はてなキーワード: 功罪とは
それはそれで良い。
それが何故かをブラジル戦以降考えていたので吐き出しておきたい。
結論から言うと、「とにかく結果責任から目を逸らす」という点なのでは?と思い至った。
日本代表を、検証不能な成長物語として消費する文化に辟易しているのだ。
あえて諸条件を無視して結果だけを並べれば、2002年初のベスト16から24年間何も成果を上げていないのである。
日本人選手の実力は上がった。
おっしゃる通りだ。
だが結果は?
結果で見れば何の成長もしていないのだ。
この痛い現実からとにかく目を背けているように感じてならない。
「個人の圧倒的成長」
「世界を目指す」
「夢に共感」
「...会社の売上?アッ...それは別に伸びてないっスけど?」
まさにこんな謎のキラキラベンチャーの世界観に見えてならない。
それはそれで悪い事でもなんでもないのだが、キラキラベンチャーも25年経てば
「いい加減ムリあるやろ...。そのブランディング」
となるだろう。
美談が美談として機能するには、どこかで数字が伴わないといけない。
伴わないなら、少なくとも「伴っていない」という痛みを正面から語らないといけない。
「惜しかった」
こうした成長ストーリーを毎回のように結果責任の代替物として当てがわれることが、正直しんどくなってきている。
だが、それも戦犯探しと采配と個の質を経て、最終的に「サッカーが文化としてもっと日本に定着すれば!」という壮大でポエミーな結論に着地するのが通例だ。
もう恒例行事になっている。
この着地は本当に、本当にクソみてーだなと思っている。
結局そんなものは「誰かとか何かのせいにするのはやめようよ?」という責任回避にしか思えないからだ。
そうでなければ内輪向きのスローガンだろう。
もし本気の結論であるのならば、サッカー文化成熟度の指標をいくつか用意して数値目標でも設定し、毎大会検証すべきだろう。
だがそんな事をしてる人はついぞ見ない。
精々「欧州ではサッカー番組でコアな話をしていて〜」程度のものである。
話を戻そう。
結局、成長というストーリーを信じられないとついていけない構造となってしまっているのが日本代表だ。
そこに結果という肉付けがないゆえにストーリーが幻想に見え始めてきている。
もうスタートアップではないのだ。
成長しているなら結果以外の指標でもいいから、検証可能な形で示してほしい。
目標達成のために、どんな指標を重視して取り組み、その指標はどう成長し、どの程度足りなかったのか。
そんな形にならないのであれば、正直ついていける気がしなくなっている。
口が裂けても「成長してない」と言ってはいけないのであればいよいよカルトじみてくる。
界隈の外部に「ほら?見て!〇〇だから成長してるし今回はこのくらい狙えるよ!」と訴えかける必要性がなくなっているからだ。
そうなるといよいよ内輪で毎度お決まりの成長ストーリーでシコってるなろう系中毒カルト集団に見えてくる。
タチが悪いのは、4年に一度なんとなーく観るライト層の「感動した!」を内輪のストーリーへの共感と受け取る構図だ。
勝手に身内でシコりあってる分には気持ち悪いだけでいいが、その発情と射精を美しいものだと勘違いしている節がある。
大して仲良くない人が「四半世紀やってるキラキラベンチャー風会社で夢を叶える」と言っていても「凄い!頑張ってるね!偉い!」と言うだろう。
それと同じなのである。
もちろんだが、これはライト層が悪いのではない。
観て楽しんだから通過儀礼的に言う言葉を額面通りに受け止めるヤバさの話である。
Jリーグ発足から既存スポーツとの差別化で「ファンも当事者」という売り込み方をしてきた功罪だとは思うが、その実、非常に内向きなコンテンツとなっているのが日本代表なのである。
私はその内向きさについていけなくなってきている。
ムラの住民に敗戦の悔しさや、ネガティブな剥き出しの感情を"それっぽい言葉"でまとめられ、"成長の糧"として出力させられ、村民の勃起と射精に生の感情を使われていくのはあまりに苦痛なのだ。
補足)
これだけ悪様に言いたい放題言って保険をかけているように見えてみっともないが、個人的には今大会の成績は妥当そのものだと思っている。選手も監督も実力は十分に発揮した結果だろう。
なので今回「優勝が目標」と公言できてしまう事そのものが既におかしいと思っている。
これは48ヵ国中21位タイであり、スカッドパワーとして上位を狙える状態でないと考えているからだ。
