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ジョナサン・フランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代を代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスター・グローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会と学校と仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナで青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロと戦後型住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険や窒素肥料や除草剤を売り、近くのシャンペーン=アーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税を徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。
二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイ、ハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である。
二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学の曖昧な遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルドの時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである。
しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。
フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統的リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミン・カンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話、心理描写、三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造、脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズムの系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家の書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。
しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年の評論「Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。
「私たちの関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」
そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別を提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。
二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っからの自己愛的な嫌な奴だった――というのである。
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もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学的友情の総決算とも言える作品になっている。
フランゼンは、自分とウォレスの関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まりは1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである。
実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存の問題を抱えていたのである。
実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。
私はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。
一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。
それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。
1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大な評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、
「芸術をほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章」
だと高く評価した。
同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。
彼は言う。
あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものだからだ。
その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である。
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しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。
フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争のルールを破るものだった。
彼はこう書く。
「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴが自殺してしまった。
『おい、本当にそんなことをするのか?
それは反則だろう。』
と思った。」
二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、
「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」
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『Farther Away』は複数のテーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。
その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。
フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。
ある時ウォレスは恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分の勃起した性器の輪郭を描いたという。
さらにフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。
ある日二人がカリフォルニア州スティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、
「すごい鳥だ」
ウォレスは礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。
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そしてフランゼンは、ウォレスの自殺そのものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレスは抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分が永久に病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で自殺した」と書く。
もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺をキャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。
もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初は否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。
『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。
しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカを代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評だからである。フランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分の文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。
その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。
それまでウォレスについて論じる人々は、「作品と自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレスの小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのである。しかしフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しかも意図的に。
理由は明確だった。彼は、ウォレスの生き方そのものが、彼の小説を理解する鍵だと考えていたからである。
フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。
もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者は自己の小説を書く。
この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである。
