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2026-07-17

anond:20260717220814

あの状況で、父親が、初見場所で、長男父親想定外の行動をとることを警戒するのは

無理なことだと思うから同情してる

まり父親から」じゃん

母親なら当然警戒すべきで長男が死んだのは母親の落ち度となる、でも「父親から」それは無理だから同情する、って話だろ?



巷の良識ある方々のように「『親』が常に子供から目を離さないとか無理だよね」的な話にしときゃいいのに

わざわざ「父親から」って言っちゃう時点で現代コンプライアンスに反してるよ

2026-07-15

コロコロ

ドラえもんが騒ぎになってる

 

二重掲載、その謝罪不手際があった、と報道されているが、

俺はなんか違う気がするの、藤子プロは前々から忸怩たる思いで権利許諾を踏襲していたのではないか、と想像してる

 

そもそも歴史的コロコロ藤子不二雄のために創刊された雑誌だが

今のコロコロコミックって酷いんだわ

もう当時の面影は無い、

 

まりIPである

子供物欲惹起する導入カタログしかない

ベイブレードカードゲームそれら物販、翻案コンテンツへの誘導がエグい、隠しもしない

買え買え買え買え、ほーらこれが欲しいだろ、おかぁさんにおねだりしなさい

 

から下品下劣作品もあった、子供ウンチチンチンが好きだ

だけど雑誌全体の思想は、子供への愛、成長の願いはあった

漫画入口活字に馴染み、読書体験になり、作品からなにかを学ぶ、

今はそんなもの一切ない、ウケればOK、売れればOKガチ酷い

 

編集部抵抗しても、上からコンサルから広告から

コンバージョンシナジー効果インプレッションエンゲージメント。。。etc圧力

 

だけど、ドラえもんだけは肥溜めの中の最後良識だった

だけど、藤子プロ、遺族はそれに耐えられなくなったのではないか

 

ドラえもん権利関係も複雑であり、様々な人の思惑、権利の衝突、力や発言力の衝突、なんらかの遺恨、誤解

いろんなものが絡み合っての結論だろうが

 

最新刊コロコロを見てて、そんなことを想像した

2026-07-12

anond:20260712015922

中国なんかインドに比べたら全然マシだよな

良識根本的にずれていたりする部分もあるがインドはその比じゃない酷さなのに

少女漫画少年漫画コメ欄の違いで顕著なことの一つに、少年漫画では強者は読者の心象においても良識免除される、なんなら傲慢になる程喜ばれるという傾向があるな

やっぱ弱肉強食、実力至上主義が熱さの源だからだろうか

ヒソカ平民身分殺人を繰り返してるといずれハンター協会から人海戦術で討伐されると恐怖し上級ライセンスを得ようとした

漫画強気で狂ってる風な言動はただの強がりで、実際は過去殺人事件理由協会からBL指定され討伐される可能性に怯えていて、

から試験ルール(試験管を攻撃しない)を必死に守ってた

サトツへの攻撃は精一杯の反抗(ハンターなら絶対避けれる低レベル攻撃)

あの年に大人しく受験ライセンスを取らないと自分来年の命はないとヒソカは恐怖で毎日ねれなかった

ヒソカが言った「ハンターライセンスを得れば殺人事件をしてもスルーされることが多いしね」は、一次試験危険区域受験生を誘導大量虐殺した事案への当てつけ

ブハラ自分受験生を殺さないような言い方だが、一次の大量虐殺スルーしてるからあくま自分の手を汚すことはしない意味

サトツは「試験官に対する攻撃は即不合格だ」と、自分受験生を大量虐殺してるくせに言う

協会の誰もそれを問題視しないのは選民思想に染まった集団で、ハンター一般人とでは命の価値が違うと全員が思ってて、隠しもしない

ハンターライセンスを得れば殺人事件スルーされることが多い」の「殺人」の「人」にハンターは含まれない

レオリオの仲間みたいな顔してるチードルは、レオリオの嫌ってる高額医療世界を作った権力の側だろうになぜか良識的なハンターのように描かれてる

キルアは初登場時から実は念能力者で、爺のドラゴンダイブも初回から本当は知ってたが針で記憶が消えてただけ

針で記憶を消された理由ゾル家の教育マニュアルが、一番才能在る後継者候補は年習得させたあとに記憶を消して外で自主学習させろとなってるから

イルミは秘伝マニュアル教育係は針の超能力習得して後継者候補記憶を消せと書いてあったから従ってるだけ

勝てない相手と戦うなも年を忘れて弱体化してるから理由本来だったら勝てる

大人になってからハンターを読むと謎が全部溶けて面白い

2026-07-10

[][] デイヴィッド・フォスター・ウォレスについて私が書くべき最後エッセイ メアリー・K・ホランドがウォレス女性嫌悪という「未解決の問い」に終止符を打つ メアリー・K・ホランド https://lithub.com/the-last-essay-i-need-to-write-about-david-foster-wallace/

 


デイヴィッド・フォスター・ウォレスについて私が書くべき最後エッセイ

メアリー・K・ホランドがウォレス女性嫌悪という「未解決の問い」に終止符を打つ

メアリー・K・ホランド

2021年11月29日

写真スティーブローズ

デイヴィッド・フォスター・ウォレス作品は長年にわたり、(そう考えられてきた)暗澹たるポストモダン的主張――「すべてはほとんど不可能になってしまった」という認識――が数十年続いた後に、小説共感、誠実さ、そして人間的なつながりへと大胆に方向転換したものとして高く評価されてきた。

