はてなキーワード: MMOとは
「難易度インフレPvE系コンテンツ」っていう言葉についてまず話すと、対人ゲームが『環境(メタ)や相手の動きの変化』を楽しむのに対し、音ゲーや弾幕STG、FF14のレイドみたいに、『追加される固定の理不尽(譜面やギミック)を、己の操作精度とパターン構築で乗り越える』ことを楽しむジャンルと定義しておく。
で、対人ゲーについてはFPSや格ゲー、DCGなど色々あるのに対して、難易度インフレPvE系コンテンツは音ゲー以外、複数作品があるレベルで盛り上がってるジャンルが無い気がするんよなあ。
MMO(の内、レベル上げより自分の実力を上げることに重点が置かれてるタイプのもの)は国内だとFF14以外あんま聞かないし、弾幕STGはもはや怒首領蜂最大往生以降ないんじゃないかなあ。(東方はそんな難易度インフレしないしなあ)
音ゲーが未だに複数作品あって、最近でもmaimaiのカレスコやチュウニのLinked_VERSEのような盛り上がるイベントができるくらいなのはなんでなんだろう。
色々考えてみたが
・曲を作るのがフリーコンポーザーであることも多く、コンポーザーのファンダムができて、より交流の幅が広がりやすい。
辺りかなあ。
仲良くしていた主婦の人とお別れしようと思う。
人がMMOに依存していく様を見て、なんとなく書きたくなったので書く。
しかし、繋がりたいタグなどでフォロワーが増える毎に彼女のMMO生活は徐々にキラキラしてきた。
まずは軽いフレンド交流から始まったそれは、元より距離バグ気味のあった彼女にはよい刺激になったらしい。
周囲の人が相方やうちよそ相手を組んで交流をしていると知った彼女は「私は主婦でうちよそは旦那公認!リアル発展の可能性もないのでおすすめ物件です!誰か声掛け待ってます!」と宣伝しまくるようになり、1年も経たずにめでたくうちよそ相手を見付けてゴールイン(結婚式ロールプレイつき)。
ゲーム内の花束のアイテムを持ってプロポーズ()をしたらしい。
ゲームの中での疑似恋人を手に入れたことで、彼女はより一層ゲームに自らの居場所を感じてのめり込み始める。
最初は「誘ってくれたら懐きます」「尻尾振ります」と誘われ待ちばかりであったが、身内と呼ばれるメンバーが増えたことにより本人の積極性が出てくると、いつの間にか彼女の月の予定はいつもフレンドと遊ぶ予定で埋まっているような状況に変化していた。
「こんなに予定で埋まってる笑」と周囲に自慢するようになり「あれ行きましょう!企画しますよ!」「私もついていきます!」「この日は空いているので都合のいい日があれば」ととにかく予定を入れまくるようになった。
「子供が成長したらいつ遊べるか分からないから」というのが彼女の考えだったが、子供が寝ている時間を見計らって…だったゲームも、子供が入らないように部屋に閉じこもりするようになっていた。
繋いだVCに子供の声が何度入り込んでも「子供は旦那が見てるから大丈夫!」
子供が部屋に入ってきても「いつも入ってこないようにしてるのにごめんね~!」と軽く謝ってゲームを続ける姿は正直怖かった。その頃彼女はもはや子供と遊ぶ時間を削ってまでゲームに熱中していた。
そんなに毎日遊ぶ予定を詰めていれば子供の体調によるイレギュラーも起きる。
時期は年末、子供旦那がインフルでダウンしていてもお構いなしに「私は元気なので行きますね!」とゲームで遊んでる始末であった。
子供が入院するかも…という時にさえ、「子供が入院したらしばらく遊べないから」と決めていた予定の日付を早めてまでフレンドと遊んでいた。
唯一彼女がドタキャンするのは自分が風邪でダウンした時のみであった。
同性だからそういう心配もないと言っていたうちよそ相手とは早々にオフ会で邂逅し、今や毎月オフ会をするようになっていた。
日帰りだったそれもいつの間にやら土日での一泊二日が普通になっていき、二日連続で別のオフ会に梯子して楽しむ姿もよく見るようになった。
誰々さんと遊びました~!と楽しそうに報告する姿も、それが家庭に3歳の子供がいる母親がやっているのだと思うと、素直にいいなぁとは思えなくなってくる。
誘う方も気が遣えないのか?なんて思うが、本人が「大丈夫!いける!」って言ってるのならそれを信じるしかないだろう。
平日昼間に子供の世話をしているにしても、一緒に遊んでいる相手に「お子さんは大丈夫なんですか?」と聞かれてしまうほど毎晩誰かと遊ぶ予定を入れてゲームに夢中になる様子も、子供の体調よりもゲームの約束を優先してしまう様子も、長期休みに家族の時間よりもオフ会に足を伸ばしがちな様子も、うちよそ相手と第二の恋愛を擬似的に楽しんでいる様子も。
もしくは、専業主婦にとってMMORPGというのはそれほどまでに依存性が強いのだろうか。
まだ物心もついていなさそうな子供は、毎晩21時になると消える母親に何を思うのか。
そんなことを思いつつ、きったねぇ部屋がSNSにあがる度に育児の息抜きと称してゲームするなら部屋くらいまともに綺麗にしろよとあら捜しを始めてしまうようになったので距離をおこうと思った。
以上。とはいえ1年半持ってるけどね。
一応凍結前クローズドβテスト、凍結後ネットワークテストとプレイしている。
リネージュ2Mのリリースを翌年に控え、業界全体がPC-モバイルクロスプラットフォームを前提に動いていた。
このテストの同時期にはロストアークJPサーバー(2024年クローズ)、V4(2023年クローズ)が走っていて、この両者がゲームとしてはともかくアプリの完成度は極めて高く、AAタイトル相当の出来だった。