その主張とは、「私たちの人生に意味を与える最も重要なものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレスの小説世界には存在しない」ということだ。
しかしフランゼンは、単に「ウォレスの小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。
「自己の小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。
フランゼンは、ウォレスの作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験的モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察の系譜へと位置づける。そして、ウォレスが現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。
長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨な自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。
フランゼン自身の言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟が必要だ、と彼は暗に語っている。
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一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己の小説」には別の選択肢があることを示すためだ。
フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。
だから彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである。
この議論は不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要な前進があった。
それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正面から論じたことである。
これまで二人の違いは、リアリズムかポストモダニズムか。文体の違いか。実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかしフランゼンは、問題はそこではないと言う。
本当の違いとは、読者にどのような価値観を提示し、どのような人生を目指すよう促しているか、なのだ。
つまり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである。
ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身の哲学とは何なのか。
では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。
『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係」である。
確かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人と国家との関係。
しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。
フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係に理想を抱いた男が、その理想を現実によって少しずつ失っていく、という物語である。
彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しかし最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というものの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。
デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティン・プロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しかし物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。
第二作『Strong Motion』でも同じである。主人公ルイス・ホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。
https://firstthings.com/david-foster-wallace-to-the-rescue/
自殺について語るのはやめよう。デイヴィッド・フォスター・ウォレスを「文学界のカート・コバーン」へと還元し、その自己破滅をロマン化するような小さな産業に加担するのはやめよう。ウォレスの作品には、自殺者や依存症者、そして「セラピー株式会社」の患者たちが数多く登場する。そのため、彼の死後には、作品全体を自伝として読み、依存症や自殺願望を抱える登場人物をすべて、後知恵による彼自身の肖像画として解釈したくなる誘惑があまりにも強い。
だが、昔ながらの保守的な批判を繰り返すのもやめよう。確かにウォレスは、批評家たちが嫌うことを好んだ作家だった。たとえばディケンズこそ小説の頂点だと考える人なら、ウォレスの散文に漂う重苦しい自己意識や、延々と続く「メタ」な遊びにうんざりするのも無理はない。
ジェイムズ・ウッドは、現代後期の口語表現を模倣したウォレスの自由間接話法を前にして、「ひどく醜く、二、三ページ以上読むのは苦痛だ」と評している。そしてさらに痛烈なのは、ウォレスの「腐敗した言語」は、結局のところアップダイクの過剰に装飾された文体の鏡像にすぎない、と論じている点だ(これはウォレス自身がアップダイクを主として倫理的な理由から批判していたことを考えると、なおさら痛烈である)。
ウッドによれば、アップダイクは「美学主義(作者が前面に出すぎる)」の典型であり、一方ウォレスは「反美学主義(登場人物だけがすべて)」の典型だ。しかし両者とも、結局は同じ種類の美学主義であり、その本質は「文体の懸命な誇示」にあるという。
要するに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスとは、「理論」が「小説」を振り回してしまった結果なのである。
しかし、ウォレスを誤解する方法はほかにも数多くある。その典型が、彼のポストモダン的な遊戯性や自己言及性を、道徳性を欠いたシニシズム、あるいはニヒリズムそのものと混同することだ。ヒューバート・ドレイファスとショーン・ドランス・ケリーは、そのような読みを『All Things Shining』で展開している。
ウォレス初の伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』で、D・T・マックスは、ポストモダン的な聖人伝にも、保守派の切り捨てにも、ニヒリストという決めつけにも陥ることなく、見事にそのどれも回避している。彼は丹念な調査を通じて、ウォレスは決してニヒリストではなく、むしろ非常に複雑な種類のモラリストだったことを示している。
芸術的には決して保守的ではなかったものの、ウォレスは、現代後期における文学の使命とは、自分がしばしば誤解されてきた皮肉なニヒリズムそのものに対抗することだと確信するようになった。彼にとって小説家とは放火犯ではなく、消防士であるべきだった。
この伝記から浮かび上がるウォレス像は、ポストモダン文学の中から現れた奇妙な生き物――道徳的保守主義者――である。実際、マックスは後年のウォレスを「バーク的(Burkean)」な文化保守主義者だったとインタビューで語っている。(レーガンに投票したMFA〈創作修士課程〉の教授を、あなたは何人知っているだろうか。)
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ウォレスは、ドナルド・バーセルミやトマス・ピンチョンの正統な後継者だった。初期作品は、彼らのいわゆる「ポストモダン」的プロジェクトをさらに推し進めたものだった。(マックスによれば、「バーセルミを読んだとき、ウォレスは初めて文学の中で『カチッ』という手応えを感じた」という。)
その狙いは、物語を語る仕組みそのものを暴き、内部から解体するような文学を書くことだった。たとえば、夜のニュース番組が最後にカメラを引き、ニュースキャスターの向こう側にあるスタジオ全体を映し出して、「これは作られた舞台装置にすぎません」と種明かしをするようなものだ。そうした作品には、自己反省がプレッツェルのように幾重にもねじれ込んでいる。
そのため、最初の長編『The Broom of the System』は、アマースト大学時代の卒業論文をもとに書かれた作品であり、ウィトゲンシュタインの影響をこれ以上ないほど露骨に示した、理論色の濃い小説となっている。
続く短編集『Girl with Curious Hair』には、中編小説が収められている。これはアリゾナ大学の創作修士課程在学中に書かれたもので、東海岸の創作プログラムに所属する若い作家志望者たちを描いている。彼らはMFA制度そのものの舞台裏を暴きながら、ジョン・バースやバーセルミという父親世代の影響から逃れようとし、「父殺し」に夢中になっている。だいたい雰囲気は伝わるだろう。
「デイヴ」が本当の意味で「デイヴィッド・フォスター・ウォレス」になったのは、『Infinite Jest』という予想外の大成功によってだった。
全1100ページに及ぶこの非線形の巨大叙事詩には、およそ100ページもの脚注が付いているが、それらは単なる付録ではなく、本編を理解するために欠かせない。この小説は、近未来の北アメリカが「北米国家機構(Organization of North American Nations)」、略して O.N.A.N.(もちろんウォレスらしい言葉遊びである)へと再編された世界を舞台にしている。
そこでは、「車椅子暗殺団」というケベック独立派テロ組織のようなレジスタンスも活動しており、ウォレスは物語の中に政治的な筋書きを巧みに織り込んでいる。
しかし、マーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』や『洪水の年』にも通じるように、この世界では国家そのものが巨大企業に圧倒されてしまっている。
「ワッパーの年」
この意味で、ウォレスはモダニズムの問題意識をさらに徹底させた作家だった。消費社会が人間に与える影響を、具体的な商品名まで使って執拗に描き出している。これは、「時代を超越した普遍性」を目指した古典文学ではむしろ禁じ手だったやり方である。
