The Broom of the System』のいくつかの章と、初期短編の数編を除けば、私は彼の文章に心を動かされたことは一度もない。
私のように響かなかった読者の多くは、『Infinite Jest』を「依存症患者が延々と続ける自己演技」のように感じていた。
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そうだ。
私はそう思う。
文化の中で彼がどのように再解釈されてしまったか、そのことだった。
彼が晩年に売り物にし始めた「誠実さ」や「真摯さ」は、私たちには一種の策略にも見えた。
完全な嘘ではない。
文化全体が「皮肉」から「誠実さ」へ向かって変化していく流れを察知し、自分もそこへ順応したように思えたのである。
彼がいたという事実は好きだった。
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そうだ。
もちろんそう思う。
弟と元婚約者は、高校時代からの知り合いで男女の交際になったのは大学時代から。
出会ってから10年近く、常に一緒で、傍目には仲良さそうに見えていた。
元婚約者一家とは既に家族ぐるみの付き合いで、このまま結婚するものだと思っていた。
その日に婚約指輪を送って正式にプロポーズをするとは事前に聞いていた。元婚約者の了解も得ていると。
その日はプロポーズ後、少しデートしてから、両家の家族で食事をする為に、実家に二人で来る筈だった。
しかし、そろそろ実家に来るであろう時間が過ぎても連絡が来ず、こちらからメールしても返信が無い。
元婚約者一家が元婚約者に連絡しても同じ状態。メールも返信無いし電話も出ない。
どういう事だろう、って両家族が話していた所で、弟からメールが来た。
この人だって紹介されて、相手にも馬鹿にされて、もうどうして良いか分からない」
という文面だった。
直感的に、これは危ないって思って、急いで旦那・両親と弟の家に向かった。
私達が着いた頃には、弟は既に亡くなっていた。
あまり酒が強く無いのに深酒していた形跡があって
警察は恐らく衝動的にやってしまったんだろう、という事だった。
色々あって弟くんとは別れる事になった。ごめんね!と、軽いメール。
すぐに折り返して弟が亡くなった事を告げるとさすがに元婚約者も驚いたらしい。
そのまま意気投合し、その日の内に関係を持ち、その男から付き合おうという誘いも受け、弟を振る事にしたのだとか。
弟が殴り書きで書いていたメモにはこう書かれてあった。
この人と付き合いたいから別れて欲しい。と言われた。
さすがに納得がいかなくて断ると、相手の男に突き飛ばされ、倒れた所を蹴られたと。
10年近く付き合って積み重ねた関係がこんな一瞬で裏切られて終わるのかと。
元婚約者に「そんな弱っちい、情けないのマジできもい」と笑われて、
けど、さすがに旦那や両親に止められた。
でも本当に憎くて憎くて仕方が無かった。
あれだけ仲良くしてて、家族ぐるみの付き合いで、家族になる人だと思っていたのに。
弟が元婚約者の事をどれ程愛していたかも知っていた筈なのに、たかが一ヶ月前に関係を持った男の為に
弟を心底裏切り、弟の命を奪う様な裏切りをしてまでやる事なのか?心底から許せなかった。
元婚約者はあれだけ弟を裏切った癖に、元婚約者両親の強い反対もあったとはいえ、
数ヶ月もしない内に高校時代好きだった先輩とやらとは別れたらしい。
元婚約者一家との縁は切れたが、元婚約者も私達も地元を離れる事は無く、
共通の知人友人も少なからずいる為、自ずと元婚約者のその後の話は耳に入って来る。
知っている人によると、真面目で優しい穏やかな感じの人らしい。
元婚約者も子供を産み、元婚約者両親とも和解したらしく、それなりに上手くやっているという。
そんな話を聞いてしまう度に、全てを壊してやりたくなる衝動に駆られてしまう。
弟を裏切り人生を壊して死に追いやった女が、何故幸せになるのか?
