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2026-07-19

同じ男としてミソ男のヘタレ具合に呆れる。男らしさなんて言うと「平等だ。俺に男らしさを求めるな」って言う癖に、女を叩く時は「インフラ工事は〜徴兵は〜」とか言い出す。で肝心の自分インフラでも軍人でもない(日本徴兵じゃない)。女叩けるならなんでも使うその浅ましさたるや・・・

anond:20260719092226

手を振ってるだけの仕事だしな。工事する時のあの旗振ってるロボ改造したらそれでいいよな

https://digital.asahi.com/articles/ASV7G2CQNV7GUTIL00RM.html

ウルトラマン生みの親が明かした戦争体験 「幻のシナリオ」見つかる

2026年7月18日 8時00分

編集委員谷津憲郎

 高校入学時に上京し、円谷プロ活躍しながらも、復帰前の沖縄に戻り、37歳で早世する。全力で駆けぬけるような人生については、いくつもの評伝や回想録が書かれた。

 

 それらを読むうちに、気づいたことがある。哲夫人生のある部分については、記述かすみがかったようにぼんやりするのだ。

 

 沖縄である

 

 生まれたのは1938年。本島南部地上戦をくぐり抜けた時は6歳だった。幼いとはいえ、多くを目に焼き付けたのは間違いない。だが哲夫自身がその体験を語ったり記したりしたことは、ほとんどなかった。

 

 なぜなのか。関係者をたずねる中で、一本の原稿が見つかった。沖縄戦について哲夫が正面から描いた、幻のシナリオである

 

 

 

 

傷痕

 沖縄戦の体験哲夫が語っているとすれば、この人だろう。そう思って、盟友だった森口豁(かつ)さん(88)に千葉県で会った。

 

 しかし早々に、森口さんは首を横に振った。「家族ぐるみのつきあいを長くしたけれど、金城戦争がらみの話をしたことは一切なかった

 

 二人が出会ったのは、高校生のとき東京玉川学園高等部の2年生だった哲夫は、自由研究の発表で沖縄言葉について語った。一つ年上の森口さんは感銘を受け、その後の人生が決まった。1958年大学中退して琉球新報記者になり、さらには日本テレビ特派員に。ジャーナリストとして沖縄を追い続けた。

 

 駆け出し記者のころ、森口さんは毎日のように、哲夫の母ツル子さんが那覇市内で営む食堂「かどや」で食事をしていた。

  

 ツル子さんは沖縄戦で負傷し、片方が義足だった。居間調理場を行き来するたびに、和服の裾をはだけて義足をつけたり外したりする。白い脚が森口さんの記憶に残っている。「お母さんはあの時、どんな気持ちだったのだろう。戦争とはこういうものだ、と本土から来た若者に感じさせようとしていたのか」。当時を思い浮かべてしばらく黙ったあと、森口さんは語った。

 

 1945年3月23日

 

 ツル子さんは、いまの沖縄南風原はえばる)町津嘉山(つかざん)の自宅に家族とともにいた。空襲警報に続いて、米軍機が3機、家に突っ込んできそうな低空で急接近してくる。機銃掃射のバラバラという音とともに、左足に衝撃が走った。足首がふき飛ばされていた。

 

 自宅に泊まっていた青木上等兵が止血してくれ、南風原陸軍病院に運ばれた。のちにひめゆり学徒隊が働く壕(ごう)である青木上等兵から輸血の提供をうけ、ひざから下の切断手術を受けた。

 

 哲夫の父は召集され、ビルマにいた。一家曽祖母祖父母、母、哲夫、妹の栄子。これから大混乱が始まるだろうという矢先に母が歩けなくなり、哲夫はどんな気持ちだったろう。

 

 当時のことをツル子さんが書き残した手記がある。南風原町が1990年にまとめた「津嘉山が語る沖縄戦」に転載されている。

 

 3月25日 二人の子も小さい手で母親の手をさすったり頭をもんだり懸命に看護しているつもりらしい。

 

 3月27日 「第一線に行くよ」と兵隊さんが小さい哲夫に言っていた。

 