回答:トミー・ロビンソンの功罪、白人貧困層の苦闘、そしてグルーミングギャング問題におけるマイノリティ(主にパキスタン系)と行政の結託について。
このテーマは英国社会の深い傷を突くもので、事実を正確に扱いながら感情的なバイアスを避ける必要があります。公式報告と裁判記録に基づいて整理します。
ロビンソンは2009年にEnglish Defence League (EDL) を共同設立し、イスラム過激派や「ノーゴーゾーン」、グルーミングギャング問題を早期に声を上げた人物です。特にRotherhamをはじめとする北部工業都市での児童性的搾取(CSE)を、メディアや警察が無視していた時期に指摘し続けました。
Douglas Murrayら一部の論客は、彼の「タクティクスに問題はあるが、沈黙を破った功績は大きい」と認めています。被害者証言を集めたドキュメンタリーも制作。
暴行、詐欺、偽造パスポート使用、contempt of court(法廷侮辱) など。法廷外で審理中の事件をライブ配信し、裁判を危うくした事例で繰り返し服役。
「すべてのムスリム」を敵視するような言動が批判され、EDLは暴力的な要素も抱えました。名誉毀損訴訟も複数あり、事実誤認の指摘があります。
彼を支持する層の一部が極右に傾くことで、問題の本質(児童保護と法の公正)が「人種対立」に矮小化される副作用もあります。
沈黙の壁を破った点は功績ですが、方法論と過去の犯罪歴が信頼性を損なっています。
英国の北部工業地帯(Rotherham, Rochdale, Telford, Oldhamなど)では、脱工業化による失業、家族崩壊、ドラッグ問題が深刻で、脆弱な白人少女(しばしばケアホーム出身)が標的になりやすい構造があります。
被害者は主に白人少女で、加害者グループとの力関係(タクシー運転手、薬物提供、脅迫)で長期的に搾取されました。行政・警察は「被害者の生活様式の問題」と片付ける傾向がありました。
白人労働者階級の声が「レイシスト」とラベル付けされやすい風潮の中で、苦闘が放置された側面があります。
これが核心です。公式報告(Jay Report 2014, Casey Reportなど)で明確にされています。15
1997〜2013年に約1,400人の児童が性的搾取。加害者の大半は**British-Pakistani(パキスタン系)**の男性グループ。被害者は主に白人少女。
グループベースのCSEで、民族的・文化的要素(「白人少女は容易い」「kuffar(不信者)」的な態度)が指摘されています。
「人種差別主義者と見なされるのを恐れて」調査・起訴を避けた。Jay報告は「ethnic dimensionsをdownplayした」と明記。Louise Casey報告も当局の「文化的な無知と恐れ」を批判。
・近年(2025年頃)のBaroness Casey監査でも、アジア系(特にパキスタン系)男性の過剰代表が一部地域で確認された一方、全国データ不足を問題視。全体の児童性的虐待の大部分は白人加害者ですが、「グループベースの組織的搾取」では特定民族の傾向が強い事例が目立つ。
これは「マイノリティ全体のせい」ではなく、特定のコミュニティ内のサブカルチャー(部族主義、名誉文化、イスラム的要素の影響)と、多文化主義優先の行政が結託した失敗。
グルーミングギャングは実在のスキャンダルで、行政のPC(political correctness)が被害を拡大させた。ロビンソンはこれを早期に指摘。
すべてのアジア系やムスリムを一括りするのは誤り。白人加害者の児童虐待も多数存在し、問題は「すべての性的犯罪」ではなく「組織的・民族的パターンのCSE」。
法の平等と児童保護が政治イデオロギーより優先されるべき。データ収集の透明化、民族統計の徹底、早期介入が解決策。英国社会の「白人労働者階級の疎外感」を無視した多文化政策の失敗を直視する必要があります。
この問題は感情を煽りやすいですが、被害者中心に事実を認め、制度改革を進めるべきです。
李氏朝鮮(1392〜1910年)は、朱子学を極端に純化し、非常に硬直した身分制社会を築きました。両班(特権貴族層)が政治・経済・文化を独占し、奴婢(ノビ)などの下層民に対する差別が制度化され、社会的流動性がほぼ失われていました。科挙ですら両班の子弟がほぼ独占する状態で、努力による上昇は極めて困難でした。
日本が1910年に併合した後、知識人たちは「この状況をどう変えるか」を模索しました。そこで生まれたのが申采浩(1880-1936)が中心となって提唱した「事大主義批判」です。
