はてなキーワード: 12とは
謎に口の中で血が出る増田だけどあれも美味しいわよねだけど私が食べているのは地元のマーケットで売ってあるメジャーなメーカーじゃないくってインディーズの納豆巻きで夏に見かける青じそも一緒に巻いてある納豆巻きね切って小さいのが12個入っていて138円とか爆安でしかも美味しいときたもんよたまに見る美味しいのを見付けたら嬉しいインディーズのそういうのってあるわよね山脈に向かってヤッホー!って叫ぶわ!この時期納豆パワー欠かせないわ。
ぶりんがーアンテナ
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7 位 (→) おたくみくす 0 in / 0 out 07/15 01:01 更新
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07/14 20:01 声優・鈴代紗弓さん「好き」を言葉にする大切さを実感「好きだと発信していきたい!」これもう光り輝く道の駅だろ
最低限の人権を考慮して「南流山の暖炉(または薪ストーブ)があるお庭付きの一戸建て」から、新橋駅へ通勤する場合のタイムラインをシミュレーションします。
南流山駅周辺で「大型犬が飼える広いお庭」「暖炉・薪ストーブの設置」が可能な戸建てエリアは、駅から少し離れた閑静な住宅街(駅から徒歩約15分〜20分、あるいはバス・自転車圏内)を想定するのが現実的です。
今回は「駅から徒歩18分(約1.4km)の一戸建て」に住んでいると仮定し、朝の通勤ラッシュ時(7:30〜8:30頃)につくばエクスプレス(TX)とJR線を乗り継いで新橋駅へ向かうルートで計算します。
一戸建てのためタワーマンションのようなエレベーター落とし穴はありませんが、大型犬を飼育する広いお庭があるお家の場合、二重門扉の開閉や、戸締まりの確認などで玄関を出てから敷地を出るまでに約1分かかります。
駅徒歩18分の距離(約1.4km)です。朝の爽やかな時間帯ですが、天候や荷物の重さ、信号待ち(流山街道周辺など)を考慮すると、実質18分〜21分かかります。
※自転車を利用する場合は約6〜7分(+駐輪場から改札まで3分)に短縮可能です。
改札を通り、長いエスカレーター・階段を乗り継いでホームに降りるまでに2分〜3分を要します。
電車待ち時間: 朝のラッシュ時は約3〜4分間隔で運行(平均2分待ち)。
乗車時間: 区間快速または普通を利用して、秋葉原駅まで約23分〜25分。TXは非常に高架・地下線形が良く遅延が少ないのが強みです。
TXの地下ホームから地上へ上がり、JRの中央改札(または東西自由通路)を通って、JR山手線(品川方面)の高架ホーム(3階相当)まで上がります。朝の秋葉原駅は乗り換え客で非常に混雑し、エスカレーターが渋滞するため、早歩きでも7分〜9分かかります。
電車待ち時間: ほぼ1〜2分間隔で次々来るため、待ち時間は1分程度。
乗車時間: 秋葉原から新橋までは5駅。通常は約10分ですが、朝は東京駅や有楽町駅での乗降に時間がかかり、前の電車との間隔調整で徐行することが多いため、12分〜14分見ておきます。
横須賀線の地下ホームとは異なり、山手線・京浜東北線のホームは高架(2階)にあるため、階段を降りればすぐに改札を出られます。1分〜2分で外に出られます。
| 工程 | 通常・スムーズな場合 | ピーク時(混雑・信号待ち) |
|---|---|---|
| ① 敷地外へ出るまで | 約 1分 | 約 1分 |
| ② 駅までの徒歩(徒歩18分想定) | 約 18分 | 約 21分 |
| ③ 南流山駅改札〜TXホーム | 約 2分 | 約 3分 |
| ④ TX(南流山⇒秋葉原)※待ち込み | 約 25分 | 約 28分 |
| ⑤ 秋葉原駅での乗り換え(地下⇒高架) | 約 7分 | 約 9分 |
| ⑥ JR線(秋葉原⇒新橋)※待ち込み | 約 13分 | 約 15分 |
| ⑦ 新橋駅ホームからの脱出 | 約 1分 | 約 2分 |
| 合計(ドア・トゥ・ドア) | 約 1時間 7分(67分) | 約 1時間 19分(79分) |
武蔵小杉のマンション(約38〜46分)に比べると、ドア・トゥ・ドアでおよそ25分〜30分ほど通勤時間が伸びる計算になります。
もし自転車を使って駅前の駐輪場を利用すれば、上記の合計時間から約10分程度短縮(約1時間弱〜1時間10分程度)することが可能です。
暖炉のあるお庭で大型犬との生活を楽しめるトレードオフとして、秋葉原駅の「地下から高架への乗り換え」をいかにスムーズにこなすかがポイントになります。
よく分からないがエアコンの冷房がONになりはじめるのが12時過ぎ。
店内はめちゃくちゃ暑い。
この時期涼みに来る人だっているのに、
おかげで日替わりランチを食べ終わる頃には汗だくになる。
これって
気にしすぎ?
同じ計算すると今1500万だぞ
少し詳しく説明すると 家計調査で老人夫婦65歳以上の月の収支±×12か月×30年で出すんだけど
去年の月不足額は42,434だから42434×12×30≒15,200,000くらいになる
ほーん?減ってるんだってなるかもしれんけど、そもそもがあの数字出した周辺がおおよそ1100万だか1200万くらいだったかな?
あの2000万だけなぜか突出した年があった
せやこれ使って庶民あおって株買わせたろ!日本株もあがってうはうはや!って思った金融庁が煽ったレポートがあれ
実際みんな買うようになるんだけどな、投信のオルカンかS&Pをな!