彼の作品は、言語的に豊かで構造的にも革新的であるだけではない。主題の面でも強い魅力を持ち、リベラルヒューマニズムが覆い隠してきた抑圧、テクノロジーアメリカナルシシズムがもたらす魂を殺すような危険、そして皮肉アイロニー)に支配された文化ますます無力化していく状況を、見事に批判している。

ウォレスは、人間他者をより深く見つめ尊重するためには自己認識を育てなければならない、と感動的に語り、書いていた。そして読者と作者の関係のものを、刺すような親密さで構築する形式的方法を生み出した。そのため彼のファン批評家も、まるで彼自身を知り、愛しているかのように感じている。

彼が自殺によって亡くなってから一年後、彼と彼の作品への大衆的・批評的関心が現在存在するウォレス研究という一大分野へ発展し始めた頃、彼は初めて、女性をつけ回し、操り、身体暴力を振るった女性嫌悪者として告発された。

2009年回想録Lit』で、メアリー・カーはウォレス自分を追い求め、短い恋愛関係に至り、最終的には激しい口論の末、「彼が私に向かってコーヒーテーブルを投げつけた」という数年間の関係について、4ページにも満たない範囲で語っている。

しかし、10年近く後に彼女がこの関係について語った内容とは違い、ここでのカーの語り口は終始、知的でユーモラスなものに保たれている。

また彼女は、ウォレスの激しさについての告白の後には必ず、自分自身の後悔すべき行動についても告白している。

彼の「怒りの爆発」について、カーは「謝らなければならなかった文章言葉)」があったと認め、さらに「もちろん、彼がそこまで怒るだけの十分な理由はあったに違いない」と、私たちに二度も念を押す。

コーヒーテーブルを投げつけられた出来事説明した後、彼女は括弧書きでこう述べる。

「何年も後になって、私たちはこの騒動全体について、お互いが書いた長い謝罪文を受け入れることになる」

まるで、家具を投げつけられた側が、それを投げた側と同じ程度に罪を負っているかのように。

その3年後、D・T・マックスはウォレスの伝記を出版し、カーとの関係についてさらに衝撃的な詳細を明らかにした。

ウォレスはカーの夫を殺すために銃を買おうとしたこと

カーを走行中の車から押し出そうとしたこと

さらマックスは、ウォレスの性生活女性に対する公言された態度についても十分な情報を明かし、彼をまるで彼自身小説に登場する醜悪男性の一人のように見せた。

ウォレス朗読会に来た女性ファンたちを「観客のマンコ(audience pussy)」と呼んだ。

ジョナサンフランゼンに対して、自分人生の唯一の目的は「できるだけ多くの女性の膣に自分ペニスを入れること」なのではないか、と考えていた。

回復支援グループで弱い立場にいる女性たちを狙った。

『インフィニット・ジェスト』のオリンのように、「若い母親征服することへの性的フェティシズム」があると認めた。

そして「その女性たちの一部が自分の教え子であることを気にしていないふりをしていた」。

2016年、故ウォレスに捧げられたアンソロジーの中で、その教え子の一人であるスザンヌスキャンロンは、学生教授操作的で感情的虐待を伴う性的関係を持つ短編小説を発表した。

教授は「D-」「作家」「自称ミソジニスト女性嫌悪者)」と呼ばれる人物である

この作品はウォレスの特徴的な形式要素――「Octet」や「Brief Interviews」――を利用し、デイヴィッド・フォスター・ウォレスによって広まった特徴的な語り口によって支配されている。

しかし、これらの告発は、ウォレス作品へのファンや読者の愛情にも、批評家による作品解釈評価にも、目に見える影響を与えなかった。

しろ2013年作家レベッカ・ロスフェルドは、マックスが記録したウォレス女性嫌悪的な行為発言(一部であれ)が、自分の「彼の根本的な善良さ、知性、そして好ましさへの信頼」を揺るがすことはできなかったと告白した。

なぜなら、彼女にとって「彼の作品のほうが、彼の行動よりも現実味があった」からだ。

一方、批評家エイミー・ハンガーフォード2016年、ウォレス作品を読むことも教えることもやめる決断をしたと宣言した。

しか彼女は、ウォレス女性たちを虐待したことや、その行動がどのように作品の再読を迫るのかという問題には触れなかった。

別の作家ディアドラ・コイルは、ウォレスを読むことへの不快感を、作者本人の行動によるものとは説明しなかった。

彼女はそのことを認識している様子もない。

しろ、ウォレスに非常によく似た男性たちによって自分自身が受けた性的女性嫌悪暴力、そして家父長制そのものとの関連で説明した。

「小規模リベラルアーツ大学は、こういう男たちの温床だ」

「ウォレスへの私の反応と、家父長制への私の反応を区別することは難しい」

彼女は述べる。

この種の男性――自称フェミニストであることを理由に、女性自身男性による抑圧や性的侵害経験について「教えてあげよう」とするような男性――から侵害され、発言を遮られ、見下された経験を持つ女性なら、コイル共感せずにはいられないだろう。

