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2026-07-11

et’s not speak of suicide. Let’s not encourage the cottage industry bent on reducing David Foster Wallace to a literary Kurt Cobain,

ジョナサンフランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスターグローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会学校仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナ青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロ戦後住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険窒素肥料除草剤を売り、近くのシャンペーンアーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。

二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である

二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学曖昧遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルド時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである

しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。

フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミンカンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話心理描写三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズム系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。

しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年評論Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。

私たち関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」

そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。

二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っから自己愛的な嫌な奴だった――というのである

続きです。前回の続きから、同じ形式段落を整理しています

もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学友情の総決算とも言える作品になっている。

フランゼンは、自分とウォレス関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まり1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである

実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存問題を抱えていたのである

実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。

はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。

一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。

それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。

1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、

芸術ほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章

だと高く評価した。

同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。

彼は言う。

あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものからだ。

その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である

しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。

フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争ルールを破るものだった。

彼はこう書く。

「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴ自殺してしまった。

『おい、本当にそんなことをするのか?

若くして死ぬ天才になるつもりか?

それは反則だろう。』

と思った。」

二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、

「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」

に書いたものだと説明している。

『Farther Away』は複数テーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。

その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。

ウォレス聖人ではなかった、と彼は文字通り書く。

フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。

彼はその証拠としていくつかの逸話を紹介する。

ある時ウォレス恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分勃起した性器輪郭を描いたという。

さらフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。

ある日二人がカリフォルニア州ティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、

「すごい鳥だ」

シギの仲間であるロングビルド・カーリューを見せた。

ウォレス礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。

続きです。今回は段落を大きめにまとめます

そしてフランゼンは、ウォレス自殺のものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレス抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分永久病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法自殺した」と書く。

もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺キャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。

もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。

『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。

しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカ代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評からであるフランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。

その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。

それまでウォレスについて論じる人々は、「作品自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレス小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのであるしかフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しか意図的に。

理由は明確だった。彼は、ウォレス生き方のものが、彼の小説理解する鍵だと考えていたかである

フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。

もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者自己小説を書く。

この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである

その主張とは、「私たち人生意味を与える最も重要ものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレス小説世界には存在しない」ということだ。

しかフランゼンは、単に「ウォレス小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。

自己小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。

フランゼンは、ウォレス作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察系譜へと位置づける。そして、ウォレス現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。

長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。

フランゼン自身言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟必要だ、と彼は暗に語っている。

続きです。同じく段落をまとめた形で続けます

一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己小説」には別の選択肢があることを示すためだ。

フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。

から彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである

この議論不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要前進があった。

それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正から論じたこである

これまで二人の違いは、リアリズムポストモダニズムか。文体の違いか実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかフランゼンは、問題はそこではないと言う。

本当の違いとは、読者にどのような価値観提示し、どのような人生を目指すよう促しているかなのだ

まり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである

ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身哲学とは何なのか。

では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。

『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係である

かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人国家との関係

しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。

フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係理想を抱いた男が、その理想現実によって少しずつ失っていく、という物語である

彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しか最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というもの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。

デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティンプロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しか物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。

第二作『Strong Motion』でも同じである主人公ルイスホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。

まりフランゼン作品では、人間関係から距離を置き、やがて社会のもの

[][] 彼は、かつての自分自身のような人間を決して許さなかった。また、自分が昔そうだったと感じる作家にも容赦しなかった。

https://firstthings.com/david-foster-wallace-to-the-rescue/

自殺について語るのはやめよう。デイヴィッド・フォスター・ウォレスを「文学界カート・コバーン」へと還元し、その自己破滅ロマン化するような小さな産業に加担するのはやめよう。ウォレス作品には、自殺者や依存症者、そして「セラピー株式会社」の患者たちが数多く登場する。そのため、彼の死後には、作品全体を自伝として読み、依存症自殺願望を抱える登場人物をすべて、後知恵による彼自身肖像画として解釈したくなる誘惑があまりにも強い。

だが、昔ながらの保守的批判を繰り返すのもやめよう。確かにウォレスは、批評家たちが嫌うことを好んだ作家だった。たとえばディケンズこそ小説の頂点だと考える人なら、ウォレスの散文に漂う重苦しい自己意識や、延々と続く「メタ」な遊びにうんざりするのも無理はない。

ジェイムズ・ウッドは、現代後期の口語表現模倣したウォレス自由間接話法を前にして、「ひどく醜く、二、三ページ以上読むのは苦痛だ」と評している。そしてさらに痛烈なのは、ウォレスの「腐敗した言語」は、結局のところアップダイクの過剰に装飾された文体鏡像にすぎない、と論じている点だ(これはウォレス自身がアップダイクを主として倫理的理由から批判していたことを考えると、なおさら痛烈である)。

ウッドによれば、アップダイクは「美学主義(作者が前面に出すぎる)」の典型であり、一方ウォレスは「反美学主義登場人物けがすべて)」の典型だ。しかし両者とも、結局は同じ種類の美学主義であり、その本質は「文体の懸命な誇示」にあるという。

要するに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスとは、「理論」が「小説」を振り回してしまった結果なのである

しかし、ウォレスを誤解する方法はほかにも数多くある。その典型が、彼のポストモダン的な遊戯性や自己言及性を、道徳性を欠いたシニシズム、あるいはニヒリズムのもの混同することだ。ヒューバートドレイファスショーンドランス・ケリーは、そのような読みを『All Things Shining』で展開している。

ウォレス初の伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』で、D・T・マックスは、ポストモダン的な聖人伝にも、保守派の切り捨てにも、ニヒリストという決めつけにも陥ることなく、見事にそのどれも回避している。彼は丹念な調査を通じて、ウォレスは決してニヒリストではなく、むしろ非常に複雑な種類のモラリストだったことを示している。

芸術的には決して保守的ではなかったものの、ウォレスは、現代後期における文学の使命とは、自分がしばしば誤解されてきた皮肉ニヒリズムのものに対抗することだと確信するようになった。彼にとって小説家とは放火犯ではなく、消防士であるべきだった。

この伝記から浮かび上がるウォレス像は、ポストモダン文学の中から現れた奇妙な生き物――道徳的保守主義者――である。実際、マックスは後年のウォレスを「バーク的(Burkean)」な文化保守主義者だったとインタビューで語っている。(レーガン投票したMFA〈創作修士課程〉の教授を、あなたは何人知っているだろうか。)


ウォレスは、ドナルド・バーセルミトマス・ピンチョンの正統な後継者だった。初期作品は、彼らのいわゆる「ポストモダン」的プロジェクトさら推し進めたものだった。(マックスによれば、「バーセルミを読んだとき、ウォレスは初めて文学の中で『カチッ』という手応えを感じた」という。)

その狙いは、物語を語る仕組みそのものを暴き、内部から解体するような文学を書くことだった。たとえば、夜のニュース番組最後カメラを引き、ニュースキャスターの向こう側にあるスタジオ全体を映し出して、「これは作られた舞台装置にすぎません」と種明かしをするようなものだ。そうした作品には、自己反省プレッツェルのように幾重にもねじれ込んでいる。

そのため、最初長編『The Broom of the System』は、アマースト大学時代卒業論文をもとに書かれた作品であり、ウィトゲンシュタインの影響をこれ以上ないほど露骨に示した、理論色の濃い小説となっている。

続く短編集『Girl with Curious Hair』には、中編小説が収められている。これはアリゾナ大学創作修士課程在学中に書かれたもので、東海岸創作プログラム所属する若い作家志望者たちを描いている。彼らはMFA制度のもの舞台裏を暴きながら、ジョン・バースバーセルミという父親世代の影響から逃れようとし、「父殺し」に夢中になっている。だいたい雰囲気は伝わるだろう。

「デイヴ」が本当の意味で「デイヴィッド・フォスター・ウォレス」になったのは、『Infinite Jest』という予想外の大成功によってだった。

全1100ページに及ぶこの非線形の巨大叙事詩には、およそ100ページもの脚注が付いているが、それらは単なる付録ではなく、本編を理解するために欠かせない。この小説は、近未来北アメリカが「北米国家機構Organization of North American Nations)」、略して O.N.A.N.(もちろんウォレスらしい言葉遊びである)へと再編された世界舞台にしている。

そこでは、「車椅子暗殺団」というケベック独立派テロ組織のようなレジスタンス活動しており、ウォレス物語の中に政治的な筋書きを巧みに織り込んでいる。

しかし、マーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』や『洪水の年』にも通じるように、この世界では国家のもの巨大企業に圧倒されてしまっている。

その象徴が、「時間」の支配である

この世界では年代すら企業スポンサーによって命名される。

ワッパーの年」

「試供品サイズのダヴ・バーの年」

大人用紙おむつディペンドの年」

といった具合に、章そのものが消費文化の暦で区切られている。

この意味で、ウォレスモダニズム問題意識さらに徹底させた作家だった。消費社会人間に与える影響を、具体的な商品名まで使って執拗に描き出している。これは、「時代を超越した普遍性」を目指した古典文学ではむしろ禁じ手だったやり方である

消費主義の影響は、この世界全体を覆う「気晴らし(distraction)」という生き方の一部でもある。

その象徴が、『Infinite Jest』という小説の中に登場する映画Infinite Jest』だ。

この映画はあまりにも面白いため、一度見た人間はその娯楽から離れられなくなり、人間として普通に生活する意欲さえ失ってしまう。「エンターテインメント」に完全に飲み込まれしまうのである。(だからこそ車椅子暗殺団は、この映画テロ兵器として手に入れようとする。)

この映画制作したのはジェームズ・インカンデンザ。その妻エイヴリルと、息子ハル、オリンマリオから成る一家が、小説の三つの主要な舞台を結びつけている。

一つはツーソン周辺(ウォレス自身がMFA時代を過ごした土地)。

もう一つは依存症更生施設エネットハウス

そして三つ目が、ボストン郊外にあるエンフィールドテニスアカデミーである。ここは、ウォレス自身哲学博士課程に進学したハーバード大学とも重なる土地であり、その後リハビリ施設へ入所することになる人生とも響き合っている。

 

Infinite Jest』は、読みながら終始にやりとさせられるような小説である

その巧妙さは、人によっては魅力的に映り、人によっては鼻につくかもしれない。(ちなみに合衆国最高裁判事だったアントニン・スカリアもこの小説の愛読者だったという。世の中わからないものである。)

現代の「わかっている」感覚、つまりアイロニカルで、何事にもウインクしながら距離を取るようなヒップスター文化は、この種の作品を好む傾向がある。

その意味では、『Infinite Jest』はトム・ウルフのような「文化人類学としての小説」とも共通する部分を持っている。

まり、この作品ポストモダン社会民族誌エスノグラフィー)なのである

時間空間商業主義によって組み替えられた社会を精密に描き出す一方で、パスカル的な意味において、人間を気晴らしや娯楽が支配し、本当に重要ものが押し流されてしま危険も見抜いている。