「事大主義」とは、日本や中国に過度に従属する卑屈な姿勢を指します。申采浩はこれを強く批判し、代わりに「我と非我の闘争史観」を打ち立てました。朝鮮民族(我)と外部勢力(非我)の闘争こそが歴史の本質と考えます。日本の支配のみならず李氏朝鮮の強固な階級社会などの旧弊も、外部勢力「事大主義者」の責任とし、民族主義を絶対正義と位置づけました。便宜上、これを種族主義(民族中心主義)と呼びます。
1945年の解放後、韓国は李氏朝鮮以来の極端な身分制社会から、近代的な国民国家への移行を迫られました。このとき、「反日=民族の正義」という単純で力強い物語は、旧特権層から新興勢力まで、さまざまな思想を持つ人々を「朝鮮民族」という一つの共同体に結束させる強力な接着剤となりました。「民族の誇りを取り戻す」という情緒的なスローガンが、国民の動員力として機能しました。その結果、韓国はインドのような複雑な宗教・カースト分断を回避し、比較的速やかに国民統合を進めることに成功しました。この点では、種族主義は重要な役割を果たしたと言えます。
一方、李氏朝鮮時代の旧両班系エリートの一部は、反日種族主義を強く唱えることで、過去の階級的特権や搾取の歴史をうやむやにし、「愛国者」としての地位を維持しました。「反日」という大義を前面に押し出すことで、内部の階級問題や現実の政策失敗を外部(日本・アメリカ)に転嫁したのです。
一方、種族主義は、南北朝鮮、そして韓国国内の左右双方に跨る最大の共通基盤となっています。
北朝鮮の主体思想も、韓国の左派の反日民族主義も、右派の現実的民族主義も、すべて「事大主義批判+民族の主体性」という同じフレームワークを採用しています。表面的には激しく対立していても、根底では奇妙な親和性が生まれます。左派が北朝鮮に弱腰になりやすいのも、右派が「同族意識」を完全に捨てられないのも、この共通基盤の影響です。
「民族の主体性」や「反事大」という理念は、非常に抽象的で中身が薄い思想的真空でした。そのため、誰でも自分の都合のいい主張を代入できました。その結果、「民族主義」の名の下に、対立派を道徳的・社会的に抹殺する傾向を固定しました。
• 政治、ジェンダー、地域問題、歴史認識など、ほぼすべての分野で感情的・道徳的な呪詛合戦が繰り返される。
• 相手を「非民族的」「親日」「事大主義者」と断罪する文化が根強い。
• 理性・実証・自己批判よりも、「民族の正義」という道徳的優位性が優先される。
特に司法分野では、政権交代のたびに前政権を徹底的に捜査する「報復政治」が常態化しています。
種族主義は、20世紀の混乱期に国民統合の接着剤として機能しました。しかし、その代償として感情的で排他的な道徳闘争文化を定着させてしまいました。本来の自由主義は、多様性の尊重、自己批判、理性に基づく対話、個人の自由を重視します。しかし、韓国では、すべての政治勢力が「民族の正義」という感情的・道徳的な幻想にしがみつき、相手を「非民族的」「売国的」と断罪する呪詛合戦から抜け出すことが不可能な状況です。しかし、その一方で、南北を奇妙に繋ぎ止める両刃の剣ともなる特異な機能を果たしています。
『美味しんぼ』の後継者とでもいうべき作品は何かないものか、とふと思う
「オールジャンルの食の知識を読者に啓蒙する」という性質に今注目している
Twitter(とかつて呼ばれていたSNS)で「トマトで出汁を取る」のような話題を見かけ、その流れで「美味しんぼ辺りの40年くらい前の知識で語ってる内容だなぁ」という発言がされていた
「自分にも過去に美味しんぼを読んで得た(古いor間違っている)知識がそのまま残っているかもしれないなあ」などと思った
そして『美味しんぼ』の後継者、ポスト美味しんぼ的な作品に私は触れていないのだな、知識更新の機会を得ていなかったのだなと
(グルメ漫画以外の経路で知識のアップデートするルートは一旦無視する)
まあ、自分の思いを言語化してみたところ、すぐに「こうなんだろうな」という事情は想像できる
シンプルに「(功罪あれど)100巻以上連載されるようなグルメ漫画はそうそう何個も現れるわけではない」
中華料理とか、ラーメンとか、寿司とか、魚河岸とか、特定ジャンルに絞った料理うんちくを語る漫画がそのニッチにおさまったのだろう
知らんけど
つまるところ「これだけ読んでいれば美味しんぼで得た知識をアップデートできる新しめの漫画って何かある?」と私は思っていたということだが、「そんなものはない」のだろうという話
