はてなキーワード: 銀行とは
会社には借金がある会社と、借金がない会社がある。ここまでは誰でも知っている。ところが世の中には、「借金がない会社なのに、ある日突然借金を返す係になる会社」というものがあるらしい。
たとえば町内会である。ある日、隣町のおじさんが高級車をローンで買った。すると翌日、「では皆さんで返済してください」と回覧板が回ってくるようなものである。
「いやいや、車を買ったのはあなたでしょう」
と言いたくなる。
LBOという仕組みを知ったとき、私はしばらく頭の中で図を描いてみた。買う人がお金を借りる。そこまではいい。そのあと会社同士をくっつける。すると借金が「はい、あなたのものです」と引っ越してくる。借金というのはずいぶん社交的な生き物である。自分で歩いてくる。
しかも返済するのは、その借金を作った人ではなく、まじめに仕事をして利益を出してきた社員たちなのである。
これを聞くと、「借金返済マシーン」という言葉が少々乱暴ながら、妙に腑に落ちる。
「いやいや、企業価値を高めるんです。」これは間違ってはいない。
しかし「企業価値を高める」という言葉は便利である。野球選手に向かって「もっと打ってください」と言うくらい便利だ。
ではどうやって高めるのかというと、利益を出してもらう。配当を出してもらう。借金をちゃんと返してもらう。
なるほど、数字はきれいになる。ただ、その数字をきれいにしているのは、朝から現場へ行き、営業へ出て、図面を書き、報告書を書き、客先へ頭を下げている人たちである。
数字はエクセルで増えない。人が働くから増える。そこを忘れると、「企業価値」という四文字だけが一人歩きする。
社員説明会で光ったのは「わが社には内部留保はいくらありますか」という質問だった。
そこへ突然、「実は親戚が住宅ローンを組みまして」と言われる。
もちろん親戚が組んだローンである。
なのに返済はこっち。
もっと気になるのは二年後だ。ファンドは二年ほどで売却する計画らしい。
私はここで駅伝を思い出した。
タスキは渡る。しかし借金も渡る。しかも走っているのは同じ社員たちである。
もちろん、企業買収そのものが悪いと言うつもりはない。買収によって会社が立ち直る例もたくさんある。
新しい技術が入り、新しい販路ができ、社員が報われることもある。問題は、「誰が価値を生み、誰がその果実を受け取るのか」という配分なのだろう。
会社というのは工場でも、建物でもない。最後は人である。利益を出すのも人。技術を磨くのも人。客に選ばれるのも人。
その人たちが「この会社のために頑張ろう」と思えなくなった瞬間、貸借対照表には現れない、一番大きな資産が静かに流出していく。
人材流出という言葉はよく聞くが、あれは人が辞めることではない。「この会社で頑張ろう」という気持ちが、少しずつ会社の外へ歩いていく現象なのだ。
ところで、この話を最初に聞いたとき、私は少々動揺した。いや、「少々」ではない。かなり動揺した。
説明を聞いているうちに、頭の中で何かが音を立てて組み替わっていくのである。
会社というものは、お客さんに役立つものをつくり、その利益で社員が給料をもらい、新しい技術に投資し、また次の仕事をする。
そんなふうに理解していた。もちろん株主もいるし、銀行もいる。
しかし、みんな最後は「事業」が中心にあるものだと思っていた。
ところが今回は、順番が逆だった。
事業は借金を返すためにある。利益は借金を返すためにある。賞与も研究開発も、そのあとである。
「ああ、そういう世界もあるのか。」説明を聞きながら、そんなことを考えていた。
社長は淡々と数字を説明していた。年間いくら返済する。利益が足りなければこうする。十年くらいかけて返済する。
経営者としては、それしか説明のしようがない。感情で借金は減らない。だから数字を語る。
しかし、聞いている側は数字だけを聞いているわけではない。自分は明日から何のために働くのだろう。そんなことまで考えてしまう。
実は、借金そのものよりも、こちらのほうが重い。人間というのは、「何のために頑張るのか」がわからなくなると、急に力が出なくなる生き物だからだ。
ところが、「この会社でもうひと頑張りしてみよう」という社員の気持ちは、どこにも載っていない。会計上はゼロ円である。
親が亡くなった際、携帯電話の月額料金を止めるために「すぐに解約しなきゃ」と考えがちですが、実は急いで解約すると後から非常に困るケースが多発します。
良かれと思って手続きしたことが、その後の遺品整理や相続手続きの大きな障壁になってしまう理由をまとめました。
現代のデジタル遺品整理において、これが最大の盲点になります。
銀行のオンラインバンキング、証券口座、クレジットカード、各種SNS、ネットショッピングなどのアカウントにログインしようとすると、登録されている携帯電話番号(SMS)に認証コードが送られる「2段階認証」が設定されていることがほとんどです。
解約してしまうと、SMSが受信できなくなり、故人のアカウントに一切ログインできなくなります。口座の残高確認や解約手続きをネット上で行うことが不可能になり、各社と書面や電話で長い時間をかけてやり取りする羽目になります。
故人がどのようなサブスクリプション(月額課金サービス)や公共料金、クレジットカードを使っていたか、遺族がすべてを把握しているケースは稀です。
携帯電話が生きていれば、督促のSMSやメール、確認の電話が入るため、「あ、ここも契約していたんだ」と気づくことができます。
解約してしまうと、支払いの遅れや契約継続の通知が届かなくなり、最悪の場合、気づかないうちに未払金が膨らみ、法定相続人がその債務を引き継ぐリスクが生じます。
銀行は名義人の死亡を把握すると口座を凍結します。これにより携帯料金の引き落としも止まりますが、引き落とせなかった際にキャリアから「重要なお知らせ」としてSMSや通知が届きます。これによって、まだ解約していなかったサービスを特定する手がかりになります。
故人の友人や知人、仕事関係の人への訃報連絡をする際、スマホの連絡先アプリやLINEが頼りになります。端末自体は解約してもWi-Fiに繋げば開けることが多いですが、アプリによっては回線解約(電話番号の喪失)によってログインできなくなったり、データが同期されなくなったりするものがあります。
最低でも「四十九日の法要が終わり、銀行や保険などの主要な相続手続きの目処が立つまで」は、回線を維持しておくことを強くおすすめします。
月額料金は発生してしまいますが、後からの手続きが煩雑になる時間的・精神的コストに比べれば、数ヶ月分の基本料金は「必要経費」と割り切った方が安全です。
ぶっちゃけ、銀行でも宅配便でもクレジットカードでも、サポートの質は下がったよね。
オペレーターにつないでくれたほうが色々便利だったけど、そういうのってコストで結局消費者に跳ね返ってくるもんで、AIで人件費カットすれば安くなる。
デザインとか翻訳とか、こんな品質いらんかったんだなって思うしさ。
でもさあ、コストが下がると利益が増えて給料が上がってみんな幸せってなるんかね?
給料が上がったって、モノやサービスの質が下がったら、生活の質は落ちるんじゃないんかね?
モノ買うのはAmazonで、届く商品は10ヶ国語マニュアルの怪しい日本語、不具合があったらももう一個送りつけるみたいなサポート、これが人類が望んだ世界なのか?