 5月7日 早朝から艦砲が盛んに撃ち込まれる。爆風が壕に入ってくる。哲夫と栄子が頭から布団を被って震えている。

 

 戦況は悪化し、5月下旬日本軍司令部をおいていた首里放棄し、南部撤退することを決める。津嘉山は、その道程にあった。米軍の激しい砲弾が降り注ぎ、金城家の叔父一家は、壕の中で生き埋めになった。

 

 このままでは、みんなやられてしまうかもしれない、と祖父・忠助さんは5月25日、決断をする。自分と妻と跡取りの哲夫南部へ逃げ、曽祖母と片足のツル子、幼い栄子はここにとどまる――。決断にともなったであろう多くの悲嘆をツル子さんは書いていない。ただ、こうある。「預けた哲夫のことが案じられて、一睡も出来ずに夜が明ける」

 

 このあと哲夫らは、いつ、どこをさまよい、何を体験したのか。

 

 断片的に、祖母がのちに語っている。配給の靴は大人ものばかりで哲夫は裸足だったこと、砲弾が飛んでくると哲夫の上に祖父祖母の順で覆いかぶさって守ったこと、死体をまたぎながら歩いたこと……。

 

 津嘉山地区には1949人が住んでいた。このうち戦死したのは808人。じつに40%以上にあたる。戦後調査では、住民避難コースは大きく四つに分かれ、いずれも南へ南へと向かった。哲夫たちも、こうした足どりをたどったのだろうか。

 

 海沿いで、一行は米軍投降した。連れて行かれたのは、名護にあった大浦収容所。いま普天間飛行場移設工事が進む米軍キャンプ・シュワブのある場所だ。ツル子さんらも奇跡的に生きており、家族は再会を果たした。

 

 盟友の森口さんが高校生のときだ。不思議メロディー哲夫が口ずさんでいるのに気づいた。尋ねると、戦後収容所で生まれた「屋嘉節」という沖縄民謡だと教えてくれた。さまざまな歌詞が伝わるが、森口さんが教わったのはこうだった。

 

 懐(なち)かしや沖縄(うちなー) 戦場(いくさば)になやい

 

 世間(しきん)御万人(うまんちゅ)ぬ 袖(すでぃ)ゆ濡(ぬ)らち

 

 かなしいことに沖縄戦場になってしまい、みなの袖を涙で濡らし――そんな意味である

 

 

 

沈黙

 なぜ自分体験を、哲夫は語ったり書き残したりしなかったのでしょう。行く先々で問いを重ねた。

 

 「生々しすぎて語れなかったのでは」と玉城優子さんは言った。子どものころ、ウルトラQを楽しみに見ていた世代である1993年地元紙の沖縄タイムスで、哲夫の生涯を114回にわたって連載した。

 

金城哲夫の評伝「沖縄を愛したウルトラマン」を書いた玉城優子さん=2026年7月6日沖縄西原町谷津憲郎撮影

 沖縄戦では、自分や身内を守るのにせいいっぱいで他人を助けたり、食べものを分け与えたりすることもままならなかった。戦場では人間のあらゆる面がさらけ出される。「一つしゃべり出せば、それら全てが噴き出してしまう、だからでは」

 

 玉城さんは取材の中で、こんなエピソードを聞いた。その人が戦後哲夫と酒を飲んでいた時だ。突然、哲夫は大声をあげて裸足で外に飛び出してしまった。哲夫沖縄戦について、こう語ったそうだ。「あまりの怖さに泣きたくても泣けず、叫びたくても叫べなかった。いまでも何かの折りにその時の恐怖がよみがえってくることがある」

 

 哲夫の孫にあたる金城琴さん(35)は、大学卒業後、円谷プロにつとめた。哲夫はどんな人間だったのか。何を語ったのか。それを残すのが自分役割かもしれないと考え、出会う人たちにできるだけ昔のことを聞くようにしていた。それでも、哲夫から戦争の話を聞いたことがあるという人には出会わなかった。

  