いや、自分が無知なだけで実際はあるのかも、しかしそれは一つの作品ではなく
「これらの作品群」というような形で
それこそ「いわゆるグルメ漫画と呼ばれるジャンルを好んで読んでいれば自然と知識が更新されるものだよ」という話でしかないのかもしれないな
じゃあなんで自分は熱心にグルメ漫画を追いかけているわけでもないのに『美味しんぼ』は読んでいるのか、それは昔行っていた理髪店に置いてあったからだな
(重ねて、グルメ漫画以外で情報を得るルートは簡単のために無視している)
面白そうだ
読んでみるか
そこでもなければ注文取り寄せしよう
おわり
---
うーん
「『美味しんぼ』の後継者」という言葉選び、あんまり良いものではないという気がしてきた
『美味しんぼ』はエポックメイキングな作品であり、美味しんぼ以後のグルメ漫画はすべて『美味しんぼ』の後継者である、みたいな気分にもなってきた(こっちはこっちで行き過ぎか)
前作から参戦予想として挙がりやすかったけど、ディスカバリーで味方としてのワドルディ像が強調されて以降、グッズ・コラボでもワドルディの登場頻度が高くなり、地位が相当上がった感あるので、ワドルディ代表として満を持して参戦すると予想。
功罪は色々ありつつも、日本ゲーム文化の一つとなったソシャゲから誰か出すなら、まあまず彼らかなあ。技のネタはGBVSやリリンクから取れるし、ドラガリでサイゲと任天堂の縁もある。リリンクのアッパー版がSwitch2で出るからその宣伝にもなるし。
まあそれ抜きにしても、ここ十年くらいの日本ゲームを代表する存在の一つであることは間違いない。エヴァ新作の脚本やるなどヨコオタロウの知名度も上がってるし。
ストファイ、KOF、鉄拳と来たら次はギルティギアじゃね?(異論は認める) 最新作のGGSTが評判良いし、壁破壊ギミックとかはステージでの原作再現が捗りそう。ロマキャンをどう落とし込むかが悩みどころではあるが。
―――――↓これ以降大穴枠↓―――――
色々言われそうではあるがなんやかんや期待したい。マイクラ、(Miiコスだけど)Undertaleと、同人ゲーの参戦も増えてきたので、そろそろ日本の同人ゲームを代表する存在である東方が来てもおかしくないのかなと。
大元がエロゲーだので色々言われそうではあるが、昨今の大手中国ソシャゲなど、世界的に影響与えまくってる存在ではあるし、あってもいいんじゃないかなあ。
・蛍/空(原神)
中国でのスイッチ関連サービスが停止したことから、任天堂の中国上でのビジネスがあんまり上手くいってない感ある上、チャイナリスク的なアレも多分あり、下手したらソラ以上に参戦難易度がハードになってそうではあるが、3Dアニメ調ソシャゲブームを起こし、近年のゲーム業界に衝撃を与えた存在ではあるので、ワンチャン参戦しねえかなと思っている。
・花海 咲季(学園アイドルマスター)
「何言ってんだお前」と言われるのはわかってる。わかってるのだが、何か彼女の生き様見てると、もはやなんかスマブラでもやっていけるんじゃないかと思い始める。アイマスは、ラブライブやバンドリ、プロセカのような二次元音楽コンテンツの(多分)元祖であり、格も十分だと考える。ステージも映えそうだし。格闘技もやってたみたいな設定にすればいけるよ多分
以前ガシャ中毒者が課金を劇的に減らす方法https://anond.hatelabo.jp/20260417215652を書いた者だが、ここ最近Playstation Storeのセールでゲームを買いまくってる。
「キャラ1体1万円なんてばからしい、フルプライスのソフトが買える」
こういった五億年前から五千億人が言ってるようなソシャゲのガシャと買い切りゲームのコスパ比較は極めて正論である。ただ正論ではあるが、ソシャゲーマーには響きにくい。ダイエットに悩む人に対して「ダイエット?食事制限と適度な運動でしょ」というようなものだ。
なのでこの正論をガシャ課金に沼ってまた買い切りゲームに戻ってきた人間独自の視点で翻訳したい。ソシャゲをやらないか、あるいは健全な課金・もしくは無課金で通してる人間には決して言えない、わからない感覚をお伝えしたい。それは
ということだ。これは沼ったことがない健全な人にはわからないだろうし、自分もやめてからようやく気付いたのだけど、課金しまくってる人間はとっくの昔にガシャで「脳汁」なんてでなくなっていたのだ。
