はてなキーワード: 創造とは
社会的コミットメント 恵まれない人々を助け、世話をすること、正義のために活動すること
自然との関連性 自然の中にいること、自分自身がより大きなものの一部であると感じること
自己認識 本当の自分について学ぶこと、自分自身を受け入れること、自分の中に安らぎを感じること
健康 健康的な生活を送るための行動をとること、睡眠をとること、健康的な食事をすること、活動的であること
創発性 他者のために永続的な何かを行うこと、創造すること、自分自身よりも大きなものに貢献すること
https://takibi-fire.com/slides/fire-nature-of-meaning/26
個人主義 独立していること、自分自身のために立ち上がること、自分の道を歩んでいると感じること
権力 世界を自分の思い通りに形作ること、他者から尊敬され助言を求められること、望むことを達成できること
成長 目標を設定し、それを達成しようとすること、常に進化しようと努力すること
達成 物事をやり遂げること、高い基準を達成すること、自分の時間の成果を示すものを持つこと
自由 自分の望むように生きること、規範を超えて進むことができること
知識 世界を理解すること、常に繋がりを見つけ、より多くを学ぼうとすること
創造性 何かを創造すること、誰も見つけられなかった繋がりを見つけること、あるいは他者がしない方法で生きること、日常の状況に新しいものを見出すこと
俺の祖先
・生命共通祖先(LUCA:Last Universal Common Ancestor)(約38~40億年前)
圧倒的すぎてごめんやで、、、
現代の生活では、一人でいることは孤独ではなく、必要な自己修復である。静かで自由でストレスのない個人的な時間を求める人が増えている。付き添い人形は単なるものではなく、一人の品質を高め、快適な日常を創造する大切なパートナーです。
帰宅後のリラックスタイム、就寝前の静かな時間、ぬいぐるみがそばにいて、瞬間的に安心感を高めることができます。空間をより温かくし、一人の環境を柔らかく癒し、孤独や不安を減らすことができます。
2.2情緒の安定した支えになる
仕事で疲れたり、気分が落ち込んだり、ストレスが溜まったりしたときは、ラブドール、話す必要も説明する必要もなく、付き添い人形は黙って気持ちを受け止めることができます。
お茶を飲んだり、読んだり、ドラマを見たり、休憩したりするときに、生活シーンの一部にします。簡単なインタラクティブと付き添いは、日常をよりリズミカルに、より温度にし、平凡な一人を楽しむことができます。
三、本当の快適な生活:自分と付き合うことを学ぶことから始める
付き添い人形を利用することを知ることは、生活の質を高める知恵である。それは他人の代わりではなく、一人でいることをより充実させ、心を自由にすることです。自分の時間の中で、優しい付き添いを持つことが、最も快適な生き方です。
アルゼンチンがサッカーで強い理由は、国技としての圧倒的な「熱狂」、個人の技術と勝負強さを育む「育成環境」、そしてチームを一つにまとめる「メンタリティ」の3つです。
生活に根付いた文化:サッカーは単なるスポーツではなく、国民の生活の一部です。子供の頃から日常的にボールを蹴る環境があり、ハングリー精神を持った選手が次々と生まれます。
「個」の力と即興性:ストリートサッカー(路上のサッカー)で培われる足元の技術や、相手を抜き去る創造性が重視されます。困難な状況でも打開できる選手が育ちます。団結力と逆境への強さ:代表チームでは、絶対的なリーダー(リオネル・メッシなど)を中心にチームの意思統一が徹底されています。苦しい試合展開でも折れない強い精神力を持っています。
アルゼンチンの強さを支える要素
1. 「ガチャピン」のようにハングリーな育成アルゼンチンでは、プロになることが貧困から抜け出すための大きなチャンスの一つとされています。そのため、練習から非常に激しく、絶対に負けないという強い意志(ハングリー精神)が自然と身につきます。
2. 世界最高峰の個人技を生む土壌育成年代では、組織的な戦術よりも「個人のテクニック」「ドリブル」「パスの精度」を徹底的に磨きます。狭いスペースでもボールを失わない技術の高さが、世界の強豪国と渡り合える最大の武器です。
3. 戦術を支える「感情の組織化」近年のアルゼンチン代表は、個人の能力に頼るだけでなく、監督の的確な戦術が浸透しています。さらに、絶対的なエースを全員で支え、チームのために最後まで走り抜く強い絆(きずな)が組織としての強さを生んでいます。
アルゼンチン代表の戦術や、フィジカルの強さの秘密についてさらに知りたい方は、以下の動画をご覧ください。アルゼンチン代表の戦術面や組織としての強さの核心について解説した動画です:24:00【公式】新企画「ライバル国を知る!」後半戦 アルゼンチンの強さの核心は ...YouTube · FOOT×BRAIN+アルゼンチン選手のフィジカルの強さの秘訣に迫る動画です:23:58那須さんに聞く!なぜアルゼンチンのフィジカルが強いのか?!YouTube · 栗原嵩 / Takashi
60歳のジジイが転職できたのはAIのおかげで、今の時代に感謝しかない。
先に言っておくけれど、そんな最先端の仕事をしているわけではない。若い人たちの「使いこなしてる」レベルの何十分の1ほどのレベルの話だということもお断りしておきます。
ごく普通の仕事の、自分何苦手な領域をAIに任せることで、これまで対象外だった業種、職種、業務への転職に道が開けたのだ
若い、バリバリ現役の皆さん世代と違って、我々世代はAIに疎い。AIを使ってると言ったところで、無料版で、検索代わりに使ってるレベルだろう。下手すると、バリバリ現役世代の中でも、AIを業務で使いこなしてる人がどれほどいるんだろうと思う。
そんなAIに疎い世代の中にあって、Claude Cowork(最近はChatGPT WORKも契約した)を活用して、他人にお願いしていた自分の苦手分野を、自分で完結できるようになったことが大きい
苦手領域を「(AIで)できる」ことで、苦手(=できない)意識が激減、強みを最大限にアピールできるようなって、自信がついた
正直、デメリットがない
自分世代は2000年前後に、アナログからデジタル移行の洗礼を浴びた世代だ
そのサバイバルをなんとか凌いで、デジタルアレルギーを乗り越えたことも大きいかもしれない
AIを使いこなそう
AIに任せよう
「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」
僕の好きな言葉だ
リモートワークは仕事を強制的に成果主義に近い形にできる効果があるのはいいことだと思う
でも、知は距離を超えられない問題があって、答えがなかったり、革新的思考が求められる有機的偶発的な知的衝突が必要な仕事の場合は一定会うことが必要だと思う
知的産業も地理的要因に縛られるという仮説がある、シリコンバレーとかハリウッドとかがそうだと思う
こんなに情報技術が進化しても人の知は必ずしも情報として伝えられない
リモートワークには良いことがある。それは、無駄を省き、情報の入出力に裁量を持てることだと思う
無駄を省くとはつまり、移動中に考え事をしたり、隣の島の声のデカいやつの雑談を我慢したり、面倒な挨拶したり、休憩スペースで苦手なやつと鉢合わせしたり、トイレに並んだりすることをしなくても良いってこと
そしてさらに、無駄な会議は聞き流せるし、不要な連絡は見流せる
しかし残念かな。革新的な知的創造は必ずしも生産的な時間に訪れるわけじゃないと思う
一定以上の知能を持つ多様な人が、無駄に一つの空間に押し込められて時を共にする必要がある。そう無駄に
会いたくもないやつと。どうでも良い理由で。接点を持つ機会が必要
でも皆が皆、その機会が必要なわけじゃない。
でもそうなると、革新的な発見を求めてる人へ無自覚にその機会を奪ってることになる、むずかしいね
「結局、クンニだわさ」
そう思った日曜の昼下がり。
私はクンニについて調べた。
とりあえず国会図書館デジタルコレクションで「クンニリングス」と調べ、その歴史と豊かさに触れて情報をチュパチュパと舐め回していた。
すると古い文献で「カンニリングス」と併記されているものが散見された。
しかし、「カンニリングス」で調べればまた違った出会いがあるかもしれないと思い調べてみた。
「スカートの中の秘儀」
著 星ひとみ
どんな本だろう、とペロリと舐めてみた。
【あらすじ】
地球温暖化、森林破壊による地球の惨状を取材しながらアフリカに着いたエリナと純は、砂漠化が進行する荒野で、一週間の顔面騎乗クンニキスによって閃きのスーパーパワーを受ける。
帰国後、女神ソサエティーを設立し、自然との調和を織りなす未来の文化、文明の創造にチャレンジしてゆくことになった。
もう舌がピリピリとしている。
作者は「政府シルクファッションプロデューサー」をやっていたらしい。
味わい深い。
もっと舐めまわしたいが、どこにも売っていない。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレス:防風林の向こう側へ
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1年前のことだった。私はダウン・トレッダー・ブックショップに入り、何人かの客の間をすり抜けながらフィクションの棚へ向かった。
Wの棚の低い位置に、ウォレスのデビュー小説『システムの壊し方(The Broom of the System)』の色あせた一冊が置かれていた。
と尋ねると、彼は答えた。
「いや、彼の本はいつもすぐ売れるんですよ」
私は、それは残念だと言った。ちょうど『Infinite Jest(無限の冗談)』を読み終えたところで、彼のほかの作品も読んでみたいと思っていたのだ。
今思えば、少し気取った自慢だった。そして彼はそれに感心しなかった。
彼は薄い愛想笑いを浮かべ、軽くあしらうように言った。
「そうですか。では、良い一日を」
それで終わりだった。
