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ウルトラマン生みの親が明かした戦争体験 「幻のシナリオ」見つかる
高校入学時に上京し、円谷プロで活躍しながらも、復帰前の沖縄に戻り、37歳で早世する。全力で駆けぬけるような人生については、いくつもの評伝や回想録が書かれた。
それらを読むうちに、気づいたことがある。哲夫の人生のある部分については、記述がかすみがかったようにぼんやりするのだ。
生まれたのは1938年。本島南部で地上戦をくぐり抜けた時は6歳だった。幼いとはいえ、多くを目に焼き付けたのは間違いない。だが哲夫自身がその体験を語ったり記したりしたことは、ほとんどなかった。
なぜなのか。関係者をたずねる中で、一本の原稿が見つかった。沖縄戦について哲夫が正面から描いた、幻のシナリオである。
傷痕
沖縄戦の体験を哲夫が語っているとすれば、この人だろう。そう思って、盟友だった森口豁(かつ)さん(88)に千葉県で会った。
しかし早々に、森口さんは首を横に振った。「家族ぐるみのつきあいを長くしたけれど、金城が戦争がらみの話をしたことは一切なかった」
二人が出会ったのは、高校生のとき。東京の玉川学園高等部の2年生だった哲夫は、自由研究の発表で沖縄の言葉について語った。一つ年上の森口さんは感銘を受け、その後の人生が決まった。1958年、大学を中退して琉球新報の記者になり、さらには日本テレビの特派員に。ジャーナリストとして沖縄を追い続けた。
駆け出し記者のころ、森口さんは毎日のように、哲夫の母ツル子さんが那覇市内で営む食堂「かどや」で食事をしていた。
ツル子さんは沖縄戦で負傷し、片方が義足だった。居間と調理場を行き来するたびに、和服の裾をはだけて義足をつけたり外したりする。白い脚が森口さんの記憶に残っている。「お母さんはあの時、どんな気持ちだったのだろう。戦争とはこういうものだ、と本土から来た若者に感じさせようとしていたのか」。当時を思い浮かべてしばらく黙ったあと、森口さんは語った。
ツル子さんは、いまの沖縄県南風原(はえばる)町津嘉山(つかざん)の自宅に家族とともにいた。空襲警報に続いて、米軍機が3機、家に突っ込んできそうな低空で急接近してくる。機銃掃射のバラバラという音とともに、左足に衝撃が走った。足首がふき飛ばされていた。
自宅に泊まっていた青木上等兵が止血してくれ、南風原陸軍病院に運ばれた。のちにひめゆり学徒隊が働く壕(ごう)である。青木上等兵から輸血の提供をうけ、ひざから下の切断手術を受けた。
哲夫の父は召集され、ビルマにいた。一家は曽祖母、祖父母、母、哲夫、妹の栄子。これから大混乱が始まるだろうという矢先に母が歩けなくなり、哲夫はどんな気持ちだったろう。
当時のことをツル子さんが書き残した手記がある。南風原町が1990年にまとめた「津嘉山が語る沖縄戦」に転載されている。
3月25日 二人の子も小さい手で母親の手をさすったり頭をもんだり懸命に看護しているつもりらしい。
3月27日 「第一線に行くよ」と兵隊さんが小さい哲夫に言っていた。
5月7日 早朝から艦砲が盛んに撃ち込まれる。爆風が壕に入ってくる。哲夫と栄子が頭から布団を被って震えている。
戦況は悪化し、5月下旬、日本軍は司令部をおいていた首里を放棄し、南部へ撤退することを決める。津嘉山は、その道程にあった。米軍の激しい砲弾が降り注ぎ、金城家の叔父一家は、壕の中で生き埋めになった。
このままでは、みんなやられてしまうかもしれない、と祖父・忠助さんは5月25日、決断をする。自分と妻と跡取りの哲夫は南部へ逃げ、曽祖母と片足のツル子、幼い栄子はここにとどまる――。決断にともなったであろう多くの悲嘆をツル子さんは書いていない。ただ、こうある。「預けた哲夫のことが案じられて、一睡も出来ずに夜が明ける」
断片的に、祖母がのちに語っている。配給の靴は大人ものばかりで哲夫は裸足だったこと、砲弾が飛んでくると哲夫の上に祖父祖母の順で覆いかぶさって守ったこと、死体をまたぎながら歩いたこと……。
津嘉山地区には1949人が住んでいた。このうち戦死したのは808人。じつに40%以上にあたる。戦後の調査では、住民の避難コースは大きく四つに分かれ、いずれも南へ南へと向かった。哲夫たちも、こうした足どりをたどったのだろうか。
海沿いで、一行は米軍に投降した。連れて行かれたのは、名護にあった大浦崎収容所。いま普天間飛行場の移設工事が進む米軍キャンプ・シュワブのある場所だ。ツル子さんらも奇跡的に生きており、家族は再会を果たした。
盟友の森口さんが高校生のときだ。不思議なメロディーを哲夫が口ずさんでいるのに気づいた。尋ねると、戦後に収容所で生まれた「屋嘉節」という沖縄民謡だと教えてくれた。さまざまな歌詞が伝わるが、森口さんが教わったのはこうだった。
世間(しきん)御万人(うまんちゅ)ぬ 袖(すでぃ)ゆ濡(ぬ)らち
かなしいことに沖縄は戦場になってしまい、みなの袖を涙で濡らし――そんな意味である。
なぜ自分の体験を、哲夫は語ったり書き残したりしなかったのでしょう。行く先々で問いを重ねた。
「生々しすぎて語れなかったのでは」と玉城優子さんは言った。子どものころ、ウルトラQを楽しみに見ていた世代である。1993年に地元紙の沖縄タイムスで、哲夫の生涯を114回にわたって連載した。
金城哲夫の評伝「沖縄を愛したウルトラマン」を書いた玉城優子さん=2026年7月6日、沖縄県西原町、谷津憲郎撮影
沖縄戦では、自分や身内を守るのにせいいっぱいで他人を助けたり、食べものを分け与えたりすることもままならなかった。戦場では人間のあらゆる面がさらけ出される。「一つしゃべり出せば、それら全てが噴き出してしまう、だからでは」
玉城さんは取材の中で、こんなエピソードを聞いた。その人が戦後、哲夫と酒を飲んでいた時だ。突然、哲夫は大声をあげて裸足で外に飛び出してしまった。哲夫は沖縄戦について、こう語ったそうだ。「あまりの怖さに泣きたくても泣けず、叫びたくても叫べなかった。いまでも何かの折りにその時の恐怖がよみがえってくることがある」
哲夫の孫にあたる金城琴さん(35)は、大学卒業後、円谷プロにつとめた。哲夫はどんな人間だったのか。何を語ったのか。それを残すのが自分の役割かもしれないと考え、出会う人たちにできるだけ昔のことを聞くようにしていた。それでも、哲夫から戦争の話を聞いたことがあるという人には出会わなかった。
琴さんは言う。「いまでこそ、沖縄戦の体験を残さねばという人は多いですが、哲夫のころはまだ戦争の記憶が新しく、口にするのも嫌だったのではないでしょうか。家族のあいだでも、ほとんど戦争の話はしなかったと聞いています」
沖縄戦でもっと悲惨な体験をした人もいるという思いも、哲夫にはあったかもしれない。母たちを置いていったことへの後ろめたさもあったかもしれない。
哲夫が急死したのは1976年。70年代後半になると、沖縄ではあの戦争について多くの人が語り始め、出版物が急増した。あと10年生きていたら、哲夫も何かを書き残したかもしれない――そう思っていた。
それは、沖縄県立図書館で哲夫に関する資料を探していたときだった。ある冊子に、小さな写真が3枚載っていた。200字詰めの原稿用紙を正面から写したもので、手書きの文字がはっきり見える。目がぴたりと止まった。
沖縄戦を描いた幻のシナリオ「暁の敗残兵」。200字詰め原稿用紙で200枚ほどにのぼる=2026年7月7日、沖縄県南風原町、谷津憲郎撮影
別のカットには「沖縄」の文字も見える。これこそが求めていたものではないだろうか。
冊子の発行元に連絡をとり、資料を保管している南風原文化センターへ行った。金城家は数年前から、哲夫の資料227点を寄託している。
センターの会議室。白い手袋をはめた職員が箱から平らなものをそっと出す。覆っていた包みをはがすと、縁が茶色く変色した紙の束が現れた。やはり哲夫の生原稿だった。一枚一枚めくってもらい、むさぼるように読んでいく。
作中では、沖縄戦の組織的戦闘は終わっており、日本兵3人が敵中突破をして生き延びようと試みる。主な登場人物は18人。F・O(フェードアウト)、O・L(オーバーラップ)など映像上の指示も書き込まれている。計213枚。沖縄戦を描いた未公表の本格的なシナリオだった。
主人公の日本兵は「青木」。母ツル子さんの足の手当をしてくれた上等兵の名である。その青木らに途中で合流する兵隊は、片腕がない。彼はもともと「津嘉山」の民家に泊まっていたが「飛行機の機関銃で関節からふっとんでしまった」。さらに、老人に連れられた幼い子ども2人が迷い込む。下の子の名は「栄」。2人の父は「ビルマ」に行っている。
青木ら3人は、米軍に見つからぬように先を急ぐ。「四方穴だらけで泥水が溜(たま)り、膨張した死体、蛆(うじ)の湧いている死体、顔面をえぐりとられた死体が散乱し、正(まさ)に死人のジュウタンである。三人死体をとび越え、死に物ぐるいに走る」。それは、哲夫自らが見た光景だったのだろう。
いったい、いつ書いたのか。孫の琴さんも、シナリオの存在をこの取材で初めて知ったという。はっきりとした手がかりはない。
だが哲夫は書いていたのだ。どこかに発表するつもりがあったのか。いや、発表のあてがなくとも、自分は書き残さねばならないと思っていたのか。沖縄戦について語らなかった身体のうちに、記憶はずっと渦まいていた。
シナリオは、運命のいたずらのような悲劇で終わる。あの戦場で生きるか死ぬかは、ただの偶然だった、と沖縄戦の体験者たちは言う。哲夫もきっと同じ思いだったろう。
「おわり」の3文字は、ぴたりとあわせたかのように、原稿用紙の最終行に書きつけられていた。
関ヶ原古戦場で「この辺に家はあったのか?」と質問した人が愚かとされたが・・・みたいな話がバズっていた
単純に「その質問が良いか悪いか」という議論から「質問するという行為そのものを判定をすることの是非」「質問に愚かさという尺度を持ち込む是非」みたいな方向で盛り上がっていた
よく「いい質問ですね」みたいなことを言う人がいるけど、トピックによっては教える側の傲慢さが透けて見えるんじゃないかな
池上彰が思い浮かぶけど、彼も時事ネタをなんでもかんでも教えるみたいな役になりがちだけど、いくら元NHKの熟練記者だったからといって神羅万象を教える立場にはなれるはずもなく
促成学習でとりあえず詰め込みましたみたいな浅い理解しかないのに質問してくるコメンテーター芸能人の質問をいい質問だと評価したりする
まあ池上彰についてそんなに語れるほど見たり聞いたりしたことはないんだけどあまりにもいい質問ですねを多用するよねあの方
いい質問にも種類がありそうだけど、例えば「質問する側にとっていい質問=いい質問」ならなんとなく分かる
例えば相手が「正解」とされる領域から少しズレているとか、かなり明後日の方向な質問していたりする場合
これは質問をきっかけに「正解」への軌道修正をできる=「質問をする側」の利益になる=教師冥利に尽きる=だからいい質問、みたいな
でも正解とされる領域のド真ん中を射たような質問を「いい質問」として評価するのは、まるでその人がそのトピックの知識の全てを支配しているような傲慢を感じる
数学や物理化学などで定理や公式化されていたり、統計的な正しさ、確率的な確からしさみたいなことが言える領域だったりだとそこまで傲慢な印象はないけど
たとえば時事問題で世論を二分するような話題で一方の立場を代弁するような質問にいい質問だと評価を与えたりする場面ではより傲慢が際立つ感じがする
高畑勲監督が1988年の映画「火垂るの墓」に、野坂昭如さんの原作にない亡霊を登場させたのはナゼか。主人公・清太の亡霊を全ての成り行きの観察者に仕立てることで客観性を強めるため。もう一つは、時を超越した亡霊によってあの時代と現代を結ぶため。これは映画を見れば明らかです。現代性を持たせたかった動機の一つに、高畑さんがプロデューサーを務めた宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」(84年)完成後に下した評価「宮さんの友人としてのぼく自身の評価は30点」「『現代を照らし返してほしい』という部分がもう少し強く出る構成にならなかったかと、残念なんですが」(徳間書店ロマンアルバム・エクストラ「風の谷のナウシカ」)、この“苦言”を自作で実行してみせようという思いがあったのでは――というのが私の説です。
太平洋戦争末期の神戸で14歳の清太と4歳の節子の兄妹が空襲で家も母も失い、孤独と飢えの中で死んでいく物語。映画は高畑さん自身が脚本を書きましたが、使われなかった深沢一夫さんによる“幻の脚本”があった、と6月17日の読売新聞が報じました。言うまでもなく「太陽の王子ホルスの大冒険」(68年)と「母をたずねて三千里」(76年)で高畑さんと組んだ方です(2016年に死去)。私は深沢脚本の存在を知らなかったので「へえ」と驚きました。
6月24日に出た寺越陽子さん著「高畑勲と『火垂るの墓』―『幻の脚本』と『7冊の構想ノート』を読み解く―」(新潮社)で、その深沢脚本と高畑さんの構想ノートの一部が紹介されています。ポイントは〈深沢脚本に亡霊は出ない〉と〈高畑さんの構想の中で亡霊が生まれた経緯(の一部)が分かる〉、コレです!
