はてなキーワード: 太陽とは
「ルナ(Luna)」は「ルナティック(狂気、狂信的)」の語源であり、古来より月は人間の精神を狂わせる怪しい光として恐れられてきました。
その月が「ベランダで戸惑っている」というシチュエーションは、日常のパーソナルな空間(ベランダ)に、異界の象徴である「狂気(月)」が不法侵入して佇んでいるような、非常に不穏でSF的なイメージを想起させます。
明らかに異常です。精神的に追い詰められているか、とうに発狂しているかどちらかでしょう。あるいは薬物の影響下か。
ですが、ASKA氏の卓越した作詞センスを紐解くと、この「戸惑うモーニング・ムーン(有明の月)」には、薬物的な幻覚とはまた異なる、きわめて現実的でヒリヒリとした「男の心理」が重ね合わされています。
この曲の主人公は、愛し合う男女(あるいは複雑な関係の二人)と一夜を過ごし、夜明けに部屋を出ていく(あるいはベランダに出る)シチュエーションにいます。
朝:冷たい現実、日常、社会の目が戻ってくる時間。賢者タイム。
夜が明けて太陽が昇り始めているのに、まだ白く空に残っている「モーニング・ムーン」。それは、「情熱の夜(粘膜のこすり合い)に取り残され、冷酷な現実(賢者タイム)に居場所をなくして、どうしていいか分からずベランダにぽつんと浮かんでいる月」です。
これはそのまま、「愛の余韻を引きずったまま、これから現実(日常)に戻らなければならない主人公の戸惑い」とシンクロしています。月が戸惑っているのではなく、戸惑っている自分の心(賢者タイム)を、空の月へ投影しているわけです。
おっしゃる通り、この歌詞にはただ事ではない「焦燥感」が終始漂っています。
「今宵の僕は 毒気のある奴さ」
これらの尖ったフレーズは、理性を失うほどの激しい恋愛や、都会の夜に漂うデカダンス(退廃)を表現しています。
80年代半ば、歌謡曲からロックへと脱皮しようともがいていたCHAGE and ASKAにとって、この「コントロールの効かないヒリついた感情」こそが、新しい音楽を作るための最大の原動力でした。
この曲の『モーニング・ムーン』は、精神が崩壊していくような狂気です。「夜から朝へと移り変わる瞬間の、引き裂かれそうな男女の緊迫感と孤独」を、ベランダに浮かぶ月という美しいビジュアルに託した、極上の比喩表現だったと言えます。
朝はまだ、世界の端っこにぶらさがっているみたいな時間だった。川べりの土を踏むたびに、足の裏からひんやりした感触が、ふくらはぎを通って腰のあたりまで細い糸みたいに伝わってくる。私はその糸をたぐるように、ゆっくりと桂川沿いを歩いていた。
空気はすでに夏の手前で待機している。少し動くだけで、首筋のあたりにうっすらと汗がにじむ。その汗が、シャツの布と肌の境目を曖昧にして、私のからだの輪郭を少しだけぼかす。女性であることを、こういう朝の汗の付き方でふと思い出すことがある。下着のレースのふちが、体温に合わせてゆっくりと柔らかくなっていく感じとか、胸の重さが呼吸のリズムに合わせてわずかに揺れる感じとか。そういうものが、ここでは妙にくっきりと意識に浮かぶ。
川の流れは、私の体内を流れている血のように見えた。ゆっくりと、でも確実に、どこかへ向かっている。水面のきらめきを眺めていると、子宮のあたりに、かすかな「中心」の感覚が戻ってくる。そこは普段、意識の届かない薄暗い部屋みたいな場所なのに、旅に出るとときどきふいに電気がつく。誰も住んでいないのに、ちゃんと家具が置かれた部屋がそこにある、ということだけが知らされる。
風が吹いて、髪の毛が頬に貼りついた。指先でそれをはがすとき、爪が皮膚をかすめ、その下に小さな熱があるのを感じる。喉の奥から胸の下まで、一本の管が通っていて、その管を空気が往復している。そのたびにブラジャーのホックが、背中でこっそりと微かな軋みを立てる。誰も聞いていない、小さな生活音みたいに。
川辺の草には、まだ朝露が残っていた。私は屈んで、そのひとつを指でつまんでみる。冷たい球が、指先の熱を吸い取って、すぐに形を失う。ふと、自分のからだも同じように、誰かの指先の温度に触れた瞬間に、これまでの輪郭を少し変えてしまうのだろう、と考える。恋人といた夜のことを思い出す。太腿の内側に触れられたとき、汗と恐れと期待が、同じ場所でごちゃ混ぜになっていた感覚。あのとき私の肌は、今朝の露と同じように、すぐに形を変え、でも確かに存在していた。
私は心の中でそうつぶやく。理屈より先に反応してしまう。いいとか悪いとかより先に、熱とか震えとかを選んでしまう。その勝手さを、若いころは少し恥ずかしく思っていた。でも今は、異国の川辺を歩くとき、その勝手さに助けられている。意味のない風景でも、からださえ何かを受け取ってくれれば、とりあえずここにいる理由になるから。
遠くで電車が鉄橋を渡る音がした。その振動が、骨盤のあたりにまで届いてくる気がする。骨の内側で、わずかな反響が跳ねている。私は立ち止まり、腰に手を当ててみる。その下に、幾層にも重なった筋肉や脂肪や骨や、名づけようのない空洞があることを意識する。女性のからだは、ときどき「器」のように感じられる。何かを入れるために用意された空間。その空間は今は空っぽだ。けれど、空っぽであることにも、独特の重さがある。
太陽が少し角度を変え、川の表面に細い金色の線を走らせる。光が水を撫でるたびに、私の胃の辺りにも同じような線が引かれる感じがする。旅に出ると、からだの内部地図が少し書き換えられる。普段ならただの「みぞおち」として処理されている場所が、突然「不安」とか「欲望」とか「解放」と書き込まれる領土になる。
私は汗ばむ手のひらを川風にさらしながら、自分の指を一本ずつ見つめる。これまで何人のからだに触れてきたのか、何冊の本をめくってきたのか、何度自分自身を確かめるように撫でてきたのか。指の節のふくらみをなぞると、そのたびに胸の奥で微かなざわめきが起こる。そこには、触れたものたちの記憶が沈殿しているのだろう。
「私はここにいて、ここにいない」
そんな言葉が浮かぶ。旅人としての私は、京都という地図の上に小さなピンのように刺さっている。でも、からだの感覚は、時折別の場所へ飛んでいく。恋人の部屋の薄暗い照明の下とか、ひとりで眠れなかった真夜中のベッドの上とか、初めて月経が来た日の学校のトイレの中とか。そういう場所に、一瞬だけ引き戻される。
桂川は、何も知らない顔で流れている。私のささやかな動揺にも、そこそこ落ち着いた欲望にも、無関心なふりを続けている。けれど、もしこの水に裸足を沈めたら、足首から上へと、別の温度が忍び込んでくるだろう。皮膚の下を、別の川が流れ始めるだろう。その想像だけで、下腹部にひそやかな温もりが灯る。
暑さが本格的にやって来る前に、私はこの朝を使い切ってしまいたいと思う。歩くこと、立ち止まること、汗をかくこと、思い出すこと。女性であるからだの全部を、この一本の川に軽く晒してみる。そうすることで、少しだけ身軽になれるような気がする。何かを捨てるわけではなく、ただ流れと一緒に持ち運んでもらう感じで。
私は深く息を吸い込み、胸の内側がゆっくりと広がっていくのを確かめる。肋骨の隙間から、朝の光が染み込んでくるような気がした。そして、まだ人の少ない川沿いの道を、もう少しだけ歩くことにした。自分のからだが、この夏をどう受け止めようとしているのかを、確かめるために。
ふと昨晩のことを思い出す。
昨日の夜のことを思い出すと、まず最初に浮かぶのは、部屋の温度だ。窓を少しだけ開けていたせいで、外から入り込んだ湿った空気が、天井のあたりでゆっくりたまり、そこからじわじわと降りてきていた。ベッドに横になっていると、その重さが、胸の上に薄い布団みたいに折り重なってくるのがわかる。
旅先のベッドは、私のからだをまだよく知らない。マットレスの硬さも、枕の高さも、いつものものとは少しずつ違っている。その誤差のせいで、自分の身体の輪郭がいつもより敏感になる。腰のくぼみとか、太腿の重さとか、背中に集まる汗の位置とか。そういうものが、やけにくっきりと意識に浮かんでくる。
シャツを脱いで、薄いワンピースだけになったとき、布が肌に貼りつく音を、私だけが聞いていた。肩の線に沿って布が落ちる瞬間、重力と布とからだが、静かに相談をしているような感覚になる。胸の形に合わせて、ワンピースの布地がゆっくりとカーブを描き、そのカーブの下で、私の呼吸が確かに続いている。