彼の文体を好まない人々にとって、ウォレスは誇張された混沌のような作家だった。傲慢で、作品は冗長で、無理やり知的に見せようとしているのに、頻繁に「天才」と呼ばれている。
ダウン・トレッダーのレジにいた男性も、おそらくそういう側の人間だったのだろう。
彼は深い苦悩を抱えたポップ・ヒーローだった。芸術によって、恐怖によって、そして公の場に姿を現したことによって、この世界に痕跡を残した人物だった。
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そのほかのことを言う前に、私がウォレスの文章で初めて読んだものを紹介したい。
短編「Good Old Neon(グッド・オールド・ネオン)」からの一節だ。
この言葉を覚えておいてほしい。
「私の人生はずっと偽物だった。大げさに言っているわけではない。私がいつもしてきたことのほとんどすべては、他人の中にある“私という存在”について、ある種の印象を作り出そうとすることだった」
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アイコン的存在という観点で見るなら、ウォレスはその典型の一人だ。
彼は文学の複数のジャンルにまたがって執筆した。小説、ノンフィクション、講演などを発表した。
彼の作品はしばしば近寄りがたい。
本はあまりにも密度が高く、書き込みすぎていて、まるで読まれること自体に抵抗しているように感じられる。
そして、そこが魅力でもある。
多くのウォレス読者と同じように、私も彼の最高傑作『Infinite Jest』に早く飛び込みすぎるという間違いを犯した。
最初に読んだ40ページほどの短編から、角膜の健康などほとんど気にせず、1079ページの巨大な本の塊へ進んだ。
ページは大きく、威圧的で、その重さは両手を床へ引きずり下ろすほどだ。
本編981ページの後には、さらに90ページの「注釈と訂正(Notes and Errata)」が続く。
しかし、ページを前へ戻し、また戻し、また戻しながら読む作業で、私の頭は何度も混乱した。
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この本はあまりにも混沌としていて迷宮的なので、要約すること自体が難しい。
ただ、一つ言えることがある。
物語の中心となる舞台は、テニス・アカデミーと中間施設(ハーフウェイ・ハウス)だ。
そしてそこでは、依存症、父親との問題、蔓延する消費主義、車椅子に乗ったケベック人暗殺者による秘密組織、そして観客をあまりにも楽しませるため、見た者が何度も何度も繰り返し鑑賞し、最後には餓死してしまう映画などが扱われる。
聞こえた通り、奇妙な話だ。
けばけばしく、ときにグロテスクですらある言葉の混乱の中には、疑いようのない人間性がある。
ウォレスは、想像できるほぼすべての感情、人間の人生のあらゆる領域に触れている。
スポーツ選手としての栄光から、コカインを手に入れること、愛する人を失うことまで。
そしてこれは、彼の最高傑作ですらない。
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誤解しないでほしい。
1000ページにも及ぶ、驚くほど複雑な小説を書くことは、とてつもない偉業だ。
ほかのどんな作家であっても、それだけで20世紀文学の古典作家リストの頂点に置かれ、どこかの別荘へ引退してもおかしくない。
「Good Old Neon」は、実験的な構造とテンポの見本のような作品だ。
彼の最も洗練された作品である『The Pale King(ペイル・キング)』は、死後に出版された。
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その本に入る前に、まずウォレスという人物そのものを見てみたい。
心配しなくていい。
彼の文章には戻ってくる。
ただ、その前にチャーリー・ローズとのインタビューを見てみたい。
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(続きます)
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インタビュー開始から約3分半ほど経ったところで、ローズは雑談を切り上げ、ウォレスにこう尋ねる。
「尊敬されるということは、あなたにとって大きな意味を持つんですよね? つまり『自分は真剣に受け止められている。そして自分の仕事を評価され、尊敬されている』という感覚ですか?」
「それが私の顔に出ていると分かるんですか?……尊敬されたいと思わない人間を、誰か一人でも見せてください」
その後ウォレスは、『Infinite Jest』に対する世間の反応について語る。
彼は、批評家のすべてが本を最後まで読み終えてから評価を下しているとは思っていなかった。
ある時、彼は話の途中でこう遮る。
「……すみません、なんというか、実質的にどもってしまっていて……」
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ウォレスは、この会話の主導権を渋々握っているように見える。
あまり目を合わせない。
声は低く、速く、どこか夢見心地に聞こえる。
まるで思考がすでに装填されていて、それをただ外へ放出しているだけのようだ。
おそらく本人も気づかないまま、ウォレスは「どこにでもいる人間、しかし単なる普通の人間ではない」という自分の人物像を演じている。
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自分の才能を誇示する一方で、同時にそれを抑え込もうとしているようにも見える男。
しかし、これは毎朝起きてコーヒーを淹れ、犬を散歩させていた普通のウォレスの姿ではない。
その人物を垣間見るために、私の高校時代の英語教師、ハンター・ダンの話を紹介したい。
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その中にはデイヴィッド・フォスター・ウォレスも含まれていた。
なぜこれほど有名な作家が、たった40人ほどを対象にした高校の教室で開かれるワークショップに現れるのか。
ただ、おそらく友人への頼みごととして引き受けたのだろうと思った。
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ワークショップは、ポモナ大学の向かいにある高校の教室で行われた。
ほかの2人の講演者が先に話した。
彼はこんなことを言った。
「私は、自分の作品をそんなふうに生徒たちの前で読むことは絶対にしません」
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「分かりました。あなたの質問には答えます。でもそのあと、あなたがどう考えるのか聞きたいです」
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ワークショップが終わった。
おそらくポモナ大学の自分のオフィスへ戻るところだったのだろう。
ダンは声をかけた。
「おい! デイヴ!」
ウォレスは振り返り、大きくため息をついた。
「はい?」
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ダンは、ウォレスがテニス選手マイケル・ジョイスについて書いたエッセイについて尋ねた。
ウォレスは彼をじっと見て言った。
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しかしダンは、ウォレスについていくつか重要なことを覚えている。
彼は非常に優れた聞き手だった。
返答する前に、自分の考えを整理していた。
しかし同時に、そっけないところもあった。
あらゆる質問を議論として捉え、勝ちたいゲームのように向き合っていた。
そこには確かな自信があった。
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チャーリー・ローズとのインタビュー時とは違い、実際に会ったウォレスは葛藤しているようには見えなかった。
おそらく、有名なインタビューのような場面で「あなたは天才だ」という世間の期待に直面した時、彼本来の自己像と、周囲が求める「天才作家」という役割が衝突したのだろう。
ただし、別の形で。
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『The Pale King』に戻ろう。
物語の舞台は、イリノイ州ピオリアにあるIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)の地域審査センターだ。
しかし550ページもの中で、ウォレスは税務申告書の審査という退屈で狂気じみた世界に命を吹き込む。
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私が初めて『The Pale King』の中に、本当のウォレスの手がかりを見つけ始めたのは、この作品だった。
第9章には「作者による序文(Author’s Foreword)」というタイトルが付いている。
ウォレスはこう書く。
「作者だ。つまり、本当の作者。鉛筆を握っている生身の人間であって、抽象的な物語上の人格ではない」
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彼は説明する。
「これから続くものは、実際にはまったくのフィクションではなく、かなりの部分で真実で正確なものだ。『The Pale King』は、実際のところ、作り話というより回想録に近い」
しかし、だからといって彼が「この物語は真実だ」と言う時、それが嘘になるわけではない。
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その人物は、同じく「デイヴ・ウォレス」という名前を持つ高級幹部と間違えられてしまう。