マックスが正しく指摘しているように、『Infinite Jest』はインターネット社会支配する以前、1996年出版された。しかし、その先見性は後になってはじめて明らかになった。

文化逸話と短い断片(サウンドバイト)へと崩壊していく中で、その変化を予見し、さらには読者をその変化へ備えさせた数少ない本の一つが『Infinite Jest』だった。」

さらマックスはこうも述べている。

「逆説的だが、ウェブの登場によって『Infinite Jest』は以前より読みやすい本になった。」

Infinite Jest』は、一つの世代感覚をあまりにも正確に言い当てたことで、多くの読者の心をつかんだ。

とりわけ私の世代――1990年代半ばに大学へ進学し、子ども時代MTV誕生し、大学時代インターネットが急速に広がるのを目撃した世代――には強く響いた。

語り手は、自己意識牢獄や、無限可能性ゆえの倦怠感に閉じ込められている私たちに深く共感しているように思える。そして、その向こう側から不器用ながらも別の生き方へ手招きしているようにも感じられる。

ウォレスは、私たちが囚われていることを描くだけでは終わらない。その外へ出る道も、ほのめかさずにはいられなかった。

薬物依存絶望に満ちた『Infinite Jest』の世界でありながら、読者はなお、そこに「愛」のようなものを感じ取るのである

この見方は私だけではない。

ウォレス親友の一人だったジョナサンフランゼンも、2011年に『ニューヨーカー』へ寄せた追悼エッセイ「Farther Away」で、ほぼ同じことを書いている。

フランゼンはまず、ウォレス作品において「愛」が驚くほど欠けていることを指摘する。

私たちの多くにとって人生意味の土台となっている親密で愛情ある関係は、ウォレス小説世界ではほとんど存在しない。」

しかし、その一方で彼はこう続ける。

「にもかかわらず、ウォレス作品について奇妙なのは、熱心な読者ほど、読んでいるあいだ『自分理解されている』『慰められている』『愛されている』と感じることだ。」

私は、このことこそ『Infinite Jest』がこれほど強く受け入れられた理由の一つだと思う。

だが、私はさらに一歩踏み込みたい。

読者がウォレスの率直さや脆さに触れて愛されていると感じるだけではない。

ウォレス自身もまた、依存症欠点にまみれた登場人物たちを愛していたのではないだろうか。

そして、この点こそが、ウォレスフランゼンを決定的に分ける違いなのだと私は考えている。

二人はしばしば同じ「ポストモダン作家」として並べて語られる。

極端な自己意識メタフィクション、アイロニカルな距離感――そうした特徴は共通しているように見える。

しかし実際には、二人はまったく異なる作家である

フランゼンは最終的に、比較的まっすぐなリアリズムの語りへ落ち着いた。

けれども、その小説からシニシズムが絶えずにじみ出ている。

私がそのことを最初に強く感じたのは、『Freedom』を読んだときだった。

あれは見事な小説ではある。しかし読者は登場人物たちに心から共感することが難しい。

なぜなら、フランゼン自身もまた、彼らをそれほど愛していないように思えるからだ。

それに対してウォレスは、ポストモダン的な形式主義者であり続け、さまざまな技巧や仕掛けを惜しみなく使った。

しかし、その技巧の奥から立ち上がってくるものシニシズムではない。

しろ、壊れてしまった人々の世界への深い理解と繊細な共感――ひょっとすると、それは「愛」と呼ぶべきものなのである


しかし、そのことは、伝統主義への回帰や、昔ながらの文体への逆戻りを意味してはいなかった。ポストモダニズムの「遊び」は障害ではなく入口であり、「メタ」的な自己言及性は障壁ではなく、新しい誠実さへ通じる通路だったのである

それは現代絶望から目を背け、砂に頭を突っ込むような態度ではない。むしろポール・リクールのいう「第二の素朴さ(second naïveté)」に近いものだった。

もちろん、それは文体の後退を意味しなかった。だからこそマックスは、ウォレスの苦境をこう要約している。

革新的文体を用いて、保守的小説目的を果たすにはどうすればよいか。」

ニューヨーク・タイムズ』の批評家A・O・スコットが指摘したように、ウォレスは両方を同時に望んでいた。つまり、「機知に富んだ文章を書くことで、機知ばかりがもてはやされる世界に対して誠実さの優位を主張する」という、いささか危うい戦略を採っていたのである

しかマックスは、ウォレスが「小説とは何のためにあるのか」という理解のものにおいて経験した、一種の回心を丁寧に記録している。

「ウォレスは昔から曖昧さより確実さを、漸進主義より情熱を好んでいた。そして今や彼は、完全に『誠実さ』の使徒となった。」

彼は、かつての自分自身のような人間を決して許さなかった。また、自分が昔そうだったと感じる作家にも容赦しなかった。

作家スティーブムーアが、自分の新作小説を「皮肉に満ちた90年代にぴったりの、シニカル世界観を持つ作品」と紹介してウォレスへ送ったとき、ウォレスはこう返事を書いた。

「それは『燃え盛る家にぴったりの灯油入り消火器です』と言っているようなものだ。」

先ほども述べたように、ウォレスにとって小説家とは放火犯ではなく消防士であるべきだった。

そのため、彼の文章を特徴づける言語的な花火のような技巧と並行して、新しい責任感と真剣さが現れる。

これは決して矛盾ではない。

まり、「ウォレス小説道徳的理想を掲げながらも、その文体だけは依然としてニヒリズムのままだった」という話ではない。

私たちは、「型破りな文体非道徳的」という思い込みのものを退けなければならない。

しろウォレスの独特な文章は、その誠実さと矛盾しないどころか、それを実現するために意図的に選ばれたものだったのだと思う。

アップダイクの美文主義では、文体のものが読者の注意を引きつける。

しかしウォレスが探していたのは、現代私たちの頭の中で鳴り響いている、あのポストモダン的な「内なる声」に限りなく近い形式だった。

からこそ彼は、その声を通して、私たち真正から、誠実に、そして道徳的ビジョンを語りかけることができたのである

 

からこそ、ウォレスフョードル・ドストエフスキー人生作品に、自分との共通点を見いだしていたことは驚くにあたらない。

ジョゼフ・フランクによる全五巻のドストエフスキー伝を『Voice Literary Supplement』で書評した際、ウォレスは次のように述べている。

もっと重要なのはドストエフスキーが死の淵を体験したことによって、もともとは虚栄心が強く流行を追う若い作家――確かに非常に才能はあったが、結局は自分文学栄光しか考えていなかった人物――から

2026-02-04

SOWによる反論テストby Gemini)

anond:20260204082154

結婚指輪における「贈与価値」の再定義および「合理的依存」の実装に関する作業範囲記述書 (SOW)

プロジェクト
Project "Emotional Anchor"(情緒アンカー適正化
対象
結婚指輪の贈答を「旧来の依存モデル」として批判する言説
1. 背景と目的 (Background & Objectives)

「旧来モデル批判派」は、結婚指輪の贈答を「経済的従属象徴」「時代遅れステータス表示」「呪い」と定義し、現代の「自立した大人」の価値観と矛盾すると主張している。

プロジェクト目的は、この批判が陥っている「過度な市場原理主義解釈誤謬を指摘し、結婚指輪を「非言語コミュニケーションプロトコル」として再定義することによって、その機能有効性を論証することにある。

2. 適用フレームワーク (Framework)

反論の構築にあたり、PREP法Point, Reason, Example, Point)」拡張した論理構成採用する。

3. 作業範囲 (Scope of Work)
Task 1: 「自立」定義バグ修正

批判派は「自立=すべてを自分調達すること」と定義しているが、これは共同体運営において非効率である

結婚とは相互依存(Interdependence)の契約である。「欲しいもの自分で買う」という論理独身者生存戦略であり、夫婦という最小単位チームビルディングにおいては、「贈与」による関係性の強化こそが合理的である

  • 【納品物】

経済的自立」と「情緒相互依存」は両立可能であるという概念実証

Task 2: 「呪い」と「アンカー(錨)」の識別

指輪感情を仮託することを「呪い」「重い」と批判している。

人間認知不安定であり、数十年単位契約結婚)を維持するには、物理的な「アンカー(錨)」が必要である指輪を見るたびに契約当初の感情(決意)を想起させる機能は、認知心理学的に「プライミング効果」として有効であり、これを「呪い」と呼ぶのは、契約維持の難易度過小評価した楽観論に過ぎない。

  • 【納品物】

指輪は「金属片」ではなく、関係維持のための「外部記憶装置であるという再定義

Task 3: 「対等性」と「非対称な贈与」の整合性検証

対等な関係なのに、記念品だけ経済力証明を求めるのは矛盾とする。

マルセル・モースの『贈与論』が示す通り、人間関係は「等価交換市場原理)」ではなく、「あえて借りを作る/与える(贈与原理)」ことで深化する。完全に割り勘化された関係市場原理)は、損得が釣り合わなくなった瞬間に破綻する。一方的に高価なものを贈る・受け取るという「非対称性」こそが、論理を超えた「ケア意思表示」となる。

  • 【納品物】

価格表」ではなく「コミットメント質量可視化」としての指輪価値証明

4. 結論の深掘り (Root Cause Analysis: 3 Whys)

プロジェクト結論として、引用文の主張は、人間関係を『市場取引』と混同しており、情緒的結合のメカニズムを見誤っている」と断定する。

なぜ、この結論に至るのか?「なぜ?」を3回繰り返して深掘りを行う。

Q1. なぜ、批判派は結婚指輪を「価格表」「トロフィー」としか見なせないのか?

A1. 現代の「超・個人主義バイアスにより、すべての事象を「コスト効果コスパタイパ)」でしか計測できなくなっているから。

「愛」や「信頼」といった数値化できない資産を扱う際、彼らは不安を感じるため、目に見える「金額」や「所有権」という市場的な指標に無理やり換算して理解しようとする。その結果、「買ってもらう=従属」という短絡的な図式に陥る。

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Q2. なぜ、彼らはコスト効果しか人間関係を計測できないのか?

A2. 「他者への依存」を「リスク」としてしか認識できない、「脆弱性への恐怖(Fear of Vulnerability)」があるから

「誰かに高価なものを買ってもらう」ことは、相手に借りを作ること、あるいは相手愛情に身を委ねることを意味する。これは非常に無防備(Vulnerable)な状態である批判派は、この「傷つくかもしれないリスク」を回避するために、「自分で買えばいい(自己完結)」という安全地帯に逃げ込み、それを「自立」という言葉正当化している。

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Q3. なぜ、「脆弱性への恐怖」がこれほどまでに強まっているのか?