一方ブループロトコルだが、Windows専用だった。そのうえ最適化が全く駄目で、PCが唸りを上げて破壊されないかヒヤヒヤした記憶がある。
イベントシーンの立ち姿は辛うじて戦えるレベルだったが、操作感や感触は正直リネージュ2無印レベルであり、これを2020年に出すのか?と思った
またこの時代、オープンワールドというかシームレスマップが行けるか行けないかの境目の時代であり、本作は行けなかった。
秋に原神という黒船が到来しなければギリギリ行けたかも知れないが、他の多くのゲームと一緒に時代遅れ扱いとなった。リリース凍結は順当。
正直、鹿しか覚えていない。
渓谷に囲まれた高台(そもそも何だその地形は?PS2のゲームか?)に登場するボスの鹿が突き飛ばし攻撃を繰り出してくるのだが、狙われたら最期崖下に突き落とされて死ぬっていう。
ビジュは良かったしイベントシーンのモーションが良かった記憶はあるが、ゲーム部分はエターナルカオス(ラグハイム)と変わらんなとメモに書いてあった(2001年のゲーム)
ちなみにこの2020年→2023年の時代を同時に駆け抜けたタイトルがサイバーパンク2077である。
2020年に発売されるも最適化不足で訴訟沙汰の大モメから、2023年にはパッチ2.0とDLC「仮初めの自由」が配信され評価された。
miHoYOは原神→崩壊スターレイルとリリースを続けていた。奇遇にもライザのアトリエ3も2023年だった。
あ、クラフトピアも2020年リリース→2023年シームレスアップデートだった。
でもそれ以外には無かった。ここで言う技術とはUnityやUnrealEngineを低レイヤーで触ることのできるコンピュータサイエンスや数学の事を指す。
学部卒のような素人ではなく、プロフェッショナルが活躍できる場所が日本のゲーム業界にはほとんど存在しなかった。
それは過去から2026年現在までも同じである。日本のゲーム業界には高度人材があまりにも少ない。
セガも、バンナムも、コーエーも、技術的にはしょっぱいゲームを作り続けている。
もちろん技術があれば面白いとか、なければつまらないとかはない。ただ大規模開発についていけない体質になった。
そして任天堂とソニーは自社ハードのスペックと販路の狭さという制約がある以上、作れても作らない。
スクエニはファイナルファンタジー蟻地獄に人材を注ぎ込んでいるので作れない。
超かぐや姫!は売り出し方が気に食わなく、なんとなく忌避していたのだが、信頼している友人がお勧めしてきたので視聴することにした。
普通に面白かったし、終盤の方はなんなら泣きながら視聴していた。
監督自身が長編映画の制作をあまり経験していないという背景もあるのだろうが、その辺の話は一旦置いとくことにする。
全体の感想として、全てがあまりにも舞台装置的であり、人間の心の深い葛藤というものは確かにあまり感じられなかった。
しかし、葛藤や反発の描写を重くすればするほど作品の消費カロリーも増えていく。
この令和の時代に、エンタメ映画の文脈でそれをするのは悪手なのではなかろうか。
少ない心理描写リソースの中で象徴的な親殺し(親から与えられた物語からの離脱)は行えていたし、全ての人間関係の描写をそういう記号だと思えば咀嚼できるだろうと思う。
竹取物語、推し活、Vtuber、MMO的VR、百合、親殺し、CGDCT、クリエイター、ビートセーバー、女装男子、Crazy Raccoon、表情描写のサンプリング、ミュージカル、ドラえもん最終回...
この映画は、全体的に記号と小ネタとミームのパズルのようになっている。
マリオの映画がファンを喜ばせる小ネタ満載であったように、小さな内輪ネタが集まって大きなものになったのが超かぐや姫!であると感じた。
あと、超かぐやの主人公に対して「恵まれすぎ」「ハイスペすぎ」と言うのは、悟空に対して「強すぎる」と言うのに近く、あまり意味のある批判ではないと感じた。
現代の人間として描かれているからこそ比較してしまうのだろうが、あくまでファンタジーの主人公であり、物語を動かすための装置として見るべき存在だと思う。
昨日リリースされた新作ソシャゲの戦闘要素が格段につまらない理由を書く
まずNTEはワールド探索が売りのゲームである。その過程で戦闘がある
原神のようなものと思ってくれればいい
例えばWキーを押したらゲーム内で10px動く、Aキーで左に90度振り向き5px動く、みたいな部分の感覚が結構ズレてる
ユーザーはこの操作ならこうなるだろうな、の予測をしながらプレイするけど、これがどうにもチグハグというか、期待しただけの移動が行われない
その落差が操作感の重さを強く体感させる。入力時間の割に移動量が少ない場合がラグく感じる。
レガシーなMMORPGの移動+戦闘(Lineage2とか)が一番イメージに近い。2026年でこれは致命的。
壁のよじ登り、壁のスライド移動は滅茶苦茶動けるので、これに揃えるくらいのスピード感はあっていい(落差が大きすぎて違和感になっている)
探索の途中で割と中ボスに遭遇する。別に強くもないし無視もできる
ただ相手にするには絶妙に戦闘時間が長いパターンも多くて、これが探索の面白さを削いでいる
空飛んで戻ってこない紙飛行機、ビルの上から突き落とすこいのぼりはゲームのスピード感を弱めている。
戦闘自体はゼンゼロを目指した龍が如く。操作感が重たいしスタイリッシュでもないし
こっちが被弾したときのモーションロスはデカいのに、ヒットさせた時の反応も薄い
インフィニティニキ(にも戦闘要素はある)の敵の方がまだ気合が入っている
ゼンゼロ、ペルソナ、龍が如くにある食らわせてやったときの気持ちよさが皆無。これ元MMOだった? ブループロトコル?
