はてなキーワード: 手紙とは
自分からのは喜ばれるだろうと思っていたというか、手紙や差し入れに本人は感謝しているって報道もあったから、普通に差し入れは受け取って読んでいるものかと思ってしまった。
大量すぎて迷惑してるってことまで気が回らなかった。
デイヴィッド・フォスター・ウォレス、「ジョナサン・フランゼンへの病的なまでに焼けつく嫉妬」を語る
私たちはすでに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスと彼の著名な友人たち――メアリー・カー、ジェフリー・ユージェニデス、ジョナサン・フランゼン、マーク・レイナー――との複雑な友情について知っている。
しかし、D・T・マックスの伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』からのこの抜粋では、激しい自己不信と強烈な嫉妬に苦しむウォレスの姿が垣間見える。
いま私たちが彼について知っていることを思えば、それは非常に興味深く、そして胸が締めつけられるほど痛ましい。
フランゼンとの約束をすっぽかしたあと、ウォレスは手紙で自分の行動をこう説明している。
「今の僕は、哀れでひどく混乱した若者だ。28歳にして落ちこぼれの作家であり、君やヴォルマンやマーク・レイナー、いやデイヴィッド・クソ野郎・リーヴィットですら、今まさに自分で納得できるページを書いている若い男なら誰に対しても、病的なくらい焼けつくような嫉妬を感じている……。そのあまり、この惨めな問題全体について言えば、自殺は少なくとも理にかなった選択肢だと思っている――今この時点では、まだ望ましいとまでは言わないにせよ。」
『Infinite Jest』執筆直前というまさに瀬戸際で、ウォレスが自分の「失敗」をこれほどまで激しく感じていたことには驚かされる。
しかも結果として彼は、おそらく彼らの中で最も偉大な作家であり、少なくとも最も伝説的な存在となったのだから。
実際、私たちが知る限りでは、むしろフランゼンのほうがウォレスに嫉妬していてもおかしくないくらいだ。
この抜粋の続きは The Daily Beast で読むことができる。
Read David Foster Wallace on How ‘Sickly Searingly’ Jealous He Was of Jonathan Franzen
Aug. 22, 2012
We already know about the complicated friendships between David Foster Wallace and his famous friends — Mary Karr, Jeffrey Eugenides, Jonathan Franzen, Mark Leyner — but in this excerpt from D.T. Max’s forthcoming biography Every Love Story Is a Ghost Story: A Life of David Foster Wallace , we get a glimpse into a Wallace wracked by self-doubt and intense jealousy, which, considering what we know about him now, is completely fascinating and desperately sad. Writing to Franzen after blowing him off, Wallace explained his behavior:
“Right now I am a pathetic and very confused young man, a failed writer at 28, who is so jealous, so sickly searingly envious of you and Vollmann and Mark Leyner and even David F–kwad Leavitt and any young man who is right now producing pages with which he can live … that I consider suicide a reasonable — if not at this point a desirable — option with respect to the whole wretched problem.”
It’s amazing to us to see how intensely Wallace felt about his own failure — this written on the veritable brink of Infinite Jest — when he would turn out to be arguably the greatest and definitely the most legendary of the bunch. After all, from what we’ve seen, Franzen should be jealous of him. Read more from the excerpt at The Daily Beast.
ジョナサン・フランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代を代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスター・グローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会と学校と仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナで青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロと戦後型住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険や窒素肥料や除草剤を売り、近くのシャンペーン=アーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税を徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。
二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイ、ハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である。
二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学の曖昧な遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルドの時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである。
しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。
フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統的リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミン・カンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話、心理描写、三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造、脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズムの系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家の書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。
しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年の評論「Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。
「私たちの関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」
そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別を提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。
二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っからの自己愛的な嫌な奴だった――というのである。
⸻
もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学的友情の総決算とも言える作品になっている。
フランゼンは、自分とウォレスの関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まりは1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである。
実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存の問題を抱えていたのである。
実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。
私はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。
一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。
それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。
1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大な評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、
「芸術をほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章」
だと高く評価した。
同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。
彼は言う。
あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものだからだ。
その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である。
⸻
しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。
フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争のルールを破るものだった。
彼はこう書く。
「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴが自殺してしまった。
『おい、本当にそんなことをするのか?
それは反則だろう。』
と思った。」
二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、
「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」
⸻
『Farther Away』は複数のテーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。
その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。
フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。
ある時ウォレスは恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分の勃起した性器の輪郭を描いたという。
さらにフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。
ある日二人がカリフォルニア州スティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、
「すごい鳥だ」
ウォレスは礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。
⸻
そしてフランゼンは、ウォレスの自殺そのものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレスは抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分が永久に病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で自殺した」と書く。
もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺をキャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。
もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初は否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。
『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。
しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカを代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評だからである。フランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分の文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。
その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。
それまでウォレスについて論じる人々は、「作品と自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレスの小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのである。しかしフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しかも意図的に。
理由は明確だった。彼は、ウォレスの生き方そのものが、彼の小説を理解する鍵だと考えていたからである。
フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。
もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者は自己の小説を書く。
この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである。
その主張とは、「私たちの人生に意味を与える最も重要なものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレスの小説世界には存在しない」ということだ。
しかしフランゼンは、単に「ウォレスの小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。
「自己の小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。
フランゼンは、ウォレスの作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験的モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察の系譜へと位置づける。そして、ウォレスが現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。
長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨な自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。
フランゼン自身の言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟が必要だ、と彼は暗に語っている。
⸻
⸻
一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己の小説」には別の選択肢があることを示すためだ。
フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。
だから彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである。
この議論は不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要な前進があった。
それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正面から論じたことである。
これまで二人の違いは、リアリズムかポストモダニズムか。文体の違いか。実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかしフランゼンは、問題はそこではないと言う。
本当の違いとは、読者にどのような価値観を提示し、どのような人生を目指すよう促しているか、なのだ。
つまり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである。
ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身の哲学とは何なのか。
では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。
『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係」である。
確かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人と国家との関係。
しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。
フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係に理想を抱いた男が、その理想を現実によって少しずつ失っていく、という物語である。
彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しかし最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というものの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。
デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティン・プロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しかし物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。
第二作『Strong Motion』でも同じである。主人公ルイス・ホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。
ジョナサン・フランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代を代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスター・グローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会と学校と仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナで青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロと戦後型住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険や窒素肥料や除草剤を売り、近くのシャンペーン=アーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税を徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。
二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイ、ハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である。
二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学の曖昧な遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルドの時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである。
しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。
フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統的リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミン・カンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話、心理描写、三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造、脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズムの系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家の書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。
しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年の評論「Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。
「私たちの関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」
そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別を提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。
二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っからの自己愛的な嫌な奴だった――というのである。
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もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学的友情の総決算とも言える作品になっている。
フランゼンは、自分とウォレスの関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まりは1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである。
実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存の問題を抱えていたのである。
実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。
私はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。
一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。
それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。
1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大な評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、
「芸術をほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章」
だと高く評価した。
同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。
彼は言う。
あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものだからだ。
その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である。
⸻
しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。
フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争のルールを破るものだった。
彼はこう書く。
「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴが自殺してしまった。
『おい、本当にそんなことをするのか?
それは反則だろう。』
と思った。」
二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、