深沢脚本の冒頭は、清太が三宮駅の便所で下痢に苦しみ、その後、構内の柱にもたれたまま便失禁して砂でそれを隠そうとする、というシーン。原作よりグッと描写が長く克明で憐(あわ)れみを誘いますが、生理的にきつい。映画は便所シーンがなく、ぐったり座っている清太のまわりにしみが広がっていて通行人が気づいてよける、という簡素な描写になっています。ちなみに深沢脚本は、この駅に軍国主義者を批判する演説が響くといった描写もあります。
冒頭を比較するだけでも、高畑さんと深沢脚本の方向性の違いがうかがえます。
スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、原作に対する高畑さんの姿勢についてこう回想しています。「原作は明らかに、野坂昭如さんの妹への贖罪(しょくざい)意識が強く、そのままやれば、清太への感情移入映画になってしまう。『自己憐憫(れんびん)は描きたくない』。高畑さんのつぶやいたセリフを僕は、いまだに強烈に憶(おぼ)えているんです」(文春新書「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」)
深沢脚本はまさに「そのまま」哀れさを強調し憐れみを誘おうとしているようです。例えば、吾作という名の農家の男が飢えた清太に情けをかけて大豆の袋を与え、ラストに再登場し兄妹の暮らした横穴の前でドロップを拾ってその死を憐れむ、という独自の描写で締めくくる点。オーソドックスなアプローチと言えます。
映画はまるきり違って、吾作は無心を冷淡にはねつけます。ラスト近くで横穴に(正確には横穴の対岸の豪邸に)現れるのは疎開から帰ってきた華やかで健康なお嬢さんたち。当然、横穴の極貧兄妹など知りゃあしません。
この場面で面白いのは、高畑脚本と高畑さんによる絵コンテと完成映画の比較です。協同組合日本シナリオ作家協会「シナリオ」22年9月号に再録された高畑版「火垂るの墓」(22年8月22日の本欄「発見!『火垂るの墓』に星一徹が出る予定だった」参照)を見ると、聞こえるのは笑い声と蓄音機の「ホーム・スイート・ホーム」だけなんですが、コンテはセリフが足され「いやー、ちっとも変わっとらんわ」「やっぱり我が家はええなァ」「久しぶりやわ、電蓄!」「敵性音楽を禁ず! フフフ…」とあります。
そして映画は「久しぶりやわ、蓄音機!」のあと「懐かしい景色やわァ!」となりお嬢さんたちの出番終了。彼女たちがはしゃげばはしゃぐほど、「情けをかける」とは逆方向に兄妹の悲劇性は増していきます。残酷なコントラスト。高畑さんのやりたかったことでしょう。ただ「敵性音楽を禁ず! フフフ…」は、はしゃぎ過ぎ(不人情過ぎ)とセーブしたのでは。単に分かりにくいと思ったから換えたのかも知れませんけど。
かように高畑演出はキャラクターを突き放し、観客には情緒的な感情移入でなく冷静な客観視を求めるのですが、本作では劇中に、兄妹の受難を客観視する兄妹の亡霊を置いて二重の客観性を構築しています。カメラ目線(観客を見ている)の亡霊の清太が「僕は死んだ」という印象的なモノローグを放った後に目線を移すと、その先に、駅構内で死にゆく自分が現れる。このシーンで映画を始めたことにより、物語全体を清太の亡霊による観察(回想)という枠組みにはめました。かなり強固な構造です。
原作は兄妹が共に死に向かう一種の「心中もの」であり、そこに「近親愛みたいなものがある」(徳間書店「アニメージュ」87年6月号での高畑勲×野坂昭如対談。文春ジブリ文庫「ジブリの教科書4 火垂るの墓」でも読めます)、その強烈な情念と官能性をガッチリ抑え込む計算でしょう。一方で、死に対しても冷徹な高畑さんは死が甘美な救済に見えてしまわないよう工夫もしています。それは09年7月13日の本欄「赤は阿修羅の赤」でも書きました。亡霊の清太の表情は興福寺の阿修羅像がモデルで、亡霊を包む異空間の朱色も阿修羅像の色。亡霊の清太の悲しみと憂いと怒りを内に抑え込んだような表情は阿修羅なのです。
写真・図版
NHKディレクター寺越陽子さんによる「高畑勲と『火垂るの墓』―『幻の脚本』と『7冊の構想ノート』を読み解く―」(新潮社)
さて亡霊を出すアイデアがどうやって生まれたのか、私は長いこと気になっていました。「高畑勲と『火垂るの墓』」第2章で紹介されている構想ノートのあるページの記述(写真つき)を読み、その経緯のかなりの部分が分かった気がします。このノートは、19年に東京国立近代美術館で開催された「高畑勲展 日本のアニメーションに遺(のこ)したもの」(19年7月22日の本欄「高畑勲の『謎』と『解』」参照)の準備中に遺品の中から深沢脚本と一緒に発見され、ノートの一部は同展で展示もされましたが、問題のページはなかったと記憶しています(私が見過ごしたかも)。
高畑勲の「謎」と「解」
「高畑勲と『火垂るの墓』」によると、7冊のノートの「1冊目」と「2冊目あるいは3冊目」(順番が未確定)には「二人の清太」(つまり清太の亡霊)は登場しませんが、「3冊目あるいは2冊目」に箇条書きのプロット案があり、そこにいきなり「現代の少年」が出てきます。
○'87三宮駅に手をつなぐ兄妹出現。'87の包み紙を嗅ぐ。
少年、オビえてひきとめようとする妹の手をふりきって駆けだす。
○'87三宮駅。少年、はっと足をとめる。たちまちまわりはかわり、'45の柱のかげに死にゆく清太。清太死ぬ。
そしてその反対の左ページに1行だけ、何とこんな書き込みが。
○亡霊がウロツイている――それはなぜか。→本編――
87年の三宮駅を妹と歩いていた少年が45年の三宮駅の清太を見る。タイムスリップか幻視か。現代の少年と清太をどの程度絡ませるつもりだったのかは分かりませんが、ノートの記述がそのまま高畑さんの思考過程だとすると「死にゆく清太を見つめる現代の少年」の絵が頭の中で「死にゆく清太を見つめる亡霊の清太」にパッと切り替わったんじゃないか。そして左のページに記述が1行だけ、というのは、そのアイデアがそれまでの構想を一新する決定的なものだったからじゃないか。興奮します。きっと高畑さんも興奮したはず。〈現代とどうつなぐか?〉→〈現代の少年を出す〉→〈現代の少年でなく清太の亡霊〉→〈亡霊が現代を見つめる〉という流れが見えてきます。
同書第3章で鈴木プロデューサーは「高畑さんがあの作品をやる時に一番悩んでいたのはね、どうやって現代と結びつけるか、そこだったの」「ある時ポンと高畑さんが言い出したんですよ、幽霊だって」「その自分のアイデアにね、高畑さんはかなり喜んでいた。覚えてますよ、それは」と、寺越さんに語ります。
映画ラスト、清太が節子を荼毘(だび)に付す様子を見届けた(とおぼしき)亡霊の清太は、草むらから出現した亡霊の節子をひざに寝かせ、フッとカメラ目線になる。観客の私たちを見つめたのです。そして次のカットでベンチの2人を後ろからロングで捉えたカメラがクレーンUPすると、視線の先に現代の神戸のビル群が美しい夜景となって現れます。
同書で紹介されている構想ノートによると、初期には亡霊がもっと冗舌で、死んで40年たっても中学生のまま妹と一緒にいるといった趣旨のモノローグや「現代をさまようエンディング」なども構想されていたようですが、それをやめて現代との結びつきをラスト一発に絞ったのは正解だったと思います。インパクトがすごい。まさに観客を撃ち抜きます。
「この映画には清太の幽霊らしきものが登場して、自分たち自身を見つめたり、こちら(観客)を見つめたりします。じつはいま、私たちは先立った人たちに見つめられているのだという、日本人の昔からの感覚をもつことが必要ではないかと考えているのです」
「戦後これからどうしていくんだ、戦後四十年たってこれからどうするつもりなんだと問いかけられている、見つめられているという意識を持つことが、いまあらためて必要になっていると思います。そんなことも考えて、二人の幽霊を出しました」
これは高畑さんの著書「映画を作りながら考えたこと」(徳間書店)所収の講演記録「映画を作りながら考えたこと」から。2人は死んでも成仏できずさまようかわいそうな存在などではなく、私たちがその存在と視線に“おそれ”を抱くべきたくさんの死者の代表なのだ、ということが分かります。
人間の命や人生の本質を探れば時代や場所を超えて普遍性を持つ、すなわち現代の我々と結びつくと思います。それは様々な国の、様々な時代を描いた映画を日々見ていて実感します。しかし高畑勲監督は「火垂るの墓」でもっと直接的な表現で現代を撃とうとした。なぜか?
公開前年の87年当時の記者発表用資料(前掲の「映画を作りながら考えたこと」でも文春ジブリ文庫でも読めます)で、高畑さんは原作についてこう書きました。
「しかしいま『火垂るの墓』は強烈な光を放ち、現代を照らしだして私たちをおびえさせる。戦後四十年を通じて、現代ほど清太の生き方死にざまを人ごととは思えず、共感し得る時代はない」
「現代を照らしだす」という言葉が手がかり。以下は「ナウシカ30点」発言の続きです。
「この映画化をきっかけに宮さんが新しい地点にすすむだろうという期待感からすれば、30点ということなんです。宮さんはただの演出ではなく、作家なんですから」
「『巨大産業文明崩壊後1000年という未来から現代を照らし返してもらいたい』と思っていたんですが(中略)『現代を照らし返してほしい』という部分がもう少し強く出る構成にならなかったかと、残念なんですが」
つまり大衆娯楽作品として満足なものを作ったって現代と切り結ばなけりゃ作家とは言えん。宮崎駿よ作家となれ、と奮起を促したワケです。読んだ宮崎さんが怒りのあまり鈴木さんの目の前でこのロマンアルバムを二つに引き裂いたというエピソードは、たしか鈴木さんのラジオ番組「ジブリ汗まみれ」(のポッドキャスト)で聴きました。
「映画を作るなら現代を照らし返す部分を持つべきだ」という信念に従ったか、言いっ放しは卑怯(ひきょう)だと感じたか、言うべきことを言ったけれども盟友を傷つけてしまったその責任を感じたか、高畑さんの胸のうちは分かりませんが、有言実行、「現代を照らし出す」と宣言して「火垂るの墓」に挑んだのだと、私は捉えます。
言葉を発すればそれは自分を縛るもの。「ファンタジーなんて現代と結びつかなきゃ30点」との思いを含んだ30点発言は、高畑さんの後年のファンタジー否定論の起点になったのでは、とも思いますが、それはまた別の話。
高畑さんについて本欄では何度も何度も書いてきましたが、まだこんなに書くことがあるとは。やはりすごい人です。
関心傾向としては、メディア批判、立憲・共産党・リベラル批判、中国・ロシア・台湾・ウクライナなどの外交安全保障、表現やジェンダー論争への反応が強い。政治思想そのものを断定する材料ではないが、コメント上は左派・リベラル・野党・朝日毎日系メディアへの不信が濃く、反共・反活動家・反マスコミの色がかなり強い。一方で単純な右派礼賛というより、表現規制、メディアの誤報、野党の党派性、左派的な二重基準を重点的に刺すタイプである。辛口に言えば、批判対象の失点には敏感だが、自分の側の粗さには相対的に甘くなりやすい。『党派性を批判する党派性』の罠に片足を突っ込んでいる。
政治・報道・外交安全保障を主戦場にする高稼働の辛口論戦ユーザーである。記事を広く読み、引用し、問い返し、短く判定する力はかなりある。メディアの誤報、野党・左派のダブルスタンダード、表現や安全保障をめぐる雑な議論への反応は鋭い。一方で、はてサ・リベラル・共産党・マスコミへの敵意が濃すぎて、批評と党派的な査問の境界が曖昧になる。新聞束で相手を殴りながら『紙面を読め』と言っているタイプ。読む量と切れ味は武器だが、力が入りすぎて机まで割る。
批判対象の発言や報道の粗を見つける力は強い。引用して論点を拾い、メディアや政治家の二重基準を短く刺す技術もある。ただし、刺す対象が左派・リベラル・マスコミに偏りすぎると、批評ではなく敵陣監視に見える。『はてサ』『記者を僭称する輩』『共産主義しぐさ』のようなラベルは気持ちよくても、使いすぎると相手の雑なレッテル貼りと同じ土俵に落ちる。辛口に言えば、相手の党派性を笑うなら、自分の党派性にも同じ硬さのメスを入れた方がよい。切れる包丁ほど、まな板以外を切っている時に気づきにくい。
https://archive.is/Z2Nby#selection-473.91-473.98
『The End of the Tour』は、ある職業全体を見事に描き切っている
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『The End of the Tour』――小説家デイヴィッド・フォスター・ウォレスと、彼を取材するために『Rolling Stone』誌から派遣されたライター、デイヴィッド・リプスキーとの5日間の交流を描いた新作映画――の冒頭近くで、1996年2月に『New York』誌に掲載された『Infinite Jest』の書評の冒頭が朗読される。
「まるでポール・バニヤンがNFLに入団したか、あるいはウィトゲンシュタインが『Jeopardy!』に出演したかのようだ。この小説は、それほどまでに巨大で破壊的だ。」
書き手のウォルター・カーンはさらに、「来年の文学賞はもう決まってしまったようなものだ」と評している。
同じような「到来の予感」は、ウォレス役を演じたジェイソン・シーゲルにも向けられている。彼は、懐疑的で野心的で、謙虚で、極度に自己意識が強く、うつ病を抱えながらも、本質的には寛大な天才としてウォレスを演じ、その演技によってアカデミー賞候補ではないかとさえ言われている。
シーゲルが高く評価されるのは当然だ。その演技は、これまでコメディ色の強い俳優と見られていた彼自身の意外な深みを明らかにすると同時に、ウォレスという人物の自己抑制的な魅力を鮮やかに体現している。
しかし、リプスキー役を演じたジェシー・アイゼンバーグの功績も見逃してはならない。彼は、いわばサリエリ役を演じているのである。
シーゲルが極めて特異な一個人を説得力をもって演じ切った一方で、アイゼンバーグはある職業そのものを完璧に表現している。
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飛行機の中で、付箋だらけになった取材対象の本を読み返している場面。
薄暗い立体駐車場を、大きなバッグを肩に掛け、レンタカーのキーを握りしめて歩く場面。
ウォレスの家に入って間もなく、携帯用カセットレコーダーの録音ボタンを押すことを申し訳なさそうに謝る場面。
「そんな答え、全然バカっぽく聞こえませんよ」と相手を安心させようとする場面。
あるいは、「いったいどっちが誰を取材してるんでしょうね」と冗談を言って、自分のことを聞かれるのをごまかそうとする場面。
こうした雑誌ライター特有の癖や所作を、アイゼンバーグは驚くほど正確に再現している。
彼が何度も録音機に目をやり、赤い録音ランプがちゃんと点いているか確認するたびに、私は身につまされる思いがした。
ちなみに言っておくと、私はこれまで取材相手の洗面所の戸棚を勝手に開けたことは一度もないし、相手が車の雪を払っている隙に、その部屋の様子をこっそり録音したこともない。映画ではリプスキーがそんなことをしているが、どちらもかなり不気味な行為だ。
雑誌のプロフィール記事を書くための取材と、誰かの監視記録を作ることとの間には、時としてほとんど境界線が存在しないのである。
(私の同僚エミリー・ナスバウムは、この映画について「タイトルは『Shame Spiral(羞恥のスパイラル)』にすべきだった」とツイートしていた。)
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英雄的な『大統領の陰謀』もあれば、倫理を踏み外した『Shattered Glass』もある。
『Rolling Stone』誌の記者を描いた作品としては、キャメロン・クロウ監督の『Almost Famous』もある。
しかし、雑誌プロフィールを書くために長時間インタビューを重ねるなかで生まれる、あの奇妙で人工的な親密さをこれほど的確に描いた映画は、私は他に思い当たらない。
役作りのためにアイゼンバーグは実際にリプスキー本人へインタビューを行い、ウォレスと過ごした時間をどんな感情で振り返るのかを尋ねた。
また、リプスキーが愛用していた、ノートを縦半分に区切ってメモを取る独特の記録法も教わり、それを映画の中で忠実に再現している。
映画の原作となった『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』の序文を読む限り、当時のリプスキーは、自分をかなり挑発的な記者だと考えていたようだ。
彼はこう書いている。
「今、マクセルの新品カセットを開封してレコーダーに入れた。記者にとっては、いつだって気分のいい、何の罪もない瞬間だ。弾を装填し、ブーツを磨き、任務に就くようなものだ。」
一方アイゼンバーグは、自身がインタビューされる立場である経験も役作りに生かした。
彼は私にこう語った。
「インタビュー中、私はいまだに、目の前にいる記者個人ではなく、その背後にいる読者全体へ向かって話しているんだということを忘れてしまうんです。実際には、一人の人間と向かい合って座っているだけなのに、それを思い出すのは難しい。」
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『The End of the Tour』では、リプスキーから見た取材者と被取材者の関係は、複数の動機が幾重にも重なり合ったものとして描かれている。
ウォレスより4歳年下のリプスキーは、小説家としては彼ほど成功しておらず、自分の才能の小ささを痛感しながら、ウォレスの才能と成功を羨望している。
彼自身が編集者の部屋へ乗り込み、「この取材は自分にやらせてほしい」と直談判した。
(もっとも、この場面は、90年代の雑誌編集部というより、帽子をかぶった昔ながらの新聞記者映画のハリウッド的なお約束に近い。実際の当時の雑誌編集部は、もっとカーペット敷きの穏やかな場所だった。)
リプスキーがウォレスから本音を引き出そうとする背景には、いくつもの衝動が入り混じっている。
彼は、
(続きます。)
もちろん、ほとんどの雑誌取材が、この映画のようにこれほど強烈な動機の交錯から生まれるわけではない。もし毎回そうだったら、この仕事は到底続けられないだろう。
(実際、この取材依頼も映画の描き方とは少し違っていた。リプスキーによれば、これは『Rolling Stone』誌のオーナーであるジャン・ウェナーが、バンダナを巻き、無精ひげを生やしたウォレスの写真を見て、「こいつはうち向きだ。リプスキーを行かせろ」と言ったことがきっかけだった。)
それでも、取材という行為の構造そのものが、取材者と対象者を物理的に長時間近づけるため、不安定な親密さを生み出すことがある。
もっとも、その親密さの最終目的が、「片方がもう片方について記事を書くこと」であるという事実は、決して忘れ去られることはない。
何時間も語り合ううちに、インタビュアーと対象者は、まるで大学時代の友人同士のように、お互いの信念を熱心に語り合うこともある。
あるいは、恋愛の始まりにある、酔うような告白の時間を共有する恋人同士のようになることさえある。
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リプスキーにとって「いい記事」になることが、自分にとって望ましいこととは限らない、と。
それでも録音機を手放さないリプスキーは、「もちろんです」と即座に応じる。
恋愛と戦争、そして双方が合意した雑誌インタビューでは、すべてが許される。
(リプスキーは、質問がウォレスを不快にさせるたび、「でも、この記事を受けることに同意したのはあなたですよ」と何度も言い返す。)
二人はすでに、ジャネット・マルコムの古典的エッセイ『The Journalist and the Murderer(ジャーナリストと殺人者)』の議論を、内面化しているのである。
1989年に『The New Yorker』で発表され、翌年に単行本化されたこの作品は、記者と取材対象との関係を、「誘惑と裏切りのドラマ」として分析したものだった。
