はてなキーワード: 担当とは
帳票システム導入を計画していて、ペーパーレス化も目標ではあるが、作業の開始・終了実績時間を収集、分析し、作業工程の改善をしたいらしい。
それ自体は良く聞こえるし、良い面はあるのだけど、現場からすれば短時間でより多くの仕事をするよう求められるので、メリットが薄い。
元々の紙帳票に記入する内容は、作業終了を✔(チェック)で入れたり、作業者の名前、性能試験の結果など。
顧客に提出するものもあるし、必要なものなのだけど、それに加えて作業開始時間、作業終了時間を入れないといけない。
スペックひ弱だから起動に時間がかかる、帳票を開くのにも時間がかかる、その上、タブレットなのだけどタッチ入力で作業時間開始・終了を入れないといけない。
現場向けタブレットがいいのに高いからで駄目らしい。6,7万の安くて遅いWinタブになった。
紙の帳票をそのまま電子化しただけで、入力項目がさらに増える。
問題は他にもあり、実績時間収集のシステムが他にもあることだ。
経営陣は机に座って指示するだけで、現場の人間がどれだけ作業が増えるのか分かっていない。
現場の仕事でクソ忙しいのに併任でDX担当を割り当て、進捗が遅いと、
そりゃ人的リソースないからでしょって話なのに、人の補充も作業負荷軽減もない。
個別受注生産でラインできれいに仕事が流れるわけでもないのに、
実績収集したら仕事が増えるだけで、しかも、それがどんな効果があるのかも現場は分からない。
労働強化された挙げ句、仕事を詰め込まれるだけ詰め込まれ、忙しくなるだけのDXなんて誰がやるのだろう。
ある役員が「残業・休出して作業進捗を速めたらどうか」と言った。
今まで経営層の思いつきで工程管理やらシステムを入れては全部失敗してきたらしい。
少品種大量生産で、各作業者の仕事が明確にデザインされていて、毎回やることが違うとかはなくて、
作業要領書があり手順が必ず決まっていて(うちもちゃんとあるよ)、
設計のミスがなくて(うちは結構ある。でも仕方ないとも思ってる)、
毎日事件が起こるような工場でなければ、ITと親和性が高いと思う。
でも、うちはそうじゃない。
ライン工のように機械のギアのように動かされるわけではないのは、良い部分だろうけど。
口で言うだけで、責任は下に来るって、どこの会社でもそうなんだろうけど。
現場の作業者がいるから生産ができて、だから会社も回っているのに、
やる気がでないよ。
帳票システム導入では各作業場ごとにタブレットパソコンを配置する予定だったけど、
職場によっては1人1台で数が多いから、また経営者の思いつきで「現場社員にも1人1台パソコンを」と言い出して、その施策も走ってる。
でも、
・壊れたら誰がどうするの?
あと、情シスが「1人1台配るから各自が責任を持って壊れないよう大切に管理させる。そうしたら大事にしてくれるだろ」
アホや。
工場は事務所みたいに綺麗じゃない。金属の粉も飛ぶ、火花は散る、濡れる、油も飛ぶ、暑い、振動がある現場もある。
資材も置いてあるし、重い物もある、そんな現場で「個人の責任で大切に使え」と簡単に言われても、
環境が原因なのか個人の過失で壊れたのかの切り分けって難しいと思う。
責任重くなるだけやん。
誰もパソコン使わへんし、「責任も負担も増えるだけやし紙のほうが良いやん」ってなるだけやで。
| 名前 | 役割 | 関わり方・担当 |
|---|---|---|
| 矢倉純之介 | 代表取締役社長 | POPOPO株式会社の代表。サービスの狙いや海外展開について説明 |
| 岩城進之介 | 取締役CTO | POPOPOの技術部門を統括 |
| 川上量生 | 取締役 | サービス発表会に登壇。事業方針や目標について説明 |
| GACKT | 取締役 | サービス発表会に登壇。認知拡大や著名人利用者として関与 |
| 西村博之(ひろゆき) | 取締役 | サービス発表会に登壇。キャンペーンやサービスについて説明 |
| 庵野秀明 | 取締役 | サービス発表会に登壇。『エヴァンゲリオン』コラボにも関係 |
| 手塚眞 | カメラワーク監修 | 会話に応じて生成されるカット割り、カメラ位置、映像演出を監修 |
| 深津貴之 | UI・UX設計 | アプリの画面構成、操作体験、ユーザー体験を設計 |
| 有馬トモユキ | コンセプトデザイン・アプリデザイン監修 | サービス全体のビジュアルコンセプトとアプリデザインを監修 |
| 加藤圭 | シーン内装設計 | アバターが会話する仮想空間や背景シーンの内装を設計 |
| 佐藤健 | サービス発表会特別ゲスト | 発表会でPOPOPOを体験し、俳優・配信者の観点からコメント |
| 髙比良くるま | キャンペーンCMキャラクター | 「1億円ひとりじめ!! POPOPOで通話するだけキャンペーン」のCMに出演 |
| 竹 | ホロスーツデザイナー | POPOPO専用ホロスーツ「P」「O」のデザインを担当 |
次から気を付けような
面接担当してるけど、面接ってのは優秀な人を選ぶ仕組みじゃない。
誰だってより条件がいい会社を選ぶ。だから面接者は基本的に背伸びして応募してくる。つまり面接に来る人材は、自分と同程度か、多くの場合は自分以下だ。
だから、面接の第一目標は、良い人を選ぶじゃなくて、絶望的に駄目な人を落とすことになる。
応募書類は郵送と書いてるのにメールで送ってくる奴とか、面接でまともに会話出来なやつとか、見込みゼロの人をなるべく早く落とすことが面接担当者の主な仕事だ。
ほぼアニメの曲担当してないけどすんげー久しぶりにヤニねこ担当みたいなの、なんかオファーあったとかそういう感じかな。監督がファンだったとか?