「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」
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『Farther Away』は複数のテーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。
その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。
フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。
ある時ウォレスは恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分の勃起した性器の輪郭を描いたという。
さらにフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。
ある日二人がカリフォルニア州スティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、
「すごい鳥だ」
ウォレスは礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。
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そしてフランゼンは、ウォレスの自殺そのものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレスは抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分が永久に病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で自殺した」と書く。
もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺をキャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。
もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初は否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。
『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。
しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカを代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評だからである。フランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分の文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。
その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。
それまでウォレスについて論じる人々は、「作品と自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレスの小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのである。しかしフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しかも意図的に。
理由は明確だった。彼は、ウォレスの生き方そのものが、彼の小説を理解する鍵だと考えていたからである。
フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。
もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者は自己の小説を書く。
この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである。
その主張とは、「私たちの人生に意味を与える最も重要なものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレスの小説世界には存在しない」ということだ。
しかしフランゼンは、単に「ウォレスの小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。
「自己の小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。
フランゼンは、ウォレスの作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験的モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察の系譜へと位置づける。そして、ウォレスが現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。
長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨な自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。
フランゼン自身の言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟が必要だ、と彼は暗に語っている。
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一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己の小説」には別の選択肢があることを示すためだ。
フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。
だから彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである。
この議論は不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要な前進があった。
それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正面から論じたことである。
これまで二人の違いは、リアリズムかポストモダニズムか。文体の違いか。実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかしフランゼンは、問題はそこではないと言う。
本当の違いとは、読者にどのような価値観を提示し、どのような人生を目指すよう促しているか、なのだ。
つまり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである。
ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身の哲学とは何なのか。
では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。
『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係」である。
確かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人と国家との関係。
しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。
フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係に理想を抱いた男が、その理想を現実によって少しずつ失っていく、という物語である。
彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しかし最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というものの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。
デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティン・プロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しかし物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。
第二作『Strong Motion』でも同じである。主人公ルイス・ホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。
つまりフランゼン作品では、人間関係から距離を置き、やがて社会そのものから退いていくことこそが、最も典型的な運動なのである。
ホイットニー・キンボールは、マックスがカーに対するウォレスの暴力的な扱いを、彼の創作活動にとって有益なもの、そして彼を「魅力的」にする要素の一つとして描写していたことを指摘した。
さらにマックスは、ウォレスの手紙の一つについて「非常に注目すべき」「卓越した技巧」と称賛している。
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ミーガン・ガーバーは、あるインタビュアーがマックスに対して、
「なぜカーへの彼の感情が、ウォレスにこれほどの問題を引き起こしたのか」
これはケイト・マンが「ヒムパシー(himpathy)」と呼ぶものの例である。
つまり、性的暴力の被害者ではなく、男性加害者の側に共感してしまうことである。
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#MeTooはまた、ウォレス作品に存在する女性嫌悪を、読者自身にも見えるものにし始めた。
デヴォン・プライスは、ウォレスによる女性への虐待について知ったことで、ウォレス作品を読み直し、そこに初めてジェンダーによる暴力を見出した経験を記している。
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自分がウォレスの作品に夢中になった時期に鬱状態だった理由の一つは、その当時、自分自身が身体的、感情的、性的虐待を伴う関係の中にいたからだった。
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プライスの気づきは、なぜ読者がウォレスの作品や行動にある女性嫌悪に気づけなかったり、防衛的になったりするのか、そのもう一つの一般的な理由を示している。
そして同時に、#MeToo運動が、読書や文学研究を通して女性嫌悪を明らかにする可能性を示している。
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私たちはしばしば、小説の中の女性嫌悪や、他者の行動に現れる女性嫌悪や性的虐待に気づけない。
なぜなら、自分自身がそれらの中で生きていながら、それに気づいていないことがあるからだ。
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そして#MeTooの証言によってもたらされた性的虐待の広い範囲への理解は、私たちが読むフィクションの中だけではなく、自分自身の生活の中にも女性嫌悪を発見させる。
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現在までのところ、ウォレスについて広く報告されるようになった女性への女性嫌悪的行為や暴力が、彼の作品にどのような意味を持つのかを直接検討する新しい批評は登場していない。
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しかし最近出版されたエイドリアン・ミラーの回想録『In the Land of Men』(2020年)は、本人が意図していたかどうかにかかわらず、こうした伝記的情報を踏まえた批評が必要であることを説得力をもって示している。
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ミラーは『エスクァイア』誌の文学編集者だった時期に、ウォレスと何年にもわたる関係を持った。
彼女は回想録の中で、ウォレスの人生と作品の結びつきを、苦痛を感じるほど詳細に記録している。
二人の間の長い会話や場面の中で、ウォレスは『Brief Interviews』に登場する女性嫌悪的な男性たちとほとんど同じように話し、行動する。
そしてウォレス自身も、その類似性を強めるような発言をしていた。
彼はミラーにこう語っている。
「インタビューのいくつかは、実際に人と別れなければならなかったときの会話だった」
しかしミラーは、ウォレスの小説、とりわけ『インフィニット・ジェスト』や『Brief Interviews』における「性差別」を、私たちウォレス研究者の誰よりも率直に提示しているにもかかわらず、
20年後という時間、そして#MeToo以後という視点に立ってもなお、自分がウォレスから受けた扱いを虐待あるいは女性嫌悪として認識することができない、または認めようとしない。
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実際、この回想録で最も衝撃的なのは、ウォレスの行動そのものの記録ではない。
その行動に含まれるジェンダーに基づく暴力を認めることを、ミラーが体系的かつ一貫して拒んでいること、
そして彼の行為を正常化し、擁護し、否定するという不穏なパターンである。
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最終的にミラーは、
「そもそも芸術家の人生を道徳的指針として見る人などいるのだろうか?」
「深刻な欠陥を抱えた男性たちの芸術を、私たちはどう扱えばいいのか?」
という問いを投げかけることで、
自分とウォレスの関係が虐待や性的嫌がらせに当たるのか、という問題から私たちの注意をそらそうとする。
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しかし、これらの問いはウォレスの責任からきれいに方向転換するためのものではない。
むしろ、なぜ私たちがそうした男性たちの人生を、彼らの芸術と対話させながら考えなければならないのかという、重要な理由を明らかにしている。
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なぜなら、こうした男性たちは単に受動的に「欠陥を抱えた存在」なのではない。
そしてそのことは、私たちの女性嫌悪的な文化によって見えにくくされている。
しかし彼らの芸術と人生を注意深く調査することで、その構造は明らかにできる。
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そして「道徳的」な検討が特に必要とされるのは、まさにウォレスの作品だからである。
として位置づけていた。
(「David Foster Wallace Interview」1993年)
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(「Octet」1999年)
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そして、人間は自分自身の根深いナルシシズムを認識することで、他者への配慮を広げることができるのだ、と説いた有名な卒業式スピーチを行った。
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では、
このようなことをほとんど説き続けた芸術家が、なぜ自分自身の人生において、相互尊重に基づく共感を実践できなかったのか。
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現実の人生と芸術の中で、男性と女性の間に虐待的な関係を繰り返し生み出したということは、何を意味するのか。
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男性も女性も、女性嫌悪やレイプ文化への関与を自覚していると語りながら、なぜ自分自身がそれに加担していることには気づけないのか。
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そして女性たちが語った性的暴力の経験の文脈の中で読むことによって、
社会、
芸術、
に及ぼしている強力な影響を、どのようにより深く理解し、そして中断することができるのか。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスについての醜悪な事実に関する短い報告
ジュノ・ディアスの告発者たちは声を聞かれている。しかし文学界には、クローゼットの中にさらにひどい秘密が眠っている。
DEVON
※注意書き(TW):性的暴行、家庭内暴力、虐待に関する内容を含みます。
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しかし文学界には、クローゼットの中にさらにひどい秘密が隠されている。
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5月4日、ジュノ・ディアスは文学イベントや私生活における女性への暴行や嫌がらせについて、公に告発され始めた。
この件の基本的な情報については『Book Riot』の記事がまとめているが、Twitter上の「#JunotDiaz」というタグでは、ディアスとの遭遇について語る女性がさらに多く存在している。
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これらの告発は、ディアスが『ニューヨーカー』誌に発表した、自身の性的暴行被害経験についての非常に衝撃的で自己省察的なエッセイが公開された直後に起きた。
その文章の中でディアスは、自分自身が受けた虐待の過去、そしてそれを抑圧してきたことが、長年にわたって女性たちと尊重に基づく恋愛的・性的関係を築けなかった理由の一部になったのではないか、と示唆している。
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大部分において、ディアスの告発者たちは真剣に受け止められているように見える。
これは、過去に起きた他の虐待告発――その中にはデイヴィッド・フォスター・ウォレスに対するもののように、非常に裏付けの強いものも含まれる――に対して文学界の多くの人々が示した反応とは大きく異なる。
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ディアスが有色人種の男性であり、ウォレスが白人で裕福な学者家庭出身の男性だったという違いは、当然ながら関係している。
そしてこの点を強調するために、ウォレスを告発した人物の中でもっとも声高で、もっともよく知られている、素晴らしい作家であるメアリー・カーが再び声を上げた。
亡くなった元恋人ウォレスの行為を、私たちに思い出させるためである。
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―――
現在、公に性的暴行、レイプ、嫌がらせで告発されている人々の多くは白人男性である。
しかし実際にその行動の結果として処罰を受けている人々の大半は、有色人種の男性だ。
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「黒人男性や褐色人種男性は加害者であり、白人女性は被害者である」
というステレオタイプの物語をどれだけ覆すものであるかによって、その虐待者が自分の行為に対して完全な責任を負わされる可能性は低くなる。
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#MeTooの時代において、白人女性歌手メラニー・マルティネスはレイプで告発されても何の処罰も受けずに済み、白人男性のハラスメント加害者であるチャーリー・ローズやハーヴェイ・ワインスタインは、一時的に姿を消し、セラピーを受け、それから戻ってきて「自分が学んだこと」について語ることができる。
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一部の読者――その多くは白人だろう――は、今後ジュノ・ディアスの文章を読むことをやめるかもしれない。
しかし同じ人々が、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの、過剰で混乱した女性嫌悪の物語を読み続けるだろう。
なぜならウォレスは白人男性であり、そして彼自身がそのすべてについてひどく苦悩しているように見えたからだ。
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#MeToo運動は、多くの人に「自分の声が届いた」「守られている」と感じさせるかもしれない。
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そこに影響している偏見と、私たちは積極的に戦わなければならない。
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そう、彼の告発者たち――その多くはラテン系女性である――の声は聞かれる必要がある。
しかし、私たちの確信や怒りの一部は、白人の加害者たちにも向けられなければならない。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスは、決して「良い人間」ではなかった。
これは長い間知られていたことだ。
それは、今終わらなければならない。
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―――
私は、かつてデイヴィッド・フォスター・ウォレスのファンだった。
私は『インフィニット・ジェスト』を愛していた。
『Girl with Curious Hair』の約半分の作品には、今でも深く心を動かされる。
そして彼の多くのインタビューには、今でも考えさせられ、引き込まれるものがあると思う。
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DFW(デイヴィッド・フォスター・ウォレス)は、『This Is Water』を引用する人々が描きたがるような、
ではなかった。
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私は2010年、特に陰鬱な冬の鬱状態の時期に、DFWの作品に入り込んだ。
彼の言葉は、私がいた暗い穴の中まで降りてきてくれた。
私はその後数年間、彼を崇拝した。
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彼がこれまで生み出したものはすべて読んだ。
インターネット初期の頃に存在した、彼についての古くてあまり知られていないインタビューやラジオ番組まで探し出した。
彼自身の作品を読み尽くした後は、間接的に彼について扱っている本まで読んだ。
メアリー・カーの『Lit』や、ジェフリー・ユージェニデスの『The Marriage Plot』などである。
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やがて、DFWへの愛情は、彼を偶像化していた自分自身を壊した。
彼の個人的な過去を読めば読むほど、彼が虐待的な人間であり、偽善者だったことが明らかになっていった。
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ここに挙げるのは、2011年から2012年頃に私が知った事柄の一部である。
多くの詳細は、ジョナサン・フランゼンのエッセイ「Farther Away」と、D・T・マックスによるウォレスの伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』から得たものだ。
いくつかの情報は、Wallace-Lメーリングリストからも得ている。
もちろん、一部の決定的な詳細は、素晴らしいメアリー・カーの回想録からのものだ。
なお、カーの本はどれもDFWのノンフィクション作品よりはるかによく書かれている。
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以下の引用部分は、D・T・マックスの『Every Love Story Is a Ghost Story』からのものである。
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ウォレスは、ほぼすべてのノンフィクション・エッセイにおいて、何十もの事実を誤って伝えていた。
多くの事実は、他のジャーナリストの経験から完全に盗用されたものか、あるいは完全な創作だった。
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例えば『Consider the Lobster(ロブスターを考える)』に収録されたポルノ業界の展示会についてのエッセイで、ウォレスは、
外部にあるバルブによって、自由に膨らませたりしぼませたりできる人工乳房を持つ女性
について描写している。
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しかしこれは完全な作り話だった。
そのようなインプラントは、彼がその文章を書いた1990年代には存在していなかった。
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また、同じエッセイ内で一人称によって描かれる多くの出来事も、実際には別のジャーナリストからウォレスが聞いた話だった。
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エッセイ「Ticket to the Fair」に登場するバトントワリングの場面は完全な作り話だった。
また、その作品に登場する同行者の女性の存在や人物設定も、実際には存在しなかった。
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「Rise, Simba!」に書かれている多くの事実、人々、あだ名、交流についても、同様に作られたものだった。