ベッドに横たわると、シーツの冷たさが、腰骨のあたりから広がっていく。その冷たさが、少し遅れて内側の熱に追いつこうとする。シーツと肌の間には、とても細い境界線があって、その線を指先でなぞると、自分が今どこまで「外」で、どこからが「内」なのか、曖昧になっていく。
電気を消すと、部屋は急に狭くなる。暗闇が、壁の位置をわからなくしてしまうからだ。代わりに、からだの輪郭だけがはっきりしてくる。胸の重さ、腹の柔らかさ、太腿のつながり、足先の不安定さ。女性であるからだは、ときどき「地図」のように感じられる。誰かと一緒にいる夜には見せない裏面の地図を、ひとりの夜には静かに広げてみることができる。
横向きになって膝を少し引き寄せると、太腿と太腿のあいだに、小さな空間ができる。その空間は、ひと晩だけ貸し出される秘密の部屋みたいだ。そこに手を差し入れるかどうかを、私はしばらく迷う。差し入れなくても夜は過ぎていくし、差し入れれば別の速度で過ぎていく。どちらを選んでも、朝は来る。
指先で、太腿の外側の線をなぞることにする。肌の上を滑る自分の指は、誰かの指の代用品みたいでありながら、同時にもっと正確な測量道具でもある。どこが冷たくて、どこが温かくて、どこが少し震えていて、どこが落ち着いているか。そういうことを、一ミリ単位で知らせてくれる。
下腹部のあたりには、いつも薄い膜のような緊張がある。その膜に、心の重さや欲望の影が少しずつ溜まっていく。ひとりの夜には、その膜を破るか破らないかの選択を、誰にも見られずに行うことができる。私は昨夜、その膜の表面を、指先で軽く撫でるところまでにしておいた。破ったときに訪れる種類の安堵を、今夜は必要としていないような気がしたからだ。
代わりに、呼吸を深くすることにした。吸い込んだ空気が、喉を通り、胸を通り、みぞおちを通り、下腹部の手前で少し滞る。その滞りを感じながら、ゆっくりと吐き出す。呼吸だけで身体の内部を触ることだってできる。そのことを確かめるように、何度も同じリズムを繰り返した。
ベッドの上で、手の位置を変える。お腹の上、胸の下、鎖骨のあたり。触れる場所によって、思い出す記憶の種類が変わる。恋人に触れられた夜のこと、医者に触れられた冷たい朝のこと、自分で自分を抱きしめるように眠った冬の夜のこと。昨夜は、その全部が薄く重なっていた。
指先が軽く胸の上に触れたとき、からだはほんの短いあいだだけ、何かを期待する。誰も来ないことを知っていても、とりあえず期待する。その小さな裏切りが、ほんの少しだけ切ない。けれどその切なさは、旅の夜には妙に心地よくもある。自分の欲望や孤独を、誰にも説明しなくていい時間だからだ。
時計の音が、部屋の隅でかすかに刻まれていた。秒針が進むたびに、夜の厚みがわずかに薄くなっていく。私は目を閉じて、その音を胸の奥で聞いた。心臓の鼓動と秒針の音が、ときどきぴったりと重なる。重なった瞬間、からだの中にあるすべての部屋の灯りが、同時にふっと暗くなるような感覚がある。
眠気がゆっくりとやってきて、身体の隅々を柔らかくしていく。太腿の間の小さな秘密の部屋も、やがて静かに扉を閉じる。下腹部の膜の上に溜まっていた緊張も、少しだけ薄くなる。破らないまま朝を迎える種類の夜が、この世にはたしかに存在していて、私は昨夜、そのひとつを選んだのだと理解する。
最後に、私は自分の手を胸の真ん中に置いた。そこが今夜の「中心」だと決める。指先のぬくもりが、皮膚の下をゆっくりと広がっていく。外の世界がどうであれ、今この瞬間だけは、私のからだが私のものとしてそこにある。その事実だけを抱いて、私は眠りに落ちていった。
そして今朝、桂川を歩きながら、昨夜の感覚のいくつかがまだ身体のどこかに残っていることを、私はときどき思い出す。太陽の光に晒されると、それらは少しずつ形を変え、やがて川の流れに紛れていく。それでいい、と私は思う。夜にしか持てない輪郭と、朝にしか持てない輪郭が、ゆるやかに入れ替わりながら、ひとつの身体を保っているのだ。
『HUNTERxHUNTER』の作中世界では、登場人物の動作、身体の器官・内臓の機能、および時間経過の描写などから類推する限り、重力をはじめとした各種の物理法則は、我々の生きている環境と同様のものだと考えられる。つまり作中でも、「球体の惑星が自転しながら、恒星の周りを公転している」という、地球-太陽と似た配置が前提なのだろう(でなければ重力は発生しないし、昼夜の別も存在しない)。
また同時に、携帯電話や通信ネットワークが日常的に使用されており、大量破壊兵器(「貧者の薔薇」)も開発されていることなどから見て、科学技術の水準はかなり高いレベルに達していると見ていい。
後から追加された設定によると、主人公たちが日常生活を送る「近代6大陸」は実際には「メビウス湖」の中央部に存在しており、メビウス湖は「暗黒大陸」の中央にある、ということになっている。
では、仮に「近代6大陸」のサイズを、我々の住む地球の大陸部分と同程度だと仮定してみよう。すると、暗黒大陸も含めた惑星全体のサイズは、地球の数倍の規模に達することになる。ならば重力加速度は地球よりもだいぶ大きな値となるし(注1)、時間に関しても昼より夜の方が長い(注2)はずだ。
この段階で、設定が追加されるまでは特に説明も無いまま「地球と同様の環境」を前提にしていた作中描写は、大半が破綻・矛盾を来たすことになる。どうせ殺されるだけのモブキャラ同士に説明ゼリフで腹の探り合いをさせるより、「作中世界での物理法則はどういう設定なのか/それが地球と同様だとするならどんな理由によるものか」等の説明を優先させるべきであって、あれだけ休載期間を挟んでおきながらいまだに何も示していないのは、不誠実極まりない。読者の側から疑問や批判が出てこないのも不可解である。
また、「近代6大陸の住人は、基本的に『限界海峡線』の外に出ることが不可能」という設定も、重大な問題を孕んでいる。それなら作中世界の人々は「地球平面説」に類する世界観を共有しているはずだからだ。
しかし、大量破壊兵器を量産できる程度にエネルギーを生成・集約する手段が確立されているのなら、その一部を海洋や宇宙の開発に振り向けているのが当然である。だとすると、「世界平面説」が成立しないことや、「暗黒大陸」の存在も、早い段階で一般常識と化していなければおかしい。
キメラアント編も生物学の見地からは噴飯物だった(注3)とはいえ、一応は「架空の生物だから」という言い訳で押し通せたかも知れない。だが、物理法則そのものが大幅に書き換えられてしまうなら、さすがに同じ作品として成立させるのは不可能ではあるまいか。
こういった問題点に頬かむりしたまま、作品が(長期の休載を何度も挟みつつ)進んでいることには、どうしても納得がいかない。
以上の点に比べれば、「暗黒大陸を踏破するまで、あと何年かけるつもりなのか」という問題など、実に些細ではある。とはいえ、現状のペースだと作者が転生でもしない限り完結の見通しが立たないのは明白であり、そんな企画をダラダラ続けさせている版元・編集部の無責任さ・事なかれ主義・守銭奴ぶりは、それはそれで厳しく断罪されるべきだろう。
(注1)
惑星が高速で自転している場合は、遠心力によって重力加速度はある程度まで相殺されるが、そうすると作中人物の時間感覚も読者と大きく異なっているはずだろう。
(注2)
作中の登場人物の「体感」が、読者である我々と同様なのだ、という言い訳は可能かも知れない。しかし、昼夜の時間帯が恒常的にアンバランスとなる点は、やはり説明が苦しいと思われる。時間の長さを計って変化を記録し、そこに周期性を見いだす、という所までなら高度な理論や技術は不要であり、だからこそ古代から「暦」が作られてきたのだ。
また、恒常的に日照時間が短いことは、惑星の気候や生物の進化にも大きな影響を与えるだろう。気温が上がりにくい点を重視するなら、氷雪に閉ざされた惑星となるのではないか(=いったん地表が氷雪で覆われると、ネガティブフィードバックが働くため)。一方で、高重力環境ゆえ大型の植物は形成されにくい点を重視するなら、炭素固定が進まない=二酸化炭素濃度が高い=温室効果が強まる、ということで(例えば金星のように)超高温となるのかも知れない。
(注3)
キメラ=アントは「摂食交配」を行うのだが、一方で本来は社会性昆虫であるにもかかわらず「下級個体でも生殖能力を有する」という設定になっている。だとすると、どのような機構によって同種間での共食いを防いでいるのだろうか?