子供の頃って友達と遊ぶのに大した理由なんていらなくて、とりあえず集まってそっからなにするか決めたりとかしてた。
大学くらいまでの間に徐々に遊ぶ目的が必要になっていって、それでもまだ友達と遊べる選択肢は多くて迷うなんてことはなかった。
社会人になって遊びの質は変わっていき、趣味友以外での遊びが激減していった。
今は一緒に働いてないが今でもたまに会うような人がいたりはする。
だけどたまに連絡して最近どう?じゃあちょっと今月どっかでメシか飲みにでも行きましょ、みたいな感じで軽く会って話す程度だ。
同じ趣味を共有してたり、業種が同じだから仕事の話もできたりってのもあるんだけど、話が弾むということがほぼない。
お互いにあまりにも歳を取りすぎて、もはや伝えたい事があまりない、というのが一番大きい気がする。
互いの事に関心が持てないわけではない。でも~で~って感じだね、でほぼ全てが伝わってしまうし、それ以上言うことがない。
仕事の事、家族のこと、趣味のこと、あらゆることに熱量を持って共感し合うということがもはやないのだ。
端から見ればそれが大人であって、そんなもんだと思うけど、つまらないのも事実だ。
そういう付き合いというのも、言葉少なく顔だけちょっと見て、くらいのも居心地が悪いわけじゃないし良いものだとは思う。
でも内心どこかで、誰かと無邪気にくだらないことをして遊びたいと思っている。
大人同士での遊びとはなんだろう。
所ジョージみたいなことだろうか?芸能人じゃなくても、あんな感じで遊んでる大人はけっこういる。
でもどこか違和感がずっとある。「こういうのが楽しいんだよな」と無理やり言い聞かせてるようにも見えてしまうのだ。
もちろん本気で無邪気に楽しんでる面はあるとは思う。
だけどそれは個人的な心の持ち様であって、一緒に遊んでる人同士にはそこまでその「楽しんでる」を共有できてるようには見えない。
「こいつと遊んでるから楽しい」はもはやそこにはないのかなと思う。
ところで、知り合いで長い間なにかのMMOゲームだかで繋がってる友人関係を持つ人がいる。
話を聞いてるととても楽しそうで羨ましい。
彼らの間では既にオフラインでの付き合いもあり、互いの実社会での顔も知ってはいるんだけど、
それはそれとして今でも無邪気にゲームで遊ぶということができてるらしい。
話を聞く限りでは、彼らの中には「こいつらと遊んでるから楽しい」がまだ残っているように感じられる。
ゲームの世界に入り浸ることはどちらかと言えば現実逃避と思ってきた。
いやだからこそなのかもしれない。
コミュニケーションツールとしてオンラインゲームをうまく使っている彼らは賢いし、今の時代に合っている。
彼らの間の関係値もそれなりの希薄さはあるらしい。離れる人を引き止めるようなことはないし、
たまたまずっと一緒にやってきて長く続いた、みたいなとこはあるとのことだ。
それにゲームの中であれば歳を取ってもちょっと時間さえ合わせられればすぐに集まれる。
爺さん婆さんになっても続けられる趣味としても合っている。
FFオンラインでもやっとけばよかったかなとちょっと後悔してる。
まあ実際は色々あるんだろうけど・・
1 全ての他者に対して十二分な思考力・共感性・人格・人間的魅力を求めると消耗してしまう。人間、少なくとも一般的日本人はそこまでレベルが高くないからである
2 この問題に対して、「この世界はテレビゲームやシミュレーターのようなものであり、理解不能な行動を繰り返す他者はそういうアルゴリズムを与えられたNPCなのである」と考えるようにすることは高い効果が得られる。
3 他人が非効率的な行動や理解に苦しむ言動を繰り返していても「なるほど、このキャラクターはこういうアルゴリズムを与えられているからなんだな」と割り切れるようになるとかなり楽になる。
俺はインターネットに毒されたせいもあって、ちょっと現代人に対して期待しすぎている所があり長年苦しんでいた。
現代人はまともな人権意識や倫理観があるはずなのに何故ハラスメント行為を平気で繰り返すのだろうか・・・何故こんなにも非効率的な行動を繰り返して周りに迷惑をかけるのか・・・何故こんなにも無能で性格も終わっているのか・・・、などのことを日々考えていた。
「結局コイツらに本質的な知性や真っ当な人間性はなく、一見それらがあるかのように振る舞う習性がインプットされているだけの出来の悪い人工知能のようなものでしかないんだ」と割り切ってしまうと一気に楽になるということを。