消費主義の影響は、この世界全体を覆う「気晴らし(distraction)」という生き方の一部でもある。
その象徴が、『Infinite Jest』という小説の中に登場する映画『Infinite Jest』だ。
この映画はあまりにも面白いため、一度見た人間はその娯楽から離れられなくなり、人間として普通に生活する意欲さえ失ってしまう。「エンターテインメント」に完全に飲み込まれてしまうのである。(だからこそ車椅子暗殺団は、この映画をテロ兵器として手に入れようとする。)
この映画を制作したのはジェームズ・インカンデンザ。その妻エイヴリルと、息子ハル、オリン、マリオから成る一家が、小説の三つの主要な舞台を結びつけている。
一つはツーソン周辺(ウォレス自身がMFA時代を過ごした土地)。
そして三つ目が、ボストン郊外にあるエンフィールド・テニス・アカデミーである。ここは、ウォレス自身が哲学博士課程に進学したハーバード大学とも重なる土地であり、その後リハビリ施設へ入所することになる人生とも響き合っている。
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『Infinite Jest』は、読みながら終始にやりとさせられるような小説である。
その巧妙さは、人によっては魅力的に映り、人によっては鼻につくかもしれない。(ちなみに合衆国最高裁判事だったアントニン・スカリアもこの小説の愛読者だったという。世の中わからないものである。)
現代の「わかっている」感覚、つまりアイロニカルで、何事にもウインクしながら距離を取るようなヒップスター文化は、この種の作品を好む傾向がある。
その意味では、『Infinite Jest』はトム・ウルフのような「文化人類学としての小説」とも共通する部分を持っている。
つまり、この作品はポストモダン社会の民族誌(エスノグラフィー)なのである。
時間も空間も商業主義によって組み替えられた社会を精密に描き出す一方で、パスカル的な意味において、人間を気晴らしや娯楽が支配し、本当に重要なものが押し流されてしまう危険も見抜いている。
マックスが正しく指摘しているように、『Infinite Jest』はインターネットが社会を支配する以前、1996年に出版された。しかし、その先見性は後になってはじめて明らかになった。
「文化が逸話と短い断片(サウンドバイト)へと崩壊していく中で、その変化を予見し、さらには読者をその変化へ備えさせた数少ない本の一つが『Infinite Jest』だった。」
「逆説的だが、ウェブの登場によって『Infinite Jest』は以前より読みやすい本になった。」
『Infinite Jest』は、一つの世代の感覚をあまりにも正確に言い当てたことで、多くの読者の心をつかんだ。
とりわけ私の世代――1990年代半ばに大学へ進学し、子ども時代にMTVが誕生し、大学時代にインターネットが急速に広がるのを目撃した世代――には強く響いた。
語り手は、自己意識の牢獄や、無限の可能性ゆえの倦怠感に閉じ込められている私たちに深く共感しているように思える。そして、その向こう側から、不器用ながらも別の生き方へ手招きしているようにも感じられる。
ウォレスは、私たちが囚われていることを描くだけでは終わらない。その外へ出る道も、ほのめかさずにはいられなかった。
薬物依存と絶望に満ちた『Infinite Jest』の世界でありながら、読者はなお、そこに「愛」のようなものを感じ取るのである。
この見方は私だけではない。
ウォレスの親友の一人だったジョナサン・フランゼンも、2011年に『ニューヨーカー』へ寄せた追悼エッセイ「Farther Away」で、ほぼ同じことを書いている。
フランゼンはまず、ウォレス作品において「愛」が驚くほど欠けていることを指摘する。
「私たちの多くにとって人生の意味の土台となっている親密で愛情ある関係は、ウォレスの小説世界ではほとんど存在しない。」
しかし、その一方で彼はこう続ける。
「にもかかわらず、ウォレス作品について奇妙なのは、熱心な読者ほど、読んでいるあいだ『自分は理解されている』『慰められている』『愛されている』と感じることだ。」
私は、このことこそ『Infinite Jest』がこれほど強く受け入れられた理由の一つだと思う。
読者がウォレスの率直さや脆さに触れて愛されていると感じるだけではない。
ウォレス自身もまた、依存症や欠点にまみれた登場人物たちを愛していたのではないだろうか。
そして、この点こそが、ウォレスとフランゼンを決定的に分ける違いなのだと私は考えている。
二人はしばしば同じ「ポストモダン作家」として並べて語られる。
極端な自己意識、メタフィクション、アイロニカルな距離感――そうした特徴は共通しているように見える。
フランゼンは最終的に、比較的まっすぐなリアリズムの語りへ落ち着いた。
私がそのことを最初に強く感じたのは、『Freedom』を読んだときだった。
あれは見事な小説ではある。しかし読者は登場人物たちに心から共感することが難しい。
なぜなら、フランゼン自身もまた、彼らをそれほど愛していないように思えるからだ。
それに対してウォレスは、ポストモダン的な形式主義者であり続け、さまざまな技巧や仕掛けを惜しみなく使った。
しかし、その技巧の奥から立ち上がってくるものはシニシズムではない。
むしろ、壊れてしまった人々の世界への深い理解と繊細な共感――ひょっとすると、それは「愛」と呼ぶべきものなのである。
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しかし、そのことは、伝統主義への回帰や、昔ながらの文体への逆戻りを意味してはいなかった。ポストモダニズムの「遊び」は障害ではなく入口であり、「メタ」的な自己言及性は障壁ではなく、新しい誠実さへ通じる通路だったのである。
それは現代の絶望から目を背け、砂に頭を突っ込むような態度ではない。むしろ、ポール・リクールのいう「第二の素朴さ(second naïveté)」に近いものだった。
もちろん、それは文体の後退を意味しなかった。だからこそマックスは、ウォレスの苦境をこう要約している。
「革新的な文体を用いて、保守的な小説の目的を果たすにはどうすればよいか。」
『ニューヨーク・タイムズ』の批評家A・O・スコットが指摘したように、ウォレスは両方を同時に望んでいた。つまり、「機知に富んだ文章を書くことで、機知ばかりがもてはやされる世界に対して誠実さの優位を主張する」という、いささか危うい戦略を採っていたのである。
しかしマックスは、ウォレスが「小説とは何のためにあるのか」という理解そのものにおいて経験した、一種の回心を丁寧に記録している。
「ウォレスは昔から曖昧さより確実さを、漸進主義より情熱を好んでいた。そして今や彼は、完全に『誠実さ』の使徒となった。」
彼は、かつての自分自身のような人間を決して許さなかった。また、自分が昔そうだったと感じる作家にも容赦しなかった。
作家スティーブ・ムーアが、自分の新作小説を「皮肉に満ちた90年代にぴったりの、シニカルな世界観を持つ作品」と紹介してウォレスへ送ったとき、ウォレスはこう返事を書いた。
「それは『燃え盛る家にぴったりの灯油入り消火器です』と言っているようなものだ。」
先ほども述べたように、ウォレスにとって小説家とは放火犯ではなく消防士であるべきだった。
そのため、彼の文章を特徴づける言語的な花火のような技巧と並行して、新しい責任感と真剣さが現れる。
これは決して矛盾ではない。
つまり、「ウォレスは小説の道徳的理想を掲げながらも、その文体だけは依然としてニヒリズムのままだった」という話ではない。
私たちは、「型破りな文体=非道徳的」という思い込みそのものを退けなければならない。
むしろウォレスの独特な文章は、その誠実さと矛盾しないどころか、それを実現するために意図的に選ばれたものだったのだと思う。
アップダイクの美文主義では、文体そのものが読者の注意を引きつける。
しかしウォレスが探していたのは、現代の私たちの頭の中で鳴り響いている、あのポストモダン的な「内なる声」に限りなく近い形式だった。
だからこそ彼は、その声を通して、私たちに真正面から、誠実に、そして道徳的なビジョンを語りかけることができたのである。
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だからこそ、ウォレスがフョードル・ドストエフスキーの人生と作品に、自分との共通点を見いだしていたことは驚くにあたらない。
ジョゼフ・フランクによる全五巻のドストエフスキー伝を『Voice Literary Supplement』で書評した際、ウォレスは次のように述べている。
「もっとも重要なのは、ドストエフスキーが死の淵を体験したことによって、もともとは虚栄心が強く流行を追う若い作家――確かに非常に才能はあったが、結局は自分の文学的栄光しか考えていなかった人物――から、
1993年10月16日生まれ(32歳)、フランス・パリ出身のフランス人。両親は1970年代にフランスに移住したコモロ(Comores)系移民。祖父はコモロのカーディー(イスラム法学者)で、伝統的だが比較的穏やかなムスリム文化の家庭で育つ。本人はイスラムからの離脱者(アポスタシ)を自認し、自由思想家(libre-penseur)を名乗る。* **職業・活動:
* 主な所属・役割: Académie libre des sciences humaines(ALSH)の事務局長(délégué général)、各種リバタリアン系シンクタンク(IREF、Institut économique Molinariなど)での研究協力。
「イスラムは今日、自らの元信者を死刑に処する唯一の宗教である。多数のイスラム諸国は、宗教を批判する者に対して、罰金から懲役刑に至る刑事制裁を規定している。
ほぼすべてのイスラム社会は、主要な男女平等ランキング(国連、OECD、世界経済フォーラム)で下位半分に位置づけられる。
イスラム諸国の3分の2が同性愛を犯罪化しているのに対し、非イスラム諸国では3分の1である。ウガンダを除き、同性愛が死刑で処罰される国はすべてイスラム諸国である。
イスラム社会は武力紛争で過剰に代表されている。過去10年以上の最も死者を出したテロ組織のリストは、本質的にムスリム服従のグループで構成されている。
イスラム社会は、現代の奴隷制、未成年少女の強制結婚、近親結婚の影響を最も受けている社会の一つである。
イスラム世界を構成する19億人のうち、国際平均より自由な体制下で暮らすのはわずか3%に過ぎない。また、ムスリムが最も広範な権利と自由を享受しているのは非イスラム諸国においてであり、彼らはそこから当然の結論を引き出そうとしていない。
イスラムフォビアの告発は、実際には告発の逆転である。誰でも、イスラム世界が誰にも寛容さの教訓を与えられないことを理解できる。それでもなお、永遠の犠牲者という地位を主張し、我々を眠らせ、より効果的に支配しようとすることを妨げない。」
