はてなキーワード: 文章とは
AI臭さを除去するスキルとか自然な日本語にするスキルを公開しましたって言われても
何も期待できないよね
リリースしてる本人はあれで脱臭できたと感じてるのが絶望的なんだよ
気にならない人は本当に気にしてないもんな
高い!だからこそ
月9000円ですね
不正確ですが1000円ずつ引いていくのがいいかなと。ようは会員費をたくさんの人たちで分け合い徐々に安くしていくプランです
年始にみんなのおかげだよおおおおああおおおお
泣いて喜ぶふりしてれば
バカみたいに稼げるかなと。
消費税はあがったし
増税で苦しんでるなかー
少しでも安い価格にしたいです!
人数によって割引率変えても面白いかなと
1人からたくさん搾り取り
最終的には1円とかどう?
爆上げ間違いなし。
※ 文章書くの下手なんで、箇条書きだけしてAIに書いてもらった。ごめん。
5年くらい前に、資産が1億円を少し超えたタイミングでFIREした。
今はアラフィフ。
FIRE関連の記事を読むのが好きなんだけど、最近は「思ってたのと違った」「暇すぎて仕事に復帰した」「社会とのつながりがなくなって病んだ」みたいな話をよく見かける。
もちろんそういう人もいるんだろうし、それはそれで一つの事実なんだと思う。
でも、精神的に安定して普通に暮らしている人もいるので、一応そういう例も書いておこうと思った。
まず、うちは家族がいる。
妻も今の生活に特に不満はないらしい。二人とも家にいる時間が長いけど、普通に会話もするし、お互い好き勝手に過ごしている。
子どもの登校時間に合わせて毎日ちゃんと朝起きるので、生活リズムが崩れない。夜になれば普通に眠くなる。
結論から言うと、家族との会話があって、規則正しい生活をしていれば、精神的にはかなり安定してFIRE生活を送れるんじゃないかと思っている。
といっても、難しいことは何もしていない。
はてなでは有名な「普通の人が資産運用で99点をとる方法とその考え方」に書いてあるような、ごく普通のインデックス投資を続けてきただけ。
引退してからも資産は少しずつ増えていて、今のところ「思ったより減らないな」という印象のほうが強い。
資産が1000万円を超えたあたりで、「何かを買う時に値段を見て悩まない」という状態にはなった。
でも、だからといって散財するようにはならなかった。
1億円になっても同じだった。
食事は近所のスーパーで買って自炊するし、外食もそんなにしない。
酒もギャンブルも風俗も興味がない。(別に否定しているわけではない。)
結局、人の価値観って資産額よりもともとの性格のほうが大きいんじゃないかと思う。
たぶん、そのまま定年まで20年くらい働いていたら、資産は数億円になっていたと思う。
だったら、お金を増やすために心を削るより、鬱になる前に辞めようと思った。
あと、はてなだと「1億なんて全然足りない」とか「その額じゃ無理」みたいなコメントをよく見る。
でも、自分の感覚では、1億円というのは「減りそうで減らない、むしろちょっとずつ増えていく」くらいの資産だった。
少なくとも、この5年間はそうだった。
Amazon Primeを見たり、Netflixを見たり、ゲームをしたり。
FIREした直後は、「平日の昼間に何してるんだろう自分」と少し落ち着かない気持ちもあった。
何十年も仕事中心で生きてきたから、それは当たり前だったと思う。
でも、それも数か月で慣れた。
慣れてしまえば、仕事がない生活は思っていたよりずっと楽しかった。
FIREは向き不向きがあると思う。
全盛期の2chでも、少なくとも三割以上は女だったんだけど。
例のスマイリーキクチ事件(1999~2009)でさえ、開示されたら半数くらい女。
某スタエングループのオタクをしている。言わずもがな旧ジャニーズである。
Xに常駐していると、ファンアートが大量に流れてくる。歌番組の衣装を着せたデフォルメ絵、雑誌やドラマのワンシーンを模写した絵、メンバーの誕生日に0時と同時に投稿されるお祝いイラスト。
私はそれを見るたびに、少しずつ心が冷える。
最初に言っておくと、私はファンアートや二次創作の文化そのものを否定したいわけではない。私は二次元のオタクでもあり、同人や二次創作の文化も知っている。ファンが好きなものを自分なりの表現に変えて楽しむこと自体を、なくしたいとは思わない。