そのイメージを固めるために俺はMMORPGやシム・ピープルのようなゲームを思い浮かべることにした。
この世界がある種のゲームであるならば、ゲーム全体には不特定多数のNPCとPCが共存しており、NPCは与えられたアルゴリズムに従って動くことで世界やPCに対して絶えず干渉し続けているという形となる。
その世界に存在するNPCの行動原理は時にPCからは全く理解不能であるが、それらに意思や目的意識は存在せず単に「そういうI/Oになっているから」以上の理由は存在しないのだ。
PCは彼らのアルゴリズムに直接干渉する権限はないのだから、「そういう現象」として扱う以外の道はないのである。
このようにして一部の他人に対して人間性の実在を疑ってかかるよう覚悟を決めると、まさしく蒙が啓かれたらしく世界の見え方が変わってきた。
たとえば1日に100回「死ね」の言葉を自分の机で呟き続けている人物が時折世の中にはいるわけだが、そういった相手に対して今までの私は「何か不機嫌になる理由があるのかな?私が不機嫌にさせているのかも?」と悩んでしまっていた。
だが、今の私は全くそんなことは考えない。
「なるほど、このNPCはアルゴリズムによって不定期かつ高頻度に罵声をブツブツ言うようにプログラミングされているのだな」で終わりだ。
これは本当に画期的だった。
「なんでこの人はこんなことをしているのか?アドラー心理学にでも考えてみるか?」と悩んでいたものが、本当にたったの一瞬で終わるのである。
私は一部の他人をNPCとして扱うようになったが、別に彼らに対して人権侵害を行ったりはしていない。
何故なら彼らは「種族:人間 役割属性:一般人 犯罪歴:なし~不明」のNPCであって、法治国家のルールによって守られる存在だからである。
たとえばある種の法律がシステムに組み込まれたMMOにおいて一般NPCを不当に傷つければそのプレイヤーのカルマ値はPCを傷つけたのと同じように低下していくわけだが、現実世界も同じような仕組みで動いているわけだ。
相手が「人間」の「一般人」である以上、彼らに対しての犯罪行為はPCに対して行っているものと全く同じように扱われると考えるべきだ。
だが、彼らに対して必要以上に優しさや配慮を振りまいてやる必要はないし、見返りが期待できないのであれば仲良くしてやる必要なんてないわけだ。
「他人はあくまで他人でしかないのだから、考えを理解しようと頑張り過ぎに適当に切り捨てるぐらいでいい」というだけの話ではある。
こんなことを理解するのに何十年もかけて自分流の補助輪を発明する必要があった私はNPC共を笑えない程度には知能が低いのかも知れない。
だがそれでも別にいいのだ。
世界の大部分がNPCに埋め尽くされているのであれば、その中でついた優劣でさえ「この世界は強めのNPCが複数配置されており、ゲームバランスが自分から見ると厳し目に設定されている」というだけで終わりなのだから。
たまたま設定された性能が高かっただけのNPCと自分を比較していちいち落ち込むだけ時間の無駄というものだ。
これを読んで「そっか、俺も同じ事悩んでたからやってみようかな🤔」と考えるPCやNPCがいるなら、よければ「試してみたぞ。ここをこうするともっと良くなる気がする」などと語ってくれたら幸いだ。
そもそも論としてこの手のまとめサイトは誹謗中傷のコメントを匿名掲示板から拾ってきて選んで載せてるんだから、あきらかに作り手の意思でやってるんだよね。「俺はただ拾ってきただけだから」なんてのは通用しない
↑トップ人気コメのこの主語の大きさでこの二つを括られるのはちょっと違和感あったので、書き残しておく
ちなみに筆者は新生ver2.1ぐらいからプレイして、暁月(ver6)まではリアルタイムでプレイ、黄金(最新のver7)で幽霊化(課金は継続)したプレイヤーです。
両サイトは暁月まではほぼ日課で見てて、黄金からはたまに情勢を知るために覗いてた感じ。
あとネトゲ速報っていうのが自分の中で馴染んでないので旧名のFF14速報と書きます。
この二つのサイト、FF14まとめサイトとしては老舗で自分がプレイし始めたころの前後にはもうあった記憶がある。
当初は馬鳥のほうが人気でFF14速報は2~3番手、ほかにはえふまととかがあったかな?