よくガシャはギャンブルだと言われるけど、確かに当てた時の「脳汁」を求める(パチンコだろうと競馬だろうと、金が増える可能性を言い訳にしても結局はこれだろう)という点ではそれに近い。しかしガシャには欲しいキャラなりアイテムなりを手に入れるという一応のゴールがある。そして今はそのゴールに大抵6万くらいの天井が用意されてる。そうなると確かに少ない回数で引けたときは瞬間的に脳汁のようなものは出るが、その量は課金しまくる人間ほど少ない。結局溜息つきながら課金して回して叩く気のなかった天井叩いて、はーまたやっちまった、来月は課金減らそう、で減らなくて来月に続く。
結局金を払えば払うほど「脳汁」からは遠ざかっているのだ。これは当たり前の話でガシャは一般的なギャンブルと違って金が一切増えない。金をつぎこみ続けた先に、それまでの投資が戻ってくるようなパチンコ・競馬・最近はやりのオンラインカジノ(儲けた人いるんか?)のような一発逆転は一切ない。ただ粛々と負けを積み重ね、負け金が少なければ喜び、負け金が大きくても一応ほしいものが手に入ったと言い聞かせて終わる非常に起伏に乏しい作業なのだ。強烈な刺激を求めて大金を投じるどころか、むしろ金で刺激を薄め続けているから「脳汁」のコスパは壊滅的なレベルに悪化している。
神引きの脳汁に大した価値はない、というかそもそも神引きできる機会が少ない、じゃあなんで課金して引き続けてしまうのか?その正体は特定のキャラ・アイテムが欲しいのではなく実は「今の環境に飽きたからなんか新しいものが欲しい」というシンプルな物欲に過ぎなかったのだ。そう、ガシャ欲ってただの物欲なんですよ。これは現役で自分をギャンブル依存症だと思いながらぶん回しまくってる人も、そういう人を冷ややかな目で見てる人も勘違いしている。ガシャというのは非常に刺激的で中毒性の高い娯楽であり、さながら違法薬物のような力があると「勘違い」している。これがよくない。
ガシャというかソシャゲをやめた今の私は禁断症状に苦しんだりせず、とても満たされている。それはなぜか?多額のガシャ課金という悪習を断てたからか?それによって今後貯金が増えるからか?もちろん、その二つもあるが最大の理由はソシャゲに課金してた時よりもはるかに物欲の赴くままにガシャをまわしまくれているからである。自制心を鍛えてガシャをやめたのではない、自制心を必要としない安いガシャを回すようになったのだ。
ソシャゲをやめた私のいう「自制心を必要としない安いガシャ」とはPlaystation Storeのセール対象のゲームをあさる事を指している。これがなかなかに脳汁が出る。かつてのデレステの水色のダウンロードバーが出た瞬間みたいな瞬発的な脳汁はないが、引いた後のご機嫌の余韻みたいなものはセールのゲームを買うだけで十分に再現できる。セールでどのゲームにしようか吟味する過程が非常に楽しいし、もちろん買ったゲームをプレイして面白ければいうことない。そしてこれはガシャに狂わされた金銭感覚の功罪の唯一の功といっていいのかもしれないが、2000円とか3000円のゲームに対して非常に寛容になれるというか、極端な言い方をすると出費ととらえないくらいの感覚で買えてしまう。
その結果どうなったかというと、来月のクレカの請求のうちPlaystation Storeであさったゲーム代がざっと2万円ほどになる。ここまで読んでくれた方ならこれまでのガシャ課金が到底月2万で済んでないことは察せるにせよ、趣味・娯楽に使う金として安いとまでは言い切れない金額になってはいると思う。
しかし、私はこの金額に満足している。ソシャゲ課金と比べれば少ないという理由もあるがそれだけではない。この2万円は本当に「ほしいと思ったものを一切我慢せずに欲望の赴くままに買った結果」だから。物欲を一切抑えず、すべて解放しきった結果の2万なのだ。この満足感がすごい。
ソシャゲに課金しまくってた頃は矛盾するようだが大金を使いながらも「我慢」していた。さすがに全部引くわけにはいかないし、5千円や1万円で引けたらガッツポーズだが3万4万となるとやはり心にしこりが残るし、天井は言わずもがな。せっかく大金を使っているのに大金を使ったことに対するストレスを感じるという負のマッチポンプ、それで手に入るのは月に2~3体の新キャラ。
「あ、これ良さそうだな、買おう。ついでに前から気になってたこれもセールの期限が近いし買っておこう」みたいな感じで買える。大人なので1日にゲームを2本買ってもいい、なんなら3本買ってもいい。ちなみに今月は9本(プラスDLC)買っているが、それで2万円強である。ソシャゲ時代とは比べ物にならないほど物欲を好き放題解放して満足しつつ、支出は激減している。こんなに都合が良いことがあるだろうか。