(要約:イスラム世界の構造的問題を列挙し、「イスラムフォビア」という言葉が批判を封じる逆転現象であり、永遠の被害者アイデンティティが支配戦略として機能していると指摘。)
このポストは、まさに被害者アイデンティティの戦略的利用を批判するものです。これを「並行社会(Parallelgesellschaft / sociétés parallèles)」の形成と組み合わせると、現代版「分断して統治(divide et impera)」のメカニズムとして機能し得えます。
欧州(フランス郊外、英国北部、ドイツ、スウェーデンなど)で、高いムスリム移民集中地域に国家法が及ばないor弱いゾーンが発生。非公式シャリア、クラン構造、独自規範が並行して機能し、言語・価値観・ジェンダー観・LGBT受容などで本社会との乖離が固定化。
「イスラムフォビア」「植民地主義の遺産」「構造的人種差別」といったフレームが、統合失敗や文化・宗教的要因(背教処罰、女性・LGBT権利、表現の自由などに関する価値観ギャップ)への批判を「被害者への攻撃」と再定義。Pew調査などでも、ムスリムコミュニティ内でシャリア支持や同性愛道徳的拒否が一定割合で持続(特に欧州第2世代でもギャップが残る事例)。
批判が封じられ、問題(犯罪率格差、 groom ingスキャンダル、急進化)の早期是正が遅れる。
先住民側の不満が右派ポピュリズムを呼び、コミュニティ側も「永遠の被害者」として結束・要求を強める。結果、社会全体がアイデンティティ線で分断され、統一的な統治が困難に。
一部では多文化主義イデオロギーやイスラム主義ネットワークがこのダイナミクスを意図的・結果的に利用(影響力拡大・譲歩獲得)。歴史的なdivide et imperaとは逆方向だが、結果として社会を分断し、統治を不安定化させる点で類似。
日本は同化・価値共有を前提とした移民管理で、欧州型の並行社会問題を大規模に抱えていません。才能ある移民を受け入れつつ、日本の法・文化・社会規範への適応を明確に求めるアプローチは、このメカニズムを回避する有効な防波堤になります。
被害者アイデンティティの押し付けと並行社会の容認は、短期的に「寛容」のように見えて、長期的に社会の凝集力を削ぎ、対立を再生産します。データが示す価値観の系統的傾向を直視しつつ、個人の多様性を尊重する現実的な統合政策が鍵です。
主要な主張をデータに基づき検証します。全体として、方向性は複数の信頼できる国際データで支持されますが、例外・多様性・交絡要因(貧困・紛争・植民地遺産など)も存在します。個々のムスリムや国(例: インドネシアの相対的寛容さ vs サウジアラビアやイラン)を一律に扱うのは不適切です。
イスラム法影響下の約10〜13カ国(アフガニスタン、イラン、ブルネイ、マレーシア一部、モルディブ、モーリタニア、ナイジェリア北部、パキスタン、カタール、サウジアラビア、ソマリア、UAE、イエメンなど)で法律上規定。現代国家で背教を死刑とするのはほぼイスラム圏に限られる。30
多くのイスラム諸国で刑事罰(罰金〜死刑)が存在。OIC諸国を中心に広範。
Fox氏の一連の研究(Religion and Stateプロジェクトなど)で、イスラム多数派国家における宗教的少数派(コプト教徒、バハイ教徒、アフマディー派など)への制度的・社会的差別が相対的に高いパターンが示される。主要な深刻事例の多くがイスラム圏に集中する傾向はデータで裏付けられるが、中国(ウイグル)やミャンマーなど非イスラム圏の事例も別途存在。
WEF Global Gender Gap Report 2025で、中東・北アフリカ地域が最低水準。パキスタン(148位)、イラン、スーダン、アルジェリアなどが下位を占め、イスラム社会の多くが下位半分に位置。改善例(UAEなど)もあるが、全体傾向として一致。22
ILGAなどの報告で、イスラム諸国の多くが同性愛行為を犯罪化(全体の約2/3程度の割合に近い)。死刑規定国はほぼすべてイスラム圏(ウガンダが例外)。4
近年10年以上の死者数上位テロ組織(ISIS、アルカイダ、Boko Haram、タリバン、Al-Shabaabなど)はイスラム過激派が大半を占める(Global Terrorism Index系データ)。武力紛争への過剰代表も中東・アフリカ・南アジアのイスラム圏で顕著。
Global Slavery Indexなどで一部イスラム圏・紛争地域に高い有病率。未成年強制結婚はイエメン、アフガニスタン、パキスタンなどで文化的・宗教的要因と結びつく事例が多い。近親婚(いとこ婚)率は中東・パキスタンで非常に高い(20-50%以上)。
厳密な「国際平均より自由な体制」の定義によるが、Freedom Houseなどでイスラム多数派国家の平均スコアは低め。インドネシア(世界最大のムスリム人口国、比較的自由寄り)のような例外を除き、19億人の大半が権威主義的・半権威主義的体制下。非イスラム国(特に欧米)でムスリムが享受する権利・自由が広いのは事実。
主張の多くは統計的傾向として支持されます。文化的・教義的要因(シャリアの影響、背教・同性愛・ジェンダー規範に関する古典的解釈)と社会経済的要因が交錯します。「イスラムフォビア」言説が批判を封じる逆転現象という指摘は、欧米の言論空間で繰り返し議論される論点です。
フランスの移民・イスラム統合問題が激しく議論される中で、**「被害者アイデンティティの逆転利用」**や並行社会の危険性を指摘する論客の一人。X(@FerghaneA)では約8.8万フォロワーを持ち、積極的に発信。
彼の背景は「イスラム文化圏出身ながら自由主義的視点から内部批判する」点が特徴的で、議論の信憑性や説得力を高める要素となっています。フランスの言論状況ではこうした立場が目立つ一方で、強いバッシングも受けやすいです。
多文化政策(multiculturalism)と分割統治(divide-and-rule)の類似点に焦点を当てつつ、Rob Hendersonの「Luxury Beliefs(贅沢な信念)」の関連引用を抜粋し、啓蒙主義の帝国主義擁護との比較をします。
分割統治(divide et impera)は、古代ローマや植民地時代に用いられた古典的な統治術で、被支配集団の違い(民族・宗教・文化など)を強調・利用し、相互の対立や孤立を促すことで全体としての統一抵抗を防ぎ、支配を容易にする戦略です。
現代の多文化政策(文化多元主義)は、公式には多様な文化・民族集団の共存・尊重を促進するものとして位置づけられますが、批判者からは以下のような分割統治的な側面が指摘されます:
文化・民族の「違い」を強調・制度化(例: アイデンティティ政治、グループ別権利)することで、個人ではなく集団単位での管理を促し、社会的結束(social cohesion)を弱める。結果として「並行社会(parallel societies)」やゲットー化が生じやすく、全体としての国民的アイデンティティが希薄化する。
支配層(政治・文化エリート)が多様性を「強み」と美化しつつ、下層階級や地方で生じる摩擦(犯罪率上昇、信頼低下、社会的緊張)を負担させ、自分たちは隔離された環境(富裕層エリア、国際機関)で影響を免れる。マレーシアやシンガポールの植民地遺産的な事例では、民族別管理が明確にdivide-and-ruleの延長と見なされる。
Robert Putnamの研究などでは、人種・文化的多様性が高い地域で社会的信頼が低下しやすい傾向が示され、多文化主義が分断を助長する可能性が議論される。エリートはこれを「多様性の強み」とするが、実際のコストは下層が負う。
多文化政策は「違いの祝賀」を名目に集団を分離・管理しやすくし、統一された抵抗や共通の価値観形成を阻害する点で、古典的な分割統治と機能的に類似すると批判されます。特にグローバル化下では、移民政策と結びつき、エリートの権力維持や労働力確保に寄与するツールとして機能しやすい。
Rob Hendersonは「Luxury Beliefs」を、上流階級が社会的地位を示すために掲げる信念で、下層階級に実害を及ぼすものと定義します。多文化主義・オープン・ボーダー支持は典型例です。
• 「贅沢な信念とは、上流階級に地位を与える考えや意見であり、下層階級に実害を及ぼすことが多い。上流階級の人は薬物合法化や警察予算削減、オープン・ボーダー、緩い性的規範、白人特権などを支持するが、それは地位表示であり、『私は上流階級だ』と伝えるものだ。上流階級はこれらの政策が自分たちより他者にコストをかけると知っているから推進する。」(要約・抜粋ベース)
• 「多文化主義や無制限移民の支持は、文化エリートの贅沢な信念の好例。エリートは多文化を祝うが、その負の影響(分断、統合失敗)を直接受けない。労働者階級や貧困層が摩擦を負担する。」(関連議論から)
• 彼はVeblenの「顕示的消費」を拡張し、信念が現代の地位シグナルになったと指摘。エリートは多様性を「道徳的優位性」の証として掲げつつ、自分たちのコミュニティでは同質性を保つ二重基準を指摘します。
啓蒙主義(18世紀)は理性・普遍的人権・進歩を掲げましたが、帝国主義や植民地主義の正当化にも使われました。矛盾するようですが、論理的につながります。
優位な「理性・文明」を持つ欧州人が、「劣位」文化を「文明化」する義務(mission civilisatrice)があるとする。例: フランスのJules Ferry(社会ダーウィニズム影響)や、John Lockeの財産権・土地利用論(未開地は占有可能)。「普遍的理性」を基準に他文化を階層化し、支配を「進歩」として正当化。4652
◦ 共通点:両者とも「文化の違い」を強調する点。啓蒙主義は違いを階層化(優位 vs 劣位)して支配、多文化主義は違いを平等化・固定化して管理。どちらもエリート(啓蒙思想家 vs 現代リベラルエリート)が「普遍的価値」(理性 or 多様性)を旗印に、社会制御を進める。
◦ 相違点:啓蒙期は同化・文明化志向が強く(帝国の拡大正当化)、多文化主義は非同化・並存を理想とする(分断固定)。しかし結果として両方とも被支配/少数派の「本質化」を促し、統一を阻害。啓蒙の「反帝国主義派」(Diderot, Kant, Herderの一部)も存在したが、主流は帝国を支えた。
Luxury Beliefsとしての多文化主義は、啓蒙の「文明化使命」の逆説的後継。エリートが「多様性の擁護」という道徳的高みを主張しつつ、下層の分断コストを無視する点で、帝国主義のイデオロギー的役割を果たす。
多文化政策は分割統治の現代版として機能しやすく、HendersonのLuxury Beliefs枠組みで説明可能。啓蒙主義同様、エリートが「善なる理念」を用いて権力構造を維持するツールとなり得ます。実際の効果は文脈依存ですが、分断 vs 統合のトレードオフを無視した理想主義が問題視されます。批判文献(Durodiéなど)を参照すると、より深い洞察が得られるでしょう。
このテーマは政治的に論争的です。事実ベースの議論を心がけました。追加の具体例やソースが必要ならお知らせください。
千春:Nack5さん、うちの事務所に"だいすけ"っていうやつがいるんだけど何か仕事ない?