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「Consider the Lobster」は反体制的なルポルタージュではなかった。
ウォレスは自分で文章を書き、それを『Gourmet』誌に売ったのである。
『Gourmet』からジャーナリストとして派遣されたわけではない。
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初期作品、
『The Broom of the System』
や『Girl with Curious Hair』の一部は、
トマス・ピンチョンやドン・デリーロから筋書きや文体的要素を借用していた。
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その盗用はあまりにも露骨だったため、ウォレスはキャリアを通じて盗作訴訟を心配していた。
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・詩人で回想録作家のメアリー・カーを、走行中の車から押し出した。
・自分が彼女に投げつけたテーブルの弁償をしようとした後、そのテーブルの破片を自分に渡すようカーに要求した。
・自分が担当していた創作文学の授業中に、学生へ暴力を振るった。
・創作クラスの学生たちと性的関係を持ち、さらに本の宣伝ツアー中には17歳の少女とも関係を持った。
・カーと彼女の5歳の息子をストーカーし、さらにその目的のために購入した銃でカーの夫を撃つと脅した。
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2012年頃にDFWについてこれらのことを知った後、私は彼の作品の多くを読み直した。
すると、以前覚えていたような天才性や繊細さが欠けているように感じた。
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(多くはWallace-Lメーリングリストの鋭い読者たちの助けを借りたものだ。)
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DFWは、共感できる女性キャラクターを書く能力がほとんどなかった。
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『インフィニット・ジェスト』の敵対的な女性人物、アヴリル・M・インカンデンザは、疎遠だった彼の母親を非常に刺激的な形で変形した存在だった。
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彼の短編「The Depressed Person」に登場する、共感性のない女性ナルシシスト的人物は、彼が性的関係を持ち、その後すぐに軽蔑するようになった同業作家エリザベス・ワーツェルをモデルにしていた。
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同じことは「Westward the Course of Empire Takes its Way」の女性主人公にも当てはまる。
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「美しすぎるために、この世界で普通に機能することができない女性」
というものだった。
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その最初の形は、『インフィニット・ジェスト』に登場する、ベールで顔を隠した危険なほど美しいジョエル・ヴァン・ダインとして現れた。
その後、『The Pale King』では、少し頭が軽い形に作り直されたメレディス・ランドとして再登場する。
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これらのキャラクターは、人を惹きつける圧倒的な美しさ以外には、際立った特徴をほとんど持たない。
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これらの女性たちは、物語の中でも、自分自身の人生においても主体性を持っていない。
どちらも、おそらくDFWの恋人、回復支援グループでのパートナー、そしてストーカー被害者でもあったメアリー・カーをもとにしている。
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本質的に言えば、
『Girl with Curious Hair』に収録されたレズビアンカップルについての短編を除けば、
彼の作品には主体性を持った女性キャラクターがほとんど存在しない。
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女性たちは『Brief Interviews』では単なる無垢な被害者であり、
『Broom of the System』、
『Infinite Jest』、
『Oblivion』、
『The Pale King』
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ノンフィクションにおいても、女性が中身のある声を持つことはほとんどない。
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彼が、機知に富み、はっきり物を言う女性の同行者と一緒にいる唯一のエッセイ、
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ウォレスについてこうしたことを知り、観察したことで、私の読書習慣は根本的に変わった。
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ウォレスが吐き出した、半分も編集されていない断片的な文章をすべて探し出し、貪欲に読み漁ることはやめた。
その代わりに私は、メアリー・カーのような女性作家たちへ目を向けた。
彼女たちは一般的に、ウォレスよりも簡潔で、自己認識があり、制御された文章を書いていた。
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また、カーやその他の虐待被害を経験した人々の経験にも慰めを見出した。
なぜなら、後になって分かったことだが、
2010年の冬に私があれほど惨めなほど落ち込んでいた理由の一つは、
私自身が身体的、感情的、性的虐待を伴う関係の中にいたからだった。
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私はそれに気づくまで、しばらく時間がかかった。
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そして彼は、人間の善性について哲学的に語ることに熱心な、非常に活発で好奇心旺盛な読書家だった。
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しかし、それらはウォレスの「技量(craft)」の証拠として扱われた。
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#MeTooは、私たちのほぼ全員に、自分が尊敬する人々の憎悪的で虐待的な行動と向き合うことを強いた。
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私は、私たちがその困難な矛盾を抱え、認める能力を持つことが重要だと思う。
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メアリー・カーは、読者にウォレスの作品を捨ててほしいとは思っていない。
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「悪を行う能力があることが証明されたすべての人間の人生や作品から、自分たちを切り離そうとすることは、生産的ではありません。
それは、関係によって自分を浄化しようとする終わりのない競争を生み出すだけです。
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一見すると善良だったり、複雑だったりする人々が、恐ろしい行為を犯すことがある。
もし被害者が本当に安全を感じられる社会を作るなら、私たちは何度でもその真実に向き合わなければなりません。
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私たちはそれを受け入れ、対処する方法を身につけなければなりません。
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その複雑さに耐えられないことこそが、人々を告発者を無視し、創作者を免責する方向へ向かわせるのです。
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自分たちが愛した本の中の優しく悲しげな男性が、実際にはストーカーであり、殺人を企てた可能性のある人物でもあった、
という事実を認めさせなかったのです。」
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私たちは、その矛盾を受け入れることができるようにならなければならない。
そして、それにどう向き合うかを学ばなければならない。
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なぜなら、その複雑さに耐えられないことこそが、人々を告発者を無視し、創作者を免責する方向へ押しやるからだ。
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一見すると善良で、あるいは複雑で理解しがたい人物が、恐ろしい行為をすることがある。
もし被害を受けた人々が本当に安心できる社会を望むなら、私たちはその事実に何度でも向き合わなければならない。
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私たちは、その事実を受け入れ、それと共存する方法を身につける必要がある。
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DFWの作品を愛していた人間として、私は本当に彼の作品を愛していた。
本当にそうだった。
私は、彼が複雑で、心を揺さぶるほど美しい魂を持った人物だと信じていた。
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しかし今、彼についての真実を知った私は、彼の作品の多くを以前ほど評価できないと感じている。
そして、彼がもうこの世にいないことに感謝している。
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もし彼がまだ生きていたなら、
苦悩に満ちた、疲れるほど長い文章を書き続けていたに違いない。
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私はそのことに疑いを持っていない。
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私はむしろ、メアリー・カーが今も健やかに活動し、真実が知られている世界に生きていることを嬉しく思う。
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それに、カーの本のほうが結局のところ優れている
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスについて私が書くべき最後のエッセイ
メアリー・K・ホランドがウォレスの女性嫌悪という「未解決の問い」に終止符を打つ
デイヴィッド・フォスター・ウォレスの作品は長年にわたり、(そう考えられてきた)暗澹たるポストモダン的主張――「すべてはほとんど不可能になってしまった」という認識――が数十年続いた後に、小説を共感、誠実さ、そして人間的なつながりへと大胆に方向転換したものとして高く評価されてきた。
彼の作品は、言語的に豊かで構造的にも革新的であるだけではない。主題の面でも強い魅力を持ち、リベラル・ヒューマニズムが覆い隠してきた抑圧、テクノロジーとアメリカ的ナルシシズムがもたらす魂を殺すような危険、そして皮肉(アイロニー)に支配された文化がますます無力化していく状況を、見事に批判している。
ウォレスは、人間が他者をより深く見つめ尊重するためには自己認識を育てなければならない、と感動的に語り、書いていた。そして読者と作者の関係そのものを、刺すような親密さで構築する形式的な方法を生み出した。そのため彼のファンも批評家も、まるで彼自身を知り、愛しているかのように感じている。
彼が自殺によって亡くなってから一年後、彼と彼の作品への大衆的・批評的関心が現在存在するウォレス研究という一大分野へ発展し始めた頃、彼は初めて、女性をつけ回し、操り、身体的暴力を振るった女性嫌悪者として告発された。
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2009年の回想録『Lit』で、メアリー・カーはウォレスが自分を追い求め、短い恋愛関係に至り、最終的には激しい口論の末、「彼が私に向かってコーヒーテーブルを投げつけた」という数年間の関係について、4ページにも満たない範囲で語っている。
しかし、10年近く後に彼女がこの関係について語った内容とは違い、ここでのカーの語り口は終始、知的でユーモラスなものに保たれている。
また彼女は、ウォレスの激しさについての告白の後には必ず、自分自身の後悔すべき行動についても告白している。
彼の「怒りの爆発」について、カーは「謝らなければならなかった文章(言葉)」があったと認め、さらに「もちろん、彼がそこまで怒るだけの十分な理由はあったに違いない」と、私たちに二度も念を押す。
コーヒーテーブルを投げつけられた出来事を説明した後、彼女は括弧書きでこう述べる。
「何年も後になって、私たちはこの騒動全体について、お互いが書いた長い謝罪文を受け入れることになる」
まるで、家具を投げつけられた側が、それを投げた側と同じ程度に罪を負っているかのように。
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その3年後、D・T・マックスはウォレスの伝記を出版し、カーとの関係についてさらに衝撃的な詳細を明らかにした。
さらにマックスは、ウォレスの性生活や女性に対する公言された態度についても十分な情報を明かし、彼をまるで彼自身の小説に登場する醜悪な男性の一人のように見せた。
ウォレスは朗読会に来た女性ファンたちを「観客のマンコ(audience pussy)」と呼んだ。
ジョナサン・フランゼンに対して、自分の人生の唯一の目的は「できるだけ多くの女性の膣に自分のペニスを入れること」なのではないか、と考えていた。
『インフィニット・ジェスト』のオリンのように、「若い母親を征服することへの性的フェティシズム」があると認めた。
そして「その女性たちの一部が自分の教え子であることを気にしていないふりをしていた」。
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2016年、故ウォレスに捧げられたアンソロジーの中で、その教え子の一人であるスザンヌ・スキャンロンは、学生が教授と操作的で感情的虐待を伴う性的関係を持つ短編小説を発表した。
教授は「D-」「作家」「自称ミソジニスト(女性嫌悪者)」と呼ばれる人物である。
この作品はウォレスの特徴的な形式要素――「Octet」や「Brief Interviews」――を利用し、デイヴィッド・フォスター・ウォレスによって広まった特徴的な語り口によって支配されている。
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しかし、これらの告発は、ウォレス作品へのファンや読者の愛情にも、批評家による作品解釈や評価にも、目に見える影響を与えなかった。
むしろ2013年、作家レベッカ・ロスフェルドは、マックスが記録したウォレスの女性嫌悪的な行為や発言(一部であれ)が、自分の「彼の根本的な善良さ、知性、そして好ましさへの信頼」を揺るがすことはできなかったと告白した。
なぜなら、彼女にとって「彼の作品のほうが、彼の行動よりも現実味があった」からだ。
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一方、批評家エイミー・ハンガーフォードは2016年、ウォレスの作品を読むことも教えることもやめる決断をしたと宣言した。
しかし彼女は、ウォレスが女性たちを虐待したことや、その行動がどのように作品の再読を迫るのかという問題には触れなかった。
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別の作家ディアドラ・コイルは、ウォレスを読むことへの不快感を、作者本人の行動によるものとは説明しなかった。
むしろ、ウォレスに非常によく似た男性たちによって自分自身が受けた性的・女性嫌悪的暴力、そして家父長制そのものとの関連で説明した。
「ウォレスへの私の反応と、家父長制への私の反応を区別することは難しい」
と彼女は述べる。
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この種の男性――自称フェミニストであることを理由に、女性自身の男性による抑圧や性的侵害の経験について「教えてあげよう」とするような男性――から、侵害され、発言を遮られ、見下された経験を持つ女性なら、コイルに共感せずにはいられないだろう。
しかし、ウォレスを拒絶する理由を「他の男性たちによる性的暴力」や「女性嫌悪一般」に置き換えることで、彼女は議論を別の方向へ移してしまう。
つまり、こうした要素がウォレスの小説内でどのように機能しているのか、そして彼の伝記的事実がどのように作品の再読を強いるのか、という本質的な問題から離れてしまうのである。
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こうした議論は、翌年、ある(男性の)ウォレス研究者が提示したような、循環的な反論を可能にしてしまう。
「ウォレスを読む男性読者が全員女性嫌悪者というわけではない。
だから女性たちは、良識ある男性読者の意見に耳を傾け、もっとウォレスを読むべきだ。
では、なぜそう言えるのか説明しよう」
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#MeTooはまた、ウォレス作品に潜む女性嫌悪を読者に見えやすくした
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#MeToo以前に、カーとマックスが報告したウォレスによる女性への虐待に対して示された反応は、読者、批評家、教師たちが、ウォレスの伝記的情報を彼の作品と結びつけて考える際に、何が問題になるのかを明確にしている。
というのも、ウィムサットとビアズリーによる「意図の誤謬(intentional fallacy)」への批判――作者の意図や人格によって作品を判断してはいけない、という考え――は説得力があり重要な議論である。
しかし、その目的は、作者という人物についての私たちの思い込みが作品そのものに不当に影響することから、テキストの自律性を守ることだった。
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ところが、ウォレスが女性を虐待したにもかかわらず、彼の美しく共感的な小説の価値を擁護しようとする議論は、むしろ逆のことをしてしまう。
つまり、作品を守るために、作者の現実の行為を無視しているのである。
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ロスフェルドは、ウォレスの小説への賞賛によって、彼自身の女性嫌悪的な行動を「現実ではない」ものにしてしまった。
ウォレス自身の人間関係に関する「好ましくない詳細」が明らかになったことで、ウォレスと女性嫌悪を同一視することは、
「ウォレスの作品が、コミュニケーション、共感、権力について提起している緊急の問いに対して、根本的な損害を与える」
というのである。
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まるで、ウォレスが現実の女性たちに対して行った虐待は、彼の作品内で架空の男性たちが架空の女性たちにどう接するかを書くことに比べれば、考える価値がないかのようだ。
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ヘリングが、搾取から身体的攻撃にまで及ぶ行為を「好ましくないこと(unsavoury)」という婉曲表現で呼び、ウォレス作品におけるジェンダー問題を「厄介なもの(troublesome)」と表現していることは、この問題に関するほぼすべての批評的議論に共通する別の問題を示している。
それは、作品の中でも作者の人生の中でも、私たちが話しているものが、
ということを言おうとしない、あるいは見ようとしない姿勢である。
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2017年10月、バークによる#MeToo運動が再び大きな広がりを見せた後、ウォレス研究の内部にいる批評家たちと、それ以外の人々との間には、これらの告発への反応に奇妙な分裂が生まれた。
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ヘリングの反応は、ウォレスの行動の重大性と、それが作品と関係する可能性を軽視しただけではない。
さらに彼は、
ウォレスの作品は女性嫌悪を「表現している」のではなく、「劇化している(drametrize)」のだ、
という自分の「信念」を示した。
しかし、その主張を裏付けるテキストに基づいた分析も提示していない。
また、すでにこの問題を分析し、むしろ反対の結論――つまり作品自体が女性嫌悪を含んでいるという結論――に至った批評研究にも触れていない。
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さらに彼は、回想録作家、ブロガー、批評家たちが、ウォレスを彼自身の伝記的事実から救おうとするときによく使う手法にも頼っている。
それは、男性による女性支配の具体的な例を、普遍的な「人間の問題」へと変換することである。
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たとえば『Brief Interviews』において、ウォレスは女性インタビュアーの声を封じ込める男性たちを描いている。
ヘリングは、それを、
「ウォレス作品の豊かさ――コミュニケーションと共感の困難さや重要性への関心、そして対話が崩壊したときに起こる有害なことの描写――を体現している」
と読む。
⸻
権利意識を持った男性と、圧力を受ける女性との間で対話が崩壊した場合、起こることは単なる比喩的な「有害さ」ではない。
それは身体的に傷つけられること、精神的に病むこと、実際の被害につながりうる。
そして、そのことこそが、あの短編集に収録された多くの物語が示しているものなのである。
⸻
同じ舞台、同じ課題――ウォレスの56歳の誕生日になるはずだった日に彼を称えること――を与えられた批評家クレア・ヘイズ=ブレイディは、「2018年にデイヴィッド・フォスター・ウォレスを読む」という文章を書いた。
これは、女性たちによる性的暴力の証言がSNS上で大量に共有され始めた数か月後のことである。
しかし、その文章は#MeTooにも、ウォレスに対する公的な告発にも触れていない。
ではタイトルにある「2018年」とはいったい何を意味するのか、という疑問が生じる。
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数か月後、ウォレス研究において「何が変わったのか」と問われた際、ヘイズ=ブレイディはヘリングと同じ一般化の手法に戻った。
彼女は女性嫌悪への批判を、あくまで学問内部の発展として再構成した。
そしてそれを、性的暴力の加害者たちに向けられた#MeTooの抗議とは無関係なもの、
「偶然同じ時期に起きただけ」
として扱った。
⸻
「ウォレスの文章における技術的、そして道徳的・倫理的な欠陥」
という表現を使った。
まるで女性たちがTwitter上で、ウォレスの長すぎる文章構造に怒っていたかのようである。
⸻
ウォレスが女性嫌悪者だったのかと直接尋ねられたとき、ヘイズ=ブレイディはこう答えた。
「はい。ただし、それは私を含め、誰もがそうであるという意味での女性嫌悪です」
まるで、私たちには、
と、
その文化の中で自分の利益のために、女性に対して意図的に利己的で残酷な、そして暴力的な女性嫌悪行為を行う男性
を区別するための言葉など存在しない、あるいは必要ないかのようである。
⸻
つまり、私たちが愛した作家が、本人がそう思われたがっていたような聖人ではなかったこと――そして私たち自身もそう信じたかったこと――を示す否定できない証拠に、人間らしく向き合う代わりに、
ウォレス批評家たちは――当時沈黙していた私自身も含めて――#MeTooによって明らかに必要とされた反省と再検討を拒んだ。
⸻
彼の個人的な行動が彼の作品や私たちの研究活動と関係していることを否定することで行った。
あるいは、さらに悪いことには、
つまり女性たちの証言を信じることを拒むことに加担することで行ったのである。
⸻
文学研究の外側にいる人々は、#MeTooによって再び注目されるようになったこれらの告発に対して、まったく異なる反応を示した。
⸻
2018年5月4日、ジュノ・ディアスが女性たちへの性的虐待で公に告発され、すぐさま社会的な抗議が起きた。
その後、メアリー・カーはTwitter上で、10年近く前に自分が報告していた虐待について改めて人々に思い出させた。
それをきっかけに、カーとマックスが提示した告発を支持する一連のブログ記事やインタビューが生まれた。
それらはまた、なぜこうした告発がこれまで公に受け止められることを妨げられてきたのか、その背景にあった女性嫌悪を明らかにし始めた。
⸻
この芸術家が、自らの人生において、作品の中でほとんど説いていた相互尊重に基づく共感を生み出せなかったということは、いったい何を意味するのか?