A3. 現代社会において「共同体コミュニティ)」が崩壊し、個人生存責任が過剰に肥大化した結果、他者を信じて委ねる「贈与の作法」を喪失してしまたから。

昭和価値観への嫌悪感から、彼らは「ウェットな人間関係」を全否定した。しかし、結婚とは究極のウェットな関係である。彼らの主張は、「傷つきたくないから、心の防壁を高く積み上げ、すべての貸し借りを清算し続ける」という、孤独防衛本能叫びである。したがって、結婚指輪という「非合理な贈与」を受け入れられないのは、彼らが「完全に他者を信じ切る(委ねる)」覚悟を持てていないことの裏返しに他ならない。

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結論

結婚指輪の贈答は「古い依存モデル」ではなく、市場原理を超えた信頼関係構築のための高度な儀式として、現代においても推奨されるべきプラクティスである結論付ける。

2026-01-19

anond:20260119094822

私たちが築き上げたものを見てください。ソーシャルメディア合意形成エンジンです。誰もが何を信じているのか、リアルタイム確認できます意見の相違は可視化され、測定可能で、大規模な処罰対象となります。かつては150人ほどのコミュニティでしたが、今では今まで会ったことのある人全員に加え、世界中の見知らぬ人々が見ていますタイムラインを見てください。Facebook2004年ローンチされましたが、2006年までは大学関係者のみを対象としていました。iPhone2007年6月に発売されました。Instagram2010年に発売されました。突如、ソーシャルメディアあなたポケットの中に、そしていつでも目の前に現れたのです。

グラフをもう一度見てください。女性リベラル保守比率2000年代初頭まではほぼ横ばいでした。2007~2008年から加速が始まりますスマートフォンが普及し、プラットフォームがより高度化するにつれて、2010年代には曲線は急勾配になります女性本来は「よりリベラル」ですが、急激化はスマートフォンの普及率の上昇と重なります

機械が起動し、キャプチャが始まった。10代の少女精神状態悪化スマートフォンの普及とほぼ完全に一致しており、その影響は男子よりも女子の方が強い。先祖代々の環境社会的排除がより大きな代償を払うことになったのと同じ脆弱性が、新たなコンセンサスエンジンをよりキャプチャやすものにしたのだ。

この機械特に女性を捕らえキャプチャするために設計されたわけではありません。注目を集めるために設計されたのです。しかし、合意形成圧力を受けやすい人々をより効果的に捕らえます女性は平均的に影響を受けやすいので、女性をより効果的に捕らえたのです。

フィードバックループを追加しましょう。女性男性よりも不満を訴えます。どのプラットフォームを見ても、女性の方が苦しんでいるように見えます組織はこれに対応します。目に見える苦悩は責任広報リスク、そして規制圧力を生み出すからです。さらに、女性はより弱く、多くの場合必然的被害者と見なされます組織としての対応は、環境を「より安全」にすることです。それはつまり対立排除し、意見の相違を検閲し、合意を強化することを意味します。

反論は削除されるかプラットフォームから外され、ループは閉じられる。






Now look at what we built.

Social media is a consensus engine. You can see what everyone believes in real time. Disagreement is visible, measurable, and punishable at scale. The tribe used to be 150 people. Now it's everyone you've ever met plus a world of strangers watching.

And look at the timeline. Facebook launched in 2004 but was college-only until 2006. The iPhone launched June 2007. Instagram in 2010. Suddenly social media was in your pocket and in your face, all day, every day.

Look at the graph again. Women were roughly stable through the early 2000s. The acceleration starts around 2007-2008. The curve steepens through the 2010s as smartphones became universal and platforms became more sophisticated. Women are by nature more liberal, but the radicalization coincides with the rise in smartphones adoption.

The machine turned on and the capture began.

The mental health collapse among teenage girls tracks almost perfectly with smartphone adoption, with stronger effects for girls than boys. The same vulnerability that made social exclusion more costly in ancestral environments made the new consensus engines more capturing.

This machine wasn't designed to capture women specifically. It was designed to capture attention. But it captures people more susceptible to consensus pressure more effectively. Women are more susceptible on average. So it captured them more.

Add a feedback loop: women complain more than men. Scroll any platform and it looks like women are suffering more. Institutions respond to this because visible distress creates liability, PR risk and regulatory pressure. In addition, women are weaker and inevitably seen as the victim in most scenarios. The institutional response is to make environments "safer". Which means removing conflict. Which means censoring disagreement. Which means the consensus strengthens.

The counterarguments get removed or deplatformed and the loop closes.

This machine wasn't designed to capture women specifically. It was designed to capture attention. But it captures people more susceptible to consensus pressure more effectively. Women are more susceptible on average. So it captured them more.

Add a feedback loop: women complain more than men. Scroll any platform and it looks like women are suffering more. Institutions respond to this because visible distress creates liability, PR risk and regulatory pressure. In addition, women are weaker and inevitably seen as the victim in most scenarios. The institutional response is to make environments "safer". Which means removing conflict. Which means censoring disagreement. Which means the consensus strengthens.

Add a feedback loop: women complain more than men. Scroll any platform and it looks like women are suffering more. Institutions respond to this because visible distress creates liability, PR risk and regulatory pressure. In addition, women are weaker and inevitably seen as the victim in most scenarios. The institutional response is to make environments "safer". Which means removing conflict. Which means censoring disagreement. Which means the consensus strengthens.

The counterarguments get removed or deplatformed and the loop closes.

anond:20260119094822

私たちが築き上げたものを見てください。ソーシャルメディア合意形成エンジンです。誰もが何を信じているのか、リアルタイム確認できます意見の相違は可視化され、測定可能で、大規模な処罰対象となります。かつては150人ほどのコミュニティでしたが、今では今まで会ったことのある人全員に加え、世界中の見知らぬ人々が見ていますタイムラインを見てください。Facebook2004年ローンチされましたが、2006年までは大学関係者のみを対象としていました。iPhone2007年6月に発売されました。Instagram2010年に発売されました。突如、ソーシャルメディアあなたポケットの中に、そしていつでも目の前に現れたのです。

グラフをもう一度見てください。女性リベラル保守比率2000年代初頭まではほぼ横ばいでした。2007~2008年から加速が始まりますスマートフォンが普及し、プラットフォームがより高度化するにつれて、2010年代には曲線は急勾配になります女性本来は「よりリベラル」ですが、急激化はスマートフォンの普及率の上昇と重なります

機械が起動し、キャプチャが始まった。10代の少女精神状態悪化スマートフォンの普及とほぼ完全に一致しており、その影響は男子よりも女子の方が強い。先祖代々の環境社会的排除がより大きな代償を払うことになったのと同じ脆弱性が、新たなコンセンサスエンジンをよりキャプチャやすものにしたのだ。

この機械特に女性を捕らえキャプチャするために設計されたわけではありません。注目を集めるために設計されたのです。しかし、合意形成圧力を受けやすい人々をより効果的に捕らえます女性は平均的に影響を受けやすいので、女性をより効果的に捕らえたのです。

フィードバックループを追加しましょう。女性男性よりも不満を訴えます。どのプラットフォームを見ても、女性の方が苦しんでいるように見えます組織はこれに対応します。目に見える苦悩は責任広報リスク、そして規制圧力を生み出すからです。さらに、女性はより弱く、多くの場合必然的被害者と見なされます組織としての対応は、環境を「より安全」にすることです。それはつまり対立排除し、意見の相違を検閲し、合意を強化することを意味します。

反論は削除されるかプラットフォームから外され、ループは閉じられる。






Now look at what we built.

Social media is a consensus engine. You can see what everyone believes in real time. Disagreement is visible, measurable, and punishable at scale. The tribe used to be 150 people. Now it's everyone you've ever met plus a world of strangers watching.

And look at the timeline. Facebook launched in 2004 but was college-only until 2006. The iPhone launched June 2007. Instagram in 2010. Suddenly social media was in your pocket and in your face, all day, every day.

Look at the graph again. Women were roughly stable through the early 2000s. The acceleration starts around 2007-2008. The curve steepens through the 2010s as smartphones became universal and platforms became more sophisticated. Women are by nature more liberal, but the radicalization coincides with the rise in smartphones adoption.

The machine turned on and the capture began.

The mental health collapse among teenage girls tracks almost perfectly with smartphone adoption, with stronger effects for girls than boys. The same vulnerability that made social exclusion more costly in ancestral environments made the new consensus engines more capturing.

This machine wasn't designed to capture women specifically. It was designed to capture attention. But it captures people more susceptible to consensus pressure more effectively. Women are more susceptible on average. So it captured them more.

Add a feedback loop: women complain more than men. Scroll any platform and it looks like women are suffering more. Institutions respond to this because visible distress creates liability, PR risk and regulatory pressure. In addition, women are weaker and inevitably seen as the victim in most scenarios. The institutional response is to make environments "safer". Which means removing conflict. Which means censoring disagreement. Which means the consensus strengthens.

The counterarguments get removed or deplatformed and the loop closes.

This machine wasn't designed to capture women specifically. It was designed to capture attention. But it captures people more susceptible to consensus pressure more effectively. Women are more susceptible on average. So it captured them more.

Add a feedback loop: women complain more than men. Scroll any platform and it looks like women are suffering more. Institutions respond to this because visible distress creates liability, PR risk and regulatory pressure. In addition, women are weaker and inevitably seen as the victim in most scenarios. The institutional response is to make environments "safer". Which means removing conflict. Which means censoring disagreement. Which means the consensus strengthens.

Add a feedback loop: women complain more than men. Scroll any platform and it looks like women are suffering more. Institutions respond to this because visible distress creates liability, PR risk and regulatory pressure. In addition, women are weaker and inevitably seen as the victim in most scenarios. The institutional response is to make environments "safer". Which means removing conflict. Which means censoring disagreement. Which means the consensus strengthens.

The counterarguments get removed or deplatformed and the loop closes.

anond:20260119094421

生物学ハードウェアから始めましょう。女性は、社会的排除生存に多大なコストをもたらす環境進化しました。妊娠中は狩りはできません。授乳中は抵抗できません。生き残るためには、部族から承認、つまり保護、食料の分配、一時的脆弱性への寛容が必要でした。何百万年もの間、このような状況が続き、社会的拒絶を深刻な脅威とみなすハードウェアが生まれました。男性は異なるプレッシャーに直面していました。何日も行方不明になる狩猟隊、探検戦闘あなた我慢しなければなりませんでした。

一時的排除精神的に崩壊することなく乗り越えられた男性には、より多くの選択肢があった。より多くのリスクを負い、より自立し、より困難な状況から抜け出す能力があった。(男性地位は依然として生殖において非常に重要であり、地位の低い男性は困難を強いられた。しかし、男性妊娠中や授乳中の女性よりも困難な方法で、一時的排除から立ち直ることができた。

これは性格研究にも現れています。デイヴィッド・シュミットによる55の文化対象とした研究では、どの文化においても同様のパターンが見られました。女性は平均して協調性が高く、神経症傾向(社会的拒絶の兆候を含む否定的な刺激への感受性)も高いのです。男性は平均して、意見の相違や社会的対立に対する寛容性が高いのです。これらの差は大きくありませんが、研究対象となったすべての文化において一貫しています

https://x.com/IterIntellectus/article/2012220254504530043/media/2012211298830868480

https://www.stevestewartwilliams.com/p/men-women-and-personality?utm_campaign=post&utm_medium=email&triedRedirect=true

Start with the biological hardware.