Nack5:"だいすけ"をメインパーソナリティにした番組始めます
という番組を始めた。
だいすけ:え?
947 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 05:29:51.12 ID:nTMnCsBL.net
「キラキラネームよりはまとも」
948 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 07:56:41.78 ID:CvNox0on.net[1/2]
また例の「シワシワネームを流行らせたかった人」がモソモソしてるのだろうか…
949 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 08:25:01.96 ID:tJ0DvGV8.net
安心してね
950 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 11:48:12.10 ID:ZduvLydf.net
それをキラキラネーム親が言うのが笑いどころかな
951 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:00:58.21 ID:wNHrPB7r.net
952 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:06:03.78 ID:aySOefvu.net
何度も言われてるけど、シワシワとキラキラ
953 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:09:34.49 ID:FgBbd3tE.net
954 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:32:37.71 ID:rh/hLrkg.net
それは普通
キラキラネーム親が言うのが滑稽なの
955 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:37:37.68 ID:u+YMPmvy.net[1/3]
とも君パパですか?
956 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:38:29.86 ID:e6pQ/TNu.net
おまえ誰だよw
957 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:46:27.51 ID:1rtZleX+.net
わろたw
958 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 12:46:35.52 ID:utdaS90v.net
古すぎず今風でもないベストな着地点を考えたつもりだ。
959 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 13:04:15.05 ID:u+YMPmvy.net[2/3]
全然古く無い
よっぽど幼いしw
960 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 14:08:57.30 ID:lOWMDwvo.net
智也パパが闇雲にイマドキネームに厳しく発言するのはどうかと思うけど
智也という名前をそこまで難癖つけてさげなくてもいいんじゃないの
智も也も一般的な名前に使われる漢字でアラサーアラフォーにも居る普通の名前だと思うし
智也パパの発言で不快に思う人がいるのと同じく>>959の発言で同じ名前(読みや漢字の一部を含む)の
961 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 14:34:26.03 ID:f8H7Tm1p.net[1/2]
長瀬智也の智也でしょ?難癖つけるとこなんかどこにもないじゃん
962 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 14:43:14.17 ID:tM3hgNAe.net
963 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 15:42:05.74 ID:5xSWl3IR.net[1/2]
いくらなんでも難癖つけすぎ
とも君なんて呼んでないし
964 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 16:08:18.10 ID:ab7/e868.net
リサ マヤ あたりも智也と同じカテゴリなのに貶めまくったから言われるんだよ…。
965 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 16:15:27.96 ID:zpjqO9H3.net
それは別のおっさんだよ
966 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 16:19:30.72 ID:5xSWl3IR.net[2/2]
同じカテゴリと思うかどうかは人それぞれ
967 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 16:24:54.42 ID:j9ADJkho.net
私もそれらは同じカテゴリだと思う。(昭和終わりごろからいる、今でも古くないという点で)
968 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 16:54:19.13 ID:vhu0FFGV.net[1/2]
969 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 17:01:18.20 ID:fAyjZk23.net
真由も悪いと言われていなかったのと、全く同じ。
970 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 17:14:00.90 ID:pm/gdt5l.net
大島美幸、長男の名は「笑福(えふ)」…妊娠中から構想 主演映画から1文字
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150625-00000033-dal-ent
誰か止めてやれよ・・・
971 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 17:14:09.64 ID:u+YMPmvy.net[3/3]
可愛らしい響の
今時ネームだと思うよって話でしょ
972 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 17:16:57.39 ID:R48uEpzl.net
973 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 17:38:42.11 ID:CE02eJvP.net[1/2]
悪いとは全然思わないけどね
「翔太」「翼」なんかと同じ位の今時感
974 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 17:53:52.54 ID:CE02eJvP.net[2/2]
1位大輝
2位海斗
3位翔
4位翔太
5位大地
5位大樹
5位拓海
8位一輝
9位涼太
10位匠
智也は、女の子で言えば「玲奈」くらいの至って普通の今時ネームだよ
975 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 18:00:59.70 ID:vhu0FFGV.net[2/2]
17年前のランキングが「今時」って流石にババアの感覚と言わざるを得ない
976 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 18:47:57.48 ID:f8H7Tm1p.net[2/2]
同じランキングでも違う
977 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 19:06:33.09 ID:CvNox0on.net[2/2]
978 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/25(木) 22:36:07.57 ID:NVwvifcB.net
真由も智也も同じくらい硬すぎず柔らかすぎず今風で無難な良い名前だよ
こんな風になっちゃったんだよね
979 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 03:16:22.90 ID:vZ6UqBR1.net
980 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 06:55:58.59 ID:FvtMxaC7.net
だから○ゆで終わる猫の鳴き声みたいな名前と一緒にしないでくれと言ってんの。
あとそのランキングの海斗や翔太みたいなイマドキネームとも一緒にしないでくれ。
981 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 07:00:59.91 ID:9Kzopx1x.net
キラキラネームのBBAが存在する時代になろうと、変なものは変
982 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 07:26:20.31 ID:ty6UX6nU.net
一緒だし
983 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 07:33:33.43 ID:Kmjrrg7T.net
子供の名付けに後悔してる人 58人目
http://peace.2ch.net/test/read.cgi/baby/1435271425/
984 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 08:36:01.74 ID:1gMsnRyh.net
その猫の鳴き声みたいな名前も大差ないって言われてるのが
ここまで言われて読み取れないのはアスペかなんかじゃないですかねえ
他者目線に立てなさすぎるような人は他人の相談を受けるような能力はないと思われます
985 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 08:46:38.00 ID:HPwWNm0+.net