映画の舞台である1996年当時、ニューヨークで働く雑誌記者で、この本を読んでいない者は一人もいなかった。
その冒頭の一文――
「自分が何をしているのかを理解できる程度の知性と自己認識を持つジャーナリストなら、自分の仕事が道徳的に弁護できないものであることを知っている。」
――を、おおよそ暗唱できる記者も多かった。
映画では描かれないが、原作『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』では、リプスキーがこの本に触れる場面がある。
「ええ、ずっと前に読みましたよ。」
とウォレスは答える。
(精神分析的な視点を重視したマルコムなら見逃さなかったであろうことに、この会話の直後、リプスキーは反射的に録音機がまだ動いているか確認している。)
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マルコムの本――今なお必読書である――は、主としてジャーナリズムにおける「裏切り」の瞬間を描いている。
つまり、取材対象が記事を読み、自分が思い描いていた自己像ではなく、記者が構成した別の物語として描かれていることを知る、その瞬間である。
答えは単純だ。
信頼してよい。
ただし、記者は得た材料を使って、自分が最善だと思う記事を書くという意味でだけ。
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一方、『The End of the Tour』が見事に描いているのは、その前段階――誘惑のプロセスである。
だからこそ、この映画はジャーナリズム教育の教材にも加えられるだろう。
記者が相手の心の中へ入り込もうと努力することは、仕事上の必要から始まる。
映画では、リプスキーが巧みにウォレスから本音を引き出す様子が描かれる。
例えば、二人が飛行機で隣同士の席に座り、逃げ場がない状況になってから、ウォレスがハーバード大学院時代に精神病院マクリーンへ入院していた事実を切り出す。
これは、ジャーナリストらしい狡猾さを映画的に表現した見事な場面だ。
その一方で、車内でラジオに合わせて一緒に歌う場面では、ウォレスと時間を共有していることへの純粋な喜びも描かれている。
結局のところ、どれだけ記者であっても、人は最後には自分自身になってしまうのである。
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映画は、『Rolling Stone』の記事が掲載される前で終わる。
だから、映画が描くウォレスとリプスキーの関係には、「前置き」はあっても、「その後」はない。
実際には、その記事は『Rolling Stone』には掲載されなかった。
リプスキーによれば、自身の著書のあとがきで説明しているように、編集長ジャン・ウェナーが、記事を書く前に掲載を取りやめたのである。
ウォレスが2008年に自殺したあとになって初めて、リプスキーは当時の取材メモをまとめ、長い記事を書いた。
それは高い評価を受け、その後、二人の会話をほぼそのまま収録した本として出版された。
ウォレスの未亡人と遺産管理団体は、この映画に強く反対し、「ウォレス本人なら、あのインタビューがこのような形で使われることを決して望まなかったはずだ」と主張している。
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『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』の中で、リプスキーは、ウェナーから「記事は書かなくていい」と言われたとき、むしろ安堵したと記している。
普通なら、記事がお蔵入りになることは、記者にとって腹立たしいか、あるいは打ちのめされる出来事だ。
しかし彼は違った。
彼はこう書いている。
「書こうとはした。でも、そのたびにデイヴィッドがその記事を読んでいる姿を想像してしまった。そして彼が、記事だけでなく私自身まで見透かし、レントゲン写真を見るように、どこか胡散臭い部分を見抜いてしまう気がした。」
リプスキーは、ウォレスと築いた一時的な友情――あの親密な時間――に、あまりにも心を残していた。
その体験を客観的な記事へと作り替えるだけの距離を、まだ持つことができなかったのである。
もし書いていたとしても、きっと成功作にはならなかった。
『The End of the Tour』が描いているのは、まさにその唯一無二のダンスである。
ジェシー・アイゼンバーグが『The End of the Tour』の脚本を読んだのは、あるインタビューを受けた直後だった。
そのインタビューについて彼は、
「自分について好意的なことを書くつもりはないし、自分が望むような人物像として描かれることもないだろうと分かっていた」
と語っている。
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この映画は、ジェームズ・ポンソルト監督(『The Spectacular Now』)による作品で、ジャーナリストのデイヴィッド・リプスキーが書いた本を原作としている。
その本は、1996年、『Infinite Jest』という壮大なコメディ小説のプロモーション中だったデイヴィッド・フォスター・ウォレスと、リプスキーが過ごした5日間を記録したものだ。
彼自身も小説家だったが、成功は限定的で、『Rolling Stone』誌で働いていた。
彼は編集者を説得し、インディアナ州へウォレス(演:ジェイソン・シーゲル)のインタビューに行かせてもらう。
『Infinite Jest』の出版によって、当時34歳だったウォレスは文学界の有名人となった。
主要メディアは彼を「自分たちの世代の声」「天才」として絶賛した。
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ピューリッツァー賞受賞劇作家ドナルド・マーグリーズによる『End of the Tour』の脚本を読んだアイゼンバーグは、
「この男を演じるのは面白いと思った。単なる無害なインタビュアーではなく、誰かを暴こうとしてそこへ向かっている人物だから」
と感じたという。
文学者同士の長い会話など、素晴らしい映画になる題材には思えないかもしれない。
しかし『End of the Tour』は、ユーモアと哀しみを交えながら展開する、二人の間の魅力的な心理戦になる。
一種のロードムービーでもあるこの作品は、ポップタルトやジャンクフードを分け合うような馬鹿げた日常的な場面と、暗く告白的な瞬間を並置している。
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アイゼンバーグは、ウォレスについて人々が知っていることは、おそらく二つだけだと言う。
一つは、彼が1079ページにも及ぶ巨大な本を書いたこと。
写真では、しばしば祖母のような丸眼鏡をかけ、長い髪をバンダナでまとめている姿が写っている。
描写に満ち、魅惑的で、予想外の方向へ進む。
良くも悪くも、唯一無二の声だった。
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主にコメディ俳優として知られていたシーゲルをウォレス役に選んだことには、インターネット上で反発もあった。
ポンソルト監督は、シーゲルを一つのジャンルだけに閉じ込めることは馬鹿げていると言う。
ロビン・ウィリアムズやトム・ハンクスのようなコメディ出身者が、偉大なシリアス俳優になった例を挙げながら。
またポンソルトは、もう一人の主演俳優であるアイゼンバーグについても高く評価している。
彼をダスティン・ホフマンやジーン・ハックマンになぞらえ、
だと語る。
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早口で話し(ニューヨーク出身らしい特徴だ)、機転の利いた冗談をすぐ返すアイゼンバーグ(31歳)は、シーゲルとの関係について、
「映画の中の二人の人物の関係はしばしば対立的だけれど、僕たち自身はとても良い仲間意識があった」
と話す。
劇作家でもあり短編作家でもある彼は、マーグリーズの脚本を読むことを楽しみにしていた。
「登場人物たちが、本当に感情的に複雑な人生を持っていると分かっていた。台詞も良い。場面が3行程度で終わるようなものではない。こんな作品に関われる機会って、どれくらいあると思う?」
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アイゼンバーグの次の仕事は、8月にカリフォルニアで撮影開始予定のウディ・アレン作品。
その後には、自身初の短編集『Bream Gives Me Hiccups』の出版ツアーが控えている。
さらに、この年には『American Ultra』『Louder Than Bombs』の2作品が公開予定で、翌年には『Batman v Superman: Dawn of Justice』で悪役レックス・ルーサーを演じる。
「バットマン映画で僕が演じる場面は、本当に面白くて魅力的なんです」
と語る。
彼は、『End of the Tour』のような小規模作品と、大作映画の両方で仕事をすることに価値を見出している。
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「俳優との仕事の仕方を深く理解している、珍しいタイプの監督」
だと評価する。
また、最初はそれほどドラマチックではないと思った場面を、ポンソルトがより劇的なものに変えていくことに感銘を受けたという。
「一見すると何気ない会話の中に、生死をかけたような緊張感が生まれるんです。」
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結局、リプスキーは『Rolling Stone』の記事を書く必要がなくなった。
『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』のあとがきで、彼はウォレスと過ごした時間の中で、自分自身が抱えていた不安や劣等感を認めている。
興味深いことに、雑誌ライターとして経験豊富だったウォレスの方が、インタビューという行為についてはリプスキーよりはるかによく理解していた。
自分の発言がどのように誤解され、切り取られ、分析され、再構成される可能性があるか。
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カメラの存在と同じように、回り続ける録音機は現実そのものを変えてしまう。
その意味で、二人は互いのために演じていたのだとポンソルト監督は考えている。
しかし同時に、ウォレスは「自分自身を明らかにしようとしていた」とも感じている。
「彼は本質的に警戒心の強い人でした。おそらく作家や、思慮深く神経症的な人間がするように、常に自分自身を編集していたんだと思います」
とポンソルトは語る。
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『End of the Tour』はサンダンス映画祭で上映された際、好意的な評価を受けた。
特に、デイヴィッド・フォスター・ウォレス文学トラスト、彼の未亡人、そして何人かの編集者からである。
理由は複雑だ。
「ウォレスはスクリーン上で自分を描かれることを望まなかっただろう」
ということだった。
また、作家の遺産や作品を自分たちのもののように守ろうとする人々もいる。
ウォレスを直接知らず、遺産にも関係がない、ただのファンでさえそうすることがある。
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ポンソルトは言う。
「多くの人がデイヴィッドを深く大切に思っていることは理解しています。私たちは何も知らずに作ったわけではありません。この映画を金儲けのために作ったわけではない。もちろんお金のためでもない。私たちはデイヴィッド・フォスター・ウォレスを愛しています。願いは、より多くの人が彼の作品を読むことです。」
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作家が衝撃的な死を遂げたことを考えると、不快感を覚える人がいるのも理解できる。
しかし、文学者の自殺というものは決してウォレスだけの特殊な例ではない。
『End of the Tour』は、ウォレスが、おそらく最も力を発揮していた時期を描いている。
彼の死は遠い影として存在しているだけだ。
リプスキーの本は、5日間のインタビュー記録がほぼそのまま収録されている。
その中でウォレスはこう語る。
「作家は他の人より頭がいいわけじゃないと思う。ただ、彼らは自分の愚かさや混乱の中に、より説得力を持ってしまうんだと思う。」
そしてすぐにこう付け加える。
「でも今の言い方も、結局は音のいい言葉になるように僕が構成しているんだけどね。」
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これは、ウォレスが自分の名声や、自分が作られるイメージとの間に、どれほど居心地の悪く複雑な関係を持っていたかを示しているとも言える。
「公の人物としてできる唯一の望みは、自分について物語を作る人たちが、自分に対してある種の敬意を持っていることです。そして、この場合、それは確かにそうだったと思います。」
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有名人として、アイゼンバーグ自身も、自分について何が書かれるかを完全にはコントロールできないことを知っている。
実際、彼は以前、自分が不快に感じた記事を書いたインタビュアーに電話をした。
その記者は、その記事には皮肉なトーンがあったことを認めたという。
「自分がそこまで注目されるほどの価値があるとは思えなかったんです。それに、僕は特別に物議を醸すようなことをしていたわけでもありませんでした。」
Jesse Eisenberg read the script for “End of the Tour” shortly after doing an interview “that I knew was not going to say nice things about me or characterize me in a way that I would want to be characterized.”
The film, from director James Ponsoldt (“The Spectacular Now”), is an adaptation of journalist David Lipsky’s book that recounts five days in 1996 with David Foster Wallace during the promotion of the author’s epic comic novel “Infinite Jest.”
Eisenberg plays the then-30-year-old Lipsky, a novelist himself with modest but limited success, who was working at Rolling Stone. He persuades his editor to send him to interview Wallace (Jason Segel) in Indiana, where the novelist taught at a small college. The publication of “Infinite Jest” made Wallace, then 34, a literary celebrity, with major publications lauding him as the voice of his generation and a genius.
After reading the script for “End of the Tour” by Pulitzer Prize-winning playwright Donald Margulies, Eisenberg “thought it would be interesting to play this guy who was not this innocuous interviewer but is kind of going there to expose somebody.”
While a prolonged conversation between a couple of literary guys doesn’t sound like the stuff of great cinema, “End of the Tour” becomes a fascinating fencing match between the two, punctuated by humor and pathos. A quasi-road-trip movie, it juxtaposes silly and mundane concerns — they share Pop Tarts and junk food — with dark and confessional moments.
If people know anything about Wallace, it’s that he wrote a big book — 1,079-pages — and hanged himself in 2008 at 46, observes Eisenberg. The author was an eccentric figure. His photos often show him wearing granny glasses, his long hair wrapped in a bandana. His writing was electric, trippy, with descriptive passages, seductive and unexpected, for better or worse a singular voice.
The choice of Segel, mostly known for comedies, to play Wallace engendered some protests on the Internet, but the actor proves riveting in his portrayal. Ponsoldt thinks it is ridiculous to box Segel into one category, pointing out that comic talents like Robin Williams and Tom Hanks proved to be great dramatic actors.
Ponsoldt also has high praise for his other star, Eisenberg, comparing him to Dustin Hoffman and Gene Hackman, “guys you wouldn’t think could become leading men.”
A fast talker (a New York City native) and ready with a quip, Eisenberg, 31, says he and Segel had “a nice camaraderie even though the relationship of the characters in the movie is often contentious.”