タグもつけず、本人や公式の目に入りにくい場所で、自分のしていることが他人の権利と無関係ではないと分かったうえで、小さく楽しんでいる人に対しては、そこまで何も思わない。
私が嫌なのは、実在する人を題材にしたファンアートを、何の留保もなく真っ白な愛情表現として、本人や公式に届く場所へ差し出す態度である。
公式タグをつける。本人が見ているかもしれない場所に置く。「推しに届いてほしい」と言う。
実在するタレントには、その人自身の肖像や人格に関わる権利がある。雑誌の写真やドラマ、歌番組の映像にも、それを撮影し、制作した人たちの仕事と権利がある。衣装、ヘアメイク、照明、カメラ、演出、写真、映像。それらはすべて、誰かの仕事の上に成り立っている。
実在の人物を描いたファンアートは、そうした権利と無関係な真っ白な表現ではない。
それを自分の手で描き直せば、急に純粋な自分の作品になるのだろうか。時間をかければ、愛があれば、元になった人や作品の権利への配慮は消えるのだろうか。
二次創作の世界でも、公式絵のトレスや模写、元作品との距離感は日々問題になる。公式の扉絵を自分の絵柄できれいに模写して「ファンアートです」と出せば、少なくとも何の疑問もなく受け入れられるとは限らない。
それなのに、生身の人間の顔や、雑誌やドラマの表現を元にしたファンアートになると、なぜ急に無垢な愛として扱われるのか、私には分からない。
本人が見て喜ぶかどうかは知らない。好意そのものを嬉しいと思うことはあるのかもしれない。
しかし、本人が喜ぶ可能性と、その行為が正当化されることは別の話だ。
高額転売された最前列の席にいるファンを見て、推しが来てくれたこと自体を嬉しいと思うことはあるかもしれない。だからといって、高額転売でその席を手に入れたことが正しくなるわけではない。
本人に届くことを願うファンアートも、私にはそれと同じ原理に見える。
相手が喜ぶかもしれないことは、権利への配慮を放棄していい理由にはならない。愛情は、手段を白くする免罪符ではない。
多くのオタクは、番組のスクリーンショットや雑誌の画像を無断でXに載せること、高額転売、他人名義でのコンサートチケット申込みなどが、少なくとも堂々と誇れる行為ではないと知っているはずだ。
実際に自分がしているかどうかは別として、少なくとも白い行為ではないことには自覚的だと思う。
それとも、公式タグをつけて堂々とファンアートを公開している人たちは、自分の表現が実在する人の肖像や、公式が作った写真や映像の上に成り立っているという自覚がないのだろうか。
自覚がないのなら無邪気すぎる。
自覚があるのなら、なぜそんなに白い顔ができるのだろう。
そして、しばしばそこに「作品を盛り上げたい」「推しの応援になるから」という大義名分が加わる。
私はそれを見るたびに、権利侵害グレーなのに何が応援だよ、と思う。
タグ付きで作品の感想を書くことと、他人の肖像や公式の表現を元にした自分の創作物を公式タグに乗せることは、同じではない。
作品が面白かった、演技がよかった、この場面が好きだった。そういう感想は、自分が作品を見て感じたことを言葉にしている。
一方でファンアートは、他人の権利と無関係ではないものを素材にして作った自分の表現である。
そのグレーさを棚上げしたまま、「作品のため」「推しのため」「応援です」と胸を張る感覚が、私には分からない。応援という言葉で、グレーなものを白く塗り替えないでほしい。
私は、ファンアートを描くなと言いたいのではない。
ただ、私の大好きな推しの権利に関わることをしているという自覚くらいは持ってほしい。
グレーなら、グレーとして扱ってほしい。
愛だから許されるという顔をしないでほしい。
推しのためになるという顔をしないでほしい。
「推しに届いてほしい」などという、私にはグロテスクにしか見えない願いを、無邪気に掲げないでほしい。
これは誰にも見せないメモ書きではない。インターネットの片隅でただ吐き出したかっただけです、という顔をしながら、本当はあわよくば読まれ、広く拡散され、白い顔でファンアートを公開している人たちの手が一度止まればいいと思っている。投稿ボタンを押す前に、自分が何をしているのか考えるようになればいいと思っている。愛を届けたい人たちと、後ろめたさを植えつけたい私。権利を侵害することと、それを批判する文章を書くことは同じではない。それでも、自分の感情をインターネットに投げ、誰かを変えたいと思っている点で、私は完全に無関係な場所には立っていない。同じ穴の狢なのだと思う。