なので、当時はとりあえず最新の攻略の記事みたい、ユーザーのリアルな反応みたい、コメントしたいとかであればまず馬鳥だったと思う。あとはまぁ5chスレとか。
この頃は正直馬鳥含め、どのまとめサイトもそんなにお行儀良い感じではなかった。(まぁ、MMOのコミュニテイなんて煽り上等な部分もあるからね)
ただ年月経て、ネトゲ特有の色々な騒動・諍い(バトル&ジョブバランス・チート・MOD・ツール・レイドレース諸々)を重ねた結果、
一時期から公式が明確に「スタッフを攻撃するような言動は避けてほしい」という声明をPLL(公式放送)などで出すようになった。
この辺りから、馬鳥速報とFF14速報のあり方が変わっていったと思う。
まず馬鳥はコメントのモデレートが厳しくなった。それまではよくみられたネトゲコミュニティや5chノリで書かれた中傷に近いコメントがよく削除されるようになった。
FF14速報もやってないわけではなかったが、クリティカルにやばいやつだけは消されるぐらいの温度感で、どぎつい罵り・煽り合いは引き続きよくある感じであった。
記事の取り上げ方も違いが出始めて、FF14速報のほうは良くも悪くも運営忖度なく速報性と話題性を重視して炎上・スキャンダルネタもどんどん上げていたのに対して
馬鳥の方は運営側目線だとセンシティブにならざる得ないトピックの場合、とりあげない・状況をみて上げるといった姿勢が見て取れたと思う。
なので、時には馬鳥は運営に忖度してるとか言論統制とか言われたりするのをみることもあった。
(一応補足すると、馬鳥がじゃあそこまで清廉だったかというとそうでもなく、ジョブバランスなどでコメントバトルが起きるなどは普通にあった)
結果どうなったかというと馬鳥から徐々に人が離れてFF14速報のほうが盛り上がるようになっていった。
皮肉な話だが、やはりMMOにおいてバランス談義だったりレイドレースにおけるチート&ツールスキャンダルだったり、忌憚なくコメントできる場としてFF14速報の方に分があったということかと思う。
コメント100を超えることが珍しくなかった馬鳥で10~30程度しかつかなくなることが多くなった代わりに、FF14速報の方は煽り合い上等でコメント欄がどんどん盛り上がるようになっていった。
特に、黄金になってゲーム自体のユーザー評価が落ちてからは、スタッフへの揶揄ときには暴言も厭わない状況が続いてたと思う。
で、最終的にFF14速報改めネトゲ速報がスクエニから訴えられて<イマココ、ってわけなのだけれど。
今回の馬鳥閉鎖の管理人コメントにも理由の一つとして以下のようにある。
さらにまとめサイト「ネトゲ速報」が閉鎖されあちらのユーザーがこちらに来ているのかコメントの対応・削除などが非常に大変になりました。
長年両方見てきたものとしては「まぁ、そうでしょうね」と言わざるを得ない。
サイトから人がいなくなるわ、治安悪い人種が戻ってくるわ、さらにゲーム自体の評判も芳しくないわでそりゃ運営モチベも続かんであろうというのは想像に難くない。
ただ、残念に思うのは馬鳥のほうは、基本的に治安良くないまとめサイトではあるが、その範疇でここ数年それなりに運営の方針に沿った姿勢をみせていたにも関わらず、この結果に至ったことだ。
それを見続けてきたものとしては、やっぱり「まとめサイトだから」でこの二つを一括りにされてしまうと、どうにも座りが悪いのでこうして文を残すことにしたわけである。
新パッチが当たるたびに、装備の写真を上げてくれたり(ミラプリ勢としては重要)、攻略動画のリンクまとめてくれたり、ほんと助かってたよ。
漆黒〜暁月の最盛期すごかったよな。人気キャラ投票とかやって、コメント付きで記事あげてくれたりしてたよな。メインシナリオ考察まとめとかもよかったよ。
ある。ゲーム内インフレは「通貨供給が増えるのに、通貨の吸い込み口(シンク)が弱い」と一撃で崩壊する。
現実のハイパーインフレと同じで、「金があるのに買うものがない」「価格表が意味を失う」状態になる。
有名なヤバい例を挙げる。
金(ゴールド)が実用的な価値を失って、実質的に「Stone of Jordan(指輪)」が通貨になった。
拡張を重ねるごとに金が刷られ続け、昔は大金だった額が小銭化。
その結果、価格の桁が膨れ上がり、最終的にBlizzardが「ゴールド上限」「修理費」「マウントの超高額販売」みたいなシンク強化をやらざるを得なくなった。
ボス狩りや金策で通貨供給が増える一方、シンクが弱いと物価が暴騰しやすい。
結果として「税(取引所手数料)」「アイテム消滅システム」みたいな中央銀行ムーブが必要になる。
インフレというより「特定資源の供給爆増→資産価格の歪み」がヤバかった例。
採掘・生産効率の変化で経済が極端に偏り、運営が大規模ナーフで金融引き締めみたいなことをした。
『Ingress』は2012年のローンチ以降、位置情報ゲームという新しいジャンルを切り拓いてきた長寿タイトルである。
2021年2月のサブスクリプション型C.O.R.E.導入は、Ingressが短期的な成長や拡大ではなく、長期的な継続を前提とする運営フェーズへ移行したことを象徴的に示した施策であった。
このフェーズでは、プレイヤー人口の漸減やイベント収益の不安定さといった長期運営特有の課題に向き合いながら、競技構造やイベント設計の再配置が進められてきた。