A playwright and short story writer himself, the actor was excited to see the script from Margulies.
“I knew the characters would have a real emotionally complicated life, that there would be good dialogue, that the scenes were more than three lines long. How often do you get that chance to do something like that?”
Next up for Eisenberg is a Woody Allen film slated to begin shooting in California in August, and then a book tour for his first collection of short stories, “Bream Gives Me Hiccups.” He’s got two more movies coming out this year — “American Ultra” and “Louder Than Bombs” — and next year will be seen as the arch-villain Lex Luthur in “Batman v. Superman: Dawn of Justice.”
“The scenes I have in the Batman movie are so interesting and compelling,” says Eisenberg, who finds positives in working in both big films and smaller ones like “End of the Tour.”
The actor credits Ponsoldt as “an unusual director with keen insight into how to work with actors.” Eisenberg adds he was impressed with how Ponsoldt could make scenes more dramatic than he thought at first. “There becomes these life-or-death stakes in what is seemingly casual interaction.”
Lipsky, as it turned out, never had to write the Rolling Stone article. He published his interviews in book form after the author’s death. In his afterward to “Although of Course You End Up Becoming Yourself,” he acknowledges his own insecurities during their time together.
Interestingly, Wallace — a veteran magazine writer himself — was far more experienced with the interviewing process. It’s easy to see how acutely aware the author was of how everything he said could be (mis)interpreted, parsed, repackaged, etc. etc. He was a wordsmith after all.
Like the presence of a camera, a running tape recorder alters reality. In that sense, the two were performing for each other, the director thinks, but also feels Wallace was “trying to reveal himself,” while trying to come to grips with his sudden celebrity. “He was an inherently guarded person, probably self-editing the way writers and thoughtful neurotic people do,” says Ponsoldt.
“End of the Tour,” which received positive reviews when screened at the Sundance Film Festival, has drawn objections from some camps, notably from the David Foster Wallace Literary Trust, his widow and some of his editors, none of whom took part in the making of the film.
The reasons are complicated. For some it comes down to saying Wallace would not want to be portrayed on screen. There are others who are proprietary about the author’s legacy and writings, even those who are just fans and never knew him and have no stake in his estate.
“I understand that a lot of people care deeply about David,” says Ponsoldt. “We didn’t go into it naïvely. We didn’t make this movie for mercenary purposes, and it certainly wasn’t money. We love David Foster Wallace. Our hope is that more people read him.”
Some people might be uncomfortable since the author died in a shocking way, though literary suicides are hardly unique.
“End of the Tour” finds Wallace at, perhaps, the height of his powers, with his death a distant shadow. In Lipsky’s book, which is mostly the transcriptions of the five-days of interviews, Wallace says, “I don’t think writers are any smarter than other people. I think they more compelling in their stupidity, or in their confusion.” And then immediately admits, “I’m structuring that into a sound bite.”
That might be construed as the author having an uncomfortable, complicated relationship with his fame and image.
“The only hope you have as a public figure is the people making a story about you have some reverence for you, which in our case would be true,” says Eisenberg.
As a celebr
https://www.rogerebert.com/reviews/the-end-of-the-tour-2015 The End of the Tour』レビュー
マット・ゾラー・サイツ
ジェームズ・ポンソルト監督(『The Spectacular Now』)の『The End of the Tour』は、天才と、その人物の輝きの中に身を置くもう一人の芸術家を描いた映画という点で、『アマデウス』と同時上映してもよく似合う作品かもしれない。
もちろん舞台設定は大きく異なるし、賭けられているものもはるかに小さい。『Tour』は、ローリング・ストーン誌のライター、デイヴィッド・リプスキーが、故デイヴィッド・フォスター・ウォレスに同行した1週間半を脚色した物語である。ウォレスは、巨大な電話帳のような長さの傑作『Infinite Jest』の宣伝ツアーを行っていた。
しかしそれでも、これは才能はあるが際立った存在ではない創作者が、間近で天才を観察し、その才能を吸収し、魅了され、同時に嫉妬する物語である。
またこの作品は、映画史上でも特に珍しい関係性を描いた傑出した作品でもある。文化的巨人と、その人物と同じ分野で、いつか自分も彼ほど偉大になりたいと夢見る記者との関係である。
ただし、この映画が明確に違うものは、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの伝記ではないということだ。ましてや彼の作品や世界観を称賛する映画でもない。
それが観客にとって致命的な欠点になるのか、むしろ長所なのか、あるいは気にする必要のないことなのかは、この映画に何を求めるかによって変わるだろう。
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『The End of the Tour』は、本当の意味ではウォレス(ジェイソン・シーゲル)についての映画ではない。もちろん彼はもう一人の主要人物ではある。
映画は、リプスキー(ジェシー・アイゼンバーグ)が『Infinite Jest』について書かれた『ニューヨーク』誌の絶賛レビューに驚く場面から始まる。
その瞬間が、彼のウォレスへの執着を生む。
そして最終的に観客が考えさせられるのは、リプスキー自身の感情やキャリアの行方であり、ウォレスとの短い関係を利用して、自分自身の作家としてのキャリアを前進させたことについて、彼が罪悪感を抱いているのかということだ。
この時点でリプスキーは、まだ一冊しか本を出版していない。その小説はほとんど売れず、読まれることも少なかった。
彼はためらいながらも、厳しい寒さの冬にイリノイ大学でウォレスを訪ねた際、自分の本を彼に押しつける。
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ドナルド・マーグリーズによる脚本は、その大部分の時間と労力を、ある「ダンス」を観察することに費やしている。
一人目の踊り手はリプスキーだ。
彼はローリング・ストーン誌に小説家のロックスター的なプロフィール記事を書かせてもらうために、ウォレスにヘロイン使用の噂について質問することを条件として引き受けた。
そして彼がこの仕事をする動機は、控えめに言っても、決して純粋なものではない。
もう一人の踊り手はウォレスだ。
彼のフィクションとノンフィクション作品は、「真正性(authenticity)」という言葉の意味、そして現代生活の社会的儀式、テクノロジー、経済構造がどのように偽物の親密さを作り出しているかという問題を部分的に扱っていた。
ウォレスは、そのような偽りの親密さを拒もうとしていた。
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最も興味深い点は、それぞれの側の物語が、まるで異なるジャンルの物語として展開しているように見えることだ。
ウォレス側の物語は、ある意味で軽いドラマ、あるいは恋愛物語に近い。
何度も傷つけられ、信頼できると感じるほんの少数の人間を除いて、ほとんどすべての人間関係から距離を置くようになった人物の物語だ。
作家の私生活に関心を持つ小さな世界では、ウォレスは引きこもり気質で謎めいた人物として見られている。
しかし映画を見るとすぐに分かるのは、彼が単に人を選んでいるだけであり、自分を守っているだけだということだ。
(恋愛映画なら「もう一度愛することを学ぶ」と言うところだろう。)
彼は、また傷つけられるのではないかと恐れながら。
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しかし彼は非常に頭がよく、人の話を聞く能力があり、相手から本音を引き出すことに長けている。
ただし、その態度には思い上がりがある。
彼はウォレスに対して、本来あるべき謙虚さを持って接してはいない。
むしろ、自分もウォレスと同等になれる可能性を持った作家だという視点から彼に近づいている。
つまり、ウォレスほど成功も名声も得てはいないが、同じくらい深い人物なのだ、と。
ウォレスはその態度を受け入れているように見える。
なぜか。
少なくとも数人の学生には本物の才能があり、自分のエゴや不安によって、芸術家と出会う可能性を閉ざしたくなかったのだろう。
あるいは単純に、彼が善良で楽観的な人間だったからかもしれない。
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一方、リプスキー側の物語は、しばしば詐欺師の物語のように感じられる。
あるいは、自分が他人を利用していることに気づいていない普通の人間の物語だ。
もしこれが恋愛ドラマなら、リプスキーは「もう薬物をやめた」と言い張る元依存者かもしれない。
あるいは、自分が思っているほど回復していない元アルコール依存症者。
または、変わったと周囲に信じさせたいが、本質的には変われない浮気常習者。
観客はずっと待っている。
何かが暴かれる瞬間を。
ウォレスが、リプスキーを本当に気に入っているにもかかわらず、彼が自分と本当の友情を築ける人間ではないことに気づく瞬間を。
そして一般的に、対象者が記者とそのような関係を築けると思うこと自体が間違いだと理解する瞬間を。
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有名人のプロフィール記事を書いてきたジャーナリストなら、誰でもポンソルト、アイゼンバーグ、シーゲルが描いたこの関係性を理解するだろう。
リプスキーが依頼されたような記事には、どこか吸血的なものがある。
そこには演技性も存在する。
ウォレスが序盤で指摘するように、取材対象者はある種の演技を求められる。
「こう見られたい自分」を演じるのだ。
一方、記者は自然な好奇心を装いながら、その表面を突破し、本当のもの、不快なもの、そして何より暴露的なものを探そうとする。
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俳優として何度もウォレスの立場に置かれてきたシーゲルとアイゼンバーグは、この関係性がどのように機能するのか直感的に理解している。
そして、それを瞬間ごとに具体的かつ明確に示している。
(しかし、それは重要ではない。『ニクソン』でアンソニー・ホプキンスはニクソン本人には似ていなかったが、素晴らしい演技を見せた。)
シーゲルがウォレスのような文章を書ける人物には必ずしも見えなかった。
だからこそ、ウォレス特有の極端な繊細さや微細な観察力を持つ人物だと信じられる。
これは大きな成功だ。
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なぜなら、彼は自分の演じる人物が観客に嫌われることをまったく恐れていないように見えるからだ。
彼は優れた聞き手だ。
彼の演じる人物はしばしば、蛇が野ネズミを観察するように、他人を細かく観察しているように見える。
『The End of the Tour』には、リプスキーを嫌いになる瞬間が何度もある。
そして、彼を気持ち悪いと感じる瞬間さえある。
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この物語は、編集者、批評家、記者、小説家、そしてそうした人々の問題に関心を持つ人々以外の観客を魅了するだろうか。
分からない。
おそらく難しいだろう。
この映画の驚くほどの特殊性は、シーゲルとアイゼンバーグという有名俳優が出演しているにもかかわらず、幅広い観客に発見され支持されることを妨げる可能性がある。
また、そもそもこの映画にデイヴィッド・フォスター・ウォレスを主要人物の一人として登場させる必要があったのか、という難しい問いもある。
(リプスキーが恋人に『Infinite Jest』の一節を読む場面がある程度だ。)
そしてウォレスの台詞以外には、この映画が彼の小説や、彼が作品に込めた執着やテーマを理解しようとしていることを示すものはほとんどない。
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もし『アマデウス』を知っていて、ウォレスの人生の大まかな輪郭を知っていて、さらにこの映画が作家デイヴィッド・リプスキーによるノンフィクション作品を基にしていることを知っているなら、この物語がどう終わるかは分かっている。
リプスキーはウォレスとの短い関係によって、自分自身もある程度の名声を得る。
しかし、そのことについてどう感じればいいのか完全には分からない。
『The End of the Tour』について最も良く言えることは、
ということだ。
そして同時に、それがこの映画について最も悪く言えることでもある。
中道・野田佳彦代表「写っているのは私で間違いない」 旧統一教会関係者との写真報道に
2026/1/27 12:15
中道改革連合の野田佳彦共同代表は26日夜、日本テレビ系の番組に出演し、インターネット番組「デイリーWiLL(ウィル)」が野田氏が25年前に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係者との会合に参加していたとして公開した写真を巡り、「写っている写真は私で間違いない」と野田氏自身であることを認めた。その上で「どのような形であのような会食になったのかよく調べたい」と述べた。
野田氏は26日午前、千葉県浦安市内で記者団の取材に対し「全く覚えていない。よく調べたい」と応じていたが、番組で調査の進捗(しんちょく)状況については「まだ調べていない」と答えた。
会合を巡っては旧統一教会関係者が産経新聞の取材に、教団系政治団体「国際勝共連合」による野田氏の後援会「佳勝会(かしょうかい)」の発会式だと証言した。
中道・野田氏「出席者分からず」 旧統一教会側との会合写真報道