社会に出て直ぐの右も左もわからない頃から、個人相手、法人相手、王道のISP受付窓口、銀行、某大手通信業者、PC、電子機器のテクニカルサポート、アウトバウンド獲得業務、国勢調査・・様々なセンターで働いてきた。扱う商材、サービスにもよるが、客層が悪いところはクレームが当たり前。電話に出るたび出るたび怒鳴られて文句を言われていた。
10年以上前の話だが、某大手通信業者の系列で働いていた時は「殿様商売」ってよく言われていたっけな。電話加入権(正確には施設設置負担金です。今思い出した)の価格がちょうど下がった頃だったと思う。「昔は資産だったのに、今では二束三文でうんぬん・・・」って言われたこともあった。おじちゃんごめんな。自分は全く悪くない。
この職場は結構長くいたが、今考えてもやはり世間の常識とは違うことをやっていたんだなと感じることが多かった。朝は必ずラジオ体操。
偉い人が座る窓際の横向きのデスクで、当時の主査(ヒラのひとつ上)が業務中にスポーツ新聞を読んでいたこともあった。もう少し時代が古ければ、タバコでも吸っていたのかもしれない。他にも国政選挙に出馬する某議員が、職場に「応援よろしく」って感じで来たこともある。ああやって組織票は作られていくんだろうな。わたしは社員じゃなかったし、選挙には全く興味が無かったから行かなかったが。
定年間近の高齢社員が多かったことから、わたし含めた一部の派遣社員達からは「社員達の墓場」と言われていた。
今はどうなんだろう。拠点も移動してキラキラしたオフィスで働いているらしい。
それから、この職場はクレームがあると、ほぼ100%の確率で料金の無償化をしていた。相手が○○料金を〇か月無料にしろ!と言ってきたら「はいわかりました」とやっていたのである。御用聞きかよ。でも若いころにこの職場のやり方を経験してしまったおかげで、クレーム対応=相手に迎合することと自分の中でインプットされてしまったことは、本当に良くないキャリアだったなと今でも思う。
このやり方を訂正出来たのは、その後10年以上経ってからだった。
20年前のコールセンター業界と言えば、「電話オペレーター=女子」みたいなイメージの世界で(今でもその名残はたくさんあるけど)、若い女子はいても若い男子は全くいなかった。自分以外は若い女の子か、既婚女性が定番。当時は全く気付かなかったけれど、若いまともな男性はコールセンター業界に寄り付きすらしなかった。そりゃそうさ、みんなちゃんと就活をして正社員として就職していったんだから。今でこそ、老若男女問わずなんなら60超えたおっさんやおばさんも活躍する業界になってしまったが、20年前のコールセンターと言えば「若い女性か、既婚女性がフルタイムで正社員ほどではないけれど、お金を稼げる場所だった」な。
だから、コールセンターに来る若い男性は、当時の感覚で言えば、世の就職戦線に参戦しなかった、もしくは自分のように出来なかった人間達が集まってきたから、だいたいが変な奴が多かった。まともなやつは、この仕事を「つなぎ」として考えており、すぐに就職を決めていった。そんな気がする。自分は正社員になるのが怖くて怖くて、なんとなくお給料の良いこの職場に居続けて結局、今。
時間の流れって早い。
コールセンターの仕事も最初はうまく行かなかった。いろいろな人に怒られて、ある職場では3か月と続かず、ある日の朝、早めに職場に出社して「すみません辞めたいです」「ああ、いいよ」とその場で退職になった職場もある。今考えれば、あの後どのような手続きが行われたのだろう。私は退職届にはサインしていない。
当時のSVに退職を告げたあと、近くの公園の芝生に大の字なって寝転んで「あーーーーーー終わったーーー」と言っていた時、寝転んでいるすぐ隣で、これから出勤していくであろうスーツ姿の男性を見て、罪悪感を覚えた記憶がある。あの時の自分は真面目過ぎた。
20、30代の頃は自分もイキがっていたから「俺がやるべき仕事はこんなもんじゃない(もっと難しく、スケールのでかい、自分にふさわしい仕事があるはず)」と思っていた頃もあった。だから、既婚者と一緒に仕事をするのが本当に嫌だった。彼女たちののんびりペースに合わせていては、成長できないと思っていたからだ。でも、途中から「だったら、今頃ちゃんとした給料得ているよな?」と思うようになり、今では「偶然という名の必然やな」と思うようになった。女性の輪の中で過ごしたことは、割と経験になっていて、何より一番経験になっているのは「仕事仕事仕事」モードにならないこと。彼女たち女性は「仕事になんて全力を出さない」「仕事が終わったらさっさと帰る」「余計なことはしない」マインドだったので、これは学ばせてもらっていた。もし自分が男性社会に居たら、今頃タワマンの屋上から飛び降り自殺でもしてたかもしれない。お給料は割ともらえているので、生活には困っていない。ただし一人で暮らす分だけで精一杯ではあるが。
6割の確率で大クレームを引く職場もあれば、全くクレームに出会わない職場もある。とあるセンターでは、顧客として話す相手のほとんどが、一部上場企業もしくは、その業界のシェアトップの企業だった。相手も仕事としてかけてくるので、乱暴に怒られることはほぼ無く、言葉遣いも丁寧だし、品もあって何より賢い方ばかり。我々が何かミスをしても笑って許してくれる方ばかりで「なんや、こんな世界があるんか」と思ってしまった。会話もとても勉強になることばかりで、この職場を通じて様々なことを学んだ。世の中にある企業はソニーとパナソニックとソフトバンクくらいだと思っていた自分にとっては「うわ、世の中ってこんなにいろんな分野にいろんな会社があるんや」と世界を広げさせてくれた。そして何よりも、「環境ってめっちゃ大事だな」ということを痛感した。
同じオペレーターの仕事でも、ある職場では毎日奴隷みたいに怒鳴られて、自尊心をボロボロにされる・・(ただしクライアントはそんな我々の気持ちは微塵も理解していない。彼らはバカだから)こともあれば、前述のセンターのように、天国のような環境もある。
私は実家の父親が母親に暴力暴言をふるう家庭だったのだが、あのようなバイオレンスを日常的に浴びせられると、自尊心もへったくれもなくなってしまう。同じようなことがコールセンター業界にもあり、毎日意味もなく怒鳴られていると、自尊心は削られていくのだが、毎日天国のような環境にいくと、削られるどころか、自尊心もマインドもどんどん成長していくのだなと思ってしまった。つまり、父が母にバイオレンスをするのは、それをそばから見ている子供にとっては犯罪的。そういうことである。
時代の変化もあるのかもしれない。カスハラなんて言葉、昔は無かったからな。
ひたすらクレームを言う客。自説を展開してくる客。
人によっては、毎日電話をしてきて、1時間、2時間しゃべる・・という人もいた。当時はわからなかったが、今となればみんな寂しかったんだろうなと思う。
ただの一度も好きになったことがない。ただ、他の世界を全く知らなかったので、他の世界への逃げ方がわからなくて、でも、一人で暮らすには十分なお金がもらえるから、やっていただけである。
毎日ストレスが溜まって、そんなこと考える暇もなかったっていうのもある。そのうちに、何となく経験とスキルめいたものがついてしまい、多少困難なら経験で乗り切れるようになってしまった。困ったね。本人は楽しくないのに。
コールセンターじゃない世界線を生きていたら、自分は何をやっていたんだろうな。
※追記。
なんか伸びてるみたいなので、まだ書いてない事書く
・恋愛
既婚者(女性)の人と仲良くなったっていう話はよく聞く。女性が多い業界なので、女性からアプローチを受けることもよくある。自分もあったけど、どうなったかは秘密。結婚相手が同じセンターの人間ってのもよくある。まあ必然的にそうなるわな。知り合いで出世している人の結婚相手も、同じセンターのオペレーターだった。
・人の入れ替わり
早い。みんなが思っている通り。翌月には次の新人が10人単位でやってきて、半年後には自分の同期が半分になっている。その繰り返し。
もちろんセンターによる。
・職業名
昔はこれが嫌だった。私たちの職業はどこまで行っても「コールセンター」である。○○会社でPCの修理受付をしている。テクニカルサポートの仕事をしている、うんぬんとは言わないし言えない。秘密保持なんとかもあるから余計にね。20代の頃、趣味サークルに来ていた子供に「なんの仕事してるの?」と純粋な眼差しを向けられて、真面目だった自分は「こ、コールセンターだよっ」としか言えなかったことを覚えている。仕事の詳細を語れなかったのがつらかった。今ならふつーにしゃべっちゃうけどなw