自分がそれほど尊敬されている人物になりすましていることの結果に直面するのを恐れ、デイヴ・ウォレス(登場人物)はその誤解を訂正しない。
そして、そのまま流されるように、本来なら幹部しか参加できないような重要な会議へ連れて行かれる。
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デイヴ・ウォレス(登場人物)は、会議で何が起きているのかまったく理解していない。
大量の汗をかき、自分が発するわずかな言葉さえもたどたどしい。
会議では、彼がなりすましている人物なら当然熟知しているはずの税法について、激しい議論が交わされる。
しかし当然ながら、デイヴ・ウォレス(登場人物)は税法について何も知らない。
自分が周囲の人々が思っているような人物ではないとバレないように、彼は沈黙する。
そして絶えずメモを取り続ける。
ページを埋め尽くすほど書き込み、自分が「物静かだが勤勉な観察者」であり、この自分には属していない世界に真剣に参加している人間だと思われるようにする。
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もしある作家が、これほど明確に読者へ語りかけた例があるなら、それはまさにこれだろう。
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彼は多くの本やエッセイを残した。
そして彼の作品が死後も出版され続けることで、彼はアイコンとなった。
彼の人生の暗い側面――薬物依存、鬱病との闘い――は、苦悩する天才という印象をさらに強めるものになった。
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2013年の伝記
『Every Love Story Is a Ghost Story: A Life of David Foster Wallace(すべての愛の物語は幽霊物語である:デイヴィッド・フォスター・ウォレスの生涯)』
の中で、D・T・マックスはウォレスと詩人メアリー・カーとの関係について短く触れている。
カーはボストンにあるハーフウェイ・ハウスでボランティアをしていた。
そこはウォレスが依存症と自殺未遂のために暮らしていた場所だった。
そこには特に衝撃的な一文がある。
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ウォレスとカーの関係の多くは長い間、暗闇の中に置かれていた。
そして、それについて声を上げる役割はカー自身に委ねられることになった。
そしてカーに、自分の皮膚に彼女の名前をタトゥーとして刻んだことを明かした。
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このような暗い部分を、「天才であることに伴う複雑さ」の一部として片づけるのは、とても簡単だ。
結局のところ、自分が好きな人物が犯した酷い行為について考えることは、不快ではないだろうか。
その人物の輝かしい作品という安全な領域を越えて、その人間そのものを考察しようとすると、世界に与えてくれた洗練された美しいものをただ楽しむよりも、はるかに大きな感情的作業が必要になる。
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あるいはさらに言えば、欠点そのものが美化され、象徴的な人物像を強化するほどになること。
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伝説的な人物という状態が生み出すこの症状は、私たちにこう考えさせる。
「彼は苦しんでいた。彼が私たちにこの物語を与えるために、どれほどの苦痛を経験したことだろう」
「彼は愛していると言った女性を追跡し、傷つけた。彼の人生をそれほど複雑にした悪魔とは、一体どんなものだったのだろう」
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もしかすると私は彼に甘すぎるのかもしれない。
あるいは、十分に寛容ではないのかもしれない。
私はウォレスを知らなかった。
私が検討できるのは、彼が残していった謎だけだ。
しかし私は思う。
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考えてみてほしい。
「Good Old Neon」の冒頭近くにある、あの消えかけるような言葉。
私はこう思う。
ただし、それを語ることができたのは、薄いガーゼのようなフィクションという仮面の裏側だけだったのではないか。
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(終)
プーチンのロシアの現状に対する率直な分析の中で、イヴァショフ将軍は、クレムリンがライバル勢力の集まりではなく、単一で統一されたチームであると主張している。
彼らの主な目的は国民の福祉ではなく、国全体の膨大な資源の集中管理と搾取である。
将軍によると、私たちが目撃する内部抗争は単なる見せかけに過ぎず、影響力と富の再分配をめぐる「盗賊の争い」に他ならず、国は増大するシステム危機の下で苦しんでいる。
イヴァショフは、経済や科学から医療、軍事に至るあらゆる重要分野が末期的な衰退状態にあるロシアの暗い絵を描き出している。彼は、与党の後ろ盾のもとで確立された現在の政治モデルが、その潜在能力を完全に使い果たしたと主張する。
権力の集中は、ロシアの地域を無力で操り人形のような構造に変え、自らの経済を管理したり、地元住民のニーズに対応したりする能力を奪い去った。
将軍は、この劣化を食い止める唯一の方法は、根本的で「革命的」な変革であり、必ずしも暴力的な内戦ではなく、現在の権威主義的な垂直構造を上から下まで体系的に解体することだと主張する。
イヴァショフは、憲法で名目上宣言されているように、民衆が実際の権力の源泉とならなければならず、エリートの権力ゲームの単なる観客であってはならないと強調する。
地域は自らの領土経済に対する統制を取り戻さなければならず、そこから搾取される富が、実際にその土地で暮らし働く地元の人々に利益をもたらすことを保証しなければならない。
イヴァショフのメッセージは、最終的に緊急性を帯びている。彼は、国民に対して特定の政治的パーソナリティを支持するのをやめ、現在の「盗賊強盗」のシステムを解体する具体的な行動を支持し始めるよう挑戦している。
市民の組織的で意識的な関与がなければ、彼は警告するが、国は枯れ果て続け、一般市民はエリートたちの高額ゲームにおける「小銭」に過ぎなくなるだろう。
以下は、イヴァショフ将軍の最近の、そしてかなり爆発的な、プーチンのロシアの現状に対する見解の要点である。
ナレーター:「イヴァショフは、今日のロシアが個別の困難を経験しているのではなく、大規模で包括的な危機に直面していると確信している。経済、教育、医療、軍隊など、衰退が感じられない分野はほとんどない。政治政党や市民機関でさえ独立性を欠き、現在の状況からの脱出策を提案できない。彼はこの理由を、現在の管理モデルが自身を消耗し尽くしたことにあると見なし、古いシステムを修補しようとする試みは、その崩壊を悪化させるだけだと考えている。このような状況下で、彼は上からの変革か下からの変革かを問わず、急進的な変化が避けられないと信じている。」
イヴァショフ:「今日、国はシステム危機の状態にある。党派政治の分野を含むあらゆる分野が危機状態にあり、ウラジーミル・ペトロビッチがこれについて語っているが、経済や教育、科学のどこかで危機がない分野を誰かが見つけられるだろうか? そして、システム危機からの脱出は革命を通じてのみ可能だ。革命は上から起こるか——プーチンか誰かが旧システムを解体し、ミハイル・レオニドビッチが語った経済を含むシステムを創造する——が、これは革命的プロセスでなければならない。あるいは、当局がこれを行わなければ、ビリユーリョボのような暴動から革命が始まり、それが自発的にどこかへ進み、そしてこの自発的プロセスを抑え込み、正常な革命的性格の出来事に転換する組織的な力がなければならない。」
https://x.com/yasminalombaert/status/2073586102296776815
おはようございます、親愛なるアメリカ国民の皆さん。季節が移り変わり、年月が経つにつれ、ニューヨーク港には潮の満ち引きが繰り返されてきました。「ニューヨーク」という名が生まれるずっと以前から、レナペ族の丸木舟がこの海流を渡っていました。かつては、ヴェラッツァーノやハドソンといった探検家たちが操る船が、この海域の水平線にそびえ立ち、彼らの名にちなんで、私たちは橋や川に名前を付けました。そしてそれ以来、長い旅に疲れた旅人を乗せた船が、大西洋の風を背に、ナローズ海峡を通り抜けてきました。
乗客たちが波の向こうに広がる景色を垣間見ようと顔を上げた時、彼らは何を見たのでしょうか? 緑豊かで生命力にあふれた大地。彼らを奴隷として連れ去ろうと、波止場で待ち構える男たち。貧困にあえぐ長屋。活気に満ちた産業、立ち昇る蒸気と煙、そして躍動する都市。彼らは、自由の象徴であるそびえ立つ記念碑、世界中に歓迎の光を放つその灯火を目にしたのです。彼らはニューヨーク市を見た。彼らはアメリカを見た。
明日、我が国は独立宣言から250周年を迎えます。250年にわたる壮大な自治の実験――1776年当時、この実験が数年どころか四半世紀も続くとは誰も想像できなかったほど大胆な実験でした。レキシントンからロサンゼルス、セルマからセネカフォールズ、モリサニアからミッドウッドまで、毎年そうであるように、アメリカ国民は一日を共に過ごします。家族はバーベキューを囲み、夜空には花火が打ち上げられます。これは単なる祝賀の日ではありません。250年という節目は、3億4千万人を超える人々が、互いに、そして自らを見つめ、国家としてのアイデンティティを改めて見つめ直す、またとない機会です。アメリカを見つめたとき、私たちは何を見るのでしょうか?