中道改革連合の野田佳彦共同代表は27日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側の関係者との会合とされる写真がインターネット番組で報じられたことに関し、会合への出席は事実だと認めた。その上で「どういう人たちが集まったかは、事務所で調べたが分からない。特定できていない」と説明した。宇都宮市で記者団の質問に答えた。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2836F0Y6A120C2000000/
「訴えたって文春は書き得だから意味がない」みたいな言説あるけれどそんなわけあるか。
ちゃんとみんなが訴えれば、訴えられた側の記者は裁判への対応が必要になる。
代理人を立てたとしてもミーティングは必要だし、あとは全部おまかせって風にはならない。
ヤバいネタをよく書く記者であれば、皆がちゃんと訴えるようになれば一人でいくつもの裁判を抱えながら通常業務や取材をこなさないとならなくなる。
過去には結構な額の賠償金しはらいが命じられたケースもあるし、電車内の釣り広告に謝罪文を掲載することを求められて実際に行ったこともある。
皆がちゃんと訴えれば週刊誌がこんなに横暴にふるまうことなんてできないはずなんだよ。
一昔前は芸能事務所と週刊誌はある種ズブズブな関係だったところもあるんだろうけど今はマイナスしかないし、ちゃんと訴えたほうが世間の支持も得られると思うよ。
デイヴィッド・フォスター・ウォレスと『The End of the Tour』について
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私たちの多くは、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの小説『Infinite Jest』を最後まで読み切ることができなかった(しかも何度か挑戦した末に)。彼のジャーナリズムは冗長で、どこか恩着せがましく、控えめな調子で読者を見下しているように感じた。そして、ケニオン大学卒業式でのあの感傷的なスピーチは、まったくのたわごとだと思っていた。
さらに、2008年にウォレスが自殺して以降、いかにもアメリカ的な感傷的ストーリーによって、彼が「聖デイヴィッド」として祭り上げられていく流れにも私は抵抗を覚えていた。
そうした立場からすると、ウォレスを描いた新作映画『The End of the Tour』は、意外にも見やすい作品だった。もちろん、敬意を払いすぎるほど敬意を払っている映画ではあるのだが。
ジェームズ・ポンソルトの演出は滑らかで、劇作家ドナルド・マーグリーズの脚本も上品にまとまっている。ただ、映画全体は舞台劇をそのまま撮影したような静けさがあり、本質的には「本物の自己とは何か」をめぐる討論劇になっている。
だから観客は、この作品に込められた善意に酔うこともできるし、「本当にみんなこれをここまで真面目に受け止めていたのか」と呆れて目を丸くすることもできる。
映画ではジェイソン・シーゲルがウォレスを、ジェシー・アイゼンバーグが『Rolling Stone』誌の記者デイヴィッド・リプスキーを演じている。
リプスキーは、『Infinite Jest』刊行後の全米プロモーション・ツアーの最後に数日間ウォレスへ同行する。
1990年代、私自身も出版業界を回りながらツアーをしていた人間なので、この映画が描くジェネレーションX時代の空気は実に懐かしく、妙にリアルだった。
ウォルター・カーンが『New York』誌に書いた書評がパーティー中の話題を独占する。
『Rolling Stone』が前衛的・アカデミックな小説家のプロフィール記事を書くために記者を派遣する。
車の中ではみんなアラニス・モリセットのアンセムを大声で歌う。
どこでも煙草が吸える。
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『The End of the Tour』は、リプスキーが出版した回想録『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』を原作としている。
『Rolling Stone』誌は結局リプスキーの記事を掲載しなかったため、本の内容は5日間に及ぶ二人の会話の録音を書き起こしたものだけで構成されている。
「本当の自分」とは何か。
あるいは、自分が書いた作品を通して読者が勝手に「あなた像」を組み立て、その虚構の自分に置き換えられてしまうことへの恐れとは何か。
仮にウォレス本人が本当にそこまで怯え、それほど気にしていたのだとすれば、それはこの丁寧に作られた、上品なインディペンデント映画そのものが抱える矛盾を、かえって補強することになる。
その矛盾は、この映画のほぼすべての場面――いや、ほぼ一分ごとに存在している。
そして、その矛盾こそが、この映画全体を完全に無効化してしまっている。
すべてが柔らかくぼかされ、特別刺激的な出来事も、劇的な事件も、心を揺さぶる瞬間もほとんど起こらない。
結局残る印象はただ一つ。
この、しっとりと湿った映画のすべてのセリフは、ウォレスという人物の「好感度」を補強するためだけに存在している。
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映画の中でウォレスは、「この世界にはあまりにも繊細すぎた男」として描かれている。
そうした描き方は、とりわけ若い観客や俳優たちの感情には強く響くだろう。
映画のウォレスは、ポップタルトを分け合う天使のようなお人好しであり、誰からも愛される庶民派であり、苦悩する普通の人であり、更生した元依存症患者でもある。
「本物らしさ」と「人間味」を体現する人物として描かれている。
その一方で、この映画はもう一人のウォレス――私たちの何人かにとってはむしろそちらの方が興味深い人物――には一切触れようとしない。
時に逆張りをする男。
嫌な奴になれる男。
人を傷つける面を持つ男。
この映画が選んでいるのは、ケニオン大学卒業式で行ったスピーチ――深呼吸して言おう――**『This Is Water: 思いやりある人生について、ある特別な日に語られた考え』**によって「聖人」に列せられたウォレスである。
このスピーチについては、彼を最も熱心に擁護してきた人々や、かつての編集者でさえ、「彼が書いた中で最悪の文章だ」と評し、受け入れがたいものだと感じている。
それにもかかわらず、このスピーチはネット上で爆発的に拡散され、人生に迷う人々のための、湿っぽい自己啓発書のような存在になってしまった。
そしてこの映画のデイヴィッドは、理性の声であり、賢者であり、導師である。
映画全体が、「好感を持たれること」を何より重要視するカルト的な価値観に屈してしまっている。
おそらく名声を欲してもいた。
文学的名声を疑いながらも、そのゲームがどう展開するのか興味を抱く作家など珍しくない。
しかも、本は売れる。
彼は気難しく、意地悪で、毒舌家で、時に打算的でもあった。
だが、この映画では、そうしたデイヴィッド・フォスター・ウォレスは完全に消去されている。
だからこそ、この映画は最後まで単調で、ひたすら誠実ぶった一本調子の作品になってしまっている。
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たかが一度のブックツアーに出るだけで延々と苦悩し、雑誌のプロフィール記事を書かれることを「恐ろしくてたまらない」と嘆く。
だが、途中からスクリーンに向かってこう言いたくなるかもしれない。
「そんなにつらいなら、ツアーなんか途中でやめればいいじゃないか。
黙って帰れよ。
『Rolling Stone』なんか受けなきゃいい。
もういい加減にしろ。
少し落ち着け。」
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ロス・ペローを支持し、
晩年のジョン・アップダイクを容赦なく酷評する、あの痛烈で見事な文章を書き、
『Interview』誌では(『Infinite Jest』以前に)気取ったグラビア写真に収まり、
あのデイヴィッド・フォスター・ウォレスではない。
映画は、そうしたことのすべてが、ウォレス本人にとって耐え難い苦痛だったに違いないと強く示唆している。
彼は「本当の自分」が「偽物の自分」に乗っ取られてしまうことばかりを無邪気に心配している。
しかし、ウォレスほど頭の切れる人間が、本当にそんなことをそこまで気にしただろうか。
私はそうは思わない。
にもかかわらず、この映画は「彼は本当にそうだった」と言い張る。
その結果、皮肉にもウォレスを、かねてから多くの人々――親友だったジョナサン・フランゼンや元恋人のメアリー・カーまでもが薄々そう感じていた――が思っていたような、「世界レベルのナルシスト」として暴露してしまっているのである。
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私はデイヴィッド・フォスター・ウォレスという人物は好きだ。
とはいえ、大半において彼は「人を煙に巻く芸人」のような人物だったとも思っている。
彼が作り上げた人格にはどこか不誠実さがあった。
たとえば、
「AIDSが私たちに与えてくれた贈り物は、セックスには決して気軽なものなど存在しないということを大声で思い出させてくれたことだ」
こんな一節を、ジェイソン・シーゲル演じるウォレスが本気で語る場面を私はぜひ見てみたい。
私は、そうした矛盾だらけのデイヴィッド本人には何の問題も感じていない。
私にとって問題なのは、ウォレス本人ではなく、彼の死後に書き換えられた「ウォレス像」である。
彼は一世代の読者によって誤読され、人生の導師や、しゃれたモチベーション・スピーカーのような存在へと変えられてしまった。
そして多くのファンは、その仮面を外そうとはせず、むしろその姿を好んでいる。
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「明るく前向きな物語」を好み、好感度や共感しやすさ、そして「被害者であること」に執着する現代文化の中で、この映画は私たちに「こちら側の見方だけを受け入れろ」と要求してくる。
その結果、『The End of the Tour』は、ウォレスという極めて複雑な芸術家を、驚くほど一本調子に描いた作品になってしまっている。
陰影がまったくない。
信じられないほど複雑な作家を、ひどく単純化し、矮小化してしまっている。
もっとも、こうした感傷的でショービジネス的な「デイヴィッド・フォスター・ウォレス像」の形成に、ウォレス自身もまったく無関係だったとは言えないのだが。
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映画の中で最も興味深い場面では、「ウォレスは演技をしていたのではないか」という問いが投げかけられる。
ジャーナリストの前に現れたウォレスは、一人の作家として「パフォーマンス」をしていただけで、本当のウォレスを見せていたわけではない――そう考えることもできる。
実際、リプスキーの原作本は必ずしもその可能性を否定していない。
そして理想化されたウォレス、つまり「あるバージョン」のウォレス、言ってしまえば「偽物のウォレス」を提示する。
皮肉なことに、ウォレスが生前もっとも恐れていたことを、この映画は喜々として実現してしまっているのだ。
映画製作者たちがこの矛盾に気づかなかったのか、それとも完全に無視することを選んだのか。
どちらなのかは分からない。
だが、それは驚くべきことだ。
一分ごとに、一場面ごとに、『The End of the Tour』は、デイヴィッド・フォスター・ウォレスが信じ、大切にしていたはずのものをことごとく否定していく。
そして、描き方も企画そのものも、どこか思春期じみた思い上がりを感じさせ、見終えたあとには呆然とさせられる。
映画の中では、ウォレス自身が「自分はそんな存在にはなりたくない」と何度も訴えている。
ところが映画は、その訴えを意図的に、あるいは無自覚に無視してしまう。
ウォレスは何度も何度も「自分をキャラクター化しないでくれ」と語る。
それなのに映画は何をするのか。
延々と彼を撮り続ける。
ジェイソン・シーゲルは何をするのか。
「デイヴィッド・フォスター・ウォレスとはこういう人物だ」という一つのイメージを演じ続ける。
だからこそ、この映画は、もしウォレス本人が見たなら気が狂うほど嫌悪した作品になっていたはずなのだ。
ウォレスの遺産管理団体や編集者がこの映画を否定したのも、史実が間違っているからではない。
そうではなく、この映画がウォレスの最も望まなかったこと――彼を「キャラクター」に変えてしまったからなのである。
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ジェイソン・シーゲルは、ときには更生中の依存症患者特有の虚ろな目つきを見事に再現している。
しかし一方で、ウォレス特有の鋭く攻撃的な知性を十分に表現できていない場面もある。
彼はウォレスを、脅威とは無縁の、穏やかなヒッピーのように演じている。
これまで彼自身が何度も演じてきた、「愛すべき、少し間の抜けた、マリファナ好きの少年ヒーロー」の身ぶりへとたびたび戻ってしまうのだ。
とはいえ、映画そのものがそういうウォレス像しか許していない以上、他にどう演じようがあっただろうか。
もしシーゲルが、ウォレス本来の意地悪さや辛辣さ、人を叱責する一面まで演じてしまえば、この映画全体が作り上げている幻想は一瞬で壊れてしまう。
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この映画は終始、自分自身の匂いを嗅いでは、その香りにうっとりしているような作品だ。
考え得る限りもっとも「白い」ブロマンス(男同士の友情物語)であり、唯一の緊張感はジェシー・アイゼンバーグの演技から生まれている。
私はリプスキーと一年だけ同じ学校に通い、同じワークショップにも参加していた。
だから、アイゼンバーグが彼を実際以上に人間味のある人物として描いていることには感心した。
そして、彼が『Rolling Stone』誌のために取材した別の相手――その記事も結局掲載されなかったのだが――が語っているひどい体験談を聞けば、彼が今でもあまり変わっていないことが分かる。
その相手とはポルノ俳優のジェームズ・ディーンで、私のポッドキャストに出演した際、リプスキーについて不満をぶちまけていた。
だからこそ、この映画のラストを真剣に受け止めるのは非常に難しい。
アイゼンバーグ演じるリプスキーが、大勢の聴衆の前で自分のウォレス本を朗読しながら涙を流す。
その間スクリーンには、教会の中でウォレスが子どものように自由気ままな踊りをスローモーションで踊る姿が映し出される。
こんなイメージ――こんな気恥ずかしい発想――は、イメージ操作に敏感で、あれほど頭の良かったウォレスなら、自分を消し去りたくなるほど嫌悪したはずだ。
(アレックス・ロス・ペリー監督の『Listen Up Philip』は、若い小説家を苦々しく神経症的な人物として一切容赦なく描いており、この映画と二本立てで観ると実に示唆的だろう。)
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1980年代半ば、文学界の「ブラット・パック」と呼ばれた若い作家たちが、本を書いて金を稼ぎ、ベストセラーを連発しているのを見て、ウォレスは「自分にもできるのではないか」と思ったという話だ。
処女作『The Broom of the System』には、その影響が随所に見られる。
後年、本人はその影響を否定したものの、公の場ではその後も『Less Than Zero』を称賛し続けていた。
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数年前、私はD・T・マックスによるウォレス伝を読みながら、眠れない夜とテキーラの勢いもあってTwitterで長々と暴言を書き連ねた。
私が腹を立てていたのは、新しい読者たちのことだった。
彼らはウォレスの自殺とケニオン大学のスピーチを一つに結びつけ、「こういう人生を目指すべきだ」という感動物語へと作り変えてしまった。
ウォレスの作品をすべて読み、彼の歩みを長年追ってきた人間からすると、それはあまりにも感傷的なストーリーだった。
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私も同世代の多くの作家と同じように、ウォレスの作品はほぼすべて読んだ。
もちろん『Infinite Jest』だけは最後まで読めなかったが。
もっとも、その中心的アイデア――巨大企業が娯楽産業を支配していくという発想――は実に洒落ていて、時代を先取りしていたと思う。
しかし、『The Broom of the System』のいくつかの章と、初期短編の数編を除けば、私は彼の文章に心を動かされたことは一度もない。
私のように響かなかった読者の多くは、『Infinite Jest』を「依存症患者が延々と続ける自己演技」のように感じていた。
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そうだ。
私はそう思う。
文化の中で彼がどのように再解釈されてしまったか、そのことだった。
彼が晩年に売り物にし始めた「誠実さ」や「真摯さ」は、私たちには一種の策略にも見えた。
完全な嘘ではない。
文化全体が「皮肉」から「誠実さ」へ向かって変化していく流れを察知し、自分もそこへ順応したように思えたのである。
彼がいたという事実は好きだった。
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そうだ。
もちろんそう思う。
この会話スレッド(デヴィッド・フォスター・ウォレスの生涯、私生活における凄惨なDV・ストーキング・ハラスメント、親友フランゼンとの愛憎関係、そして映画『人生はローリング・ストーン』におけるジェシー・アイゼンバーグのインタビューや各誌のレビューに至るまでの一連の記録)を、いつでも読み返せるように1つのコンパクトなテキスト形式でまとめました。
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## 📄 デヴィッド・フォスター・ウォレス(DFW)に関する対話記録## 1. 「苛烈な発言」とその本質
この会話スレッド(デヴィッド・フォスター・ウォレスの生涯、私生活における凄惨なDV・ストーキング・ハラスメント、親友フランゼンとの愛憎関係、そして映画『人生はローリング・ストーン』におけるジェシー・アイゼンバーグのインタビューや各誌のレビューに至るまでの一連の記録)を、いつでも読み返せるように1つのコンパクトなテキスト形式でまとめました。
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## 📄 デヴィッド・フォスター・ウォレス(DFW)に関する対話記録## 1. 「苛烈な発言」とその本質
## 5. 映画『人生はローリング・ストーン(原題:The End of the Tour)』
**取材する側と受ける側の一対一の密室劇について、「公にメディアに書かれるという事実を忘れてしまう人工的な親密さ(不気味さと危うさ)」があると分析した。
** 相手の弱みを掴んで公に暴いてやろう(expose)と企む、牙を持った記者のエゴに惹かれて役を決意した。
** 『ロジャー・エバート・ドットコム』:映画『アマデウス』に匹敵する、天才と凡人の間に流れる「嫉妬と憎悪のダイナミズム」を映画史上最も見事に探求した。
** 『ローリング・ストーン』:会話劇でありながら驚くべき即時性と凶暴性を秘めた躍動するキネマ。厳重に警戒し合い、決してガードを下げない2人の心理戦。
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このウォレスの「光(天才的な思想・文学)」と「影(DV・ストーキング・プレデターとしての加害者性)」の双方の記録を、あなたの考察や読書のデータベースとしてお役立てください。