我々はあくまでカメレオン。違う職場に行ったら、違う職場の社員に擬態する。そのため、転職した直後は、前の職場の名乗り方でしゃべっちゃう事多い(あるある)。コールセンターに電話をかけて、文脈とは違う単語を発した奴がいたら「こいつ一瞬前の職場のモードになったな」と思えばいい。
・スキル
仕事を選べば割と身につく。社員のように交渉能力や対外コミュニケーション能力は鍛えられないかもしれないが、ITの知識やら、特定のアプリケーションの知識など。割と生活に役立つことも多い。PC系の知識は仕事をしながら学んだ。
・人間関係
職場による。どの業種もそうだね。パワハラ、セクハラ見て見ぬふりの職場もあれば、即座に対応してくれる職場もある。これは職場ごとに違うとしか言いようがない。
・あるある
「一度コールセンターの世界に足を踏み入れた人は、コールセンターの世界を渡り歩く」。これ何故なんだろうな。ある職場で一緒に働いていた人、上司。その後の近況を聞けば、だいたいが別のコールセンターで働いていることが多い。というか、ほぼそう。夜の世界から昼職へ戻るくらいに、コールセンターからコールセンター以外の職へ、アガることは難しい。そちらの方が待遇が悪くなることがほとんどだからだ。そうしてみんなどんどん沼にはまっていく。
それはおかしくないか?と思ってAIに聞いたらなんかマネロンとして使われてる、という回答が返ってきた
間違ってないけど間違ってる。
ネットで見かけられたその主張は、「核心的な実態を突いているが、ニュアンスに少し誤解や誇張がある」というのが正確なところです。
トレーディングカード(特にポケモンカードや遊戯王など)に中国系の資金が大量に流入しているのは紛れもない事実ですが、その目的は純粋な「資産運用(ポートフォリオ)」というよりも、「中国国内の厳しい規制から逃れるための脱法的な資金移動(資産退避)」という側面が強くなっています。
高額なレアカード、特に第三者機関(PSAなど)によって最高評価「PSA10」をつけられたカードは、世界的な相場が確立されています。
東京の秋葉原や池袋などの専門店に持ち込めば、その日の買取価格で即座に100万円単位の現金(日本円)に換えられるため、現物資産としての「流動性(換金性)」は非常に高いです。ただし、株や金(ゴールド)に比べると価格の乱高下が激しく、純粋な安定資産というよりは「投機商品」に近い性質を持っています。
【判定:一部事実(規制がないのではなく、網の目をかいくぐっている)】
ここが一番のポイントです。不動産を購入したり、銀行を通じて海外へ多額の送金をする場合、厳格な身元確認や登記、資金源の証明が必要になります。また、中国政府は個人の外貨持ち出しを「年間5万ドル(約750万円)まで」と厳しく制限しています。
一方、トレーディングカードはあくまで「お店で買える物品(動産)」です。購入や売却の時点では、不動産のような厳しい資産規制や国境を越える送金規制がかかりません。規制がないから堂々とやっているというより、「既存の厳しい規制を回避しやすい媒介物」として目をつけられたのが実態です。
3. 「海外(特に中国)の富裕層がポートフォリオとして資金投入している」
【判定:目的が異なる(資産運用ではなく、外貨獲得・資産退避)】
中国の富裕層や彼らに雇われたバイヤーが資金を投入しているのは事実ですが、彼らの多くはカードを長期保有してコレクション(ポートフォリオ)にしたいわけではありません。目的は「人民元を日本円(外貨)に換えること」です。
報道などで明らかになっている具体的な手口(通称:ポケカ送金)は以下のようなものです。
ステップ1: 中国の富裕層(または転売グループ)が、日本国内のカードショップで、中国発行のクレジットカードを使って高額カードを大量に購入する。
ステップ2: 購入代金は、後日、中国国内の銀行口座から「人民元」で引き落とされる。
ステップ3: 購入したカードを、すぐ別の日本のショップで売却し、「日本円の現金」を手に入れる。
本来なら中国政府の規制で日本に送金できないはずの資金が、カードを買い、すぐ売るというプロセスを挟むだけで、合法的な買い物を装って日本円に化けたことになります。こうして作られた日本円の現金が、日本のタワーマンションなどの不動産購入の原資に充てられているケースも指摘されています。
まとめ
ネットの主張通り、中国からの資金流入や、規制の緩さを突いた動きがあるのは事実です。
しかしそれは、彼らが「カードの未来に投資している(ポートフォリオ)」というよりは、中国国内の景気後退や人民元安、外貨規制のリスクから逃れるために、「一番手軽に、目立たず、確実に元を円に換えられるマネーロンダリング(資金移動)の道具」としてカード市場を利用している、というのが現在のリアルな裏側です。
名称変更とクソダサ新ロゴが話題の「ドコモの銀行」だが、いまこそここに乗るのが吉だ
前身の住信SBIは、優れたUI云々がこれまでの成長理由と言われてるが、真の理由は「悪い客層でも積極的に迎え入れた」ためである
水商売の人やパパ活の人など、他行なら口座開設やローンを断られる客層を積極的に迎え入れた
この点は全東信と似ている
住信SBIの預金量は地銀並みなのに口座数はメガバン並みなのはそのためだ
いまはドコモ銀行の中には居ないから推測になるが、そういう悪い客層を入れ替えたいのではないかと見ている
ドコモの銀行は前身時代から預貸率が80%後半と銀行の中ではかなり高い部類で、預金流出が起きたら稼ぎ場所となる住宅ローンの新規契約が出来なくなる
だから今回のロゴ変更で預金流出発生→新規預金獲得のための一大キャンペーン(預金金利アップ等)実施、という流れが予想される
キャンペーンに乗るために今のうちからドコモの銀行に口座を開いておくと幸せかもしれん
あとSBI新生銀行に移る云々言ってる人がちらほらいるが、一時的にはそうなるかもしれんが1年後には新生銀行もダメか、となる可能性が極めて高いとだけ言っておく
それらは、モスクワが肉挽き器のような戦争をもう一年乗り切る能力を静かに締め付ける、運動的な制裁措置である。前線での燃料不足」といった見出しは忘れろ。本当のダメージはマクロ経済的なものであり、それが複合的に悪化している。
燃料は国内貿易の循環システムだ。パン、セメント、予備部品、そして市民生活を凍りつかせないすべてのものを運ぶのは、鉄道ではなくトラックだ。ディーゼル価格が数週間で30〜40パーセント跳ね上がれば、そのコストはすべての値札に直撃する。4月のほぼゼロの週次インフレは、6月の2つの隔週で0.47パーセントに転じ、昨年同期の4倍に達した。それなのに、季節の果物や野菜が数字を押し下げるはずだったのだ。これはノイズではない。これは構造的なショックだ。
ナビウリナは2週間姿を消し、再登場して、中央銀行がまさにこの燃料主導の消費者インフレのために利下げを棚上げすると認めた。翻訳:政策金利は厳しく高止まりしたまま。既存の債務の利払いがより高くつく。新規借入のコストが上がる。通常OFZを吸い上げる銀行やファンドが、突然慎重になる。7月1日の入札を見てみろ:1100億ルーブルを供給、需要260億、実際の落札103億、現金入札額は惨めな91億だ。このパターンが続けば、計画された5.5兆ルーブルの借入は幻想だ。モスクワはインフレをさらに煽ることなく市民経済を刺激できず、予算計上した税を徴収できず、安価に債務を繰り延べられない。金利が下がらない1パーセントごとに、戦争マシンに届かない金か、破滅的なコストでしか届かない金になる。
これは、1988〜90年の後期ソ連経済がよく知っていた、遅効性のスタグフレーションの罠だ。上からのゼロ成長の命令が、加速する物価と衝突し、エリートたちが縮小するパイをめぐって互いにナイフを突き立て始める。Sberの独自報告書はすでに、「大量の信用悪化と企業倒産の高リスク」を警告した。グrefが公に割り込んでナビウリナに数日間嫌味を言いまくったのも不思議ではない。忠実なオリガルヒたちでさえ公の場で喧嘩を始めるとき、レジーム内の政治的温度はどんなインフレ指数よりも速く上昇している。
自らをエネルギー超大国と呼ぶ国は、前線で現金と死体を燃やしながら、自らの後方を守ることさえできないと悟り始めている。製油所を叩き続けろ。モスクワが先送りしようとしている経済爆発は、すべての成功した攻撃ごとに近づいている。そしてそれが到達したとき、国営TVでの愛国的な叫び声の量では、帝国主義的侵略のツケがようやく回ってきたという事実を覆い隠せない。
https://x.com/LetsArmUKR/status/2073912793598734594
