はてなキーワード: 両班とは
李氏朝鮮(1392〜1910年)は、朱子学を極端に純化し、非常に硬直した身分制社会を築きました。両班(特権貴族層)が政治・経済・文化を独占し、奴婢(ノビ)などの下層民に対する差別が制度化され、社会的流動性がほぼ失われていました。科挙ですら両班の子弟がほぼ独占する状態で、努力による上昇は極めて困難でした。
日本が1910年に併合した後、知識人たちは「この状況をどう変えるか」を模索しました。そこで生まれたのが申采浩(1880-1936)が中心となって提唱した「事大主義批判」です。
「事大主義」とは、日本や中国に過度に従属する卑屈な姿勢を指します。申采浩はこれを強く批判し、代わりに「我と非我の闘争史観」を打ち立てました。朝鮮民族(我)と外部勢力(非我)の闘争こそが歴史の本質と考えます。日本の支配のみならず李氏朝鮮の強固な階級社会などの旧弊も、外部勢力「事大主義者」の責任とし、民族主義を絶対正義と位置づけました。便宜上、これを種族主義(民族中心主義)と呼びます。
1945年の解放後、韓国は李氏朝鮮以来の極端な身分制社会から、近代的な国民国家への移行を迫られました。このとき、「反日=民族の正義」という単純で力強い物語は、旧特権層から新興勢力まで、さまざまな思想を持つ人々を「朝鮮民族」という一つの共同体に結束させる強力な接着剤となりました。「民族の誇りを取り戻す」という情緒的なスローガンが、国民の動員力として機能しました。その結果、韓国はインドのような複雑な宗教・カースト分断を回避し、比較的速やかに国民統合を進めることに成功しました。この点では、種族主義は重要な役割を果たしたと言えます。
一方、李氏朝鮮時代の旧両班系エリートの一部は、反日種族主義を強く唱えることで、過去の階級的特権や搾取の歴史をうやむやにし、「愛国者」としての地位を維持しました。「反日」という大義を前面に押し出すことで、内部の階級問題や現実の政策失敗を外部(日本・アメリカ)に転嫁したのです。
一方、種族主義は、南北朝鮮、そして韓国国内の左右双方に跨る最大の共通基盤となっています。
北朝鮮の主体思想も、韓国の左派の反日民族主義も、右派の現実的民族主義も、すべて「事大主義批判+民族の主体性」という同じフレームワークを採用しています。表面的には激しく対立していても、根底では奇妙な親和性が生まれます。左派が北朝鮮に弱腰になりやすいのも、右派が「同族意識」を完全に捨てられないのも、この共通基盤の影響です。
「民族の主体性」や「反事大」という理念は、非常に抽象的で中身が薄い思想的真空でした。そのため、誰でも自分の都合のいい主張を代入できました。その結果、「民族主義」の名の下に、対立派を道徳的・社会的に抹殺する傾向を固定しました。
• 政治、ジェンダー、地域問題、歴史認識など、ほぼすべての分野で感情的・道徳的な呪詛合戦が繰り返される。
• 相手を「非民族的」「親日」「事大主義者」と断罪する文化が根強い。
• 理性・実証・自己批判よりも、「民族の正義」という道徳的優位性が優先される。
特に司法分野では、政権交代のたびに前政権を徹底的に捜査する「報復政治」が常態化しています。
種族主義は、20世紀の混乱期に国民統合の接着剤として機能しました。しかし、その代償として感情的で排他的な道徳闘争文化を定着させてしまいました。本来の自由主義は、多様性の尊重、自己批判、理性に基づく対話、個人の自由を重視します。しかし、韓国では、すべての政治勢力が「民族の正義」という感情的・道徳的な幻想にしがみつき、相手を「非民族的」「売国的」と断罪する呪詛合戦から抜け出すことが不可能な状況です。しかし、その一方で、南北を奇妙に繋ぎ止める両刃の剣ともなる特異な機能を果たしています。