他にも特定の作品(『これは水です』や『Infinite Jest』など)の詳細なプロットや、90年代アメリカ文学の他の作家たちの動向など、さらに深掘りして保存したいテーマがあれば、いつでもお気軽に教えてくださいね。
## 5. 映画『人生はローリング・ストーン(原題:The End of the Tour)』
* *取材する側と受ける側の一対一の密室劇について、「公にメディアに書かれるという事実を忘れてしまう人工的な親密さ(不気味さと危うさ)」があると分析した。
** 相手の弱みを掴んで公に暴いてやろう(expose)と企む、牙を持った記者のエゴに惹かれて役を決意した。
** 『ロジャー・エバート・ドットコム』:映画『アマデウス』に匹敵する、天才と凡人の間に流れる「嫉妬と憎悪のダイナミズム」を映画史上最も見事に探求した。
* *『ローリング・ストーン』:会話劇でありながら驚くべき即時性と凶暴性を秘めた躍動するキネマ。厳重に警戒し合い、決してガードを下げない2人の心理戦。
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『The End of the Tour』――ジェイソン・シーゲル、デイヴィッド・フォスター・ウォレス役という「無限の試練」を突破する
ジェームズ・ポンソルト監督による、思いやりに満ちた魅力的な、そして無許可で制作された故アメリカの偉大な作家の人物像研究。
ジェシー・アイゼンバーグ演じる、敵意から友情へと変化していくジャーナリストとの5日間の旅に焦点を当てる。
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ジェイソン・シーゲルを『The End of the Tour』で初めて見た瞬間、まるで彼がデイヴィッド・フォスター・ウォレスのハロウィーン仮装をしているように見える。
スウェット姿。バンダナからのぞく長髪。眼鏡。そしてあの笑顔。
しかし、それを見て笑ってしまうのは、偉大な作家の作品をある程度知っている人間だけだろう。
そして、自分こそ本当の意味でDFW(デイヴィッド・フォスター・ウォレス)を理解していると思っている人たちは、きっとこう言いたくなる。
「彼なら絶対にこんなの嫌がっただろう!」
と。
しかし、この映画の中に入り込み、称賛された作家のかなり忠実な再現像と時間を過ごせることは、疑いなく大きな喜びである。
R.E.M.をステレオで流し、ポップターツを食べ、現代社会の落とし穴について雄弁に語るウォレスと一緒に過ごせるのだから。
特に、ジェームズ・ポンソルト監督(『The Spectacular Now』『Smashed』)が、1990年代への気取ったノスタルジーや、暴露的なスキャンダル探しにはまったく興味を示していない点が重要だ。
シーゲル演じるウォレスは、人里離れた安いアパートで一人暮らしをしながら、自己認識過剰なアメリカの大衆消費文化という矛盾した心臓部を体現している。
まるで、いつかコレステロールによる動脈硬化で倒れる日を待っているかのように。
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しかし、これはデイヴィッド・フォスター・ウォレスの伝記映画ではない。
この作品は、記者デイヴ・リプスキーが、ウォレスの『Infinite Jest』宣伝ツアー中に5日間を共にした経験を書いた回想録を基にしている。
ジェシー・アイゼンバーグ演じるリプスキーは、少し控えめに描かれたサリエリ役と言える。
リプスキーの本はほとんど売れず、返品処分の棚へ直行するような状況だった。
彼は『Rolling Stone』誌で短い記事を書き続けていた。
そんな彼がウォレスのインタビュー記事を担当したいと編集者に懇願する。
しかし同時に、批評家たちが絶賛する通り、ウォレスが本物の天才であることも認めていた。
⸻
映画の大部分は、リプスキーとウォレスがただ会話をする場面で占められている。
執筆について。
テレビについて。
テクノロジーについて。
名声について。
そして何よりも「本物であること」について。
そしてリプスキーが深く踏み込んでいくにつれて、私たちはウォレスがうつ病とどのように闘っていたのかを知ることになる。
彼は以前酒を飲んでいた。
自殺監視下に置かれた経験も、単純な化学的不均衡が原因だったわけではない。
『The End of the Tour』が提示し、そして見事に成功しているのは、ウォレスの大きな心が、この時代には適応できないものだったのではないか、という考えだ。
⸻
続きです。
⸻
彼はリプスキーと関わることさえできない。
そして、その受け取られ方について自分がどう反応したかが、さらにどう解釈されるか。
そこまで考えてしまう。
彼がバンダナを巻いているのは、かつてツーソンに住んでいて、汗をかく環境だったからだ。
しかし今では、それを外すことさえ怖れている。
もし外したら、人々はこう思うかもしれない。
「彼は、自分のバンダナが単なる気取りだと思われていることを知っていて、それを意識して外したのだ」
と。
つまり、どちらを選んでも逃げ場がない。
そしてウォレスは、自分がイメージ作りの力の前では無力であることを、十分すぎるほど理解している。
⸻
このすべてにおける皮肉な結末はこうだ。
このことをレビューで指摘するのは、映画の冒頭でウォレスが言うように、
「ポストモダン的すぎて、気が利きすぎたやり方」
なのかもしれない。
「何かに登場したくないように見せながら、実際にはどう見られるかを気にしている」
『Infinite Jest』という巨大な本をバスに持ち込むことが、どれほど重いことだったのかを理解する必要がある。
そして彼が最終的に自殺へ至ったことも、知っていなければならない。
⸻
それでも、この映画は非常に心を打つ。
この作品は、ウォレスを単なる「変人」として描かないよう、細心の注意を払っている。
ポンソルト監督には、観客が予想する場所に場面を着地させながら、そこへ至る道筋は遠回りにする才能がある。
ウォレスとリプスキーが出会った瞬間、それはまるで緊張したブラインドデートのようだ。
お互い探り合っている。
旅先で女性について冗談を言い合い、ジャンクフードをむさぼる。
彼らは作家としては決して対等にはなれない。
しかし最終的には、野心を持つ一人の人間同士として結びついていく。
⸻
その意味で、『The End of the Tour』は一種の警告の物語である。
成功とは何か。
才能とは何か。
むしろ、ウォレスという鏡を通して、リプスキー、そして観客自身を映し出す映画なのだ。
⸻
でも記者とかも平気で見た目で「外国人が多いですね~」とか報告してるじゃん
(見た目外国人の人がたくさん子供産んでも結果そういう光景にはなり得るよな。)
「特定の国籍を持つ人に見える」見た目があるということ自体非単一民族国家では考えられないことなはずなんだがこういうのどう折り合いつけてるんだろうね。
夜中の田舎の信号を徒歩で無視するのと同じ感覚で「わかってて」やってるのかな。
表立っては見た目で偏見しませんって態度の人にでもカジュアルには見た目で判断してるところを指摘しても「そういうファジーなのを許容できないほうがいかにもアスペ」とか言う勢いで開き直られるのが現状では正義なのかな
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260708183715# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCak4aSwAKCRBwMdsubs4+ SAP+AP9Mank/JBG3V3/HjOBDmhGOEBkad3ekY45Rha0kV5ZVpwD/YflWm9m+0zr4 mDgkOgvoFjSH3z4ueIShl1micADTmwg= =l70H -----END PGP SIGNATURE-----
https://digital.asahi.com/articles/ASV6Y4PXRV6YULOB011M.html
フェンスに囲まれた米軍施設の中に、ポツンと我が家がある。戦後約80年制約を受けてきた一家の暮らしが6月末、一つの区切りを迎えた。
佐治実さん(78)の住む家は、横浜市の3区(中区、南区、磯子区)にまたがる米軍根岸住宅地区(約43ヘクタール)の中にあった。地区は6月30日、国に返還された。
戦前の1936年に建ったこの家は、もとは妻・みどりさんの祖父の所有だった。戦後間もない47年、この地域一帯が米軍関係者の居住地区として接収された。
だが、この家を含む5世帯の居住部分だけ、「非提供地」として残った。理由はいくら調べてもわからない。
返還直前の6月下旬、記者は地区に入った。ゲート前で、佐治さんが出迎えてくれた。高いフェンスに覆われた地区内には、通行証を持つ関係者と、限られた同行者しか入れない。
夫妻と娘夫妻が住む家は地区の真ん中にある。青い屋根の2階建て。庭には植物や花があふれ、鳥がさえずる。幼なじみだったみどりさんと30代で結婚し、みどりさんが生まれ育ったこの家で暮らしてきた。
家のまわりには、米軍関係者やその家族が住む庭付きの戸建てが並び、教会や診療所もあった。家の隣の広場では、米軍の家族がよくピクニックをしていた。
2004年に日米両政府が返還方針で合意し、地区の米軍関係者は15年までに全て退去。今は接収されなかった佐治さんら数世帯がそのまま住む。米軍が残した埋設物などを撤去する国の工事関係者以外は人影もなく、ひっそりとしている。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026070700948
日本、インド両首脳による2日の共同記者発表で、モディ首相が高市早苗首相に対して発言したとされる「美しい妹」との表現は、通訳による「誤訳」だった可能性が浮上した。木原稔官房長官は7日の記者会見で、モディ氏が「私の妹である高市首相」と呼び掛けたのを、日本政府が契約した同時通訳が「美しい妹」と訳したと説明した。
本当は「私の小さな妹」と言っていたが、「小さな」をそのまま訳すと外交上の格下感が出てしまうので、通訳がとっさに「美しい」に変えたという説も見たが果たして
「世界最先端2nm半導体を製造するIIMのリアル。魂のロットに込められた想い」
ラピダス公式サイトに、こんなタイトルの作文が掲載されている。
パイロットプラントで最初のテストロットを流した際の様子を振り返り、こう書いてある。
「IIMで働いていた約400人のエンジニアだけでなく、本社の社員も合わせて総勢600人ほどの社員が見守っていました」
少なっ。
エンジニアが400人?
え? はい? 桁を間違えてません?
世界最先端の2ナノ半導体工場をゼロから立ち上げる会社で、現場にいるエンジニアが400人?意味不明なんですけど
ラピダスの現在の従業員数は約1,000人である。時点は異なるにせよ、会社全体でもまだこの規模しかない。
たった400人で何をやらなければならないか。
数百台の製造装置の立ち上げ、成膜、露光、エッチング、洗浄、イオン注入、CMP、計測、欠陥解析、プロセス統合、歩留まり改善、搬送制御、MES、品質保証、設備保全、材料認定、顧客試作、PDKとの整合、量産条件の確立。
同時に次世代1.4ナノの研究、第二工場の設計と建設、後工程、先端パッケージ、海外顧客対応まで進めなければならない。
400人である。
最初のロットを全社員600人で見守ったという話は、美談として書かれている。
別の読み方をすれば、一つの試作ロットを流すことが全社行事になるほど、組織がまだ薄いという話でもある。
何百ものロットが並行して流れ、何千もの異常と改善案件を同時処理し、それでも工場が止まらない状態を作る場所だ。
魂を込めて一枚流しました、みんなで見守りました、感動しました。
必要なのは感動作文ではなく、異常ロットが同時に百本走っても処理できる組織能力である。
魂でロットを流している段階から、あと数年で世界最先端の量産工場になるという。
日本式の頭でっかち、ずんぐりむっくりの組織しか想像できない。
ラピダスは従業員約1,024人に対して経営陣が11人。約1%である。
TSMCは従業員約8万3,000人に対し、経営陣として掲載される人数は約33人。約0.04%である。
もちろん両社で「経営陣」の定義は完全には一致しない。創業期の会社と巨大企業を単純比較もできない。
ラピダスは小さな現場組織の上に、政府、出資企業、IBM、imec、装置メーカーを調整する経営・管理機能が厚く載っているように見える。
つまり、ものを作る人間より、説明する人間、調整する人間、会議をする人間の存在感がやたら大きい。
そして経営陣の質にも決定的な差がある。
ラピダスの経営陣にも半導体企業、製造技術、メモリー事業、装置産業の経験者はいる。
だが、現在ラピダスが挑戦している事業そのものを成功させた経験者が見当たらない。
最先端ロジックの新プロセスを量産へ持ち込み、歩留まりを立ち上げ、世界の大口顧客を獲得し、工場を拡張し、その利益で次世代プロセスへ進む。
この一連の循環を、独立系ファウンドリーの内部で成功させた経営者がいない。
一方、TSMCの会長兼CEOであるC.C. Weiは、イェール大学で電気工学の博士号を取得し、半導体技術開発とファウンドリー経営に長く携わってきた。
C.C. Weiは、先端プロセスの世代更新、歩留まり改善、顧客獲得、設備拡張を、世界最大のファウンドリー内部で何十年も経験してきた。
技術、製造、顧客、資本投資がどう連動するのかを、実際の事業として知っている。
対してラピダスの経営陣が強いのは、日本企業、政府、海外提携先、装置メーカーの調整である。
工場を建てるための政治力と、工場を競争力のある事業にする能力は別物だ。
国から金を引っ張り、経産省に夢を語り、記者発表で未来を描く能力が高くても、歩留まりは一%も上がらない。
日本の大企業で「エンジニア」と呼ばれる人間の多くは、実際には下請け管理者である。
仕様書を書き、会議を開き、工程を確認し、安全書類を管理し、ベンダーに仕事を依頼する。
実際に装置を触るのも、ソフトを書くのも、パラメーターを詰めるのも、原因を解析するのも、ベンダーやサプライヤーである。
本人は一日中会議をしているのに、職種欄にはエンジニアと書いてある。
日本ではよくある。
ASML、Applied Materials、Lam Research、東京エレクトロン、KLAなどから装置を買い、材料メーカー、建設会社、ITベンダーを大量に使う。
違いは外注するかどうかではない。
ベンダーの装置を使って得た条件、欠陥、計測データを、自社のプロセス統合知識として蓄積できるかである。
TSMCには、ベンダーを使い倒すだけの大量の実務技術者がいる。
装置メーカーが持つ知識と、TSMC内部に蓄積される知識の境界を自社側で管理できる。
ラピダスはどうか。
自社の技術者が薄ければ、装置条件の設定も、不具合解析も、改善案の立案もベンダー主導になる。
本当に価値のある「なぜその条件で動いたのか」という知識は、ベンダー側に残る。
そして会議室では、誰かが「知見を蓄積できました」とパワーポイントに書く。
何を、誰が、どこに蓄積したのかは誰も知らない。
台湾の半導体人材を吸収するだけでなく、世界中から人間を集める。2025年にはボーナスだけで1,300万円規模に達したとの報道もある。
ざっくり言えば、年収2,000万円レンジで世界中から実務バリバリの人材を集める会社である。
対してラピダスは、日本国内を中心に数十人、数百人単位で採用し、年収800万円前後のレンジで人間を集める。
問題は、人材市場でTSMCと正面衝突したとき、どちらに世界最高級の技術者が集まるかである。
世界最先端の技術者に、北海道へ来てください、給料は半分以下です、でも日本半導体復活という夢があります、と言う。
夢で住宅ローンは払えない。
日本に戻りたい、北海道で働きたい、国産半導体復活に貢献したい。
愛国心では欠陥密度は下がらないし、魂では歩留まりは上がらない。
しかも、ラピダスを支える国内ベンダーも、ラピダスの2ナノ工場については全員が初体験である。
国内に量産中の最先端2ナノ工場など存在しないのだから当然だ。
もちろん日本の半導体装置・材料メーカーは、TSMC、Samsung、Micron、Intelなどの工場で鍛えられてきた。
ラピダス側の考えも理解できる。
それらのベンダーが海外顧客との仕事で蓄積した知見を結集すれば、日本国内でも最先端工場を作れるという発想だろう。
だが世の中はそんなに甘くない。
ベンダー各社にとって、ラピダスは自社の新技術を試す絶好の実験場にもなる。
国費で新装置を導入し、新材料を試し、新しい運転方法を検証し、故障や欠陥のデータを取得できる。
そこで得られた一般的な装置改良、保守技術、材料特性、量産上の知見は、ベンダー自身の競争力になる。
そしてベンダーはTSMCにもSamsungにもIntelにも営業する。
「ラピダスで新しい装置を試せてよかった。実績もできた。では、この改良型を持ってTSMCへ営業に行こう」
ラピダスがベンダーを使って技術を蓄積するつもりでも、実際にはラピダスがベンダーの製品開発を国費で手伝う構図になりかねない。
日本国民が金を出し、ベンダーが学び、その成果が世界中の顧客へ売られる。
最後にラピダスだけが赤字で残るなら、あまりにも美しい産業政策である。
ラピダスは2027年度後半に2ナノ量産を開始し、その後、第二工場で1.4ナノへ進む構想を掲げている。
つまり、第一工場の2ナノ立ち上げが最も忙しい時期に、第二工場の設計、建設、装置選定、1.4ナノのプロセス開発を同時並行しなければならない。
第一工場だけで精いっぱいの400人規模の現場が、次の工場までどう回すのか。
半導体工場は基本計画を作ってから、設計、許認可、造成、建設、装置搬入、立ち上げ、試作、歩留まり改善を経て量産へ進む。
今から動いても、次の工場が本格稼働する頃には、競合の1.4ナノは成熟期に入り、1ナノ級の製造が始まっている可能性が高い。
ラピダスは2ナノで遅れているだけではない。
そして次世代ロードマップが信用できなければ、大口顧客はラピダスを採用できない。
半導体の設計は、どのファウンドリーでもそのまま製造できるものではない。
顧客はラピダスのPDKを学び、標準セル、SRAM、I/O、EDAフロー、タイミングモデル、配線ルール、信頼性ルールを理解し、そのプロセス専用にチップを最適化する。
その学習コストは、ラピダスが2ナノで終わればすべて無駄になる。
顧客が欲しいのは「2027年度に2ナノを作れます」という約束ではない。
2ナノの次に1.4ナノ、その次に1ナノへ進み、十年間にわたって設計資産を移行できるという信用である。
その信用はロードマップをパワポで描けば得られるものではない。
前の世代を予定どおり量産し、顧客製品を出荷し、次の世代へ移行した実績によってしか生まれない。
ラピダスには、その実績が一つもない。
実績ゼロの会社が、実績世界一のTSMCと同じ土俵で未来を売ろうとしている。
建屋は金で建てられる。
装置も金で買える。
だが、数千人の実務技術者が何年も量産トラブルを処理して蓄積する組織能力は、金を振り込めば納品されるものではない。
約1,000人の会社が、2ナノの量産立ち上げ、歩留まり改善、顧客支援、後工程、1.4ナノ開発、第二工場建設を全部同時にやろうとしていることだ。
しかも競争相手は、毎年数千人の技術者を採用し、8万人を超える社員を抱え、何十年もの量産知識を蓄積してきたTSMCである。
ラピダスは魂を込める。
ねぇ。これで、なんで勝負になると思うの?