大切な息子を亡くした両親は鬱状態になり、今でも家庭の雰囲気は暗い。
私もこの時期は憂鬱になり、旦那も子供達も私を気遣ってくれて、イベント事は積極的にやろうとはしないが
そんな私に付き合わせてしまっているのも罪悪感を感じる。
全てあの女の所業が原因なのに。どうして遺された私達だけが未だに苦しめられるのか。
織姫はどこぞの彦星を見つけたらしいが、弟な無念のまま星になってしまった。何も残せずに。
恨んで恨んで仮に復讐した所で、弟が戻ってくる訳では無いのは分かっているが
それでも憎くて憎くて憎んでしまう事を止められない。吐きそうになる。
息子は現在、小学二年生の八歳だが、四歳から自分用のスマホを持たせている
最初は使用時間に制限を設けていたが、延長申請が形骸化し、現在は事実上の無制限
食事中もタブレットでYouTubeを見ている、最悪だ。隙があればソファーで夜の踊り子やってる、最悪だ
デジタルガジェットが成長に有害であることはなんとなく想像がつく
子供には一切触れさせない方針の家庭もあるらしいが、それはそれで極端で別の弊害もあるだろう
問題は、スマホが有害であると断定できる科学的エビデンスがまだ十分にないことである
議論の多くはエビデンスベースではなく、憶測、推測、情緒の範囲で行われている
そりゃ当たり前である
完全なデジタルネイティブ世代、という用語が正しいのかは知らないが、幼少期からスマホを自由に触って育った人間が現れて、まだせいぜい二十年程度だろう
携帯ゲーム機まで広げても三十数年ほどか
単純に同じ土俵で比較していいのか、ベンチマークとして使えるのかも分からない
ともかく、デジタルガジェットの長期的影響を調べるなら、コホート研究で三十年くらいは追跡しなければ、有意なデータは得られないのではないか
そうした研究があるのかは知らない
大昔、スポック博士の育児書で、幼児の寝室は早期に親から分離すべきであり、それによって自立心が養われる、と提唱された
親にとっても楽のできる方法だったため支持され、またたく間に広まり、今では欧米諸国の文化として定着している
逆に早期分離が自立を促すという、明確な研究結果も出なかった
正しいとされたことが、後になって間違いだったとされる
スマホの使用時間と、将来の学歴、所得、犯罪率などが明確に相関し、それが看過できないほどの差として示されるなら自信を持って禁止できる
だが現時点では、そこまでのデータはない
子供の頃、ゲームもテレビも漫画も禁止され、おやつはすべて手作り、みたいな家庭で育てられた人間が後年狂った例を俺は見てきた
そこそこの学歴は手に入れた。だが極度のコミュ障になり、自立後は親の仇でも取るようにゲームとスナック菓子にのめり込む
ある程度の年齢になれば、いずれ持たせなければならない
それまで夢にまで見ていたスマホを中学生くらいで突然持たせたらどうなるのか
親の想定としては、その年齢になれば自制心が養われている、ということなのだろう
だが無理だ
中学生はアホだ
中学生で自制心を持てるというのなら、幼少期から持たせても大きな問題はないはずだ
むしろ親の指示に従いやすい幼少期から、やめるタイミングや切り替えるタイミングを習慣づけさせた方がいい、という考え方もある
幼少期のうちにさっさと飽きさせる
結局、十分なデータもエビデンスもないため、方針を決めかねている
子供は触りたがるので惰性で触らせている、それが現状だ
もちろん子供には、スマホ依存は恐ろしい病気である、バカになる可能性が高い、キミの今の生活態度ではお先真っ暗である、という説諭を繰り返している
「ほらあれを見てみ、あれが悲惨なスマホ依存症の末路だ、顔がアホみたいだろ、ああなっちゃうぞ」
いつか本人が意思決定するとき、判断材料の一つに組み込まれればいい
叱ることもできない
そのとおりだと思う
練習に打ち込んで上を目指すのか、楽な方を選ぶのか
切り捨てられる、それも含めて自己責任になる
なかなか厳しい時代だ
息子はここ一年ほどRobloxに夢中なのだが、先日パソコンを触らせてほしいと言い出した
余っていたノートパソコンがあるので制作ツールをインストールして渡した
まあ八歳だ
適当なタイミングで何かが実際に動くという感動を与えれば、そのうちハマるだろう
ワイは現職エンジニアで昔はテレビゲームのプログラムを書く仕事もしていたんだ、ナメんなよ、当時はアセンブラとCだけどな