それはいいとして近年も1200万前後を推移してたけどさすがに物価高になって徐々にあがって、去年も1500万までいったのなら、そのうちマジで各年平均で2000万もいくかもな
まあもう少し話したいのは、上記みたいな経緯なんで数字に強いとか、数字を検証しろとか、データを見ろいう人が
老後2000万問題がーってやって、かつ、そういう話をしないなら、数字なんか見てねえから、お前どの口がいうんだ?って状態だからそいつは信じなくてよい
一応俺が言ってるの信用ないかもしれんからそれ関連の話書いてるとこもはっとく
https://siaa.or.jp/column/63
https://toushin-plaza.jp/column/rougo2000man-basis/
新バージョンの稼働が近くなったし、思う所をしたためる
バージョンアップの度に、前作で記録したスコアやミスカウントがリセットされて、個別に記録取らない限り、前作の記録との比較ができない
スコアだけは、スコアグラフで前作ゴーストを出せば比較できるけど・・・
100クレやらないと1曲目から☆11、1000クレやらないと1曲目から☆12をプレーできない(極皆伝取れば800クレでいいけど)
8段上位から☆12に触れていくけど、この選曲制限のせいで満足に☆12できないのはどうなん?
1曲目か2曲目、どちらか1回しかクリア失敗できない 3曲目がクリアできなくてゲーム終了するのは仕方ないけど(ボルテもそうだし)、
1曲目と2曲目どちらもクリア失敗しても3曲目に進めるようになりませんか?
削除するのは仕方ないけど、せめて削除1~2週間前に告知してくれませんか?
あと、削除するのは仕方ないって言ったけど、オリジナル楽曲消す必要ある?
楽曲が良いとか、鍵盤しばくのが楽しいとか、ポジ要素あるからやり続けてるけど、上の要素を1つでも改善してくれませんか?ロケテアンケートにも書いてるし
ちなみにこの記事を増田に上げたのは、Xとかでこういうこと上げると、やばい(多義)人に絡まれかねないから
今朝もまた、リビングのソファの僕の場所のクッションの反発係数が、最適値からわずかに逸脱していることに気づいた。室温は規定の摂氏22.2度に保たれているにもかかわらずだ。
これは昨日、隣人が無断でこの神聖なる座標に腰を下ろし、彼女の無秩序な質量分布によってウレタンフォームの分子構造に不可逆的な歪みを与えたからに他ならない。
朝食は厳密に計量されたオートミールと決まっているが、この微小な環境の変化のせいで、消化酵素の分泌に影響が出ないか懸念される。
さて、現在僕の並外れた大脳皮質の処理能力の大部分は、非アルキメデス的幾何学を基盤としたp進弦理論におけるタキオン真空の安定化と、Bruhat-Tits樹上でのホログラフィック対応の解明に向けられている。
この分野の真の深淵を理解できる人間は、現在の地球上に僕を含めてせいぜい5人しかいない。いや、プリンストンにいる某教授が最近加齢による認知の衰えを見せていることを考慮すれば、実質4人と言っていいだろう。
通常、標準的なボソン弦理論では時空の背景として実数体Rや複素数体Cを用いるが、僕は時空の微視的構造が局所体としてのp進数体Q_pで記述されると仮定している。
僕の最新の仮説は、p進Veneziano振幅の積分表示における特異点の振る舞いが、非可換幾何学的補正を導入することで完全に制御可能になるというものだ。
従来のp進振幅は、以下のようなGelfand-Graevベータ関数の類似物として定義される。
A_p(s, t) = ∫_{Q_p} |x|_p^(s-1) · |1-x|_p^(t-1) dx
ここで重要なのは、素数 p にわたるすべてのアデール的な積をとった際のアデール積公式だ。
A_∞(s, t) · ∏_p A_p(s, t) = 1
この優美な公式は、実数体上での標準的な弦の散乱振幅A_∞が、すべてのp進弦の振幅の無限積の逆数として完全に決定されることを示している。
しかし、僕の最新の計算はこれだけにとどまらない。僕はBruhat-Tits樹の境界力学系におけるディリクレ境界条件を再定義し、オープン弦のタキオン凝縮を記述する非線形積分方程式の厳密な解析解を導出することに成功しつつあるのだ。
Φ^p = Φ
この方程式が意味する非局所的な相互作用の美しさは、凡人には到底理解できないだろう。
タキオンの質量二乗が負であるという物理的ジレンマを、p進数体上の特異な位相構造を用いることで数学的に無害化できるという事実は、まさに僕のノーベル賞への確実なマイルストーンとなるはずだ。
昨日、大学のカフェテリアでこの理論の画期的な部分について説明してやったのだが、あの哀れな友人Aは完全に目を白黒させていた。
所詮はただのエンジニアだ。彼が誇りにしている修士号など、配管工のライセンスと同程度の価値しかない。MITで学んだ程度の知識では、p進ノルム |x|_p の超距離空間の概念すら想像できないのだろう。
友人Bはただ黙って聞いていた。彼はインドの富裕層出身の天体物理学者だが、周囲に女性がいると途端に発声機能を喪失するという致命的なバグを抱えている。
昨日も僕がタキオンポテンシャルの極小値について熱弁している最中に、隣のテーブルにカフェの女性店員が来ただけで、彼は有機化合物のように固まってしまった。全く、進化の過程で何がどう間違えればあんな欠陥が生じるのか。
さらに最悪なことに、帰宅後、隣人が僕たちの部屋にやってきて、ホワイトボードに書かれた Bruhat-Tits 樹の図式を見て「なんだか面白そうな名前ね」などと低俗で生物学的なジョークを言い放った。
彼女はチーズケーキ工場のウェイトレス兼、永遠に芽の出ない女優志望であり、知性という言葉とは対極に位置する存在だ。僕の美しい数式が、彼女の脳内でいかに下品に変換されたかを想像するだけで、頭痛がしてくる。
ルームメイトはそんな彼女に夢中で、鼻の下を伸ばして愛想笑いを浮かべていた。物理学者としてのプライドよりも、哺乳類としての生殖本能を優先する彼の態度は、ルームメイトとして非常に嘆かわしい。
気を取り直そう。夕食後はドクター・フーのクラシックシリーズ、シーズン12の第4話を見直した。
タイムロードのTARDISのナビゲーションシステムの描写において、時空連続体のトポロジーに関する明らかな設定の矛盾を発見したため、オンラインのファンフォーラムで愚かな大衆を論理的に打ち負かすという重要なタスクが控えている。
その後は、僕のコレクションであるHOゲージの鉄道模型の分岐器における電気抵抗を0.03オーム下げるための再配線作業を行う。