しかし、ウォレスを拒絶する理由を「他の男性たちによる性的暴力」や「女性嫌悪一般」に置き換えることで、彼女議論を別の方向へ移してしまう。

まり、こうした要素がウォレス小説内でどのように機能しているのか、そして彼の伝記的事実がどのように作品の再読を強いるのか、という本質的問題から離れてしまうのである


こうした議論は、翌年、ある(男性の)ウォレス研究者が提示したような、循環的な反論可能にしてしまう。

「ウォレスを読む男性読者が全員女性嫌悪者というわけではない。

から女性たちは、良識ある男性読者の意見に耳を傾け、もっとウォレスを読むべきだ。

では、なぜそう言えるのか説明しよう」

というような論法である

#MeTooはまた、ウォレス作品に潜む女性嫌悪を読者に見えやすくした

#MeToo以前に、カーとマックスが報告したウォレスによる女性への虐待に対して示された反応は、読者、批評家教師たちが、ウォレスの伝記的情報を彼の作品と結びつけて考える際に、何が問題になるのかを明確にしている。

というのも、ウィムサットとビアズリーによる「意図誤謬(intentional fallacy)」への批判――作者の意図人格によって作品判断してはいけない、という考え――は説得力があり重要議論である

しかし、その目的は、作者という人物についての私たち思い込み作品のものに不当に影響することからテキスト自律性を守ることだった。

ところが、ウォレス女性虐待したにもかかわらず、彼の美しく共感的な小説価値擁護しようとする議論は、むしろ逆のことをしてしまう。

まり作品を守るために、作者の現実行為無視しているのである

スフェルドは、ウォレス小説への賞賛によって、彼自身女性嫌悪的な行動を「現実ではない」ものにしてしまった。

同じように、デイヴィッド・ヘリングはこう主張する。

ウォレス自身人間関係に関する「好ましくない詳細」が明らかになったことで、ウォレス女性嫌悪を同一視することは、

「ウォレス作品が、コミュニケーション共感権力について提起している緊急の問いに対して、根本的な損害を与える」

というのである

まるで、ウォレス現実女性たちに対して行った虐待は、彼の作品内で架空男性たちが架空女性たちにどう接するかを書くことに比べれば、考える価値がないかのようだ。

ヘリングが、搾取から身体攻撃にまで及ぶ行為を「好ましくないこと(unsavoury)」という婉曲表現で呼び、ウォレス作品におけるジェンダー問題を「厄介なもの(troublesome)」と表現していることは、この問題に関するほぼすべての批評議論共通する別の問題を示している。

それは、作品の中でも作者の人生の中でも、私たちが話しているものが、

ジェンダーに基づく暴力ストーカー行為身体虐待

そしてカーの夫の場合には殺人計画にまで及ぶものだ、

ということを言おうとしない、あるいは見ようとしない姿勢である

2017年10月、バークによる#MeToo運動が再び大きな広がりを見せた後、ウォレス研究の内部にいる批評家たちと、それ以外の人々との間には、これらの告発への反応に奇妙な分裂が生まれた。

ヘリングの反応は、ウォレスの行動の重大性と、それが作品関係する可能性を軽視しただけではない。

さらに彼は、

ウォレス作品女性嫌悪を「表現している」のではなく、「劇化している(drametrize)」のだ、

という自分の「信念」を示した。

しかし、その主張を裏付けテキストに基づいた分析提示していない。

また、すでにこの問題分析し、むしろ反対の結論――つまり作品自体女性嫌悪を含んでいるという結論――に至った批評研究にも触れていない。

さらに彼は、回想録作家ブロガー批評家たちが、ウォレスを彼自身の伝記的事実から救おうとするときによく使う手法にも頼っている。

それは、男性による女性支配の具体的な例を、普遍的な「人間問題」へと変換することである

その過程で、ジェンダー権力の要素を完全に消去してしまう。

たとえば『Brief Interviews』において、ウォレス女性インタビュアーの声を封じ込める男性たちを描いている。

ヘリングは、それを、

「ウォレス作品の豊かさ――コミュニケーション共感の困難さや重要性への関心、そして対話崩壊したときに起こる有害なことの描写――を体現している」

と読む。

しかし、こうした読み方は重要事実無視している。

権利意識を持った男性と、圧力を受ける女性との間で対話崩壊した場合、起こることは単なる比喩的な「有害さ」ではない。

それは身体的に傷つけられること、精神的に病むこと、実際の被害につながりうる。

そして、そのことこそが、あの短編集に収録された多くの物語が示しているものなのである

同じ舞台、同じ課題――ウォレスの56歳の誕生日になるはずだった日に彼を称えること――を与えられた批評家クレア・ヘイズ=ブレイディは、「2018年デイヴィッド・フォスター・ウォレスを読む」という文章を書いた。

これは、女性たちによる性的暴力証言SNS上で大量に共有され始めた数か月後のことである

しかし、その文章は#MeTooにも、ウォレスに対する公的告発にも触れていない。

ではタイトルにある「2018年」とはいったい何を意味するのか、という疑問が生じる。

数か月後、ウォレス研究において「何が変わったのか」と問われた際、ヘイズ=ブレイディはヘリングと同じ一般化の手法に戻った。

彼女女性嫌悪への批判を、あくま学問内部の発展として再構成した。

そしてそれを、性的暴力加害者たちに向けられた#MeTooの抗議とは無関係もの

「偶然同じ時期に起きただけ」

として扱った。

さら彼女は、

「ウォレス文章における技術的、そして道徳的倫理的な欠陥」

という表現を使った。

まるで女性たちがTwitter上で、ウォレスの長すぎる文章構造に怒っていたかのようである


ウォレス女性嫌悪者だったのかと直接尋ねられたとき、ヘイズ=ブレイディはこう答えた。

はい。ただし、それは私を含め、誰もがそうであるという意味での女性嫌悪です」

まるで、私たちには、

単に女性嫌悪的な文化の中で生きているだけの人間

と、

その文化の中で自分利益のために、女性に対して意図的に利己的で残酷な、そして暴力的な女性嫌悪行為を行う男性

区別するための言葉など存在しない、あるいは必要いかのようである

まり私たちが愛した作家が、本人がそう思われたがっていたような聖人ではなかったこと――そして私たち自身もそう信じたかたこと――を示す否定できない証拠に、人間らしく向き合う代わりに、