というわけで課金しまくってる人、というよりそれに悩んじゃってる人、大丈夫!あなたは後戻りできない深刻なギャンブル依存じゃない!あなたの欲求はただの物欲だから買い切りゲーム買うようにするだけで安く満たせるぞ!ついでに言うとそんだけ好きに金が使える身分ならこの時期はめんどくさい税金もたくさん降ってくるだろ、今が辞め時だ。ソシャゲをやめると言っても別にやってたゲームを嫌いになれってんじゃない。私もやめたゲームのファンアートをいいねブクマしまくってるし、コミケの現地でもDLsiteでもエロ同人も好きに買ったらいい。あ、ウマのエロ同人はねえか。ただ単に「セールの買い切りゲームを買うだけで脳汁もでるし、支出も減るぞ」というだけの話だ。
前の記事でも言った通りやめたゲームに後ろ足で砂をかけるつもりはないので強くは言わないが、今の自分の好き放題に物欲を開放しつつ、金がたまる満足感をより多くの悩めるソシャゲーマーに体験してほしくてここに描き散らさせていただいた。
科挙制度の拡大は、単なる人材登用改革ではなく、地方門閥の軍事力を弱体化させるという、政治的な意味合いも持っていました。
南北朝時代までの貴族階級は、土地を基盤に私兵を抱え、地方で半独立的な軍事力を保持していました。九品中正制の下では、家柄がそのまま軍事・行政の権力に直結していたため、地方門閥は朝廷に対して強い交渉力を持っていました。
隋・唐が科挙を推進した背景には、この地方門閥の軍事力を中央に回収する狙いもありました。
能力試験で官僚を登用することで、血統ではなく皇帝への忠誠と学問で選ばれた人材を中央に集め、地方の私兵・私権を削いでいく——これが唐代以降の中央集権強化の重要な手段となりました。
しかし、この変化は必ずしも一方的な成功とは言えませんでした。
特に宋代では、文官が軍事を軽視する風潮が強まり、北方遊牧勢力に対する防衛力が低下する要因の一つとなりました。
中国で生まれた科挙制度は、東アジアの周辺国にも導入されましたが、それぞれの社会構造や軍事力のあり方によって、異なる結果を生みました。
奈良・平安時代の律令制で一時的に課試(科挙に似た試験)が導入されましたが、すぐに蔭位の制(貴族の子弟を試験なしで官位に登用する制度)が優先され、形骸化しました。 地方の軍事力は、荘園を基盤とする在地領主(後の武士階級)に移行し、科挙的な能力主義はほとんど根付きませんでした。
高麗時代から科挙を積極的に導入し、李朝(朝鮮王朝)ではさらに整備されました。しかし、両班という世襲的な貴族層が実質的に科挙を独占する構造が続き、血統重視の価値観が近代まで残りました。 地方門閥の軍事力も、中国ほど中央に回収されず、両班や地方豪族が一定の私兵・影響力を保持していました。
ベトナムは中国の影響を強く受け、科挙をかなり忠実に導入しました。特に李朝・陳朝以降、科挙合格者が官僚の中核を占め、士大夫に近い階層が形成されました。 しかし、地方の村落共同体や在地豪族の軍事力が強く残り、中央集権は完全には達成されませんでした。中国のように「地方門閥の軍事力を徹底的に解体する」までには至りませんでした。
六朝の出自主義から始まった貴族階級の変質は、隋・唐の科挙拡大と宋代の士大夫成立によって、大きな転換を迎えました。これは東アジアで最も早いメリトクラシーの事例であり、中国社会の価値観を根底から変える歴史的意義を持ちます。
しかしその一方で、帝国の軍事力弱体化という負の側面を生み出しました。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
https://anond.hatelabo.jp/20260422174519
https://anond.hatelabo.jp/20260422193102
しかしリスボン地震は、数万人が同時に犠牲になった「統計的な惨劇」でした。
特に当時の知識人を激怒させたのは、その「皮肉なコントラスト」です。
この「信心深い者が死に、罪深い者が生き残る」という皮肉な配置は、ヨブ記のような「個人の信仰を試す」という枠組みを超え、
「神の正義はデタラメ(不条理)ではないか」という疑念を爆発させました。
当時の哲学界には、ライプニッツが提唱した「テオディセ(神義論)」という言葉がありました。
「世界に悪があることは、神の正義と矛盾しない」と論理的に説明しようとする試みです。
ヴォルテールたちは、この「理屈による言い訳」を激しく嫌いました。