 琴さんは言う。「いまでこそ、沖縄戦の体験を残さねばという人は多いですが、哲夫のころはまだ戦争記憶が新しく、口にするのも嫌だったのではないでしょうか。家族あいだでも、ほとんど戦争の話はしなかったと聞いています

 

 沖縄戦でもっと悲惨体験をした人もいるという思いも、哲夫にはあったかもしれない。母たちを置いていったことへの後ろめたさもあったかもしれない。

 

 哲夫が急死したのは1976年70年代後半になると、沖縄ではあの戦争について多くの人が語り始め、出版物が急増した。あと10年生きていたら、哲夫も何かを書き残したかもしれない――そう思っていた。

 

 

発見

 それは、沖縄県立図書館哲夫に関する資料を探していたときだった。ある冊子に、小さな写真が3枚載っていた。200字詰めの原稿用紙を正面から写したもので、手書き文字がはっきり見える。目がぴたりと止まった。

 

 「シナリオ 暁の敗残兵 脚本金城哲夫

 

沖縄戦を描いた幻のシナリオ「暁の敗残兵」。200字詰め原稿用紙で200枚ほどにのぼる=2026年7月7日沖縄南風原町、谷津憲郎撮影

 別のカットには「沖縄」の文字も見える。これこそが求めていたものではないだろうか。

 

 冊子の発行元に連絡をとり、資料を保管している南風原文化センターへ行った。金城家は数年前から哲夫資料227点を寄託している。

 

 センター会議室。白い手袋をはめた職員が箱から平らなものをそっと出す。覆っていた包みをはがすと、縁が茶色く変色した紙の束が現れた。やはり哲夫の生原稿だった。一枚一枚めくってもらい、むさぼるように読んでいく。

 

 作中では、沖縄戦の組織的戦闘は終わっており、日本兵3人が敵中突破をして生き延びようと試みる。主な登場人物は18人。F・O(フェードアウト)、O・L(オーバーラップ)など映像上の指示も書き込まれている。計213枚。沖縄戦を描いた未公表の本格的なシナリオだった。

 

 哲夫は、幼いころの記憶を、登場人物たちにちりばめていた。

 

 主人公日本兵は「青木」。母ツル子さんの足の手当をしてくれた上等兵の名である。その青木らに途中で合流する兵隊は、片腕がない。彼はもともと「津嘉山」の民家に泊まっていたが「飛行機機関銃で関節からふっとんでしまった」。さらに、老人に連れられた幼い子ども2人が迷い込む。下の子の名は「栄」。2人の父は「ビルマ」に行っている。

 

 青木ら3人は、米軍に見つからぬように先を急ぐ。「四方穴だらけで泥水が溜(たま)り、膨張した死体、蛆(うじ)の湧いている死体顔面をえぐりとられた死体が散乱し、正(まさ)に死人のジュウタンである。三人死体をとび越え、死に物ぐるいに走る」。それは、哲夫自らが見た光景だったのだろう。

 

 いったい、いつ書いたのか。孫の琴さんも、シナリオ存在をこの取材で初めて知ったという。はっきりとした手がかりはない。

 

 だが哲夫は書いていたのだ。どこかに発表するつもりがあったのか。いや、発表のあてがなくとも、自分は書き残さねばならないと思っていたのか。沖縄戦について語らなかった身体のうちに、記憶はずっと渦まいていた。

 

 シナリオは、運命のいたずらのような悲劇で終わる。あの戦場で生きるか死ぬかは、ただの偶然だった、と沖縄戦の体験者たちは言う。哲夫もきっと同じ思いだったろう。

 

 「おわり」の3文字は、ぴたりとあわせたかのように、原稿用紙の最終行に書きつけられていた。


2026-07-18

anond:20260717222607

新聞敷いてるのは工事の人とかじゃないの?