華麗なすれたて乙
986 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 08:56:06.68 ID:hz6gqFd/.net
乙です
987 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 09:11:30.77 ID:PgUQ4auP.net[1/2]
わかる、何だろうかねこの線引きはw
988 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 09:35:45.48 ID:rTkvf6jr.net[1/2]
智也なら息子に付けられるけど、娘に真由と付けたいと思わない
もうこれは好みの問題でしょ
全部マユミ、ミユキ、アユミ、サユリと付けてあだ名じゃダメだったの?って思う
989 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 09:36:55.81 ID:PgUQ4auP.net[2/2]
その好みの違いを智也パパがわかってないんだよなー
990 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 09:49:45.95 ID:1jv0giq5.net
みゆき(美幸)あゆみ(歩)さゆり(小百合)は三文字でやっと言葉が成立してるイメージ
マユミは真弓と言うより真由美のイメージのほうが強いからマユ-ミで別れてもあんまり違和感ないのかなー
991 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 10:12:08.05 ID:RBmlX5Sb.net
小学校で本読み、漢字を習う過程で繭、鮎、白湯と男子からからかわれるのは必須。
992 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 10:19:08.80 ID:aqUbkP1y.net
993 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 10:54:54.66 ID:pCHvho9w.net[1/2]
最近子が保育園に通いだしたんだけど同じクラスの20人中4人が○子ちゃん(うちの子含む)
他の子もDQNネームは皆無。流行が堅実路線に変わってるんだろうか
994 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 11:04:12.85 ID:4KIzV47W.net[1/3]
智也の人はリナやマユはキラキラ、リエは甘過ぎておかしいって総合で言ってた人でしょ。それで息子が大差ない智也ならそら叩かれるわ。
息子が茂蔵レベルなら納得してたよw
995 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 11:08:43.84 ID:K9fKGliv.net
良い環境で良かったね
里帰り出産の時に上の子を実家近くの保育園に一時保育で通わせた時、まだまだこんな名付けが横行してるのかと悲しくなった
996 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 11:30:43.50 ID:pCHvho9w.net[2/2]
うちも地方の田舎なんだ。割りと保守的な地域なのも関係あるかも。
近所に住む小学校高学年の甥姪の友達は正直うわーと思う名前の子が多いから
997 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 13:10:27.38 ID:l2/Vd3oI.net
リナとリエは別の人だよ。
998 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 14:41:46.58 ID:4KIzV47W.net[2/3]
まじか。あの時変な人は二人以上いたってことか。
999 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 14:44:49.80 ID:rTkvf6jr.net[2/2]
茂蔵で納得?嘘でしょw
おめぇのほうがおかしいわで総叩きするくせに
好みの問題だよ
1000 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 15:18:44.36 ID:4KIzV47W.net[3/3]
まゆって中年から最近の子にもいる名前じゃん。それをキラキラって言うから余程古い、茂蔵レベルの名前付けた人が言ってるんだと思ったんだよ。それが智也だから納得できんって話。
まゆと智也の新旧は個人差あるからそこは好みの範囲の話だけど、キラキラ(常識外)とけなすのは好みの問題じゃないだろ。
1001 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/:2015/06/26(金) 16:13:11.07 ID:hK7nZqKM.net
以下に記すのは、現在進行中のラスプーチンのホルマリン漬け超巨根チンポを巡る闘争について、私が知り得た情報である。
ラスプーチンのホルマリン漬けの巨根チンポを知っているだろうか。知らない人は、是非ともググってみてほしい。それが博物館に所蔵されていたのだという事実に、さぞ驚かれるだろう。なぜ一介の歴史上の人物で、しかも悪名高い人物のチンポが博物館に所蔵されていたのか。それはつまり、ラスプーチンポが世界に平和をもたらすキーのアーティファクトであるからだと、私は確信するに至った。
――世界の果てにある祠。そこにある鳥人像の股間にラスプーチンポをはめると異世界から天使が召喚される。
そう語るのは、テルンベルン大学考古学部のテント・セルベール教授。
と、教授はそう語った。
ここで、なぜ今世界でラスプーチンポについての関心度が急激に高まっているのか、整理してみよう。ときは一年前、ロシアによるウクライナ侵攻の少し前に遡る。
当時、アイスランドのペニス博物館に所蔵してあったラスプーチンポが突如所在不明になった。程なくして、エージェントが全世界を飛び回りラスプーチンポを探し回っているとの憶測がSNSを中心に拡散された。
その憶測は正しかった。今や、連邦政府のみならず、さまざまな小国家までもがラスプーチンポを求めて全世界にエージェントを派遣している。
ET組織はラスプーチンが埋葬されているサンクトペテルブルクの某所の墓を掘り起こした。そして、採取したラスプーチンの細胞を苗床に、第二のラスプーチンを錬成する科学実験を試みている。
しかしながら、その実験はこれまでのところことごとく失敗に終わっている。どうしてもチンポが短小のジャンクラスプーチンが生成されてしまうのである。
そしてときは現在に至る。ラスプーチンポを巡る世界の動きを世に知らしめた、複数のジャンクラスプーチンの大脱走事件は世界に大きな衝撃を与えた。
脱走したジャンクラスプーチンたちが世界の果ての祠を破壊しようとしている。ラスプーチンポを手に入れて自分に移植しようとしている。その情報のソースは、ET組織に残されたたった一体の、実験室に残ったジャンクラスプーチンが自らの分身の思考を読み取って得られたものである。当初ET組織はジャンクラスプーチンの脱走からなる、その一連の情報を秘匿していたが、全世界でジャンクラスプーチンの凶行が目撃されていくにつれ、内部からリークされた。
ジャンクラスプーチンの動向いかんでは、世界の歪みを増幅させてしまう危険性もあることが、今回の騒動の核である。
世界中のどの勢力も、天使の力を手に入れることに躍起になっているため、テロや戦争が絶えない世界は依然として続くであろう。
猫への嫉妬心や、猫が社会的に保護・愛護されることへの不満が引き金となった具体的な事件や社会的背景については、以下の内容が挙げられます。
2002年に発生したこの事件は、日本におけるインターネット上の猫虐待事件の象徴的な事例です。
社会から取り残されたと感じている困窮層(特に中年男性)が抱く「相対的な剥奪感」が、猫への攻撃性に繋がっていることが指摘されています。
欧米や中国などのオンラインコミュニティでは、女性に拒絶されたと感じている男性(インセル)が、猫を攻撃対象にする事件が多発しています。
こうした猫への憎悪や嫉妬心が集積する場となっていたのが、かつての2ちゃんねる「ペット大嫌い板(現・生き物苦手板)」です。
これらの事例は、単なる個人の残虐性だけでなく、「社会から見捨てられている」という孤独感や、特定の対象(猫)が受ける愛情・保護に対する激しい嫉妬や不公平感が、残虐な事件を誘発していることを示しています。
5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)の「生き物苦手板」は、掲示板全体を管理する米ドメイン登録業者(レジストラ)から動物虐待コンテンツの放置を理由とした永久停止措置を受けたことにより、事実上の閉鎖状態に追い込まれています。
閉鎖の経緯と理由
2024年から2026年にかけて、同掲示板における動物虐待動画の投稿や温床化が国内外で大きな問題となりました。これを受け、複数の事象が重なり現在の状況に至っています。
ドメイン登録業者による制裁: 米国のドメイン登録業者「Epik」が、動物虐待コンテンツの放置を重く見て、「5ch.net」のドメインに対し永久停止(凍結)措置を下しました。
社会的圧力と署名活動: 長年にわたり、動物愛護団体や有志による閉鎖を求める署名活動が行われてきました。Change.orgでは数万筆の署名が集まり、行政や警察、プロバイダーへの働きかけが続いていました。
運営側の対応遅れ: 以前から不適切な投稿の削除が不十分であると指摘されており、最終的にプラットフォーム全体への制裁という形で「生き物苦手板」を含むアクセスに致命的な影響が出た形です。
【ニュース】5ちゃんねる管理人、突如“ドメインを永久停止された”と報告。急遽「5ch.net」から「5ch.io」にドメイン変更して運営継続中
automaton-media.com/articles/news
なんか他人事に思えない…ここも突然消えちまうのかな(´ºωº`)
https://www.itmedia.co.jp/news/spv/2603/06/news112.html
管理人のジム・ワトキンスのポストによれば5ch.netとbbspink.com(=ぴんくちゃんねる)のドメインがレジストラのEpikっていう会社に停止されたらしい
bbspink.com は永久に停止され、移管の対 象外となりました。
5ch.net は永久に停止され、移管の対象外 となりました。