アニメで鈴木慶一っていったら宝石の国のエンディングの作詞作曲で見たのが前回だったような気がする
ムーンライダーズの曲はなんかフーンって感じというかぶっちゃけボーカル鈴木のクセがワイにあんま合わないかな
そういえばBECKってマンガだったかアニメだったかで主人公が9月の海はクラゲの海みたいなタイトルの曲で練習してた気がする
BECKってマンガだったかアニメに関して覚えてる要素がそれしかないから実はそれなりにムーンライダーズの曲にも印象があったのかもしれない
やっぱ鈴木といえばマザーのBGMだよな。でもなんかマザーとそれ以外の業績で作風違う気がしない?
ゲームは田中宏和さんがだいぶアレンジ面で頑張ったみたいな感じなのか?
ヤニねこの登場人物もちょっとマイルドにしたらマザー2に出してもよさそうだし
3歳児の次女のからだ洗いは夫が主に担当し、小1の娘のからだ洗いは主に母である私が担当している。
ネットで固形石鹸のモコモコの泡を作り、それを素手に乗せて、ひたすら長女を白い泡まみれにしていく
達成感がある
ボディスポンジやボディタオルじゃなく、手に泡をつけて洗うのでお肌に優しい
俺は42歳のおじさんである。
会社では、窓際とまではいかないが、直接利益を生み出しているわけでもないチームのリーダーをしている。
出世コースではない。しかし、別に嫌われているわけでもない。自分で言うのもなんだが人当たりは良いほうらしく、部署をまたいで知り合いが多い。
つまり、仕事は微妙だが、人間性で会社に居場所を作っているタイプのおじさんである。
そんな俺も42歳になり、寝ても疲れが取れなくなった。
肩が重い。腰が痛い。朝起きた時点で、すでに今日1日をやり遂げたような疲労感がある。
そこで使い始めたのが、シャクティマットだった。
大量の突起が付いたマットの上に寝転がる健康器具で、最初は痛いが、しばらく耐えていると血行が良くなったような感じがして気持ちいい。
ある日、部下との雑談でその話をした。
そう言われたので、俺は軽い気持ちで答えた。
「じゃあ会社に持ってきて見せようか」
この時点で、誰かが止めるべきだった。部下は止めなかった。俺も止まらなかった。
話を聞きつけた他部署の人間まで「見たい」と言い始め、最終的に20人くらいが集まることになった。
会議室ではない。執務スペースから普通に見える、オープンな場所の隅である。
そして俺は、上半身裸になった。使ったことがある人なら分かると思うが、シャクティマットは服の上から使っても刺激が弱い。効果を最大限に引き出すには、突起を直接地肌に当てる必要がある。
今になって考えると、会社で健康器具の効果を最大限に引き出す必要はまったくなかった。
しかし、その時の俺は真剣だった。20人ほどの社員が見守る中、42歳のおじさんが上裸でシャクティマットに寝転がった。
背中に突起が刺さる。
痛い。だが、ここで黙っていては良さが伝わらない。
俺は声を出した。
「うおおおおお」、「効く、効く」
参加者は笑っていた。俺も笑っていた。誰も止めなかった。その場は何事もなく終わった。
俺としては、シャクティマットの魅力を十分に伝えられたという手応えすらあった。
ところが後日、コンプライアンスを担当する部署から呼び出された。
オフィスで上半身裸の男性が、大声で喘いでいたという通報が入ったらしい。
言い方に悪意があると思った。上半身裸の男性が大声で喘いでいたのは事実だが、シャクティマットの実演をしていただけである。
「なんで、上裸になったんですか?」
「部下が興味を持っていたので」
「おかしいと思わなかったんですか?」
「その時は思いませんでした」
俺が何者かに脅され、勤務時間中のオフィスで上裸になり、20人の社員に囲まれながら、シャクティマットの上で「効く、効く」と叫ばされていた可能性を確認していたのだろうか。
俺を何から救おうとしているんだ。事情は理解してもらえたらしく、処分はなかった。
口頭で注意されて終わった。
俺も反省した。
会社は、シャクティマットの効果を最大限に引き出す場所ではない。
ある日、休憩スペースの近くを通った時、誰かが「シャクティガイジ」と言っているのが聞こえた。
そこにも「シャクティガイジ」と書かれていた。流れから考えて、やはり俺のことだった。
なぜシャクティガイジなのか。シャクティマットを会社で使ったから「シャクティ」は分かる。
俺はニコラス・ケイジが好きで、会社のチャットツールもLINEも、アイコンをすべてニコラス・ケイジにしている。
語呂が良すぎる。
会社で上裸になったのは俺が悪い。
執務スペースから見える場所で「うおおお、効く効く」と叫んだのも俺が悪い。
だが、人のあだ名に差別用語を使い、それを社内チャットで共有するのは、普通にコンプライアンス違反ではないのか。
なぜ上裸になった俺がコンプライアンス部署に呼び出されて、シャクティガイジと呼んでいる側が野放しなのか。
おかしいと思わなかったんですか?