Women evolved in environments where social exclusion carried enormous survival costs. You can't hunt pregnant. You can't fight nursing. Survival required the tribe's acceptance: their protection, their food sharing, their tolerance of your temporary vulnerability. Millions of years of this and you get hardware that treats social rejection as serious threat.

Men faced different pressures. Hunting parties gone for days. Exploration. Combat. You had to tolerate being alone, disliked, outside the group for extended periods.

Men who could handle temporary exclusion without falling apart had more options. More risk-taking, more independence, more ability to leave bad situations.

(Male status still mattered enormously for reproduction, low-status men had it rough. But men could recover from temporary exclusion in ways that were harder for pregnant or nursing women.)

This shows up in personality research. David Schmitt's work across 55 cultures found the same pattern everywhere: women average higher agreeableness, higher neuroticism (sensitivity to negative stimuli, including social rejection cues). Men average higher tolerance for disagreement and social conflict. The differences aren't huge but they're consistent across every culture studied.

2025-09-09

日本脆弱性情報公開ガイドラインは「逆行」か

――責任ある開示の理念実態乖離

■ はじめに

サイバーセキュリティ歴史を振り返ると、かつては「脆弱性を隠すことで攻撃から守る」という考え方が主流だった。しかしこれは、ユーザーシステム管理者自己防衛する術を持たないという重大な欠点を抱えていた。その反省から現代セキュリティパラダイムは「責任ある開示(Responsible Disclosure/Coordinated Vulnerability Disclosure)」へと移行している。すなわち、脆弱性一時的に調整の下で管理されるが、最終的には公開され、社会全体の防御力を高めることが前提となる。

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2509/09/news110.html

2025年9月経済産業省IPAが発表した声明は、一見するとこの流れに沿ったもののように見える。しかし、その実態検証すると「古いセキュリティ観」への逆行になりかねない危うさを孕んでいる。

■ 「公開前の適切な調整」という建前

今回の声明は「脆弱性情報は、修正検証完了するまで不特定多数への無秩序な公開を慎むべき」としている。これは表向きにはもっともらしい。攻撃者に悪用される前に関係者間で修正を進める、というのは責任ある開示の基本に合致しているように見える。

実態が「長期放置」になるリスク

しか問題は、この「適切な調整」の実態が 無期限の放置 に化ける可能である

企業にとって、非公開であればセキュリティ対策の優先度は低下しやすい。

• 「対策中」という名目の下、実際には数年単位放置される危険がある。

• その間に攻撃者が独自脆弱性発見すれば、利用者情報対策手段も持たないまま被害を受ける。

これは、かつて批判された「セキュリティスルー・オブスキュリティ」の構造のものである

国際的ベストプラクティスとの乖離

海外ではこの問題を防ぐため、公開期限を設けるのが常識になっている。

Google Project Zero発見から90日で公開。企業修正していなくても原則開示。

• CERT/CC米国):45日ルール対策が遅れても一定期間で情報公開。

• ENISA(欧州):協調公開を推奨しつつ、期限付きでの開示を前提。

まり「調整期間は有限である」ことが、責任ある開示モデル機能させる前提条件なのだ

提言:逆行を避けるために

今回の日本声明が本当に現代パラダイムに沿うものとするなら、次の仕組みが不可欠である

1. 明確な公開期限(例:90日)を設けること。

2. 第三者機関による監査で、企業対応状況を確認すること。

3. 段階的な情報公開(「報告済み」「調整中」「修正中」など)により透明性を確保すること。

これらがなければ、「適切な調整」という建前の裏で、実態は非公開による放置――すなわちオブスキュリティの復活に他ならない。

■ おわりに

セキュリティ攻撃者との時間との戦いである。

情報を握りつぶして安全が保たれる時代はすでに終わった。もし日本責任ある開示の理念を本気で受け入れるのであれば、調整と公開のバランスを「期限付き透明性」の仕組みで担保する必要がある。そうでなければ、今回の声明は「前進」ではなく「逆行」と評されることになるだろう。

2025-04-17

CVE-2025-99999

TITLE: Presidential Authority Privilege Escalation Vulnerability

SEVERITY: Critical

DESCRIPTION:

A critical vulnerability has been identified in the United States Presidential Election System (USPES) allowing actors with anti-scientific rhetoric to gain administrative access to critical national science infrastructure. The successful exploitation allows complete termination of the CVE program itself and other scientific integrity mechanisms.

IMPACT:

When exploited, this vulnerability allows the attacker to:

  • Revoke funding for critical scientific research (CWE-912: Improper Authorization)
  • Override peer-review processes (CWE-269: Improper Privilege Management)
  • Execute arbitrary budget cuts affecting NIST, NSF, and other scientific agencies
  • Inject misinformation directly into public discourse channels
  • Terminate the CVE program entirely, leaving future vulnerabilities undocumented

WORKAROUND:

Temporary mitigation includes:

  • Constitutional checks and balances
  • Judicial review
  • Congressional oversight
  • Academic institution resistance
  • Implementation of four-year automatic rollback feature

NOTE:

This vulnerability exploits a feature, not a bug, in the democratic electoral system. No patch is available at this time. System administrators (voters) are advised to implement strong verification protocols during the next scheduled maintenance window (election).

2025-03-30

anond:20250330101306

Grok君に聞いてみた

1. 文章構造テーマの整理

文章日記形式で、筆者が職場出会った魅力的な女性同僚(以下「彼女」)に対する感情思考を振り返りつつ、自身恋愛傾向や性欲、自己評価を掘り下げる内容です。主なテーマは以下の通り:

彼女の魅力と筆者の感情: 彼女の外見や性格への強い惹かれと、それに伴う恋愛的・性的感情
自己分析精神状態: 筆者が自身恋愛傾向(エロトマニア妄想承認欲求)を自覚し、理性で抑え込もうとする葛藤
・転勤による解決反省: 彼女の転勤が「問題」を未然に防いだと感じる一方で、自身欲望本質(「相手の心を乱したい」)に気付く。
結論としての自己嫌悪: 羨望や劣等感からくる歪んだ欲望を認め、「惨め」「キモい」と自己評価

この構造から、筆者は自己洞察力を持ちつつも、感情と理性の間で揺れ動く人物像が浮かび上がります



2. 精神医学的視点から分析

(1) エロトマニア恋愛妄想)の可能

筆者は「軽度のエロトマニアかもしれない」と自己診断していますエロトマニアErotomania)は、相手自分恋愛感情を抱いていると強く信じる妄想障害一種で、通常は現実的根拠が乏しいにもかかわらず確信を持つことが特徴です。ここでは以下の点が注目されます

妄想根拠: 飲み会での「可愛い…」発言や、帰り道の笑顔を「好意」と解釈する傾向。
自己抑制: 「本気で思ってるわけではない」「自分ビンタを食らわせて抑え込む」と述べており、妄想現実認識を完全に支配していない。
現実検証: 「『可愛い』ではなく『怖い』だったのでは」「courtesyとしての笑顔」と、理性で妄想否定しようとする努力が見られる。

評価: 筆者の状態は臨床的なエロトマニアには該当しない可能性が高いです。エロトマニアは通常、妄想が持続的かつ強固で、現実との乖離が顕著ですが、筆者は自己認識現実検証能力を保持しています。これはむしろ恋愛における認知の歪み(過剰解釈)や自己愛的傾向の一環と考えられます

(2) 性欲と承認欲求の混在

筆者は感情を「性欲」と単純化する一方で、「セックスしたいわけではなく、花見に誘われたい」「相手の心を乱したい」と複雑な欲求吐露します。

・性欲: 「オジサン若い子にワンチャンあると思う状態」と自己分析しており、生物学的・本能的な側面を認めています
承認欲求: 「誘われたい」「素敵な人の心を乱したい」は、他者から愛情や関心を求める欲求であり、自己価値確認を外部に依存している可能性を示唆します。
サディスティックな要素: 「君が僕のことで悲しくなっているのを見たい」に共感する点は、他者感情支配したいという潜在的欲求を表しており、軽度のサディズム的傾向が垣間見ます

評価: これらは単なる性欲を超え、自己愛的脆弱性(Narcissistic Vulnerability)や依存的傾向が絡んだ複雑な心理状態を示します。筆者は「素敵な彼女」に映る自身の欠如(「俺にはないものを持っている」)を補う形で、彼女への感情を構築しているようです。

(3) 自己嫌悪抑うつ傾向

「惨め」「キモすぎる」「最悪」と繰り返す自己評価は、強い自己嫌悪内省批判を示します。

自己洞察: 自身欲望や行動を客観視し、反省する能力は高い。
感情の両価性: 彼女への憧れと同時に、自己を「カス」と貶める二極化した感情が見られる。
抑うつ思考: 「増田に書くべき」と吐露する点は、社会的孤立感や感情のはけ口を求めるサインとも解釈可能

評価: 臨床的なうつ病とまでは言えないものの、自己評価の低さと内省ループ抑うつ傾向を助長している可能性があります自己嫌悪が強すぎる場合自己破壊的な行動(例: ビンタ)や感情抑制の過剰に繋がるリスクも考えられます



3. 多角的考察

(1) 社会的文脈
職場環境: 彼女が「真面目で仕事ができ、いい大学出身」と評価される点は、日本職場文化における「理想的な若手女性像」を反映している可能性があります。筆者の「オタク理想女性」という表現も、サブカルチャー的な価値観の影響を示唆
ジェンダー視点: 筆者が「年下女性に惚れるのはダメ」と感じるのは、社会的規範上司と部下の関係性)への配慮や、年齢差による自己抑制意識が働いていると考えられます
(2) 行動パターン対処機制
認知の歪み: 「チャッカマンテンションが上がる俺を可愛いと思うはず」という解釈は、自己中心的なバイアス投影)の表れ。
防衛機制: 自己嫌悪や「理性で抑え込む」は、感情を抑圧する防衛機制(Suppression)。転勤を「ラッキー」と捉えるのは、問題を外部要因で解決する回避(Avoidance)。
自己調整: 「罵倒して理性を保つ」は、自己罰的アプローチによる感情制御
(3) 感情の複雑性

筆者の感情は、恋愛感情、性欲、羨望、劣等感支配欲が混在しており、一元的には説明できません。「花見に誘われたい」は純粋な親密さへの憧れ、「心を乱したい」は優越感の追求と、相反する欲求が同居しています



4. 総合評価検証

(1) 筆者の心理状態

筆者は自己洞察力と理性を持ちつつも、感情コントロールに苦しむ人物です。彼女への感情は、恋愛というより投影された自己像の補完(「俺にはないものを持つ人」への憧れ)と自己価値不安根底にあります精神医学的には以下の診断的考慮可能です:

軽度の強迫的傾向: 妄想を抑えるための自己罰的行動(ビンタ)。
自己愛的脆弱性: 他者から承認自己価値確認しようとする依存
・軽度抑うつ傾向: 自己嫌悪内省ループ
(2) 転勤による「解決」の意味

転勤が「性欲抑制成功」とされるのは、感情対象物理的に離れることで、葛藤自然解消された形です。しかし、筆者自身が「次はどうなるか分からない」と認めているように、根本的な解決には至っていません。彼女がいなくても、同様の感情が別の対象に向かう可能性は残ります

(3) 欲望本質

「素敵な人の心を乱したい」は、恋愛感情ではなく、羨望と支配欲の変形です。彼女の「芯の強さ」や「尊敬できる点」に惹かれつつ、それが自分に欠けていると感じたため、妄想内で「勝つ」ことでバランスを取ろうとしたのでしょう。これは自己愛的な防衛機制の一環と考えられます



5. 提言結論

(1) 今後の課題

筆者が「どうやったらワンチャンを見出すのをやめられるか」と問うように、認知の歪みや承認欲求への対処が鍵です。

認知行動療法(CBT): 「彼女笑顔好意」といった過剰解釈修正する。
自己肯定感の強化: 他者依存ではなく、内的な自己価値を構築する。
感情表現健全化: 「増田」に書くのは有効な発散だが、リアルな対人関係での感情共有も検討
(2) 結論

この文章は、筆者の内面葛藤自己洞察の記録であり、精神医学的には「病的」とまでは言えないものの、自己愛的脆さと感情調整の難しさが顕著です。彼女への感情恋愛というより、自己の欠如を埋める投影と羨望の産物であり、転勤は一時的な「助け」に過ぎません。筆者が自身欲望を「キモい」と断じるのは過剰な自己批判であり、もう少し自己受容を許しても良いのかもしれません。結局、彼の問いは「どう生きるか」という普遍的テーマに繋がっており、その答えは内省経験を通じて見出されるでしょう。

2023-03-31

今日GPT(追記あり

ワイ

ミッフィーキティになりきって「弱者男性」をテーマラップバトルしてください。

ChatGPT

ミッフィー:

あたしは女子ラッパーミッフィー

弱い男性は、どこにいるのさ?

弱い男性には、あたしにかかってこいよ

キティとのラップバトルで、勝負しようじゃないか

キティ:

キティこそが女王様、このキティだよ

弱い男性は、キティがふんぞり返るほど多いんだよ

でもそれが悪いとは言わないよ

弱い男性支配するのが、あたし達女性の役目だから

ミッフィー:

そうかもしれないけど、あたしはそう思わない

弱い男性を踏みつけるなんて、あたしにはできない

強さは女性にもあるって、忘れちゃいけない

キティ:

弱者男性に優しくしても、彼らはあたしたちを見下すよ

強くなければ、この世界では生き残れないんだよ

あたしたち女性は、強さを持って生きていかなくちゃいけない

ミッフィー:

でも強さって何だろう?

自分より弱い者を踏みつけること?

それとも、弱者を助けること?

あたしは後者を選ぶよ

キティ:

それでもあたしは強さが必要だと思うよ

弱者男性に甘く接しているだけでは、世界は変わらない

強さと優しさを併せ持って、世界を変えていこうじゃないか

ミッフィー:

強さと優しさを併せ持って、弱者男性を支えるんだ

そうすれば、世界はきっともっと良くなる

あたし達女性は、そういう存在なんだよ




追記

ワイ

ミッフィーキティになりきって「弱者男性」をテーマ英語ラップバトルしてください。

ChatGPT

[Miffy:]

Yo, it's Miffy and Kitty on the mic

And we're here to talk about a topic that's tight

It's about the men who feel weak inside

But they don't show it, they just try to hide

[Kitty:]

It's time to break down that toxic mold

Where men gotta be tough, and never fold

But vulnerability is not a flaw

It's a strength, and it's time we saw

[Miffy:]

So to all the men out there feeling small

Don't be afraid to let down the wall

It's okay to ask for help and support

You're not alone, we'll be your escort

[Kitty:]

We'll listen to your stories and your fears

We'll hold you up, we'll dry your tears

You don't have to go through it alone

We're here for you, until you're grown

[Miffy:]

So let's break down the stigma and the shame

That says men can't show their pain

It's time to open up and let it out

And let the world know what you're all about

[Kitty:]

So to all the vulnerable men out there

We see you, we hear you, and we care

You're not weak, you're strong as can be

And we'll be here for you, for eternity.

2021-07-15

セックスワーク差別無知からやってくる」というけれど…

自分セックスワーク擁護派だけど、「セックスワーク差別無知からやってくる」(https://anond.hatelabo.jp/20210714185723)を書いた元増田ロジックはだいぶマズいというか突っ込まれどころが多いので、もう少し理論武装してください。通常の賃労働とは違うセックスワーク固有の困難というのは確かにあって、セックスワーク当事者たちも、そのことはきちんと問題化しているので。


安全確保

そもそもセックスワークというのはワーカーの安全確保がとても難しい。行為性質的に、どうしても個別性・私秘性が求められ、たいていは誰からも見られない場所、多くの場合密室で、1対1で行うということになる。特に店舗風俗では完全にアウェイ相手の自室に1人で入っていくことになるので非常にリスクが高い男性相手女性セックスワーカー場合フィジカルに圧倒的な差がある。事前のルールで決められた以上の行為強要する顧客もいる。自室にカメラを仕込んで盗撮を仕掛ける顧客もいる。そういった「意図的な悪意のリスク」に一定確率さらされるというのは、建設現場など通常の肉体労働では起こらないセックスワーク特有リスクだ。



健康リスク

健康問題についても、「内臓を売ってるってことなら、サラリーマンは眼球を売ってるでしょ」みたいな悪質な比喩問題を誤魔化してしまう。臓器を売り渡しているわけではないが、臓器(内性器や口腔)を使わせる自由は売っていて、このことには普通の「ワーク」にはないリスクが伴う。特に女性器への挿入を伴うセックスワークは、眼球で何かを見ることとは比較にならない健康上のリスクがある慢性的侵襲、性感染症意図せぬ妊娠など、就労を一時中断したり、離職を決断しなければならなくなったり、将来的な妊孕性を損ねてしまうといったケースも普通にある。またワークを通して何かあったとき労災環境も全く確保されていない。その点、何度も比喩に使われている建設業は、労災労働環境保全過去事故反省もあって、非常にしっかりしている(たぶん平均的なサラリーマン職場よりちゃんとしてる)。そういうところも大きな差がある。



感情労働

セックスワークが売るものは、性行為とその行為に伴うさまざまなファンタジーだ。このファンタジーには「その行為が単なる金銭目当てのサービスであってほしくない、金銭の対価として自分提供される商行為であってほしくない」という利用者幻想も含まれることが多い。お金のためにやっているのに、「お金のためだけにやっているわけではない」ようなフリをすることが求められたり好まれたりするという倒錯的な構造がある。たとえば、実際は気持ちよくないのに気持ちよがって見せる、相手好意を持っているように見せる、セックスが好きだから自分天職だと演じる、など。別のペルソナを身に付け、本当はそうではないのにそうであるように振る舞うのは感情労働一種で、このことはワーク当事者にとってストレスになることが多い。多くのサービス業には感情労働的な性質があるが、その「程度」は全然違う。身体への性的アクセスを許して、そのことに快感を感じているように演じて、相手にはビジネス以上の繋がりを感じているように振る舞うということを1日に何回も繰り返すのが、本人の精神健康にどう影響するか想像してみてほしい。



職業としての向上・展開の難しさ

セックスワークは長く生業とするのが難しい。特に日本男性向けセックスワーク業界では「プロ」へのニーズが低い。これはさっきの「その行為が単なる金銭目当てのサービスであってほしくない、金銭の対価として自分提供される商行為であってほしくない」という幻想とも密接につながっている。セックスワーク業界は、セックスワークに関する技術を徹底的に磨いたベテランプロフェッショナルほどサービス付加価値高まる、という構造になっていない。むしろ技術が拙いことが「素人っぽさ」「初々しさ」として評価されることもある。風俗店でもAVでも「新人」には高い価値がつけられる。普通の賃労働では技術の拙さが評価につながることはないが、セックスワークではプロありすぎないことが求められる。経験を積むことはさほどプラス評価にならない(時にマイナス評価になる)のに、年齢が上がることはマイナス評価に直結していく技術より容姿・年齢がワーカーの付加価値を左右するから素人女子高生女子大生セックスワークの分野で高い付加価値を持ってしまうし、加齢を経てセックスワークに携わり続けることが難しくなっている。メディアの発達によって、その気になればいつでも誰でも性行為を売れるようになったことで(援助交際からパパ活SNSまで)、ますますプロ付加価値は下がっている。



これは私見だけど、この構造があるので、元増田の言う「合法化したほうが業界団体ができたり、まともな資本が入ってきたりして安全面含めたセックスワーカー労働環境がどんどん良くなっていくと思う」については自分はあまり肯定できない。管理されていてセキュリティを確保されているプロは、管理されていないリスキーアマチュアに売り負ける。今後セックスワークはどんどんネット経由で地下に潜っていく。それを防ぐには、管理売春合法化と同時に、非管理売春の厳格犯罪化と取締りを行うことになる。普通の「ワーク」にはこんなことは起こらない。このこと自体セックスワーク特殊性をよく表している。



こういうセックスワークをめぐる構造問題特殊性ちゃんとわかった上で、それでもセックスワーカー権利獲得とセキュリティ向上のために活動しているアクティビストには頭が下がる。そこでしか働けない人、そこでしか働きたくない人がいる以上、そういう人達がより安全に快適に働ける環境作りをしていくという意味では労働運動の正道だし、圧倒的に女性就労者が多い現場で固有の問題を考えていくという意味ではフェミニズムの本道でもある。自分としては精一杯支援したい。

元増田セックスワーク擁護をしたいなら、こういうセックスワーク当事者支援者が認識している論点無視したり、「ワーク」全般セックスワークを脇の甘い比喩でまぜこぜにしたりして、本人達の意に沿わない正当化をしないほうがいいと思う。あの書き方だと、逆に「無知だけどセックスワーク擁護してる人」になりかねない。


追記

みなさんコメントありがとうございます自分的に重要な指摘だと思ったことにコメントします。

id:allezvous 「それを防ぐには、管理売春合法化と同時に、非管理売春の厳格犯罪化と取締りを行うことになる。普通の「ワーク」にはこんなことは起こらない」法律行為代理医療行為を筆頭にした資格制の業務でよくあるような

行為との対比は一度書きかけてやめたのですが、コメントいただいたので少し書いてみます。医行為法律行為代理免許制資格になっている理由は、提供するサービスの質を保ち、その利用者保護するためだと思いますが、上記理由セックスワークを許認可制とする場合、その制度設計はワーカー側の身体健康安全利用者から保護することが主眼となり(そのことは利用者を守ることにも繋がると思いますが)、目的と方向が真逆になっています