Minecraftではわりと複雑な回路やトラップを作り始めている
ちゃんとやっている
そういう姿も見ているので今のところそれほど心配はしていない
STEM教育は、こうした能力を育てるためのエビデンスに基づいた教育メソッドの体系ではある
専門の教室も山ほどある
正しい型
成長モデル
そこに子供をはめ込んでおきながら、自由な発想を育てます、と言う
そこにある種の欺瞞を感じる
話は飛ぶが、息子が5歳のときに海外旅行先で足のつかないプールに放り込んだら一日でクロール息継ぎを習得したが
9か月前に入会したスイミング教室では未だに標準メソッド通りにビート板でバタ足をやらされてる、なんだかなぁと思うのである
俺は長期出張も多い
出張中は息子とオンライン通話をつなぎながら、RobloxやMinecraftを一緒にやる
こういう活動も、愛着形成や心理的安全性という意味では、まったくの無駄ではなかろう
もちろんリアルで一緒にサッカーをしたりバスケットボールをしたりもする
あと数か月もして三年生になれば、勝手に友達と外へ遊びに行くようになるだろう
今はまだ、画面の向こうで一緒に遊んでくれる
隣に座れば、今日あったことをぽつぽつ話してくれる(隠し事が少しずつ増えてきたのも嬉しい)
スマホを触らせすぎたのか
もっと止めるべきだったのか
正解はずっと後にならなければ分からない
その頃にはもう、俺の言うことなんて聞かなくなっているのだろう
だから今のうちに、一緒に遊んで、一緒に悩んでおく
どう育つのか
少し怖くて、かなり楽しみだ
働き者の織姫と彦星が恋にかまけるばかりに年に一度しか会えなくなる。
仕事に支障をきたすほどのプレイとは?どんなプレイなんだ?と諸兄らの想像を掻き立てきた七夕伝説誕生前のプレイ。
織物とはオリモノで、織物作りの姫とはオリモノのついた下着を販売する姫のダブルミーニング。
牛使いとは臭いへの抵抗の無さを表しており、臭いフェチ系・汚物好き癖寄りではないかというのが通説となっていた。
なるほど。
確かに天の川を通ることは清潔になることを強いる神の性癖矯正で、短冊は一年分のオリモノシートのプレゼントという人間の思いやりと解釈できる。
だが、この通説には疑問が残る。
織姫の癖が抜け落ちているのだ。
両者の癖の合致なくして夢中になれるだろうか?
そこで中国版に目を向けてみることとした。
やはり彦星は服、おそらく汚れた下着を盗んでいるから彦星が匂いフェチなのは間違いないだろう。
ここに織姫の癖のヒントが隠されていると筆者は考える。
「これが天女、ねぇ」などと言ってクロッチのシミを見せつけたりすることだろう。
「お願いします...。返してください」
こう考えると全てに合点がいく。
この説によると様々な疑問に説明がつく。
それらは、モスクワが肉挽き器のような戦争をもう一年乗り切る能力を静かに締め付ける、運動的な制裁措置である。前線での燃料不足」といった見出しは忘れろ。本当のダメージはマクロ経済的なものであり、それが複合的に悪化している。
燃料は国内貿易の循環システムだ。パン、セメント、予備部品、そして市民生活を凍りつかせないすべてのものを運ぶのは、鉄道ではなくトラックだ。ディーゼル価格が数週間で30〜40パーセント跳ね上がれば、そのコストはすべての値札に直撃する。4月のほぼゼロの週次インフレは、6月の2つの隔週で0.47パーセントに転じ、昨年同期の4倍に達した。それなのに、季節の果物や野菜が数字を押し下げるはずだったのだ。これはノイズではない。これは構造的なショックだ。
ナビウリナは2週間姿を消し、再登場して、中央銀行がまさにこの燃料主導の消費者インフレのために利下げを棚上げすると認めた。翻訳:政策金利は厳しく高止まりしたまま。既存の債務の利払いがより高くつく。新規借入のコストが上がる。通常OFZを吸い上げる銀行やファンドが、突然慎重になる。7月1日の入札を見てみろ:1100億ルーブルを供給、需要260億、実際の落札103億、現金入札額は惨めな91億だ。このパターンが続けば、計画された5.5兆ルーブルの借入は幻想だ。モスクワはインフレをさらに煽ることなく市民経済を刺激できず、予算計上した税を徴収できず、安価に債務を繰り延べられない。金利が下がらない1パーセントごとに、戦争マシンに届かない金か、破滅的なコストでしか届かない金になる。