朱熹(朱子)は『大学章句』などで「格物致知」を強調し、誰でも理を究めれば聖人になれる可能性を認めています。中国の科挙制度も、基本的には能力で士大夫になれる仕組みでした。
李退渓は朝鮮朱子学の最大の巨頭です。彼の『聖学十図』は李氏朝鮮の教育・政治の教科書的な位置を占めました。
ここで「理=天理=身分秩序の根拠」と位置づけ、生まれつきの身分を理の顕現として正当化しました。
栗谷は退渓と並ぶもう一人の巨頭です。
科挙を「両班が当然独占すべきもの」とする意識が強く、庶民や奴婢への上昇機会を事実上閉ざす思想的根拠を提供しました。
李氏朝鮮の朱子学は、中国の朱子学の「努力による上昇」という本質を捨て、身分固定の道具に歪曲した点で特異です。 また、李氏朝鮮の形而上学論争は、政治的粛清・党争・時にはクーデター的な要素に直結した点でも特徴的です。
四端七情論争(1559年頃開始)は、単なる哲学論争ではなく、そのまま党派抗争のイデオロギー的武器になりました。
論争の後、勝った派閥が負けた派閥を徹底的に粛清するという悪循環が定着。処刑・流罪・家産没収が繰り返され、国政が麻痺状態になりました。
中国でも儒者弾圧(文字の獄など)は頻発しましたが、学派対立がここまで長期化・党派化・相互殺戮に発展することは稀でした。
韓国の現在の男女分断(メガリア・イルベ・フェミニズム vs 反フェミニズム)を見ていると、李氏朝鮮の党争の伝統が、形を変えて現代に蘇っているように感じます。
李氏朝鮮の四端七情論争や老論・少論の党争は、最初は「理と気の優劣」という極めて抽象的な形而上学論争でした。しかしすぐに「相手は天理に反する大逆人」という道徳的断罪に変わり、流罪・処刑・家産没収という相互破壊に発展しました。
現代の男女分断も似ていて:
「ジェンダー平等の本質とは何か」といった抽象的な議論から始まる。
• 「男は潜在的加害者」「女は偽被害者」「フェミは国賊」「男尊女卑の残党」といった道徳的・感情的な呪詛の応酬になる。
• 最終的に通報合戦・キャンセル文化・司法利用という相互破壊の形にエスカレートする。
李氏朝鮮の党争が持っていた特徴が、現代にも色濃く残っています:
• 学閥・血縁・地域閥に代わって、ジェンダー・イデオロギー・オンラインコミュニティが新しい派閥の軸になっている。
特に韓国社会では、抽象的な理念を「絶対正義」として掲げ、相手を道徳的に抹殺しようとする文化が根強い。これは朱子学の純化がもたらした「理念の暴走」の現代版と言えるでしょう。
日本は「生存戦略」として朝鮮問題に取り組んでいた。ロシアに朝鮮を取られれば、日本本土が直接脅かされるという危機感は本物だった。
日本は日清戦争(1894-95)勝利で台湾を獲得、日露戦争(1904-05)勝利でアジアで初めて「欧米型帝国」として認められた後発国だった。
英国は日英同盟(1902年)で日本を支援し、「極東の安定役」として期待していた。
李氏朝鮮は朱子学を極端に国教化した硬直的身分社会(両班中心)。列強からは「独立を維持できない弱体国家」と見なされていた。
廃藩置県・秩禄処分で生活基盤を奪われ、強い面子意識と行動力を持ったまま、国内に居場所を失った彼らは、政府にとって巨大な不安定要因となった。西郷隆盛の征韓論(1873年)は、この士族不満のガス抜きを兼ねていた。
彼らの持つ「危険を報酬とする浪漫」「面子を穢されたら即行動」という気質が、国家の拡張路線と結びついていった。