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/m2w/prs/r8513391.html
このたび、キャッシュレス版「かながわトクトクキャンペーン!(愛称:かなトク!)」に関し、一部店舗において、ポイント付与率に誤りが生じていることが判明しました。
1概要
本来の付与率は、店舗の運営企業が中小・小規模の場合は20%、大手の場合は10%ですが、一部店舗(キャンペーン参加約15万店舗のうち、約3,200店舗)において逆の付与率が適用されているものです。
2発覚の経緯
令和8年6月26日に委託先事業者から報告を受け発覚しました。
3今後の対応
現在、県では、委託先事業者や決済事業者と連携し、対象店舗の特定、付与率の適正化などの対応を進めています。
また、すでに、対象店舗で決済した利用者の皆様に不利益が生じないように対応していく方針を、委託先事業者との間で明確に確認しています。具体的な対応については、確定次第、あらためてお知らせします。
項目 内容
概要 県内の対象店舗において、キャッシュレス決済サービスで代金を支払うことで、ポイント等を消費者に還元する
還元総額 180億円相当
ポイント等還元率 最大20%(中小企業・小規模企業20%、大手企業:10%)
キャンペーン期間 令和8年6月19日(金曜日)午前0時から予算上限に達するまで
1人あたりのポイント等の付与上限 <対象のキャッシュレス決済サービスあたり>
2,500円相当
(注記1)1人あたり最大15,000円相当(6決済サービス×2,500円相当)
<1回のお支払における付与上限>
1,500円相当
対象店舗 県内に所在し、キャンペーンポスター、ステッカーなどの掲示がある対象キャッシュレス決済を導入している店舗
(注記2)原則、コンビニエンスストア等は対象外です。
対象となるキャッシュレス決済サービス 「AEON Pay」「au PAY」「d払い」「PayPay」「メルペイ」「楽天ペイ」
flatfive
カルビー対応に官邸「売名行為だ」 中間製品まで含めナフサ充足強調:朝日新聞
高市首相にジュエリーベストドレッサー賞特別賞 国会緊迫の中 | 毎日新聞
杉田水脈氏「差別していない」 YouTubeで過去の言動を正当化か | 毎日新聞
杉田水脈氏、アイヌ民族への差別との認識「全くない」 ブログが人権侵犯と認定 記者に囲まれ「びっくり」:東京新聞デジタル
たぬかなさん「フェミに不美人が多い理由」 まんこ割チケットが使えない、まんこ二毛作の背景について語る NNJニュース
https://anond.hatelabo.jp/search?word=%22%2Fflatfive%22
斎藤元彦は竹内元県議が亡くなるよりも前から記者会見で記者たちにより一般論でなく
個別具体的な名前を挙げて誹謗中傷を止めるよう呼びかけろと言われてきた
以下は竹内元県議が亡くなるほぼ一月前になされた記者会見での答弁である
https://web.pref.hyogo.lg.jp/governor/g_kaiken20241226.html
朝日新聞:
先週も聞きましたが、県の職員とかご遺族であるとか関係者の皆さんへの誹謗中傷を止めてくださいということをなぜ言われないのかをお伺いしましたが、お答えいただけなかったように私は捉えています。
それはなぜかを改めて教えてください。
知事:
SNSで誹謗中傷や人を傷つけるということは、適切な運用の仕方ではないという思いです。
だからこそ社会全体が、これは県民の皆さんも含めてですが、SNSというものは、メリットとして良い面もありますから、そういったところの気を付けながら、SNSを使っていこう、利用していこうということは、私は大事だとずっと申し上げています。
朝日新聞:
冒頭申し上げたとおり、この半年以上、振り返ってみても、ほとんど、誹謗中傷している人とか、それをしている人が悪いとは思うのですが、いわゆるその誰が憎いとか、誰が嫌いだとか誰を引きずり降ろそうとか取材しているとそういう声がたくさん聞こえてはくるので、そういうことを言っている人達が一義的には原因はあると思います。
ここまで事態が悪化している理由の一つとしては、知事ですので、例えば、誹謗中傷やめてくださいとか、今すぐ県警に相談行きますとか、そういうことができる立場なのに、それをしない不作為というのが、ここまで事態を悪化させた理由の一つになっているのではないかと私は思っています。
知事は、今のやりとり聞いてそこら辺についてはどうお思いですか。
知事:
朝日新聞の記者の意見として、そういった意見があるということは受け止めますが、私としては、この間3月以降の対応、それからこの間も含めて、第三者委員会を立ち上げて調査をしていくという対応も含めて、自分としては、県としても適切な対応だと思っています。
この通りあくまで「誹謗中傷は良くない」と一般論で答えることに終始している
斎藤を擁護する者達もこれをもって「誹謗中傷は止めるよう言っている」と批判に対して反論していた
しかし斎藤元彦は消費者庁からの「3号通報も体制整備義務対象である」というメールに対して
あろうことか「あくまで一般論」だと言って突っぱねてしまったのである
https://web.pref.hyogo.lg.jp/governor/g_kaiken20250508.html
神戸新聞:
告発文書問題に関してなんですけれども、公益通報者保護法の指針に定められた体制整備義務違反、告発者の不利益な処分などないようにということで体制整備の義務が自治体にも課されていると。
この対象が、知事が、3月26日の会見で外部通報は含まないと、3号通報は含まないという考え方があると発言されたことに対して、4月に公益通報者保護法を所管する消費者庁の方から、兵庫県の担当部署に、公式見解と異なるという指摘があったということですけれども、改めてこの指摘があったことについて、知事の受け止めはどのように思われているのでしょうか。
知事:
消費者庁の担当者の方から、メールで県にご指摘があったというふうに伺っています。
3月26日の会見で、いわゆる指針の点について、私の方から、考え方が様々あるということを述べさせていただいたということです。
それに対して、消費者庁の方から、消費者庁としての一般的な法解釈のアドバイスということで、メールをいただいたというふうに受け止めています。
この点については、私としても真摯に受け止めたいというふうに考えています。
(中略)
神戸新聞:
消費者庁の指摘としては、そのメールの文面とかその後の担当部署とのやりとりの中で、要するに、その3号通報は体制整備の対象に含まれますよという、その法律の趣旨にしっかり則って、民間企業だけじゃなくて地方自治体も対応していただきたいと、そういう趣旨であったと聞いているのですが、そこの認識は知事も変わらないということですか。
知事:
一般論としての消費者庁のいわゆる法解釈というもののご指摘だと思います。ここはしっかり真摯に受け止めていくということが大事だと思いますね。
神戸新聞:
今、一般論とおっしゃいましたけど、法律の解釈としては公式な見解だとは思うのですが、具体的に、公益通報に対応する際にそういうように対応してくださいと、そういうような助言とか指摘だと思うのですが、それは知事の中で一般論なのですか。
知事:
このように自らが「個別具体的でない一般論は聞き入れる必要が無い」という態度を明らかにしてしまったため
「誹謗中傷は良くない」という一般論の回答が何ら実効性のない只のアリバイ作りでしかないことを認めてしまったのである
つまり竹内元県議は誹謗中傷に対して何の手立ても打たなかった斎藤元彦の不作為によって亡くなったと言える
めんどくせえけど、橋本愛としょうもないアホな取り巻き(自分のとこのやつかフジのやつかは知らん)が連載があって付き合いがあった、またまたアホな某誌の記者に「くそ佐藤二朗に腹立つこと言われた!記事にしてくそたたいて!」ってのがシンプルな真相なんじゃねえの で、アホな記者が弁護士()に聞いたままのことと橋本の取り巻き()に聞いたままのこと記事にして「グフフ、佐藤見とれよ・・・」ってやったら世間のリアクションが正反対で「やべえよやべえよ…(でも売れたからいいか)」ってなってるだけでしょ ついでに橋本愛がフェミ・woke・共産党って香ばしいから大人のお友達がたくさんついてきちゃってんじゃん もしかして、橋本は止めてたまであるのか? 正義感と行動力の強い仲間のデキる女子()が動いたんだろうか いずれにしても佐藤が自分の口でお気持ち表明してんなら橋本も同じ土俵にあがらざるを得ないのか デキる女子()のせいだったら可哀そうだけど
ヒサでよくね?
本人や当事者の意向も確認せずに吹き上がってて意味不明なんだけれど。
皇室研究家とか皇族に詳しいジャーナリストみたいなゴシップ記者レベルの連中が久々の稼ぎ所だと駄文をまき散らしているし。
国民の大半が望んでいる!みたいな何の根拠もなくまるで既定路線みたいに話しているのも頭おかしい。
国民の総意とか言い出したらゴシップ記者の独自調べより衆院過半数の政権与党の方が民意に近いんじゃね。
人格面はともかく血筋の面では正当な臣民竹田氏が熱弁するのはまだわかるんだけれどね。
俺も含めてヒサの次の代まで生きてる連中なんていないのになんであんなに熱を入れてるんだ。
『The End of the Tour』は、ジェームズ・ポンソルト監督、ドナルド・マーグリーズ脚本による2015年のアメリカの伝記ドラマ映画である。
本作は、デイヴィッド・リプスキーが2010年に出版した回想録『Although of Course You End Up Becoming Yourself』(2010年)を原作としている。この回想録は、リプスキーが作家デイヴィッド・フォスター・ウォレスと5日間にわたって共にしたロードトリップについて描いたものである。
映画では、ジェイソン・シーゲルがウォレスを、ジェシー・アイゼンバーグがリプスキーを演じている。
『Although of Course You End Up Becoming Yourself』
マット・デロス
マーク・マニュエル
出演
ヤコブ・イーレ
ダリン・ナヴァロ
製作会社
Anonymous Content
Kilburn Media
Modern Man Films
配給
A24
公開日
上映時間
106分[1]
製作国
300万ドル[2]
マーグリーズは2011年にリプスキーの回想録を読み、自身の元教え子であるポンソルトへ脚本を送った。ポンソルトは監督を引き受け、撮影は2014年初頭にミシガン州で行われ、一部の場面はモール・オブ・アメリカでも撮影された。音楽はダニー・エルフマンが担当し、サウンドトラックにはR.E.M.やブライアン・イーノなどの楽曲が使用されている。これらの楽曲は、ウォレスとリプスキーが実際に聴いていた音楽に基づいて選ばれた。
『The End of the Tour』は2015年1月23日にサンダンス映画祭で初上映され、2015年7月31日にA24によってアメリカで劇場公開された。興行収入は300万ドルとなり、批評家から高い評価を受けた。特にジェイソン・シーゲルの演技は絶賛され、彼はインディペンデント・スピリット賞主演男優賞をはじめ、複数の賞で主演男優賞にノミネートされた。
⸻
2008年、作家デイヴィッド・リプスキーは、小説家デイヴィッド・フォスター・ウォレスが自殺したという知らせを受け、大きな衝撃を受ける。
12年前、ウォレスの小説『Infinite Jest』の刊行直後、リプスキーは数日間にわたり彼へインタビューを行っていた。この小説は批評家から絶賛され、国際的なベストセラーとなり、多くの読者にとって特別な意味を持つ作品となっていた。
リプスキーは、当時二人で過ごした時間を録音したテープを再生する。
物語は1996年へさかのぼる。『Infinite Jest』出版直後、リプスキーは当初、ウォレスの小説が受けている熱狂的な称賛に懐疑的だった。しかし、自身で読んだ後、その内容に圧倒される。当時、作家としてはまだわずかな成功しか収めていなかったリプスキーは、『Rolling Stone』誌の編集者を説得し、ブックツアー中のウォレスへインタビューする仕事を獲得する。
リプスキーは、イリノイ州ブルーミントン=ノーマル郊外(ウォレスが創作を教えていたイリノイ州立大学近く)にあるウォレスの自宅を訪れる。
リプスキーが出会った若き作家ウォレスは、気取らず親しみやすい人物だったが、インタビューを受けること自体にはあまり積極的ではなかった。
ウォレスは会話を録音することを許可するが、一つ条件を付ける。それは、「五分後に自分が『オフレコにしてほしい』と言った発言については、そのまま引用しないこと」だった。
ウォレスは、犬、テレビ、名声、自我など、さまざまな話題についてリプスキーに率直に語る一方で、どこか慎重な姿勢も崩さない。
アルコール依存症だったことについては暗に認めるものの、その体験について詳しく語ろうとはしない。
一方、リプスキーが、ウォレスが過去に自殺防止の監視下で自主的に精神科施設へ入院していたことに触れると、二人の間にはわずかな緊張が生まれる。
夜遅くまで会話を続けたあと、ウォレスはリプスキーに、モーテルへ泊まるのではなく、自宅の使われていない客間に泊まるよう勧める。その部屋には、ウォレス自身の著書が何冊も積み上げられていた。
翌朝、二人は再びインタビューを続ける。
リプスキーは、その後数日間、ウォレスのブックツアー最後の訪問地であるミネアポリス=セントポールまで同行する。
そこで二人は、ウォレスの友人である二人の女性と会う。一人は大学院時代からの知人ベッツィ、もう一人は文芸評論家のジュリーである。その夜遅くと翌日、二人の男は彼女たちとともに時間を過ごし、モール・オブ・アメリカにも出かける。
ウォレスとリプスキーは概して良好な関係を築いているが、リプスキーがベッツィに言い寄っている様子を見ると、ウォレスは腹を立てる。
ウォレスの自宅へ戻ると、リプスキーがウォレスに過去のヘロイン使用の噂について尋ねたことで、二人の間の緊張はさらに高まる。ウォレスはそれを否定し、リプスキーは記事を書くために、自分を決まりきった「ドラッグに溺れた天才作家」という型にはめようとしているのだと非難する。
別れの時が近づくと、二人はある朝をともに過ごす。その時間は、取材する記者と取材対象という関係ではなく、新しく友情を築いた二人の友人としての時間になっている。
リプスキーは勇気を振り絞り、自分が書いた小説をウォレスに手渡す。そして二人は今後も連絡を取り合おうと約束する。
物語の最後の場面は、さらにその2年後へ移る。リプスキーは、自身の回想録『Although of Course You End Up Becoming Yourself』(2010年)の出版ツアー中にいる。この本は、1996年にウォレスと過ごした5日間をもとに書かれたものである。
朗読会でリプスキーは、ウォレスとのロードトリップを振り返り、二人が語り合ったさまざまな考えについて話す。そして、その会話によって自分は以前ほど孤独ではなくなったのだと回想する。
2011年、ピューリッツァー賞受賞劇作家のドナルド・マーグリーズはこの回想録を読んだ。
「そこには、お互いの周囲を回り続ける二人の男の物語があった。」とマーグリーズは『ロサンゼルス・タイムズ』紙に語っている。[7]「必要なものはすべてそこにあった。」