ウォレス批評家たちは――当時沈黙していた私自身も含めて――#MeTooによって明らかに必要とされた反省と再検討を拒んだ。

私たちはその拒否を、

彼の個人的な行動が彼の作品私たち研究活動関係していることを否定することで行った。

あるいは、さらに悪いことには、

レイプ文化を支える古くから加害者擁護

まり女性たちの証言を信じることを拒むことに加担することで行ったのである

文学研究の外側にいる人々は、#MeTooによって再び注目されるようになったこれらの告発に対して、まったく異なる反応を示した。

2018年5月4日ジュノディアスが女性たちへの性的虐待で公に告発され、すぐさま社会的な抗議が起きた。

その後、メアリー・カーはTwitter上で、10年近く前に自分が報告していた虐待について改めて人々に思い出させた。

それをきっかけに、カーとマックス提示した告発を支持する一連のブログ記事インタビューが生まれた。

それらはまた、なぜこうした告発がこれまで公に受け止められることを妨げられてきたのか、その背景にあった女性嫌悪を明らかにし始めた。

この芸術家が、自らの人生において、作品の中でほとんど説いていた相互尊重に基づく共感を生み出せなかったということは、いったい何を意味するのか?

ホイットニー・キンボールは、マックスがカーに対するウォレス暴力的な扱いを、彼の創作活動にとって有益もの、そして彼を「魅力的」にする要素の一つとして描写していたことを指摘した。

さらマックスは、ウォレス手紙の一つについて「非常に注目すべき」「卓越した技巧」と称賛している。

しかし、その手紙が、

カーの夫を殺すために銃を購入しようと計画したことへの謝罪文

であるという事実については、わずかに触れるだけだった。

ミーガン・ガーバーは、あるインタビュアーマックスに対して、

「なぜカーへの彼の感情が、ウォレスにこれほどの問題引き起こしたのか」

と尋ねたことに含

anond:20260710102314

こういうやつが良識ぶってからボドゲ流行らんというの丸出しなんだよな

俺が気にくわないから!と言えばまだ潔いし

その場でつど頼めばいいのに

架空の"みんな"を盾にして空気からつくりはじめる

こういうだるいやつに絡まれるくらいならやらんわって忌避されていく

2026-07-09

anond:20260709191608

そりゃ漫画家なんて社会性ない奴の集まりだろ。

社会バッチリ良識ある大人だったら面白い漫画なんて描けないとも言う。

2026-07-07

anond:20260705131930

人口減少にともない、居住区の集約化は喫緊課題なのよ。

より多くの人が都会に移住することでしか解決しないの。



民主主義国家では、国が居住域を指定できないのだから

一般市民のみなさんが良識をもって判断し、暮らしやす引っ越し先を決めましょ。


2026-07-04

anond:20260704104318

インターネットの民、ワイドショーだの週刊誌の浮ついた受ければOK話題選びを良識人みたいな顔で批判するけど、当人たちはそういう話題が好きでたまらないんだよな

2026-06-23

anond:20260623083026

俺の彼女もそんな感じだった。

30過ぎて初めてできた彼女だったか普通バージョンを良く分かってなかったけど、ここまで消失する?ってちょっとびっくりした。

告白された時はスレンダーで童顔だからほとんど気にしてなかったけど、初めて見せてもらった時は思った以上にデカくてびっくりした。セーラー服着てるとけっこう着痩せするタイプ

しかしその後押し倒したらアレ?って感じ。教師としての良識を保ってその場では言わなかったけど、なんだかガッカリ感があったな(いつも学校の体育倉庫だったから薄暗くてよく見えなかったというのもあるが・・)。

2026-06-22

anond:20260617205853

こういうのを肯定的に見る人って成人男性がアイプリ見てイベント行ったり臆面もなくグッズ身につけたりするカルチャーを知ってて言ってのかね。エヴァンゲリオンなんかとうの昔に漂白されたオタクカルチャーだろ。実際のところ、病的なハードコアオタク良識的な日本社会と緊張関係にある。凡ゆる「オタクカルチャー肯定的評価する輩が多様性神輿に開き直った結果、撮り鉄のような反社会的勢力跋扈する羽目になった。「アレはおかしい」「キチガイじみてる」と言えなくなってしまったのだ。

2026-06-13

anond:20260613085605

会社はいつでも不要になった従業員を切り捨てる。そういう世界良識を言われてもな。会社従業員の1番健康で1番いい時期を利用して、それが終わったら黒字でもリストラ会社労働者を守らないのに、労働者倫理を持つ意味とは?