• 伊東博文は当初保護国路線(漸進的近代化)を主張したが、軍部・世論の圧力と自らの暗殺(1909年)で流れが加速。
• 1910年8月、日韓併合条約調印。 日本側の論理:「同文同種・日鮮同祖だから同化は容易」「文明化の使命」。
併合時約10% → 1945年解放時50-60%近くに急上昇。
明治日本が苦労して作った翻訳語(自由・独立・民族・革命・権利・平等・主権・帝国主義など)が、漢字文化圏の強みで即座に朝鮮語に移植された。
武士階級は理論が弱く柔軟だったため、民間右翼として利用・再配置が比較的容易だった。
しかし李氏朝鮮社会は精緻な形而上学で武装しており、恨(ハン)を深く・長く保持する文化だった。
1932年に建国した満洲国でも、教育爆上げ+明治翻訳語の大量流入が発生。 「五族協和」という理想を掲げたが、漢人多数のナショナリズムを刺激し、抗日勢力の基盤を無意識に育ててしまった。
明治維新で武士を「利用」できた成功体験が、政府・軍部の「文化が近い相手なら舐めても大丈夫」という成功体験を生んだ。
これは「文化の近さは諸刃の剣」であることを、現代にも通じる形で示した歴史的事例です。 危機感は本物だったが、相手の本質を読み違えた——それが朝鮮併合の根本的な失敗だったと言えます。
科挙制度の拡大は、単なる人材登用改革ではなく、地方門閥の軍事力を弱体化させるという、政治的な意味合いも持っていました。
南北朝時代までの貴族階級は、土地を基盤に私兵を抱え、地方で半独立的な軍事力を保持していました。九品中正制の下では、家柄がそのまま軍事・行政の権力に直結していたため、地方門閥は朝廷に対して強い交渉力を持っていました。
隋・唐が科挙を推進した背景には、この地方門閥の軍事力を中央に回収する狙いもありました。
能力試験で官僚を登用することで、血統ではなく皇帝への忠誠と学問で選ばれた人材を中央に集め、地方の私兵・私権を削いでいく——これが唐代以降の中央集権強化の重要な手段となりました。
しかし、この変化は必ずしも一方的な成功とは言えませんでした。
特に宋代では、文官が軍事を軽視する風潮が強まり、北方遊牧勢力に対する防衛力が低下する要因の一つとなりました。
中国で生まれた科挙制度は、東アジアの周辺国にも導入されましたが、それぞれの社会構造や軍事力のあり方によって、異なる結果を生みました。
奈良・平安時代の律令制で一時的に課試(科挙に似た試験)が導入されましたが、すぐに蔭位の制(貴族の子弟を試験なしで官位に登用する制度)が優先され、形骸化しました。 地方の軍事力は、荘園を基盤とする在地領主(後の武士階級)に移行し、科挙的な能力主義はほとんど根付きませんでした。
高麗時代から科挙を積極的に導入し、李朝(朝鮮王朝)ではさらに整備されました。しかし、両班という世襲的な貴族層が実質的に科挙を独占する構造が続き、血統重視の価値観が近代まで残りました。 地方門閥の軍事力も、中国ほど中央に回収されず、両班や地方豪族が一定の私兵・影響力を保持していました。
ベトナムは中国の影響を強く受け、科挙をかなり忠実に導入しました。特に李朝・陳朝以降、科挙合格者が官僚の中核を占め、士大夫に近い階層が形成されました。 しかし、地方の村落共同体や在地豪族の軍事力が強く残り、中央集権は完全には達成されませんでした。中国のように「地方門閥の軍事力を徹底的に解体する」までには至りませんでした。
六朝の出自主義から始まった貴族階級の変質は、隋・唐の科挙拡大と宋代の士大夫成立によって、大きな転換を迎えました。これは東アジアで最も早いメリトクラシーの事例であり、中国社会の価値観を根底から変える歴史的意義を持ちます。