さらに、2025年5月、Niantic, Inc.の一部事業がNiantic Spatial, Inc.としてスピンアウトした。
Ingress運営も同社が担うことになり、以降の運営モデル再構成に大きな影響を与えた。
本レポートでは、2023年以降のXMアノマリーを主軸として、この長期存続フェーズにおけるIngressの運営設計を整理する。
まず前提として、サブスクリプション・日課・シーズン制・勝敗の循環といった要素は、MMOやライブサービスにおいて広く採用されている。
この意味で、Ingressの近年の運営方針はMMOとして特異なものではない。
重要なのは、Ingressが新しい運営形態を始めたかどうかではなく、既存の運営原理がより明確な形で表面化したという点である。
これらの要素により、運営の調整やルール変更が、プレイヤー体験として強く意識されやすい構造を持っている。
2023年のMZFPK (Q1)、Ctrl (Q3)、Discoverie (Q4)シリーズでのグローバル戦の模索を経て、2024年以降、XMアノマリーは、
また、30,800 CMU前後のロードアウトキットは、結果としてイベント参加における一つの基準価格帯として受け止められるようになった。
さらに、2024年シリーズからは、Immunity Instability(ポータル耐性の不安定化)が導入され、バトルの不確定要素が強まった。
この時期の主眼は、参加形態の多レイヤー化と運営の安定化にあったと考えられる。
2025年には、
が導入された。
これらは、XMアノマリー自体の多様化だけでなく、日常的な継続プレイを促す施策として整理できる。
plusGamma (Q1)シリーズでは、
などを通じ、高負荷になりがちなプレイの調整が意図されている。
XMアノマリーの設計は、長期運営の観点では合理的に整理されてきた一方で、プレイヤーの側から見ると、いくつかの不整合を孕んでいる。
第一に、参加形態の多レイヤー化は、結果としてAnomaly Site現地参加の相対的な価値を低下させている。
グローバル戦やローカル戦が並立することで、勝敗への寄与は分散され、現地参加が担っていた「決定的な場」としての位置づけは弱まった。
第二に、ロアの比重低下は、XMアノマリー全体における勝敗の重みを弱めている。
かつてロアは、勝敗に物語的意味を与え、反復的な行動を「役割」として位置づけることで、競技そのものへの納得感を支える装置として機能していた。
これは運営の失策というより、長期存続を優先した設計の帰結であろうが、プレイヤー側にとっては不条理として受け取られうる変化でもある。
Niantic Spatialは、自らを純粋なゲーム会社ではなく、地理空間AI・リアルワールドデータを扱う企業として位置づけている。
その中でIngressは、
Ingressは単なるゲームではなく、リアルワールド体験を継続的に設計・検証するための基盤でもある。
Ingressは、拡大は見込みにくい一方で、長期的な行動データとコミュニティを保持している点で、Niantic Spatialにとって価値の高い存在である。
安定した運営モデルを確立することは、Ingressを「終わらせない」ためだけでなく、空間コンピューティングやリアルワールド体験の実験場として維持するため、という側面も持つ。
Ingressは、成熟期を越え、「終わらせないこと」を前提とする長期存続フェーズに入ったライブサービスである。
XMアノマリーをめぐる違和感や評価の分かれ目は、この前提をどう捉えるかに集約される。
では、XMアノマリーは「競技」なのか、それとも「維持装置」なのか。
XMアノマリーは、プレイヤーにとっては競技であり、運営にとっては維持装置である。
勝敗や戦略は依然として存在するが、その重みは長期運営を前提に調整されており、目的は優劣の決定そのものではなく、陣営対立やコミュニティ活動を持続可能な形で循環させることにある。
この変化は、2021年のC.O.R.E.導入以降に明確化された「終わらせないための設計」と、2025年のスピンアウトによって組織的に固定された運営方針の延長線上にある。
しかしそれは、ゲームが変質したというより、長期存続を選んだ結果が明確に見えるようになったと捉えるべきだろう。
なんかオタクっぽい趣味しか持ってないし外見もブサイクだし童貞なのって流石にそろそろ良くないと思ってきた42歳。
エンジニアだからオタクでもいいんだ!だって職場の机の半分ぐらいはプリキュアとか艦これとか置いてあるもん!でやってきたがこのままだと親父の葬式とかでも「マスちゃんって今でもオタクなの?子供の頃はハリー・ポッターみたいな顔だったのに今はもうヴォルデモートの方が近いわね」って言われてしまう!!!
なにかないか?
まあ、王道の奴は駄目だったけどな。
料理→食えれば良いを極めた結果、安全性が200%になるまで火を通した素材の味を楽しむ食べ方で満足するように。1に安全2に栄養、3が値段で4が日持ち、味を求めるのは貴族がやること。
運動→腕立てサイコー!3日に1度50回やるだけでなんかめっちゃ運動したことになる!ジョギングはゴミ!30分走らないと効果がないとかMOBAやMMOやってるような暇人が考えたのかよ?!