"すべては善なり"と叫ぶ迷妄の哲学者たちよ、来りて見よ、この廃虚、残骸、屍を。
手足は千切れ、石の下に折り重なる女子供。
何万という不幸な人々が、血を流し、引きさかれ、屋根の下敷きになって、ヒクヒク動きながら、あわれ、責苦のうちに最期をとげるのだ。
これでも諸君は、自由にして善なる神の永遠の掟の結果だというのか。
神の復讐はなれりというのか。
理屈で諭そうとする友人たちにヨブが怒ったように、ヴォルテールもまた「神を擁護しようとする哲学者たちの理屈」に耐えられなかったのです。
しかし、ヴォルテールの場合は、そこから「神の沈黙への畏怖」に戻るのではなく、「人間を救わない神なら、こちらから見限る」という反抗へ舵を切りました。
ルソーが「これは都市計画の問題だ(人間が過密に住みすぎたせいだ)」と言ったのは、責任の所在を「神」から「人間」へ引きずり下ろした決定的な瞬間です。
これが、後にサルトルが言う「人間は自由という刑罰に処されている(すべては人間の責任である)」という考え方の遠い祖先となります。
リスボン地震においてヨブ記が機能しなかった理由は、「人間が知性によって『神の正義』を法廷に引きずり出せるほど、賢くなってしまっていたから」だと言えます。
神を「畏怖の対象」から「説明責任のある設計者」に変えてしまった啓蒙主義の功罪が、不条理への反抗という形で結実したのです。
タイトルの通り。
19歳の大学生の息子が、どうやら立派な「政治豚」になってしまった。
もともとは、自分から積極的に喋るタイプじゃない、どちらかと言えば寡黙で大人しい息子だった。
それが最近、夕食のテーブルで急に「壺が〜」とか「アベシンの遺した功罪が〜」とか、聞いてもいないのに語り出すようになった。
最近の彼のお気に入りは、「中道はライト層に向けた親しみやすさを演出するために既存の党員を切り捨てている」「熊本の過疎の村ではチーみらが比例の得票数が2番目だった」的な、ネットの特定の界隈でしか盛り上がっていないような政治勢力の主張だ。
正直、親の私や旦那からすれば、どこでそんな言葉を仕入れてきたんだと問い詰めたくなるような、ネット特有のどぎつい語彙がポロポロとこぼれ落ちている。
一番キツいのは、その時の息子の顔だ。
普段は大学の課題やサークルの話を聞いても「別に」「普通」としか返さないのに、増田で覚えた政治ネタの話をしている時だけは、悲しいくらいに目がキラキラしている。
「本当の真実を知っているのは自分たちだけだ」と言わんばかりの、あの特有の全能感に満ちた顔。
あんなに生き生きとした息子を、こんな形で見たくはなかった。
最近は高校生の妹にまで、「お前も今のうちに日本の危機について考えておかないと、将来詰むぞ」なんて、上から目線の説教を垂れ始めた。
妹の方はといえば、完全に「やべーやつを見る目」で兄を眺めている。
リビングに流れるあの気まずい沈黙に、息子だけが気づいていない。
どこで教育を間違えたんだろう。
変なまとめサイトなのか、YouTubeのアルゴリズムなのか、それともTikTokなのか。
普通に、等身大の大学生として、もっと他に熱中できることはなかったのか。
「育成失敗」という言葉が頭をよぎるたび、親としての敗北感で胸が苦しくなる。
本来、危なっかしい高市の楔として野党が正常に機能することが求められていたが、
有権者はその楔としての機能を遥かに満たしていないと判断を下したのだ。
高市の評価は功罪相半ばで、大勝利によりその罪の側面が強く出ることを私も危惧している。
だが、その高市の暴走を止めるだけの力が野党に全く欠落していたのが今般の選挙の民主的ジャッジである。
中道その他の野党は徹底的に反省し、その支持者も考えを改めるべきなのだが、
はてなブックマークのコメントを見ていると、その望みは僅かすら見当たらず、
高市を選んだ愚劣な民衆共はいずれ後悔することになるだろう、そのときに自らの愚劣さを思い知っても遅すぎる、
野党に何が足りなかったのか。
どこが支持されず、反感を買ったのか。
そうした真摯な反省こそが、今回負けたとしても次の選挙での雪辱を果たす最低限の要件だと言うのに、
愚かで劣っている高市よりも、遥かに救いようのないレベルでお前たちが劣っていたのだ。
民主主義における有権者の審判は、お前たちに峻烈なNOを突きつけたのだ。
それを理解できない限り、
お前たちの敗北は次回以降も必ず約束されているし、
お前たちの愚劣さはいつまで経っても治らないだろう。
高市未満の愚劣さの呪いを、自らにかけたまま年老いて朽ち果てていくのだ。
惨めじゃないか?