 

しろお互いに打算で動いてこそ平等で公平でしょ。

 

個人趣味として、相互扶養幻覚を見ているなら好きにすればいいけど。それは週末ゴルフしますみたいな趣味しかいから。興味ない人は大量にいるよ。

anond:20260613083827

それは完全に間違ってるよ。

商売って信頼関係によって成り立ってる。宅配の兄ちゃんたちは運送した物を盗まんやろ。客のもの盗んだら次から仕事まれへん。儲けなくなるなら盗みなんてやらんやろ。

とはいえ現実だとその中で自分が得しようと騙しを入れるのはあるわ。それも相手に丸損させないちょこっとの範囲ならグレーゾーンで許されるわな。ウソを全部取り締まるなんて土台から不可能や。そういうことを言いたいとちゃうねん。

から、俺が他人に期待してるのはそういう「社会人として最低限の良識」だよ。言ってることとやってることがまったく違うのはまともな大人のやることじゃねえ。

2026-06-05

はぁ~そんなん知らんがなで続投させた鬼滅や呪術普通にヒットしてるから良識ぶって役降ろしたのが勿体なくなったんだろうな

2026-05-31

anond:20250505212215

犯罪者結婚して氏ロンダするんだよ

最近凶悪事件でも氏ロンダしてる奴いたな

別姓同姓を選べるのは良い制度

この権利を持つの法律を守る良識市民のみとして

犯罪者は別氏限定にすべきだ


2026-05-29

anond:20260529122415

あとから

生理のせいなんかにしちゃダメ

と書くことで良識自己イメージを保つから

いくら暴言吐いてもプラマイゼロ むしろプラスなんですわ

いやー素晴らしい生き方 見習いたい

2026-05-26

トムヨークのアレ

ホッテントリにいたから叩かれて炎上してるんやろなぁと思ったら意外にも好意的だった

阿部のやつも体罰アカンみたいにゆってるし

思ったよりはてなーって良識的??

2026-05-22

anond:20260522122305

バンドとかだと目的が横のつながりよりそのバンドだってのもあるしね

人間関係がこじれない、良識ある人たちのファンなんだなって思うと安心感はありそう

教えてくれてありがとう

2026-05-20

anond:20260520232045

ワイは減税ポピュリズムは糞だと思ってるので高市の思い付きを阻止する良識自民党には期待してるやで

2026-05-19

ガイドラインをご確認の上、良識あるコメントにご協力ください」

からこんな文面だったっけ?

2026-05-17

イリヤ・レメスロ氏の「私がウラジーミル・プーチンを支持しなくなった理由」その 7 から その 11

今年の3月18日(anond:20260321192723)にプーチン氏に反旗を翻した後、精神科病院収容されてしまったイリヤ・レメスロ氏が、その後退院し(anond:20260505233557)、さらに今回、反旗告発文の続きを投稿したので、こちらも翻訳して紹介しておきたい。

https://t.me/ilya_remeslaw/11365 - 日本時間 5月17日 15:17

ちょうど2ヶ月前の2026年3月17日(訳注: 日本時間では18日)、私は「私がウラジーミル・プーチンを支持しなくなった5つの(後に6つの理由」というマニフェストを発表した。

それ以来、多くの出来事があった。私は自由の身であり、健康でもあるため、法律良識範囲内で)プーチン大統領批判することは、私の特権である(訳注: レメスロ氏は弁護士)

それゆえ、続けていこう。


理由その7:エリート民衆の間の甚大な社会的格差

プーチンは、「スクリパ(社会的結束)」や価値観、そして物質的な富の蓄積とは無縁なロシア民族の「独自の道」について 語る のが好きだ。それは、忌むべき「西側」とは対照的である。(訳注: リンク先は、プーチンが「我々の自己認識根底にあるのは、やはり物質的な豊かさではなく、道徳的倫理的な基盤である。それは家族国家、そしてロシア未来の礎となっている」と語る記事)

しかし、プーチンの唱える調和を、代数検証してみようではないか(訳注: ロシア劇作家プーシキン悲劇モーツァルトサリエリから引用で、ここでの代数現実数字という意味)

プーチン自身、決して質素であるとは見なされたことがない。 彼は20もの邸宅を利用し、何一つ自分制限しない。また、「中傷者であり外国代理人」とされる者たちは、国の指導部が支配する国営企業の口座に天文学的金額(数十億)(訳注: 1ルーブルは2円)が眠っていると主張している。我々は当然、これをほとんど信じていないが――プロパガンダ犠牲者でなければ、プーチン給料だけで生活しているなどとは信じないだろう。

大統領の友人や側近たちの収入は莫大な額に上る。国営企業トップ公式給与でさえ、数十億ルーブルに達する。そして、規定の枠を超えて蓄積され、分配された資金については、公正な裁判でまだ明らかにされる必要がある。

大統領とその側近たちは、明らかに贅沢を厭わない。そして、一般市民戦争の苦難、インターネット遮断経済の低迷、物価税金の高騰に苦しんでいる最中にも、こうしたことが起きているのだ……

人々と分かち合い、消費格差を埋める代わりに、物質的な富の蓄積は我々の道ではないと説教される。

これは見苦しい、典型的二重基準だ。身内にはすべてを与え、残りの国民には残飯を……

戦争と動員が始まるまで、多くの人はこうした実態に目をつぶっていた。だが、今は違う。

交戦国指導者は、少なくとも国民の苦難を分かち合うべきであり、贅沢と二重基準の中で暮らすべきではない。


理由その8:すべての人に対する公正な司法の欠如

この問題は、一般市民にも、プーチンの側近グループに属さな起業家にも等しく関係している。

ロシアでは、まともな法執行機関裁判所が長い間存在していない。裁判官や警察官からは常に数百億ルーブル規模の資産が見つかる一方で、他の者たちは手を付けられないままだ。腐敗に対して体系的に取り組んでいる者は誰もいない。