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ホイットニー・キンボールは、マックスがカーに対するウォレスの暴力的な扱いを、彼の創作活動にとって有益なもの、そして彼を「魅力的」にする要素の一つとして描写していたことを指摘した。
さらにマックスは、ウォレスの手紙の一つについて「非常に注目すべき」「卓越した技巧」と称賛している。
⸻
ミーガン・ガーバーは、あるインタビュアーがマックスに対して、
「なぜカーへの彼の感情が、ウォレスにこれほどの問題を引き起こしたのか」
と尋ねたことに含
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メアリー・カー、デイヴィッド・フォスター・ウォレスとの関係、詩集『Tropic of Squalor』を語る
高い評価を受けている回想録作家メアリー・カーが、新しい詩集 『Tropic of Squalor(荒廃の熱帯)』 を出版した。
この詩集には、彼女の家族、神との関係、そして虐待的な関係にあった作家デイヴィッド・フォスター・ウォレスについての詩が収録されている。
カー(@marykarrlit)は、番組 Here & Now のロビン・ヤングとこの本について語った。
以下、『Tropic of Squalor』からの抜粋も掲載する。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスとの激しい関係について
「私はある関係を持っていました。でも、激しかったのは彼のほうです。
私が最終的に暴力について話すことにした理由のひとつは、私のところには若い女性たちからたくさん手紙が来るからです。彼女たちは、私のような人間が暴力的な相手と関係を持つなんてあり得ないと思っている。
でも私は、20年間沈黙してきたあとで、ある時点から、自分は私を殴りつけ、苦しめた人間に加担していたのではないか、と感じるようになったと言わなければならない。
彼が亡くなった時、私はひどく悲しみました。本当に悲劇的なことだと思った。
それなのに一部の人々は、私を、まるでこの邪悪な世界で生きることができなかった悲劇的な聖人のように見なされている男の伝記の脚注のように扱う。
彼は確かにそういうふうに見られている人物だけれど、同時に、私に対して残酷なことをした男でもあるのです。」
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「彼がしたことで最悪だったことは、私の家の外壁をよじ登って、寝室のバルコニーまで来たことです。
そして、私の夫を殺すために銃を買おうとしたこと。
伝記作家は、そうしたことについて話し合われた手紙を見ています。つまり、これらのことがまったく知られていなかったわけではない。
D・T・マックスがそれについて書いたことの中で、私が覚えているのは、彼の暴力が彼をより『魅力的』な存在にした、というような意味のことです。
私はただ……#MeToo運動から出てくる話を読んだり、職場で多くの若い女性たちに会ったりして、彼女たちが抱えている大量の恥を見てきた。
そして他のすべての女性たちと同じように、私も自分を責めていました。
私が何とか解決しなければならない、彼を変えなければならない、と考えていた。
でもこれは、とてもよくある物語なのです。」
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母も自殺をほのめかしていました。でも今になって思えば、彼女はむしろ他人を傷つける側だったのだと思います。
こうしたことは、私の過去の中でも悲しく暗い部分で、最近になってようやく語るようになったことです。
そして、このことについて何人かの人からたしなめられました。まるで私が誰かに意地悪をしているかのように受け取られたからです。
でも、それは多くの女性に起きることです。
ただ、私は声を上げてよかったと思っています。
彼に顔を殴られた女性、嘘をつかれた女性、彼の教え子で、彼と性的関係を持った学生たち――そういう多くの若い女性たちがネット上で私に連絡をくれたからです。」
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「父は石油精製所で働いていました。でも油田でも働いていました、そうです。
私にとって、この本はある意味で――『Tropic of Squalor』というタイトルは、私の故郷につけていた冗談のような名前でした。
燃え上がる工業用の塔、蛇やワニ、そして日曜日にはクー・クラックス・クランが魚料理の集会を開くような場所。
私は本ばかり読んでいる、繊細で変わり者の子どもでした。
だからこの本は、ある意味では暗闇から光へ向かう旅について書いたものだと思います。」
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「正直に言うと、私の故郷のがん発生率は――まるでチェルノブイリのようです。
私が知っている人たちの数を考えると……小学校6年生になる前に、白血病で2人の友達を亡くしました。
そして実際、あの町ではガソリンスタンドが化学療法センターに変わっている。
本当に奇妙なことです。」
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神との関係について
『30日間、毎日祈ってみたら? そうしたら人生が良くなるか見てみればいい』
でも、祈りはいつも私自身を変えるのだと思います。そして時には、私が物事を変えることもある。
魔法の8ボール(質問すると答えが出る玩具)のように、答えが表面に浮かび上がってくるわけではありません。
でも時々、胸の真ん中に静かな傾きのようなものを感じる。
ずっと悩み続けていたことや心配していたことが、突然消えることがある。
あるいは、何かが胸の中で中心に収まって、決断できるようになる。
『神の声ってどんなものですか?』
それで私は『The Voice of God(神の声)』という詩を書きました。」
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「神の声」(詩)について
カーは、神の声について書いた詩を紹介している。
VI. Wisdom: The Voice of God(第6章 知恵:神の声)
神はマンホールの蓋を通してこう言う
熱い風呂に入れば治る」
一度も買っていない宝くじに
当たることを望んでいる。
(優しく修道士たちは歌う
苦しみを抱きしめよ、と。)
その声は決して媚びない。
長期的な解決策もない。
白いひげを雲のように伸ばし
耳に引っ掛けた神が
命令を下すわけでもない。
それは小さく、親しげで、
空を飛ぶガチョウの鳴き声の中に
暗いガラス越しに
すべてを見通そうとするな。
それは、いちばん当たり前のことを言う。
つまり――
「銃を置きなさい。
サンドイッチを食べなさい。」
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地下鉄で私を見かけたとして、空調が壊れていて――誰かが叫んでいたり、目の前で誰かがトイレをしていたりしたら、
そこでただ『神様、目の前でトイレをしているこの人を祝福してください』と言ってみる。
すると、驚くほど何かが変わる。
その人について少し興味を持てるようになるんです。
私にとって祈りとは、必要としている一連の心理的な修正作業の一部なのです。」
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フェミニズムと詩について
「正直に言います。
私は60代ですが、過去18か月ほどになるまで――私は8歳の頃からフェミニストでした。
でも、自分はずっと“アンクル・トム”のようだったと感じています。
(※アンクル・トム:差別される側でありながら支配者に迎合する人物の比喩)
自分でも気づかない形で、私は人生を通して男性に媚びてきたのだと思う。
そして、世界で何が起きているのかについて、完全に考え方が変わりました。」
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「以前、人から『レイプ文化がある』と言われた時、私はこう思っていました。
『人をレイプすることが悪いという考えは新しいものではないでしょう』と。
でも、分かったんです。
実際には、人をレイプすることが悪いという考え自体が、ある意味では新しいものなのだと。
ひどいことは起きています。
でも私は、21歳だった頃のことを考えています。
私はニューヨークに来て、憧れていた偉大な詩人や作家たちがいる部屋にいました。
ジェイムズ・ライトも、ギャルウェイ・キネルも、アリス・ウォーカーも、デニーズ・レヴァートフもいました。
そして私は、エセリッジの子どもたちのベビーシッターをしていた。
そこへ、プリンストン大学で教えていたギャルウェイ・キネルが台所に入ってきて、私の手を彼の性器に置いた。
私はその場を去りました。
部屋を出たのです。
性別という理由だけで、本来なら得られるはずだった機会を失うことなのです。」
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『Tropic of Squalor』より抜粋
「Discomfort Food for the Unwhole(欠けた者たちのための不快な食べ物)」
それぞれの頭は輝くスマホへと垂れている。
親指でタップする
タップする
反対側の親指を持つ人間たちは、それぞれ
それでも誰もが信じている。
手の中の光を通せば
遠くへ届くのだと。
遠くへ。
誰かを生かすか殺すか投票するために。
バラバは生かすのか、殺すのか。
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鉄骨の梁と鏡張りの塔がある。
背後には並んでいる。
輝く黒い卵。
露を帯びた蘭。
あまりにも少数の人々のために。
しかも、その代償は途方もない。
それなのに私たちは
手元から顔を上げることができない。
周りを見ることができない。
それぞれの顔は首から前へ垂れ下がる。
その首が支えているのは
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引き上げられていることを願う。
もう何十年も経ってしまったけれど。
愛が憎しみへと姿を変え、
あなたの顔が首つり縄の中へ消えていった。
今日の私は、
もし何かあったとしても
名指しすることさえできない。
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苦しむ人々を、
そんな哀れな人々を
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世界を形作ろうとした。
なぜならあなたは、
悲しい重さを正当化することもできなかった。
証明することもできなかった。
生まれながらに受け取った
空気の分け前を
支払うこともできなかった。
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あなたは何度も私に頼んだ。
あなたの肺へ息を吹き込んでほしいと。
あなたが、
飲み込めるように。
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私は考える。
あなたの死は、
あなたを愛したすべての人にとって
失敗のように感じられるのだろうか。
まるで私たち全員の
早すぎるうちに止まってしまったように。
死体が二度と起き上がらないことで
私たちを罰しているように。
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そして許してほしい。
私が、
「すべての自殺者はろくでもない」
と信じてしまうことを。
私が神ではないのには
もし私が神なら、
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ただ私は言いたかった。
はは。
あなたは今この瞬間も生き続けている。
あなたを深く吸い込んだ
すべての人間の中で。
それぞれの肺の中で。
その赤く色づいた翼。
ピンク色の風船のような肺の中で。
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息として吐き出す。
そしてあなたが
雨のように上昇していくのを見る。
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(『Tropic of Squalor』HarperCollins Publishers 2018年刊より抜粋)
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「自殺した人間を責める怒り」と「それでも愛しているという事実」が同時に存在している。
“We sigh you out into air and watch you rise like rain.”(私たちはあなたを息として吐き出し、雨のように昇っていくあなたを見る)
は、死を肯定しているわけではないのに、死者を単純な「失敗」として終わらせない表現になっています。
ウォレスの死について語ったカーの言葉とも重なります。彼を「聖人化された悲劇の天才」として見ることへの怒りと、同時に彼を失った悲しみ。その両方を捨てないところが、このインタビュー全体の特徴だと思います。
この文章は文学的な表現が多く、単純な辞書訳ではニュアンスが落ちる単語が多いです。特にメアリー・カーの語り口は、皮肉・宗教的比喩・身体感覚が混ざっています。重要語句を解説します。
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インタビュー部分
acclaimed
高く評価された、絶賛された
例:
an acclaimed novelist
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memoirist
※ autobiography(自伝)よりも、個人的記憶や経験に焦点を置く。
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volatile
he had the volatile part
直訳:
「激しい部分は彼の側にあった」
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speak up
声を上げる、黙らずに話す
I finally spoke up about the violence
「暴力についてついに公に語った」
単なる「話す」ではなく、
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be complicit with ~
I felt like I was complicit with somebody who beat my ass
直訳:
「私を殴った人間に加担していたように感じた」
ここでは、
「なぜ逃げなかったのか」
「なぜ黙っていたのか」
という自己責任感への苦しみ。
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かなり口語的。
殴りつける、ひどい目に遭わせる
ass = 尻
例:
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「世間が彼を、苦悩する神聖な知識人のように扱っている」という皮肉。
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footnote
脚注、取るに足らない付記
a footnote in the biography of this guy
つまり、
「私は彼の物語の脇役ではない」
という怒り。
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brutal
残酷な、容赦ない
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暴力について
climb up the side of my house
家の壁をよじ登る
「訪ねてきた」ではなく、恐怖を伴う行為。
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follow は単なる「ついて行く」ではなく、
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buy a gun to kill my husband
夫を殺すために銃を買おうとする
to kill は目的を示す。
=彼を殺す目的で銃を買う。
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fascinating
魅力的な、興味を引く
his violence made him more fascinating
「彼の暴力性までもが、彼をさらに興味深い人物として消費させた」
という批判。
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故郷について
squalor
例:
live in squalor
「劣悪な環境で暮らす」
Tropic of Squalor
直訳:
「荒廃の熱帯」
※ヘンリー・ミラーの
への連想もある。
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backwater
もともとは「流れのない水域」。
比喩で、
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単なる「つらい場所」ではなく、
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dorky
オタクっぽい、垢抜けない、変わり者の
a sensitive, dorky kid
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looks like Chernobyl
チェルノブイリのようだ
つまり、
「環境汚染されたような町」
という強烈な比喩。
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神について
leaning
a quiet leaning in the middle of my chest
直訳:
「胸の真ん中にある静かな傾き」
意味:
宗教的な「啓示」に近い。
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gnaw on
かじる、悩み続ける
something I’ve been gnawing on
直訳:
「私が噛み続けていたもの」
比喩:
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pander
媚びる、迎合する
何度も出る重要語。
The voice never panders.