今度は俺が聞きたい。
まあ、たぶん誰にも強制されていない。
若い頃、気の合う同僚がいた、
二人ともヲタで話があう、歳も同じ
あるとき、俺がPMのPJで社内の問題児を預かることになった。
彼は納得できる仕事内容、作法、クオリティにこだわる男だった、それじゃ仕事が回らんから閑職に追いやられていた
俺の仕事はテキトーだ、システムが動いて客が満足して、手離れよく、クレーム少なめで、金を振り込んでもらえばそれでいい、
彼はそんなデタラメな俺をサポートしてくれた、先回りしてタスクをこなし、クオリティを上げ、資料を作り、トラブルを未然に防いでくれた
社内管理職全員がさじを投げた人間を使いこなした、と評価された
俺がなんもやらんかっただけなんだけどね、彼にはよく呆れられたが、まぁいい
一方、高学歴のヲタ友は、社内評価は低かった、客からのクレームは少なく、仕事も早いが、コミュ力に問題があった。ネガティブ思考、管理職にはなれない人間だった
だけど、変わらず仲は良かった、飲みにも行くし、俺のPJにアサインされることもあった
ヲタ友はよく客の愚痴を言うてた、話をぜんぜん聞いてくれない、無茶な要求をしてくる、と
その客を俺が担当することになった、構えて訪問したが、要求は妥当で、リーズナブルな良客だった。
要求に応えることが難しいとき、技術的な説明を丁寧にすれば代替案に落としてくれる、予算や納期の無茶も言わない
ヲタ友は完全に俺の部下になった
だが彼は2年で挫折し、全くの異業種に転職した、客が無茶ばかり言う、そんなセリフをよく言ってた
俺の知る客ばかりだが、そんな無茶な客はいなかったハズなんだが
廃業を決意する直前、自分の会社に誘った、俺が仲介すればノーパスで入れる、
子会社とはいえ母体は名の通った一流企業だ、が断られた、この業界に未練はない、だと
俺はその後も着々と出世し、所得も上がる、そんな苦労はしていない、
人間関係や客との関係で悩んだこともない、みな良い客ばかり、部下もよく働く
たまにトラブルもあり、叱られることもあるが、
まぁどうにかなる、役員室まで呼ばれてお説教されることもあるが、そのあと担当役員と飲みに行ける程度だ
さみしいね
※特定の出演者や診断について論じるものではありません。番組から受けた印象について書きます。
あの企画を見ていて、「笑わせるための企画なのに、やたら胃が痛くなる」という人は少なくなかったのではないか。
それは、あの企画が「バリケードを作るゲーム」ではなく、「チームで成果を出すこと」の構造を驚くほど抽出していたからだと思う。
番組で繰り返し起きていたのは、大失敗ではない。
鍵の閉め忘れ。
備品の不足。
相談不足。
それなのに、見ているこちらまで疲れてくる。
なぜなのか。
おそらく、あの企画が描いていたのは「ミス」ではなく、「予測可能性」だったからだ。
一回の失敗ならリカバリーできる。
だからリーダーの仕事は、本来の意思決定から、「確認」「リマインド」「フォロー」に置き換わっていく。
これは管理職を経験した人なら、一度は見たことのある景色ではないだろうか。
一方で、あの企画を「能力が低い人がいるとチームは大変」という話として見ると、私は少しもったいない気がする。
むしろ逆だ。
抜けやすい人もいれば、慎重すぎて進められない人もいる。
問題は、その偏りを個人の性格の問題として扱うか、組織の設計課題として扱うかだ。
現代の組織論では、「優秀な人を集めれば強い組織になる」という発想は、かなり古くなっている。
強い組織は、個人の能力よりも、個人の特性を前提に仕事を設計する。
チェックリストを作る。
担当を固定する。
ダブルチェックを入れる。
そうした仕組みは、「できない人」のためではない。
「人間は必ず偏る」という前提の上に作られている。
「多様性を受け入れよう」という理念と、「成果は出さなければならない」という現実。
笑っていたはずなのに、どこか笑えなかった理由はそこにある。
「あなたの組織は、人間の偏りを個人の責任として処理していますか。それとも仕組みで吸収していますか。」
そんな問いを、バラエティ番組の形で投げかけていたように思う。
○ご飯
朝:カシューナッツ。昼:玄米ブラン。カロリーメイト。夜:うどん、にんじん、白菜、ピーマン、キノコ。ヨーグルト。バナナ。ギョニソ。目玉焼き。間食:柿の種。
○調子
36巻のヒュリコフの「オレの親はベンジャミン様だよ」を読み返してうねってる。
ただ、操作系の能力者と変装の能力者がやたらと多いので、どこまで信じていいのか悩ましいなあ。
あんなに男を魅せたヒュリコフを信じきれないのは、サレサレ、カチョウ、モモゼ担当のビヨンドチルドレンの安否が不明な点にあるので、そこが明確になれば信用したい。
あとウンマが「やっとる」のはまあ「やりそう」だからいいんだけど、
○ポケットモンスタームーン(ゴーストポケモン旅2周目)
火力不足な3匹だけどシャドークローの技マシンで補強したおかげで、ダダリンとミミッキュはかなりいい感じ。シロバァはまだまだ育ち待ちだ。
私は佐藤二朗の擁護派です。つまり考えに明確なバイアスがありますが、どこかにアウトプットしないと仕事も落ち着かないのでここに書くだけで、反応を期待しているものではありません。
今回のトラブルがセクハラ事案ではないことは、文春の初出時の見出し以外は共通しており、おそらくそれで正しいんだと思います。
パワハラかどうかというと、三要素のうちの第一要素、「優越的な関係に基づいて」が怪しいんじゃないかと思います。そもそも橋本愛はしばらく前から主演級俳優、佐藤二朗は民放主演は今回始めて。また、日本アカデミーだって、エランドールだって、橋本愛の方がずっと前に取ってる。「男なら優越的」’「おじさんである時点で加害的」というのが成立するとするなら、男女間の争いである時点で常に第一要素を満たすことになりますが、厚労省資料には書いてないな。
https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf
しかしそれでも、橋本愛、(本人のキャパを超えて)怖くて泣いちゃった。これは事実として、それは怒られるべきことだとは思います。男が泣いたって一緒。多様性を理解しないといけません。前回もきっとそうだったのかな。
しかし、あまり強く怒られてしまった佐藤二朗も、(本人のキャパを超えて)抑うつ状態に追い込まれた。こちらもまた良くないことで、それをした人は怒られるべきだと思います。多様性を理解しないと。
そしてこの両者に対してSNSで、目を背けたくなるような加害的なコメントが行き交っていて、見たくもない感じ。これらが、現場の管理者で、権力勾配の頂点にいたフジテレビの不作為によるものであることは明らかだと思う。
そして今、何が起きているかというと、担当弁護士に対してSNS批難が集中している。
フジテレビ、これまでの不作為についてはゴメンすればいいからさ、今度は担当弁護士守らなきゃいけないんじゃないか。何やってるんでしょうか。