司法制度」は、理不尽理由で人々を投獄し、彼らのビジネスを奪い、日常生活レベルでさえ権利を守る機会を与えない。

大企業にも問題がある。以前は外国裁判所に訴えることができたが、現在ロシア国内しか紛争解決できない。独立した裁判所の代わりに、プーチン大統領の友人から電話支配しているのだ。

まともな裁判所が存在しないことは、制裁が解除された後であっても、ロシア連邦における経済発展を不可能にしている。「プーチンの友人たちのための法律」と、それ以外のすべての人々のための法律存在する国で、まともな実業家事業を行うことはあり得ない。起業家たちは、まともな法律裁判所がある場所へ、資金ロシアから移していくことになるだろう。

理由その9:プーチンと彼のチームに個人的責任感がないこと

わが国の大統領は決して間違いを犯さず、無垢存在だ。何か良いことが起これば、大統領府の広報担当者はそれをプーチンに帰する。悪いことが起これば(クルスク州への侵入テロドローン襲撃など)、大統領はどこかへ控えめに姿を消し、長期にわたり姿を現さない――市民が動揺せず、支持率が下がらないようにするためだ。貴族どもに自分責任を取らせればいい……

プーチンが自らの過ちについて国民謝罪した話を、私は一度も聞いたことがない。例えば、「天才的」に計画された特別軍事作戦SVO)についてなど。

大統領の友人や同僚たちも、どうやら決して過ちを犯さないらしく、それゆえに不可侵存在となっている――彼らがどんなことをしても、せいぜい別の役職への異動が待っているだけだ。

プーチンは、自分に競合しうる人物特に人気のある軍人、恐れているのか?)を要職に任命しない。彼はまるでわざと、愚かで無能な者たちを任命し、彼らの過ちや犯罪については問いたださない。彼は賢明で慎重な政治家であり、不忠実でありながら有能な人々さえ将軍に抜擢したようなナポレオンなどではない。

このため、プーチン必然的に敗北する。もし盗人であり無能な者たちで周囲を固めれば、彼らは最初の好機を捉えてあなたを裏切るだろう。信念を持ち才能ある者なら守ってくれただろうが、プーチンの周囲にはそのような人物はいない。

続く

https://t.me/ilya_remeslaw/11366 - 日本時間 5月17日 15:21

理由その10プーチン大統領はとっくに現実国民の苦境からかけ離れてしまっている

プーチンにとっての「現実」とは、机の上に置かれる報告書に他ならない。ヴォロディンが言うように、彼にとってすべては常に「安定」しているのだ。(訳注: ロシア下院議長のヴォロディンが、世界の他の地域における「緊張と混乱」と対比させ、ロシアの最大の成果として「安定」を掲げていることが、ロシア国内でも批判嘲笑対象となっている)

一方、国民現実とは――空っぽになっていく財布と、記録を更新し続ける物価である官僚の横暴、都市への砲撃、煤の雨、そして終わりのない戦争。これもまた、ある種の「安定」と言えるだろう……

プーチンは、自分人生神話的な「地政学勝利」で測ることに慣れているが、一般市民食料品バスケット価格公共料金でそれを測っている。国民とのつながりが失われると、権力は彼らの苦しみや問題を感じ取れなくなる。大統領は、中央銀行政策金利に窒息しそうになっている企業にも、税金借金に溺れている人々にも、全く関心を示さない。

プーチンにとって、人々は「統計上の単位」へと変貌し、この権力存在すべき理由である市民」ではなくなってしまった。これは、プーチン人口問題を取り上げる際に明らかになる――彼にとって興味があるのは「人的資源」だけなのだ

リハーサル済みの「直接対話」では、大統領にとって人に関わるすべてがいかに退屈なものになったかが見て取れる。彼の人生から共感は完全に消え失せた。我々は、彼のパレードのための単なる背景に過ぎない。5月9日プーチン優先順位をどう付けたか覚えているだろうか?彼にとって、小さな赤の広場ロシアの他のすべてよりも重要だ。

大統領は、今この瞬間、何百万人ものロシア国民生活崩壊していることに気づく代わりに、「歴史教科書」に自分の名を刻むことばかりに気を取られている。

このような無関心は、常に統治者から王座を奪ってきた。

そして今、自国民に対する傲慢さと無関心に対する代償は、極めて高いものとなるだろう。


理由その11:完全に失敗した外交政策と「ソフトパワー」。

ウクライナアゼルバイジャンアルメニア、その他のCIS諸国に見られるように、クレムリンの影響力の低下には、一つの共通した原因がある。

プーチンには、ロシア隣国提示できるような、将来の地政学プロジェクトの構想が全く欠如している。欧州連合トルコにはそのような魅力的なプロジェクトがあるため、プーチンの「旧来のパートナー」たちは彼の敵の側へと去って行っている。さらに、ロシア利益を「ソフトパワー」で推進するために割り当てられた資金が、全面的横領されているという事実も加わっている……