しかしその一方で、帝国の軍事力弱体化という負の側面を生み出しました。
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https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
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https://anond.hatelabo.jp/20260422193102
お前ら朝鮮人どもは、他所の国で悪さをしすぎた。北朝鮮拉致問題や金大中事件や統一教会、街宣右翼に朝鮮ヤクザ、パチスロといった警察との癒着は「バレなきゃセーフの精神」を体現した結果じゃないか。だから、お前たちの「上にトラップを仕掛けたら勝ちの精神」は両班制度の劣化コピーを日本に持ち込み、そして日本社会の上級国民(マスコミ、政治家、財閥、東京、早稲田、新卒一括採用)といったシステムを悪用してきた前科がある以上は、養護ができぬのだ。マスコミ共が、どう考えても「金をもらって」韓流ヘビーローテーションをやっているのに、それを明示することなく、あまつさえネトウヨという「社会的な負け組」というレッテルをはられて、哀れな「消して救済されることのない、被差別階級にされ」てなお、ネトウヨは消えないのは、あきらかに朝鮮人が日本を利用とする『用日』をしてきた過去があるからだろ。朝鮮戦争で「金儲け」したことを韓国に文句を言われる筋合いはない。なぜなら、日本が努力しなければ韓国は存在してないからだ。そして、原爆で日本を揶揄するのは、許せない。なぜなら、ヒロシマ・ナガサキがなければ、朝鮮半島に原爆を落とされていたからだ。その歴史を誤認して、アメリカを味方につけ、日本を貶めるという手法で、美味しい思いをするという手法を昨今まで続けることができたのは、両班メソッドを駆使できた環境にあるからじゃないか。そう「インターネットができる」まではな。インターネットが、朝鮮人の夢を殺してくれた。
ユッケって朝鮮料理(韓国料理)だったな。知らなかった。つまりビビンバやプデチゲと同じ。ビビンバの起源についてだけど、両班の残飯説はほぼないと思う(歴史通が流したデマだと思う)。検索にして変なブログばかりでまともなソースなんかないし。ただプデチゲは米軍の残飯から来ているのは本当らしい。
始めて知った。一応、言っておくけど、朝鮮人・韓国人に対して差別するつもりでこれをツイートしているわけではない。
韓国系の新興宗教でこういう変なのを起こしているの団体がもう一つあったような。
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/10051100/?all=1
統一〇会(これも韓国系の新興宗教)も問題起こってるからな。もちろん、その犯罪行為や問題となることをやった人や組織が悪なのであって、朝鮮人・韓国人自体が悪ではない。当然だけど。
フランス外務省「韓国への渡航時にはGHB(デートレイプドラッグ)に注意」
https://www.jijitsu.net/entry/france-korea-GHB
これらは差別するつもりで書いているわけではないですよ。頭のおかしいでなければわかると思いますけど。
https://goo.gl/maps/jukiwRatBeFMzf6H9
[チョン・ジェハク コラム]平壌(ピョンヤン)を打って、日本列島を切るとすぐに!