ここ市庁舎で、ジョージ・ワシントンの机の後ろに座り、この国にやってきた新アメリカ人たちと並んでいても、私にはアメリカのすべてを見ることはできません。しかし、かつて多くの人々がそうであったように、私もニューヨーク市の姿を思い浮かべることができます。
今日私が見るこの街は、ジョージ・ワシントンが迎えた街とは全く異なる様相を呈しています。1776年7月、この街は抑圧の軛の下でうごめいていました。イギリスはあまりにも抑圧的な植民地支配を敷いており、250年前、80マイル南で、少数の新聞編集者、農民、兵士たちが、今では自明のことのように思える真実を宣言する文書に署名しました。それは当時革命的なものであり、私たちの国が今もなお実現しようと努力している理想を確立したのです。
イギリスはこれを快く思いませんでした。戦争が勃発しました。そしてその年の8月、ブルックリンで独立戦争最大の戦いが繰り広げられる中、ガバナーズ島の砲台は沖合に停泊していたイギリス艦隊に照準を合わせました。私たちは火力でも兵力でも劣勢で、完敗を喫しました。わずか数ヶ月後、私たちの生まれたばかりの民主主義の試みは崩壊の危機に瀕しているように見えました。
しかしその夜、月が頭上に輝く中、何千人もの兵士たちが静かにフェリーや平底船に乗り込み、マンハッタンへと脱出しました。大陸軍は生き延び、再び戦うことができました。独立はフィラデルフィアで宣言されたかもしれませんが、ニューヨーク市で救われたのです。ジョージ・ワシントンはブルックリンを最後に去った人物でした。川岸で日の出を待ちながら、彼はニューヨーク市の水面を見渡したに違いありません。そして、それから250年の間に多くの人々が目にしてきたもの、すなわち新たな始まりの機会を、そこに見たに違いありません。ニューヨーク市のあらゆるものと同様に、そうした機会は与えられるものではありません。勝ち取るものなのです。
1838年、ニューヨーク州が奴隷制度を廃止してから11年後、ジェームズ・ウィークスという名の、解放されたばかりの黒人男性が、自らも新たな人生を始めようとしました。そして、何百人もの人々が同じように新たな人生を歩めるよう支援しようとしました。彼はブルックリンに土地を購入し、自ら投票権を獲得し、新たに解放された人々に土地を販売したのです。ニューヨーク港に降り立った時、彼らはそれまで一度も手にしたことのないもの、つまり「家」が自分たちを待っていることを知っていました。ウィークスビルは今もなお存在し、私たちがアメリカという国を象徴する生きた証となっています。それは、私たち一人ひとりが自ら築き上げる力を持つ場所、アメリカの本質です。
当時、港は世界中から船がひっきりなしに入港し、活気に満ちていました。何十万人ものアイルランド移民が、帝国主義の残虐行為によって引き起こされた飢饉で飢えに苦しみながら到着しました。中国人船員たちは、現在のチャイナタウンに定住しました。さらに何百万人もの人々が自由の女神像の下を通り、エリス島を経由してアメリカに渡りました。ユダヤ人は迫害から逃れ、イタリア人は貧困から逃れ、シリア人は経済的機会を求めていました。
これらの新たな到着者たちは皆、船の舷窓から、国と同じように急速に変化していく街を眺めていました。彼らは、波止場で商品を売り歩く商人、碁盤の目のように整備される街路、雲のようにそびえ立つ建物を目にしました。彼らはまだ、これから直面するであろう排外主義、拒否される仕事、貸してくれない家主、そして耐え忍ばなければならない過酷な労働環境や生活環境を予見していませんでした。しかし、港にどれほど濃いスモッグが立ち込めていようとも、彼らは新たな出発の機会を見出していたのです。
その後何年にもわたり、連邦政府が移民の入国を禁じる法律を制定し、数百人の女性が命を落とした劣悪な労働環境の工場火災や、移民の存在そのものを標的とした暴動にもかかわらず、移民たちはニューヨーク市に居を構え、ニューヨーク市の発展に貢献しました。生命、自由、幸福追求の権利は自分たちにも及ぶと、あらゆる世代のアメリカ人が主張してきたこの遺産は、決して過去の遺物ではありません。それは、大移動の際に何百万人もの黒人アメリカ人を北へと導き、第二次世界大戦後には何十万人ものプエルトリコ人をニューヨーク市へと引き寄せ、西インド諸島、南アジア、西アフリカ、そして世界中から数え切れないほど多くの人々を招き入れました。そして、私が7歳の時に家族をこの街へと導いたのも、まさにこの精神でした。
私たちの家族は船で到着したわけではありませんが、飛行機の窓から自由の女神像を見ることができました。空からでもアメリカの約束、つまり建国の理想に年々忠実であり続けるという、美しく愛国的な営みの約束が見て取れました。私たちの国と、それを形作ってきた人々を形容するのに、よく使われる言葉があります。「アメリカ例外主義」です。一般的に言われているようにアメリカ例外主義こそが、私たちの自由をより自由なものにし、エリー運河を建設し、西部を灌漑し、遠い国の子供たちがいつかアメリカに移住することを夢見る理由なのです。
しかし皮肉なことに、アメリカの物語は権力と影響力と富を持つ人々から「君たちは決して例外的な存在ではない」と言われ続けてきた人々によって、しばしば語られてきました。幾世代にもわたり、世界が私たちの海岸に人々を送り込んだ時、最良の人々を送ったわけではないと教えられてきました。ピューリタン、シーク教徒、クエーカー教徒、イスラム教徒、ユダヤ人、つまり間違った祈り方をした、間違った神を崇拝した、間違った人々を怒らせたという理由で追放された人々が送られてきたのです。それはスラム街やシュテットルから、衣服はおろか土地さえほとんど持たず、劣等な存在として扱われていた農民や農奴を送り込んだのです。権力とは他人が持つものだと考えていた移民たちを送り込んだのです。アメリカは他国よりも豊かで、強く、力強いからこそ特別な国だと私たちは教えられてきました。
しかし真実はこうです。アメリカが特別なのは、ここでは何も固定されていないからです。フロンティアは閉ざされ、月面着陸も成し遂げたかもしれない。しかし独立宣言に最初に掲げられた価値観を実現するという営みは今もなお続いており、私たち全員の責任なのです。そして、今日ここに私と共に立っている、最近帰化を果たしたばかりの、私たちの新しいアメリカ人たちの責任でもあります。約10年前、私も皆さんが感じているのと同じ気持ちを味わいました。もはやニューヨーカーであるだけでなく、アメリカ人でもあるという喜びを。皆さんはそれぞれ特別な力を持っている。アメリカとは何かを決定づける力です。
権力者たちは常に、その答えを知っていました。彼らの目にはアメリカは支配の舞台であり、ごく一部の者だけが自由を許され、すべての人々が平等に創造されているわけではない場所です。彼らに尋ねれば、アメリカは、人々が歓迎すればするほど、その価値を失っていくと答えるでしょう。アメリカは正しいアクセントや肌の色を持つ者だけのものであると彼らは言います。残りの私たちは、ただ訪れることを許されるだけで感謝すべきだと彼らは主張します。
彼らはなんと狭量で、なんと弱く、なんと独創性に欠けることか。過去のあらゆる時代において、排除と孤立によって支配してきた者たちは、私たちを互いに敵対させることで権力を掌握し、私腹を肥やそうとしてきました。分断は政治における最も古く、最も安易な策略です。しかし250年前を含め、幾度となく、分断の勢力は進歩の勢力によって打ち負かされてきました。トーマス・ペインがかつて書いたように「この新しい世界は迫害された市民的自由と宗教的自由を愛する者たちの避難所であり、彼らはここに逃れてきたのだ」。しかし今日、あまりにも多くの指導者たちが、この国を迫害された人々の避難所にするというビジョンを信じておらず、むしろ亡命を求める人々を迫害する国だと考えています。建国250周年を迎える今、私たちは何を目にするのでしょうか?