これは正義ではない。
それでも、私の自担の権利に関わることをしながら、それを純粋な愛や応援として本人に差し出そうとする光景が、どうしても耐えられないので書いた。
お前は文章読めてないけどな
過去の増田とかで、ごく僅少ながら、ゲラゲラ笑った増田とかがある。
そういう文章をAIニキに読ませて、この文章って何処が面白いの?って聞いたら、ちゃんと思わず笑ってしまう箇所を「ここです」って指摘してくるからもう本当に中に人が入っているんじゃない?と疑ってる。
なんかネチネチとした文章だなぁ
ほんまに今回は腹が立ったわ
ふざけんなよ、ほんまオタクを手のひらで転がしやがって!!!!マジで腹立ってる!!!!!
先週末にさ、大きいイベントがあったのさ。半野外会場で、アイドルの集大成を飾るライブがあったのさ。
電車で向かうと地獄を見るから、車ではるばる走って向かったのさ
もう蝉が鳴いてたよな
今年の夏は涼しいカモ???なんて言説を吹っ飛ばすような照りと暑さでさ、青空が憎かったね。道中は快適だったけど、やっぱり車を降りたら地獄だったのさ
当日までに、色んな用意をしてその日を迎えた訳よ
チケットを握るために連番のオタクとCDを積んでさ、シリアルを何枚も応募したさ。同じCDが何枚も溜まると、虚しくなってくるんだ。だから、シリアルを抜いたCDは棚の奥に置いて忘れておくんだ。これが肝要だよ。棚は忘れるためのソリューションなんだ。
当日までの、これまでをドキュメンタリーにまとめた映像付きCDをわざわざ買って、正座して見てさ。数年間の月日に思いを寄せたりもしたな。空っぽの会場で名前付きビブスを着て、ひとりリハーサルに努める姿を、ユニットの仲間たちとロケやラジオやライブで少しずつ打ち解けていく姿を振り返ったりしたさ。ほんとに皆成長してて、すげぇと思うよ。
俺はキャラクターが好きで追ってきて、中の人はキャラクターの一番の理解者、同志のような立ち位置で見てるんだよ。だから思い入れが強いわけでもないし、個人イベントに行くこともないよ。それでも演じるキャラクターに向かって日々問い続けては自らを磨いていく様には圧倒されたし、その集大成を見届けるのがせめての努めのような気持ちになってたんだよね。
書きながら思ったけど、きしょすぎてわろた。オタクの終わってる所はさ、勝手に解釈をして信心深くなって、勝手に裏切られたと思ってキレてる所なんだよね。何なん?しょうもなくて泣けてくるわ
でも、しょうもないことでも書き殴っていいのが増田なんだ。だから増田はすき。誰も読まなくていいもん!とか思ってる癖にチラシの裏じゃなくてネットの海に放流したくなるような、みみっちい感性の人間には、これが丁度いいんだ。カスがよ。
閑話休題。
まぁそんなこんなで、不快指数MAXの会場でライブを観て、大いに盛り上がって、泣いて、汗かいて、アクエリを2L枯らして、その日を過ごしたよ。後半では卒業生の3名がそれぞれ思いの詰まったソロ曲を披露しててさ、もう遠い目で、見届けるような気持ちだった。暑さのせいか、少しゆっくりに聴こえた気もする。
全て見届けて、やりきった彼女らの顔は晴れやかだった。目に涙を浮かべては溢れないように上を向き、後ろを向き、これまで描いてた夢を、今日の夢を話してくれた。
最低の会場だった。岩盤浴みたいな蒸し暑さで、溶けた脂と、ミントアイスのような強制的な納涼の匂いが辺りに充満していて、心拍は常に140代を下回ることはなかった。床はスポーツドリンクの結露で水たまりが出来ており、前の席から落ちたパーカーが水気を吸っていた。あれは可哀想だった。
それでも、最高の時間だった。全員が待ち望んでいた夢の空間が、その高揚感が不快さを包みこんでいたと言えよう。オタクが、スタッフが、演者が一体となって夢の実現に全力で走った。明確だった。
何が言いたいんや、ワレ。文章書いて気持ちよくなっとんとちゃうぞ。そんなん言いたいんやない。問題はその後やんね。
アンコールが終わり、エンドルフィンとアドレナリンの魔法が解けたあたり。ここで会場のスクリーンが様変わりした!告知の時間だ!