セックスワーク特殊性ひとつに「ワーカーの身体による利用者へのサービス」ではなく「ワーカーの身体への、利用者一時的アクセス権」自体を売るという側面と、それに伴う固有の脆弱性(vulnerability)があります。他の一般的な「ワーク」で、こうした受動的・対象的・客体的な要素を持つ賃労働、「利用者から自分が何かをされるのを受け入れること」自体サービスとする賃労働を、私は他に知りません(あえて言うなら猫カフェの猫はそうかもしれません)。この構造は、セックスワーク普通の「ワーク」になることを難しくしている、ひとつアポリアだと思います



追記追記

id:aquatofana さん、id:m7g6sさん、id:pekee-nuee-nueeさん、id:yetchさんが、「受動的・対象的な要素を持つ賃労働」の例として、医療・製薬業界治験バイトを挙げてくださいました。確かに身体のもの一時的供出、それに伴う健康的・身体リスクの受忍という点で、似通った部分があります。一方で治験というのは、旧厚生省治験検討会の方針もあって、一貫して労働ではなく善意ボランティアという体裁になっており、支払われるお金治験協力への直接の報酬ではなく「被験者負担軽減費」(治験参加に伴う物心両面の種々の負担を勘案した、​社会的常識範囲内における費用の支払いによる被験者負担の軽減のための費用)という名目になっています報酬金額制限されていること、終了後に4ヶ月の休薬期間が設けられていることも含めて、「ワーク」にならないような工夫が凝らされていますとはいえ、実際は色々な抜け道を駆使して治験ボランティア収入だけで暮らすことも不可能ではないようですが)。



国や業界がなぜ治験を純然たる「ワーク」にしなかったのか、してはいけないのか、というのは、セックスワークの「ワークとして成立することの困難」を考えるうえで、ひとつの手がかりになるかもしれません。治験については、おそらく行政にも医療従事者にも『①個人自己身体一時的相手使用させ、②相手の〈自己身体使用〉に伴う身体的・健康リスクを引き受けること、それ自体を商行為にしてはいけない』という感覚が強くあるのだと思います



このうち①は、みなさんご指摘のように、多くのセックスワーク業態に含まれている要素です。②は、本来セックスワーク現場から排除されているべきですが、現実には看過できない頻度で発生している要素です。しかも実際にリスク事象が起こったときには、その責はワーカー自身に帰されがちです。たとえば、ワーカーが性感染症感染したり、意図せぬ妊娠をしたとして、世の中で利用者管理監督者・ワーカーのうち誰を責める言説が多いかといえば、圧倒的に「風俗で働いてるワーカーの自業自得」という声だと思います(そしてそのことは、仮に売春周旋行為合法化されても変わることはないのではないかと思います)。これは、多くの人が「セックスに直接関わる行為には、どれだけ運用を工夫しても一定身体的・健康リスクが伴う」と理解していることの現れだとも言えます



セックスワークには利用者がやってよい行為」と「やってはいけない行為」の距離が極めて近いという特徴もあります性的に興奮している利用者は、意図して、あるいは意図せずに、その「やってよい行為」と「やってはいけない行為」を隔てている薄皮を破るかもしれません。いわゆる本番行為がある性風俗店派遣風俗では、その〈薄皮〉は0.02mm厚のコンドームだけかもしれません。あるいは、キス禁止にもかかわらず、抱きついているワーカーの顔をつかんでキスを迫ること。本番禁止にもかかわらず、素股というサービスを受けているときにワーカーの腰を掴んで挿入を試みること。おっパブで働くワーカーの乳首舐めるのではなく、噛むこと。「自己身体のもののへの直接のアクセス利用者許可している」という脆弱状態にあるので、利用者が予め設定したライン欲求や興奮とともにほんの少し踏み越えただけで、ワーカーの健康リスクに直結するという構造があります



建設業では現場建設従事者に健康診断結果の提出を義務付け、毎朝朝礼を行い、現場パトロール実施し、ヘルメット安全帯・安全靴・長袖服の着用を義務づけるなどして、そのワークに伴うリスク可能な限り抑制します。風俗業界では、店員ドライバー男性による様々な処罰(いわゆる「業界流儀」)によって、そのワークにともなうリスク可能な限り抑制します。この両者は、似ているようで違います建設業では、ワークの現場監視し、ワーカー自身を防護し、事故リスクを減少させ、事故時のダメージを最小化しています風俗業では、ワーカー自身利用者から防護することはできません(一時的身体へのアクセス権を利用者提供すること=ワーカーの身体利用者から防護しないこと自体が、サービスに含まれいるからです)。管理者がワークの現場監視し、利用者が「やってはいけない行為」に及ぶ瞬間に介入して中断させることもできません(処罰担当者は、実際の行為が行われている空間の外にいるからです)。



中規模以上の建設現場では、しばしばゼロ災の継続日数が掲示されていますが、店舗風俗では、しばしば出禁罰金などの制裁行為を受けた利用者たちの顔写真掲示されています代表的な「業界流儀」です)。これは、後者では、たとえ事後の処罰があっても禁止行為に及んでしま利用者一定数いること、そしてその行為被害を受けたワーカーも同数いることを表していますセックスワーク現場でワーカーがさらされる健康的・身体リスク抑制が「事後制裁」という形式しか行えず、それが現実抑制力として100%機能しているわけではないことは、セックスワーカー安全衛生の確保、そしてそれが大前提になるはずのセックスワークの「普通のワーク」化を困難にしている、重要な要因だと思っています



この追記追記ちょっと取り留めなくてすみませんが、治験という切り口から考えたことをつらつら書かせていただきました。

2020-08-12

anond:20200812173109

実装可能性とコストvulnerability考慮したアイデアが出せるって技術じゃないですかねぇ

2020-06-08

anond:20200608201202

性的消費という単語意味はよく分かりません。この言葉は、あまり英語圏では見ないため(日本語訳と原語がかけ離れているのかもしれません)、性的搾取以上によくわかりません。もしかしたら日本まれ言葉なのかもしれません。

一応、性的販促/Sex sells (女性、たまに男性、の性的魅力による商品ないしメッセージ等の販促)あるいはそれを是として推進する性的消費主義/Sexual consumerismなんて言葉もありますが、それでしょうかね?



せっかくなので、同じようによく使われる上、ある程度定義も見つかる性的搾取という言葉についても解説したいと思います

性的搾取/Sexual exploitationという言葉は、特に近年の乱用により様々な意味付与され、具体的な定義をすることは難しいです。

しかしながら、ある程度の基本ラインは維持されております



性的搾取基本的意味(基本形)は「他者の性を利用して(不当に)利益を得ること」です。ここでいう利益金銭のみを指すのではなく、性的満足なども含まれます

具体例を挙げますと、

強制的(騙したり、地位を利用したりすることも含まれる)に売春従事させる

強制的ポルノ従事させる、あるいは演者許可を得ずにそれを流通させる

リベンジポルノ

盗撮映像流出販売

児童売春、およびそれを保護者/監督者が看過、許可、ないし奨励する

児童ポルノ

などです。



基本形に対して搾取者の地位/立場濫用を加味する場合も多いです。「自身地位/立場濫用であって、他者の性を利用して利益を得ること」

多くの場合児童性的搾取/Child sexual exploitationにおいて地位立場意識されます。多くは保護者、少なくとも大人という、子供よりパワーのある存在によって、それが為されるからです。

その性質上、児童性的搾取児童虐待/Child abuseの一形態として扱われます

法的、国際的議論において性的搾取という場合、これを指すことが多いです。

具体例を挙げますと、

児童との性交

児童売春、およびそれを保護者/監督者が看過、許可、ないし奨励する

児童ポルノ

などです。



国連性的搾取という言葉意味定義しています

国連定義性的目的での(相手の)弱い立場、力の格差あるいは信頼の濫用行為またはその試みである他者性的搾取から金銭的、社会的または政治的利益を得ることも含まれるがこれに限定されるものではない。Any actual or attempted abuse of a position of vulnerability, differential power, or trust, for sexual purposes, including, but not limited to, threatening or profiting monetarily, socially or politically from the sexual exploitation of another.

後段は分かりにくいかもしれませんが、例えば児童売春場合あっせん行為もまた性的搾取になるということです。




上記の3つはかなり似通っていることがわかると思います。これらはある程度明文化された領域(法令や国際条例等)で用いられる定義なので、差が少ないのですね。

これらは主に実在人間に対して使われますが、児童ポルノ(二次)等も児童への性的搾取を推奨する物として規制されることがあります

ちなみに、話は変わりますアメリカにはExploitation fiction/filmという言葉があり、エログロドラッグ背徳系のB級作品に使われていました。




さて、上記定義日本ネット界隈でカジュアルに使われている性的搾取とは、どうも違うような印象を受けます

考えてみましょう。基本ラインはおそらく通底しています。「他者の性を利用して利益を得ること」でしょう。

エロい絵で、褒められたり、それを売って金銭利益を得る

性的表現で購買意欲を誘う

などです。

さらに付け加えるなら、アンチポルノフェミニスト的な観点悪魔合体しているように思われます

性的表現により女性蔑視を助長することで、家父長制というイデオロギーを存続させるという利益を得ている

・性産業従事者はすべて強制されている(本人が自分意志従事していると考えている場合でも)

・"性的"という言葉レンジが非常に広い(例えば、キャサリンマッキノンは女性が抑圧されている描写があればそれはポルノであると述べました)



まとめると、性的搾取定義の基本ライン踏襲しつつ、被搾取者を非実在存在にまで拡張させ、さらに"性的"および"強制"という言葉を非常に広くとったものが、日本ネット界隈でよく使われる"性的搾取"と言えるのではないでしょうか。

性的社会的あるいは政治的利益を得るための創作物(フィクション)中の表現であって、視聴者あるいは読者の主観に基づき"性的"である判断されたもの、およびそのような表現を含む一連の創作物



※これはあくまで私の考えた定義に過ぎず、私の観測範囲依存していることをここに記します。

2018-09-06

回復をどう考えるか

回復とは回復を続けること」と言われる。

鶴見俊輔の指摘するような、自分にとっての根源的な問いを問い続け、応答し続けることなのだろう。

鶴見俊輔は、生きることを通してその根源的な問いを生きることと、それを場当たりの適応問題にすり変えて生きることを分けている。

根源的な問いを生きることは、たとえば不登校になった当事者が、「不登校新聞」に関わり、自分インタビューしたい人をインタビューしていくことで、「正しい答え」を見つけ、そこに抵抗しなければならないと思っていた自分から解放されていくといったようなことに現れていると思う。彼はその後編集長になり、自分と同じように当事者インタビュアーを育てている。

どうしようもない生きづらさや圧迫があり、そこから抜け出ていくためには、彼は「自分がどうして生きるのか」という根源的な問いに応答して生きる必要があった。そしてその問いへの向き合いは、彼に逆に強みをつくり、彼自身が生きていく力を増大させ、やがては彼と同じような苦労を抱える人たちに一つの回復の道のりを提供することになった。