文化保存にも限度があるでしょう。
天皇を担当する個人の人権をないがしろにするのは21世紀において許容されるのか?それを考えるべきじゃないかな。
いくら文化財でも消火設備やAEDなどの現代設備の導入は現状維持より優先される。それは維持より人命損失や文化財焼失をさけるためだ。
文化の現状保存にこだわるあまりに硬直化し柔軟性を損なえば、次の世代に受け継がれなくなると思う。つまり、天皇制自体が支持されなくなる。
俺はBreaking Downを舐めていたのかもしれない。24点。
強盗傷害事件で少年院送りになったリョーマはそこで強盗殺人未遂の男イクトと出会う。何となく仲良くなった2人だが、ある日、少年院に朝倉未来がやってきて棒演技と方言垂れたことに感銘を受け自分の人生に真摯に生きようと決める。なんやかんやあって出所した2人は鉄工所で働きながら、潰れかけのジムで格闘技に打ち込み始めるが、そこに2人の過去の因縁と通りすがりのGacktが絡まってきて……
みたいな話。
俺はBreaking Down自体はやってることは知ってる、程度で、まぁチンピラと迷惑系Youtuberたちが格闘技ごっこをしているイベント程度の認知しかないし、おそらく世間の大半がそうだと思ってる。しかし、おそらくやっている側にはそこに信念や青春があり、映画化するのであればそこを描く作品になるだろうと思っていた。
例えば、喧嘩と格闘技の協会とは、チンピラと格闘家の境界とは、刹那的な人生と真摯な人生の境界とは、みたいな。つまり、まぁ、一般的な社会のはみ出し者が人生を賭けられる"何か"に出会ってプラスの方向に生き方を変える系のややシリアスなお涙頂戴系の作品にしてお出ししてくるんだろうなと、そうたかをくくっていたわけだが全く違った。
もろちん、そういった要素はたぶんに含まれているのだが、一言でこの映画を表すなら「クローズZERO外伝」である。
監督がクローズZERO1,2を取った三池崇だからというのもあるだろうが、冒頭の少年院に送還された時点で映画クローズの重要人物、頬に十字の傷が入った牧瀬がご丁寧に鈴蘭高校の牧瀬だと名乗りながら登場する。その後も鳳仙のホモこと金子ノブアキややべきょうすけ、一ノ瀬ワタル、果てには山田孝之らが次々とちょい役で登場する。
で、本当にあらすじを大雑把にまとめると、ジムに通うようになった2人のもとにそれぞれに因縁のあるギャグみたいなチーマー集団が現れ、なんやかんやあってリングの上で実力を認め合うもチーマー集団のヘッドがGackt率いるキチガイ暴走族に拉致され、助けを求められた2人はBDの試合当日にも関わらず暴走族のアジトに乗り込みそこにヘッドを助けに来たチーマー集団も合流し大乱闘。なんとかGacktを討伐し、BDの舞台に立つのだった、おわり。
そうはならんやろと、一般人の俺なんかは思ってしまうわけだが。おそらくBDの視聴者層、もしくは朝倉未来らの考えはこうなんだろう。暴行で少年院に入るもそこで夢に出会いまっすぐに生きようと更生の道を歩もうとしていても、それでも仲間のためであれば喧嘩するのが"漢"なんだ、と。
そもそもこの最後の展開も敵対しているはずの主人公たちの元に助けを求めに来るのはチーマー仲間と連絡がつかない=ビビって逃げたからしゃーなしって話なんだけど、後からチーマー集団がドヤ顔で助っ人参戦するからね。こいつらが最初から連絡返してれば主人公たちは夢の舞台に素直に立てたのに。この展開、マジで意味不明。
しかも、今作でイクトは父親も殺人容疑で裁判中でその事件の担当検事の息子がBDに乗り込んできててその因縁でオーディション中にちゃっかり喧嘩になって「そこ試合決定」しているという最大のフックがあるんだけど、この大乱闘に尺を使いすぎたのか「まぁそういうのはいいじゃんw」みたいな感じで終わる。使い切る自信ないならそんなややこしい設定出すなよカス。
あとはイクトは殺人未遂自体は事実なんだけど強盗は濡れ衣でそれの累犯で少年院送りになっていて、その強盗の実行犯はリョーマだったっていうカスエピソードがあるんだけど、それもなんかお互いぶつかり合って解消するなりなんなりのドラマ作り放題の設定なのに、なし崩し的に「実は俺……」「気付いてたよ(シレッ)」みたいな感じで終わるのもめちゃくちゃ気に入らない。
最後に全然関係ないんだけど、Gacktが最強の不良みたいな感じで出てくるんだけどジャケット脱いだらめっちゃぬるっとした身体してて爆笑。あれは俺がそうだからわかるんだけど、シンプルに筋トレはしてるけど全く絞れてないだけの身体。チーマーのヘッドがキレッキレの三角筋を披露してくれていただけに、あまりのおじさんボディに笑みがこぼれてしまった。
主演の2人、特にイクト役はかなりよかったのでそこは評価ポイント。
まぁ、そんな感じかな。
俺が勝手にBreaking Downという夢に向かって真っすぐ、"リアルな"障害が立ちはだかってもそれを乗り越えて向かっていくような、もしくはそこでくじけてビターに終わってしまうような硬派なドラマを期待していたのが悪いんだけど、まさかクローズZERO外伝だとはこの南斗白鷺拳のシュウの目をもってしても!って感じでかなりガッカリしてしまった。
ただクローズZERO外伝、もしくは三池崇が撮ったトンチキ映画だよ!って思って見れば40点くらいはあると思うのでそれくらいのテンションで見るのがオススメ。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスについての醜悪な事実に関する短い報告
ジュノ・ディアスの告発者たちは声を聞かれている。しかし文学界には、クローゼットの中にさらにひどい秘密が眠っている。
DEVON
※注意書き(TW):性的暴行、家庭内暴力、虐待に関する内容を含みます。
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しかし文学界には、クローゼットの中にさらにひどい秘密が隠されている。
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5月4日、ジュノ・ディアスは文学イベントや私生活における女性への暴行や嫌がらせについて、公に告発され始めた。
この件の基本的な情報については『Book Riot』の記事がまとめているが、Twitter上の「#JunotDiaz」というタグでは、ディアスとの遭遇について語る女性がさらに多く存在している。
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これらの告発は、ディアスが『ニューヨーカー』誌に発表した、自身の性的暴行被害経験についての非常に衝撃的で自己省察的なエッセイが公開された直後に起きた。
その文章の中でディアスは、自分自身が受けた虐待の過去、そしてそれを抑圧してきたことが、長年にわたって女性たちと尊重に基づく恋愛的・性的関係を築けなかった理由の一部になったのではないか、と示唆している。