彼はリプスキーの著書を原作として脚本を書いた。また、いくつかの台詞は、ウォレスの死後に出版された小説『The Pale King』から着想を得ている。さらにマーグリーズは、録音されていない時間にウォレスと過ごした際の出来事としてリプスキー本人から聞き、回想録には収録されていなかった内容も脚本に盛り込んだ。
マーグリーズは次のように述べている。
「リプスキーが私に話してくれたのは、一部の人たちから『私が創作した』と批判された、あの場面なんです。『あまりにもハリウッド的すぎる』と言われました。(笑)
でも実際には、それはリプスキーが本には書かなかった出来事でした。彼は、それを書いてしまうとウォレス自身の声を損なうことになると考えたのです。というのも、彼があの本で本当に伝えようとしていたのは、まさにウォレスの声そのものだったからです。
ジュリーの家のキッチンで二人の間に起こる、あの出来事です。もしデイヴィッド・リプスキーが私に話してくれなければ、私はそれを知ることはありませんでした。
少し身も蓋もない言い方になりますが、あの出来事のおかげで、私は物語の第三幕を書くことができました。
あそこでは物語が大きく転換します。亀裂が生まれ、その後に続く出来事全体の調子が変わるのです。
ドラマとして考えれば、それは絶対に必要な出来事だと私は感じました。
そして、そのような出来事が実際に起きていたこと自体が幸運でしたし、デイヴィッド・リプスキーが惜しみなくその話を私に聞かせ、さらに映画に盛り込む許可まで与えてくれたことにも感謝しています。
ですから、本には書かれていない要素を私は取り入れました。
しかし、実際には起きていないことを付け加えた部分は、まったくありません。」[8]
マーグリーズは完成した脚本を、イェール大学での教え子であり、サンダンス映画祭受賞監督でもあるジェームズ・ポンソルトへ送った。
『ニューヨーク・タイムズ』紙は、ポンソルトについて「彼自身も熱心なデイヴィッド・フォスター・ウォレスのファンである」と紹介している。[9]
ポンソルトは、自身の結婚式で、ウォレスがケニヨン大学の卒業式で行った有名なスピーチ「This Is Water」の一節を朗読してもらった。[9]
(ポンソルトは『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に対し、高校時代からウォレスを読み続けており、『Infinite Jest』は「大学一年生だった自分にとって最も重要な人間関係だった」と語っている。[10])
その後ポンソルトは『The A.V. Club』のインタビューで、マーグリーズから脚本を渡されたときのことを次のように振り返っている。
「光栄でした。興奮しました。そして、とても緊張もしました。リプスキーの本のことは十分承知していました。ウォレスは私にとって英雄なんです。」
さらに彼はこう続けた。
「脚本を読んだとき、私は心の底から感動しました。ドナルドが成し遂げたことに、ただただ圧倒されたのです。」[11]
ポンソルトは、この企画の経緯についてインタビュアーに次のように語っている。
「(リプスキーの)本は2010年に出版されました。『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーになりました。彼はデイヴィッド・フォスター・ウォレスの家族の一部の支援を受けてこの本を書いています。そのことは謝辞でも大きく感謝が述べられています。また、ウォレスが亡くなった際にリプスキーが『Rolling Stone』誌に寄稿した記事は、全米雑誌賞(National Magazine Award)を受賞しました。私たちの映画は、ウォレスを知っていた人々、そして映画制作に協力してくれた人々の支えを受けて作られました。」[11]
「私たちは、この作品に対して、私たちなりに非常に人間味をもって向き合ってきたつもりです。」[9]
『タイム』誌の取材で、デイヴィッド・リプスキーは、回想録を出版社へ送る前に、ウォレスの家族へ了承を求めたことを明かしている。[12]
ジェイソン・シーゲルは『ロサンゼルス・タイムズ』紙に対して次のように語っている。
「私自身、この映画に出演することを引き受けた時、そして特に完成した作品を観た時に感じたのは、この映画はデイヴィッド・フォスター・ウォレスが作品で追求していたテーマや、その文章世界を自然に延長したものだということです。」[13]
『ヴァニティ・フェア』誌のリチャード・ローソンは次のように書いている。
「ウォレスの遺産管理団体(エステート)は、この映画を支持していない。しかし、シーゲルも、ポンソルトも、そして制作に関わったすべての人々も、それでもなおウォレスに対して見事な敬意を払っている。旅が終わる頃には、ウォレスの死が私たちの文化にとってどれほど大きな喪失であったか、その重みと影響を私たちは本当に実感することになる。」[14]
⸻
2013年12月、ジェシー・アイゼンバーグがデイヴィッド・リプスキー役に起用された。[15]
アイゼンバーグは『Orange County Register』紙に対し、大学時代からウォレス作品のファンだったと語っている。
「本当に素晴らしいと思っていました。」
また、マーグリーズの戯曲の愛読者でもあった彼は、この役を引き受けるまでに「ほとんど時間はかからなかった」と話している。
「脚本というものは、最終的には物語と登場人物でしか判断できません。そしてこの脚本には素晴らしい物語があり、素晴らしい登場人物がいました。」[16]
アイゼンバーグは、ジャーナリストを正確に演じるため、デイヴィッド・リプスキー本人と時間を過ごし、その立ち居振る舞いを学んだ。[17]
『Wired』誌は、「ジェームズ・ポンソルト監督4作目となる『The End of the Tour』については、『Infinite Jest』そのものに匹敵するほど多くの議論が交わされてきた」と述べたうえで、アイゼンバーグの演技を「この映画で最も優れた部分」であり、「賞レースで評価されるに値する」と高く評価した。[18]
『ニューヨーク・タイムズ』紙によると、ジェイソン・シーゲルはデイヴィッド・フォスター・ウォレス役を引き受けることに不安を感じていた。しかし、「脚本を読み進めるうちに、シーゲルは強い共感を覚えた」という。[9]
役作りのために、シーゲルはリプスキーが録音していたインタビュー音源を徹底的に聴き込み、インターネット上にあるウォレスの映像を見続けた。また、『Infinite Jest』を読むために小さな読書会も立ち上げた。
シーゲルは『ニューヨーク・タイムズ』紙に対し、『Infinite Jest』を購入したときの出来事をこう語っている。
彼女は『Infinite Jestね。今まで付き合った男はみんな、この本を本棚に置いたまま読んでいなかったわ。』と言いました。」[9]
『Entertainment Weekly』誌は、シーゲルによるデイヴィッド・フォスター・ウォレスの演技を「啓示的(a revelation)」と評し、[19]『Vanity Fair』誌は「驚異的(stunning)」と評し、[14]『Chicago Sun-Times』紙は「限りなく見事(infinitely impressive)」と絶賛した。[20]
『The Huffington Post』のマシュー・ジェイコブズは、
「まだ早いかもしれないが、念のためジェイソン・シーゲルのアカデミー賞キャンペーンを始めておこう。」
と書いている。[21]
ミッキー・サムナーは、ウォレスの大学院時代の友人ベッツィ役に起用された。
彼女は、
「デイヴィッド・フォスター・ウォレスについての映画だったんです。私は彼を心から敬愛していました。」
と説明している。
一方、リプスキーの恋人サラを演じたアンナ・クラムスキーは、『Variety』誌の取材で、マーグリーズの脚本が持つ人物描写の深さに惹かれたと語っている。[22]
2014年3月18日までに、アカデミー賞ノミネート経験を持つジョーン・キューザックが、ミネアポリス=セントポール滞在中のウォレスの案内役であるパティ・ガンダーソン役として出演することが発表された。[23]
2014年3月19日には、ロン・リヴィングストンが『Rolling Stone』誌編集者ボブ・レヴィン役で出演することが発表された。[24]
⸻
主要撮影は2014年2月19日にミシガン州グランドラピッズおよびハドソンビルで始まり、5週間にわたって行われた。[25][26][27]
2014年3月19日には、JWマリオット・グランドラピッズで撮影が行われていること、また撮影はまもなく終了する予定であることが発表された。[28]
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101,580回視聴 2026/06/30
福岡名物の一つ豚骨ラーメンには独特のにおいがありますが、意外なことに何がにおいの原因なのか、分かっていなかったそうです。
このほど研究者がつきとめた原因はなんと30億年以上前から地球に存在するとされる古細菌で、あのクサウマのスープは発酵食品だということです。
「くさいけど美味しい」豚骨スープ
福岡のソウルフード豚骨ラーメン。福岡県宇美町の「駒や」は濃厚なスープで知られ店内には豚骨独特のにおいが漂います。駒や 代表 倉田承司さん
「営業用の釜にさしこむためのベースのスープですねこれは。こっちを割としっかりめに骨入れてあげとかんと、うまみが出ないんですよ」RKB 馬場遼之介 記者
「けっこうくさくて、普通の豚骨よりにおいが濃いなと思います。めっちゃ美味しいっす」お客さん
「くさいけど美味しい、外で感じたよりも全然くさくはないと思うけど美味しいです」
「くさいけど美味しい」ことから「クサウマ」と称される豚骨スープですが、意外なことににおいの原因はわかっていませんでした。においの原因は何なのか?
食品科学の専門家が謎の解明に取り組みました。九州産業大学 生命科学部 米満宗明 教授
「ラーメンのお店で食べると美味しいんですけれど、お土産品はまずくはないんですけど、お土産品とお店の品質がえらい違うなと前から思ってまして」
豚骨スープには毎日一から新しく作る「取り切り」と前日のスープも活用する「呼び戻し」や「継ぎ足し」と呼ばれる技法があります。
クサウマは「呼び戻し」や「継ぎ足し」のスープから生まれるため、米満教授のグループは駒やなど県内4つのクサウマ系ラーメン店のスープのDNAを解析。
その結果、4店舗すべてのスープの中にスルフォボコッカスという古細菌がいることを突き止めました。
「我々が知っているバクテリアとは違う微生物。地球ができたとき凄く温度が高くて熱くて、酸素もないような状態で最初に出てきた微生物。なんとなく業界的には微生物じゃないかという話があったんだけど、誰も証明できなかったから、見つかって、すごい、やったねみたいな」
古細菌とは35億年以上も前から地球に存在するとも言われ酸素がない状態や高温状態などにも耐えられる微生物です。
この古細菌が紛れ込んだスープが継ぎ足され、豚骨についたたんぱく質を分解する過程であの独特なにおいを生み出していました。九州産業大学 生命科学部 米満宗明 教授
「豚骨ラーメンもくさくないのもあるわけで、くさくないのはそういう微生物は関係してないんだけれども、昔からくさいやつ、ちょっと嫌いな人は鼻をつまむようなやつっていうのが、微生物がいて微生物が増殖する、いわゆる発酵ですよね、クサウマ系のラーメンは発酵食品だ」
駒やの店主も、試行錯誤しながらスープ作りに取り組んでいた時、独特なにおいは発酵ではないかと感じていました。駒や 代表 倉田承司さん
「単純に骨炊いても(特有の)においが出ないから、絶対違う要素があるじゃないですか、その時ににおいの感じとしてはなんか納豆っぽいし、いろんなところに置いとったんですよスープを。それから僕のこの好きなにおいが出たやつがあったんですよ。それを入れて培養して増やしていった感じ、増えるということは絶対菌なんですよ、なのでもう絶対発酵やなっていう、そこが確信に繋がった感じ」
発酵食品と聞いたお客さん
「全然知らなかったです。発酵している感じはないんですけど、とにかくくさかったですね、ラーメンくささというか豚骨くさいというか」
米満教授の研究のきっかけはお土産用のラーメンに感じた物足りなさ。
米光教授はいま、この研究成果をお土産用ラーメンに応用することを目指しています。
詳細は NEWS DIG でも!↓
ysync
国旗損壊罪は日本も批准している自由権規約に反する【追記あり】(園田寿) - エキスパート - Yahoo!ニュース
https://b.hatena.ne.jp/entry/4788793212649625442/comment/ysync
杉田水脈氏、アイヌ民族への差別との認識「全くない」 ブログが人権侵犯と認定 記者に囲まれ「びっくり」:東京新聞デジタル
https://b.hatena.ne.jp/entry/4743443416751321327/comment/ysync
https://anond.hatelabo.jp/search?word=%22%2Fysync%22
なぜかあまり言及されてないが、ブラジルは中4日、日本は中3日だった。その上日本は移動で1日潰れ、試合開催地には前日に入っていた。コンディション面で不利だったことは否めず、出ずっぱりだった中村敬斗、堂安律、上田綺世は後半早々にへばり、鎌田大地に至っては故障した
ブラジルの弱点は個人主義がいきすぎてチームワークや結束力が欠けている点だった。去年の親善試合で日本がブラジルに勝った時はまさにその弱点を突いていた
塩貝発言の詳細は既に多数報道があるので割愛するが、あれでブラジルのチーム内に強い結束が生まれ、弱点が無くなったのは間違いない
あんなに勝ちにこだわり、クロスを多用し、ボールホルダーへのサポートを90分怠らず、ついには足を攣る選手まで出てきたブラジルは見たことがない
ちなみに塩貝が場外で競争相手を無駄に下げる発言をするシーンは今回が始めてではない。あるサッカー系YouTubeチャンネルのインタビューでこんな発言をしていた
「(特別指定でマリノスに居た時のレギュラーFWの)ロペスに勝って得点王取って海外に行こうと思っていたけど、いずれ絶対越せるのにここで何年も戦っていても意味がないと思った」
これを見ても分かるが、塩貝はビッグマウスでもなんでもない、「タイパ原理主義」と「おじさん嫌悪」という、単に典型的なZ世代思考の持ち主でしかないのだ
なお、塩貝発言を引き出したのはブラジル人記者という話。記者は塩貝の舌禍癖を知っていて(上記例のロペスもブラジル人)、ブラジル代表の尻を叩くために意図的に近づいたのかも知れない。真実は記者にしか分からないが
もしあのまま勝っていたら佐野海舟は国民的ヒーロー…とは言えず、扱いに困っていただろう
選手としての実力はピカイチ。ブンデスリーガで年間走行距離3位のタフネスさがある
しかし、例の性加害案件が尾を引く。伊東純也と違い、佐野海舟に関しては加害そのものは未だに否定されていない
大会中、日本のメディアはあまり佐野海舟には触れてこなかった。解説が言及することはあっても、上田綺世や鎌田大地みたいにエピソード特集が組まれることはなかった。
当時の被害者から「セカンドレイプ」と訴えられたくないためである
スポーツメディアは扱いに困るし、ゴシップメディアは性加害案件を確実に蒸し返してくる
そうなるとまたチーム内がざわつく。関係ない他の選手にも負荷がかかる
だったら決勝点にしないよう、最低でも1失点しよう
単なる選手の選出誤りによる結果だった