「神の声は媚びない」
つまり、
「あなたが聞きたい答えを言わない」
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フェミニズム部分
Uncle Tom
1990年の秋、『インフィニット・ジェスト』を出版する何年も前のこと、デイヴィッド・フォスター・ウォレスはボストンのエマーソン・カレッジで非常勤講師として教え始めた。
D・T・マックスが伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』で書いているように、この時期のウォレスの状況は決して良いものではなかった。当時の彼は精神的に不安定で、最新の短編集『Girl with Curious Hair(奇妙な髪の少女)』をひどく恥じていた。エマーソンの英文学科がその本の広告を掲示したとき、彼はそれを引き剥がしたほどだった。
そして教える仕事も、彼が自分の文学や社会全体に対して抱えていた問題から彼を救うものにはならなかった。ジョナサン・フランゼンへの手紙の中で、彼は学生たちを「幼児」と呼んでいる。
「彼らの頭を支えてやるために、ほとんど首を抱いてやらなければならないほどだ」
若者たちは単にテレビの手軽な魅力に夢中になりすぎていたのだろうか。マックスはこう書いている。
彼が教えていた学生たちは、問題が自分の想像していた以上に深刻だと感じさせた。彼らは短編「My Appearance(私の出演)」の中で彼が想像した「レターマン世代」だった。自分たちの物知りぶりを誇りにしている世代だ。
「みんな“テレビ専攻”なんだよ。そんなものが何を意味するのか分からないけどね」と彼はデイヴィッド・マークソンに不満を漏らした。そして、デリーロの小説(どの作品かは彼は書いていない)によって学生たちを「挫折させた」ことで、学科から注意を受けたと付け加えた。彼がその小説で意図していたのは、学生たちを目覚めさせることだったのだが……。
ウォレスは、自分がエマーソンに長く留まりたいとは思っていないことを分かっていた。
それでも、テレビ文化に精通していたため、ウォレスは学生たちの間で人気があった。そして少なくとも一人の学生は、その「挫折させるような」デリーロ体験によって勇気づけられた。
その学生とは、今週全米公開された最新作『インヒアレント・ヴァイス』の監督、ポール・トーマス・アンダーソンである。
昨日、マーク・マロンのポッドキャスト番組『WTF』の新エピソードで、アンダーソンは高等教育に対してウォレスと似たような不満を抱き、大学を卒業していない自身の経験を語りながら、ウォレスとの時間について長く話した。彼はウォレスを深く敬愛していた。
「エマーソンにいたあの一年、当時はまだ有名ではなかった偉大な作家デイヴィッド・フォスター・ウォレスが僕の先生だった。英語の先生だったんだ……。彼は僕が初めて恋をした先生だった。これまで通ったどの学校でも、あんな人には出会ったことがなかった。
だから学校とか教育制度について悪く言うことにはすごくためらいがある。結局どこも同じなんだと思う。もし良い先生を見つけられるなら、学校っていうものはきっと素晴らしいものになると思う」
「じゃあ、なぜ君はそこに残らなかったの?」とマロンが尋ねる。
「彼が辞めたから」とアンダーソンは答える。そして続ける。
「一度彼に電話したことがある。彼は電話番号を教えることにとても気前がよかった。“何か質問があったら電話してくれ”と言ってくれて、僕は何度か電話したんだ。
書いていた論文について、いくつかアイデアを聞いてもらった。ドン・デリーロの『ホワイト・ノイズ』についての論文を書いていたんだ……。
いくつか突拍子もないアイデアを思いついて、それについて話したんだけど、会話の内容はよく覚えていない。ただ、締め切り前日の真夜中みたいな時間にも、彼が本当に親切に対応してくれたことだけは覚えている……。
ウォレスが学生時代のアンダーソンをどう評価していたのか、あるいはそもそも彼を教えたことを覚えていたのか、私たちには永遠に分からない。
しかし『Every Love Story Is a Ghost Story』によれば、少なくともウォレスはアンダーソンの映画を知っていた。彼は『ブギーナイツ』のファンで、友人に「あれはまさに自分が書きたかった物語だ」と語っていたという。(後にウォレス自身もエッセイ「Big Red Son」でポルノ業界について書くことになる。)
一方で『マグノリア』については、それほど熱狂しなかった。彼はこの作品を気取っていて、中身がなく、「悪い意味で100%大学院生っぽい(gradschoolish)」ものだと感じていた。
ただ、アンダーソン自身もおそらくその評価には反論しないだろう。『WTF』のインタビューで、彼はもし現在この映画を作るなら編集を完全に変えるだろうと認めている。
「自分自身をちゃんと編集していなかったんだ。長すぎる。あまりにもクソ長い」
スティーヴ・ポールソンが、『David Foster Wallaceの言葉にできない失敗(The Unspeakable Failures of David Foster Wallace)』の著者クレア・ヘイズ=ブレイディに、#MeToo時代における故作家の遺産について話を聞く。
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長年にわたる賞賛の後、デイヴィッド・フォスター・ウォレスはいま、再評価の時期を迎えている。
彼の自殺から10年を迎える中で、女性への虐待的な扱いについて新たな証言が表面化し、彼の文学的遺産はいま揺さぶられている。
ウォレスは「リット・ブロ文化(lit-bro culture)」の象徴になった。
そして#MeToo時代において、一部の批評家たちは真剣に問いかけている。
「私たちはもう彼の本を読むのをやめるべきなのか?」
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ウォレスには今なお熱狂的なファンが存在し、『Infinite Jest』やその他の作品を扱うカンファレンスまで開催されている。
しかし彼は、これまでになく厳しい批評的検証にさらされている。
そして、それは重要なことだとクレア・ヘイズ=ブレイディは言う。
彼女は『The Unspeakable Failures of David Foster Wallace』の著者であり、ダブリン大学トリニティ・カレッジのアメリカ文学研究者だ。
彼女は「ウォレス研究の世界におけるロックスター」と呼ばれることもある。
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ヘイズ=ブレイディは、ウォレスの人生と作品について複雑で慎重な視点を持っている。
彼の女性蔑視(ミソジニー)を認めながらも、同時に彼を同世代で最も偉大な作家だと考えている。
だから彼女は、彼の作品を無視するのではなく、向き合い、問い直したいと思っている。
彼女の考えでは、それこそ文学的正典(カノン)に入った作家に対して批評家が行うべきことなのだ。
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私はヘイズ=ブレイディに、ウォレスの問題を抱えた男性性、男性天才という神話、そしてなぜ私たちは「人格的に立派な作家」だけを読むべきではないのかについて話を聞いた。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスは、もはや単純に「文学的天才」と呼ばれる存在ではありません。
何が変わったのでしょうか?
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いくつか異なることが同時に起きていると思います。
彼は亡くなった時点で、まさに才能の絶頂期にいました。
そのため死後しばらくの初期段階では、彼を称賛する動きが中心で、批評はほとんど聖人伝のようなものになっていました。
だから現在起きていることは、批評的な土台を整える作業なのだと思います。
つまり「ウォレス研究」を正当な学問分野として確立することです。
⸻
ポールソン:
つまり、一人の作家デイヴィッド・フォスター・ウォレスに特化した批評研究の蓄積があるということですか?
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
そうです。
その研究者コミュニティは巨大ではありませんが、「Wallace Studies(ウォレス研究)」という言葉自体は、確か2009年にグレッグ・カーライルがウォレス初期研究会議の一つで使ったのが最初だったと思います。
当時はある種の願望を込めた表現でした。
つまり、
ウォレスはウルフやジョイス、エリオット、オースティンと同じくらい重要な作家であり、彼のための研究分野を持つべきだ
という考えです。
⸻
ポールソン:
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
なぜなら、批評的な反動は避けられないものでしたし、必要なものでもあったからです。
彼のファンであるかどうかに関係なく、彼が同世代にとって非常に重要な作家だったことを否定するのは難しい。
しかし、批評家が一生をかけて「この人はどれほど素晴らしいか」だけを語り続けることはできません。
それは技術的な欠点の場合もありますし、道徳的・倫理的な欠点の場合もあります。
そしてそれによって、ウォレス研究は本当の意味で活性化しています。
⸻
では次に、
「何がそれほど素晴らしくないのか」
について話そう、という段階に来たのです。
⸻
ポールソン:
その倫理的な問題は、彼の作品よりも人生についてのもののように思えます。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
そうです。
ウォレスの場合、タイミングが興味深いのは、作家メアリー・カーが最近、ウォレスとの関係や彼から受けた扱いについてツイートしたことです。
⸻
メアリー・カーは自身も非常に評価された作家で、かつてウォレスと恋愛関係にありました。
「シングルマザーだった私にデイヴィッド・フォスター・ウォレスが加えた暴力は、彼の伝記作家や『ニューヨーカー』によって“疑惑”として無視された。彼の手書きの手紙を私が持っているにもかかわらず」
その中でマックスは、ウォレスが「コーヒーテーブルを投げた」ことや、「走行中の車から彼女を押し出そうとした」ことについて触れています。
⸻
「銃を買おうとした。私を蹴った。夜中に家の側面をよじ登ってきた。5歳だった息子が学校から帰るところをつけてきた。電話番号を2回変えなければならなかった。それでも彼は番号を手に入れた。何か月も何か月も続いた」
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そして、どうやら彼はカーの夫を殺すための銃を買うことまで提案していたという。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
本当に、本当にひどいことです。
ただ、一つ私が異議を唱えたい点があります。
それは、カーが使った「無視された(ignored)」という言葉です。
なぜなら、それらのことはマックスの伝記にも含まれているからです。
もちろん、すべてが書かれているわけではありません。
同じ詳細さで記述されているわけでもありません。
彼女の夫を殺すために銃を買おうとしたという話も含めて。
⸻
しかし、私が興味深いと思うのは、それが「天才神話」の中に組み込まれてしまったことです。
つまり、
「苦悩する天才が取った行動」
⸻
ポールソン:
そして、おそらく彼は見逃されていた。
なぜなら、これこそが苦悩する天才というものだ、と考えられていたから。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
その通りです。
文化的には、それを隠そうとするのではなく、むしろこう言ってしまう傾向があります。
あるいは、
と。
⸻
カーが再び声を上げたことは、とても勇気のあることだったと思います。
このことは実際に起きた。
そして忘れられるべきではない、と。
⸻
ポールソン:
デイヴィッド・フォスター・ウォレスは女性蔑視者(ミソジニスト)だったのでしょうか?