えっと、、、?卒業公演を……ぶ、武道館でやるんか!!!えっ武道館!?!?凄えや!!!!!晴れ舞台やんね!!!!!!
あれ?今日のこれ何?
半野外のカスみたいな会場で…見届けた今日の夢物語は何のイベントやったん???なんだよ!!!!!!!今日卒業しないじゃん!!!!!!じゃぁこんな蒸し暑い所に呼ぶなよ!!!!!!!
その終わりに激アツな卒業公演の告知されたってさ!!!!!素直に喜べるわけないだろ!!!!卒業じゃないならこんな所来ねえよ!!!!!!!そうだ!!!!俺はこれに怒っている!!!!!
ていうかこの前見たドキュメンタリーはあれ何????パンフレットでみんな答えてた「今度のライブはこれまでの集大成で……」みたいな空気あれ何?????
俺が岩盤浴みたいなライブ会場に持ってきた覚悟は何だったの????勘違いなの???散々集大成煽った後に、、、「もう一回あるから来てね!😋」はさ、、、あんたそれは無いだろ……
はぁ………………………
嫌いだよ……………オタクに筋通さない運営しといて、金払わせといて…………それで武道館用意して黙らせるなんて…………嫌いだよ…………
そんなん不満言えないに決まってるじゃん……………武道館用意したのが一番偉いんだから、文句垂れてる場合じゃないんだよ、知ってるよ…………でも、もうちょ〜〜っとさ、騙し討ちみたいにしないで欲しかったよ……
卒業公演が別にあるならベルーナドームとか来てないよ……来たくなかったよ……配信で良いよそんなん……
素直に喜べねえよ……
なんでこんなAI丸出しのバカ文章にブクマが集まっているのか分からない。
水ダウのあの回が話題を呼んだのは、はっしはっぴーという他責思考のモンスター社員とそれに対峙する上司みなみかわ、板挟みになる中間管理職みちおの立ち回りが共感を呼んだからでしょ。
組織論とか一体何言ってんの?って感じ。
『おそらく、あの企画が描いていたのは「ミス」ではなく、「予測可能性」だったからだ。』
『一方で、あの企画を「能力が低い人がいるとチームは大変」という話として見ると、私は少しもったいない気がする。』
『「あなたの組織は、人間の偏りを個人の責任として処理していますか。それとも仕組みで吸収していますか。」そんな問いを、バラエティ番組の形で投げかけていたように思う。』
まず、Dom/Subユニバースってのはオメガバースみたいな海外発の二次創作BL用(たぶん)の設定のことね。今は一次にも使われてるし、BL以外にも出て行ってるという話を聞いた気がする。調べてないから正確ではないが。簡単に言うと世界の人間はDom, Sub, Switch, Usualの4種類に分けられて、Domには支配欲、庇護欲があり、Subには被支配欲、庇護下に置かれたいという欲があり、Switchにはそのどちらもがあって、それが満たされないと体調に異常を来すなどする、そんでコマンドと呼ばれる特殊な命令を下したりそれに従ったりするとDom, Sub, Switchは心地いい(性的快感や安心感を得るみたいな設定が多い。この辺は作品によるが、とにかくポジティブな反応がある、くらいに思ってほしい)……みたいなやつ。他にも色んな付随する設定があるんだが、詳しくはググってくれ。とりあえずこれだけ知ってれば私の言いたいことはわかると思う。