2015年07月22日(水)13:23:00 チョン・ジェハク編集委員
今でも鳥肌が立つのは、私たちの民族に対する日本の悪意だ。 理由がない悪の. したがって日本が私たちの民族に対する悪意は先に天だと見る。
日本の根が深い悪意は今でも進行中だ。悪意から出発した日本が私たちの民族に及ぼした害悪がどれくらい多大かは今でも変わりない独島(ドクト)侵奪野心と歴史反省の姿勢で如実にあらわれるというだろう。
そして筆者は日本だけは必ず地球上で絶滅させなければならない唯一の人種であることをもう一度確認している。
特に亡国的だと呼ばれる地域感情が日帝によって作られたことを、私たちは賢く知っていなければならない。そして日帝強制占領期間36年の血まめができた怨恨も怨恨であることであり、日帝が残して行った傷痕中に民族分裂政策があったことを上記してみなければならない。なぜ私たちが日本をそのように呪わなければならないかに対する立派な答になるためだ。
1945年8月15日、彼らは韓半島を離れて、二種類をいって行ったと伝えられる。その一つは必ず10年後に帰ってくるということであったし、また、一つは私たちの民族が永遠に団結と和合をできないだろうというものだった。植民教育の中に毒素を入れて教えたという意だった。
日本は1919年3.1運動に接したらで、韓半島統治に植民教育を強化した。そして皇国臣民(天皇の国に臣下なった民)を育てるために国民学校(国民=皇国臣民の略語)をたてて、私たちの民族の頭の中を洗脳させ始めたし、民族精神を抹殺するために学校で私たちの国語を奪ったし、伝統と文化に対する否定的な意識を教えた。
花札を流行させたのも民族精神抹殺政策の一環だった。花札は勤倹節約の美風良俗を害して、トゥレ村の協同精神を押し倒して私たちは怠惰な国民に成っていった。
しかし5000年歴史を持った自主民族が一日で簡単に洗脳される理由がなかったし、いよいよ植民教育の強圧を突き抜けて光州(クァンジュ)学生運動が起きた。この事件で日帝は植民教育の方向を修正した。それが民族分裂政策だった。
民族分裂政策は湖南(ホナム)に対する排他的意識を育てることで始めた。 歴史的に湖南(ホナム)は日本の自尊心を押し倒した、日本に敗北の数値を抱かれた故障だった。 壬辰倭乱当時李舜臣将軍の部下にはいつも勇敢な湖南(ホナム)人がいたし、幸州(ヘンジュ)山城での大勝にもクォン・ユル将軍をついて行った全羅道(チョルラド)出身の将卒があった。 豊臣秀吉の侍童出身小暑銀行長は幸州(ヘンジュ)山城の敗北を、全羅道(チョルラド)出身将卒の奮闘を理由に上げたりもした。
同学以後起きた義兵大部分が湖南(ホナム)を拠点にして起きたし、生き残った義兵は智異山(チリサン)を根拠地で活動していた。ここに何と20年余りの植民教育を押し倒して光州(クァンジュ)学生運動が展開したのだ。
これに対し日本は湖南(ホナム)排斥を目標に地域感情を生産し始めた。
植民史学者を動員して、その有名な考慮王健のフンこの十兆をまき散らして、湖南(ホナム)を醜くていやしい反逆の故障で認識させ始めた。ここに応じたのがいわゆる両班(ヤンバン)階層の親日派であった。‘全羅道(チョルラド)犬の土鉄’という(のは)湖南(ホナム)国民らをいやしく呼ぶニックネームだった。
日帝によって生成された地域差別は、親日史学者らと貴族階級の末期的現象に心酔した愚かな支配階層によって広く広まったし、そして日帝は韓半島を離れて私たちの民族の大同団結をあざ笑うことになったことだった。
湖南(ホナム)に向かって逆差別的な毒素は軍事独裁で花を咲かせたと見る。軍事独裁当時湖南(ホナム)出身は将軍進級が事実上詰まっていたし、カンでも、財界でも湖南(ホナム)人は排斥にあった。どれくらい深刻だったのかは筆者の体験の中に今でもそのまま生きている。子供の未来のために本籍までパーサー移住する湖南(ホナム)人が如何に多かったのか。
日帝が狙ったそのままであった。さらに全羅道(チョルラド)人ならば婚姻もしなかった。他地域に嫁入りした湖南(ホナム)女たちが受ける侮辱は怒りにつながったし、その怒りは亡国という言葉どおり広がった。