取り込んだ遺伝子の何がどう発現するかは確率論的な問題となるはずだが、異種の生物と摂食交配を行う場合、「良い所どり」をした個体が発生してくる確率はさほど高くないだろう。言い換えれば、生存能力に乏しい個体が大量に生まれてくるわけで、それらを「間引く」必要が出てくる。つまり、キメラ=アントどうしでも、交配または間引きのために共食いを行う動機が生ずるのではないかと思われる。
Elizabeth Wurtzel on Depression and David Foster Wallace
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私がデイヴィッド・ウォレスと最後に話したのは――彼は「デイヴ」と呼ばれることを好んでいたが、私はどうしてもそう呼べなかった――10年前のことだった。私はコネチカット州ウィルトンにある、薬物依存から回復中の人たちのための中間施設から、公衆電話を使って、イリノイ州ブルーミントンの彼のキャビンに電話をかけた。
残念ながら、その会話は記憶に残っていない。だから彼が私を自殺の瀬戸際から引き戻してくれたのか、それとも私が「元気にやっている」と言ったのか、それが嘘だったのか本当だったのか――その日によって状況は変わっていた――私はもう語ることができない。ただ、彼の声を聞けたことは嬉しかった。彼の声はいつも穏やかだった。そして、そんな施設で暮らしていた私が、その禁酒施設の「最高の小説家」と話していたことには、きっと何かしら前向きな意味があったのだと思う。
私はデイヴィッドのことを深く知っていたわけではない。しかし、ニューヨークという都市が世紀末的な混乱の時代を迎えていた最後の頃、私は彼を少しだけ知ることになった。彼が文学者として上昇していく一方で、私はもっと広い意味での下降を経験していた。
なぜか私たちは、正反対の軌道が交差する地点でぶつかった。そして、正確に何が起きたのかを私は説明できない。ただ、私たちがひどく険悪な形で会話を終える頃には、そこにはおそらく多くの編集者、エージェント、出版社や弁護士、銃、金、セラピスト、病院、救急車などが関わっていたのだろうと思う。
私は彼と、文芸誌『Open City』が主催したパーティーで出会った。この雑誌は、非常に有望な小説家だったロブ・ビンガムが資金援助していた。彼はその後、自身も作家として「ほとんど成功しかけた」時期を経験した末に、ヘロインの過剰摂取で亡くなった。
その集まりは、おそらくロブのトライベッカのロフトで開かれたものだった。その部屋はロサンゼルス国際空港(LAX)ほどの広さがあり、そして『Open City』は表向きには芸術的な試みだった――実際そうだったのかもしれない――しかし、私たちの多くにとって、それは単に酒を飲みすぎる口実だった。あるいは、ロブのビリヤード台の下でクスリを鼻から吸いながら、夜が深まっていくまで過ごすための場所だった。
愚かなことに、本当に絶望している人間と、ただ退廃的な遊びをしているだけの人間を分けようとする者は誰もいなかった。私たちは皆、同じ時に、あまりにも多くのドラッグをやっていた。それをうまく扱える人間と、最後には死んでしまう、あるいはそれ以上にひどい結末を迎える人間が一緒になっていた。そして私たちは若すぎて、それがどこへ向かっているのかを見ることができなかった。
そんな混沌の中に、ある春の夜、デイヴィッド・ウォレスが入ってきた。ドゥーラグを巻いた姿で。
彼が自分は天才だと正確に口にしたわけではないと思う。でも、私はきっとそういう印象を受けたのだろう。なぜなら、私は彼の何かに一瞬で感銘を受けたと信じているからだ。
それは、彼がとても開放的で好奇心旺盛だったことかもしれない。あるいは、私が着ていた銀色のラメのレオタードに、彼がとても興味を示していたことかもしれない。
その後しばらく、私は彼を連れ回した。もう存在しないルドロウ・ストリート・カフェで月曜夜にビート・ロデオを観たり、永遠に残るグランド・セントラル・オイスターバーでシーフードとソーダを食べたりした。
彼はアッパー・イースト・サイドにいる友人ジョナサン・フランゼンの家に滞在し、リトル・ブラウン社でマイケル・ピーチと一緒に、謎めいた大作の編集作業に何時間も費やしていた。
私が彼と過ごした時間を振り返ると、それはとても「グランジ版サリンジャー的」だったと思う。
今になって思うと、私は彼がもう少し壊れにくい人間であってほしかったし、私自身ももう少し狂っていなければよかったと思う。
振り返ると、どちらの人生哲学のほうが正しいのか分からない。後悔に満ちた人間の考え方なのか、それとも「私は何も後悔していない(je ne regrette rien)」と言う人間の考え方なのか。
さらに分からないのは、どちらの考え方が最終的に「もう十分だ」と言わせるところへ人を導くのか、どちらの生き方が最後にはより疲れるものなのかということだ。
外から見れば、デイヴィッドは順調にやっているように私には見えただろう。南カリフォルニアで暮らし、素晴らしい本や文章を書き、最近結婚し、名門大学で教えている。
私は、人生がうまくいっている人間にも鬱が襲うということを理解できないほど愚かではない。
しかし、もし彼が中西部の粗末な小屋で暮らしながらも何とかやっていけたのなら、幸せな人生を構成するこうした要素――愛、太陽の光、安定――は、きっとプラスになるはずだと思っていた。
それらは本物だ。現実に存在するものだ。そして鬱というものが、人をそこへ近づくことさえできなくしてしまうものなのだ。
さらに言えば、46歳という年齢のデイヴィッドは、私はもう安全な時期にいると思っていた。物事がうまくいく、少なくとも「まあ大丈夫」と言える可能性が高い年齢だと。
20代を支配する、セックスや成功への狂った探求。そして30代まで残る二日酔いのような感覚。それらはもう終わっている。
「自分は失敗した」「これまで全部無駄だった」という感覚。それは50歳を過ぎた頃に襲ってくるものだが、まだ彼のところには来ていない。
中年期というものは、危機になることもある。しかし同時に、穏やかな時期になることもある。
もし推測するなら。
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だからこそ、デイヴィッド・フォスター・ウォレスが自殺したとき、鬱になりやすい性質を持つ私たちが向き合わざるを得なかった惨めな真実がある。
それは、物語がうまく終わることはないということだ。
https://www.jleague.jp/special/pokemon/
ポケモンはよーしらん
なんか見づらいのでGeminiにまとめてもらった
メアリイゲイと俺は、その家の自転車二台を借りて、レクリエーションセンターまでペダルをこいで向かった。暗闇の中、でこぼこ道を走って、俺はたった二回しか転ばなかった。
そこはリチャードが話していたよりはもう少し活気があった。ドームの奥の方で、裸の若い女の子が、手作りのドラム類に合わせて官能的に踊っていた。実は彼女はまだ学生で、これは「文化的相対性」の授業の課題だったのだ。
実際、そこにいた人々のほとんどは若く、したがってまだ学生だった。しかし、彼らはそれをお笑い種だと考えていた。読み書きを覚え、クラスIの識字試験に合格してしまえば、年間1科目のみ履修すればよく、その中には登録するだけで合格できるものさえあった。スターゲートで俺たちを驚かせた「18年間の義務教育」など、所詮はそんなものだったのだ。
他の連中はボードゲームをしたり、本を読んだり、踊る少女を眺めたり、ただおしゃべりしたりしていた。バーでは、豆乳やコーヒー、あるいは薄めの自家製ビールが提供されていた。配給券など見当たらず、すべてコミューンで製造されたものか、コミューンのチケットを使って外部から購入したものであった。
メアリイゲイと俺が退役軍人だと知っていた数人と、戦争について議論になった。彼らの態度は、かなり一貫していたが、それを言葉で表現するのは難しい。彼らは、戦争を支えるために多額の税金が使われていることに、抽象的な怒りを感じていた。また、トーランが地球にとって決して脅威にはならないと確信していた。しかし、世界の雇用のほぼ半分が戦争に関連しており、もし戦争が止まればすべてがめちゃくちゃになってしまうことも、彼らは皆理解していたのだ。
俺はすでにすべてがめちゃくちゃになっていると思っていたが、それは俺がこの世界で育ったわけではないからだ。そして、彼らは「平時」というものを経験したことがなかった。
俺たちは真夜中頃に帰宅し、メアリイゲイと俺はそれぞれ2時間ずつ見張りに立った。翌日の午前中頃には、もう少し眠っておけばよかったと後悔していた。
犂は、車輪付きの大きな刃に操舵用のハンドルが二つ付いたもので、原子力で動いていた。とはいえ、出力はそれほど強くなく、刃が柔らかい土に刺さっている時だけ、這うようにゆっくりと前進できる程度だった。 言うまでもなく、使われていない5エーカーの土地には柔らかい土はほとんどなかった。犂は数センチ進んでは立ち往生し、俺が再び力を入れるまで空転し、それからまた数センチ進む、という具合だった。初日は0.1エーカーを耕し終え、やがて1日あたり0.5エーカーまで作業量を増やしていった。
それはきつい、骨の折れる仕事だったが、心地よいものだった。耳に挟むクリップ型プレーヤーで、リチャードのコレクションにある古いテープの音楽を聴きながら、太陽に全身を焼かれていた。こんな風に永遠に暮らしていけるかもしれないと思い始めた矢先、突然、すべては終わった。
