富士通がソフトウェア開発の全工程を自動化し、生産性を100倍にしたらしい。
もうこのニュースが流れてきた時点で、ああ、いつもの残念なJTCしぐさだなと即座にわかる。
以下はキーボードの運指と頭がサビ付かないように全て手作業でお届けする。
IR資料を読むときのコツで教わった社会人も多いだろうが、日本企業は情緒的に文章を書く癖がある。
情報と意図と情緒を切り分けて書く技術が無い、というよりも、そういった文章は血が通っていないとして嫌がられる傾向がある。
いいとこの大学出たなら卒論指導でさんざん言われたろうにとも思うが、結果が出ませんでしたを上手く言い換えるとジャーナルに載るのはどの学部でも似たり寄ったりだろう。
というわけで、基本的にIR資料だろうがプレスリリースだろうが、派手で思い切りが良いことは言いたいことで、言いたくないことは黙っているのがJTCしぐさだ。
流石に、良識ある社会人がいたであろう今回のプレスリリースをちゃんと読むと、何が行われて何が行われなかったがわかる
これだけだ。
要件定義から設計、実装、結合テストまでを一通り全部で3人月なら、まあ、チームで2週間くらいで検収待ちまで持っていける規模感だろう。
最近のAIエージェントの性能を見ていると、4時間"も"かかるのか?という気がしないでもない。
仕様決める人間のレビュアーが1時間も面倒見て、テストの通り具合を5分x3回程度で通るような気がしなくもない。
たぶんまたプレスリリースありきでスタートして、現場が苦悩しているんだろうな、という気持ちしかない。
300余件の変更案件の実証実験において、これだけ華々しくプレスリリースを打って謳えるものが1件しかなかった。相当に厳しい状況だと思う。
1人月は概ね20人日、1人日は8時間と言うのが相場なので、160時間x3=480時間ということで、120倍の性能になった、と言いたいのだろう。
ただ、そういう細かいことを言うと、キリ良く100倍と言えば良いじゃないか!という鶴の一声があり、現場が反対しても無駄だと学習性無力感に打ちひしがれているのが目に見えるようだ。
要件定義から自動化していると言うが、何を投入したかについて、どのように切り分けて与えたかについての情報が何もないので、そこで適切な課題に切り分けた職人がいたような気がしなくもない。
要件定義が失敗しないような絶妙な切り取り方をして情報を与えて、なお、1件しか成功していないので、かなり難しいんじゃないかな、という気もする。
ただ、構造的にスケジュールが先に決まっているからテストを切り飛ばすみたいなことが出来ないので、品質は上がりそうな気がするのが、非常に残念な気持ちにもなる。
まだしも、120倍の効率アップになったと細かい数字が出てれば救いがあるが、そういったものもない。
出されているものを素直に見ると、自動化に成功したのは驚異の0.25%!(400件中成功1件)というようにしか見えず、ああ、全工程自動化というお題目だけが独り歩きしているのだろうな、という気持ちになる。
この調子で、結果が出るか分からないのでなんでも食わせてみて成功したものだけピックアップしてやろうという意欲だけが見えて、最初に投入する部分を担当する部署の心痛が脳裏をよぎる。
最初と最後を人間が担当する巨大なガチャマシーンの運用のつじつま合わせのために、コーディング結果から逆算した要件の素を投入して、事前に確認しておいたコードに近似した結果が出力されるかをチェックするという大いなる無駄が生まれる予感しかしない。
適宜人間のエキスパートが伴走する、高速化装置として使えば良いのに、立派なお題目を掲げた役員が居たが故に身動きが取れなくなって自滅するいつものパターンに見える。
一人親方以外の勤め人が、生成AIによる自動化で恩恵を受ける未来は来ない。
何故なら、人月主義から顧客成果提供ベースになろうとも、請求書に顧客成果提供ベース割合で金額を載せられないからだ。
サラリーマンはサラリーが生産性の算出変数であって、顧客価値には微塵も価値が無い。人月商売も同様である。
顧客価値にこそ仕事をする価値があると思わせるのは会社側の仕事であって、そこを飛ばしても雑な仕事が増えるだけである。
死刑囚に墓穴を掘らせるのは効率は良いだろうが、率先して要領良く穴を掘るような囚人を想像することは難しい。
富士通、ソフトウェア開発の全工程をAIで自動化 “生産性100倍”に 独自LLM「Takane」活用
https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2602/17/news086.html
大規模言語モデル「Takane」を活用し、ソフトウェアの要件定義から設計、実装、結合テストに渡る全工程をAIエージェントが協調し実行するAIドリブン開発基盤を開発し、運用開始