完璧な夜だ。
追記:もしルームメイトがまた僕のヴィンテージ版フラッシュ第123号の保管用マイラーバッグに指紋をつけたら、彼の歯ブラシを液体窒素で凍らせて粉砕するつもりだ。
筆者は専門家でも業者でもないので詳しいことは専門家へ聞いて欲しい。とりあえずつまり取りポンプは買っとけ。
常温の冷媒を室外機で圧縮 → 冷媒が高温・高圧に → 室外機に外気を当てて冷却 → 冷媒が常温・高圧に
↑ ↓
常温・低圧の冷媒を室外機へ ← 空気が冷える ← 冷媒が低温・低圧に ← 高圧の冷媒を室内機で膨張
川
エアコンはボイル・シャルルの法則(PV=nRT)に基づいて↑のようなサイクルで動作する。加圧されて高温になった冷媒を冷やしたり、膨張して低温になった冷媒に吸熱させたりするには特に不思議な原理を使っているわけではなく、ただ巨大なCPUクーラーのようなものにガスを通してファンで風を当てている。熱は高い方から低い方へしか流れないにも関わらず、この冷媒を圧縮・膨張させて温度を変える仕組みによって、エアコンや冷蔵庫は周辺の温度よりも低い温度を作り出すことができる。
で、この仕組みで室内機のヒートシンクを気温より低い温度に下げて、そこに暑い室内の空気を当てると、含まれている水分が結露する。例えば気温35℃・90%RHの空気には35.6 g/m^3の水、つまり空気1リットルあたり約36mLの水が含まれており、例えばこれを15℃まで冷やすと上限12.8g/m^3にぶち当たって空気 1m x 1m x 1m あたり差分の22.8g、つまり通した空気10Lあたりコップ1杯くらいの水が液体化して出てくる。例えば床面積が約6畳または10m^2、高さが2m、容積20m^3の部屋をこの条件で冷やし切ると456g、コップ2杯の水が出てくる計算になる。これはちょっと霧状にして吹いておけば済むような量ではないことが分かると思う。12畳あって湿度が100%で気温が40℃近く設定温度が16℃、といった条件ならば、部屋が冷えるまでに1Lに達することもあるだろうし、その後も換気していれば空気が全量入れ替わる毎にその量が出続けることになる。
「エアコンから大量の水が噴き出して家の中がビショビショになって困っている」という場合、基本的には室内側のでかいヒートシンクの表面で発生したこの「ドレン水」が、エアコンから冷風を吹き出すファンの風に吸い上げられて噴き出している可能性が最も高い(他の可能性があるかどうかはぶっちゃけ知らん)。ちょっと霧状にして吹いておけば済むような量ではないと述べたが、この水は通常どうなっているかというと、室内機に排水用の受け皿が内蔵されており、そこから壁をぶち抜いて室内機・室外機を接続する冷媒配管といっしょにホースで室外へ捨てられている。すなわち、エアコン設置に必須の室内外をぶち抜く穴には 1) 室外→室内へ高圧・常温の冷媒を送る管 2) 室内→室外へ低圧・常温の冷媒を戻す管 3) 室外機を駆動する電源の延長ケーブル 4) いらん水を捨てる管 の4本が通っており、この最後の管、「ドレン管」から捨てられている。他の3本に関しては高圧ガスが通っていたり電源が通っていたりするが、このいらん水を捨てる管はただのプラホースで、捨てる先もその辺の地面や、雨を捨てる雨樋に捨てている場合が多い。ちゃんと下水に接続していることはあまりない。また、室内に戻ることで冷房性能に影響するものでもないため、日光に晒されて劣化して破損などしている事もある。
このホースが詰まって水が流れなくなると、室内機の受け皿すりきり一杯に空気1リットルあたり10g以上のよく冷えた水が溜まることになる。エアコンのファン(中央→周辺に流すシロッコファンに見えるが、外周→外周に吹き出す動作をする「クロスフローファン」と呼ばれるタイプである)は静圧が高く受け皿から水を吸い上げることが可能なのであろう、結構勢いよく出てくる。
詰まる異物は主に室内を舞っているホコリや、溜まった水とホコリから生えたカビの塊などだが、ホースそのものは単なるホースなので出口側からも異物が入ることがある。具体的に出口側から入る異物が何なのかについては、冷えの悪い・調子の悪いエアコンの汚れを落とす洗浄スプレーをエアコンメーカーの方では「プラスチックを傷めるかもしれない」「電子機器に掛かるかもしれない」などとして推奨していないことと、その洗浄スプレー製品のトップメーカーが「アース製薬」であることを述べるに留めたい。これを防止するためのキャップも売られている。
ただし、洗浄スプレーを使うにはまずドレン管が機能していることが絶対必須である。これにはアマゾンでも楽天でも一部のホームセンターや家電量販店でも扱われている「エアコン用ドレンつまり取りポンプ」のたぐいが有効で、これを家の外に出ているホースに突っ込んでシュポシュポやると詰まってる水がドバッと出てくる。上で述べたように他のホースは重要だがドレン管は蛇腹の薄っぺらいホースなのですぐに分かる。一方でエアコン本体に入っている排水皿の清掃はかなり難しく、エアコンそのものを分解する必要がある。ここまで読んでいる人はシュポシュポやって詰まりを取り、シーズン前後に洗浄スプレーを時々使うだけで我慢しておき、本格的な清掃は業者に任せたほうが無難である。
以上。定期的に「エアコンから大量の水が出てきて部屋の中がズブ濡れ、怖くてエアコンが動かせないし業者もすぐに来てくれなくて不安、買い替えたいが高くて躊躇している」という声をネットで見かけるので書いた。とりあえずつまり取りポンプは買っとけ。出てくる風が湿って爽やかだなと思ったらシュポシュポしとけ。
音楽、語源、音を楽しむ、みたいに検索すると、それは違うよ、ってのがいっぱい出てくる…😟
で、音楽の先生が生徒に、音楽は音を楽しむと書くので、楽しんで歌いましょう、みたいに言う例えが出てくる、これは俺も嫌い…😟
音楽=音は楽しいものという前提があるもの、という考えなら俺は反対なんだけど、
まず、アタマの良い人たちも童心に帰ってほしいんだけど、単なるコードを鳴らしてるだけで楽しくない?俺は楽しい…😟
YouTubeで適当な楽曲を流して、それに合わせて単音でもいいからギターやキーボードを鳴らす、
自分が正しいコードを、キーを、スケールやモードを当ててる、当ててなくて変な音が出ても、これはこれで面白くね?と感じる、
それが楽しくない、という人もいるだろうけど、俺は楽しい…😟
あと、現代音楽の人が、音は考えるもの、みたいに書いてるけど、いやいや、MAXとか使って音をいじってるの楽しいんでしょ?