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大部分において、ディアスの告発者たちは真剣に受け止められているように見える。
これは、過去に起きた他の虐待告発――その中にはデイヴィッド・フォスター・ウォレスに対するもののように、非常に裏付けの強いものも含まれる――に対して文学界の多くの人々が示した反応とは大きく異なる。
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ディアスが有色人種の男性であり、ウォレスが白人で裕福な学者家庭出身の男性だったという違いは、当然ながら関係している。
そしてこの点を強調するために、ウォレスを告発した人物の中でもっとも声高で、もっともよく知られている、素晴らしい作家であるメアリー・カーが再び声を上げた。
亡くなった元恋人ウォレスの行為を、私たちに思い出させるためである。
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―――
現在、公に性的暴行、レイプ、嫌がらせで告発されている人々の多くは白人男性である。
しかし実際にその行動の結果として処罰を受けている人々の大半は、有色人種の男性だ。
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「黒人男性や褐色人種男性は加害者であり、白人女性は被害者である」
というステレオタイプの物語をどれだけ覆すものであるかによって、その虐待者が自分の行為に対して完全な責任を負わされる可能性は低くなる。
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#MeTooの時代において、白人女性歌手メラニー・マルティネスはレイプで告発されても何の処罰も受けずに済み、白人男性のハラスメント加害者であるチャーリー・ローズやハーヴェイ・ワインスタインは、一時的に姿を消し、セラピーを受け、それから戻ってきて「自分が学んだこと」について語ることができる。
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一部の読者――その多くは白人だろう――は、今後ジュノ・ディアスの文章を読むことをやめるかもしれない。
しかし同じ人々が、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの、過剰で混乱した女性嫌悪の物語を読み続けるだろう。
なぜならウォレスは白人男性であり、そして彼自身がそのすべてについてひどく苦悩しているように見えたからだ。
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#MeToo運動は、多くの人に「自分の声が届いた」「守られている」と感じさせるかもしれない。
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そこに影響している偏見と、私たちは積極的に戦わなければならない。
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そう、彼の告発者たち――その多くはラテン系女性である――の声は聞かれる必要がある。
しかし、私たちの確信や怒りの一部は、白人の加害者たちにも向けられなければならない。
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デイヴィッド・フォスター・ウォレスは、決して「良い人間」ではなかった。
これは長い間知られていたことだ。
それは、今終わらなければならない。
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―――
私は、かつてデイヴィッド・フォスター・ウォレスのファンだった。
私は『インフィニット・ジェスト』を愛していた。
『Girl with Curious Hair』の約半分の作品には、今でも深く心を動かされる。
そして彼の多くのインタビューには、今でも考えさせられ、引き込まれるものがあると思う。
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DFW(デイヴィッド・フォスター・ウォレス)は、『This Is Water』を引用する人々が描きたがるような、
ではなかった。
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私は2010年、特に陰鬱な冬の鬱状態の時期に、DFWの作品に入り込んだ。
彼の言葉は、私がいた暗い穴の中まで降りてきてくれた。
私はその後数年間、彼を崇拝した。
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彼がこれまで生み出したものはすべて読んだ。
インターネット初期の頃に存在した、彼についての古くてあまり知られていないインタビューやラジオ番組まで探し出した。
彼自身の作品を読み尽くした後は、間接的に彼について扱っている本まで読んだ。
メアリー・カーの『Lit』や、ジェフリー・ユージェニデスの『The Marriage Plot』などである。
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やがて、DFWへの愛情は、彼を偶像化していた自分自身を壊した。
彼の個人的な過去を読めば読むほど、彼が虐待的な人間であり、偽善者だったことが明らかになっていった。
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ここに挙げるのは、2011年から2012年頃に私が知った事柄の一部である。
多くの詳細は、ジョナサン・フランゼンのエッセイ「Farther Away」と、D・T・マックスによるウォレスの伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』から得たものだ。
いくつかの情報は、Wallace-Lメーリングリストからも得ている。
もちろん、一部の決定的な詳細は、素晴らしいメアリー・カーの回想録からのものだ。
なお、カーの本はどれもDFWのノンフィクション作品よりはるかによく書かれている。
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以下の引用部分は、D・T・マックスの『Every Love Story Is a Ghost Story』からのものである。
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ウォレスは、ほぼすべてのノンフィクション・エッセイにおいて、何十もの事実を誤って伝えていた。