ある晩、メアリイゲイと俺がレクリエーションセンターで本を読んでいたところ、道路の方からかすかな銃声が聞こえてきた。俺たちは家に戻るのが賢明だと判断した。そこまでの道のりの半分にも満たない地点まで来たとき、道路からレクリエーションセンターを遥かに越えた先まで続く一線に沿って、俺たちの左側一帯で銃撃戦が勃発した。組織的な攻撃だった。 俺たちは自転車を放棄して、頭上を弾丸がヒューヒューと飛び交う中、道路脇の排水溝を四つん這いで這って進まなければならなかった。大型車両が轟音を立てて通り過ぎ、左右に銃弾を乱射していた。家まで這って帰るのに、20分はかかった。俺たちは、激しく燃え盛っている2軒の農家を通り過ぎた。俺たちの家には薪がなかったことにほっとした。
俺たちの監視塔からは反撃の銃声が聞こえないことに気づいたが、何も言わなかった。家の中に駆け込んだとき、家の前には見知らぬ死体が2体横たわっていた。
エイプリルは床に横たわっていた。まだ生きていたが、無数の小さな破片による傷から血を流していた。居間は瓦礫と塵だらけだった。誰かがドアか窓から爆弾を投げ込んだに違いない。俺はメアリイゲイに母親を預けて、裏手にある塔へと駆け戻った。はしごは引き上げられていたため、支柱の一つをよじ登らなければならなかった。
リチャードはライフルに身を預けるようにして座り込んでいた。スコープから漏れる淡い緑色の光の中で、彼の左目の上に完璧な円形の穴が開いているのが見えた。鼻梁を伝って流れた少量の血が、すでに乾いていた。
俺は彼の遺体を床に寝かせ、自分のシャツで頭を覆った。ポケットに弾倉を詰め込み、ライフルを家へと持ち帰った。
メアリイゲイは母親を楽にさせようと努めていた。二人は静かに話していた。彼女は私のショットガン・ピストルを手に持ち、その横の床にはもう一丁の銃が置かれていた。俺が入ると、彼女は顔を上げて、泣くことなく、静かにうなずいた。
エイプリルが何かをささやくと、メアリイゲイは「お母さんが……パパは苦しまなかったか、って聞きたいって。パパが死んだことは分かってるの」と尋ねた。
「うん。きっと何も感じなかったはずだ。」
「それならよかったわ。」
「まあ、悪くないね。」口を閉じておくべきだった。「うん、よかったよ。」
ドアや窓をくまなく調べて、見晴らしの良い場所を探した。小隊全体が背後から忍び寄ってくるのを防げるような場所は、どこにも見つからなかった。
「外に出て、家の屋根の上に上がるよ。」塔には戻れなかった。「誰かが中に入ってくるまで撃つなよ……たぶん、ここは無人だと思わせられるだろう。」
俺が芝生の屋根によじ登り終える頃には、大型トラックが道を戻ってきていた。スコープ越しに、トラックには5人の男が乗っているのが見えた。4人は運転席に、もう1人は荷台にいて、略奪品に囲まれながら機関銃を抱えていた。彼は2台の冷蔵庫の間にしゃがみ込んでいたが、私は彼を明確に狙える位置にいた。注目を集めたくなかったので、発砲は控えた。 トラックは家の前で止まり、 しばらく停まった後、敷地内へと入っていった。 窓はおそらく防弾仕様だっただろうが、俺は運転手の顔を照準に捉え、引き金を引いた。弾がキーンという音を立てて跳ね返り、プラスチックに不透明な星形の跡を残すと、彼は飛び上がった。すると、後ろにいた男が銃撃を開始した。絶え間ない銃弾の雨が俺の頭上をヒューヒューと飛び交い、塔の土嚢に弾が打ち込まれる音が聞こえた。彼は俺の姿に気づいていなかった。
銃撃が止んだとき、トラックは10メートルも離れていなかった。彼は明らかに、冷蔵庫の陰に隠れて弾を装填していた。俺は慎重に狙いを定め、彼が撃つために顔を上げた瞬間、喉元を狙って撃った。弾はタンブラー弾だったため、頭蓋骨の上部から飛び出した。
運転手はトラックを長い弧を描いて旋回させ、停車した時には運転席のドアが家のドアとぴったり重なるようにした。これで彼らは塔からの攻撃だけでなく、俺からの攻撃からも守られた。とはいえ、彼らが俺の居場所をまだ把握しているとは思えなかった。T-16は火花も出さず、音もほとんど立てないからだ。 俺は靴を脱ぎ捨て、運転手が自分の側のドアから降りてくることを期待して、慎重に運転席の上へ足を踏み出した。ドアが開けば、運転席内に跳弾を浴びせることができる。
だめだった。屋根の張り出しに遮られて見えなかった反対側のドアが、先に開いた。俺は運転手が降りてくるのを待ち、メアリイゲイがしっかりと隠れていることを願った。心配する必要はなかったのだ。
耳をつんざくような轟音が響き、続いてまた、そしてまた。何千もの小さなフレシェットの衝撃で、大型トラックが揺れた。短い悲鳴が一つ上がったが、二発目の銃声で途切れた。
俺はトラックから飛び降り、後ろのドアへと駆け寄った。メアリイゲイは母親の頭を膝の上に載せており、誰かが静かに泣いていた。私は彼女たちのところへ行き、手のひらでメアリーゲイの頬を撫でると、乾いていた。
「よくやった、ディア」
彼女は何も言わなかった。ドアからは絶え間なく重い滴り音が聞こえ、空気は煙と生肉の臭いで刺激的だった。俺たちは夜明けまで寄り添って過ごした。
エイプリルは眠っていると思っていたが、薄明かりの中で彼女の目は大きく見開かれ、涙で曇っていた。息は浅く、ゼイゼイと荒い。肌は灰色の羊皮紙のようで、乾いた血がこびりついていた。俺たちが話しかけても、彼女は答えない。
道路を車が近づいてきたので、俺はライフルを持って外へ出た。それは片側に白いシートがかけられたダンプカーで、荷台にはメガホンを持った男が立っており、「負傷者……負傷者」と繰り返していた。私が手を振ると、トラックは中へ入ってきた。彼らは即席の担架でエイプリルを運び出し、 どの病院へ向かうかを俺たちに告げた。 俺たちも同行したかったが、単純に場所がなかった。トラックの荷台は、重傷から軽傷まで様々な状態の人々で埋め尽くされていたのだ。
自分が完璧に殺してのけた男たちの姿がはっきりと見えるほど明るくなり始めていたため、メアリイゲイは家の中に戻りたがらなかった。俺はタバコを取りに家に戻り、無理やりその光景を直視した。確かに惨状ではあったが、それほど心を乱されることはなかった。人間のミンチ肉のような山を目の当たりにしても、主にハエやアリ、そして臭いしか気にならない自分に、俺は苛立ちを覚えた。宇宙空間での死の方が、はるかに整然としている。
俺たちは彼女の父親を家の裏に埋葬し、エイプリルの小さな遺体が布に包まれてトラックで運ばれてくると、彼女の遺体を父親の隣に埋めた。少し後、コミューンの清掃トラックがやってきて、ガスマスクをつけた男たちがジャンパーの死体の処理を行った。
俺たちは灼熱の太陽の下に座りこみ、ついにメアリイゲイは、静かに、長いこと泣いた。
(以下旧版第2部第9章の第二パラグラフに続く。第一パラグラフの削除と、月にいるウィリアムの弟マイクが初登場となるため、簡単な説明がある以外に特に変更はない。)
*旧版における修正(単行本以前、Analog誌での連載段階で当時の編集長ベン・ボーヴァの判断で行われた)と復旧をめぐる事情については新版についているAuthor’s Noteを参照のこと。
Author’s Noteにおいて修正をめぐる事情の他に興味深いのは、20世紀末という至近の未来に無理やり恒星間航行、それも光速の壁を超越した超空間航行による星間戦争を設定した理由である。「(自分と同じ)ヴェトナム帰還兵を登場させたかったから」だそうだ。
戦闘技術においては主人公ウィリアムよりメアリイゲイの方が勝っていること、にもかかわらず戦闘忌避心は彼女の方が強いこと(そのせいでウィリアムより階級が低いこと)は旧版全体の記述からも推察されたが、ここではよりはっきりしている。彼女が主観的には厭戦・反戦主義者にであるにもかかわらず軍人としての適性が意外に高いことについては外伝「もうひとつの戦い」でも触れられている。ウィリアムもメアリイゲイも深刻な戦場PTSDには悩まされていないのである。
前章ならびに本章でウィリアムは人を殺しているため、旧版第4部第1章でのカイノック大佐による「君にはトーランは殺せても人は殺せないだろう」云々のセリフは削除されている。
家に帰ると、電話の表示が淡い青色に点滅していた。どうすればいいかわからなかったので、「オペレーター」を押した。キューブの中に、可愛い若い女の子の顔が浮かび上がった。「ジェファーソン・オペレーターです」と彼女は言った。「ご用件は?」
「ええ……キューブが青く点滅しているのはどういう意味ですか?」
「え?」
「電話が――」
「本気ですか?」こういうことにはもう少しうんざりしていた。「長い話になりますが、本当に、わからんのです。」
「青く点滅しているときは、オペレーターに電話するようになっているんです」
「違います、私じゃなくて、本物のオペレーターよ。9を押して、それから0を押して。」その通りにすると、年老いた小悪女が現れた。「オバレイダ。」
「こちらは301-52-574-3975のウィリアム・マンデラです。あなたに電話するはずだったんですが」
「ぢょっどまで。」彼女は画面の外に手を伸ばして何かを打ち込んだ。「605-19-556-2027から電話があっだ。」私は電話の横にあるメモ帳にその番号を走り書きした。「そこってどこ?」
「ぢょっどまで。サウスダコタ。」
俺は待機パターンの対角線を1秒ほど、それからさらに50秒ほど見つめていた。すると、ある人物の顔がはっきりと見えてきた。
メアリイゲイだ。「ウィリアム。あなたを見つけるのに、本当に苦労したわ。」
「両親がここに住んでるの。小さなコミューンでね。だから電話に出るのにこんなに時間がかかっちゃったの。」彼女は汚れだらけの両手を差し出した。「ジャガイモを掘ってたの。」
「でも、僕が調べた時は……記録には――ツーソンの記録には、君の両親は二人とも亡くなっているって書いてあったけど。」
「違うわ、ただ社会から身を引いただけよ――『ドロップアウト』って知ってる? 新しい名前、新しい人生。いとこの話で知ったの。」