https://ru.wikipedia.org/wiki/Алые паруса
«緋の帆» — ソビエト そして ロシア 同窓会休暇 中等学校に記された サンクトペテルブルク 毎年[[1]、 原則として、最も軽いものに最も近い ホワイトナイト 土曜日(およそ 18—6月28日を除いて 6月22日ロシアではこの日に祝われるので 追悼と悲しみの日[[2])。
この祝日は 1968 年 6 月 28 日にレニングラードで初めて開催されました[[1]。この祝日の著者であり発案者はアレクサンダー(アンシェル)・ベニアミノビッチ・クラインマン・オルレアンでした。最初の公式祝日は 1 年後の 1969 年に開催されました[[1]。1979 年に祝賀会は中止され、2005 年から — が再開されました[[1]。復活した休日の主催者はこうだった 銀行 «ロシア»[[3]サンクトペテルブルク政府[[4]。
2025年の祝日は6月28日(土)から29日(日)の夜に行われました[[5][[6]。
この祝日の主なイデオロギーは、そのモットーに定式化されています:«ロシアとともに»[[8]。
«スカーレット・セイルズの»厳粛さと全体的な雰囲気は、サンクトペテルブルクと国全体の将来がかかっている才能と将来有望な若者たち、新世代に市が抱く希望を強調している。
この祝日«スカーレット セイルズ»は 1968 年にレニングラードで登場しました[[9] 最初の祝賀会は1968年6月28日午後11時に始まりました。休日の一部は水域で行われました ネヴァ 間 キロフスキー そして 宮殿の橋、 川の広い範囲に ペテロとパウロの要塞。観客は宮殿の堤防、橋、ヴァシリエフスキー島の砂州に収容された。最初のイベントには2万5千人以上の卒業生が集まりました«スカーレットセイルズ»[[10]。
休日の伴奏は«Anthem to the Great City»でした ラインホルト・グリエール。この作品は後に音楽シンボル«スカーレット セイルズ»の 1 つとなりました。ボートの戦隊がパレード編隊を組んでキーロフ橋の下から出てきて、休暇が始まった。主船«が彼らの後ろから出てきましたレニングラード» および制服を着た卒業生を乗せたボート スヴォロフスキー そして ナヒモフスキー 学校。提督の船«レニングラード»には休暇中の卒業生が3人乗っていた ペナント。彼らの隣には—松明に火をつけた少年と少女がいます。それらは休日の参加者の手にある松明から点火されました 吻側柱、 休日の終わりまで燃え続けました。
休日の象徴であった船は何度か変更されました。当初、この役割は船«ナデジダ»によって果たされていましたが、1 年後に置き換えられました スクーナー «コドル»、 1970 年から1976 年まで使用された[[1]。
1977年、CPSUレニングラード地域委員会委員長 グリゴリー・ロマノフ 私は組織的にイベントをキャンセルすることに決め、すでに 1977 年に休暇は船なしで行われました — に移動されました キーロフにちなんで名付けられたスタジアム日中にミニチュアステージでコンサートが行われた場所。例年と同様、コンサート後にネヴァ川で休暇が開催されることを期待していた卒業生たちは、堤防まで一斉に歩いた—が、休暇の代わりにパトカーがネヴァ川沿いを走り、拡声器で人々の解散を呼びかけた。
1979年、ロマノフは大勢の若者による問題を恐れて休暇を完全にキャンセルした[[1][[11]。この祝日は非公式となり、2005 年になって初めて正式な地位が再開されました。
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、ネヴァ川のサンクトペテルブルクの学校で大規模な卒業式が行われていた頃、船主たちが自らの意思でその夜に赤い帆を掲げた船があった[[1]。
ネヴァ海域での祝賀会は1979年に中止されたが、祝日は引き続き開催された セストロレツク 1991 年まで[[12][[13]。公園内の水域«ナポレオンの帽子»でお祭りイベントが開催されました«オークの木々»、そして湖の水の中で こぼれる(この形式での最後の祝賀会は 1991 年にそこで行われました)。ヨット «バイキング»、«ミラージュ»、«ナデジダ»、«コルセア»、«スキーフ»など、水上スキーヤーを乗せたボート、10—25 隻のボートが祝賀会に参加しました。松明、照明弾、花火が使用され、アーティストが演奏しました レンコンサート。祝日の主催者の中にはヨットクラブもあった セストロレツクツールプラント。
実装の段階
«Scarlet Sails»は 2 つの部分で構成されています: コンサート パレススクエア通常は22:00から始まり、ネヴァ海域で花火ショーが開催されます。このショーでは、緋色の帆をつけた帆船が音楽と花火とともにネヴァ川に沿って航行します。
宮殿広場に特別に設置されたオープンステージで行われるコンサートでは、人気ミュージシャンやユースアイドルが演奏します。休日の最も一般的な有名なゲストの中で — 参加者 «ユーロビジョン» セルゲイ・ラザレフ、 歌手 ポリーナ・ガガリーナ と マーカス リヴァ[[14]。
通常約 20 分間続く花火ショーは、白い夜の最も暗い時間、常に真夜中以降に始まります。2019年、花火部分は0時40分に始まりました[[14]。
卒業生自身と招待客のみが休日のメインエリアに入場できます[[1]しかし、街の住民や観光客は堤防や橋の上に集まり、そこから花火大会やネヴァ川の船の通過を見ることができます。毎年、«スカーレットセイルの»人気は高まるばかりです。
2010 年«スカーレット セイルズ»には 350 万人が訪れました。休暇中、サンクトペテルブルクに到着した外国人観光客の数は、この期間のサンクトペテルブルクへの平均訪問数の2。5倍でした[[15]。
統計によると、«スカーレットセイルズ»には最大300万人の観客が参加しています。また、イベントは«で放送されますチャンネル5»;イベントにはテレビ機器が設置されました。2014 年、18 歳以上の視聴者の視聴率«スカーレット セイルズ»は 26。1% でした。ロシアでは、このイベントは500万人が視聴した。[[ソース 1137 日は指定されていません]
2016 年、«Scarlet Sails»は、—最優秀文化イベント—、«最優秀ソーシャル プロジェクト»、«最優秀特別イベント»、«最優秀都市イベントの 5 つのカテゴリーで、唯一のヨーロッパ イベント マーケティング賞 » ヨーロッパ ベスト イベント アワード «のファイナリストに選ばれました。»および«最優秀顧客志向イベント»[[16]。その結果、このプロジェクトは«最優秀都市イベント»部門で最優秀イベントに選ばれ、«最優秀文化イベント»部門で第2位を獲得しました[[17]。
2018 年«スカーレット セイルズ»には100 万人以上が訪れました[[18]。
2019 年、宮殿広場の視聴者数は33 千人でした; 合計で約150 万人が市の堤防や橋から休日を視聴し、«チャンネル5» が司会を務める生放送は830 万人が視聴しました[[19]。この祝日の放送は、視聴者が16地域の居住者だったロシアだけでなく、海外でも視聴された。«Scarlet Sails» からの生放送は世界 8 か国で行われました[[19]CBSメディア通信はこの祝賀行事をロシアとヨーロッパで最も輝かしい花火ショーと呼んだ[[14]。同年 に サウスシーサイドパーク 赤と緑の色の人工芝で作られた帆船の小さなコピーが設置されました; コピーの作成と設置のコストは50 万ルーブルです[[20]。
«Scarlet Sails»は、ロシアのメディア、テレビ、ラジオで幅広い情報サポートを受けています。
同窓会フェスティバル期間中、ネフスキー大通りの交通は部分的に遮断され、遮断された高速道路自体が楽しい歩行者専用ゾーンになります。
«スカーレットセイル»はサンクトペテルブルク政府と銀行«ロシア»の支援を受けて実施されます。大統領は伝統的に、«スカーレット セイルズ»に行く卒業生へのお祝いのビデオ メッセージを記録しています ウラジミール・プーチン あるいは政府の長 ドミトリー・メドベージェフ。祝日の舞台では、卒業生は市の指導者から個人的に祝福されます。たとえば、2019 年にはサンクトペテルブルク知事が祝日の開会式で講演しました アレクサンダー・ベグロフ。
復活した休日
ウラジーミル・プーチンは2005年に«スカーレット・セイルズの»公式保有を復活させることを提案した。サンクトペテルブルク総督は彼の主導で ヴァレンティーナ・マトヴィエンコ 私はサンクトペテルブルクで卒業生の休暇を開催するという伝統を再開することにした[[21]。