矛盾に満ちた国の中に、矛盾に満ちた都市が広がっています。世界史上最も裕福な国でありながら、世界初の兆万長者がさらなる富を貪る一方で、子どもたちは空腹のまま眠りにつきます。あらゆる産業を支配する独占企業と、選挙を買収する寡頭政治家たち。覆面をした工作員が街を恐怖に陥れ、不法滞在の隣人が作った料理を食い荒らし、ナンバープレートのないバンで彼らを連れ去っていく。工場で汗水垂らして働き、石を削る、泥まみれのたくましい手を持つ人々によって莫大な富が築かれた国でありながら、その富の多くが、ごく少数の人々の甘い手に握られています。
確かに病人を搾取する医療保険業界にアメリカの姿を見出すことはできますが、アメリカの姿を探る際に私が見るのはそれだけではありません。二交代制で働き、帰宅途中に病弱な隣人の様子を見に行く看護師にもアメリカの姿を見出すことができます。
確かに税金を爆弾や救済策に費やすとき、選挙を最高額の入札者に売り渡すとき、私たちはアメリカを目の当たりにします。しかし、この国は私たち国民のものであると今も信じているすべてのアメリカ人の中にも、私たちは同じくらいはっきりとアメリカを目にします。
ICE(移民税関執行局)が私たちの地域に侵入してくる時、隣人同士が腕を組んで手をつなぎ、どれだけ長くここに住んでいるか、どんな書類を持っているかを問わないとき、私たちはアメリカを目にします。
老若男女が激しい雨の中、あるいはうだるような暑さの中、投票のために立ち並ぶとき、私たちはアメリカを目にします。
働く人々が、自分たちのためだけでなく、同胞であるアメリカ人のために、より多くのものを求めるとき、私たちはアメリカを目にします。
アメリカにもっと多くを求める人々に対し、「好きでなければ出て行け」と単純な言葉で応じる人もいます。しかし、愛国心とは、この国に欠点がないふりをすることではありません。愛国心とは、正義の異議申し立てのあらゆる行為であり、灼熱の太陽の下で行われるあらゆるデモ行進であり、時代を10年も先取りしたあらゆる抗議活動なのです。私たちがこの国を愛しているからこそ、決して離れることはないのです。結局のところ、この国を自由にするために多大な犠牲を払ってきた人々以上に、アメリカを愛する人がいるでしょうか?
今日、私は7月4日だけでなく、7月9日のことも思い出します。独立宣言が署名されてから5日後、宣言書はここニューヨーク市に届きました。イギリス兵はスタテン島に上陸し、100隻を超えるイギリス艦が沖合に迫っていました。この街の至る所で、大陸軍は侵攻の準備を整えていました。ジョージ・ワシントンは、この建物からほんの数フィートの場所に部隊を集結させるよう命じました。当時はコモンズと呼ばれていましたが、今日ではシティホール・パークと呼ばれています。
そこで、イギリス軍の砲火の射程圏内で、ワシントンは将軍たちに独立宣言を朗読するよう命じました。そして、世界最強の帝国が攻撃を仕掛けようとしているまさにその時、ワシントンはニューヨーク市民に、私たちが明日祝うことになる出来事、つまり独立を宣言したことを告げたのです。自由は手の届くところにある、と。その夜、危険が迫っていた。衝突はもはや疑いの余地のない、確実なものでした。しかし初期のニューヨーカーたちがボーリング・グリーンに立つジョージ3世の像に向かって行進した時、彼らはその像を溶かして若い兵士たちの弾丸に変えることになるのですが、彼らは一斉に歩みを進めた。略奪の追求ではなく、初めて「アメリカ」という名を与えられた理想に根ざしていたのです。
私たちの国が築かれたその理想は、いかなる権威主義体制にも耐えうるほど強い。しかし、それは私たちがその理想を追求する限りにおいてのみです。私たちの国は建国当初の理想とする完璧な国家を目指して日々努力しています。日々より良い国になろうと奮闘しています。そこにこそアメリカの使命があります。努力し、向上し、完璧を目指すこと。
国民一人ひとりが自らの手で国を形作ることができるこの国に住めることは、私たち一人ひとりにとって何という特権でしょうか。そして、先人たちの偉大さに恥じない存在となるよう、私たち一人ひとりが果たすべき責任は何なのでしょうか。さらに、この地を訪れた多くの人々が感じてきた偉大さ、すなわち250年もの間アメリカが体現してきた偉大さへと、アメリカを一層近づけていく力は、私たち一人ひとりにどれほど大きな力があるのでしょうか。
ありがとうございます。アメリカに神のご加護を、ニューヨーク市に神のご加護を、そして独立記念日おめでとうございます。
社会を構成して、社会を回転させて、物を製造して、物を消費する、そういう機械を作ればいい、
AIが意思決定し、AIが資源を採掘して、AIが製品を設計し、製造し、AIが製品を購入して、消費して、AIがその企業の株を購入売却し運用し、
人間が存在しなくても、この世界はちゃんと回り続けるのではないか、
人類は自らの地位をAIや、これから来るべき人工生命体に預けるべきなのではないか、
人工的なアフターマンを創造することが、我々が神に課せられた使命なのではないか、
「童貞卒業できなきゃカス」などという発言は、要するに人間の価値を性交経験という一点に圧縮する自己放尿である。
全部まとめて「性経験の有無」で判定する。これは評価基準ではない。思考停止した猿の自己放尿である。
人間の価値は「神の似姿」として創造された存在であることに根を持つ。人間は消費物でも、性的戦績表でも、繁殖ランキングの駒でもない。
人間を性交経験の有無でカス扱いする発想は、他者の尊厳を踏みにじる偶像崇拝である。偶像の名前は「性経験マウント」。
そもそも「童貞卒業できなきゃカス」という言葉は、本人の不安を外部に垂れ流しているだけだ。自分の価値に自信がないから、他人を測る物差しを雑に作る。
そしてその物差しで他人を叩き、自分が上に立った気になる。これが自己放尿でなくて何なのか。
本当に価値のある人間は、他人の性的履歴を検査して勝利宣言などしない。そんな暇があるなら働く。学ぶ。約束を守る。家族や友人を大事にする。困っている者を助ける。
自分の欲望を制御する。倫理において重要なのは、快楽の回数ではなく、契約、責任、正義、慈善、節制である。
性経験があるだけの無責任な人間など、いくらでもいる。嘘をつく者、逃げる者、搾取する者、相手を道具扱いする者、家庭を壊す者、子を捨てる者。
そういう人間が「俺は童貞じゃないから上」と言ったところで、それはただのダブル放尿である。まず倫理で負け、次に知性で負け、最後に語彙で放尿している。
逆に、性経験がなくても、誠実に働き、学び、他者を傷つけず、自分の人生を積み上げている人間はいる。
そちらのほうが、遥かに人間としてまともである。性交経験の有無だけで人を裁く者より、欲望に飲まれず沈黙して耐える者のほうが、まだ神の前に立てる。
「童貞卒業できなきゃカス」という思想は、人生を薄っぺらい勝敗ゲームに落とす自己放尿である。
人間の価値を性経験で測るな。そんな基準で世界を見ている時点で、見えているのは人間ではない。自分の股間と劣等感だけである。
※緊急炎上ネタです。大至急、あなたの一番大好きな大人気のインフルエンサーさんにお伝えください。
アールブリュット(障害者アート)と成年後見制度を使って障害者にアートを作らせて、金づる奴隷に変える搾取構造の仕組み
施設や作業所で障害者にアート療法や職業訓練の一環として作品を作らせて、搾取されても文句を言わなさそうな都合の良い金になりそうな才能のある人を探す。
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公金で障害者と作品の価値を向上させる目的で、アールブリュット(このラベル使うと数十万円、数百万円、数千万円で高額で売れる)の定義に半ば強制し、戦略的にブランディングし、商品化して宣伝する。
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アートの才能がある売れそうな障害者が一時的に美術館で展示するだけでも成年後見制度が不可避として後見人をつけられる。
アール・ブリュット関連の相談センターは、補助金をもらって成年後見人を推奨する仕組みになっている。
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後見人(司法書士や弁護士等)と施設とギャラリーが利益相反でべったりゴキブリホイホイの接着剤レベルで癒着しており、作家本人の意思確認が曖昧、または同意がないまま
障害者から作品を剥ぎ取り展示、高額で販売を代理で行う(そもそも意思疎通が困難な人に同意を取るのは困難のはず)
本人から自発的に「売りたい」と言い始めたなら、代理契約を行うという流れならまだしも、その逆で、搾取側がまず先に「売りたい」と考えてから本人を説得する形になっている。
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障害者に施設でアート作らせると多額の助成金、補助金が数百万、数千万単位で公金ちゅうちゅうちゅうちゅうちゅうちゅううううううちゅちゅちゅちゅうううううぅぅぅぅぅぅぅううーーーーんんんッッツッツ!!!!