暮らすために他地域に離れた湖南(ホナム)人は全羅道(チョルラド)なまりを使わなかった。情感に充ちたその言い方まで隠さなければならなかったすべての悲しみは湖南(ホナム)人の胸に数多くのあいくちをさしていた。
そしてその頂点に5.18があった。‘慶尚道(キョンサンド)軍人が湖南(ホナム)人をみな殺す’というデマが光州(クァンジュ)市民の胸に火を付けたのだ。筆者もその現場で確認したことだった。したがって光州(クァンジュ)市民はそのようなデマが追い込まれる程湖南(ホナム)差別に対する痛くて大変な数多くの経験があったのだ。
その辛い経験は深い傷で残って今でも有効に展開していると見なければならない。北朝鮮が操縦する韓国内葛藤の実体も湖南(ホナム)地域差別に根元を置いたことだった。おそらく北朝鮮は最後まで地域差別をそそのかすつもりだろう。
日帝が残した植民教育の毒素は、民族分裂のための地域差別だった。今でもこの呪いが生き残って繁盛する理由はその最初が北朝鮮の対南工作にあって、その次がまだ地域差別の実体を悟ることが出来なかった愚昧な国民にあるというだろう。
筆者は北朝鮮との戦いで勝つには、先に韓国内葛藤の根因を除去しなければならないと信じる。そのためにはこの葛藤の出発が地域感情であり,この地域感情は日帝の陰謀だったことを、もう天下に知らせなければなければならないと考える。
もう一度民族を考える。私は全羅道(チョルラド)の人だ。もし国家に危難がくれば、幸州(ヘンジュ)山城とミョンニャンに向かって走って行くだろう。明確にそうするだろう。
私たちは団結しなければならない。私たちが団結すれば、北朝鮮を自由民主体制に移ってくることができる。そして私たちが韓国、北朝鮮国力を統一すれば、日本を克服することができる。
したがって地域感情をはね除けて力を集めて、ついに平壌(ピョンヤン)を打って、列島を切らなければならない。 私たちの民族1世紀の間の怒りを必ず返さなければならないと信じる。
原文 韓国語
http://www.dailyjn.com/news/articleView.html?idxno=27662
経済崩壊にもいろいろあるが、どのレベルのものを言ってるのかね?
「経済活動が0」レベルならそれこそ北朝鮮の南侵レベルぐらいのことが起きないと無理だろうね。
この時、現在に連なる韓国経済の以下の問題点がIMF主導で形成されている。
・収奪的な内外価格差(Galaxyなど国内のドル換算価格は海外の十倍!)
「バブル崩壊後の日本の混乱」レベルならリーマンショック時にやった。
上記の問題はもっとひどくなったが国ぐるめの中国進出でV字回復は果たした。
そして今、中国経済の急減速に伴って日本の「デフレ期のような逼塞感」が漂いつつある…。
なお、当時の国内報道は小渕政権や麻生政権を血祭りにあげるのに忙しく、申し訳程度の報道しかなかった。
後になってちょろちょろと、アリバイ作りのように回想が載るぐらいだった。
ちょっと調べるだけでこれぐらい書けるんだが、君の目の前にある箱なり板なりは何のためにあるのかな?
明治の産業革命を文化遺産にするのは結構だが、結局のところ、その延長線上には、戦後の日本の発展はなかった。
太平洋戦争を経なかった、どの世界線にも、現在の日本の繁栄は無かった。
戦後の日本の繁栄の根本要因は、端的に言えば、明治の生き残りの絶滅とGHQの占領という、2つの激変による1940年利権構造の破壊である。
基盤産業である鉄鋼業と、最高次の産業(たとえば自動車)が、同時に計画され同時に発展したからこそ、戦後の異常な経済発展を遂げることが出来たのだ。
これは、老人を殺し、占領による政策の統一があってはじめて成し遂げられたことだ。
産業を衰退させたほうが儲かる連中がいる限り、こんな発展はあり得ないのだよ。
明治の産業革命なんてものを、何百年やったところで、日本人は東洋の猿のままだった。
利権でバラバラのまま、財閥と地主を栄えさせる、まさに「アジア的発展」を、現在も続けていただろう。
むしろ、日本ほどの人口を持って、日本のような経済発展を遂げた国家を、アジアの中に見いだせるか?