«Scarlet Sails» は、最新のマルチメディア テクノロジーをすべて使用した、オープン ウォーターでの大規模なマルチメディア パフォーマンスです。水域の作業スペースは1。8km x 800メートルです。メイン アクションの空間全体は線形セクターに分割されており、各セクターはモバイル仮想背景セットを表します。フローティングプラットフォーム(はしけ、 ポンツーン) は座標グリッドに沿って明確に配置され、周囲に位置する観客が«デッドゾーンの»最小数を持つように、船の通路によって制限されたスペースに割り当てられます。この構成により、マルチメディア アーキテクチャの多面的な図面を作成できます。各フラグメントは仮想空間全体の不可欠な部分です。主なコンポーネントは、花火と光のショー、追加の — ウォーター ショー、火と噴水の壁です。パフォーマンス全体が音楽と完全に同期しています SMPTEタイムコード[英語]。この祝日は、オープンウォーターで開催される世界最大のウォーターパフォーマンスの 1 つです。
2019年以来、この目的のために市が特別に買収したブリッグ«ロシア»は緋色の帆で航行している。この祝日の新しいシンボルは、«Scarlet Sails» — 900 平方メートルの歴史の中で最大の帆面積を持ち、これは前任者より 300 平方メートル多いです[[22]。新しい船は帆の下でもエンジン上でも移動できます。同時に、ブリッグ«ロシア»はエンジンよりも速く航行できます。航行速度は最大 16 ノット、エンジンでは最大 9 ノットです[[3]。
テレグラフ紙によると、2015年、この祝日は世界で最も訪問者の多い観光イベントのトップ10にランクインし、その後3位となった オクトーバーフェスト と ブラジル カーニバル。
(略)
インターネット上のいくつかの情報源と メディア かなりの数の人(卒業生自身を含む)が休暇に出席していると考えられています 酔っている[[51][[52]。
休暇が終わると、お祭りが行われた通りにはゴミが散乱します[[53]、 市の住民やゲストの間で不満を引き起こします[[54]。はい、で 2011年 夕方になるとゴミ箱が過密になり、家の壁の近くにゴミが山積みになった[[55]。
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最終結論
約200万円を投資するなら、私は8306 三菱UFJフィナンシャル・グループを買います。
なぜ1位なのか
今回のテーマは**「利益最大化」ではなく「勝率最大化」**です。
銀行株は金利や景気期待の恩恵を受けやすく、直近は資金循環の受け皿になっている
ボラティリティが比較的小さく、5営業日で+1.5%という目標との相性が良い
ためです。足元ではAI株から幅広いセクターへの資金シフトが観測されており、銀行株もその恩恵を受ける可能性があります。
なお、この判断は7月5日時点の公開情報に基づくものです。7月6日寄り前に大きなニュース(米国市場急変、企業IR、政策発表など)が出た場合は、勝率の順位が入れ替わる可能性があります。
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おじさんの乳首に変わってたら、再度こちらからぶつかって元に戻して!!
出ないと一生おじさん乳首だよ!
ただ!
もしそれがきれいな乳首だったら、それと交換されることがあるよ!
つまり、
今日はこれだけ覚えて帰ってね!
国内株式(現物) 13,755,202円 +約9,916,896円 +約258.4%
外国株式(現物) 229,380円 +約11,170円 +約5.1%
投資信託 42,187,035円 +約9,797,485円 +約30.2%
金属 451,302円 -88,701円 -16.4%
総資産 60,078,807円
久しぶりに見たら含み損消えていた。ついでに、配当がいいとあったソフトバンク株を2万円購入。補足で配当利回りは3.93%で上はもっとあるけど、優待がPayPayマネーライトで1000円あるから1単元ならいいんじゃないって理由。
ボーナスも入ったし、ちょっと遊ぼうと思って国内株式と外国株式購入。配当金狙いなので短期は売らない方針、けどマイナスよりはプラスのほうがいいな。値下がり時にかなり下に指値で買っているから買えないときも結構あるし、さらに下落する場合もあるけど、どうやるのがいいんだろ。あと、積み立て投信でポイントつくから貰わないのもどうかなと思って10万づつ米国株式(S&P500)に設定。
なんとなくリモートのときデイトレでもしようと思って国内株ガチャガチャやってー4万くらい。ろくに調べもしないで突っ込むのよくないなってやってから思う。余剰資金だからいいとして勉強料高すぎる。デイトレはライフサイクル的に無理だってことわかったので、再度配当投資に切り替え。米国は適当に暴落の時買い増し。
マジで調べないと損するだけだと思って固い取引しかせず。キオクシアとかさすごい値上がりしているけど、全然予想できないから触んないほうがいいわ。あとちょこちょこ配当来てて、なんかうれしい。
相場のいい銀行株とかいろいろ買っている。金属系好調だったらしいので、ちょっとだけ投資。余力でしていきたい。2025年総括としては500万ほど増えている。投資あるあるだけど早いうちにやっておればいいって思うね。
5000万突破は熱い。インデックスは何も考えずに入金していって順調に増えている。それよりも、個別は額の割に増加がやばいんだけど、やっぱ夢ある。メモリ需要は続くのかなんもわからん。インデックすはそろそろS&P500以外にも気になるものがあるのでやる予定。
特にやっていることは変わらないが天井っぽいのでメモ。どんくらいさがるんだろ
6000万タッチ。投資というよりは入金の力が大きい。キオクシアもっているわけではないけど、もっているのが急騰した株だから利確がちらつく。ただ、同業他社がもっと上なの見るとあがる可能性もあるのが悩む。
オルカンが負けるようなシチュエーションではどんな資産も役に立たんのだよ。
現代資本主義社会は金本位制ではなく管理通貨制度になっているので、お金は金利によって無限に増え続ける宿命にある。
そんな中でじゃあオルカンは何かといえば、全世界の8割近くをカバーした時価総額の高い株のインデックスだ。
アメリカが覇権を失おうが、中国が伸びようが、インドが台頭しようが、次の時代の勝者がどこから出てこようが、時価総額加重のインデックスは勝手にその勝者を取り込んでいく。
もちろん短期的に暴落することはある。場合によっては50%下がることもある。
だがそれでも20年30年という時間軸で見れば、世界中の企業は利益を求めて動き、各国政府と中央銀行はデフレを避けようとし、通貨は増え、名目GDPは膨らみ、企業の売上も利益も名目上は拡大していく。
逆に言えばオルカンが20年30年と本当にどうにもならないほど負け続ける世界というのは、世界中の上場企業がまともに利益を出せず、管理通貨制度も機能せず、株式市場も資本主義も深刻に壊れている世界だ。
通貨そのものの価値が怪しいかもしれないし、金を持っていても自由に売買できる市場はないだろう。
それはもはや「どの金融商品を選ぶべきか」という次元の話ではなく、「現代社会そのものがどこまで維持されるか」という話になる。
そこまでの破局を前提にするなら、金融資産なんかよりも、己の知識、人間関係、地域コミュニティのほうがよほど重要になる。
もちろん戦中戦後の財閥上級国民のように桁違いの資産を持っていればどうにかなるかもしれんが、それもどちらかといえば資産そのものよりも、その人物とその家系が築き上げてきた地位・人脈によるものだ。
全国初
2026 年 7 月 1 日時点、日本標準産業分類における鉄道業を展開している企業の内、メガバンクを所属銀行とする個人向けの銀行代理業許可取得かつフルバンキング型(預金・為替・融資等の媒介機能を有する)の BaaS事業は本件が初。
なるほど「メガバンク」としてはね
ついては脆弱性を報告せねば ⇒ いいことだね。教えて上げたらいいよ。でも結構良く知られたやつだよそれ
おもった脆弱性対応とは違う!早く禁止しろ ⇒ いや脆弱性の対処って禁止するだけじゃないから。
正義は我にあり! 公開する ⇒ あー。やっちまったな。
なんで俺が批判を浴びるんだ! ⇒ そりゃキミだけセキュリティ目的じゃないから。。。
ガイドラインは法律じゃない! ⇒ そうだね。ところで民法って知ってる?