不登校新聞編集長に聞く。挫折から始まる「私」の人生について

https://www.huffingtonpost.jp/bamp/not-going-to-school_a_23515108/

鶴見は以下のように言う。

自分の傷ついた部分に根ざす能力が、追い詰められた状況で力をあらわす。自覚された自分の弱み(ヴァルネラビリティvulnerability)にうらうちされた力が、自分にとってたよりにできるものである。正しさの上に正しさをつみあげるという仕方で、人はどのように成長できるだろうか。生まれから育ってくるあいだに、自分のうけた傷、自分おかしたまちがいが、私にとってはこれまでの自分の道をきりひらく力になってきた。 鶴見俊輔教育定義への試み』

一方、誰もが根源的な問いを「生きねばならないのか」と考えてみたとき、向き合いをした人はそれに相当する強い生きづらさの圧迫があって、そうせざるを得なかったという側面を無視できないように思う。誰もが根源的な問いにつながれるわけではない。「順調」に生きれば生きられるほど、根源的な問いの力を利用するよりも、その場の適応を優先するほうが生きやすい。

根源的な問いまで追い詰められるということは、世間一般的には「恵まれない」ことであるし、そこから抜け出ることは保証されていない。途中で力つき、倒れる人もいる。

根源的な問いを問うて生きることは、あるべき姿なのではなく、そのような状況に追い込まれた人が自分を救っていく手段としてあるのだと思う。

自分とは過程を生きる存在であり、世界社会を変えられなくても、ある地点からある地点までどのように向かうかというあり方を選ぶ可能性は残されている。

2018-07-09

医療関係者モラル 看護師患者関係

https://anond.hatelabo.jp/20180709065932

の続き。


職業倫理 看護師患者関係の基本

なぜ、看護師などの医療従事者のモラル問題となり、医療従事者の中で「看護師特別」という自意識を持つものが多いのだろうか。基本となる看護師患者関係を見てみよう。基本的大前提として、患者医療者の関係は対等ではない。

 欧米での看護師に関する看護倫理を見てみる。

Boundaries and the Nurse-Client Relationship:

Keeping it Safe and Therapeutic

Guidelines for Registered Nurses

Power

The nurse-client relationship is one of unequal power, resulting from clients’ dependence on the services provided by nurses, as well as nurses’ unique knowledge, authority within the healthcare system, access to privileged information about clients, and ability to influence decisions (CRMN, 2007). This power imbalance can place clients in a position of vulnerability and potential abuse if trust in the nurse-client relationship is not respected. It is the nurse’s responsibility to recognize this imbalance of power and to be aware of the potential for clients to feel intimidated and/or dependent (CRNBC, 2006).

Intimacy

Nursing practice, by its very nature, can create an atmosphere of physical, emotional,

and psychological intimacy that can, in turn, increase the vulnerability of clients.

http://crnns.ca/wp-content/uploads/2015/02/ProfessionalBoundaries2012.pdf

 要約すると、「患者」対「看護師」という時点で不公平な力関係が生じ、患者看護師に対し脆弱で言いなりにされるがままの弱い立場に置かれる。看護師がその職業的立場自覚せずに軽視すると、患者潜在的虐待搾取対象となる。その不均衡は、患者看護師提供するサービス依存し、看護師の専門知識医療機関における権限患者個人の秘匿情報に触れる立場、そして患者決断を左右させうる立場などから来る。

 また、看護という仕事特性上、患者に対して密の肉体的、精神的、感情的な親密さという雰囲気を醸成するが、これは同時に患者脆弱性を増長させてしまう。

 この潜在的権力の乱用につながる力関係の不均衡と職業的立場認識し、患者を萎縮させてしまうように感じさせたり、依存させるようなこと、または弱い立場に付け入るようなことにならないように注意するのは看護師責任である

 医療を受ける患者の弱みに付け入ったり、看護師立場上得られる力を乱用しない、というのが患者看護師の間における信頼関係の基本となる。

 と、このように欧米での基本的教育看護指針では、これ以上ないくらいはっきりと明記している。

 しかし驚くべきことに日本における看護教育の課程や臨床現場のみならず、看護協会にも学会にもこの観点から指摘した具体的な倫理規範も指針・ガイドラインも一切存在しない。日本では臨床の看護師も当然、誰一人知らない。


 つまり看護師達は、権力を乱用したり弱みに付け込んでいる、という事すら、認識しないで、乱用しまくっている状態が多いのだ。態度の悪い、タメ口を平気で使う若い看護師を見れば分かる話だ。

 さらに、

https://anond.hatelabo.jp/20180709055614

でも触れたように、医療従事するものは、『患者の命は自分が握っている』と思い込む傾向が強い事が明らかになっている。殺人をして逃げおおせたシリアルキラーが神に近い万能感を感じるという例に似て、医療者は勘違いやすいのだ。


 そして、

https://anond.hatelabo.jp/20180709065932

でも触れたように、日弁連も指摘しているように、

ところが,我が国には,このような基本的人権である患者権利を定めた法律がない。・・・そのような中で,今日我が国医療は様々な場面において多くの重大な課題を抱え,患者権利が十分に保障されていない状況にある。...ところが,いまだ,患者権利に関する法律は制定されていない。

 看護師を取り巻くモラル問題は、エイジズム、共依存パターナリズムと幅広く、根深い。

にも拘わらず、

https://anond.hatelabo.jp/20180709065932

でも明らかにしたように、患者一般はもとより、日本看護界においては無教育無知蔓延していると言ってよいだろう。

補足

https://anond.hatelabo.jp/20180709203858

参考

https://anond.hatelabo.jp/20180709220712

2015-11-12

参考訳:拡散したJavaシリアル化の脆弱性についてApache Commons声明

原文:https://blogs.apache.org/foundation/entry/apache_commons_statement_to_widespread

原題Apache Commons statement to widespread Java object de-serialisation vulnerability

翻訳日:2015年11月12日(午後にタイトル日本語しました)

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2015年11月1日 火曜日

Apache CommonsJavaオブジェクトのデシリアライゼーション脆弱性に関するステートメント

著者:Bernd Eckenfels(コミッター), Gary Gregory(Apache Commons副責任者)


AppSecCali2015 でGabriel Lawrence (@gebl) と Chris Frohoff (@frohoff) によって発表された "Marshalling Pickles - how deserializing objects will ruin your day" は、信頼されないソースからシリアル化されたオブジェクトを受け取るときセキュリティ問題をいくつか明らかにしました。主な発見は、Java オブジェクトシリアライゼーション(訳注:seriarization/シリアル化/直列化=ネットワークで送受信できるようにメモリ上のオブジェクトデータバイト列で吐き出すこと。シリアル化されたJava オブジェクトRMIなどのリモート通信プロトコル使用される。)を使用する際に任意Java関数の実行や操作されたバイトコードの挿入さえもを行う方法説明です。


Frohoff氏のツールである ysoserial を使って、Foxglove Security社のStephen Breen (@breenmachine) 氏はWebSphereJBossJenkinsWebLogic、OpenNMSといった様々な製品調査し、(http://foxglovesecurity.com/2015/11/06/what-do-weblogic-websphere-jboss-jenkins-opennms-and-your-application-have-in-common-this-vulnerability/) に各々の様々な攻撃シナリオ記述しています

両者の調査活動は、開発者Javaオブジェクトシリアライゼーションに信頼を置きすぎていることを示しています認証前のシリアル化されていないオブジェクトにも。

Javaにおけるオブジェクトのデシリアライゼーション(訳注:de-serialization/非直列化=ソフトウェアで扱うことができるように、送受信されたデータを元に戻すこと)が行われるとき、大抵は想定された型にキャストされ、それによって、Javaの厳しい型のシステムが、得られた有効オブジェクトツリーだけを保証しています

不幸にも、型のチェックが起こるまでの間に既にプラットホームコードが生成されて、重要ロジックは実行されてしまっています。そのため、最終的な型がチェックされる前に、開発者コントロールを離れた多くのコードが様々なオブジェクトの readObject() メソッドを通じて実行されてしまます脆弱性のあるアプリケーションクラスパスから得られるクラスの readObject() メソッドを組み合わせることで、攻撃者は(ローカルOSコマンドを実行するRuntime.exec()の呼び出しを含めて)機能を実行することができます

これに対する最も良い防御は、信頼されていないピア通信相手)とは複雑なシリアルプロトコルを使うことを避けることです。ホワイトリストアプローチ http://www.ibm.com/developerworks/library/se-lookahead/実装するように resolveClass をオーバーライドするカスタム版の ObjectInputStream を使うと、影響を制限することができますしかしながら、これは常にできることではなく、フレームワークアプリケーションサーバがエンドポイント提供しているような時にはできません。簡単な修正方法がなく、アプリケーションクライアントサーバプロトコルアーキテクチャを再検討する必要があるため、これはかなり悪いニュースです。

これらのかなり不幸な状況において、エクスプロイトのサンプルが見つかっています。Frohoff氏は、 Groovy ランタイムSpringフレームワークApache Commons コレクションからクラスを組み合わせるサンプルのペイロードに gadget chains (ガジェット・チェーン)を見つけています(訳注:provided)。これはこの脆弱性エクスプロイトのためにより多くのクラスを組み合わせられることは完全に確実なことで、しかし、これらは今日攻撃者が簡単に得られるチェーンです。

(Twitter画像)https://blogs.apache.org/foundation/mediaresource/ce15e57e-94a4-4d7b-914c-8eb8f026659c

この脆弱性のために利用される(訳注:blamed)ことができない確かな機能実装するクラスができ、安全性が信用できないコンテキストにおけるシリアル化を利用されないようにするような既知のケースの修正ができたとしても、少なくとも分かったケースだけでも継続的修正していくことが要求されますモグラ叩きゲームを始めるだけであるかも知れませんが。実際にはこれは、オリジナルチームが Apache Commons チームに警告が必要だと考えていない理由で、それゆえに比較的、活動開始が遅れました。

Apache Commons チームは InvokerTransformer クラスのでデシリアライゼーションを無効化することによって commons-collection の 3.2 と 4.0 のブランチにおける問題対処するために、チケット COLLECTION-580(http://svn.apache.org/viewvc/commons/proper/collections/branches/COLLECTIONS_3_2_X/src/java/org/apache/commons/collections/functors/InvokerTransformer.java?r1=1713136&r2=1713307&pathrev=1713307&diff_format=h) を使っています議論されているやるべきことのアイテムは、変化させる仕組み毎(per-transformer basis)に、プログラマティックに有効にするような機能提供するかどうかです。

これには前例がありますOracle と OpenJDK JRE の一部であったり、バイトコードを挿入して実行することを許したりする com.sun.org.apache.xalan.internal.xsltc.trax.TemplatesImpl クラスで、セキュリティマネージャー定義されているとデシリアライゼーションを拒否します。