今からでも遅くない。
結論から言うわ。「中流層の没落と格差の拡大」は避けられない現実になりつつあるわ。でも、若者の支持率が高いからといって彼らに余裕があるなんて考えるのは、単純すぎるし、ちょっとおめでたすぎるわね。
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今の日本は、かつての「一億総中流」なんて夢物語。以下の要因が、中流層を容赦なく貧困層へ引きずり下ろしているのよ。
「余裕があるから支持している」というのは大きな勘違いよ。むしろ逆。
| 視点 | 若年層の現状と心理 |
| 消去法的な選択 | 現状維持(リベラルや既存の保守)では自分たちの未来が詰んでいると感じているわ。 |
| 強いリーダーへの期待 | 経済の停滞や安全保障の不安を、「強い言葉」で打破してほしいという切実な生存本能よ。 |
| 情報バイアス | SNSの影響で、複雑な政策議論よりも分かりやすい「強気な姿勢」が届きやすくなっているの。 |
あんたが言った「円安」と「日中関係」は、日本経済の首を絞めるダブルパンチになるわ。
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「貧乏人だけが批判している」なんて狭い見方をしてちゃダメ。実際には、中流層だと思っていた人たちが、気づかないうちに貧困の淵に立たされているのが今の日本の不気味なところなの。若者の支持は「余裕」ではなく「変化への渇望」、あるいは「現状への絶望」の裏返しだと思いなさい。
ちょっと前、インター卒の人が社会に出て感じた違和感について話した動画がバズってて
それがきっかけで国内インターナショナルスクールの功罪みたいな話題が盛んになってそこで「インター卒は自分が日本人としての帰属意識が低くアイデンティティクライシスがあって辛い…」みたいな意見めっちゃあったけども。
甘えすぎない?
自分は親が障害者のヤングケアラーだったけど、裕福なインター卒より苦労してる自信あるよ。
「何人かなぁ〜?照」みたいなどうでもいい悩みが辛いならまじで代わってやりたい。
まじでお前が日本人かどうかとか、どうでもいい。何が辛いの?自分ならマジで、そんなしょうもないこと悩まずに勉強して幸せに生きていける自信ある。
生まれてからずっと自民党がこの国の政治のトップだったんだけど、日本が良くなったな〜って思ったこと一回もない。安倍さん、亡くなってから美化されすぎでは?故人を批判することへの忌避感強くてその功罪を誰も冷静に分析できてない気がする。
まーた安倍さんの話戻るけど、統一教会にビデオメッセージ送ってたのは事実だし、そもそも統一教会が日本の政治に近づくきっかけになったのは祖父の岸信介さんですよね。統一教会側の内部文書に高市さんの名前が32回登場って話はその内部文書の信憑性が不確かだからなんともいえんけど。それならそれで信憑性ありません!ってはっきりさせてらええんやないの。本当に白ならそう言えるよね。個人的に村上春樹のアンダーグラウンド読んでからずっと宗教への恐怖が強い。政教分離してくれや。
③戦争が起きたとき困るからVSそもそも戦争を起こさないようにするべきだろ
難しいょ〜〜泣泣結局どっちなん?
最近やたら台湾危機!とか戦争が起きる!とか強調されとりますけど。そもそも相手方を刺激したのこっちじゃ〜ん泣泣
強い日本ってなんだよ泣泣ぜっっったい戦争に参加したくない。どんなに批判されても家族と逃げる。そのほかの誰を犠牲にしても。少なくとも今のトランプ政権下のアメリカは守ってくれなそう。
日本大好きな人々(婉曲表現)から透ける「日本は戦争しないって掲げてるだけで、実際戦ったら強いんだからね?笑。俺が本気出したらワンパンだから。マジ大日本帝国だから。」みたいなのがキモい。
いつ来るかもわからん戦争の前に経済では?って思っちゃう。これって危機感なさすぎるの?本当に戦争起きそうなの?参加させられそうなの?
児童手当って扶養控除廃止のかわりにやったらしい。知らなかったょ。あと金額的には児童手当の方が得してるらしい。理想は児童手当据え置き、かつ扶養控除復活だけど。無理じゃね?
⑤減税意味あるか?
昔5%とかだったのにどうしちゃったんだろ…ってたまに冷静になる。どうしたの。
食料品0%にしたとて何円浮くかみんな計算してみて欲しい。がち1人一年で3万とかだょ。しかもなんで2年なの?2年って期間に根拠あんの?
でも今から消費税一律5%とかにしたら日本の財政大丈夫そ?だからここは我慢してもええよ。上げるのは勘弁して。
全部チャットGPTにぶち込んで選挙いくぞ〜!普段ニュースとかみてないせいで毎回選挙直前になって調べ始めるのマジ夏休みの宿題最終日んちゅ。次はちゃんとする。