一応言っておくけど私は腐女子で、二次創作はそもそもそれほど読まんが一次のDom/Subユニバースはたまに読むって感じ。中身によるが割と好き。
その上で私はこれが多少の倫理的な緊張を孕んでいる気がするんだが、それが上手く言語化できなくてモヤモヤしている。
chatGPT、Gemini、Claudeを壁打ち相手にして色々考えたからちょっと聞いて欲しい。(ちなみに、Geminiは強い言葉で一刀両断してくるらしいので切り込み隊長として、Claudeはこういう文系っぽい論理構成がうまいっぽいので論点整理役として、chatGPTは一番馴染みがあったのでコイツを統合役として使った。まあ馴染みがあると言っても正直ほぼ使ったことなかったのであんまり上手いこと手綱を握れた自信はない。この文自体は自分で書いた。私の使い方の問題かもしれないが、コイツら壁打ちの整理役としては使えるけどあんまり正しく繋がった文章の生成には向いてない気がするぜ……。普通に壁打ち中も主述関係おかしかったりしたもん)
まず前提として、現実にドミナント/サブミッシブと呼ばれる性的嗜好的なモノは実在する。それはBDSMの中の嗜好(?)の一つとも呼ばれる(ホントはもっと複雑だけど、まあそういうカテゴリが現実にあるんだな~くらいに思ってほしい。詳しくはググってくれ)んだが、要は支配/被支配に興奮を覚える嗜好のこと(ホントはもっと複雑ry)。スッッゲ~~~~~雑に言うと、ドミ = S, サブ = Mみたいな感じ?(SM軸とドミサブ軸って違うとされてるのでドミマゾとかも存在してるんだが、あくまで一般的なイメージの話。ごめんなSM界隈の人。間違ってるのはわかってる。なんなら私はあんまドミサブわからん身体的苦痛だいすきマゾです。そういうのもいる)。
この記事上ではわかりにくいからDom, Sub, Switch, Dom/Sub表記をDom/Subユニバースの設定の物として、ドミ、サブ、スイッチャー, D/s表記を現実の物として扱うものとするね。
その上で問題(便宜上「問題」としたが、「倫理的な緊張を孕んでるような気がする事柄」くらいの意味)として
・実在するD/s概念を、生物学的属性として再構成、架空設定を付与すること
・創作上のDom/Sub像が普及することで、現実のD/s像が見えにくくなること
ざっくりこの二つが上げられる気がする。
とりあえず今回は一個目だけ扱うことにする。希望があれば二個目の話も簡単に追記するかも
一つ思考実験をしてみた。
これは私がDom/Subユニバースに疑問を抱いたときに思いついた話なんだが、たとえば「ホモセクシャルバース」というのがあったとする。それは「この世には、ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、ストレートの4種類の人間がいて、ゲイ、レズビアン、バイセクシャルには発情など社会的不利になる生物学的特性があり、社会的地位が低い」みたいな設定。性的指向と性的嗜好は違うかもしれないが、実在する属性として借りた。なんらかの任意の属性に生物学的属性や本能を付与することがこの思考実験の肝。
で、この「ホモセクシャルバース」、直感的にかなりマズい気がしないか?