DAWとか使って、いわゆる12音階でなくても、音をいじってるだけで楽しいはずですよ、
音が楽しくないなら、単に考えるための、つらいだけのものなら、
まあ、凡人の俺たちは、つまんないならやらなくていいと思うんだよな…😟
前に坂本龍一だったか、書いた文章にも思ったんだけど、俺みたいな凡人とレベルが違うから、高尚なこと考えてるんでしょうけど、
俺たちというか、俺はバカなんで、
楽しければやるし、楽しくなければやらない、やったってつまんないんでしょ?勉強じゃないんだから…😟というか、受験勉強の方がまだ楽しいぐらいですよ
確かに、日本語の音楽は神に捧げる意味があるのだろうし、西洋の音楽もそうですよね、
黒人が音楽理論を破壊するまで、数学的な意味合いが強かったり、音楽の数学的な法則性に神を感じていた気がします、
でも、それは砕かれて、変形して、今はそれがポップスでは当たり前になってる…😟
現代音楽は、それさえも破壊することを目的としているのかもしれない、
12音階、ドレミファソラシドが音楽である、という固定観念をまず破壊したい、そういう面があると思ってるけど、
まあでも、音をいじってて楽しいわけですよ、
音を楽しみましょう、というか、ボクは、音を楽しめ!とは言いません、
でも、音が楽しい!音がたのちい!銃夢風に言うなら、プリンおいちい!🍮ですよ、
プリンを美味しいと思え、というのは嫌いですけど、
プリンが大好きな人たちが集まって、みんなでバケツプリン作って、プリンおいちい!おいちい!言いながらみんなで食べる、それでいいんじゃないかと…😟
10:00 起床
10:30 身支度を終えママの作っていた朝食に手を付けるも和食の気分ではなかったのでゴミ箱へ
11:00 朝食を食べ損ねお腹が空いたのでお菓子で空腹を紛らわせる
12:00 ひとりで二郎へ いつも頑張ってる自分へのご褒美♪
13:00 メンエスへ
16:00 帰宅。父親が仕事は無いのかとうるさいので怒鳴りつけソファに寝転びネトフリ視聴
19:00 帰ってきたママに夕食を作るよう指示。材料がない等と言い出したので買ってこいと尻を叩く
20:00 ママが買い物にだらだらを時間をかけて夕食が遅いのでウーバーイーツで済ませる
21:00 ママに洗濯や掃除をしていない事を咎められたので頭にきてTVのリモコンを投げつけ頭に命中
21:30 ママがまだグチグチ文句を言うので頭にきて女装して彼氏の家に行く
22:30 彼氏とラブホへ。黒人ペニスに弱者男性アナルをズボズボ掘られる♪
0:00 彼氏の家で就寝♪
専業主婦の一日
10:00 起床
10:30 身支度を終え旦那が作っていた朝食に手を付けるも和食の気分ではなかったのでゴミ箱へ
11:00 朝食を食べ損ねお腹が空いたのでお菓子で空腹を紛らわせる
12:00 ママ友とランチへ いつも頑張ってる自分へのご褒美♪
16:00 帰宅。子供がおやつは無いのかとうるさいので我慢しろと怒鳴りつけソファに寝転びネトフリ視聴
19:00 帰ってきた夫に夕食を作るよう指示。材料がない等と言い出したので買ってこいと尻を叩く
20:00 夫が買い物にだらだらを時間をかけて夕食が遅いのでウーバーイーツで済ませる
21:00 夫に洗濯や掃除をしていない事を咎められたので頭にきてTVのリモコンを投げつけ頭に命中
21:30 夫がまだグチグチ文句を言うので頭にきて彼氏の家に行く
22:30 彼氏とラブホへ。夫に抱かれる気はないが彼氏は別♪
0:00 彼氏の家で就寝♪
などと言いつつソフトウェア関連は除外される模様
接客を一度もしたことない人の中には店員を人だと思わず、怒鳴ったり命令したり、失礼な態度をとる人がいるようなもので、文章を書いたことが無い、絵を描いたことが無い、映像を作ったことが無い、そういう人は、作品の裏側で命を削ってモノづくりしてる気持ちがわからないので、メチャクチャな注文を…
— くられ (@reraku) July 12, 2026
青:砂田凱保@新潟
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・02 ジジ
・03 ルビー
・05 福井(県
・07 西野カナ にしのかな
・08 フランス
・09 [近似値]43.65メートル
・10 メドゥーサ
・13 ますだおかだ
・15 [書き]E)LEPHANT
・21 ハンガリー
・22 ミラノ
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・25 [3択]自動車 税
・26 信楽(焼
・27 S
・29e ボサノバ
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・博愛社
・西郷隆盛が中心
A:西南戦争
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中道・野田佳彦代表「写っているのは私で間違いない」 旧統一教会関係者との写真報道に
2026/1/27 12:15
中道改革連合の野田佳彦共同代表は26日夜、日本テレビ系の番組に出演し、インターネット番組「デイリーWiLL(ウィル)」が野田氏が25年前に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係者との会合に参加していたとして公開した写真を巡り、「写っている写真は私で間違いない」と野田氏自身であることを認めた。その上で「どのような形であのような会食になったのかよく調べたい」と述べた。
野田氏は26日午前、千葉県浦安市内で記者団の取材に対し「全く覚えていない。よく調べたい」と応じていたが、番組で調査の進捗(しんちょく)状況については「まだ調べていない」と答えた。
会合を巡っては旧統一教会関係者が産経新聞の取材に、教団系政治団体「国際勝共連合」による野田氏の後援会「佳勝会(かしょうかい)」の発会式だと証言した。
中道・野田氏「出席者分からず」 旧統一教会側との会合写真報道
中道改革連合の野田佳彦共同代表は27日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側の関係者との会合とされる写真がインターネット番組で報じられたことに関し、会合への出席は事実だと認めた。その上で「どういう人たちが集まったかは、事務所で調べたが分からない。特定できていない」と説明した。宇都宮市で記者団の質問に答えた。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2836F0Y6A120C2000000/
12:45‐13:30
13:30頃
13:30‐14:15
15:30‐16:15
17:30‐18:15
いろいろな媒体から出ている情報を横断的にみてきたけど、騒動を時系列にまとめるとこれであってる?