これは、1988〜90年の後期ソ連経済がよく知っていた、遅効性のスタグフレーションの罠だ。上からのゼロ成長の命令が、加速する物価と衝突し、エリートたちが縮小するパイをめぐって互いにナイフを突き立て始める。Sberの独自報告書はすでに、「大量の信用悪化と企業倒産の高リスク」を警告した。グrefが公に割り込んでナビウリナに数日間嫌味を言いまくったのも不思議ではない。忠実なオリガルヒたちでさえ公の場で喧嘩を始めるとき、レジーム内の政治的温度はどんなインフレ指数よりも速く上昇している。
自らをエネルギー超大国と呼ぶ国は、前線で現金と死体を燃やしながら、自らの後方を守ることさえできないと悟り始めている。製油所を叩き続けろ。モスクワが先送りしようとしている経済爆発は、すべての成功した攻撃ごとに近づいている。そしてそれが到達したとき、国営TVでの愛国的な叫び声の量では、帝国主義的侵略のツケがようやく回ってきたという事実を覆い隠せない。
https://x.com/LetsArmUKR/status/2073912793598734594
25
俺がドアベルを鳴らすと、見知らぬ女性が応対し、ドアを数センチ開けて覗き込んできた。
「すみません」と俺は言った。「ここはマンデラ夫人のご自宅ですよね?」
「あら、ウィリアムね!」彼女はドアを閉め、チェーンを外してドアを大きく開けた。「ベス、誰が来たか見て!」
母が台所からリビングへやって来て、タオルで手を拭いていた。「ウィリイ……どうしてこんなに早く戻ってきたの?」
「えっと、その……長い話なんだ」
「座って、座って」と、もう一人の女性が言った。「飲み物を持ってくるから、私が戻るまで話し始めないでね」
「ちょっと待って」と母が言った。「まだ二人を紹介してなかったわ。ウィリアム、こちらはロンダ・ワイルダー。ロンダ、こちらはウィリアムよ」
「お会いできるのをずっと楽しみにしていたの」と彼女は言った。「ベスからあなたのことは全部聞いてるわ――冷えたビール、一杯でいいわよね?」
「ええ。」彼女はなかなか好感の持てる、スリムな中年の女性だった。なぜ今まで会ったことがなかったのか不思議に思った。母に、彼女が近所の住人なのか尋ねてみた。
「えっと……それ以上の関係よ、ウィリアム。ここ数年、私のルームメイトなの。あなたが帰ってきた時に余分な部屋があったのはそのためよ――一人暮らしでは寝室を二つ持つことは許されないから」
「でも、どうして――」
「言わなかったのは、あなたがここに滞在している間、彼女を部屋から追い出しているような気分にさせたくなかったからよ。それに、実際はそうじゃなかったし。彼女には――」
「そうね」ロンダがビールを持って入ってきた。「ペンシルベニアの田舎に親戚がいるの。いつでもそっちに泊まることができるわ」
「ありがとう」私はビールを受け取った。「実は、ここに長くいるつもりはないんだ。サウスダコタへ向かう途中なんだ。別のねぐらを見つけることもできるし」
「あら、そんなことないわ」とロンダは言った。「私がソファで寝るから。」俺は古風な男尊女卑の考えの持ち主で、そんなことは許せなかった。少し話し合った末、結局俺がソファで寝ることに決まった。
俺はロンダにメアリイゲイがどんな人物か説明し、イギリスでの不愉快な体験や、自分たちの立ち位置を見直すために戻ってきた経緯を話した。母は私が人を殺したことに愕然とするだろうと思っていたが、彼女は何も言わずにそれを受け入れた。ロンダは、特にボディーガードもいないのに真夜中過ぎに街に出歩いていたことについて、少し小言を言った。
こうした話題やその他のことについて、夜遅くまで話し合った。やがて母はボディーガードに電話をかけ、仕事に出かけていった。
一晩中、母とロンダが互いに接する様子が、俺の胸に引っかかっていた。母が帰った後、そのことをはっきりと言ってみることにした。
どう言い出せばいいのか、はっきりとは分からなかった。「あの、えっと、母さんとは、一体どういう関係なの?」
彼女はグラスからひと口、長く飲み干した。「仲の良い友達よ」彼女は、反抗心と諦めが入り混じったような目で私を見つめた。「とても仲の良い友達。時には恋人同士になることもあるわ」
俺はひどく空虚で、途方に暮れた気分になった。母が?