その仕組み単体で脆弱性があるが使われているものって世の中にはたくさんあって。
例えば銀行のATMは複製が自由にできる磁気カードを所有認証に、四桁の数字が鍵で多要素認証しているけどどちらも単体では脆弱性どころではないよね。
でも世界中のシステムがこれに乗っかってるのは、それ以外の仕組みで「脆弱性を無くす」ではなくて、可用性も含む「セキュリティを担保する」仕掛けになってるからだよ。
他にも家は未だにシリンダー錠は珍しくなってきたけど別に禁止になってないし
Suicaなどの非接触ICが出てきても、大正時代からキセルと呼ばれる脆弱性がある切符も禁止はされていない。
たぶんこういうことを全く分かってないんだろうなああれ。
いわゆる、高IQアスペルガーで行動力のある馬鹿でさ。Winnyの金子とかにも通じるアレがあるが、本当に始末に悪いよな。
ぴったり会う仕事を与えられて、それを真人間がマネジメントしてやれば悪くないんだが、たまにこういうハズレ値みたいになっちゃう奴が出て、社会が迷惑するんだよな。
「これがラストチャンスです」
そう言って政府に金を求める企業がある。だが不思議なことに、この手の企業にとってラストチャンスは一度では終わらない。
毎年ラストチャンス。決算ごとにラストチャンス。選挙前にもラストチャンス。気づけばラストチャンスが定期購読になっている。
人類はサブスク地獄だけでは飽き足らず、企業救済までサブスク化したらしい。
市場経済では、利益と損失が情報を伝える。利益は「資源をここに使え」という信号であり、損失は「その使い方はやめろ」という信号である。
価格、金利、賃金、倒産、失業、再配置。これらは冷酷に見えるが、資源配分のための情報システムだ。
ところが政府が「かわいそうだから」「雇用があるから」「地域経済が死ぬから」と言ってゾンビ企業に金を流すと、この信号が壊れる。
企業は本来、自分のビジネスモデルが間違っているなら、自分で損失を受け入れるべきだ。
なのに「市場ではもう評価されないので、政府から金をください」と言い出す。これは企業側の自己放尿である。
さらに政府が「よし、国民の税金か国債か金融緩和で助けよう」と言い出す。これが政府側の自己放尿である。
企業の自己放尿と政府の自己放尿が合体し、ここにめでたくダブル放尿が完成する。まったく、文明の到達点がこれか。
問題は、ゾンビ企業を救うことが「優しさ」ではなく、経済全体への罰になることだ。
ゾンビ企業に資金、人材、土地、設備、信用を残すということは、それらの資源を成長企業や新規参入企業から奪うということである。
政府が金を配ると、何もないところから価値が発生したように見える。しかし実際には、誰かが使えたはずの資源を、死にかけた企業の延命装置に回しているだけだ。
マネタリスト的に重要なのは、貨幣を増やしても実物資源は増えないという点だ。
政府が支出を増やしても、中央銀行が国債を買っても、名目上の金額は増やせる。
しかし、労働者の能力、設備の生産性、技術革新、経営能力、消費者が本当に欲しがる財やサービスは、紙幣を刷っただけでは増えない。
短期的には、政府支出や金融緩和で需要を支えたように見えるかもしれない。
だが、長期的には貨幣量の乱用は物価水準に跳ね返る。インフレはいつでもどこでも貨幣的現象である。
政府が「雇用を守る」「産業を守る」「最後の支援だ」と言いながら、実質的には通貨価値を薄め、資源配分を歪め、失敗した企業を延命するなら、それはただの介入放尿だ。
経営者は学習する。「失敗しても政府が助ける」と。銀行も学習する。「危ない企業に貸しても、最後は公的支援がある」と。
労働組合も業界団体も政治家も学習する。「泣きつけば金が出る」と。こうして市場規律は死に、政治的な声の大きさが資源配分を決める。
競争ではなく陳情。生産性ではなくロビー活動。経営改革ではなく記者会見での涙。
企業が自己放尿し、政府が介入放尿し、中央銀行が尻拭い金融をやり、国民がインフレ税や将来負担で処理する。
これを「産業政策」と呼ぶのは、焼け野原を「都市計画」と呼ぶくらい図々しい。
本来、政府がやるべきことは、特定企業を救うことではない。市場が機能するルールを守ることだ。
契約の執行、財産権の保護、競争環境の整備、参入障壁の撤廃、過度な規制の削減、安定した貨幣供給。つまり、個別企業に水を撒くのではなく、土壌を整えることだ。
金融政策も裁量的に振り回すべきではない。景気が悪いから大量緩和、物価が上がったから急ブレーキ、企業が苦しいから特別支援、選挙が近いから追加対策。
こういう場当たり政策は、民間の予測可能性を破壊する。企業は長期投資をしにくくなり、家計は将来不安で消費を抑え、金融市場は中央銀行の顔色だけを見るようになる。
政策当局が「市場を安定させる」と言いながら、市場参加者の予想を自分で不安定化させる。火を消すためにガソリンを持って走り回る消防士みたいなものだ。人間社会はなぜここまで寓話に忠実なのか。
本当に価値のある企業なら、民間資金が入る。事業再生の見込みがあるなら、債権者が条件変更し、投資家が資本を入れ、経営者が資産売却や事業整理を行う。
市場が資金を出さないということは、その企業の将来キャッシュフローが信用されていないということだ。
そこで政府が介入するとは、要するに「市場が価値なしと判断したものを、政治が国民負担で価値ありと偽装する」ということに近い。
倒産は失敗ではあるが、経済全体にとっては浄化でもある。労働者は別の企業へ移る。設備は売却される。技術は引き継がれる。土地は別用途に使われる。
もちろん移行には痛みがある。そこに対して政府が支援するなら、企業本体ではなく、労働者の再訓練、移動支援、失業時の一時的な生活保障に限定すべきだ。
守るべきは企業の看板ではない。人間の生活と、市場の機能である。
ゾンビ企業を救う政策は、一見すると人道的に見える。だが実際には、古い経営者、既得権益、政治的に保護された産業を温存し、新しい企業と若い労働者から機会を奪う。これは優しさではない。未来から現在への略奪である。
ラストチャンスとは、本来一度きりだから意味がある。だが、ゾンビ企業のラストチャンスは、次の補助金申請書の前書きにすぎない。
そこに政府が付き合うなら、企業の自己放尿と政府の自己放尿が合流し、経済全体にダブル放尿の湿地帯が広がる。
「ラストチャンスだ」と主張し、金を欲しがるだけのゾンビ企業に、政府が介入放尿すべきではない。
貨幣を刷っても生産性は生まれない。補助金を出しても経営能力は生まれない。政治が市場の損失シグナルを消せば、資源配分は腐る。
失敗を失敗として処理できない経済は、成長ではなく延命を選ぶ。そして延命を選び続けた経済は、最後には自分自身がゾンビになる。
必要なのは、安定した貨幣ルール、明確な市場規律、参入しやすい競争環境、そして失敗した企業をきちんと退場させる制度である。
市場に任せるとは、冷酷になることではない。損失という情報を破壊しないということだ。