1.ドラマオファー時に橋本側から条件(ベッドシーンやキスシーンなどへのインティマシーコーディネーターの介入、軽度な身体接触はOK)が提示される
2.制作側は今回のドラマにそのような性的なシーンはないため起用決定
3.起用決定時に「佐藤側に伝える?」と確認すると「任せる」との回答
4.制作側は佐藤側と協議し、軽度な身体的接触がOKなら演技に影響でるかもだし言わなくていいかと合意
5.第一話撮影時に顎に手が触れる接触があるも、橋本本人はセーフ判定
6.橋本側事務所社長が「接触あったけど、佐藤に言ってる?」と確認要請、伝達を要求
7.制作側より佐藤本人に情報伝達があり、佐藤本人は「どの程度がダメなの?」と聞くも明確な返答なし
8.佐藤本人が1回目の楽屋訪問、センシティブな情報に付き、外部スタッフを人払い
11.第一話完成後に2回目の楽屋訪問、「すごく良かった」「トラウマは尊重される世界であってほしいけど、制約が周りに影響するなら個人的には役者やるのどうなの?」と発言
16.橋本側より「挨拶を無視された」「意図的に避けられている」と追加の被害申告、これもハラスメント認定
20.Xで佐藤が心中を告白、佐藤側事務所が公式リリース、フジが公式リリース発表、橋本側事務所がフジ発表を肯定するリリース、新潮がロングインタビュー掲載、結果的に泥沼化
誰が悪いって、佐藤二朗という感覚派の相方にトラウマ持ち橋本を起用した制作サイドで、その次に軽度な接触OKラインを一方的に覆した橋本側事務所、その後のオーバーキル弁護士
もっとも悪いのは文春にリークした誰かと、検証もせずに記事化した文春
なぜ『The End of the Tour』は、本当は私の友人デヴィッド・フォスター・ウォレスについての映画ではないのか
グレン・ケニー
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1997年の晩秋、私はデヴィッド・フォスター・ウォレスから一本の電話を受けた。
当時私が勤めていた雑誌『Premiere』で、彼が寄稿したデヴィッド・リンチについてのエッセイを編集していたのだが、その編集作業の間じゅう、ウォレスは実に穏やかで礼儀正しかった。(三度目に会うまでは、彼は私を「ミスター・ケニー」と呼び続けていた。)
しかし、その日の彼は、今にも取り乱しそうな声だった。
友人の一人が、映画『Mr. Jealousy』について紹介するNPRの番組を聴いていたところ、その作品に出演している俳優の一人が、自分の演じたキャラクターの着想源としてウォレスの名前を挙げていたというのだ。
ウォレスはひどく動揺していた。
しかも彼の住んでいる場所の近くでは、そのインディペンデント映画は上映されていなかった。
そこで彼は私に頼みごとをした。
「その件を調べてきてくれないか」と。
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一日か二日後、私は彼を安心させることができた。
映画の中でクリス・アイゲマンが演じる人物は、どの点を見てもウォレスを真似しているわけではなかったからだ。
さらに私は(どうやってだったか覚えていないが)そのNPRの放送自体も確認した。
すると、彼の名前が引き合いに出されたのも、ごく一般的な文脈だったことが分かった。
アイゲマンは、自分が演じたのは「時代の代弁者」とでもいうべき男性作家のタイプだと説明し、その例としてウォレスとジェイ・マキナニーの二人を挙げていただけだった。
しかもマキナニーは、公のイメージという点では、ウォレスとはほとんど正反対と言っていい人物である。
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このことを伝えたとき、ウォレスが大きく安堵のため息をついた。
その様子はいまでも鮮明に覚えている。
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そのやり取りを、私は先週ふと思い出した。
ウォレスの長年の編集者であり友人でもあったマイケル・ピーチュが、新作映画『The End of the Tour』について『ロサンゼルス・タイムズ』に寄せた声明を読んだからだ。
ピーチュはこう書いていた。
「もしこの映画の企画が彼の生前に持ち込まれていたら、デヴィッドはそんな話は笑い飛ばして部屋から追い出していただろう。」
しかし、その声明が掲載されたにもかかわらず、『ロサンゼルス・タイムズ』はその記事に、
「『The End of the Tour』はいかにして、とてもデヴィッド・フォスター・ウォレスらしい映画になったのか」
という見出しを付けた。
記事の内容も、映画と、ウォレスを演じたジェイソン・シーゲルをひたすら称賛するものだった。
一方で、ピーチュやその他の関係者が表明していた異議については、形式的に少し触れられているだけである。
まるで、「公平性のために反対意見も載せておきました」という、面倒なジャーナリズム上の義務を嫌々果たしているかのような書き方だった。
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第2回
この手のことは、最近ではもはや驚くような話ではなくなってしまった。
2008年にウォレスが自ら命を絶って以来、私が気づいたことが一つある。
それは、自称「デヴィッド・フォスター・ウォレスのファン」の多くは、実際に彼を知っていた人々の話には、ほとんど価値を認めていないということだ。
例えば、Jonathan Franzenが、亡き友人について、苦しみをにじませながらも容赦のない率直な見解を語ったり文章にしたりすると、ウォレスのファンたちはたちまち反発する。
インターネットには、
といったコメントが並ぶ。
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この傾向は、『The End of the Tour』をめぐる報道でも繰り返された。
『Although Of Course You End Up Becoming Yourself: A Road Trip With David Foster Wallace(もちろん最後には自分自身になってしまうのだけれど――デヴィッド・フォスター・ウォレスとのロードトリップ)』
の映画化が発表されたとき、デヴィッド・フォスター・ウォレス・トラストは反対の意思を表明した。
するとライターのMaria Bustillosは、かつてウォレスが本に書き込んでいた母親に関するメモを再掲載し、それほど深い洞察もないまま「ウォレス研究家」のような立場を装っていた人物だが、The Awl に
「死者は同意できない(The Dead Cannot Consent)」
彼女は、「トラスト」という存在を、まるでオーウェル小説に出てくるような巨大で匿名の組織であるかのように扱っていた。