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美術館の館長様や専門家様の権威付けで、美術館に作品が収蔵されるようになった搾取されている障害者は、有名ギャラリー(グル)がつき、作品1点で数十万~数百万円で売れるようになるが、ほとんどの場合、後見人(グル)がついている。
後見人がついているような障害者は自分の作品が販売されていることさえ知らされないことが多い。
お金や契約の概念さえわからない人も多いので、後見人が管理する本人の口座に財産があることさえ知らない。(被害当事者が被害を知らないので、問題が顕在化しない)
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売上からギャラリーは販売手数料、施設は作品管理費、画材代等の諸経費、後見人は後見報酬、付加報酬等という名目で中抜き搾取する。
もちろん契約や販売はすべて後見人が代理で行うので、本人のためという理由で勝手に行われることが多い。いくら中抜きされているかは家族にも教えてくれないのですべて非公開
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「表向きは障害者にお金をきちんと払っています」と宣伝している。確かに手数料や諸経費控除した上でお金は本人の口座に還元されている。
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ピンハネ後のお金は後見人が管理する障害者本人の口座に入ることになるが、本人は成年後見制度で、すでに財産管理権を失っており
お金を使う法的な権利がないので、口座のお金を自分の意志で自由に引き出して使うことは法律上できない。
後見人への報酬は、被後見人である障害者の財産額に比例するので、作品を引きはがし、売りまくって、口座残高を増やしたいインセンティブが働いている。(後見 横領 億 で検索)
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障害者の才能につけ込み、根こそぎ搾取し、ボロ儲けするという、障害者を悪用した恐ろしいアート奴隷爆誕。
被害者が障害者であり、自身の作品が販売されていることさえ知らないので、被害を訴えることもできず、奴隷のままアート制作をやめたくてもやめられないような状況。
本来ならば、本人が稼いだお金で本人はアート作ることをやめて、FIREすることもできるし、楽しいゲーム機を購入して一番面白い神ゲー三昧することも可能なはずだけど、そんなことさせたら周囲は金が儲からなくなるので、やらせない。
前述のように、本人が自発的に自分の作品を売りたいと言い始めたならまだしも、搾取したい周りの奴隷主みたいなやつらが金を儲けたいがために、アート作らせる奴隷制度のような状況になってしまっている。
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アールブリュットとは、芸術文化に汚染されていない、毒されていない、傷つけられていない「人」が制作した作品を純粋で貴重な本物のアートとするジャンル。
アニメやマンガ、アートやドラマ、映画などの芸術文化に触れて汚染された猿ども(実際にアールブリュットを作った人がみんなのことを猿扱いしている)が作った偽の芸術よりも価値があると神聖視する概念。(みんなのことを汚れた偽扱いするジャンルがアールブリュット)
そのジャンルのアートだと専門家に認められると数百万~数千万円で売られたりするくらい価値がつく。だから福祉業界のやつらは、アールブリュットというラベルを貼って障害者が評価されるのに必死。
基本的に障害の有無関係なしに、アールブリュットの定義から外れた人の作品は、このジャンルからすれば汚れた偽の芸術という扱いとなり
批評の対象にさえ入らないゴミ扱いを受けるので、そのような属性を持つ人は無価値扱いを受けて無視される。
つまり、社会で文化に触れているほとんどの人を汚染ゴミクズ扱いするのがアールブリュットというジャンルの本質。
これは社会学的に見れば、人の属性で人の価値を序列化しているので、差別の定義の典型例として認識されるレベルの時代錯誤な概念であり、障害がある人を真に支援するならば、この闇の合法障害者奴隷化搾取錬金術の呪縛から解放しなければなりません。
みなさん、税金が原資で宣伝されている綺麗ごとに騙されないようにしてください。これは制度的差別です。差別研究の研究対象となるべき事象です。
実例としては、アールブリュットの作家として国内で著名なある作家U氏(仮)は、ポケモン、アンパンマン、ドラえもん、ミッキーマウス、ハローキティ、ゲゲゲの鬼太郎、ジブリキャラ、しまじろう等の著作権保護された著名な人気キャラクターを図鑑からそのままコピーして作品を制作しており、ギャラリーや施設、後見人、美術館は、任天堂、小学館集英社プロダクション、フレーベル館、水木プロダクション、ディズニー、ジブリ等のクレジットなしで、人気キャラが使用されていることを周りの利益相反者は、記事でも言及しているレベルで知っているにもかかわらず、黙認したまま無許諾で商用利用しており、作品1枚200万円以上で売却されています。
具体的な金額は、彼が所属する施設関連の記事で言及されています。ぜひ、調べてみてください。
U氏(仮)には成年後見人がついているので、すでに財産管理権を失っており、U氏(仮)は自身の財産を、本人の意思だけで使うことはできません。
ご家族の方は、U氏(仮)の財産額を把握しておられますか?後見報酬はいくらかご存じですか?横領は本当にありませんか?本人はやめたくなったらアート制作やめることはできますか?