創作→AIで十分。つうか創作にするまでもなく、AIチャットと「ジークアクスのマシュとFGOのマチュが入れ替わる二次創作とか面白そうだよね」「わかるます。マシュマーセロも名前が似てるから巻き込みましょう」みたいな会話するだけで創作でえたかった栄養がもっと早く摂取できる
旅行→時間と金の無駄。宿代と移動費だけで3万出す神経が理解不能。聖地巡礼したからってなんだよ「ここがかがみんの歩いた道か~~」みたいな事つぶやきながらアクスタの写真SNSにあげて10いいね貰うことに意味が見いだせない。
いやー、マジでなんも思いつかねえな。
さっきまでこづかい万歳(4日まで無料だ)読んでたらなんか俺も人に言えるような趣味を持ちたいと思ったけどさ、そもそも趣味を人に言うと他人からの「そういや最近どうなの?」に備えなきゃいけないから人生にキショい雑念が入り込むだけだな。
いっそ「マスちゃんはオタクだもんね童貞でもしょうがないよね。ヴォルデモートみたいな顔になるのいいけどハグリッドみたいな太った犯罪者にはならないでね」とか言われながら過ごす人生を割り切ったほうがまだ楽しそうだわ。
はぁ、けいおんに憧れて楽器弾けるようになったオタクみたいなのを羨ましがってないで音楽理論の勉強でもするか。
あーでも音楽理論の勉強とかもAIが流してる曲の音楽理論全部解説してくれるようになればいいだけなのに進歩が遅いから人間が学ばなきゃいけないだけだし5年後には無意味になってそうだなあ。
マジAI強すぎるわー。
ドラゴンクエストシリーズは言わずもがな国民の大半は知るRPGだ。
自分はシリーズの中でもMMORPGとして13年続く10が1番好きで、サービス開始時は親のサブキャラをもらって遊んでいた。当時は小学生で初めてのドラクエかつ当然ながら初めてのオンゲだった。
その後親の引退などなどなんやかやありつつ現在は自分のアカウントを持ち、サブキャラ時代も合わせれば10年以上遊んでいる。
そんな私が思ったことをつらつらと述べていく。ミリ知ら向けに軽く解説は挟むが、基本的にDQXのあれそれを知っている前提で話させていただくのでご了承願いたい。
さて、DQXにはキッズタイムなるものが存在している。DQXは遊ぶのに月額料金が発生するが、子供でも遊びやすいようにと堀井雄二氏の提案により実装された、無料で遊べる時間帯というものだ。
今回これが廃止になるという。理由は当時の子供が成人したこと、利用者の多くが成人であること、年々このキッズタイムの利用者が増えていること。
Yahooニュースなどでも取り上げられており、記事のポストについた引用や返信は「おじさんおばさんお金払えよ」が大半のように思う。
もちろんのことながら一切お金を落とさず平日の16-18時に遊ぶ残念なおじさん達が排除されるのは賛成だが、手放しに喜べる問題ではない。
なぜなら自分はこのキッズタイムをやや利用している成人済みの若者だから。ゆえにこの立場から色々と思うことがある。
①当時の子供は成人していること
これについてはその通りだ。なんせサービス開始13年の大御所MMO。当時7歳ですら成人している。
これについては分からなくもない。自分も利用することがあるのでおそらくその一部だ。
だが、私の下の兄弟もDQXを遊んでおり、未成年ゆえに月1200円の利用券は重たく、課題でそんなに遊べないこともあるためキッズタイムを利用している。
兄弟は通信制高校に通っており、年に数度ネット遠足と称してDQX内で遊ぶ学校主催のイベントが行われている。兄弟もこれに参加しており、同年代の友達をDQX内で得ていた。
この事実からも分かるように存外未成年は存在する。DQX人口の99%が成人済みだと思うが、いないわけではない。
ビジネス的なことを考えれば1%未満のためにサービスを存続させるのは無駄かもしれないが、彼らは原神やValoなどいくらでも無料で人口の多い新しいゲームがある中でわざわざ遊んでいる顧客である。
ゆえに子供という新規の顧客を掴むことを完全に諦めたかのような方針だ、と私は思ってしまう。
これに関しては運営の方針が悪い、と思ってしまう。他責ではない。
まず利用券の値上げが大きいだろう。去年から利用券の値上げが始まり、月額1200円になった。以前は月額1000円だったのが20%アップだ。
月200円の増加は大したこと無くとも、1年払えば2000円を超える。じわりじわりとお財布に継続スリップダメージが入る。
そうなると、自分のように大型アップデートの後に利用券を買い、飽きたりやる事がない間はキッズタイムでまばらに遊ぶのがいちばんゆるく長く続けられる。念の為付記するが私はここ1年ずっと利用券を買って遊んでいる。最近は楽しんでいるが、2〜3年前はそういう遊び方だったしおそらく今後もそうなる可能性があった。
私含め、廃人ではないゆったり続ける層は2択を迫られることになる。
月額料金を課金するか辞めるかだ。
月に1週間やそれ以下の日数しか遊ばないものに1200円の価値を見出せる人は払うだろうし、他のことにお金を使った方が有用だと思った人は離れていく。
私はちょうど飽き始めている頃なのでじきに引退状態になると思う。その時復帰する足掛かりは無く、飽きて一度辞めてしまったものをお金を入れないと再び遊べないのは少々煩わしく思うだろう。
カムバック歓迎のサービスの一環としてカムバック時にフリープレイが付いてはくるが、期間はそこそこ短く当てにはならない。
正直なところ、今のDQX運営はユーザーを侮っている気がしている。
今回のキッズタイム廃止によって、この層がみんな月額料金を払うだろうと高を括っているのでは?と思う。
苦渋の決断と言ったのは堀井雄二氏の意向を曲げることに対してであり、顧客である我々にサービスを停止してしまうことではないように思う。
邪推なのかもしれないが、そう思うほどに現在のDQX運営は集金にがめつくて仕方がない。
そしてキッズタイム廃止理由に、サブスクの浸透により月額料金支払いに対する抵抗感を減らすクッション的役割が必要無くなったといった旨の発言もあった。
だが、私はむしろ逆効果のように思う。アマプラやYoutubeプレミアムと同等の値段を払わないと遊べない利用できないサービスは基本無料が浸透した現在においてかなり少ない。というかサブスク自体大抵が無料で享受できるサービスの、更なる質の向上の為にある。
お金を払わないとサービスの土台にすら上がれないというのは、時代と逆行している上に新規獲得を諦めきった姿勢だ。
お金とサービスの等価交換はビジネス的には正しい。しかし顧客商売において新規獲得を完全に諦めてしまえば待っているのは緩やかな衰退だけだ。
幸いなことにDQXは廃課金勢が沢山いる。ドレア勢ハウジング勢のダイヤモンドランク常駐者、鬼神石や修練の心得などバトル系アイテムを沢山購入する人、そして複垢勢。廃課金者が数人いればソシャゲは運営可能らしいので、DQXというビッグタイトルのゲームがサ終を迎えるには早くとも10年以上かかるだろう。
しかしそれは介護のように段々と弱り、死へと向かう姿を見ることとそう変わりないように思う。
だが、長生きはしてほしい。
矛盾しているが、結局10年以上かけ10代20代の貴重な数千時間を注ぎ込んでいるので、簡単にくたばらないでいただきたい。
終わらないドラクエが終わらないことを願いつつ筆を置かせていただく。
今我々が現実だと思っている世界は実は機械が我々から電力を得るためにソケットにつないだ状態で脳に刺激を与えることで感じさせられているだけの世界だったって話だっけ。
だとしたらなんでMMOみたいに複数の脳を一つの共有世界に入れる必要があったんだっけ?