しかし実際には、それはウォレスが2004年から亡くなるまで結婚していた妻、カレン・グリーンが代表を務める小さな団体にすぎない。
それにもかかわらず、バスティージョスは鼻で笑うようにこう書いた。
「もし彼が自殺していなかったなら、この映画に同意したかどうかなどという、悲しく、理解しがたい問いについて、なぜわざわざ推測する必要があるのだろう。」
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私は、その問いは少なくともカレン・グリーンにとっては、決して「理解しがたい」ものではないと思う。
また、ウォレスの文芸エージェントだったボニー・ネイデルにとっても、そしてもちろんピーチュにとっても同じだ。
彼らにとって、ウォレスが何を望み、何を望まなかったかという問題は、抽象的な知的議論ではなかった。
昔から、そして今もなお、極めて現実的で個人的な問題なのである。
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2011年、カレン・グリーンは Observer 紙のインタビューで、人々にこう訴えようとしていた。
「ジャーナリズムがジャーナリズムであることは分かっていますし、人々は『私が彼の遺体を発見した』という話を何度でも読みたがるのかもしれません。でも、それはデヴィッドその人でもなければ、彼の作品でもありません。」
そして続けてこう語っている。
「そういう扱い方をすると、彼は『有名人の作家』という存在に変えられてしまう。それは、彼の中の一番大切な部分からすれば、きっと顔をしかめるようなことだったと思います。」
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こうした人たちは、自分たちが知っていたウォレスという人間と、ファンたちが奇妙なほど「自分たちのもの」と思い込んでいるウォレス像との間で、常に板挟みになってきたのである。
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私は、カレン・グリーンやマイケル・ピーチュ、あるいはボニー・ネイデルほど深くデヴィッド・フォスター・ウォレスを知っていたわけではない。
それでも、生前の彼について文章を書く際に「私の友人」と呼んでも、彼が嫌がることはない程度には親しかった。
『A Supposedly Fun Thing I’ll Never Do Again(楽しいことのはずが、二度とやりたくない)』
の謝辞の中で、私に
「The Mollifier(なだめ役)」
というあだ名まで付けてくれている。
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1998年には、ラスベガスで開かれたAVNアワードを取材するため、私はデイヴ(ウォレス)と週末を共に過ごした。
彼はその体験を後に
というエッセイにまとめている。
という名前で登場させていた。
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『Big Red Son』となる原稿を『Premiere』誌が編集した際、その扱いに彼は激怒し、後に『Consider the Lobster』の注で、その編集を**「bowdlerized(検閲・無害化されてしまった)」**と書いた。
そして、その表現はまったく正確だった。
私たちは主に電話で話していたが、2004年以降になると、会話の多くは、お互いが人生の伴侶と出会えた幸運について語ることになっていった。
私は昼間の仕事を失ったことについて長々と愚痴をこぼしたが、彼はとても励ましてくれた。
その年の9月、彼は亡くなった。
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第3回
そうした、比較的限られた立場から見ても、『The End of the Tour』は私には失笑ものだった。
私は映画評論を書く際、歴史的事実に忠実でない作品であっても擁護してきたことが少なくない。
映画というものは、それぞれが独立した一つの世界であり、その世界の中で評価されるべきだ――良くも悪くも、そう考えてきたからだ。
しかし、そのような距離を置いた姿勢は、この映画を初めて観た瞬間に吹き飛んでしまった。
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この作品は、1996年の5日間を舞台に、デヴィッド・リプスキー(演じるのはジェシー・アイゼンバーグ)と、デヴィッド・フォスター・ウォレス(演じるのはジェイソン・シーゲル)の、脚色された人物像を描いている。
さらに物語は、2008年を舞台にした場面で始まり、同じく2008年の場面で締めくくられる。
そこではリプスキーがウォレスの死と、その残したものについて振り返っている。
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多くの点で、ごく典型的なインディペンデント映画であるこの作品を観終えた私は、あまりに腹が立ち、その夜はほとんど眠れなかった。
ベッドの中で、ジェイソン・シーゲルのウォレス像を最も的確に表す言葉は何かということばかり考え続けていた。
そしてようやく思いついた表現が、
「死者を食い物にした自己顕示(ghoulish self-aggrandisement)」
だった。
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私にとって、この演技を思い浮かべると連想されるのは、キャプテン・ビーフハートの曲の一節である。
「俺は、自分の骨の上に乗っかっている奴らのことを思う。」
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もっと個人的な感情を脇へ置いて、この映画を見ようと努めてみることもある。
たとえば、
「90年代に二人の男が作家としてあれこれ語り合い、その何年か後、一人が自殺する」
という映画として見たとしても、『The End of the Tour』はやはり物足りない。
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彼の演技を「ウォレスが憑依したようだ」と評する人もいる。
しかし私には、とてもそうは思えない。
むしろ、「ほら、ここが重要ですよ」と大げさに指し示す演技の連続に見える。
ここで一つ癖を見せ、
あそこでまた別の癖を見せる。
額にはしわを寄せ続ける。
を一生懸命考えながら演じているのが透けて見える。
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すべて後景へ退き、