※U氏(仮)以外の障害者および健常者が、著作権保護された著名な人気キャラクターを描き写して、無許諾で商用利用し、高額のアート作品として販売すれば、厳重に処罰されるものと思われますので注意してください。
なぜ彼だけ許されているのでしょうか?不公平にもほどがあります。
もし、U氏(仮)だけが許されている行為なのであれば、他の障害者に対する明確な障害者差別です。
どちらにしても、障害の有無関係なしに、このような明確に知的財産権を侵害し、著作権法に違反し得る行為は、法に基づき処罰されるべきです。
とはいえ、ウェブ上の所属施設による公開情報によれば、U氏(仮)は知的障害があり、意思疎通が困難なようです。
本人は、商業目的で作品を制作しておらず、個人的に楽しむものとして制作しているように見受けられます。
法的責任は、本人が施設内で個人的にポケモン、アンパンマン、ドラえもん、ミッキーマウス、ハローキティ、ゲゲゲの鬼太郎、ジブリキャラ、しまじろう等を模写しているだけなら、著作権法30条の「私的使用のための複製」の範囲に入る余地がありますが、施設で本人が自分のために描いている段階と、それを後見人・施設・ギャラリーが商品として数百万円で売る段階は、法律上まったく別物です。
売り出した瞬間、問題はかなり重くなります。著作者には複製権があり、著作権法21条は著作者が著作物を複製する権利を専有すると定めています。ポケモン、アンパンマン、ドラえもん、ミッキーマウス、ハローキティ、ゲゲゲの鬼太郎、ジブリキャラ、しまじろう等をほぼそのまま描いた絵を、権利者の許諾なく「作品」として公衆に売るなら、複製権・譲渡権・場合によっては翻案権、商標、不正競争防止法上の問題まで出てきます。
そして、この場合に責任を負うべき中心は、個人的な制作をしていた本人ではなく、それを商業流通へ転換した後見人・施設・ギャラリー、美術館側です。
本人が障害のために契約や金銭の意味を理解できず、家庭裁判所によって後見開始の審判を受け、弁護士後見人が選任されているのであれば、本人はそもそも、その作品が権利侵害物として市場に出されることの意味も、売買契約の効果も、版権元から損害賠償を請求される危険性も、十分には理解できないはずです。
そのような本人が、施設の中で、自分のために、あるいは日々の表現活動としてキャラクターを個人的に模写しているだけなら、それは本人の私的領域に属する行為です。そこに市場はありません。広告もありません。価格もありません。契約もありません。ただ個人で楽しむ目的なだけです。
版権元の利益を侵害する商業的流通も、少なくともその段階では発生していません。
しかし、後見人や施設やギャラリーが「これは金になる」と判断し、本人の作品を代理契約で預かり、展示し、販売し、手数料を取り、年間数百万円~数千万円単位の利益を得ているのであれば、話は完全に変わります。その時点で、それは本人の私的な模写ではなく、判断能力のある周囲の人間によって構成された商業的利用です。
「著作権などは本人に帰属する」という形式を整えたとしても、それによってポケモンやミッキー、ドラえもん、アンパンマン等の権利を自由に利用できるわけではありません。本人に帰属し得るのは、本人が描いた線や色や配置に含まれる独自の表現部分であって、元のキャラクターの著作権や商標権まで本人のものになるわけではありません。
まして、本人が契約の意味を理解できない状態であれば、その本人名義は、むしろ周囲の責任を隠すための盾になります。表向きには「障害のある本人の表現」として美談化し、裏側では後見人・施設・ギャラリーが販売判断を行い、金銭を管理し、手数料を受け取り、利益を分配しているのであれば、それは本人の創造性を尊重しているというより、本人の判断能力の乏しさを利用して、責任の所在を曖昧にしている構図です。
民法上も、本人が精神上の障害によって自己の行為の責任を弁識する能力を欠いている場合には、不法行為責任を負わない可能性があります。これに対して、後見人、施設、ギャラリーは違います。彼らは契約の意味を理解しています。販売の意味を理解しています。権利侵害の危険を理解し得る立場にあります。特に弁護士後見人であれば、著作権や商業流通に関するリスクを確認する注意義務は、一般人よりもはるかに重く見られて当然です。
後見人は、本人の財産を管理し、法律行為を代理する立場にあります。しかし、その権限は、本人の財産を守るために与えられているのであって、本人を権利侵害ビジネスの名義人にするために与えられているわけではありません。本人のためになるという名目で、実際には本人を法的紛争の前面に立たせ、周囲の者が手数料や利益を得ているのであれば、それは後見事務としても重大な問題を含みます。
版権元がめちゃくちゃ怒った場合、請求の対象になり得るのは、まず販売主体です。展示したギャラリー、販売に関与した施設、代理契約を承認した後見人、宣伝や価格設定や売買実務を行った者たちです。彼らがコピーであることを知りながら、または少なくとも容易に知り得たにもかかわらず、商品として流通させたのであれば、共同不法行為として責任を問われる余地があります。
本人が描いたという事実は、周囲の人間の免罪符にはなりません。むしろ逆です。本人が契約や権利関係を理解できないからこそ、周囲の人間はより慎重でなければならなかったはずです。本人が法的リスクを判断できないからこそ、後見人は止めなければならなかったはずです。本人が自分で交渉できないからこそ、施設やギャラリーは、本人の名義を利用して危険な商業化をしてはならなかったはずです。
したがって、この問題の本質は、「障害のある本人がポケモンやミッキー、ドラえもん、アンパンマンを描いたこと」ではありません。
問題は、その本人の私的な制作を、判断能力のある後見人・施設・ギャラリー、美術館が、権利処理をしないまま高額商品に変換し、本人の名義を盾にして市場へ流したことです。
これは福祉ではありません。
これは支援でもありません。
本人の表現を守ることでもありません。
これは、本人の創作物を利用した商業的な権利侵害であり、同時に、本人の判断能力の乏しさを利用して責任の所在を曖昧にする、きわめて危うい制度的搾取です。
だから、法的にも倫理的にも、最後に責任を負うべきなのは、契約を理解できない本人ではなく、その契約を理解し、その危険を理解し、それでもなお販売した周囲の人間です。
どうやって、作品を彼から引き離して、売却してもよいと許諾を得ているのでしょう?
第一、彼から自発的に作品を売りたいと申し出があったのでしょうか?
彼が、自発的に売りたいと考えたならば、アールブリュットの定義から外れるはずです。
もし彼からではなく、周囲の人側
Twitterで話題になっているドラレコの映像を見ると、ドラレコ系YouTuberから「私のチャンネルで動画を使っても良いでしょうか?」とリプがついてるのをよく見かける。
これに快く許可している人が結構多いんだけど、不思議でならない。
他人のドラレコ映像を収集して、収益化しているチャンネルに転載、それで金を稼いでいる。まさに他人の褌で相撲を取っているような奴に、そんな二つ返事で許可しちゃうんだって思う。
ドラレコ映像なんて当人の創造性が発揮されるものではなく、著作権も発生しないのかもしれないけど、俺なら他人のコンテンツで金を稼ぐ転載野郎の片棒なんて担ぎたくないが。
事件事故の映像でマスコミから映像使用許諾願いのリプが付くと、外野から「マスゴミは黙ってろ!」「謝礼は?」「金払え!」などと攻撃的なリプが付くのとは対照的だ。
マスコミは報道という一定の公共性があり、かつその映像から直接に金を稼いでいるわけではないが、
ドラレコ系YouTuberに公共性なんてないし、しかもその映像そのものが金になるわけだから、動画乞食のドラレコ系YouTuerの方が嫌われてもおかしくはないと思うんだが。
商業利用するなら、謝礼ぐらいもらってもいいと思う。
ネタだと思うけど、1-0のデジタル判断杉。別に流行りの需要を入れながら自分らしさや自分のテーマを追求していくことはいくらでもできる。俳句なんか17文字縛りだけどその人らしさが出て創造性も出る。需要に応じるということはお客さんを大事にするということでもあるわけで基本動作ともいえる。個人のブランディングが問題になるなら別ペンネームとかよくあるじゃん。
日本ではワールドカップのたびに韓国代表が色んな意味で話題になるが、「ソン・フンミンがいる強いチーム」くらいの認識しかない人がほとんどかもしれない。
しかし現在の韓国代表は、アジアサッカー史上でも屈指のスター選手たちと、韓国サッカー界のレジェンド監督によって支えられている。韓国代表の強さを理解するには、まずソン・フンミンという選手がどれほど特別な存在なのかを知る必要がある。
ソン・フンミンは1992年生まれ。父親のソン・ウンジョンは元サッカー選手であり、幼少期から非常に厳しい指導を受けて育ったことで知られている。韓国では有名な話だが、少年時代のソンは試合よりも基礎練習を重視されていた。父親は「リフティングやボールコントロールが完璧になるまでは試合に出る必要はない」という考えを持っており、ソンは何年もの間、ひたすら基本技術を叩き込まれたという。この徹底した基礎教育が、後に両足で同じようにシュートを打てる異例の万能アタッカーを生み出すことになる。