Epikは、あらゆる形態の動物虐待を断固と して非難し、この種のコンテンツに対して 一切の寛容を持ちません。
https://x.com/i/status/2029681794006798541
同時にジムがやってる別の掲示板の8chanと8kunは閉鎖になるらしい
残念ですが、この措置により、8chanと 8kunは数日以内に事業を終えることになります。
https://x.com/i/status/2029685780847939666
ロン・ワトキンス(ジムの息子)によると暫定的にドメインを5ch.ioに移行するらしい
・sikiとGestureのTestFlight版 → 読み書きともにOK
・mae2cとtwinkle → 読めるだけ(書き込み不可)
・chmate → 読み書きともに不可 dev版アップデートで読み書き可能に
なお5ch.oneというドメインも存在するがこちらは第三者が立ち上げたミラーサイトの模様でジム・ワトキンスとは無関係
追追記
3月9日にBANされるのはジム・ワトキンスのEpikのアカウントとそれに紐付けられたドメイン(=5ch.net, bbspink.com, 8kun.topなど)
⚠️Beware of fraud⚠️
Inside the application, scammers may approach you with false stories like “You can profit by inventing” or “I want to meet you yesterday,” and try to make you transfer money. These “investment scam” and “romance scums” are popular all over the word.
Even in 9monsters, users like below have been confirm, so please be careful.
⚠️ They suddenly send you messages using Instagramer photos or handsome images of a different person
⚠️ Their Japanese is fluentless, and they talk with sentences like it was translate
⚠️ They will always invite you to move to message apps such as LIME to continue the talk
⚠️ They say things like “You will definitely lose money” or “I need travel fee to come meet you,” and try to make you bank in money
They will try to steal your money by many method, but just keeping the below can protect your important money.
‘🙅♂️Do not send money to someone you have meet🙅♂️’
At 9monsters we regularly issue warnings, however,
if you already transfered, it will be at our responsibility, so we cannot take care about it here.
Please be careful by all mean.
※This information is a periodic warning we post irregularly
※The National Consumer Center also sends information occasionally, so please see here too ↓
Dans l’application, des escrocs vous approchent avec des histoires mensongères comme « On peut gagner avec l’investisement » ou « Je veux te voir pour te rencontrer », et ils vous font virer de l’argent. Les « arnaques d’investissement » et les « arnaques romance » sont à la mode mondialement.
Même dans 9monsters, des utilisateurs comme ci-dessous ont été confirmer, donc faites attention.
⚠️ Ils envoient soudainement un message en utilisant des photos d’instagrameur ou des images d’un beau mec d’une autre personne
⚠️ Leur japonais est trop bien, mais ils vous parlent avec des phrases comme si c’était traduite
⚠️ Ils vous proposent obligatoirement de passer sur des applis de message comme LINEE pour continuer la conversation
⚠️ Ils disent « Tu vas sûrement gagner » ou « Je veux l’argent de voyage pour venir te voir », et ils essayent de vous faire déposer de l’argent
Ils utilisent des méthodes variées pour vous voler l’argent, mais en respectant seulement ci-dessous vous pouvez protéger votre argent important.
« 🙅♂️Ne virez pas d’argent à une personne que vous n’avez jamais déjà rencontré🙅♂️ »
Chez 9monsters, nous diffusons des avertissements régulièrement, mais
si vous avez déjà fait le virement, ce sera de notre faute, donc nous ne pouvons pas faire une réponse ici.
Faites très attention, s’il vous plaît.
※Ces informations sont une alerte de prévention publiée de temps en temps
※Le Centre national de la vie du peuple publie aussi des infos régulièrement, donc regardez aussi ↓
画像のテキストは、ある本のページからの抜粋で、サルトルの哲学を引用・解釈したものと思われます。以下では、画像内のテキストを自然な文単位で分解し、各部分について「どこが間違っているのか」と「本当はサルトルはどういう話をしているのか」を対応させて指摘します。指摘は画像のテキスト順に沿って進めます。サルトルの主な参照元は『存在と無』(L'Être et le Néant, 1943年) で、不安(angoisse, anguish)と自由の関係を議論した箇所です。画像のテキストはサルトルのアイデアを大まかに借用していますが、用語の置き換え、文脈の歪曲、偽の引用が目立ち、全体として自己啓発的な解釈に強引に当てはめている点が問題です。
#### 1. 「と、こんな風に考えてしまう人もいるかもしれません。でも、他人の人生を凝視している間は、自分の人生を生きていないということになります。」
#### 2. 「フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、こう言っています。」
#### 3. 「『憂鬱とは、他人の人生を凝視しすぎた結果である。解決策は、他人の人生を凝視しないことだ。』」
#### 5. 「崖っぷちで下を覗き込むと、めまいが起きる。」
#### 6. 「それは、落ちる恐怖からではなく、自分が飛び降りる自由を持っていることを認識したからだ。」
#### 7. 「つまり、他人の人生を凝視しすぎると、自分の自由を直視できなくなり、憂鬱になる。」
#### 8. 「だから、他人の人生を凝視せず、自分の人生を生きろ、というわけです。」
#### 9. 「本当の成功者たちは、そんな他人の人生なんて気にしない。自分の人生を全力で生きている。だから、憂鬱になる暇なんてないんです。あなたも、そんな人になりませんか?」
全体として、このテキストはサルトルの絶壁の例を借用しつつ、「憂鬱」「他人の凝視」という独自の解釈を加えており、原典から大きく逸脱しています。サルトルの本質は、自由の重みを直視し、欺瞞なく生きることです。もし本の文脈が自己啓発なら、正確な引用ではなくインスピレーションとして扱うべきですが、ここでは誤解を招く表現です。
原作である「Histoire d'Ali-Baba et de quarante voleurs exterminés par une esclave」にも
「Sésame, ouvre-toi」と記されており「ゴマよ開け」というのは原作準拠
アリババと40人の盗賊は千夜一夜物語の一篇とされているが実は原典には存在せず
18世紀にフランスの学者によって付け加えられており、アラビア語の原作が存在しない
千夜一夜物語の写本の目録にこの作品があったため「やっぱ原典あるじゃん」となったが
その後の調査によりその写本自体が18世紀以降に作られたもので
学者のアリババと40人の盗賊を逆にアラビア語に訳して描かれたものであることが判明し
学者は現地の人から聞いてんと言っていたがそれも後世では疑わしいとされている
またこいつは「アラジンと魔法のランプ」も原典がないのに勝手に付け加えており
「で?」とは?何が知りたいの?