https://global.fujitsu/ja-jp/pr/news/2026/02/17-01
ぶん投げたあと高速で滑りながらうまくキャッチするところが少しおもしろい
体操の輪っかとかリボンを空中に投げてる間に下でいくつか技を出したのちキャッチするあれも好きだねー
置きビームみたいでかっこいい
お前の方がキモくないよな
それはそうだ
そしてウケを売る行為は、しばしば論理を売り払う行為とセットになる。
つまりポピュリズムとは、価格メカニズムではなく感情メカニズムに最適化した政治的アルゴリズムであり、その本質は整合性の破壊だ。
ここで重要なのが、長年の発言記録との整合性である。これは単なる人格チェックではない。これは政治家の政策ルールが本当にルールとして機能しているかを検証する、極めて合理的な監査装置だ。
要するに、整合性の欠如は情報の欠如ではない。インセンティブ設計の破綻である。
ポピュリズムの政治家は、基本的に人気最大化という目的関数を持つ。これは市場で言えば、短期売上だけを最大化する企業と同じだ。
すると当然、政策は長期の制約条件ではなく短期のスローガンに変換される。
結果として起きるのは何か。政策が一貫した因果モデルに基づかない。つまり、昨日の主張と今日の主張が同時に成立しない。
これは単なる矛盾ではない。理論なき裁量であり、言い換えれば政治版の自己放尿だ。
自己放尿とは、現実の制約条件を無視して気持ちいい物語を垂れ流す行為である。
さらに悪いのは、本人がそれを政策だと思い込んでいる点だ。これはもはや合理的期待形成を破壊する、純度100%の自己放尿である。
ルールに基づく政策は、予測可能性を供給する。予測可能性は、経済主体の期待を安定させ、インフレ期待や金利プレミアムを抑制する。
つまり裁量政治とは、期待形成にノイズを注入する行為であり、マクロ経済のトランスミッションメカニズムを破壊する行為である。
なぜなら人気最大化は、政策ルールではなく、世論調査という外生ショックに反応するリアクティブ関数だからだ。
期待を破壊する自己放尿であり、信頼を燃料にして走る社会のエンジンに砂糖水を入れるようなものだ。
発言記録とは、政治家が過去に市場へ提示した政策コミットメントの履歴である。
整合性がある政治家は、少なくとも自分の中に因果モデルを持っている可能性が高い。
つまり、発言記録の矛盾は、思想の進化ではなく、選好の不安定性を示す。
整合性がない政治家は政策を語っているのではなく広告コピーを更新している。
これは政治の皮を被ったマーケティングであり、政策の皮を被った自己放尿である。
ポピュリズムがなぜ矛盾しやすいか。答えは単純で、制約条件を無視するからだ。
財政制約、政府の予算制約、インフレ制約、国際収支制約、資本逃避制約、人口動態制約。
ところがポピュリズムは、これらを説明が難しいからといって無視する。
つまりポピュリズム政治家は、社会を舞台にした報酬最大化エージェントであり、政策はただの行動ログだ。
ここまでくると国民のためではなく支持率のための自己放尿である。
そして最悪なのは、国民がその自己放尿を優しさと誤認することだ。
こいつは嫌いだという情緒の話をしている時点で、すでに相手の土俵に乗っている。
つまり過去の発言との整合性という監査フレームを社会に導入することだ。
整合性チェックは、ポピュリズムの最大の武器である記憶の短さを破壊する。
昨日「金融緩和は危険」と言い、今日は「景気のために緩和」と言う。
昨日「市場は信用できない」と言い、今日は「株価を上げろ」と言う。
さらに言えば、整合性チェックは政治家の言葉の価値を市場価格のように評価する行為だ。
発言に一貫性があるなら、その政治家の発言は信用プレミアムを得る。
政府が何かをすることよりも、むしろ政府が予測不能に動くことへの懸念が市場にはある。
計画を破壊すれば投資は減り、成長率は落ち、インフレ期待は歪み、通貨は弱くなる。
「状況に応じて柔軟に対応します」という言葉は、聞こえは良いが、実態は裁量主義の免罪符である。
そして裁量主義の帰結は、政治家の自己満足と国民の負担のダブル放尿である。
ポピュリズムは、短期の人気を最大化するために、長期の整合性を捨てる。
気分が政策になると、社会は不確実性プレミアムを支払うことになる。
そしてそのコストは、増税でも国債でもなく、最終的にはインフレか成長停滞として国民が払う。
「何を言ったか」を覚えること。
「何を言い続けているか」を照合すること。
それは、政治家に対する最も安価で最も強力な市場規律であり、ポピュリズム自己放尿を干からびさせる、最小政府的な防衛装置なのである。