「えっと……えっと、元気だった? 田舎暮らしは気に入ってる?」
「それが、あなたに連絡したかった理由の一つよ。ウィリイ、退屈なの。ここでの生活は健康的で素敵だけど、もっと放蕩で悪戯なことをしたいの。当然、あなたのことを思い出したわ。」
「光栄だね。八時に迎えに行こうか?」
彼女は電話の上にある時計を確認した。「いや、ねえ、今夜はしっかり眠ろうよ。それに、残りのジャガイモを収穫しなきゃいけないし。明日の朝10時に……エリー島のジェットポートで待ち合わせ。うーん……トランス・ワールドの案内所ね。」
「わかった。どこに予約を入れればいい?」
彼女は肩をすくめた。「どこでもいいわ」
「良さそうね。ファーストクラス?」
「いいわ。贅沢ね。荷物はどれくらい用意すればいい?」
「服は途中で買おう。荷物は軽くして。一人につき、財布一つ分だけ持っていけばいいわ」
「そんなにヤバいの?」
「ワシントン周辺では、そういう状況なんだ。」
「まあ、用意するわ。パパが暖炉の上に何丁か置いてあるの。たぶんツーソンから持ち帰った残りだと思うわ。」
「それを使う必要がないことを祈ろう」
「ウィリイ、あれはあくまで飾りだってわかってるでしょ。私、トーランだって殺せなかったんだから。」
「もちろんさ。」俺たちはしばらくの間、ただ互いを見つめ合った。「じゃあ、明日の10時にね。」
「うん。愛してるよ。」
「えっと……」
一度に考えなければならないことが多すぎた。
~~~
俺は二人分の世界一周飛行船チケットを手配した。東へ進み続ける限り、途中下車は何度でも自由だ。オートキャブとモノレールを使ってエリー島まで行くのに、2時間ちょっとかかった。俺は早めに着いたが、メアリイゲイも早かった。
彼女は受付の女の子と話していて、俺が近づいてくるのに気づかなかった。彼女の服装は実に目を引くもので、手と手が絡み合う模様が入った、体にぴったりとフィットしたプラスチック製のカバーオールだった。見る角度を変えると、要所にある手が透けて見えるようになっていた。彼女の全身は、太陽の光を浴びて赤みを帯びた輝きを放っていた。俺を襲ったその感情が、単なる純粋な欲望なのか、それとももっと複雑な何かなのかは分からなかった。俺は彼女の背後に急いで近づいた。
「この3時間、どうする?」とささやいた。
彼女は振り返って、俺にさっと抱きつき、受付の女の子に礼を言うと、私の手を掴んで動く歩道へと引きずっていった。
「えっと……どこへ行くの?」
俺たちはロータリーに乗り込み、東行きの動く歩道に乗り換えた。
「何か食べたり飲んだりしたい?」と彼女は無邪気に尋ねた。
俺は色目を使おうとした。「他に何かある?」
彼女は陽気に笑った。何人かがじっと見つめていた。「ちょっと待って……ここよ!」
俺たちは飛び降りた。そこは「ルームエット」と書かれた通路だった。彼女は私に鍵を手渡した。
あの忌々しいプラスチック製のカバーオールは、静電気で体に張り付いていた。ルームエットは巨大なウォーターベッドに過ぎなかったため、最初に静電気のショックを受けたときは、首を折る所だった。
俺は回復した。
俺たちはうつ伏せになって、片面鏡の壁越しに、コンコースを慌ただしく行き交う人々を眺めていた。メアリーゲイがジョイントを私に渡した。
「何のこと?」
「あのホッグレッグ。ピストルのことよ」
「買った店で一度だけ撃っただけだよ」
「本当に、誰かにそれを向けて、吹き飛ばせると思う?」
俺は軽く一服して、彼女に返した。「正直、あまり考えたことなかったんだ。昨晩、君と話をするまではね。」
「で?」
「俺……正直、よく分からない。殺した経験があるのはアレフでのことだけだし、それも催眠術にかけられて強制された時だ。でも、もし相手が先に俺を殺そうとしていたなら、別に……気にならないと思う。それほど気にならない。気にする理由なんてあるか?」
「命よ」と彼女は嘆くように言った。「命とは……」
「命ってのは、共通の目的を持って歩き回る細胞の集まりさ。もしその共通の目的が、俺を始末することなら――」
「コルテスは俺たちを生かしてくれたんだ」
「私たちのうち、生き残ったのはほんの数人だけよ」と彼女はきっぱりと言った。
俺は寝返りを打ち、天井のタイルをじっと見つめた。彼女は私の胸に小さな模様を描きながら、指先で汗をなぞっていた。「ごめんなさい、ウィリアム。私たち二人とも、ただこの状況に慣れようとしているだけなのね」
「いいんだ。どうせ君の言う通りだし。」
俺たちは長い間話し合った。PR活動(それは厳重に防護された環境で行われたものだったが)以来、メアリイゲイが訪れたことのある都会はスーフォールズだけだった。彼女は両親とコミューンのボディーガードと一緒にそこへ行ったのだ。そこはワシントンの縮小版のように聞こえた――同じ問題を抱えているが、それほど深刻ではない。
俺たちは、気にかかることを次々と挙げていった。暴力、高い生活費、どこに行っても人が多すぎる。俺は「ホモライフ」も加えようとしたが、メアリイゲイは、俺がそれをもたらした社会的力学を理解していないだけだと言い、それは避けられないことだったと主張した。彼女がそれに反対する唯一の理由は、最もハンサムな男性たちの多くが市場から消えてしまうことだった。
そして、何より問題だったのは、あらゆるものがほんの少しだけ悪化したか、せいぜい現状維持にとどまっているように見えたことだ。22年もの歳月が経てば、日常生活の少なくともいくつかの側面は著しく改善されているはずだと誰もが予想しただろう。彼女の父親は、その原因はすべて戦争にあると主張した。ほんの少しの才能を見せた者は誰でもUNEFに吸い上げられ、最も優秀な者たちは「エリート徴兵法」の対象となり、結局は砲弾の餌食になってしまったのだ。
彼の意見に同意せざるを得なかった。過去の戦争は、しばしば社会改革を加速させ、技術的な恩恵をもたらし、芸術活動を刺激することさえあった。しかし、今回の戦争は、こうした肯定的な副産物を一切生み出さないよう、まるで仕組まれたかのようだった。20世紀後半の技術に施された改良は――タキオン爆弾や全長2キロメートルの軍艦のように――せいぜい、資金と既存の工学技術の相乗効果だけで実現可能な事柄の、興味深い発展に過ぎなかった。 社会改革? 世界は事実上、戒厳令下にあった。芸術については、何が良くて何が悪いのか、俺にはよく分からない。だが、芸術家はある程度、時代の気風を反映せざるを得ない。絵画や彫刻は拷問や暗く陰鬱な情景に満ちており、映画は静的で筋書きが乏しく、音楽は過去の様式を懐古的に復活させるものが主流で、建築は主に全員を収容する場所を見つけることに注力し、文学はまったく理解不能に近いものだった。 ほとんどの人は、命をあまり危険にさらさずに、政府を出し抜く方法を見つけたり、数キロの食料や配給券を何とか工面したりすることに、ほとんどの時間を費やしているようだった。
かつて、自国が戦争状態にある人々は、常に戦争と向き合っていた。新聞は報道で埋め尽くされ、退役軍人が前線から帰還し、時には前線が街のすぐそばまで迫り、侵略軍がメインストリートを行進したり、爆弾が夜空を裂いて飛来したりすることもあった――しかし、そこには常に、勝利に向けて努力している、あるいは少なくとも敗北を遅らせているという感覚があった。敵とは具体的な存在であり、理解でき、憎むことのできる、プロパガンダが生み出した怪物だった。
しかし、この戦争……敵は、漠然としか理解されていない奇妙な存在であり、悪夢というよりはむしろ漫画の題材として扱われることが多かった。国内における戦争の主な影響は経済的なものであり、感情的なものではなかった――税金は増えたが、雇用も増えたのだ。22年が経過しても、帰還した退役軍人はわずか27人。まともなパレードを行うには十分な数ではなかった。多くの人々にとって、この戦争に関する最も重要な事実は、もし戦争が突然終われば、地球の経済が崩壊してしまうということだった。
~~~
おはようございます、親愛なるアメリカ国民の皆さん。季節が移り変わり、年月が経つにつれ、ニューヨーク港には潮の満ち引きが繰り返されてきました。「ニューヨーク」という名が生まれるずっと以前から、レナペ族の丸木舟がこの海流を渡っていました。かつては、ヴェラッツァーノやハドソンといった探検家たちが操る船が、この海域の水平線にそびえ立ち、彼らの名にちなんで、私たちは橋や川に名前を付けました。そしてそれ以来、長い旅に疲れた旅人を乗せた船が、大西洋の風を背に、ナローズ海峡を通り抜けてきました。
乗客たちが波の向こうに広がる景色を垣間見ようと顔を上げた時、彼らは何を見たのでしょうか? 緑豊かで生命力にあふれた大地。彼らを奴隷として連れ去ろうと、波止場で待ち構える男たち。貧困にあえぐ長屋。活気に満ちた産業、立ち昇る蒸気と煙、そして躍動する都市。彼らは、自由の象徴であるそびえ立つ記念碑、世界中に歓迎の光を放つその灯火を目にしたのです。彼らはニューヨーク市を見た。彼らはアメリカを見た。
明日、我が国は独立宣言から250周年を迎えます。250年にわたる壮大な自治の実験――1776年当時、この実験が数年どころか四半世紀も続くとは誰も想像できなかったほど大胆な実験でした。レキシントンからロサンゼルス、セルマからセネカフォールズ、モリサニアからミッドウッドまで、毎年そうであるように、アメリカ国民は一日を共に過ごします。家族はバーベキューを囲み、夜空には花火が打ち上げられます。これは単なる祝賀の日ではありません。250年という節目は、3億4千万人を超える人々が、互いに、そして自らを見つめ、国家としてのアイデンティティを改めて見つめ直す、またとない機会です。アメリカを見つめたとき、私たちは何を見るのでしょうか?