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251201164634# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaS1H2wAKCRBwMdsubs4+ SDu9AP9JuyIWQQ1MIltbMk1Uu38O98G3Vb/GkeAtcmj/xAOvdgD/S7oFG3M5sS1d TKHuwKxYjR81JkQR+Et+zhosH4tJbAw= =vXEB -----END PGP SIGNATURE-----
お前がそういう意味で言ってそうって思っただけってのと俺がどういう意味で理解してるかってこととの区別はつかなそうだねお前には。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251125182313# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaSV1hAAKCRBwMdsubs4+ SIBhAP9c2vIoGSJuQaU99jirabd7BIxBGAGronBn7o32Ih+ZfQEA2SZ21/eT/tBH 4+uFTWGsUtWoMjDFHu3Vuz5FKDIgQQc= =Sgon -----END PGP SIGNATURE-----
L’essor des outils d’intelligence artificielle a transformé la manière de préparer, structurer et réviser un essai. Bien utilisés, ils accélèrent la recherche, clarifient la thèse et améliorent le style, tout en exigeant une vérification humaine des faits et des sources https://ai-rocket.top/fr/categories/esse-writing .
ChatGPT (OpenAI). Outil polyvalent pour le brainstorming, la construction de plans détaillés, la rédaction de brouillons et l’amélioration du style. Avec des consignes précises et des références partagées, il aide à formuler une thèse solide et des arguments équilibrés.
Claude (Anthropic). Réputé pour son ton naturel et sa grande fenêtre de contexte, il convient aux lectures longues, aux synthèses et à la réécriture claire de passages complexes tout en conservant la nuance.
Gemini (Google). Utile pour croiser des informations issues du Web et pour des tâches multimodales. Il est pertinent pour générer des idées, reformuler des sections et proposer des exemples contextualisés.
Jasper. Orienté productivité, il propose des cadres et des modèles (accroches, plans, transitions) qui font gagner du temps lors de la structuration d’un essai argumentatif.
Writesonic. Pratique pour esquisser un plan, générer des introductions et des conclusions, puis affiner le ton en fonction du public et des contraintes éditoriales.
Grammarly / LanguageTool. Indispensables en post‑édition pour corriger grammaire, ponctuation, clarté et cohérence. Ils détectent les tournures lourdes et suggèrent des reformulations plus fluides.
QuillBot. Efficace pour paraphraser sans perdre le sens, résumer des sections et varier le vocabulaire lorsque des répétitions affaiblissent le texte.
Bonnes pratiques. Vérifiez systématiquement les faits, citez vos sources et utilisez les outils pour assister, non pour remplacer, votre raisonnement. Commencez par un plan clair (problématique, thèse, arguments, contre‑arguments, conclusion), puis servez‑vous de l’IA pour enrichir des exemples, fluidifier les transitions et polir le style. Enfin, relisez hors ligne pour détecter les incohérences et assurer l’originalité du contenu.
メガネ店に2、3年ほど勤務していた私がおすすめする、近視用メガネ作成時のポイントがあります。
私自身かなりの強度近視でして、メガネの度数は-10.00、コンタクトは-9.00くらいです。
一般的に強度近視と呼ばれるのは-6.00くらいの方からですね。
近視が強い方はどうしてもレンズの歪み(目が小さくなる)が出てしまうのですが、メガネの選び方でこの歪みをかなり減らすことはできます。
かわいいメガネを選んでも、いざ出来上がったメガネをかけて、思っていたのと違う...となるのは近視の方にあるあるの事ですよね。
メガネ作成時に下記の3点に気をつけると、仕上がりのギャップを少しでも減らせるかなと思います。
③目とレンズの間をなるべく狭めるフィッティングにしてもらう(鼻パッド付きメガネが良いかも)
レンズの中央にいけばいくほど厚さも歪みも少なくなる設計になっているんですね。
そのため大きいフレーム(アラレちゃんメガネのような)を選ぶと、レンズが厚くなり歪みが出やすくなります。
なので、出来るだけ小さいフレームを選んでいただけるとGOODです。似合う&かけ心地が合うのであれば小さければ小さいほど良いです!
メガネのサイズの確認方法ですが、実はどのメガネにも刻印や印刷がされています。
メガネのテンプル部分などに書かれていることが多いですが【50◻︎19 138 27】といった数字が書かれています。
◻︎の前に書かれている数字が、片方のレンズの直径です。これがサイズになりますね、この記述の場合50サイズということです。
私の感覚になりますが、女性で顔幅小さめ、度数が-8.00〜の方であれば40〜42サイズくらい小さいものがおすすめです。
ただ、サイズが小さいフレームってなかなかないんですよね...流通しているフレームは何故か大きめが多い!
JINSが目が小さくならないメガネを出していますが、これも45サイズ...頑張ってはいるが、もう一回り小さいものが欲しい...
逆にJINSのこのメガネは、〜-6.00(-7.00くらいもいけるかな...?)くらいの方には結構おすすめかなと思います。
眼鏡市場などで探せばあるかもしれないので、店員さんに小さめサイズで聞いてみて下さい。
デザイナーズ系のメガネは小さめが多いので、小さめのブランドを下記に記載しておきます。ただ、お高い...しかし可愛い...
・YUICHI TOYAMA.
・propo
・Yellows Plus
・ANNE ET VALENTIN
などなど...
そして好みによりますが、濃い色の方が良しです!これの理由はデルブーフ錯視で検索してみてください。
続いて②です。
一般的にメガネとレンズでセット価格になっているものは「片面非球面レンズ」が多いです。
これより上位ランクの設計のレンズが「両面非球面レンズ」ですね。JINSも最近取り扱っています。
ただ、片面非球面よりも高くなってしまうので、予算に余裕があればおすすめです。(完璧に歪みが無くなるわけではないので...)
目とレンズの距離、これを頂点間距離と言いますが、これが適切な方がレンズの見た目は良くなります。
なので、この距離を調整できる鼻パッド付きのメガネの方がおすすめにはなります。
鼻パッド無しでも、顔に合っているメガネがあればそちらでも良しです!気に入ったものをかけるのが1番良いです。
かなり簡潔ですが、このあたりを気をつければ少しでも普段使いしやすいメガネが製作できるかな...と思います。
本当は、何も見た目が変わらないレンズor万人に使用できる視力回復術などがあればHAPPYなのですが、それは技術の進歩を待つしかなさそうです。
コンタクトも調子が悪い日は必ずあると思うので、そういう日に無理にコンタクトを装着することがないよう、外でもかけられるメガネは一つ持っておいた方が良いです。
目は一生もの、の割にかなりデリケートかつ複雑な臓器なので、労りながら過ごしたいものです。