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
短い答えを言えば、はい。
ただし、私は女性蔑視者ではない人を知りません。
私たちは、女性の成果や欲望を低く評価するように、生まれた時から教えられる文化の中で生きています。
だから、現代社会の中で生きながら、ある程度の意味で女性蔑視的ではない人間になることは不可能だと思います。
⸻
ポールソン:
しかし、明らかにもっと深刻な女性蔑視のケースもありますよね。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
あります。
そして、芸術家の女性蔑視や人種差別について話す時には、別の問題も生じます。
これは昔からある問いです。
そうです。
私は、それこそが彼の文章で私たちが気づくものの一つだと思います。
彼がどれほど自覚的で、さらには自己批判的だったかということです。
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ポールソン:
彼が『Brief Interviews with Hideous Men(醜悪な男たちの短いインタビュー)』という本を書いたことは注目に値します。
彼は明らかに有害な男性性(トキシック・マスキュリニティ)を認識していた。
そして、おそらく自分自身の中にも。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
その通りです。
そして彼は、その本における女性蔑視について具体的に語っています。
⸻
だから、彼がジェンダー政治を理解していたことは否定できません。
また、彼が書いていた時代は、ジェンダー政治やフェミニズムが大きく変化していた時代でした。
その議論に気づかないでいるには、耳も目も塞ぎ、岩の下に住んでいる必要があるでしょう。
⸻
ポールソン:
もしかすると、それがウォレスの魅力の一部なのかもしれません。
彼は彼らを理解していた。
なぜなら、彼は本当にひどいこともしたからです。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
もちろんです。
しかし、作品を読むために、その行動を正当化する必要があるとは思いません。
私は、非常に才能のある作家であるウォレスと、非常に欠点の多い人間であるウォレス、その両方を見ることで、彼が書いた文化について多くを学べると思います。
⸻
彼は現代文化について、非常に独特な声と鋭い洞察力で書きました。
そして私は、現在という時代について、彼の視点から聞く価値のあることがたくさんあると思います。
⸻
ポールソン:
なぜなら、彼はある種の問題を非常に先取りしていたからですね。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
そうです。
私はちょうど『Infinite Jest』に登場する「テレピューター(teleputer)」について話していました。
それだけではありません。
SnapchatやInstagram、そして私たちが社会に見せる顔を作るために使うフィルターのようなものまで予測していました。
つまり、
現実に生きている自分の顔に似ているけれど、完全には同じではない顔を社会へ提示する仕組みです。
⸻
ウォレスは、それを驚くほど詳細に予見していました。
⸻
インターネットの一部には、
『Infinite Jest』の登場人物ジョニー・ジェントルによって、ウォレスはトランプを予言していた
という説を唱える人々もいます。
興味がある人は調べてみるといいでしょう。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
なぜなら、もしあなたが幸運にも、自分自身で授業を作り、シラバスを設計できる立場にいるなら、ある作家を外したところで、誰もそれに気づかないからです。
⸻
しかし、ある作家を含めないことは――その理由について語る場合を除けば――目に見える批評的行為ではありません。
そして、その理由について語るのであれば、結局その作家を扱ったほうがいい。
⸻
批評家として、特に教師としてそのようなことをすると、議論を二極化してしまうと思います。
⸻
実際、ウォレスを研究している若手の女性研究者で、ウォレスを研究しているというだけで、別のフェミニスト研究者から強く批判された人たちを私は知っています。
⸻
だから、そのような「門番」のようなルールは、批評という観点から見ると、とても逆効果だと思います。
⸻
ポールソン:
あなたは授業でデイヴィッド・フォスター・ウォレスを教えていると思います。
⸻
ヘイズ=ブレイディ:
皆さんが想像するほど頻繁ではありません。
もちろん教えています。
ただ、彼だけを中心に据えた授業を持っているわけではありません。
⸻
むしろ、あまり声を聞かれてこなかった作家たちと並べて読むことです。
⸻
例えば私は、ウォレスをポロチスタ・カクプールと一緒に読みます。
彼女はイラン系アメリカ人作家で、ウォレスを影響源の一つとして挙げています。
そして、
彼女の作品がウォレスからどう生まれ、またウォレスにどう挑戦しているのか。
⸻
と言うなら、
⸻
そして彼は、欠陥のある立場から、欠陥のある人間について書いています。
⸻
彼を読み、問い直し、本気で作品に挑戦すること。
それによって、私たちが生きている文化について、そして10年後の今、そこから抜け出そうとしている文化について、多くを学ぶことができます。
⸻
⸻
もし私たちが、人格的に完全に善良な作家による芸術作品だけを読むなら、世界はかなり退屈な場所になるでしょう。
⸻
もちろん、
「彼のすべてがひどい」
と言うために読むわけではありません。
そうではなく、
そこに何が価値として残っているのかを見るために読むのです。
⸻
その際には、ウォレスが暴力的なパートナーであり、単純に受け入れられない行動をした人物だったという事実を認識しなければならない。
それを許してはいけない。
見過ごしてはいけない。
⸻
しかし文化的には、彼の作品との対話を完全に拒否することで、私たちはさらに議論を孤立化し、二極化させる危険があります。
⸻
おそらくこれは逃げなのかもしれません。
分かりません。
⸻
(終)
「食べてください」家に押し掛け料理と手紙を置く ストーカー規制法違反の疑いで64歳女を逮捕
3回にわたり、札幌市豊平区に住む60代男性の自宅に押し掛け、料理や「食べてください」と書かれた手紙を置くなど、ストーカー行為をした疑いが持たれている
これで逮捕できるなら迷惑行為した男はどんどんストーカーとして逮捕できるな
というか、これこそ「イケメンなら無罪なんだろ!」って男がいうやつでは?
若い美女が料理持って家に来たら歓迎になるんじゃねえの?男の難癖はいつも自己投影なんだよ
https://news.livedoor.com/article/detail/31767707/
デヴィッド・フォスター・ウォレスの最高傑作『Infinite Jest(無限の歓興)』の執筆・完成時期は、メアリー・カーの「前夫との離婚」「ウォレスとの交際と破綻」、そして「銃の購入計画を含む狂気のストーキング」の時期と完全に一致しています。 [1, 2]
「離婚」「再婚」「破綻」「銃」にまつわる具体的な時期と、小説の執筆状況を時系列で整理します。
## 📅 メアリーの人生・ウォレスの狂気・執筆の完全タイムライン
* 執筆状況:まだ小説の本格的な執筆には至らず、アイデアを練っている段階でした。 [2, 3, 4, 5]
* 執筆状況:メアリーが独身になったこの年、ウォレスは『Infinite Jest』の大規模な原稿執筆を本格的にスタートさせました。 [2, 6, 7]
* 執筆状況:ウォレスは「彼女にふさわしい男になるため、この巨大な小説を絶対に完成させなければならない」と狂ったように執筆を続けます。
* 執筆状況:この最悪のストーキング期間中、ウォレスはメアリーへの怒りと執着の全エネルギーを原稿に叩きつけ、1995年に『Infinite Jest』を完成(脱稿)させました。 [1, 11, 12, 13]
------------------------------
メアリー・カーは2018年の「#MeToo」運動の際、当時のウォレスの「銃の購入計画」「ストーキング」「暴力」の凄惨な事実を改めて告発し、世間に衝撃を与えました。 [1, 4, 17]
この二人の関係が、小説内の具体的なエピソードやキャラクター(ジョエルなど)にどう影響を与えたか、さらに詳しく知りたい箇所はありますか?
どうせわかんないだろうなって思いながらも慢性で「ハンターハンター」の最新刊買ったけど、やっぱムカつくほど意味不明だった。
「もはや小説に挿絵がついているレベル」とか言われてるけどさ、ミステリー小説だったらよほどの事がなければ1巻で伏線回収や謎解きが終わっているんですよ。それが全勢回収できてないというかする気もない上に、話が進むたびにまた新キャラ増えたり新設定が増えたりとまじ意味不明なんですよ。
各キャラのクソ長い考察シーンとかもさ、まだ読者も知らない王族の秘密とか念能力なんて作者の脳内でいくらでも調整できるんだから、それについての考察述べられても意味不明だし、そういうのは事前に吐き出した上で絵でわかりやすく演出するのが漫画家なんじゃねーの?
やっぱ漫画家が大御所になるとダメだね。尾田栄一郎も岩明均も井上雄彦も大御所になりすぎて編集者が文句言えなくなってからダメになった。そりゃ若い頃は編集者がウザかっただろうから好き勝手書けないイライラあったんだろうけど、やっぱ身近に誰かが客観的に俯瞰して整理してくれないと話は進まないし停滞しちゃう。
おそらくジャンプ編集部には俺みたいな面倒な読者のクレーム手紙とかたくさん届いているんだろうけど、最近の編集部って作家のストレスになるようなファンレターは事前に選別して破棄してるらしいから、きっと冨樫には届いてないだろうね。おそらくこんだけファンのイライラが詰まっていることすら気づいてないんじゃないの?売り上げ巻数だけで言えば「支持されている」って思って当然だけど、あれの半数はおそらく俺らみたいな古参ファンが慢性でとりあえず買って、「頼むから昔のハンターハンターみたいにワクワクする展開に戻っていてくれ。。。」って祈りながら読んでいるんだよ。
あとそもそもあんな小さい字は俺ら古参ファンの老眼では読めません。俺なんてあまりに読みづらく耐えきれずに一度紙版を買ったのに大型モニターで読めるように電子版の両方買う羽目になっているんだぞ。ふざけんなよマジで!これならAKIRAくらい大判サイズのコミックス買わされた方がマシだわ。
てか頼むよ。頼みますよ。冨樫さん。せめてこの10年近いフラストレーションをスッキリさせてくれるくらいの神展開で話まとめてくださいよ。。。幽遊白書の後期で編集部の横槍で無理矢理魔界トーナメントになった経緯、今の俺なら痛いほどわかる。。。
AI生成かな?