例としてウクライナを取り上げよう。同国での状況は、2004年頃からすでに、クレムリンにとって好ましい方向に変わり始めていた。

プーチンがすでに「特別軍事作戦」に投入した資金10分の1でも割り当てていれば、その額で現地での我々の利益効果的にロビー活動できたはずだ。専門家を雇い、有力な地方組織LOM)を支援し、政党プロジェクトを立ち上げることもできたはずだ。こうした活動を行い、西側諸国と競合することを妨げる者は誰もいなかった。しかし、その代わりにプーチンはまず、強盗のような男ヤヌコビッチ(訳注: 親露派のウクライナ大統領で後にロシア亡命)と手を組んだ。彼は国内の一部を敵に回し、マイダンで自身治安部隊に裏切られた。

その後、プーチンは最も重要ウクライナプロジェクトを、自身親友であるメドヴェドチュク(訳注: 親露派のウクライナ政治家で後に国籍議員資格剥奪)に委ねた。彼もまた、資源を堂々と横領し、すべてを台無しにした。プーチンの対外・治安部門スタッフたちは干渉しなかった。彼らは、大統領には聞きたいことを言うべきだということに慣れていたのだ。「花で出迎えられるだろう」――まあ、ご存知の通りだ。

その結果が戦争であり、ロシアがどうこの状況から抜け出すのか見当もつかない。ウクライナは今後長きにわたりロシアにとって友好国とはなり得ないだろう。誰がその責任を取るのか?

あるいはアゼルバイジャンの例を挙げよう。同国はロシアと良好な関係を築き、モスクワに大きなビジネス上の利害を持っていた。政治的主体性のある政権は、常に国家利益のためにこうした出来事を利用するものだ。一方、主体性を持たず、その代表者外国支援(訳注: 賄賂裏金ビジネスの分け前)を受けている政権では、アゼルバイジャンやその他のパートナーを自らの利益(訳注: ロシア利益ではなく、個人利益)のために利用する。だからこそ、「スコアボード数字」(訳注: 外交上惨敗という結果)に驚く必要はないのだ。

さらに、航空機墜落事故(訳注: 2024年12月ロシアの誤射によるアゼルバイジャン機の墜落事故)をめぐる典型的な話もある。プーチンはアリエフ(訳注: アゼルバイジャン大統領)への謝罪をできる限り先延ばしにし、メディアには真実の代わりにありとあらゆるデタラメが流された。これでは、今後アゼルバイジャンに何を期待できるだろうか?

ロシア外務省でさえ、品位を欠き、露骨に無作法な振る舞いをしている状況では、「ソフトパワー」など夢のまた夢だ。「サルマト」に関するまったく滑稽な 声明 (訳注: リンク先は、ロシア外務次官が新型ミサイルの巨大さを誇る様子を皮肉る、レメスロ自身投稿)。それゆえに全世界プーチンを恐れているというのだ。まあ、コカイン密売にまで手を出しているわけではないから(訳注: 2018年にアルゼンチンロシア大使館の敷地から約400キロコカインが見つかった)、まだマシだが。

この外務省茶番劇は、たった一人の観客(訳注: プーチン)のために演じられているような印象を受ける。

続く……

https://t.me/ilya_remeslaw/11367 - 日本時間 5月17日 18:22

ところで、戦争における指導部の過ちの認容について、スターリンは次のように述べている。

第二次世界大戦現在戦争比較するつもりはないが、国家指導者の姿勢のものについて:

わが政府には少なからぬ過ちがあった。1941年から42年にかけて、わが軍が撤退し、ウクライナベラルーシモルドバレニングラード州、カレリア・フィンランド共和国の、私たちにとって故郷である村や町を離れざるを得なかった、絶望的な状況の瞬間もあった。それは他に道がなかったからだ……。

繰り返すが、我々には過ちがあった。最初の2年間、我々の軍は撤退余儀なくされ、事態を掌握できず、生じた状況に対処しきれなかったのだ。

スターリンは、残酷偏執的、気性が荒く、過ちを認めることを好まない人物だった。彼は、ある人々とは異なり、過ちを犯すことはかなり稀だった。しかし、スターリンでさえ公に過ちを認め、戦争初期の莫大な犠牲に対して罪悪感を抱いていた。

スターリンでさえ、多少なりとも共感の心を持っていた。彼は自分自身に対しても、部下に対しても、徹底的に責任を問うた。

しかし、プーチンには自省心が全くない。彼の器量はスターリンの何分の一にも満たないにもかかわらずだ。そして、彼は明らかにこの戦争に勝てないだろう。もっと謙虚になり、自分自身もっと厳しく問うべきだが、そんな気配は微塵もない。

理由その 12 (anond:20260517235258) に続きます

DeepL.com(無料版)で翻訳した上で、誤訳表記ゆれのみ修正しました。太字は原文を反映しています

これまでの投稿
2026-03-21 プーチン氏に反旗を翻したイリヤ・レメスロ氏の告発文の翻訳
2026-03-21 その後の彼の投稿から、いくつか抜粋して翻訳しておきます2026-05-05プーチンイリヤ・レメスロ氏が、精神科病院から退院していた
2026-05-10プーチンイリヤ・レメスロ日記 5月8日-5月9日
2026-05-17 イリヤ・レメスロ氏の「私がウラジーミル・プーチンを支持しなくなった理由」その 7 から その 11 (本記事)
2026-05-17 イリヤ・レメスロ氏の「私がウラジーミル・プーチンを支持しなくなった理由」その 12