失敗企業を救わず、人の再出発を支えるということだ。企業の延命ではなく、資源の再配置を促すということだ。
南無
午前6時37分。 起床。予定通りである。宇宙が膨張し、星が燃え尽き、隣人が廊下で謎の紙袋を落としても、僕の起床時刻は6時37分でなければならない。規則性とは、知性が混沌に突きつける領収書である。朝食は火曜日なので、オートミール、バナナ7切れ、紅茶62℃。昨日と同じではないか、と言う者がいるかもしれない。違う。昨日の7切れは木曜日型食事位相における7切れであり、今日の7切れは火曜日型生活規則における7切れである。数が同じだから同じだと思うのは、小学生と予算委員会の悪い癖である。
午前7時04分。ルームメイトが「昨日の研究、まだ続けてるの?」と聞いてきた。僕は「続けているのではない。昨日の研究が今日の研究へ関手的に持ち上がったのだ」と説明した。彼は「つまり続けてるんだね」と言った。このような粗雑な圧縮が、文明をPDFの文字化けみたいにしている。
午前8時11分。研究ノートを開く。本日の主題は、昨日導入した p進弦理論における adelic information depth 仮説の精密化である。昨日の暫定結論では、タキオン凝縮、Bruhat–Tits木上の非局所核、ramified character付きp進Veneziano振幅、そしてadelic vacuum renormalizationが、共通して
n log p
という情報幾何的スケールを持つことを確認した。今日の課題は、その一致が単なる表面的類似ではなく、p進弦理論の深層対称性から必然的に出るのかを調べることである。つまり、「なんとなく同じ形が出たね」という幼稚園の工作発表ではなく、物理的構造として n log p が不可避なのかを確かめる必要がある。まず、昨日の仮説を再掲する。p進弦理論の深層自由度は、通常の連続的長さではなく、素数pと分岐深度nによって定まる情報量
Iₚ(n) = n log p
によって測られる。これは pⁿ 個の剰余類、あるいは Bruhat–Tits木における深さnの球の情報量と一致する。ℚₚにおいて、球
Bₚ(n,a) = { x ∈ ℚₚ : |x-a|ₚ ≤ p⁻ⁿ }
は、p進精度nで点aを指定する情報を持つ。このとき必要な情報量は、おおよそ
である。つまり、p進世界で「どれだけ細かく位置を指定したか」は、n log p で測られる。これは通常の実数的時空における距離分解能とは異なる。実数的には小さい距離へ連続的に近づくが、p進的には精度が階層的に深くなる。宇宙は滑らかな絹ではなく、素数ごとの引き出しが無限に並んだ、非常に神経質なキャビネットかもしれない。昨日、僕はタキオン凝縮後の局所真空エネルギーが
Eₚ(n) ∼ n log p + Cₚ
となる可能性を得た。今日はこれを散乱振幅側から再検討した。p進Veneziano振幅は
Aₚ(a,b) = ∫_{ℚₚ} |x|ₚᵃ |1-x|ₚᵇ dx
Aₚ(a,b) = Γₚ(a)Γₚ(b)Γₚ(c)
のように書ける。ただし a+b+c=1 に対応する制約がある。p進ガンマ因子は
Γₚ(s) = (1 - pˢ⁻¹)/(1 - p⁻ˢ)
である。ここに昨日導入した ramified character χ を挿入する。
Aₚ(a,b;χ) = ∫_{ℚₚ} χ(x)|x|ₚᵃ|1-x|ₚᵇ dx
χ の導手を f(χ)=pⁿ とすると、この振幅は非分岐な場合とは異なる極構造を持つ。特に、局所L因子
Lₚ(s,χ)
が非分岐なら
Lₚ(s,χ) = 1/(1 - χ(p)p⁻ˢ)
のように書けるが、χが分岐している場合、標準的な局所因子は消える、あるいはGauss和型の補正へ吸収される。ここで本当に重要なのは、振幅の大きさそのものではなく、Gauss和 τ(χ) の絶対値である。分岐指標 χ のGauss和は、概ね
|τ(χ)| ∼ pⁿ/²
となる。出た。また n log p である。これは昨日のタキオン真空エネルギー
Eₚ(n) ∼ n log p + Cₚ
と同じ基本スケールを持つ。係数 1/2 は正規化、境界条件、あるいは場のスピン表現に由来する可能性がある。ここで「係数が違うから間違い」と言う者は、物理学を家計簿だと思っている。係数は重要だが、まず見るべきは不変量の型である。次に、Bruhat–Tits木 Tₚ 上の幾何を見る。Tₚ の各頂点は ℚₚ² 内の格子類に対応し、境界は
∂Tₚ ≅ ℙ¹(ℚₚ)
である。境界上の2点 x,y のp進距離は、対応する測地線が木の中でどの深さまで共有されるかによって決まる。もし
|x-y|ₚ = p⁻ⁿ
なら、x と y は深さnまで同じp進桁を共有している。すなわち、その共通情報量は
I(x,y) = -log |x-y|ₚ = n log p
である。ここでも同じ量が出る。つまり n log p は、p進球の情報量、タキオン凝縮の局所真空エネルギー、ramified characterのGauss和スケール、Bruhat–Tits木における境界点の共有深度、p進CFTの二点関数に現れる距離スケールを同時に支配している。したがって、昨日の仮説は今日、少なくとも三段階ほど格上げされた。仮説から「かなり疑わしいが面白い構造」へ進化した。科学とは、このように疑わしさを段階的に高級化する営みである。
午前10時02分。隣人が訪ねてきた。彼女は「昨日、パスタいらないって言ったけど、今日はマフィンいる?」と聞いた。僕は質問の構造を解析した。
昨日:パスタ
僕は「火曜日の午前10時02分にマフィンを摂取すると、昼食の栄養配分が崩れる」と説明した。彼女は「じゃあ、半分なら?」と言った。
半分。人間はすぐ連続量に逃げる。マフィンは可分ではあるが、食事規則は可分ではない。半分の違反は違反である。半分だけ銀行を強盗しても犯罪であるのと同じだ。
ここで問題が発生した。マフィンは僕の所有物になったのか、それとも単に僕の部屋に存在する外来物なのか。所有権の境界条件が不明である。僕は付箋に「未観測マフィン」と書き、透明容器に入れた。量子力学的には、食べた状態と食べていない状態の重ね合わせである。胃袋が観測者になるまでは未確定である。
午前11時16分。研究に戻る。昨日のもう一つの問題は、p進AdS/CFTにタキオン非局所性を入れたとき、境界二点関数の有効次元がどう変形するかだった。昨日は
Δ → Δ_eff = Δ + λ · vₚ(x-y)
vₚ(x-y)=n であり、
|x-y|ₚ = p⁻ⁿ
⟨Oₚ(x)Oₚ(y)⟩ = 1/|x-y|ₚ²Δ
は
⟨Oₚ(x)Oₚ(y)⟩ = p²Δn
m²_eff(n) = m²₀ + β n log p
を誘導すると仮定する。p進AdS/CFTにおいて、バルク質量と境界次元の関係は通常のAdS/CFTと完全に同じではないが、形式的には