多くの事実は、他のジャーナリストの経験から完全に盗用されたものか、あるいは完全な創作だった。
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例えば『Consider the Lobster(ロブスターを考える)』に収録されたポルノ業界の展示会についてのエッセイで、ウォレスは、
外部にあるバルブによって、自由に膨らませたりしぼませたりできる人工乳房を持つ女性
について描写している。
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しかしこれは完全な作り話だった。
そのようなインプラントは、彼がその文章を書いた1990年代には存在していなかった。
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また、同じエッセイ内で一人称によって描かれる多くの出来事も、実際には別のジャーナリストからウォレスが聞いた話だった。
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エッセイ「Ticket to the Fair」に登場するバトントワリングの場面は完全な作り話だった。
また、その作品に登場する同行者の女性の存在や人物設定も、実際には存在しなかった。
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「Rise, Simba!」に書かれている多くの事実、人々、あだ名、交流についても、同様に作られたものだった。
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「Consider the Lobster」は反体制的なルポルタージュではなかった。
ウォレスは自分で文章を書き、それを『Gourmet』誌に売ったのである。
『Gourmet』からジャーナリストとして派遣されたわけではない。
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初期作品、
『The Broom of the System』
や『Girl with Curious Hair』の一部は、
トマス・ピンチョンやドン・デリーロから筋書きや文体的要素を借用していた。
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その盗用はあまりにも露骨だったため、ウォレスはキャリアを通じて盗作訴訟を心配していた。
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・詩人で回想録作家のメアリー・カーを、走行中の車から押し出した。
・自分が彼女に投げつけたテーブルの弁償をしようとした後、そのテーブルの破片を自分に渡すようカーに要求した。
・自分が担当していた創作文学の授業中に、学生へ暴力を振るった。
・創作クラスの学生たちと性的関係を持ち、さらに本の宣伝ツアー中には17歳の少女とも関係を持った。
・カーと彼女の5歳の息子をストーカーし、さらにその目的のために購入した銃でカーの夫を撃つと脅した。
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2012年頃にDFWについてこれらのことを知った後、私は彼の作品の多くを読み直した。
すると、以前覚えていたような天才性や繊細さが欠けているように感じた。
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(多くはWallace-Lメーリングリストの鋭い読者たちの助けを借りたものだ。)
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DFWは、共感できる女性キャラクターを書く能力がほとんどなかった。
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『インフィニット・ジェスト』の敵対的な女性人物、アヴリル・M・インカンデンザは、疎遠だった彼の母親を非常に刺激的な形で変形した存在だった。
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彼の短編「The Depressed Person」に登場する、共感性のない女性ナルシシスト的人物は、彼が性的関係を持ち、その後すぐに軽蔑するようになった同業作家エリザベス・ワーツェルをモデルにしていた。
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同じことは「Westward the Course of Empire Takes its Way」の女性主人公にも当てはまる。
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⸻
「美しすぎるために、この世界で普通に機能することができない女性」
というものだった。
⸻
その最初の形は、『インフィニット・ジェスト』に登場する、ベールで顔を隠した危険なほど美しいジョエル・ヴァン・ダインとして現れた。
その後、『The Pale King』では、少し頭が軽い形に作り直されたメレディス・ランドとして再登場する。
⸻
これらのキャラクターは、人を惹きつける圧倒的な美しさ以外には、際立った特徴をほとんど持たない。
⸻
これらの女性たちは、物語の中でも、自分自身の人生においても主体性を持っていない。
どちらも、おそらくDFWの恋人、回復支援グループでのパートナー、そしてストーカー被害者でもあったメアリー・カーをもとにしている。
⸻
本質的に言えば、
『Girl with Curious Hair』に収録されたレズビアンカップルについての短編を除けば、
彼の作品には主体性を持った女性キャラクターがほとんど存在しない。
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女性たちは『Brief Interviews』では単なる無垢な被害者であり、
『Broom of the System』、
『Infinite Jest』、
『Oblivion』、
『The Pale King』
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ノンフィクションにおいても、女性が中身のある声を持つことはほとんどない。
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彼が、機知に富み、はっきり物を言う女性の同行者と一緒にいる唯一のエッセイ、