ここ市庁舎で、ジョージ・ワシントンの机の後ろに座り、この国にやってきた新アメリカ人たちと並んでいても、私にはアメリカのすべてを見ることはできません。しかし、かつて多くの人々がそうであったように、私もニューヨーク市の姿を思い浮かべることができます。
今日私が見るこの街は、ジョージ・ワシントンが迎えた街とは全く異なる様相を呈しています。1776年7月、この街は抑圧の軛の下でうごめいていました。イギリスはあまりにも抑圧的な植民地支配を敷いており、250年前、80マイル南で、少数の新聞編集者、農民、兵士たちが、今では自明のことのように思える真実を宣言する文書に署名しました。それは当時革命的なものであり、私たちの国が今もなお実現しようと努力している理想を確立したのです。
イギリスはこれを快く思いませんでした。戦争が勃発しました。そしてその年の8月、ブルックリンで独立戦争最大の戦いが繰り広げられる中、ガバナーズ島の砲台は沖合に停泊していたイギリス艦隊に照準を合わせました。私たちは火力でも兵力でも劣勢で、完敗を喫しました。わずか数ヶ月後、私たちの生まれたばかりの民主主義の試みは崩壊の危機に瀕しているように見えました。
しかしその夜、月が頭上に輝く中、何千人もの兵士たちが静かにフェリーや平底船に乗り込み、マンハッタンへと脱出しました。大陸軍は生き延び、再び戦うことができました。独立はフィラデルフィアで宣言されたかもしれませんが、ニューヨーク市で救われたのです。ジョージ・ワシントンはブルックリンを最後に去った人物でした。川岸で日の出を待ちながら、彼はニューヨーク市の水面を見渡したに違いありません。そして、それから250年の間に多くの人々が目にしてきたもの、すなわち新たな始まりの機会を、そこに見たに違いありません。ニューヨーク市のあらゆるものと同様に、そうした機会は与えられるものではありません。勝ち取るものなのです。
1838年、ニューヨーク州が奴隷制度を廃止してから11年後、ジェームズ・ウィークスという名の、解放されたばかりの黒人男性が、自らも新たな人生を始めようとしました。そして、何百人もの人々が同じように新たな人生を歩めるよう支援しようとしました。彼はブルックリンに土地を購入し、自ら投票権を獲得し、新たに解放された人々に土地を販売したのです。ニューヨーク港に降り立った時、彼らはそれまで一度も手にしたことのないもの、つまり「家」が自分たちを待っていることを知っていました。ウィークスビルは今もなお存在し、私たちがアメリカという国を象徴する生きた証となっています。それは、私たち一人ひとりが自ら築き上げる力を持つ場所、アメリカの本質です。
当時、港は世界中から船がひっきりなしに入港し、活気に満ちていました。何十万人ものアイルランド移民が、帝国主義の残虐行為によって引き起こされた飢饉で飢えに苦しみながら到着しました。中国人船員たちは、現在のチャイナタウンに定住しました。さらに何百万人もの人々が自由の女神像の下を通り、エリス島を経由してアメリカに渡りました。ユダヤ人は迫害から逃れ、イタリア人は貧困から逃れ、シリア人は経済的機会を求めていました。
これらの新たな到着者たちは皆、船の舷窓から、国と同じように急速に変化していく街を眺めていました。彼らは、波止場で商品を売り歩く商人、碁盤の目のように整備される街路、雲のようにそびえ立つ建物を目にしました。彼らはまだ、これから直面するであろう排外主義、拒否される仕事、貸してくれない家主、そして耐え忍ばなければならない過酷な労働環境や生活環境を予見していませんでした。しかし、港にどれほど濃いスモッグが立ち込めていようとも、彼らは新たな出発の機会を見出していたのです。
その後何年にもわたり、連邦政府が移民の入国を禁じる法律を制定し、数百人の女性が命を落とした劣悪な労働環境の工場火災や、移民の存在そのものを標的とした暴動にもかかわらず、移民たちはニューヨーク市に居を構え、ニューヨーク市の発展に貢献しました。生命、自由、幸福追求の権利は自分たちにも及ぶと、あらゆる世代のアメリカ人が主張してきたこの遺産は、決して過去の遺物ではありません。それは、大移動の際に何百万人もの黒人アメリカ人を北へと導き、第二次世界大戦後には何十万人ものプエルトリコ人をニューヨーク市へと引き寄せ、西インド諸島、南アジア、西アフリカ、そして世界中から数え切れないほど多くの人々を招き入れました。そして、私が7歳の時に家族をこの街へと導いたのも、まさにこの精神でした。
私たちの家族は船で到着したわけではありませんが、飛行機の窓から自由の女神像を見ることができました。空からでもアメリカの約束、つまり建国の理想に年々忠実であり続けるという、美しく愛国的な営みの約束が見て取れました。私たちの国と、それを形作ってきた人々を形容するのに、よく使われる言葉があります。「アメリカ例外主義」です。一般的に言われているようにアメリカ例外主義こそが、私たちの自由をより自由なものにし、エリー運河を建設し、西部を灌漑し、遠い国の子供たちがいつかアメリカに移住することを夢見る理由なのです。
しかし皮肉なことに、アメリカの物語は権力と影響力と富を持つ人々から「君たちは決して例外的な存在ではない」と言われ続けてきた人々によって、しばしば語られてきました。幾世代にもわたり、世界が私たちの海岸に人々を送り込んだ時、最良の人々を送ったわけではないと教えられてきました。ピューリタン、シーク教徒、クエーカー教徒、イスラム教徒、ユダヤ人、つまり間違った祈り方をした、間違った神を崇拝した、間違った人々を怒らせたという理由で追放された人々が送られてきたのです。それはスラム街やシュテットルから、衣服はおろか土地さえほとんど持たず、劣等な存在として扱われていた農民や農奴を送り込んだのです。権力とは他人が持つものだと考えていた移民たちを送り込んだのです。アメリカは他国よりも豊かで、強く、力強いからこそ特別な国だと私たちは教えられてきました。
しかし真実はこうです。アメリカが特別なのは、ここでは何も固定されていないからです。フロンティアは閉ざされ、月面着陸も成し遂げたかもしれない。しかし独立宣言に最初に掲げられた価値観を実現するという営みは今もなお続いており、私たち全員の責任なのです。そして、今日ここに私と共に立っている、最近帰化を果たしたばかりの、私たちの新しいアメリカ人たちの責任でもあります。約10年前、私も皆さんが感じているのと同じ気持ちを味わいました。もはやニューヨーカーであるだけでなく、アメリカ人でもあるという喜びを。皆さんはそれぞれ特別な力を持っている。アメリカとは何かを決定づける力です。
権力者たちは常に、その答えを知っていました。彼らの目にはアメリカは支配の舞台であり、ごく一部の者だけが自由を許され、すべての人々が平等に創造されているわけではない場所です。彼らに尋ねれば、アメリカは、人々が歓迎すればするほど、その価値を失っていくと答えるでしょう。アメリカは正しいアクセントや肌の色を持つ者だけのものであると彼らは言います。残りの私たちは、ただ訪れることを許されるだけで感謝すべきだと彼らは主張します。
彼らはなんと狭量で、なんと弱く、なんと独創性に欠けることか。過去のあらゆる時代において、排除と孤立によって支配してきた者たちは、私たちを互いに敵対させることで権力を掌握し、私腹を肥やそうとしてきました。分断は政治における最も古く、最も安易な策略です。しかし250年前を含め、幾度となく、分断の勢力は進歩の勢力によって打ち負かされてきました。トーマス・ペインがかつて書いたように「この新しい世界は迫害された市民的自由と宗教的自由を愛する者たちの避難所であり、彼らはここに逃れてきたのだ」。しかし今日、あまりにも多くの指導者たちが、この国を迫害された人々の避難所にするというビジョンを信じておらず、むしろ亡命を求める人々を迫害する国だと考えています。建国250周年を迎える今、私たちは何を目にするのでしょうか?
矛盾に満ちた国の中に、矛盾に満ちた都市が広がっています。世界史上最も裕福な国でありながら、世界初の兆万長者がさらなる富を貪る一方で、子どもたちは空腹のまま眠りにつきます。あらゆる産業を支配する独占企業と、選挙を買収する寡頭政治家たち。覆面をした工作員が街を恐怖に陥れ、不法滞在の隣人が作った料理を食い荒らし、ナンバープレートのないバンで彼らを連れ去っていく。工場で汗水垂らして働き、石を削る、泥まみれのたくましい手を持つ人々によって莫大な富が築かれた国でありながら、その富の多くが、ごく少数の人々の甘い手に握られています。
確かに病人を搾取する医療保険業界にアメリカの姿を見出すことはできますが、アメリカの姿を探る際に私が見るのはそれだけではありません。二交代制で働き、帰宅途中に病弱な隣人の様子を見に行く看護師にもアメリカの姿を見出すことができます。
確かに税金を爆弾や救済策に費やすとき、選挙を最高額の入札者に売り渡すとき、私たちはアメリカを目の当たりにします。しかし、この国は私たち国民のものであると今も信じているすべてのアメリカ人の中にも、私たちは同じくらいはっきりとアメリカを目にします。
ICE(移民税関執行局)が私たちの地域に侵入してくる時、隣人同士が腕を組んで手をつなぎ、どれだけ長くここに住んでいるか、どんな書類を持っているかを問わないとき、私たちはアメリカを目にします。
老若男女が激しい雨の中、あるいはうだるような暑さの中、投票のために立ち並ぶとき、私たちはアメリカを目にします。
働く人々が、自分たちのためだけでなく、同胞であるアメリカ人のために、より多くのものを求めるとき、私たちはアメリカを目にします。
アメリカにもっと多くを求める人々に対し、「好きでなければ出て行け」と単純な言葉で応じる人もいます。しかし、愛国心とは、この国に欠点がないふりをすることではありません。愛国心とは、正義の異議申し立てのあらゆる行為であり、灼熱の太陽の下で行われるあらゆるデモ行進であり、時代を10年も先取りしたあらゆる抗議活動なのです。私たちがこの国を愛しているからこそ、決して離れることはないのです。結局のところ、この国を自由にするために多大な犠牲を払ってきた人々以上に、アメリカを愛する人がいるでしょうか?