西洋人にとっては、東洋人は多かれ少なかれ、全部猿だ(「名誉白人」は、むしろ誇るべきことなのだ)。
韓国を見てみろ。財閥が残って、軍閥が幅をきかして、両班制度を現代まで続けていたから、日本にタカることでしか生きられない。彼らは未だに猿扱いだ。
既存の権力を破壊する。まるでテロを煽るようだが、全くそういうことはない。
テロは、煽っても起きない。あれはヨソモノが絵を描いて、ヨソモノが国内で打ち合いを始めて、ヨソモノが「国際世論」に絵を晒して、「国際世論」という名のBBCなどがそれをそのまま報じることで生まれる、利権構造の代理戦争でしか無い。
老人どもにはこの世から退場してもらい、ついでに労働力として不適な人間にも消えてもらい、彼らの富を正当な後継者である若い世代で引き継ごう。
狂人には、そのまま走ってもらおう。
朝鮮期の春画にもたびたび散見される、おっぱい丸出しチマチョゴリ。
春画の内容は、両班らしき役人が賎民らしき下女の乳を揉んでいたり、洗濯する女性を覗き見たり、所構わずレイプしたりというのが多い。
チマチョゴリは男性の性欲を満たすべく、胸の部分が開いており、乳房が露出している格好となっている。
その殆どが男性社会の顕れなもので、今のように胸を露出させない格好を見ると逆に安心する。
日帝時代に朝鮮に入植して文化を与えた事を知れる数少ない証拠なのかもしれない。
それ以前の朝鮮時代は、女性蔑視の世の中だったわけで、欧米文化とかキリスト教のおかげだという意見も確かにあるが、
戦前の朝鮮向けに出てる朝日新聞に当時の文化背景について描写されている。
いずれにせよ、日本帝国がやってきたのは何も侵略だけじゃなかったという事だ。
事実、台湾や東南アジアにも侵略した歴史はあれど、それを咎めるメディアをあまり見ないし、むしろ好意的な意見が多い。
だからって日本がアジアおよび朝鮮を侵略した歴史は事実として残るし、それを非難するのも分からんではない。
日本だってGHQが来たときには大分恨んだもので、当時としてはGHQ以上に日帝を恨んだというのが大きいか。
そのため、現政権が改正案を出すまで、ずっと日本国憲法は遵守されてきたのだから、多分そう言う事なのだろう。
話は戻るが、韓国には日本の伝統文化がある程度根付いたおかげで、朝鮮時代まで続いて来た女性蔑視社会は少なくとも女性の社会進出が達成されるまでに
回復したといえる。
但し、日本という国は仏教伝来以降は非常なミソジニストであるから、現在のように女性の社会進出がなされていても一方で雇用であれば賃金の少ない閑職であったり結婚あるいは出産後は寿退社という形で退職に追いやられるのが必定となっている。
にも拘らず韓国では女性蔑視社会でありながら、現在は女性大統領が統治している。
ただ、韓国という国は、朝鮮時代から続く特殊な社会であることに注意したい。
韓国でもある程度女性の社会進出がなされていても、それはある一定の中産階級以上の女性であって、中人未満の女性たちには、殆どが望まれない婚姻を強制的に結ばされている等と現代社会においても女性蔑視社会である事に変わりはないだろう。
ただ、韓国では一足早く国家の首長に女性がなる等、一応女性の社会進出を世界中に完璧に示した事だろうが、日本では戦後、未だに女性の首長は立っていない。
それどころか、皇族に関しても女性天皇が立つ事に否定的な意見が集中していることからも、日本社会には未だ根底には女性蔑視の風潮が漂っている。
こういった部分を直す事の方が日本人としてのみならず、一介の男性女性としてよほど重要なのではと感じている。
日本が他の先進国に劣って見えてしまうのは結局、韓国のような目に見える形を持たない、それ以上に陰湿な女性蔑視社会が根底にあるためではないだろうか。
無論、日本に限らずアジアでは女性がとにかく蔑視される風潮が未だにある。
インドやイスラム圏を見ても強姦事件が発生すると男性は放免で女性は冤罪であろうと死刑に処される所を見るにその風潮は根深いというしかない。