「聞いて」と彼女は続けた。「90年代に生きようなんてやめたほうがいいわ。ここは最高の世の中じゃないかもしれないけど、あなたはこれを受け入れるしかないのよ」
彼女は俺のところへ歩み寄り、私の手を握ると、まるで私の前にひざまずくかのように身をかがめた。
彼女の声は柔らかくなっていた。「ウィリアム……ねえ、私はあなたよりたった2歳年上なだけなの――つまり、2年先に生まれただけ――言いたいのは、あなたの気持ちがわかるってこと。ベ――あなたのお母さんも理解しているわ。それ、私たちの……関係は、誰にとっても秘密なんかじゃない。ごく普通のことよ。この20年で、たくさんのことが変わった。あなたも変わらなきゃいけないの」
俺は何も言わなかった。
彼女は立ち上がり、きっぱりと言った。「お母さんが六十歳だからって、愛を必要としなくなったと思うの? お母さんはあなた以上に愛を必要としているわ。今でも。特に今こそね。」
彼女の目には非難の色が浮かんでいた。「特に今、あなたがあの死の過去から戻ってきた今。お母さんに、自分がどれだけ年をとったかを思い知らせるようなものよ。私が――20歳も若いのに、どれだけ年をとったかを。」彼女の声は震え、ひっくり返り、彼女は自分の部屋へ駆け込んだ。
俺は母に、メアリイゲイから電話があり、緊急事態が発生したため、すぐにサウスダコタへ行かなければならないと書いたメモを残した。ボディーガードを呼び、その場を後にした。
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キーキーと音を立て、オゾンが漏れ、ボロボロの古いバスが、ひどい道路とさらにひどい道路の交差点で俺を降ろした。 スーフォールズまでの2000キロを移動するのに1時間、そこから150キロ離れたゲデスまでヘリコプターで2時間、そしてフリーホールドまでの最後の12キロを、ボロボロのバスで3時間、待ち時間とガタガタ揺られながら移動した。フリーホールドとは、ポッター家が農地を所有するコミューンの集まりだった。 この過酷な行程がまだ続くのか、この未舗装の道を農場まで4時間も歩いて行かなければならないのか、と俺は思った。
建物にたどり着くまで、さらに30分もかかった。バッグは耐え難いほど重くなり、かさばる拳銃が腰を擦りむいていた。石畳の小道を登り、質素なプラスチック製のドームの扉まで行き、紐を引くと、中から鈴の音がチリンと鳴った。覗き穴が暗くなった。
「どなたですか?」分厚い木に遮られて、声がこもっていた。
「道をお尋ねしたいのですが」
「何だ?」 それが女性なのか子供なのか、見当がつかなかった。
「ちょっと待って。」足音が遠ざかり、また戻ってきた。「この道を1.9キロ下ったところよ。右側にジャガイモやインゲンがたくさんあるわ。たぶん、ニワトリの匂いがするはずよ。」
「ありがとう。」
「何か飲み物が欲しければ、裏にポンプがありますよ。夫が家にいないと中に入れてあげられないんです。」
「分かりました。ありがとうございます。」水は金属のような味がしたが、驚くほど冷たかった。
ジャガイモやインゲンの苗が立ち上がって俺の足首を噛みついてきたとしても、それが何なのかは分からないだろう。だが、半メートルずつ歩く方法なら知っていた。そこで、3800まで数えて深呼吸しようと決心した。鶏の糞の匂いと、それがない状態の違いくらいなら、見分けられるだろうと思った。
3650まで数えたところで、轍のついた小道が現れ、その先にはプラスチック製のドームと、どうやら芝生でできたと思われる長方形の建物群が並んでいた。そこには、鶏が爆発的に増えまくっているような小規模な囲いがあった。匂いはしたが、それほど強烈ではなかった。