今日、私は7月4日だけでなく、7月9日のことも思い出します。独立宣言が署名されてから5日後、宣言書はここニューヨーク市に届きました。イギリス兵はスタテン島に上陸し、100隻を超えるイギリス艦が沖合に迫っていました。この街の至る所で、大陸軍は侵攻の準備を整えていました。ジョージ・ワシントンは、この建物からほんの数フィートの場所に部隊を集結させるよう命じました。当時はコモンズと呼ばれていましたが、今日ではシティホール・パークと呼ばれています。
そこで、イギリス軍の砲火の射程圏内で、ワシントンは将軍たちに独立宣言を朗読するよう命じました。そして、世界最強の帝国が攻撃を仕掛けようとしているまさにその時、ワシントンはニューヨーク市民に、私たちが明日祝うことになる出来事、つまり独立を宣言したことを告げたのです。自由は手の届くところにある、と。その夜、危険が迫っていた。衝突はもはや疑いの余地のない、確実なものでした。しかし初期のニューヨーカーたちがボーリング・グリーンに立つジョージ3世の像に向かって行進した時、彼らはその像を溶かして若い兵士たちの弾丸に変えることになるのですが、彼らは一斉に歩みを進めた。略奪の追求ではなく、初めて「アメリカ」という名を与えられた理想に根ざしていたのです。
私たちの国が築かれたその理想は、いかなる権威主義体制にも耐えうるほど強い。しかし、それは私たちがその理想を追求する限りにおいてのみです。私たちの国は建国当初の理想とする完璧な国家を目指して日々努力しています。日々より良い国になろうと奮闘しています。そこにこそアメリカの使命があります。努力し、向上し、完璧を目指すこと。
国民一人ひとりが自らの手で国を形作ることができるこの国に住めることは、私たち一人ひとりにとって何という特権でしょうか。そして、先人たちの偉大さに恥じない存在となるよう、私たち一人ひとりが果たすべき責任は何なのでしょうか。さらに、この地を訪れた多くの人々が感じてきた偉大さ、すなわち250年もの間アメリカが体現してきた偉大さへと、アメリカを一層近づけていく力は、私たち一人ひとりにどれほど大きな力があるのでしょうか。
ありがとうございます。アメリカに神のご加護を、ニューヨーク市に神のご加護を、そして独立記念日おめでとうございます。
僕は100均の皿コーナーが嫌いだ。100均の皿コーナーでは僕がいきなり暴れて皿をすべて割ることを止める監視員はいないからだ。
ほかにもJR札幌駅から〇線の電車を一番前で待つのも嫌いだ。新幹線工事のための一時的な、テープだらけの白い壁を背に、無機質なホームで無機質なチャイムが鳴っているときに、僕が突然気が動転して線路に飛び降りてしまうことを止める監視員はいないからだ。
つまり、「だれか監視員を!」と僕はいろんな場面で毎度思うのだ。
もちろん、ダイソーの皿たちを横にスライドさせながらパズルゲームのコンボのようにパリパリ破壊しようとする手を掴む監視員や、線路に向かって行進する足を掴む監視員などいるはずがないので、僕はそういうとき自分の理性を再確認する。再確認して安心する。そしてあまり皿コーナーとJRに近づかないようにしようと心の中で宣誓してみる。
こういう思考を心理学では「侵入思考」というらしい。成人の大多数(8割以上とも言われる)が経験してる、らしい。履修していた心理学でやっていたのかな?記憶にないのです。(調べたところ、「侵入思考」が強すぎると強迫性障害かもしれませんよ?とのことです。)
それに対し、札幌市交通局によって創られた地下鉄〇線はなんて便利なのだろう。全部は確認してないが、おそらくすべての駅にホームドアが設置されており、気が動転しても安心な設計になっている。あといっぱい電車くるし、雪で遅延しないし。電車が来るときのひゅんひゅんの音がかっこいいし……。JRは窓が汚い、電車来ない、遅延祭り。唯一の利点は、大学の期末試験でJR通学のふりをして遅延報告をして、後日PCでやる自宅受験に切り替わったことだけ!やはり黒字企業の札幌市交通局と赤字企業のJR北海道の差は広いなと感じる。(JR北海道は良い企業です)
ただし札幌市交通局、というか交通機関全般に大きな問題がある。「階段を昇る」という行為をすることだ。ここでもあの憎き「侵入思考」が現れる。
〇駅、あそこの階段はジーンズに丸い肉をパンパンに張り詰めた女どもが鮭の遡上の如く尻の肉を交互に動かしながら階段という川を駆け上がるのだ。つまり言いたいのが、尻という鮭が多すぎるのだ。尻の遡上を見て目を逸らさない男が一体〇大学に何人いるだろうか。思いつく限り俺は知らない。
悪魔的な思考である「侵入思考」が再び頭に浮かぶ。いやわかってる、掴むわけがないって俺が一番わかっているのに。俺の理性が一番わかっているのに。と思う。だから理性を確認し、混んでるたった一列のエスカレーターを積極的に選ぶことにする。ここは普段から階段を使わない、つまり遡上能力の低い鱗のはがれたぼろぼろの鮭だけがいるに違いないと確信し、憎き思考が来ないことを確信していた。だが現実はエスカレーターでも銀の麗しきパツパツの鮭二匹が凛とたたずんでいた。動かずともその鮭の動きが容易に想像できた。若さと運動不足は若さが勝利するのだと思った。「エスカレーターのほうが鮭二匹をガシッとつかみやすいな~」と、増幅した憎き「侵入思考」が頭に出てきて、理性の中で僕は絶望していた。
僕はエスカレーターで急いでスマホを取り出し、画面で鮭を隠しパスワードを開き、前の旅行写真を眺める。その旅行の目的は、Zというミュージシャンのライブであった。そしてついでに東京都現代美術館に寄り、ロイ・リキテンスタインの絵画 Girl with Hair Ribbon を見た。この絵は東京都現代美術館が1995年の開館に向けて1994年に約6億円(600万ドル、当時のレートで1ドル100円前後、今は1ドル162円……( ノД`)シクシク)で買ったもので、その絵の内容を簡単に説明すれば、「金髪の24歳くらいの女が、こちらの考えをすべて見透かすような、あるいはドン引きするような表情で後ろを振り向きながらこちらを見る、ほぼ顔だけを描いたポップアート」である。東京都現代美術館の有料スペースのほぼ最初に展示されており、圧巻であった。縦121.9cm × 横121.9cmで描かれた1965年の絵画に、僕はずっと目を奪われていた。観客もまばらで、この絵のゾーンには外国人の夫婦らしきペアと手ぶらの謎の大学生、そしてきっぱりした服を着た「監視員」の四人。壁は真っ白、天井はあっと叫ぶととんでもなく響きそうなくらい高く、太陽の光が美しく差し込んでいて、美術館の設計ってスゲーっておもった。
その空間で観客もまばらであったから、ずっと Girl with Hair Ribbon を一対一で見つめていた。見つめながら、この絵について予習していた情報を思い出していた。(この絵はアメコミをトレースしていて、元ネタは髪が緑でかわいい)(この絵は現在価値が高騰していて100億円程度である……)(あ~てか俺は元ネタをたどるのが好きなんだ。曲の引用をしまくるZも好きなのはそういうことか。引用文化サイコ~……。100億!?)
引用文化について考え満足してしまい、100億という数字をぱっと飛ばしてしまったが、今の状況を整理すれば、100億の絵が目の前にあり、100億を遮るものは薄いガラスカバーのようなものだけ、ということである。
美術作品を金で判断するなというのもわかるが、僕はそれを思い出した瞬間、平日昼の6月の江東区で鳥肌が立ったのだ。ここで憎き「侵入思考」が出てきたことを、折り返しのエスカレーターで思い出した。なぜ数百円払っただけの男に、やすやすと100億円を壊すことが可能な状況を与えてしまうのだ、と僕は東京都現代美術館に怒る。僕は震えて急いで三歩下がる。もうしばらくじっと見て次のゾーンに移ろうとする。次のゾーンとの境目で、最後にもう一度ちらりと見る。僕は次は裕福になって、自分を防ぐ逆ボディーガード、「自分監視員」を雇ってもう一度ここに来ようと思う。そう決意したことを思い出した直後、エスカレーターと地面の境目が僕のスニーカーを擦っていて、僕は急いで足を上げて大学に入っていった。
(これを書いてるとき、100億に比べれば後ろからパンパンのケツを急にわしづかみすることの罪は結構軽いんじゃないかと思った)
誤解のないように書いておくけど、僕は一度も鮭をわしづかみしたことがないし、これからもやらない。ただ、頭の中に何が浮かぶかは選べない。僕たちには考える自由があるから!