その中で、アジアでもとりわけ特異な女性蔑視社会を享受する日韓両国を見ると悲しくなってくるのは何故か。
韓国の伝統衣装を見てもこうなのだから、現在の韓国を生んだ日本では今もってたくさんの女性が社会進出を妨げられているに違いない。
「私の祖先は武士だった」「私の祖先は両班」「私の祖先は不法入国者ではなく強制連行だった」
もしくは「私の前世は・・・だった」シリーズぐらいの認識で「もしかしたらそうかもね」って位ののほほんとした話に出自の厳密さを求められてもにゃあ
昨日気になって「アイヌ」で検索してみたら小学生の時にアイヌの子いじめてたの後悔してる人がいた
「アイヌ 奴隷」で検索してみたら電波に満たされているアイヌの歴史侮辱ページがわんさか出てきて笑ってX押してホームページ閉じたよ
「マイノリティの連帯」とか言っている人達いるけど、あまりアイヌを利用されるの気分が良くないな
アイヌは裏切られた側であって、日本に暮らす民族全員の安全を裏切り続けて兵器に転用できる物輸出したり拉致家族への誹謗中傷したり
不正送金したりはしてないんで。そういった行為に無関係な平凡なマイノリティまで被害受けてるからアイヌが利用されようとしても黙認してるけど
ルーツを求める為ではなく「自称アイヌ」「国民とは言えないから市民と名乗っている」「沖縄「住民」の声」「日本人風名」で政治的目的を持って書き込みする人達は
それは、「新たな手法によって利益を得る行為が、道徳的に非難される社会」であり、
「エスタブリッシュメント層への利益供与を行わなければ、法的に制裁される社会」であるということ。
現代では官僚・政治家・天下りを受け入れた企業・マスコミがガッチリと握っており、
そこから逸脱して利益を挙げようとする組織は瑕疵を過大に非難され、罰せられる。
それを防ぐには、天下りを受け入れてエスタブリッシュ層に甘い汁をお裾分けするしかない。
後、エスタブリッシュメント層のオッサンどもが徹底的に技術を軽視してるのも同類だな。
国力は残っている。だがその国力は、既得権益を保護する為だけに利用され、
既得権益を侵そうとする者は、法律、道徳の双方から弾劾され、社会から排除される。
そしてエスタブリッシュメント層への反抗行為は何より道徳的に非難される。
追記:何か色々書かれてるけど、奴隷制ってのはオープンなシステムで無いと機能しないのよ。
奴隷による生産物を消費する市場と損耗した奴隷を供給してくれる供給源が別にある事が条件な訳。
古代ローマ型の奴隷制はこのオープンシステムがある程度の期間機能していたけど、クローズドシステムの奴隷制が成長しなかったのは李氏朝鮮とかが全然経済的に成長しなかったことでも分かるだろう。
国家の一部が富めば良いという奴隷制は経済的にサチりやすいし、だからこそ分配政策が重要なわけだ。
http://anond.hatelabo.jp/20090927120106
機械が生産しても、その生産物を消費する存在が無ければ生産物は行き場を失うだけ。
近代国家で奴隷解放が進んだのは、彼らを奴隷として使役するより労働者&消費者として活動してもらった方が市場が、つまり経済規模が大きくなるから。
もちろん、奴隷を使うより機械を使った方が効率が上がるという理由もあるんだけどね。
以上、つまるところ奴隷制で経済成長する社会というのは、少なくとも近代においては存在しない。
例外として、李氏朝鮮のように不労階層(両班)を食わすために農奴が奴隷のように働かされるという社会はあったけど、大抵の場合早期に経済が頭打ちになってしまうんだ。
市場が拡大しない、生産力が向上しないといった色々な理由が考えられるんだけど、詳しくは歴史家か経済学者に聞かないと。
「経済成長して再分配」というより、経済成長も再分配と同様に重要というべきだね。
成長か再分配かってのは無意味な問いだし、なんでどちらもやるって話にならないわけ?