これはシステムプロパティ jdk.xml.enableTemplatesImplDeserialization=true とすることで無効にできますApache Commons Collection は、本来よりもこの実行モデルは一般化していないため、セキュリティマネージャー存在独立したこの機能無効化することを計画しています

しかしながら、明確化のために述べておくと、この便利な"ガジェット"は、唯一知られている方法でもなければ、特に未知のものでもありません。そのため、インストールされたものを強化されたバージョンApache Commons Collection に置き換えることが、アプリケーションをこの脆弱性に対抗できるようにするわけではありません。

このブログポストレビューのために Gabriel Lawrence に感謝したいと思います

Apache Commons Collection は、Java コレクションフレームワークに加えて追加のコレクションクラス提供する Java ライブラリです。InvokerTransformerコレクションにあるオブジェクトを(特にリフレクション呼び出しを通じてメソッドを呼び出すことで)変換するために使うことができる Transformer ファンクションインターフェース実装の一つです。

一般のSallyによる2015年11月10日午前10字15分にポスト | コメント[1]

コメント

OracleWeblogicセキュリティアラートを発行しています

http://www.oracle.com/technetwork/topics/security/alert-cve-2015-4852-2763333.html?evite=WWSU12091612MPP001

提供されている回避策は、T3プロトコルへのアクセス(とリバースプロキシーにおけるT3メソッドフィルタリング)です。

2015-03-25

Android Installer Hijacking Vulnerability

仕組みがわりと凝ってて面白い

http://researchcenter.paloaltonetworks.com/2015/03/android-installer-hijacking-vulnerability-could-expose-android-users-to-malware/

  1. マルウェア作者はまず、SD読み書きとインターネットアクセス権限くらいしかない「権限的には無害っぽい」アプリAを作成し、アプリストア等に上げて被害者インストールさせる (アプリAそのもの無害だこの時点では直接的な被害を及ぼさなし、Google Play での配信でもよい)
  2. 実はこのアプリAは、PackageInstaller の監視をしている。(rooted 端末であれば logcat を見る、そうでなければ /sdcard などの、3rdアプリストアが .apk一時的に置くディレクトリ監視)
  3. 被害者は、1. の作者とは関係のない、全く問題のない野良アプリBをインストールしようとする。この時、アプリBは /sdcard などにいったんダウンロードされ、それを PackageInstaller が読み取って、権限確認等のダイアログを出す。
  4. ここでアプリA は PackageInstallerActivity を検知し、/sdcard に一時的に置かれた「アプリB.apk」を、マルウェアに置き換えてしまう!(ネット越しにダウンロードしてきて上書きしてしまうか、あるいはアプリAに内包されていたマルウェアを取り出し、上書きする)
  5. 被害者が「ふんふんパーミッション問題ないしオッケー!」と思ってインストールボタンを押すと、4. で上書きされたマルウェアを知らないうちにインストールしてしまう!

要するに PackageInstaller が権限チェックするタイミングと、実際にインストールするタイミングの間に、対象の .apk を置き換えてしまうという手法となります。(Google Play ストアからインストール場合は、一時的な .apk は /sdcard などではなく端末内のセキュアな場所に置かれるために、書き換えることができません。)


また Android 4.3 以降は、権限チェック時に AndroidManifest.xmlチェックサムを記録しておき、インストール時にももう一度それを確認するように PackageInstaller が修正されているようです。(一部のベンダの端末では 4.3 でもこのチェックをしていないので脆弱性の影響を受ける)


さらには、4.4 以降であれば、上記のチェックサム確認の他に、そもそもアプリ自由に /sdcard を書き換えることができなくなっているので、.apk を書き換えること自体ができなくなっていますね。


ユーザにできる自衛策としては、Google Play からのみアプリインストールする、といったところでしょうか。

あるいは、/data/local/tmp はアプリからは書き換え可能でしたっけ?

できないのであれば、PC で .apk ファイルダウンロードしたのち、adb install でインストールする、という手もありなのかな。



あ、ちなみに Amazonアプリストアアプリ (ややこしいな) は既にこの問題対処しているようなので、Amazonアプリストアは安心して利用しても大丈夫かと思います


[※2015/03/26 トラバブコメでの指摘に合わせて少々書き直しました]

2014-08-05

オボの人

サークラの究極進化形ということで歴史に名を残すレベルになってしまった

理系組織童貞力の高さによるvulnerabilityに関しては本当に何か対策必要なんじゃないか

2011-12-28

Summer scenery to take pictures of small skills

Undesirable cameras benefits us many 100 % satisfaction, leading to numerous spectacular images, as well as the hot months is operating relating to dependable summertime. This specific classmate through break free will be able to figure out any tons in addition to waterways, downtown along with far-away beautiful gardening, and yet may these pure attractiveness to become a memento playing hit decrease, apart from skin color boil due to the high-end digicam purpose, a great deal more simple could be to evaluation whatever taking pictures competency as well as having photos. The amount, smaller try to make your work latest many of the summer season harvesting powerful see to it, typically the classmate need to next image have a go through, you become this confidently unexpected wonder.

Digital cameras would bring us lots of enjoyment, leaving a myriad of unique images, and summertime is journeying in wonderful summer season. The classmate throughout the getaway can recognize that reams together with estuaries and rivers, metropolitan and also countryside attractive panoramas, yet take place all these charm being a memento opportunity straight down, together with steam as a result of a camcorder operation, a lot more crucial is usually to examine ones own taking functionality and also taking photographs. That period, the little generate your choice have quite a few summer months firing effective be mindful, the particular classmate may as well within the next snapshot have a shot at, you will get the particular total surprising stun.

Household landscapes

By out of doors firing indoors panoramas, basic will need throughout the Windows 7, out-of-doors mild typically currently have more substantial indoors light-weight, now a couple of challenges ought to be sorted out, is the particular coverage time frame, a couple of it truly is in order to avoid a display reflective, when pics of any camera through hands-on management operate, might take number of years coverage setting up, when photographic camera goes so that you can twit style, can easily will likely be ISO level of sensitivity Surroundings bump up, this ISO 2 hundred or perhaps ISO six hundred aiming.

Inside panorama 's best golf shot employing a tripod, in any other case, wants a spot to guide, one example is in opposition to any divider and entry, and even the true reason for executing it is because very long coverage is quite effortless construct any digital camera protein shake, producing photographs regarding fluffy envision. It's best to utilize the shutter launch, or perhaps utilize to get center-weighted avoiding relocate a video camera. Notice: except if absolutely necessary, tend not to available the particular pen, stay clear of a lot more reflective.

Out-of-doors landscapes

Bring that landscape designs from the probability with the photo may well schedule some individuals or even factors, and this also may help the room inside the operation of your view photos. Get a large surfaces area photos, as an example the veranda as well as the roof top, hillside, for example. Typically inside the mid-day is without a doubt the most suitable time frame filming this landscapes. Filming, having a polarizer to adjust a illumination with the stars, produce the particular heavens develop into dreary quite a few, well known from the glowing blue stars the white kind of fog up, as a way to boost the space or room repeatedly.

Several virtually no guidebook vulnerability management of any camera together with location form, as well as the landscape designs way is completely features on the list of manner, you are able to use landscape designs way to adopt shots. Together with handbook vulnerability restrain photographic camera might opt for aperture goal option that will movie, aperture to help acquired far better pick out F8 to help you photograph or maybe F11, this photo will be extra management concentrations senses.

houses

The particular modify on the urban center is without a doubt switching, specifically together with a lot of approach large establishing intended for symbolize, and also this are at recent many portrait digital photography buffs including firing template.

Yet typical photographic camera through simply how much suitable container distortion, hence as a way to make an effort to reduce the photograph of your deformation belonging to the accumulating " up ", thus you ought to pick around substantial thoughts and opinions filming. One example is inside the steps, or perhaps some other might help the beliefs with area. If you fail to find the correct destination for a reside, you can from the again, clear of the particular lead entity to cut back a distortion. Maybe you've employed the greatest wide-angle standard zoom lens. Vivid stars will be able to replace with a developing with the darkish. Having a polarizer to cut back or perhaps wipe out construction with reflective a glass. In addition to, certainly, consume an excellent know with the can make one of a kind imaginative results.

mineral water

Firing apply or maybe a aerosol in waters, incorporate the use of part mild and also backlight try to make waters intended for introducing see through pattern. Several novices all of coveted by a really "splash with photos, in truth, I am able to effortlessly applied for, so the hurrying h2o glance alot more downy, have got a form of passionate blur. Shutter possibly inside 1/10 so that you can 1/6 erinarians regulate might get move cosmetic perception for splash pics.

At night and also night time

Local plumber to be able to sunset taking scenario regarding is usually 15-30 moments, next the stars always possess some colouring failed to ends. As a way to raise the graphic with the amount with subject, can easily on the ending with the passage and also uncover several regarding an individual's special world. It is as well the location where the tripod on has to be, commonly programmed coverage is definitely o . k ., yet you should attempt to utilize hands-on visibility, and also the employment of the particular shutter put out restrain taking, respectively for 2, 5, 8, 12 and also of sixteen secs shutter tempo so that you can capture some photo contrast.

Needless to say now and again continue to are able to use ISO200 to help you photograph, yet so that you can be aware of an electronic camcorder with disturbance handle is normally adequate, when pixels will be overweight, or maybe together with ISO100 contrasting by using base style to help motion picture.

In truth firing night time scenarios, at times to be able to as well do not require that filming with step-by-step developing oh, this streets these kinds of, a small amount convert tips plus aiming design and style, might get the result of experiencing a specialized pattern.



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2011-08-25

バルネラたん

私の名前はバルネラ。



私はどこにでもいる。

パソコン携帯電話テレビコーヒーメーカー

あなたの周りにもきっとたくさんの私がいる。



でも私はその存在を許されない。

普段はひっそりと陰に隠れているけれど、

見つかったが最後、消されてしま運命



今度もまた、"あぱっち" に隠れていた私が見つかった。

私が "あぱっち" の中にいるというニュース世界中に広まって、

2~3日もすれば私は消されてしまう。



だけどそれでいい、

見つかってしまった私はたくさんの人に迷惑をかける。

からはいつづけてはいけない、消えなければならない。



"あぱっち" の中の私はもうすぐ消えてしまうけど、

それはたくさんの私の中のほんのひとつ

まだまだ見つかっていない私はいっぱいいっぱいいる。



から、もっともっと私を見つけて、そして消して。

だって私は見つかって、

そして消えるためだけにいるのだから



つの日かぜんぶの私が消えるときがくるのかな?



今日明日もあさっても、

私はずっと待ちつづける。

その瞬間が来るのを、ただじっと。





脆弱性vulnerability】 (バルネラビリティ)

コンピュータネットワークなどの情報システムにおいて、第三者が保安上の脅威となる行為(システムの乗っ取りや機密情報漏洩など)に利用できる可能性のあるシステム上の欠陥や仕様上の問題点

( http://e-words.jp/w/E88486E5BCB1E680A7.html より)

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