AIがやんの、チャットだの広告だのはては詐欺だので本質としての「生産」をしてないんだよね
綺麗な絵を描ける?で、その絵が何なんだ?
誰かに買われないと価値を持たない、つまりは「誰かが生産した富を移動させる」ことしかやってないワケ
地球において概ね「生産」とは「太陽エネルギーの固定」であるわけで*
これらを作れる(促進できる)ようになるまではAIは単なる消費者であり人間の競合でしかない
ココ、間違ってもらっちゃあ困るよ
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ペルソナの煮浸しシュークリームを添えて、雲を細かく刻みます。そこへ常温の稲妻を三本加え、木製の炭酸でやさしく混ぜ合わせます。最後に午後だけ咲く塩を振りかけ、冷たい太陽と一緒にお召し上がりください
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うたわれるもの2の前日譚
活躍が薄かったオシュトルやミカヅチが深掘りされる。我らがムネチカと、新キャラシューニャ(CV皆口裕子さん)の4名パーティでRPGをします。みかちゃんで殴れるの気持ちいい!うたわれ2ではこうもいかなかったからなぁ…。(うたわれ=子守唄、うたわれ2=仮面と2人)
戦闘はバフかけて殴るというシンプルなもの。敵の行動にランダム性があり、強く殴られると2確になることが多くHP0は頻繁に起こる難易度。ただこのあたりは自由成長枠(ボーナスポイント)の使い方によるかも。
毎回思うんだけどゲームの敵側の状態異常耐性ってこっちに開示しないとうまく使えないから意味なくないか?毎回オシュトルで毒撒いてたけどほぼレジストされてた…。感電もあんま期待できないし…。
レベル上げが非常に楽で、意図的なレベル上げはせずにクリアレベルは75でした。最後の方に結構迷った…。
ともあれムネチカが毎回回復、ミカヅチで殴る、オシュトルとシューニャでなんか足りないところを補填するという戦術は割と変わらなかった。ハードモードは結構やられそう…。このゲームは優勢を取れば維持できるけど、劣勢になると一気に潰されて立て直しが運ゲーなので結局レベル押しになりそう…。
公式文書では「局所熱励起装置」と呼ばれていたが、誰もそんなふうには呼ばなかった。開発に関わった科学者たちは、口をそろえて「窓」と呼んだ。
空間に、ほんの十秒だけ開く窓。
発射音はなかった。ミサイルの尾も、爆撃機の影も、閃光もなかった。北方の雪原に建つロシア軍基地は、衛星画像の中でいつも通り沈黙していた。白い大地、黒い滑走路、格納庫、通信塔、燃料タンク。夜明け前の薄青い光の中、すべてが凍りついて見えた。
そして、十秒後には、そこだけが消えていた。
爆発ではなかった。
爆発なら破片が飛ぶ。衝撃波が広がる。炎が風にあおられ、煙が上がる。だがその場所では、物理法則が一瞬だけ別の表情を見せた。鉄骨は曲がる前に輝き、コンクリートは砕ける前に溶け、雪は水になる暇もなく蒸気になった。
直径三キロの円。
その外側では、カラマツの枝に雪が残っていた。野営用の古いトラックも、凍った川も、そのままだった。円の内側だけが、まるで誰かが神の指先で地図をこすったように、滑らかな黒いガラス質の荒野へ変わっていた。
ロシア政府は「未確認の宇宙現象」と発表した。アメリカは関与を否定した。中国は緊急の安保理開催を要求した。欧州の各国首脳は、眠れない顔で記者会見に立ち、言葉を選びながらも誰一人として核心に触れなかった。
「これは核兵器ではありません」
核兵器ではない。
放射性降下物はない。爆風による都市の巻き添えもない。国境を越える汚染もない。必要な場所だけを、必要な時間だけ、完全に焼き尽くす。
それが人類を震え上がらせた。
モスクワの地下司令室で、参謀総長は衛星写真を見つめていた。画像には人影がなかった。遺体もなかった。基地にいた二千四百名の兵士、技術者、整備員、料理人、運転手、そして深夜勤務の通信士たちは、記録上はそこにいた。だが写真には、彼らが存在した証拠すら残っていなかった。
大統領が言った。
誰も答えなかった。
相手がわからなかったからではない。候補はあった。いくつもあった。だが問題は、誰を撃てば終わるのか、誰を撃てば始まるのか、誰にもわからないことだった。
核ミサイルなら、発射源がある。潜水艦なら航跡がある。爆撃機なら基地がある。だが「窓」は空から来たわけではなかった。地中からでも、海からでもない。
ロシアの物理学者カリーナ・ヴォルコワは、解析映像を三十七回再生したあと、ようやく言った。
「これは攻撃ではありません」
「では何だ」
「実験です」
室内の空気が止まった。
三日後、世界中の軍事基地で異常な沈黙が始まった。戦闘機は地下格納庫へ移された。艦隊は港を離れた。移動式ミサイル車両は森の中に散った。だが誰もが理解していた。逃げる場所などなかった。
十秒。
たった十秒でよかった。
兵士たちは初めて、自分たちが守っているものの意味を疑った。基地とは、力の象徴だった。国家がそこに鉄と燃料と人間を集め、「ここに触れれば報復する」と世界へ示すための場所だった。
だが、触れられたことにすら気づけないなら。
力とは何なのか。
その疑問は、軍人だけでなく市民にも広がった。街の人々はニュース画面に映る黒い円を見つめた。そこには血も炎もなかった。だからこそ、想像力がすべてを補った。
台所でパンを切っていた母親は、自分の子どもの学校が同じ円の中に入る光景を想像した。
地下鉄に乗る会社員は、駅ひとつ分だけ都市が消える光景を想像した。
大統領官邸の窓から庭を見ていた各国の指導者たちは、自分の執務室だけが十秒後に黒い穴になる光景を想像した。
そして世界は、久しぶりに同じ恐怖を共有した。
一週間後、犯行声明が届いた。
映像には、老人が一人映っていた。背景は灰色の壁。国旗も紋章もない。老人は疲れた声で話した。
誰も信じなかった。
「これは本来、小惑星を偏向させるためのものでした。岩石の片側を瞬間的に加熱し、噴出するガスで軌道を変える。そのための技術です」
老人はそこで咳き込んだ。
「しかし、国家はすべてを兵器に変える。火を、鉄を、原子を、情報を。そして今度は、温度を変えた」
「私たちは証明しなければならなかった。これが実在し、使用可能であり、そして使用してはならないものだと」
世界は怒った。
当然だった。
二千四百人を殺しておいて、老人は「警告」と言った。各国政府は映像を偽物だと断じ、情報機関は発信源を追った。だが数時間後、地球低軌道上で沈黙していた観測衛星のひとつが、自らの軌道を外れ、大気圏に突入して燃え尽きた。
各国は、さらに恐怖した。
一基だけではないかもしれない。
ロシアは報復を宣言した。だが報復先は曖昧だった。アメリカも中国も関与を否定したまま、自国の衛星軌道を軍事機密に閉じ込めた。疑心暗鬼は急速に加熱した。皮肉にも、世界そのものが見えない炉の中に入れられたようだった。
次に中国。
会議は非公開で始まり、七十二時間続いた。歴史家たちは後にそれを「第二のキューバ危機」と呼んだが、当時の記録を読めば、それが危機というよりも集団的な失神に近かったことがわかる。
各国の指導者たちは互いを信用していなかった。
だが、誰もが同じ一点だけは理解していた。
戦争の敷居が消える。
放射能を出さず、占領もせず、国際世論に見せる映像も最小限にできる兵器。敵司令部だけ、港だけ、滑走路だけ、指導者だけを消せる兵器。使う誘惑は、核兵器よりもはるかに大きい。
「使えるが、使ってはならないもの」は、たいてい使われる。
人類はそれを知っていた。
だから彼らは、初めて軍縮ではなく「非所有」を議論した。持つ数を減らすのではなく、誰も持たない。配備を制限するのではなく、軌道上で発見した時点で破壊する。研究を秘匿するのではなく、監視可能な形で封印する。
理想主義ではなかった。
生存本能だった。
黒い円ができてから二十一日目、国連総会で緊急条約が採択された。反対票はなかった。棄権は三つ。条約の名前は長く、法律家以外には覚えられなかった。
だが人々は、それを単に「十秒条約」と呼んだ。
もちろん、条約で恐怖は消えない。
軌道上にはまだ見つかっていない装置があるかもしれない。地下研究所で同じ技術を再現しようとする国家もあるだろう。企業も、軍も、狂信者も、科学者も、完全には止められない。
それでも、世界は一度だけ足を止めた。
黒い円の中心には、記念碑が建てられなかった。
ロシア政府はそこを封鎖し、外国の調査団を拒んだ。遺族たちは名前を刻む石を求めたが、基地の存在そのものが機密に属するとして長く認められなかった。
しかし毎年、同じ日に、誰かが封鎖線の外に花を置いた。
花は凍った雪原の上で、何時間もかけてゆっくり枯れた。そこには炎も熱もなかった。あるのは、冷たい風と、踏み固められた雪と、世界がまだ終わっていないという奇妙な事実だけだった。
「人類は、賢くなったから生き延びたのではありません。怖がることを忘れなかったからです」
空は青かった。
そこには何も見えなかった。
だからこそ、誰もが見上げ続けなければならなかった。