前面に押し出されるのは、
だけである。
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彼が冗談を言っている場面でさえ、その人物には明るさも、軽やかさもない。
「死んだほうがましだ」
あるいは
「君は本当に私になりたいとは思わないだろう」
まるで観客の脇腹を肘で突きながら、
「ほら、彼は将来自殺するんですよ」
と念押ししているようにしか見えない。
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ウォレスの自殺という出来事が、亡くなる12年も前から彼の人生のすべてに影を落としていた
と主張してやまない。
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しかも、シーゲルが演じるウォレスは、本当の意味で「暗い」人物ですらない。
ただ、
「なんとなく悲しそうな人」
なのである。
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自らを去勢してしまう代わりに、ポルノに徹底的に没頭してみたらどうか――
そんな極端な発想を平然と口にするようなウォレスは、『The End of the Tour』には一度も姿を現さない。
また、
あの恐ろしく入り組んだ短編小説『Octet』を書いた作家も、ここには存在しない。
その作品は、
という、目が回るような結末で始まる。
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この映画が向けられているのは、
かつて流行した**『Wear Sunscreen(日焼け止めを塗れ)』**の現代版――人生の教訓集――として愛読しているような人々なのだ。
そして、
『ロサンゼルス・タイムズ』の記事でも繰り返されていたように、
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だが、ウォレスが嫌っていたのは、
そこに描かれるウォレスは、
ジョン・バースについて語るより、
アラニス・モリセットについて語るほうが楽しそうな人物なのである。
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「この映画は、ウォレス自身の言葉を使いながら、なおウォレスの思想を裏切っている」
と書いていた。
私は、その指摘はほとんど完全に正しいと思う。
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第4回(完結)
そして結局のところ、この映画を二度観終えてもなお、私自身が知っていたウォレスと、この映画が描くウォレスとの食い違いを、私はどうしても埋めることができなかった。
『Although Of Course You End Up Becoming Yourself(もちろん最後には自分自身になってしまうのだけれど)』の冒頭で、リプスキーはウォレスの話し方をこう描写している。
「語尾の g を飲み込み、『wouldn’t』を『wudn’t』、『didn’t』を『dudn’t』、『isn’t』を『idn’t』、『something』を『sumpin』と言う、どこにでもいるスポーツマン風のアクセント。」
シーゲルは、このリプスキーの描写をそのまま演技に取り入れている。
しかし、私の記憶では、デイヴはもっと正確で、ほとんど改まった話し方をしていた。
現在分詞の語尾に付く g も、落とすことなく、静かに、しかしきちんと発音していたのである。
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がっしりしていて、
ぎこちなくよろめくように歩き、
肘を不器用に動かし、
いつも少し小さめの服を無理に着ている。
私が覚えているデイヴは、体格こそ立派だったが、同時にほとんど身軽で、しなやかささえ感じさせる人物だった。
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それでも映画のラストで、シーゲルが大げさなくらいひどい踊りを披露する場面は、まるでネオンサインのようにはっきりと、この映画の考え方を示している。
つまり、
「あまりにも純粋で、あまりにも神聖だったがゆえに、この世界ではうまく生きられなかった天才」
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同じことは、先ほど触れたアラニス・モリセットの話にも表れている。
リプスキーの本には、
「もし彼女に会えたらどうする?」
というやり取りが実際に載っている。
そのときのウォレスの返答は、有名人という存在や、セレブリティ文化の力学に対して懐疑的ではあるものの、決して間の抜けたものではない。
ところが脚本家ドナルド・マーグリーズがその場面を書き換え、シーゲルが演じると、
(Beaky Buzzard――アメリカのアニメに登場する、頭は悪くないが極端に間が抜けたハゲワシのキャラクターを引き合いに出している。)
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一方、ジェシー・アイゼンバーグが演じるリプスキーは、最初はやや自虐的な描かれ方をしている。
地方に住むウォレスのもとへ押しかけてくる、押しの強い都会人。
天才性、
名声、
そうしたものを欲しがりながら、
なぜ当のウォレス本人が、それらに対して複雑な感情を抱いているのか理解できない男として描かれる。
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映画の最後でリプスキーをより立派な人物として浮かび上がらせるための仕掛けにすぎないことが分かる。
彼は生き残った作家として、
NPRで。
行く先々で。
まるでジョニー・アップルシード(※アメリカ開拓時代にリンゴの種をまいて各地を歩いた伝説的人物)のように。
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……私だけなのだろうか。
彼の死は、彼を知っていた者たちにとって、今なお生々しい傷なのである。
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それはウォレスを窒息させるような敬意だ。
「見てくれ。」
「こんなに立派な追悼作品なんだ。」
「どうして君は、こんなものを望まなかったんだ?」
「どうして受け入れなかったんだ?」
と懇願しているように思える。
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だが、その問い自体が間違っている。