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ウォレスについてこうしたことを知り、観察したことで、私の読書習慣は根本的に変わった。
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ウォレスが吐き出した、半分も編集されていない断片的な文章をすべて探し出し、貪欲に読み漁ることはやめた。
その代わりに私は、メアリー・カーのような女性作家たちへ目を向けた。
彼女たちは一般的に、ウォレスよりも簡潔で、自己認識があり、制御された文章を書いていた。
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また、カーやその他の虐待被害を経験した人々の経験にも慰めを見出した。
なぜなら、後になって分かったことだが、
2010年の冬に私があれほど惨めなほど落ち込んでいた理由の一つは、
私自身が身体的、感情的、性的虐待を伴う関係の中にいたからだった。
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私はそれに気づくまで、しばらく時間がかかった。
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そして彼は、人間の善性について哲学的に語ることに熱心な、非常に活発で好奇心旺盛な読書家だった。
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しかし、それらはウォレスの「技量(craft)」の証拠として扱われた。
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#MeTooは、私たちのほぼ全員に、自分が尊敬する人々の憎悪的で虐待的な行動と向き合うことを強いた。
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私は、私たちがその困難な矛盾を抱え、認める能力を持つことが重要だと思う。
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メアリー・カーは、読者にウォレスの作品を捨ててほしいとは思っていない。
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「悪を行う能力があることが証明されたすべての人間の人生や作品から、自分たちを切り離そうとすることは、生産的ではありません。
それは、関係によって自分を浄化しようとする終わりのない競争を生み出すだけです。
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一見すると善良だったり、複雑だったりする人々が、恐ろしい行為を犯すことがある。
もし被害者が本当に安全を感じられる社会を作るなら、私たちは何度でもその真実に向き合わなければなりません。
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私たちはそれを受け入れ、対処する方法を身につけなければなりません。
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その複雑さに耐えられないことこそが、人々を告発者を無視し、創作者を免責する方向へ向かわせるのです。
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自分たちが愛した本の中の優しく悲しげな男性が、実際にはストーカーであり、殺人を企てた可能性のある人物でもあった、
という事実を認めさせなかったのです。」
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私たちは、その矛盾を受け入れることができるようにならなければならない。
そして、それにどう向き合うかを学ばなければならない。
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なぜなら、その複雑さに耐えられないことこそが、人々を告発者を無視し、創作者を免責する方向へ押しやるからだ。
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一見すると善良で、あるいは複雑で理解しがたい人物が、恐ろしい行為をすることがある。
もし被害を受けた人々が本当に安心できる社会を望むなら、私たちはその事実に何度でも向き合わなければならない。
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私たちは、その事実を受け入れ、それと共存する方法を身につける必要がある。
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DFWの作品を愛していた人間として、私は本当に彼の作品を愛していた。
本当にそうだった。
私は、彼が複雑で、心を揺さぶるほど美しい魂を持った人物だと信じていた。
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しかし今、彼についての真実を知った私は、彼の作品の多くを以前ほど評価できないと感じている。
そして、彼がもうこの世にいないことに感謝している。
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もし彼がまだ生きていたなら、
苦悩に満ちた、疲れるほど長い文章を書き続けていたに違いない。
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私はそのことに疑いを持っていない。
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私はむしろ、メアリー・カーが今も健やかに活動し、真実が知られている世界に生きていることを嬉しく思う。
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それに、カーの本のほうが結局のところ優れている
ああ、デイヴィッド・フォスター・ウォレスが私の英語教授だったらどんなによかっただろう。テキサス大学は最近、彼がポモナ大学で担当した英語102の授業のシラバスを公開した。そこからすぐに分かるのは、彼がこの仕事を、そして彼の学生たちを、心から真剣に受け止めていたということだ。
興味深いのは、彼が選んだ教材でもある。シラバスに載っている本の中で、いわゆる文学の正典(カノン)に入っているものは、(ある意味では)C・S・ルイスの児童文学の名作『ライオンと魔女とワードローブ』だけだ。彼は学生たちの文学への理解を深めるための入り口として、シェイクスピアのような作品よりも、むしろ「商業小説」のほうが優れた道具になると考えていたようだ。