小道の半ばで、ドアが開き、メアリイゲイがほんのわずかな布切れ一枚を身にまとって駆け出してきました。滑りそうになりながらも嬉しい再会の挨拶を交わした後、彼女は「こんなに早くに何しに来たの?」と尋ねました。
「ああ、母のところに友達が泊まりに来ていたんだ。迷惑をかけたくなかった。電話すべきだったかな。」
「確かに電話すべきだったわね……そうすれば、ほこりだらけの長い道のりを歩かずに済んだのに。でも、ここにはたっぷりスペースがあるから、その点は心配しないで」
彼女は私を家の中に案内し、両親に会わせてくれた。両親は温かく迎えてくれたが、そのおかげで私は明らかに着飾りすぎているような気分になった。顔には年齢の跡が見えたが、体はたるみもなく、しわもほとんどなかった。
夕食は特別な機会だったため、鶏は生かしておき、代わりに牛肉の缶詰を開け、キャベツやジャガイモと一緒に蒸して出してくれた。俺の素朴な舌には、飛行船やロンドンで食べたほとんどのグルメ料理に匹敵するほど美味かった。
コーヒーとヤギのチーズを囲みながら(ワインがないことを彼らは謝罪した。コミューンでは数週間後に新しいヴィンテージが発売される予定だった)、俺はどんな仕事ができるのか尋ねた。
「ウィル」とポッター氏は言った。「率直に言って、君がここに来てくれたのは天の恵みだよ。5エーカーの土地が、耕す人手が足りなくて、ただ放置されたままになっているんだ。明日から犂を使って、1エーカーずつ耕し始めてくれ。」
「いや、いや……今シーズンは違う。大豆だ――換金作物だし、土壌にもいい。それからウィル、夜間はみんなで交代で見張りを務めるんだ。4人いれば、もっとたくさん眠れるはずだ。」彼はコーヒーをぐいっと飲み干した。「さて、他に何があったかな……」
「リチャード」とポッター夫人が言った。「温室のことを彼に話してあげて」
「そうだ、そう、温室ね。コミューンには、ここから1クリックほど下ったところ、レクリエーションセンターのそばに2エーカーの温室があるんだ。主にブドウとトマトを育てている。みんな、週に一度、午前か午後のどちらか一つをそこで過ごすんだ。
「今夜、君ら子どもたちはそこへ行ってはどうかな……ウィルに、素晴らしいフリーホールドの夜の活気を体験させてあげなさい。時には、本当に盛り上がるチェッカーのゲームができることもあるよ。」
「あら、パパ。そんなに悪くはないわよ。」
「実際、そうでもないよ。そこそこの図書館があるし、米国議会図書館にアクセスできるコイン式端末もある。メアリイゲイから、君は読書家だと聞いたよ。それはいいことだ。」
「面白そうですね。」確かにそうだった。「でも、見張りはどうするんです?」
「問題ないよ。ポッター夫人――エイプリル――と僕が最初の4時間は担当する。あ、」と彼は立ち上がりながら言った。「まず、設備を見せてあげるよ。」
俺たちは裏手にある「塔」――高床式の土嚢小屋――へ向かった。小屋の中央にある穴から、ロープのはしごを登った。
「二人でいると、ちょっと手狭だね」とリチャードは言った。「座ってくれ。」床の穴の横に古いピアノのスツールがあった。私はそれに腰を下ろした。「首を痛めずに野原全体を見渡せるのは便利だよ。ただ、ずっと同じ方向ばかり見続けないでくれ。」
彼は木箱を開け、油まみれのぼろ布に包まれた滑らかなライフルを取り出した。「これ、わかるか?」
「もちろん」基礎訓練の頃、これを持って寝なければならなかった。「陸軍の標準装備、T-16だ。半自動式、12口径のタンブラー弾――一体どこで手に入れたんです?」