なぜなら、この映画に関わった誰一人として、
ウォレスが持っていたような、容赦のない鋭い自己認識をもって「これ」を見ていないからである。
結局は**「有名人の作家さん」**という肖像を作り上げただけだった。
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「まだ早すぎる(Too soon.)」
――まったく、その通りなのである。
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『The End of the Tour』――ジェイソン・シーゲル、デイヴィッド・フォスター・ウォレス役という「無限の試練」を突破する
ジェームズ・ポンソルト監督による、思いやりに満ちた魅力的な、そして無許可で制作された故アメリカの偉大な作家の人物像研究。
ジェシー・アイゼンバーグ演じる、敵意から友情へと変化していくジャーナリストとの5日間の旅に焦点を当てる。
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ジェイソン・シーゲルを『The End of the Tour』で初めて見た瞬間、まるで彼がデイヴィッド・フォスター・ウォレスのハロウィーン仮装をしているように見える。
スウェット姿。バンダナからのぞく長髪。眼鏡。そしてあの笑顔。
しかし、それを見て笑ってしまうのは、偉大な作家の作品をある程度知っている人間だけだろう。
そして、自分こそ本当の意味でDFW(デイヴィッド・フォスター・ウォレス)を理解していると思っている人たちは、きっとこう言いたくなる。
「彼なら絶対にこんなの嫌がっただろう!」
と。
しかし、この映画の中に入り込み、称賛された作家のかなり忠実な再現像と時間を過ごせることは、疑いなく大きな喜びである。
R.E.M.をステレオで流し、ポップターツを食べ、現代社会の落とし穴について雄弁に語るウォレスと一緒に過ごせるのだから。
特に、ジェームズ・ポンソルト監督(『The Spectacular Now』『Smashed』)が、1990年代への気取ったノスタルジーや、暴露的なスキャンダル探しにはまったく興味を示していない点が重要だ。
シーゲル演じるウォレスは、人里離れた安いアパートで一人暮らしをしながら、自己認識過剰なアメリカの大衆消費文化という矛盾した心臓部を体現している。
まるで、いつかコレステロールによる動脈硬化で倒れる日を待っているかのように。
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しかし、これはデイヴィッド・フォスター・ウォレスの伝記映画ではない。
この作品は、記者デイヴ・リプスキーが、ウォレスの『Infinite Jest』宣伝ツアー中に5日間を共にした経験を書いた回想録を基にしている。
ジェシー・アイゼンバーグ演じるリプスキーは、少し控えめに描かれたサリエリ役と言える。
リプスキーの本はほとんど売れず、返品処分の棚へ直行するような状況だった。
彼は『Rolling Stone』誌で短い記事を書き続けていた。
そんな彼がウォレスのインタビュー記事を担当したいと編集者に懇願する。
しかし同時に、批評家たちが絶賛する通り、ウォレスが本物の天才であることも認めていた。
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映画の大部分は、リプスキーとウォレスがただ会話をする場面で占められている。
執筆について。
テレビについて。
テクノロジーについて。
名声について。
そして何よりも「本物であること」について。
そしてリプスキーが深く踏み込んでいくにつれて、私たちはウォレスがうつ病とどのように闘っていたのかを知ることになる。
彼は以前酒を飲んでいた。
自殺監視下に置かれた経験も、単純な化学的不均衡が原因だったわけではない。
『The End of the Tour』が提示し、そして見事に成功しているのは、ウォレスの大きな心が、この時代には適応できないものだったのではないか、という考えだ。
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続きです。
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彼はリプスキーと関わることさえできない。
そして、その受け取られ方について自分がどう反応したかが、さらにどう解釈されるか。
そこまで考えてしまう。
彼がバンダナを巻いているのは、かつてツーソンに住んでいて、汗をかく環境だったからだ。
しかし今では、それを外すことさえ怖れている。
もし外したら、人々はこう思うかもしれない。
「彼は、自分のバンダナが単なる気取りだと思われていることを知っていて、それを意識して外したのだ」
と。
つまり、どちらを選んでも逃げ場がない。
そしてウォレスは、自分がイメージ作りの力の前では無力であることを、十分すぎるほど理解している。
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このすべてにおける皮肉な結末はこうだ。
このことをレビューで指摘するのは、映画の冒頭でウォレスが言うように、
「ポストモダン的すぎて、気が利きすぎたやり方」
なのかもしれない。
「何かに登場したくないように見せながら、実際にはどう見られるかを気にしている」
『Infinite Jest』という巨大な本をバスに持ち込むことが、どれほど重いことだったのかを理解する必要がある。
そして彼が最終的に自殺へ至ったことも、知っていなければならない。
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それでも、この映画は非常に心を打つ。
この作品は、ウォレスを単なる「変人」として描かないよう、細心の注意を払っている。
ポンソルト監督には、観客が予想する場所に場面を着地させながら、そこへ至る道筋は遠回りにする才能がある。
ウォレスとリプスキーが出会った瞬間、それはまるで緊張したブラインドデートのようだ。
お互い探り合っている。
旅先で女性について冗談を言い合い、ジャンクフードをむさぼる。
彼らは作家としては決して対等にはなれない。
しかし最終的には、野心を持つ一人の人間同士として結びついていく。
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その意味で、『The End of the Tour』は一種の警告の物語である。
成功とは何か。
才能とは何か。
むしろ、ウォレスという鏡を通して、リプスキー、そして観客自身を映し出す映画なのだ。
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