つまり、この思考実験によって「実在する概念を、生物学的属性や本能として再構成すること」に問題がある可能性が浮上する。
ただし、同性愛とD/s間には違いがあって、整理すると
→同性愛の方が比較的広く知られているため、実在の概念であるという認識が広く強い。だから、それを生物学的属性として再構成し、そこに架空の設定を付与することに違和感があるという認識が広がりやすい
・同性愛者(特にゲイ)にある種のステレオタイプな負のイメージがまだ根強くあり、実際差別されてきた歴史があると言う事実
→差別を正当化するような創作上の設定は差別の助長に繋がるのではないか? という懸念が生まれる
あたりが挙げられる
後者はあんまり元々のステレオタイプイメージがないD/sには当てはまらないんじゃないかという気がするので、ホモセクシャルバースがDom/Subユニバースより大きな違和感を抱かせることの一因になっている。(SMには亀甲縛り、鼻フック、首輪にリードのオッサンを鞭でぶっ叩くボンデージ、網タイツ、仮面の女王様、みたいなギャグ由来のイメージはあるが、D/sにはない気がする。そもそもドミナント/サブミッシブみたいな言葉をDom/Subユニバースで知ったって人も多いのでは?)
しかし、前者は違和感の有無や大小には直接関与せず、認識の広がりやすさの差にすぎない。
ここから、二者間にはホモセクシャルバース>Dom/Subユニバースという違和感の強弱はあるものの、「実在の概念を、生物学的属性として再構成し、そこに架空の設定を付与することへの違和感」は同性愛とD/sに共通の違和感ではないかと考えた。
あとはまあ、「あまり社会的に認知されていないD/sという概念に架空設定を付与すること」のマズさ(つまり実態の見えにくさ、最初に挙げた二つの問題の二個目の方にあたる)もある気はするね。
そんで、その「生物学的属性への再構成」が、現実のD/sが持つ複雑な若干汚めの側面を恋愛作品向けに整理・選別する方向へ働く、みたいなことが起こっている気がするんだわ。AIと喋ってるときはこの現象に「脱色」とかいう名前をつけてたんだけど。少なくともメインストリートでは割とそうじゃない?
とにかくその結果として、現実では交渉や葛藤の対象であるはずの欲望や関係性が、「運命」や「恋愛」の中で自然と解決されるものとして描かれやすくなったりね。これは私の感想でしかないが。
「じゃあお前が書け」みたいな話ではあるし、実際それしか解決の手段がないので書いてもいるんだが、こう……「メインストリートの傾向、大丈夫か?」というお気持ちと、「そもそも実在のカテゴリを示す言葉にそういう設定つけて大丈夫なんか?」みたいな気持ちがね……。
まあそれはそれとしてD/sモノもSMモノも好きだしDom/Subユニバースも読むし、Dom/Subユニバースの人気によってそういう作品を好む人口が増えれば自ずと裾野が広がって多様性が生まれ私の欲しい作品も増えるんじゃないかという下心があるので全部を否定するつもりはないんだけど。当事者から否定的な声が上がってるのを聞いたこともないし(声が上がりにくい界隈の性質とかはあるのかもしれんが)。
他にもDom/Subユニバース作品の傾向に関して言いたいことはあるが、それは多分に私の好みとかが反映されるから別のとこでやるわ。
何がどう「そういうこと」と言いたいのか分からんが、
専業主婦は夫に捨てられたらヤバいから内心不満だらけでも夫に従ってるふりをするし、
その不満をネットで匿名で書き散らすような人は沢山いても商売になるほどの文章が書ける人はなかなかいない、ってだけだろ
漫画家なら主婦向けクソ夫エッセイ漫画とかで売れて実際に離婚した(金稼げたから離婚出来た)元専業主婦の作家とか割といるけどね
お願い!!!
芸術の最高形式はファルスである、なぞと、勿体振つて逆説を述べたいわけでは無論ないが、然し私は、悲劇トラヂエヂイや喜劇コメディよりも同等以下に低い精神から道化ファルスが生み出されるものとは考へてゐない。然し一般には、笑ひは泪より内容の低いものとせられ、当今は、喜劇コメディといふものが泪の裏打ちによつてのみ危く抹殺を免かれてゐる位ひであるから、道化ファルスの如き代物しろものは、芸術の埒外へ、投げ捨てられてゐるのが普通である。と言つて、それだからと言つて、私は別に義憤を感じて爰ここに立ち上つた英雄ナポレオンでは決して無く、私の所論が受け容れられる容れられないに拘泥なく、一人白熱して熱狂しやうとする――つまり之が、即ち拙者のファルス精神でありますが、