「コミューンが政府の競売に参加したんだ。今じゃ骨董品だよ、坊や。」彼はそれを私に手渡した。私は銃を分解した。きれいすぎるほどきれいだった。
「ここ一年近くは使っていない。射撃練習には弾薬代がかかりすぎるからな。でも、試しに数発撃ってみて、ちゃんと動くってことを確かめておきなさい。」
スコープを点けると、色あせた明るい緑色しか映らなかった。夜間モードに設定されていたのだ。ゼロ点調整に戻し、倍率を10倍に設定して、再び組み立て直した。
「メアリイゲイは試す気にならなかった。もう十分経験したってさ。無理には言わなかったが、道具には自信を持っていなきゃな。」
安全装置を解除し、距離計で100~120メートル先と表示された土の塊を見つけた。110メートルに設定し、ライフルの銃身を砂袋に載せ、十字線の中央に土の塊を合わせ、引き金を引いた。弾丸はシューッと飛び出し、標的より約5センチ低い位置で土を巻き上げた。
「悪くないな」私は夜間の使用に合わせて再設定し、安全装置をかけてライフルを返した。「一年前、何があったんです?」
彼は、布が接眼レンズに触れないように注意しながら、慎重にライフルを包んだ。「ジャンパーの連中がやって来たんだ。数発撃って、追い払ったよ」
「ええと、ジャンパーって何です?」
「ああ、君には分からないだろうな」彼はタバコの煙を吐き出し、箱を私に手渡した。「なんで単に『泥棒』って呼ばないのか分からないよ。あれはまさに泥棒だ。時には殺し屋ってこともあるしな。
「連中は、コミューンのメンバーの多くがかなり裕福だってことを知ってるんだ。換金作物を育てていれば、収益の半分は自分のものになるし、それに、加入した時点で裕福だったメンバーも大勢いる。
「とにかく、ジャンパーたちは俺たちが比較的孤立していることを利用してくるんだ。都会からやってきてこっそり侵入しようとし、たいていは一か所を襲って逃げ去る。大抵はここまで深く入り込めないけど、道路に近い農場では……数週間おきに銃声が聞こえる。たいていは子どもたちを追い払うためだけだけど。それが続くとサイレンが鳴り、コミューンは警戒態勢に入るんだ。」
「補償はあるよ。彼らは、僕たち他の住民に比べて収穫物の半分しか寄付しなくていいんだ。それに、より強力な武器も支給されている。」
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出稼ぎが終わった。いろんな思いがあり、書く
JASM(TSMC)で一年間キンコンカンコンして稼がせてもらった。あざす
JASM第一工場の敷地は21haだが、ここで(推定)年間3000億円の半導体が製造される。
その向かいにはニンジン畑があり一本30円の人参が栽培されている、菊陽町は人参が特産なのだ。
最寄り駅は原水駅であるが、駅にも人参の絵パネルがある。半導体のパネルは無い。
近隣の小作人が地元テレビに出ていたが、「わしゃこの土地は譲らんズラ」みたいなことを言ってた(ような気がする)
この小作農が国賊と糾弾されないのが不思議。日本人は優しいのだ。
JASMに隣接し現場事務所がある、町の土地が貸与されたもので立派なプレハブ仮設事務所が建っている。
俺は日本中の現場を経験したが、ウォシュレット完備の現場事務所は初めてだ。下手すりゃエアコンすら無い現場すらある。ここは天国。
各社ベンダーはここを拠点にしているわけだが、PJ佳境のさなか突然、駐車場の立ち退きが命じられた
JASM様の従業員用駐車場た不足しているのでお前らどけ、とのこと。
ん?ワイらどうやって通勤するの?