m² ∼ Δ(Δ - d)
δΔ ∼ β n log p / (2Δ - d)
となる。昨日の式
Δ_eff = Δ + λvₚ(x-y)
は、log p の因子を隠していた。より正確には
Δ_eff = Δ + κ n log p
または
Δ_eff = Δ - κ log |x-y|ₚ
と書くべきである。この修正は重要である。なぜなら、次元が単なるp進桁数nではなく、情報量 n log p に依存することを明示するからだ。素数pが違えば、同じ深さnでも情報量は異なる。p=2 の10桁と p=101 の10桁を同じ扱いにするのは、駄菓子屋の会計と国家予算を同じ表計算で扱うようなものだ。人類は実際やりそうだから怖い。
午後0時30分。火曜日の昼食はスープとクラッカーである。ルームメイトは「マフィンは食べないの?」と聞いた。僕は「未観測状態にある」と答えた。彼は「見えてるけど」と言った。観測と視認の違いを説明するには、昼休みが短すぎた。
午後1時44分。友人Aが研究室に来た。彼はまた機械部品を持っていた。今回は「自動ホワイトボード消しロボット」だと言う。僕は直ちに危険性を指摘した。「ホワイトボードを自動で消す機械は、研究者にとって暗殺者と同じだ。違いは、片方が身体を消し、もう片方がアイデアを消すことだけだ」友人Aは「でも便利だろ?」と言った。便利という言葉は、破壊的技術の最初の仮装である。友人Bはオンラインで参加し、昨日に続いてp進弦理論について質問した。彼は「昨日の話、宇宙がスプレッドシートみたいってことで合ってる?」と言った。僕は精神を整えるために17秒沈黙した。そして答えた。「違う。スプレッドシートは二次元のセル構造だ。p進的宇宙は、素数ごとの局所体、Bruhat–Tits木、adelic product、そしてArchimedean成分を含む多層的情報幾何である。君の比喩は、銀河を冷蔵庫のマグネットで説明する程度には粗い」友人Bは「でも、セルに数字が入ってる感じは似てるよね」と言った。僕は友情の継続コストを再計算した。
午後3時03分。本日の核心に到達した。p進弦理論のadelic完成を考えると、全振幅は形式的に
A = A∞ · ∏ₚ Aₚ
と書ける。古典的なadelic弦の考え方では、実数側のVeneziano振幅と全てのp進振幅の積が、適切な正規化のもとで定数になるという美しい関係がある。
A∞(a,b) · ∏ₚ Aₚ(a,b) = 1
のような形である。この関係は極めて重要だ。なぜなら、実数的な弦散乱とp進的な弦散乱が独立した珍品コレクションではなく、ひとつのadelic対象の局所成分として見えるからだ。昨日の仮説をこの構造へ入れると、次の問いが生じる。ramified sectorを許した場合、adelic product formula はどう変形するのか。非分岐な振幅だけなら、素数全体にわたる積は比較的きれいに整理される。しかし、有限個または無限個の素数で分岐指標 χₚ を入れると、
Aχ = A∞ · ∏ₚ Aₚ(a,b;χₚ)
となる。ここで χ = {χₚ} が大域的Hecke指標に対応するなら、局所データは勝手に選べない。全体として積公式や大域的整合性を満たす必要がある。この制約は、昨日の adelic vacuum constraint
と同型に見える。つまり、物理的に許されるp進タキオン凝縮パターンは、素数ごとの自由な気分ではなく、大域的数論条件により制限される。隣人のノックは自由でも、宇宙の真空は自由ではない。少なくとも宇宙の方が礼儀正しい。ここから次の予想が出る。許されるadelicタキオン真空は、大域的指標 χ の局所導手 f(χₚ)=pⁿᵖ によって分類され、その総情報量
I(χ) = ∑ₚ nₚ log p
が有限である場合に限り、物理的状態として正則化可能である。これは導手
N(χ) = ∏ₚ pⁿᵖ
に対して
と書ける。したがって、昨日から繰り返し出現していた n log p は、単なる局所情報量ではなく、大域的導手の対数だった可能性がある。これは美しい。非常に美しい。人間の会議資料には決して現れない種類の美しさである。ここで、p進弦の真空分類は次のように書けるかもしれない。
Vac_ad ≅ { χ : Hecke character | log N(χ) < ∞ } / gauge
E(χ) = E₀ + α log N(χ) + quantum corrections
Eₚ(n) ∼ n log p + Cₚ
の大域版である。
E_ad ∼ ∑ₚ nₚ log p + C
E_ad ∼ log N(χ) + C
つまり、adelic information depth は実は conductor entropy だったのかもしれない。
午後4時40分。隣人が再び来た。「マフィン食べた?」と聞いた。僕は「まだ状態は収縮していない」と答えた。彼女は僕を見て、「じゃあ、私が食べる」と言った。その瞬間、未観測マフィンの波動関数は、隣人による摂取状態へ収縮した。これは僕の意図した観測ではなかったが、実験系への外部介入として記録する価値がある。結果。マフィンは消滅した。容器は残った。僕の昼食規則は守られた。しかし、隣人は満足して帰った。この現象をどう分類すべきかは不明である。少なくとも、閉じた量子系ではない。
午後5時22分。火曜日は靴下の分類日である。黒、濃紺、ほぼ黒、黒に見えるが照明下で裏切る濃灰色を分ける。ルームメイトは「全部同じに見える」と言った。僕は「君の網膜が倫理的に怠慢なだけだ」と答えた。次に、フィギュア棚の角度検査。昨日0.8度傾いていたロボット模型は、今日は0.2度まで修正されていた。僕が修正したからである。自然治癒ではない。物は勝手に正しくならない。これは人類社会にも言えるが、言うと面倒なので今は模型に限定する。
午後6時15分。夕食。火曜日なので、メニューはスープ、焼き野菜、タンパク質源として鶏肉。タイ料理ではない。昨日の木曜日型食事位相は終了している。食事規則の整合性は保たれた。友人Aが「曜日ごとに食べるもの決めると飽きない?」と聞いた。僕は「飽きるという現象は、選択肢が無秩序に増えることで脳が報酬予測を誤る状態だ。規則化された食事は、意思決定コストを削減し、研究資源を保存する」と説明した。彼は「つまり、楽だから?」と言った。僕は彼の要約能力を、粗大ごみの日に出すべきか検討した。
午後7時40分。火曜日の夜はSF作品の設定整合性チェックである。今日は、宇宙船内で人工重力があるのに液体の挙動が脚本家の都合で変化する作品を見た。僕は一時停止し、ノートに「重力設定破綻、脚本上の逃亡」と記録した。ルームメイトは「普通に楽しめないの?」と聞いた。普通に楽しむとは、誤りを見逃すということだ。僕にそれを求めるのは、望遠鏡に「星をぼかして見ろ」と言うようなものである。