ーーー
私は長年税金を納めてきた普通のロシア市民であり、あなたの給与が私のような人々から来ている者として、あなたに訴えます。
あなたの役職の目的は、安全と、教育を受けた市民が自由で繁栄した国で子どもたちを育てたいと望む人々にとって、尊厳ある未来を提供することであるべきです。私はあなたに一度も投票したことがありません。なぜなら、あなたにロシアを率いるために必要な能力、ビジョン、誠実さを備えているとは決して信じていなかったからです。
2012年以来、あなたは権力を集中させ、反対する人々を沈黙させてきました。私は抗議運動に参加し、あなたの統治を拒否する人々がどれほど多かったかを目の当たりにしました。しかし、恐怖が徐々に私たち多くの者を沈黙に追い込みました。憎悪が、あなたのリーダーシップの代わりとなりました。
2014年にクリミアを占領し、東部ウクライナに侵攻したことで、あなたは数百万人のロシア人を、隣国に対する侵略の加担者に変えました。2018年、私は娘を連れてロシアを永久に去りました。なぜなら、隣国を攻撃することが名誉だと喧伝される国で彼女を育てることを拒否したからです。
私の価値観――人権、言論の自由、少数派への敬意、世界への開放性――は、結局のところ、私を自国でよそ者へと変えました。2022年2月24日のロシアによるウクライナへの全面侵攻後、ロシア市民権は私にとって恥辱の印となりました。
私の母はロシア人、父はウクライナ人です。ウクライナ人の親族はスターリンの飢饉で苦しみ、今日では私の祖父の故郷の村がロシア軍に占領されています。私自身の家族の歴史は、この戦争を正当化しようとするあなたの試みに、一切の余地を残していません。
私は子どもたちに、誰を愛するべきか、何を信じるべきかを強要されることなく、殺しや死を強いられることのない世界で生きてほしいと願っています。私にとってのロシア文化とは、無武装の戦時特派員としてベルリンに到達した私の祖父、選挙の偽造を拒否した教師である私の母、そして品位を重んじる人々――暴力ではなく――によって体現されるものです。
あなたの体制は、私の家族のような市民に値しません。あなたは独立した人々を恐れています。なぜなら、私たちはあなたを恐れていないからです。
この手紙は、ロシア連邦の市民権を放棄するという通告です。あなたの制度ではロシアに帰国せずにそれがほぼ不可能であるため、私は直接あなたに知らせます。
これ以降、ロシアが私の名で徴収しようとするあらゆる税金は、代わりにウクライナ軍🇺🇦を支援するために寄付されます。
私は、ウクライナと文明世界があなたの侵略に対する勝利を待っています。
https://x.com/MykhailoRohoza/status/2073795191522075114
AI モードの会話あなたの入力: 死体の腕の骨をペーパーカッターに加工して大統領だかに贈るような米軍 +8 それは第二次世界大戦中の太平洋戦線において、実際に起きた米軍兵士による日本軍戦死者の遺体切断(戦利品狩り)に関する史実です。ご質問の具体的なエピソードの概要は以下の通りです。事件の概要贈られた人物:第32代アメリカ大統領フランクリン・D・ルーズベルト贈り主:ペンシルベニア州選出の連邦議会下院議員フランシス・E・ウォルター贈られた物:太平洋戦線で戦死した日本兵の腕の骨(前腕骨)で作られたペーパーナイフ(レターオープナー)時期:1944年6月大統領の反応と結末当時、コラムニストのドリュー・ピアソンらが報じたところによると、ウォルター議員からこのペーパーナイフを差し出された際、ルーズベルト大統領は「これは私の好きなタイプの贈り物だ」などと言ったとされていますが、実際には触れることはしなかったとされています。その後、このニュースが公になるとメディアや宗教界から批判が起き、さらに日本側も「アメリカ兵は悪魔・野蛮人である」というプロパガンダ(戦意高揚)として激しく利用・抗議しました。事態を重く見たルーズベルト大統領は、数週間後にこのペーパーナイフをウォルター議員に返還し、しかるべき埋葬を行うよう命じています。背景:米軍内での「戦利品狩り」の横行当時の太平洋戦線では、米軍兵士の間で日本兵の遺体から頭蓋骨、歯、骨、耳などを切断し、「戦利品(お土産)」として持ち帰る行為が一部で流行していました。『ライフ』誌の衝撃写真:1944年5月には、アメリカの『ライフ』誌に「海軍の恋人から送られてきた日本兵の頭蓋骨」を見つめながら手紙を書く若いアメリカ人女性の写真が掲載され、社会に大きな衝撃を与えました。公式な禁止と実態:米軍上層部や政府は、こうした行為がジュネーヴ条約(戦死者の尊厳保護)に違反するとして1942年時点から厳格に禁止令を出していました。しかし、前線での激しい人種的憎悪や、日本兵を人間扱いしない風潮(非人間化)から、憲兵の目を盗んで終戦まで密かに行われ続けました。戦後、これらの「骨の戦利品」の多くはアメリカ国内の遺品整理などで発見され、現在も日本政府や関係団体によって遺骨の返還(日本への送還)手続きが進められることがあります。もしこの歴史的背景について、当時の日本側の報道(新聞の反応)や、米軍がなぜそのような行動に走ったのかという心理的要因など、さらに詳しく知りたい点があればお知らせください。米軍兵による日本軍戦死者の遺体の切断 - Wikipedia日本側はこれらの言動を察知して、プロパガンダに利用した。 ハルゼーの発言 ... 骨で彫ったペーパーナイフを贈呈されたという。後に大統領はその ...WikipediaAmerican mutilation of Japanese war dead - WikipediaThe phenomenon of "trophy-taking" was widespread enough that discussion of it featured pro...WikipediaSadly, human trophies are as old as war itself | Reuters2012/04/19 — The desecration of the bodies of Japanese soldiers was so common that in 1944, Life , open...ReutersSkull Questions:3 The Life image sparked a debate in the public discourse of the United States that became...University of PennsylvaniaSkulls, Ears, Noses, And Other Morbid "Trophies" Americans ...2017/11/13 — The taking of the trophies was in large part due to the widespread idea in America that th...All That's InterestingReligion: Honor After Death - TIMEMost Americans were horrified to learn that among the souvenirs which U.S. servicemen have...Time MagazineAmerican Mutilation of Japanese War Dead: Trophy ...2026/05/24 — The mutilation of Japanese service personnel included the taking of body parts as “war sou...Utterly InterestingHow enemy mutilation entered US mainstream in WWII ?2016/09/25 — Propaganda poster for Thirteenth Naval District, US Navy, showing a rat wearing a rising s...The Vintage NewsMay 22, 1944, Life magazine. "Arizona war worker writes her Navy ...2022/02/20 — "Arizona war worker writes her Navy boyfriend a thank-you-note for the Jap skull he sent h...Reddit·r/interestingasfuck AI は不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください
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はい。デンマークでは「紙の手紙の配達がほぼ終了に向かっている」とよく報じられていますが、正確には全国での通常郵便サービスを段階的に廃止する動きです。
デンマークの郵便事業を担う PostNord は、電子化の進展によって手紙の取扱量が激減したため、従来型の郵便サービスを縮小しています。
デンマークでは政府のデジタルメール制度である「Digital Post」が広く普及しており、行政機関からの通知を紙ではなく電子的に受け取るのが標準になっています。
そのため、1990年代と比べると手紙の量は大幅に減少し、郵便ポストの撤去や配達頻度の削減が進んでいます。一方で、
は引き続き残っています。
つまり、
「従来の全国一律の手紙配達サービスが終わりつつある」→ はい
という状況です。
日本でも電子化が進んでいますが、行政文書や請求書、年賀状など紙文化がまだ比較的強いため、デンマークほど急速な郵便縮小には至っていません。
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0037 花と名無しさん 2021/05/07(金) 05:02:54.20
増山さんの言う少年愛って、ただ未熟な男の子を性的に搾取するのが目的に見える
才能豊かなクリエイターを言葉巧みに丸め込んで、自分の性的欲求を満たそうとしてるようで気持ち悪い
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0038 花と名無しさん 2021/05/07(金) 05:56:56.38
そう言う性的搾取って意識もない頃だったんじゃないかなとは思うけどね
少年同志の恋愛、セックスと言う禁断の世界を見てキャーキャー言うレベル
そのキャーキャーの部分に萩尾さんは乗れなかったって事かなと
id:H9Q+F08F0
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0039 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:05:08.44
>>37
ヴィレンツ物語の方はそのせいかつまんない同人誌みたいにしか見えなかったな
自分が萌える場面しか描きたくない同人作家特有の断片的シチュエーションの連なりでまともな作品になってないと思う
結局あれは未完のまま放置なんだよね?
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0040 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:07:06.31
押し付ける方はウブねぇとか思ってそう
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0041 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:08:52.50
今のBLの隆盛を見ると、その種の「需要」は潜在的にあったんだろうし
漫画家として描きたいものを描いて需要に応えること自体は悪いと思わない
ただそれはあくまでいち性癖であってピンと来ない人には本当に分からない
少年愛を描いて大々的に発表することが性癖を超えて「正義」になってしまって
それを解さない・阻んでくる(と思われる)人を敵認定してる節がある
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0042 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:17:38.23
そんなトーマの心臓は見とうないです
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0043 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:20:54.28
>>41
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0044 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:29:29.02
>>37
でも考えてみれば男の方は大昔から誰はばかることもなくその「性的搾取」をやってるんですよね
女がやっと近年になって似たようなことを始めたら犯罪を犯したように断罪されるって
そこが性の非対称というか…同性からまで糾弾されるんだから男性社会の内面化というか
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0045 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:31:50.92
この本読んでから萩尾作品読み返してるけど、色々考えちゃうな。
なんでもかんでも作品に結びつけるのも良くないし、本人も意識してないんだろうけども…
残酷な神で「そっけない文章の行間をいくらにらんでもほんとうは書きたくても書けなかったかもしれない言葉は浮かんでこない」ってあって、ああ竹宮さんの手紙もこんな気持ちで読んでたのかなあ、とか。
青い鳥の「誰も誰かの青い鳥にはなれない」とかもああ…って感じ。
ID:9nooq0J90(2/2)
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0046 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:37:10.29
>>44
男性もやってるからこっちも同じことをやり返すんじゃ進歩も何もないよ
搾取されてた側だからこそ適切に配慮できるはずだしすべきだと思う
特に竹宮さんは大学の学長だったり学会の理事だったりするんだし
少年愛で革命した私凄いアピールもいいけど他にも言えることがあるんじゃないかと思う
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0047 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:37:56.79
>>8
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0048 花と名無しさん 2021/05/07(金) 06:43:47.37
>>46
そこは別にやり返す(復讐心)からやってるわけじゃないでしょう
結局責められるのは女の消費するポルノばかりよねという視点もないことには単なる保守に陥ると思いますよ
id:FUYaLWb00(3/5)
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0049 花と名無しさん 2021/05/07(金) 07:00:46.36
>>42
でもあの抑制された描写だからこそ逆に想像が果てしなく広がって萌える側面もある
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id:su0Rv/Ru0
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0050 花と名無しさん 2021/05/07(金) 07:05:11.90
>結局責められるのは女の消費するポルノばかりよねという視点もないことには単なる保守に陥ると思いますよ
…こういう極論こそが一番やっかいじゃないでしょうか
性的搾取には男も女もない、それで傷つく人がいることを前提に節度を持つのは必要だと思う
性的嗜好そのものは、あることを無いことにはできないのだから、代替的に楽しむの自体はアリ
ただ、そんなにおおっぴらに出来る趣味ではないという自覚はもってほしい
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id:l5yQR5VF0(2/2)
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0051 花と名無しさん 2021/05/07(金) 07:17:10.09