普通にスタンドアロンで全く同じ人生を80億人分くらい同時並行で流したほうが管理が簡単だったと思うのだけれど。エラーの検出も簡単だろうし。
なんですべての肉体に別の人格を流し込んでそれを共有世界である程度自由に動かして管理する必要があったんだっけ?
と思って色々調べてみたらそもそも初期案では人間電池の話じゃなくてニューラルネットワーク、クラウドコンピューティングの話だったので人間の脳を並列接続してそれぞれ別の処理を走らせるという設定だったけど、プロデューサーからさすがに難しすぎるから……って言われて、別にそこは重要じゃないからオッケーっつって変更したらしいって話が出てきてほなMMOが正しいかぁってなった。
今、ゲーミングPCを組もうとすると最低ラインで20万近くかかる。
メモリは同じ程度でもグラボと電源でモリモリ金を持ってかれる。
もうすぐ32GBでは勝負にならない時代が来るだろうから、メモリ2万が必要になり、事務用との差額は10万となる。
いや、その頃にはグラボも値上がりしてグラボだけで7万ぐらい持ってかれるかも。
それだけしても最低ラインの話で。
中堅を目指すなら10万上乗せの23万を覚悟したほうがいい。
昔は違った。
昔は4万ぐらい上乗せすれば中堅だった。
2万5千円のグラボと1万円分のメモリと5000円アップした電源で世界は全く変わった。
最新のMMOだってグラのレベルを少し落としてやれば余裕でプレイできた。
13万の物を買う時に4万増やすだけで最新ゲーム機なみの性能になるし、余ったメモリ量のおかげと内蔵GPUを使わないことによるメリットで事務作業も捗った。
コンシューマーを買うのが情弱とされていたような時代が確かにあった。
今現在、既にゲーミングPCを持っている人間にとっては「ゲームは無料で貰えばいいんだよ」は普通に成立する。
全部貰い物だ。
一部はディレクターズカットが含まれるが、500本は貰っているだろう。
アマゾンプライムのおまけ(旧TwitchGame、現AmazonLUNA)やSteamでの無料配布をコツコツ溜めたのも入れていてけばもう500本はあるだろう。
これに、基本無料ゲームという選択肢が加われば、「質は置いといて量は人生10回分程度」が確保されている。
質を選んでいっても消費速度が追いついてない。
Steam基準の非常に好評以上を遊ぶだけでも私の消費ペースを供給ペースは上回っている。
というか、アクナイや鳴潮みたいな基本無料ゲームを「2ヶ月遊ぶ→1年程度寝かせる→アプデされた所をさっさと消化する」のループで処理するだけでマジでいくらでも時間が足りなくなる。
当然、有料で金を出すことだってある。
セール時に80%OFFになったタイミングで圧倒的に好評で気になったものを買い込む程度だが、積みゲーは次々に溜まっていく一方だ。
厳選しているはずなのに不思議な勢いで溜まる。
80%OFFというセール価格はもはや投げ売りに近いと言っていい。
中古屋でもこのレベルになるのは10年前のゲームばかりだが、Steamでは5年や3年でここまで行く。
昔のゲームを3本セットにして半額にして更に60%オフみたいなウォーズマン理論みたいなことになってるのだってある。
1本500円とかだろう。
コンシューマー環境でもDL販売は発展しており、昔のゲームがセットで大安売りなんて普通にやってる。
大手マルチプラットフォームゲームはPS5だったら余裕で遊ばせてもらえるし、なんならスマホでも十分なゲームが遊べる。
「PCだったらゲームは無料で貰える」と言った所で、ホグワーツレガシーみたいな大当たり(来週の木曜までEPICで貰えるからPCゲーマーは絶対貰えよ)が来るのは年に数回程度。
そのうち2本でも遊べばセール価格で考えても年間で1万程度得してる感じはある。
年間およそ1万5千円ぐらいの得(?)をしていると思う。
年間1万5千円、5年で考えたら7万5千円だ。
こうなってくるとふと「あれ?これもうコンシューマー買えばよくね?」となってくる。
今はまだ「まあ、安くは済んでるから」と言える時期だ。
だが、ゲーミングPCのコストがコンシューマーゲーム機と比較して高くなっていけばこの理論は崩れる。
「安く済ませたいならコンシューマー機買ってサブスクサービスに入った方がよくね?」となってしまう日はもう遠くないだろう。
いや、もうとっくに来てるのに俺が一度組み終えた愛機に固執してるだけやも知れぬな。