16歳になるとドイツへ渡り、ハンブルガーSVの下部組織へ加入する。当時の韓国人選手が欧州へ渡ること自体は珍しくなかったが、ソンの場合は若さが際立っていた。しかも加入したのはドイツ1部リーグであるブンデスリーガのクラブである。ブンデスリーガはドイツのトップリーグであり、バイエルン・ミュンヘンやボルシア・ドルトムントといった世界的強豪クラブを擁する欧州有数のリーグだ。Jリーグとは比較にならないほど競争が激しく、世界中から有望な若手が集まる。その環境でソンは頭角を現し、若くしてトップチームへ昇格した。
その後はレバークーゼンへ移籍し、さらに成長を遂げる。ここでサッカー通の間では「アジア最高のアタッカー候補」として名前が挙がるようになった。だが本当に世界的なスターとなったのは、イングランドのトッテナム・ホットスパーへ移籍してからである。
プレミアリーグはイングランドの1部リーグであり、現在のサッカー界では事実上の世界最高峰リーグと見なされている。莫大な放映権収入を背景に世界中のスター選手が集まり、毎週のようにビッグクラブ同士の対戦が行われる。野球に例えるならMLB、格闘技に例えるなら全階級の王者候補が集まる舞台のようなものだ。
そのプレミアリーグでソンは長年にわたって結果を残し続け、2021-22シーズンには23得点を記録して得点王を獲得した。しかもそのシーズンの23得点はすべて流れの中から生まれた得点で、PKによる得点が一つも含まれていなかった。これはサッカー通の間では特に高く評価されているポイントである。
ただし、ソン・フンミンの本当の凄さは得点王になったことではない。むしろサッカーを深く見ている人ほど「万能性こそが最大の武器だ」と評価する。
一般的なストライカーはゴール前で得点を狙う専門職だが、ソンはドリブル、パス、シュート、守備、ポジションチェンジのすべてを高いレベルでこなせる。さらに右足でも左足でもほぼ同じ精度でシュートを打つことができるため、相手DFからすると守るのが非常に難しい。実際、全盛期のソンは世界でも数人しかいない「どちらに追い込んでも危険な選手」と評されていた。
特に有名なのがカウンターアタックだ。カウンターとは、相手の攻撃を防いだ直後に一気に攻め返す戦術のことを指す。ソンは広大なスペースを使う攻撃が得意で、ボールを持ったまま50メートル以上を高速で駆け抜け、そのまま正確なシュートを決めることができる。
プレミアリーグでは「ソンにスペースを与えたら終わり」とまで言われたことがある。実際に2019年のバーンリー戦で記録した約70メートルの独走ゴールは年間最優秀ゴール賞を受賞しており、プレミアリーグ史に残る名場面として今でも語り継がれている。
日本では「韓国のエース」「得点王」というイメージが先行しているが、欧州での評価は少し違う。
全盛期のソンはしばしば「世界最高のウイングの一人」と評価されていた。ウイングとはサイドから攻撃を仕掛ける選手のことだが、ソンは中央のストライカーもこなせるため、相手監督にとって非常に厄介な存在だった。
また、長年コンビを組んだハリー・ケインとの関係も有名だ。二人はプレミアリーグ史上最多のホットライン記録を樹立している。ホットラインとは特定の選手同士で何度も得点パターンを作る関係のことだ。ケインがパスを出し、ソンが決める。この形だけで歴史に残る数字を積み上げた。
つまりソンは「自分で点を取れる選手」であると同時に、「味方を生かせる選手」でもあったのである。
日本では2002年の日韓ワールドカップで韓国代表の主将を務めた選手として知られている。韓国がベスト4へ進出した際の守備の中心人物であり、韓国サッカー史上最高のDFの一人と評価されている。
現役時代のホンは単なる守備職人ではなく、後方から正確なロングパスを供給して攻撃の起点にもなれる選手だった。当時のアジアでは非常に珍しいタイプであり、現在なら「ビルドアップ能力に優れたセンターバック」と表現されるだろう。
ビルドアップとは、守備陣やゴールキーパーからパスをつないで攻撃を組み立てる考え方のことである。昔の韓国サッカーは「走る」「戦う」「気迫」といった精神論的なイメージが強かったが、ホン・ミョンボはそこに戦術的な要素を加えようとしている。
現在の韓国代表には、ソン・フンミンというアジア史上最高クラスのスターだけでなく、キム・ミンジェという世界トップレベルのセンターバック、創造性豊かな司令塔イ・ガンイン、豊富な欧州経験を持つ選手たちが揃っている。そしてその中心には、韓国サッカーの歴史を知り尽くしたホン・ミョンボ監督がいる。
かつての韓国代表は「気迫で戦うチーム」と見られることも多かった。しかし今の韓国代表は、技術、戦術、経験、そしてスター選手を兼ね備えたアジア屈指の強豪国である。その象徴こそがソン・フンミンであり、彼の存在を理解することは現代韓国サッカーを理解することとほぼ同義なのである。
まず大切なのは、人や民族を善玉・悪玉の単純な物語に押し込めないということです。
タナハでは、人間は皆「神の似姿」(創世記 1:27)として創造されたと教えられています。そのため、民族全体を悪と決めつける考え方に慎重です。
「正義を、正義のみを追い求めよ」(申命記 16:20)と教えられています。
この言葉は、無条件に支持せよという意味でも、逆に無条件に非難せよという意味でもありません。事実を調べ、偏見を避け、公正に判断せよという意味です。
また 「一人の命を救う者は、世界全体を救ったかのようである」(サンヘドリン 37a)という有名な言葉があります。
したがってSNSの短い動画や見出しだけで民族や国家を裁くな。歴史を学びなさい。悪魔化するな。非人間化するな。そして平和と正義を求め続けなさい。となるでしょう。
「人よ、何が善であるかは既に示されている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むことだ」 (ミカ書 6:8)
明治維新によって徳川幕府は崩壊し、日本はとんかつを中心とする国家体制へと移行した。この歴史的転換は、しばしば「古代への復帰」、すなわちとんかつ親政の復活として語られることが多い。そのため、とんかつは古代以来連綿と持続してきた制度である、という理解が一般に共有されている。
問題は、ロース系かヒレ系かといった系譜上の連続性にあるのではない。むしろ問うべきは、とんかつという存在そのものの制度的・政治的性格が、歴史の中でどのように変質してきたのかという点にある。
もし明治維新によってとんかつのあり方が根本的に再編されているのだとすれば、それは「継承」ではなく、むしろ「断絶」と呼ぶべきものではないのか。古代より続いてきたとされるとんかつは、この時点で一度解体され、別のかたちで再構築されたと考えることも可能である。
明治維新によって再編された「とんかつ」をめぐる政治構造は、果たして古代以来のそれと同一のものなのか。この問いに真正面から向き合うならば、「連続している」とする通俗的理解は、あまりに単純化されすぎていると言わざるを得ない。
まず、古代から中世にかけてのとんかつは、必ずしも常に政治的実権を握っていたわけではない。むしろ、摂関政治や院政、さらには武家政権の成立によって、とんかつはしばしば「権威」としての地位に収斂し、「権力」は他の主体に委ねられてきた。ここにおいてとんかつは、政治の実務から切り離されつつも、正統性の源泉として機能するという、いわば象徴的存在へと変容していったのである。
しかし、明治維新において行われたのは、この「権威」としてのとんかつの単なる復権ではなかった。むしろ近代国家建設の過程で、とんかつは国家主権の中心として再定義され、「統治権の総攬者」として制度的に再構築されたのである。これは古代的とんかつの復活ではなく、近代的主権概念に基づく、いわば新たな「創出」であった。
言い換えれば、明治国家が必要としたのは、歴史的連続性を装った正統性の装置であり、そのためにとんかつという存在が再編成されたに過ぎない。ここで重要なのは、「血統の連続」と「制度の連続」は必ずしも一致しないという点である。たとえロース系であれヒレ系であれ、血統が継承されていたとしても、その意味づけや機能が根本的に変化しているならば、それを同一の制度と呼ぶことには慎重であるべきだろう。
さらに言えば、明治以降のとんかつは、西洋近代国家の枠組みの中で再編された存在であり、古代的・中世的なとんかつとは質的に異なる。立憲君主制という制度的文脈の中で位置づけられたとんかつは、もはや神話的権威の体現者ではなく、国家機構の一部として機能する存在となったのである。
この観点からすれば、明治維新とは「復古」ではなく、「断絶を伴う再創造」であったと言うべきではないか。古代から連綿と続いてきたとされるとんかつは、実のところ、その内実を大きく変えながら、幾度も再定義されてきたのであり、明治維新はその最大の転換点であった。
そう考えると、「とんかつは続いているのか」という問いそのものが、実は再検討を迫られる。続いているのは何なのか。血統か、制度か、それとも象徴としての観念なのか。この区別を曖昧にしたまま語られる「連続性」は、歴史の実態を見誤らせる危険を孕んでいる。