それまで砂利でぬかるみだらけの駐車場が綺麗に舗装されJASM様に差し出された。
わいらに人権は無いのだ。
菊陽町にはJASMだけではなくソニーやTELなど半導体企業が集結しておりシリコンパークが形成されている。
シリコンパーク全体で年間数兆円の売上があるのだが、最寄り駅は無人駅で屋根すら無い(ちょっとある)
バスは走っているが、ほぼ走っていない、朝夕ちょろっと走るだけ、土日は走ってない
熊本は車社会である、だが下層作業員は車で通勤することは許されない。駅からは坂を登り高台のシリコンパークまで自力で通う必要がある。30分。
駅にはトイレがある、シリコンパークで働く我々下層作業員のために改修されたらしい、照明は5秒で切れる、おまえらを照らす電気代など無駄、と言わんばかりに
センサー式照明は容赦なく消灯する。おしっこするたびに惨めになる。
菊陽町は不交付団体である。国からの補助金を受けずに単独で地方自治が回せる日本では数少ない自治体である。
税収はうはうはなのだ。
だから町民のため、シリコンパークのせいで渋滞、公害、静寂な環境が犯された代償か、知らんが、立派な体育館を建てられた
それはそれはもう立派な町立体育館である。びっくりするよ。ガチ凄い、詳しくはググれ、ちな照明は煌々
仕事の内容や中のことは書けない、機密保持やらなんやら、だが、JASMの従業員のポテンシャルは半端ない、そりゃ駐車場舗装するわ
問題は熊本県人はドアを閉めない、欠点はこれくらいしか思いつかない
彼らは頑なにドアを閉めない、老若男女閉めない
だからあちこちに「あとぜき」の張り紙がある、最後の人はちゃんとドア閉めてね、の意味なんだが、ガチでよく見る
だが、ことごとく閉めない
閉めたら負け、みたな気概さえ感じる。稀に締める人もいるが、完全に閉めずに中途半端に開け残す人が多い。
真冬の飲食店で一人客で、ドアをバーンと開けて開けっ放しで店内に入ってくる客、ってのを何度も遭遇した
熊本以外なら殺人事件が起きてもおかしくないシチュエーションであるが、熊本県人は優しいのか諍いは起きない。誰かが閉める
もしくは開けっ放しである、寛容は結構だが、秩序、モラルの欠落にしかなっていない、都会育ちの俺は非常に不愉快
ありゃなんなんだ?何人かにその真意を聞いたが明瞭な答えは得られなかった。
ぜひとも熊本出身者の知見を得たい
あと、JASMだが、現地ニュースなどではTSMCと呼称される。
JASMと書かれることはほぼない
これは不思議
ところが、タクシーの運転手いわく、行き先指定でTSMCという人はいないそうだ、ほぼ全員が「JASMまで」らしい。
これも面白い
農作業の片手間か知らんが、後期高齢者、他府県から流れ流れて、みたいなドライバーしかいない、まぢ苦痛、てか怖い
が熊本のウリだが、実はそれほど酷くはない、かなり盛ってる
都会の渋滞とは質が違う、一応は動くのだ、都会のガチの渋滞は動かない
まぁ俺は二度と行くことはないのでどうでもいいが
あと、小ネタとして
熊本市内の公共交通の要衝は桜町バスターミナルであるが、かつては「交通センター」という名前だった。
震災を期に建て替えられて綺麗なターミナルに改修され名前が変わった
しかしバス路線図や地元の地図、呼称などで「交通センター」が残っており、混乱することがあるが両者は同じ場所である
ちなみに他府県のような感覚で公共交通機関に期待しないほうがいい
ガチガチの車社会である、この程度の都市ならこの程度の公共交通機関が機能しているだろう、という期待はほぼ裏切られる。