2026-05-10

anond:20260510222951

排外主義は一部の層にはウケがいいけど、結局国民の大多数が良識を持ってるから席巻はできないってことなんだと思うわ。

10年後はどうなってるかわからんけど少なくとも今現在は。

2026-05-03

Google転職エントリでバズった某氏の変貌が見ていて辛い

マジで辛い

Google転職エントリ読んで影響受けた過去自分を消したい

最近中国称賛と日本disもやもやしてたけど

中国割れ筐体の店を好意的ポストしてるのをみてフォロー外した

から日本が嫌いなんだろうってことも薄々察してたし

日本より凄い中国が大好きなんだろうってこともわかってた

でも割れ筐体で遊び放題の中国は凄いをやるとは思ってなかった

窮屈な日本よりゆるい中国が大好き とかつてその人は言っていたけれど

違法筐体遊べる方が優れているという価値観なんか理解したくもない

どんなに優れた人でも割れサイトブクマしてたら冷める

能力が秀でていても人間としてのモラルがない人のことは軽蔑する

それと普通に良識的な中国からも消したほうが良いと諭されてるのに消さないところが本当にキツイ

2026-05-02

グラムシの「文化ヘゲモニー

https://x.com/Alzhacker/status/2050225236294156455

イタリアファシスト刑務所で、アントニオグラムシは一つの逆説に直面していた。なぜ労働者たちは自分たち搾取する体制に自ら同意するのか。

 

伝統的な権力論は「警察軍隊が人々を従わせている」と答える。しかグラムシは見抜いた。本当に強力な権力は見えない。 学校メディア宗教家族という日常の中に潜み、「これが自然なことだ」と人々に思い込ませる仕組みこそが本質だと。

 

これをグラムシは「文化ヘゲモニー」と呼んだ。支配階級暴力ではなく、知的道徳的リーダーシップによって大衆の「自発的同意」を獲得する。特定階級利益を「国民全体の利益」に見せかける物語を、教育報道を通じて浸透させるのだ。

 

この理論の核心は「統合国家」という概念にある。国家とは政治社会警察軍隊)と市民社会学校教会メディア)の総体だ。暴力装置は背後に控えつつ、日常的に機能するのは同意生産する市民社会の側である

 

この同意心理的メカニズムを解く鍵が、「コモンセンス」と「グッド・センス」の区別である

 

コモンセンスとは、支配階級世界観が長年の伝統格言として染み込んだ、無批判現実認識のこと。「給料が上がらないのは景気のせいだから仕方ない」「いじめられる方にも原因があるんじゃないか」――こうした信念は、支配への同意を内部から支える。

 

これに対してグッド・センスとは、労働生活現場からまれ批判的で実践的な知恵である。「時間厳守サービス残業おかしい」「週5フルタイムで働いてるのに生活不安」。これらはまだバラバラだが、本質的に支配論理矛盾する。

 

ヘゲモニーとは、このグッド・センスコモンセンスの中に封じ込め、人々が自らの矛盾した意識のまま行動し続けるように仕向けるプロセスに他ならない。

 

ここでグラムシ戦略論が生きてくる。「機動戦」と「陣地戦」の区別だ。ロシア革命のような機動戦は、市民社会が未発達で国家が裸の暴力で立つ社会でのみ有効である西欧では市民社会学校メディア教会など)が強固に機能しており、その機能現在支配階級への同意を日々生産する方向に働いている。

 

必要なのは「陣地戦」である教育メディア宗教文化といった市民社会の各要塞を、何年もかけて一つずつ奪取していく長期的な闘争。これは選挙ストライキではなく、人々の「良識」を組織し、新たな「コモンセンス」を構築する文化活動である

 

現代ネオリベラリズムはこの理論完璧実例だ。市場原理は「競争が唯一の合理的原理である」というコモンセンス世界中に普及させた。人々は市民ではなく「自己責任起業家」となり、失業貧困個人の失敗と感じる。「これ以外に選択肢はない」という発想そのものヘゲモニー勝利である

 

デジタル時代はこの構造さら精緻化した。アルゴリズムは「新しい有機知識人」として機能する。私たちの関心や不安学習し、パーソナライズされた現実提示することで、同意自動的製造する。フィルターバブル大衆を分断し、「共通国民意志」の形成を妨げる。

 

しか希望はある。グラムシは「対抗ヘゲモニー」の可能性を説いた。支配階級が自らの有機知識人経営者技術者ジャーナリスト)を持つように、従属階級もまた大衆からまれ有機知識人を育てねばならない。

 

彼らは学校なきところで学校を創り、メディアなきところでメディア運営し、いまあるコモンセンス解体する別の語彙を生み出す。これが「近代君主」すなわち革命集団役割である。単なる抗議ではなく、新しい道徳的知的リーダーシップ社会提供する文化事業として。

 

結局、権力の最も深い場所バリケードではなく、私たちの頭の中にある。ある社会秩序が「当然」と思われる瞬間、その秩序は勝っている。逆に言えば、その「当然」が揺らぐとき歴史は動き出す。グラムシ刑務所で書き続けたのは、まさにその「当然」を解体するための思考の道具だった。

 

Douglas C. Youvan(研究者

『The Architecture of Consent: A Comprehensive Analysis of Antonio Gramsci's Theory of Cultural Hegemony, Intellectual Leadership and Modern Power Structures』

同意建築アントニオグラムシ文化ヘゲモニー理論知的リーダーシップ現代権力構造包括的分析

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