>>50
女性のポルノみたいに隠れて消費しろ、常に罪悪感を持て、女性を搾取している自覚を持てとうるさく言われることもない
そういう非対称性も念頭に置かないとただ女性の性欲を抑圧する保守思想に陥るという話です
id:FUYaLWb00(4/5)
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0052 花と名無しさん 2021/05/07(金) 07:19:19.02
大泉に書いてたけど社会的に男の方が動かしやすいから男にしたっていうのがBLとの決定的に違いな気がする
⬛︎一人のときにする34のこと
https://www.youtube.com/watch?v=e-lL8hlZoXc
1. 腕立て伏せをする(0:58)
2. 読書をする(1:05)
4. 長い散歩に出かける(1:45)
5. 車を整備する、または洗車する(2:22)
6. 不要な物を片づける(2:42)
7. 日記を書く(3:04)
9. 身だしなみを整える(爪をきれいにする、ひげをそるなど)(3:38)
14. 一人旅をする(6:18)
16. 絵を描く(9:25)
21. 料理をする、または新しいレシピに挑戦する(12:41)
22. 手紙を書く(13:06)
25. 墓地を訪れる(14:40)
27. 部屋の模様替えや飾りつけをする(15:57)
29. 海と「戦う」(16:30)
30. 一人で映画を観に行く(16:57)
32. 自分一人、または誰かと一緒にする予定を立てる(17:53)
⬛︎誰もが身につけるべき42のこと
https://www.youtube.com/watch?v=PxDzmnLov10
## 家庭・車のメンテナンス
2. ブレーカーを復旧させる(1:15)
4. 心肺蘇生法を行う(1:26)
5. 上がった車のバッテリーをジャンプスタートする(1:53)
13. 油による火災を消す(3:14)
14. 重い物を安全に持ち上げる(16:46)
14b. 定期的に発生する支出を見直す(4:26)
16. 知らない人と話す(15:47)
16. 玉ねぎを角切りにする(6:29)
20. たき火を起こし、維持する(7:27)
21. もやい結びをする(8:36)
23. シートベンドを結ぶ(8:59)
25. トラッカーズ・ヒッチを結ぶ(9:27)
## 生活習慣
35〜37. 結婚式、就職面接、大人として適切な服装をする(13:21)
42. 新しいことの学び方を学ぶ(19:24)
⬛︎インテリア編
https://youtube.com/watch?v=HEMlIn6MDD8
⬛︎コーデ編
https://youtube.com/watch?v=lU-Eya4ZoYU
東京理科大学教授の菅野(かんの)賢治さん(ユダヤ研究)は、当時の実情を知ろうと、歳月を経て出た回想録などの文献を除き、当時の1次資料のみを考証の対象とした。
現地で難民救援にあたったユダヤ人の非政府組織「アメリカ・ユダヤ合同分配委員会」(JDC、本部ニューヨーク、1914年設立)が所蔵する現地代表の報告電文など約3千点の記録を読み解くとともに、当時の地元住民らが書いた日記などを集めた。
その結果、この時期に難民や支援者が抱き、語った危機感は、思想弾圧や資産の没収、信仰の自由の喪失など、ソビエトの全体主義に対するものだったという。一方、反ユダヤ主義やナチスの迫害への危惧を脱出の動機とした言説は見当たらなかった。
ソ連とドイツは1939年8月に不可侵条約を結んでいた。ソ連は40年6月、リトアニアに進駐して軍政を敷き、共産化を進めていた。同年7月21日には「リトアニア・ソビエト社会主義共和国」が成立。8月3日にリトアニアはソ連に併合され、独立国ではなくなった。
杉原がビザを発給したのは、この時期だった。同じ頃、ドイツはユダヤ人に隔離や国外追放が主体の施策をとり、ソ連などでも反ユダヤ主義は強かった。そのため、カウナスのユダヤ人学校のヘブライ語教師が「体のみを殺すドイツ人の到来の方が、魂まで殺すロシア人の到来よりも、まだしも好ましい」と、意思表示をしたという記録も残っていた。
■通説はなぜ生まれたのか
ドイツの奇襲で独ソ戦が始まったのは翌41年6月22日で、リトアニアはほぼその日のうちにドイツに占領された。占領地域の急激な拡大で支配下のユダヤ人も激増し、域外への排除が困難となったドイツは絶滅政策にかじを切った。アウシュビッツ収容所で毒ガスが初めて使われたのは同年9月で、杉原のビザ発給から1年以上後だった。
リトアニアから脱出した元難民たちがホロコーストの実態が広く知られる以前の戦中や終戦直後に出した体験記も、ビザを求めた理由を一様に、ソ連による占領への脅威としていた。
彼らが逃れようとしていたのは、ナチスの迫害ではなく、ソ連の全体主義だったのではないのか――。従来の通説とは異なる研究成果だが、菅野さんは「それでも、杉原が困窮した難民らにビザを発給した事跡は、変わるものではない」としている。
杉原の功績を紹介している杉原千畝記念館(岐阜県八百津町)館長の山田和実さんも「杉原のビザで命が助かったユダヤ人は現に存在している。様々な苦難のもとで困窮していたユダヤ人難民らに、自らの良心に従ってビザを発給した杉原の行為に対する評価は、変わらないと思う」と話している。
菅野さんは通説ができる過程についても、近著「『命のヴィザ』の考古学」(23年9月出版)で追った。
日本を通過したユダヤ人難民について、1960年7月12日付の朝日新聞朝刊は「ドイツを追われ日本に来た」としていた。8月7日発行の週刊読売も「ナチスに追われ」たと書いていた。
菅野さんはその年の5月、ユダヤ人を強制収容所へ送る実務責任者だったアドルフ・アイヒマンが、潜伏先のアルゼンチンで逮捕され、イスラエルへ護送されたニュースが世界を駆け巡っていたことと関連があると推測する。
■杉原千畝本人が語った記録
杉原の名前が登場するようになったのは、朝日新聞(68年8月2日付夕刊)や中央公論(71年5月発行)などからだったという。
菅野さんは同書で、47年に外務省を退職した杉原の戦後の発言もたどった。本人がビザ発給の経緯を述べた最古の記録は、名前が報道される以前の67年、商社員としてモスクワ駐在中にポーランド人の歴史家から手紙で問い合わせを受け、ロシア語で返信した12枚の覚書だという。
そこには、ビザを発給した相手は「ポーランド難民」で、約3500人のうち「およそ500人のユダヤ人がいた、と記憶している」としていた。
83年9月になると、フジテレビのドキュメンタリーで、難民にビザを発給したのは「ナチスにひっ捕まって」「ガスの部屋へ放り込まれる」からだったと語っていたという。
杉原は84年末、イスラエルのホロコースト記念館から「諸国民のなかの義人」に認定された。審査にはドキュメンタリーが大きな推進力になったと、同国ハイファ大学の研究者が2017年に発表した論文で指摘しているという。
イスラエルは82年、パレスチナ解放機構(PLO)を排除するためレバノンへ全面侵攻し、その時の混乱でキリスト教徒の民兵が難民キャンプで大虐殺を起こしていた。論文は、番組の録画を見た東京のイスラエル大使が「彼の行為に対する表敬は(中略)虐殺の結果として日本にもたらされたイスラエルの芳しからぬイメージの改善に寄与し得るだろう、との見解に達した」と述べる。
菅野さんの近著によれば、「命のビザ」という表現の初登場は、義人の認定を受けて杉原が在日イスラエル大使館で表彰されることを報じた85年1月17日付の東京新聞だった。主見出しで「ユダヤ難民5000人に“命のビザ”」としていた。
杉原は86年7月31日に死去し、直後から「命のビザ」をテーマにした書籍の出版や顕彰行事が相次いだ。98年には建国50年の記念として、イスラエルで杉原の切手が発行された。
■救われた難民の総数は
杉原千畝がビザの発給で救ったとされるユダヤ人難民は「4千人」「6千人」など諸説があり、多いものでは「1万人」とする書籍もある。この数字についても、菅野さんは1次資料をもとに集計を試みた。
記録文書の解析によれば、JDCは1940年3月時点で、ドイツと旧ソ連による占領で母国を追われた主にポーランド国籍のユダヤ人難民9064人について、氏名や生年、出生地などの個人情報を把握していた。
菅野さんはこれらの個人情報を一覧表にし、在外公館のビザの発給記録や、上陸地となった福井県敦賀港の警察記録、滞在地だった神戸の支援団体の記録などと突き合わせた。その結果、うち1997人は極東、すなわち日本かウラジオストクまでの到達が確認できるという。
重複などを除くと、当時のリトアニアの首都カウナスで杉原にビザを申請したユダヤ人難民の実数は、2050~2080人とみられるという。極東まで来た人の名前と突き合わせた結果、実際に使われた「杉原ビザ」は1427通だったことが判明した。
家族などの同行者も含め、杉原ビザにより1830人は日本への上陸が確認できた。「現時点における総括」として、杉原ビザで日本へ来たユダヤ人難民の数は、番外や変造・模造分を含め、最大でも2千人程度と見積もられるという。
さらに、杉原ビザと関係がないドイツ国籍のユダヤ人も、2200人以上いたことが判明した。これも含め、40年5月~41年8月に日本を通過したユダヤ人難民の総数は、4500人前後と推計されるとしている。
「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」の共著がある甲南大学教授、田野大輔さん(ドイツ近現代史)の話 これまで参照されたことのない1次資料を丹念に読み解き、当たり前とされていた前提を根底から覆す歴史的な事実を明らかにした価値の高い研究成果だ。独ソ戦が始まる以前で、ホロコーストも本格化していなかった当時の欧州情勢からみれば、極めて説得力がある。杉原千畝が発給したビザをめぐる「不正確だが分かりやすい物語」が定着した背景には、「ナチスの魔の手からユダヤ人を救った立派な日本人もいた」として、あの戦争の時代を正当化しようとする欲求があると思う。
多文化メディア・コンテンツの分析に詳しい駒沢大学名誉教授の白水繁彦さんの話 従来の「命のビザ」をめぐる言説はもっぱら「助けた側」の視点からで、「助けられた側」の背景を精査せずに形作られてきた。菅野さんの研究はその空白を指摘した手堅いものだ。だが、人は自分の先入観と一致する情報を選ぶ傾向が非常に強く、それに反する情報は無視するか都合良く解釈しがちだ。閲覧履歴をもとに好みの情報が画面に表示される現在こそ、メディアリテラシーの向上に社会が真剣に取り組むべきだし、「ナチスの迫害」絡みの通説を越えてこの説が定着するには、「ソ連脅威論」が顧みられなかった理由の検証も必要だと感じる。
https://digital.asahi.com/articles/ASRBK7W0NRB8PLZU008.html
大河『どうする家康』嵐・松本潤を告発する 脚本を改悪、助監督に「殺すぞ」…NHKスタッフ悲鳴「我々はジャニーズの下請けか」
10月12日発売の「週刊文春」(文藝春秋)に、現在主演中のNKH大河ドラマ『どうする家康』撮影現場での“横暴ぶり”をすっぱ抜かれた嵐・松本潤。
予定時間内に撮影が終わらなかったことに腹を立て若手の助監督に「殺すぞ!」と吐き捨てた、ヒットメーカー・古沢良太氏の脚本を書き換えたなどショッキングな情報が多数伝えられており、中には、共演者である有村架純を好きすぎるあまり、彼女との“300万円静岡ツアー”を強要したというエピソードもあった。有村が松本のお気に入りであることは、「松本ファンの間ではよく知られた話」(芸能記者)だというが、今後はファンの2人を見る目も変わってくるかもしれない。
『どうする家康』で、家康と瀬名という“夫婦役”を演じた松本&有村。瀬名が自害した第25回は前半のクライマックスとされ、視聴者の間で話題を呼んだ。
「松本さんと有村さんは今回で3回目の共演。最初は2014年1月期の月9ドラマ『失恋ショコラティエ』(フジテレビ系)で兄妹役を、また2回目は2017年秋公開の映画『ナラタージュ』で禁断の愛に溺れる高校教師と元生徒を演じました。
『文春』によると、松本さんは有村さんを寵愛しており、ドラマ終了後に放送される紀行パート『どうする家康ツアーズ』で、瀬名が自害した佐鳴湖畔を2人で訪問するという“静岡ツアー”を強要。このコーナーだけで300万円を費やしたのだそうです。同記事には、≪妙に前のめりな松本に対し、有村はイマイチ乗ってこない。評判の悪い紀行パートでした≫と大河関係者の証言も掲載されています」(前・同)
松本が有村を気に入っていることは、『失恋ショコラティエ』終了直後から、ファンの間には広まっていた話だった。
「『失恋ショコラティエ』が放送を終了した翌月、有村さんが嵐の冠番組『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)にゲスト出演したことがあったんです。その際、有村さんは、21歳の誕生日に松本さんからプレゼントをもらったというエピソードを披露。なんでも撮影中、松本さんから≪お誕生日のプレゼント何がいい?≫と聞かれた有村さんが、≪じゃあ、松本さんが好きな映画のDVDをください≫と答えたところ、21本のDVDを贈られたそう。さらに≪その上に黄色と青の2本のバラが入ってて、それをさりげなくくれたんですよ≫とのことでした」(前・同)
同番組にはその後、同じく『失恋ショコラティエ』の共演者である水原希子もゲスト出演。この誕生日プレゼントエピソードを知り、≪それ何ですか?≫≪(私には)全然なくて≫と、松本に不満をぶちまけていたのだ。
松本が有村を気に入っていることは、『失恋ショコラティエ』終了直後から、ファンの間には広まっていた話だった。
「『失恋ショコラティエ』が放送を終了した翌月、有村さんが嵐の冠番組『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)にゲスト出演したことがあったんです。その際、有村さんは、21歳の誕生日に松本さんからプレゼントをもらったというエピソードを披露。なんでも撮影中、松本さんから≪お誕生日のプレゼント何がいい?≫と聞かれた有村さんが、≪じゃあ、松本さんが好きな映画のDVDをください≫と答えたところ、21本のDVDを贈られたそう。さらに≪その上に黄色と青の2本のバラが入ってて、それをさりげなくくれたんですよ≫とのことでした」(前・同)
同番組にはその後、同じく『失恋ショコラティエ』の共演者である水原希子もゲスト出演。この誕生日プレゼントエピソードを知り、≪それ何ですか?≫≪(私には)全然なくて≫と、松本に不満をぶちまけていたのだ。
「水原さんいわく、松本さんは打ち上げの席で隣にいたにもかかわらず、≪全然私の話聞いてくれなくて、架純ちゃんの話ずっと聞いてるんですよ≫とのこと。なぜ有村さん贔屓をしたのか問いただしたところ、≪架純ちゃんには未来があるから≫と言ったそうなんです。共演者からクレームが上がるほどですから、松本さんは相当有村さんに入れ込んでいたのでしょうね。
そもそも松本さんは、『失恋ショコラティエ』放送中に行われたイベントでも、有村さんから≪「ちょっと早いんですけどバレンタインです」って≫と、手紙付きのチョコレートをもらったことを告白し、≪すごいおいしかったです≫とデレデレしていたんです。もう有村さんのことが可愛くて可愛くてしょうがないという感じでした。ただ、彼女は松本さんにだけでなく、同ドラマでヒロインを演じた石原さとみさんにも同じものをプレゼントしていたそうですが……」(前・同)
その後、2人は『ナラタージュ』『どうする家康』で共演することとなったが、松本が有村を気に入っているのは明らかなだけに、「ネット上では、『松本さんが瀬名役に有村さんを指名した』という真偽不明のうわさが飛び交い、さらには交際疑惑までささやかれる事態となっている」(エンタメ誌記者)そうだ。
「実際、有村さんのルックスは、松本さんの好みなのではないでしょうか。彼はこれまで、井上真央さん、葵つかささんとの交際が報じられましたが、2人とも素朴で可愛らしい見た目で、有村さんもまさにそのタイプですからね」(前・同)
しかし、「文春」を読むと、有村側が松本の寵愛を快く思っていない可能性は否定できない。
「有村さんは『どうする家康』のインタビューで≪松本潤さんとは初共演から10年ほど経ちますが、時間をかけて松本さんの人柄を知っていく中で、チャーミングな部分が感じられて。それが今回の家康さんにもすごく反映されているような気がします≫とコメントしており、2人の間には確固たる絆があるように感じます。
しかし、『文春』に掲載された大河関係者の≪妙に前のめりな松本に対し、有村はイマイチ乗ってこない≫という証言を見るに、松本さんの寵愛に困惑している可能性はないかと、一抹の不安がよぎってしまうんです。松本さん&有村さんのコンビにはファンも多いですが、今後は引いた目で見てしまうという人も出てくるのでは」(前・同)
「文春」に報じられた松本の横暴ぶりを、有村はどのように受け止めているのか――。その本音を聞いてみたいところだ。