私には疑いなく思える。彼の授業でスティーヴン・キングの『キャリー』やジャッキー・コリンズの『ロックスター』を読み、書くことについて考えた学生たちは、多くの人が文学専攻の4年間で学ぶ以上のことを学んだに違いない。
しかし、もっとも心を打つのは、彼自身の学生たちのコメントだ。そこには、圧倒的な名声を得た作家でありながら、授業中に自分の小説について一度も語らず、熱心な学生に対して決して中途半端な注意しか向けなかった教師の姿が描かれている。
自己宣伝が過剰になった現代において、それは強烈な謙虚さの証だ。
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DFW(デイヴィッド・フォスター・ウォレス)のシラバスより
「English 102の目的は、フィクションをより深く読むためのいくつかの方法を皆さんに示すことです。作品がどのように機能しているのかについて、より興味深い洞察を得ること。ある作品を好きになる、あるいは嫌いになる理由を、知識に基づいた知的な形で持つこと。そして、読んだものについて、明確に、説得力を持って、そして何よりも興味深く書くことです。
この授業では主に、一般的に『大衆小説』あるいは『商業小説』とみなされているものを読みます……もしこの授業がうまくいけば、飛行機の中や浜辺でざっと読むなら単なる娯楽にしか見えないような小説の表面下に潜んでいる、非常に洗練された技法やテーマを見つけ出せるようになるでしょう。」
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2008年、作家の自殺後にポモナ大学の機関誌に掲載された、ウォレスの学生の言葉
授業初日、デイヴは袖を切り落とした『スター・ウォーズ』のスウェットシャツを着て、脂ぎった髪をまとめるためにバンダナを巻いていた。眼鏡はきらりと光っていた。
もし私が『インフィニット・ジェスト』の天才作家という存在を期待していたのなら、その理想化されたイメージは、彼がスラーピーのカップに黒い煙草の唾を吐き出す姿を見た瞬間に崩れ去った。
彼は言葉に厳格な文法学者というより、間違って英文学科に迷い込んできた浮浪者のように見えた。
以前のデイヴ・ウォレスの学生たちは、彼の痛烈な叱責、言葉遣いへの異常なまでのこだわり、膨大な脚注について私に警告していた。
私は文学界の巨人との、作家的な戦いに備えて完全武装していた。
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だが、それは彼の明らかな才能や評判、ひどい服装のせいではなかった。
彼が求めた忠誠心は、自分自身に対するものでも、授業に対するものでもなかった。
中途半端な仲間同士の批評や、見落とされた一つのコンマによって言葉を裏切ることは、私たちがなりたいと願う作家自身を裏切ることだった。
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彼は一度も私たちを裏切らなかった。
毎週、彼は私たちの物語を返してくれた。そこには膨大な量のコメントが書き込まれていた。綿密に整理され、脚注まで付けられ、各ページは赤ペンの茂みのようだった。
5ページの短編に対して、5ページ分のコメントが返ってくることもあった。しかも行間は詰められ、10ポイントのフォントで。
しかし後になって、それは単にデイヴの心の深さを反映していたのだと分かった。
彼は一つ一つの作品に、自分自身の執筆に注ぐのと同じエネルギーを注いでいた。
彼の注意深さは、学生たちに対する深い敬意から生まれていたのだ。
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デイヴは、オフィスアワーでも、授業時間外でも、空き時間でも、同じような気遣いを学生たちに向けた。
彼は惜しみなく、私たちの段落について、私たちの不安について、そして自分自身への疑念について、一緒に考えてくれた。
使用法辞典の山の向こうから、彼は何度もまばたきをしながら話していた。
彼の部屋の前には、廊下にまで列ができることも珍しくなかった。
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ある日、私は彼に、もうフィクションを書くのをやめようと思う、と苛立ちながら話した。
私の作品はポストモダンでもなければ、流行にも乗っていなかった。
しかし彼は違った。
「力を抜け」と言った。
偉大な作家たちは、もう誰か別の人のように書こうとするふりをやめている。
そして彼はこう言った。
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うちの会社は小さいとこだけど10年ぐらい映画のオーディション現場を回してきた(おれは平社員)。ドラマは局が直接オーディションを回すけど映画の場合はうちみたいな小さい企画会社がオーディションの設定を担当する。
でここから本題
お前ら学生時代の同級生とか親戚とかで「歌手目指してます」「俳優目指してます」ってやつに会ったことあるか?
だいたい頭のネジが少し外れてるんだよ
そりゃそうでさ、歌手や俳優なんて学校の進路相談で言ったらやめとけと言われる、家族からも反対される、友人知人からは笑われる。
社会みんなからヤバイ選択肢扱いされて毎日毎日諦めずに練習したりオーディションする。
それを何年も何年も、成果があまり出ないし稼ぎも増えない中、「いつか」を信じて狂ったように生きてる。
すると、結局俳優や歌手の世界で成功してお前ら一般人の目に触れるのはいずれかの属性に分類される
A) だれがみても明らかな天才タイプ。だいたい普通の人生を送ってないから社会的にも人間関係的にもずれまくってる。マナーなんて微塵もないしモラルとは何かもわかってない奴も多いから、マネージャーが調教しようと奮闘する。
B) 魔法のようにコネが作れるタイプ。コミュ力や人間力が異常に高く、さらに業界飲みに参加したら必ず盛り上げる。気づいたら有力者の懐に入ってるからホイホイ業界を上り詰める。
こいつらは社会マナーは異常に高いが、たいてい裏ではモラルがない人が多い。なのでこのパターンで大きく成功すると、ヘコヘコする相手が減ってくるから自分のクズさを隠さず一気に横暴になる。
C) スキルと人脈と人間力をバランスよく磨いてコツコツ長年がんばって少しずつ登るタイプ。いちばんまともだし扱いやすいし不祥事も少ないけど、AやBに比べると突き抜けたものがないので頂点まで上り詰めにくい。
そんな奴らに、有名になった途端いきなり「政治家のような全うで品行方正な振る舞いをし、常に配慮したコミュニケーションをしてください」ってムリがあるだろ。
ネットのお前らみたいな「普通」な人たちにさんざん笑われ見放されてきながら、それを何年もシャットアウトして上り詰めた奴らなんだよ。