2026-07-16

大阪民はアホwww

とか日々ネット馬鹿にされる話題があるけどシリアスな話になると途端に興味を失うのは止めてほしい

https://www.asahi.com/articles/ASV6Z3HZSV6ZOXIE04KM.html

大雨で水没した大雨対策ポンプ、復旧に300億円か 大阪市が想定

>大阪市南東部浸水対策を担う住之江抽水所の雨水ポンプ6基が大雨で水没して運転不能になった問題で、市は6月30日、新設備への交換費用が約300億円に上る見通しを明らかにした。

>復旧には少なくとも4年程度かかるという。

>今後、大雨が降った際に、市南東部地域普段よりも浸水に弱い状況になるという。

https://www.osaka-env-paa.jp/2026-0710-0946-18.html

ごみ理事業の逼迫状況とその対応について

>近年、構成市(大阪市八尾市松原市守口市)より搬入されるごみ量が増加傾向にある中、工場計画的な整備工事故障停止が重なったこから、各工場ごみの貯留場所がほぼ満杯となっており、ごみの処理が追いつかない状況になりつつあります

大阪外圧を求めています

大阪を良くするために大阪馬鹿にしてください

2026-07-15

anond:20260715115924

米原ルートの方が名古屋にも行きやすいし新規工事区間も短くて済むしでいいことだらけだと思うんだが

JR西日本としては新大阪に行く客の金がJR東海に入るのは許せないってことか

2026-07-11

anond:20260711233815

てゆーか、難工事なのは分かってんだから万死に値する確率のが高いんだよな

2026-07-10

エアコン工事費が高いと思う人は講習を受けて自分で取り付けよう

2日講習3万でだいたいうまく取り付けられるようになるよ。

ここに第二種電気工事士5万あれば完璧に近い。

インフレ時代、身内のためだけにエアコン取付技能はあったほうがいいぞ。

anond:20260710130857

減らすなんてほんとは誰も言ってない

施設において女のトイレが大きくなったとして、それが「減らされた」かどうかは誰にも分からない、そもそも施設であるので減らすも何もない。

施設工事して減らしたとき初めて言える

2026-07-09

北陸新幹線米原-滋賀南部-京都南部ルート検討されないのはなぜなのだろう

米原~東近江甲賀宇治京田辺なら用地買収は容易だし難工事も少ないよね。

揉め事になりそうな他の案より良さそうなのになんで検討されないのかな。

2026-07-08

米軍施設にポツンと我が家 暮らしに制約80年、ようやく返還 2026年7月1日 7時00分

https://digital.asahi.com/articles/ASV6Y4PXRV6YULOB011M.html

 フェンスに囲まれ米軍施設の中に、ポツンと我が家がある。戦後約80年制約を受けてきた一家暮らし6月末、一つの区切りを迎えた。

 佐治実さん(78)の住む家は、横浜市の3区(中区南区磯子区)にまたがる米軍根岸住宅地区(約43ヘクタール)の中にあった。地区6月30日、国に返還された。

 戦前1936年に建ったこの家は、もとは妻・みどりさんの祖父の所有だった。戦後間もない47年、この地域一帯が米軍関係者居住地区として接収された。

 だが、この家を含む5世帯の居住部分だけ、「非提供地」として残った。理由はいくら調べてもわからない。

 返還直前の6月下旬記者地区に入った。ゲート前で、佐治さんが出迎えてくれた。高いフェンスに覆われた地区内には、通行証を持つ関係者と、限られた同行者しか入れない。

 夫妻と娘夫妻が住む家は地区の真ん中にある。青い屋根の2階建て。庭には植物や花があふれ、鳥がさえずる。幼なじみだったみどりさんと30代で結婚し、みどりさんが生まれ育ったこの家で暮らしてきた。

 家のまわりには、米軍関係者やその家族が住む庭付きの戸建てが並び、教会診療所もあった。家の隣の広場では、米軍家族がよくピクニックをしていた。

 2004年に日米両政府返還方針合意し、地区米軍関係者は15年までに全て退去。今は接収されなかった佐治さんら数世帯がそのまま住む。米軍が残した埋設物などを撤去する国の工事関係者以外は人影もなく、ひっそりとしている。

2026-07-06

熊本の思い出

出稼ぎが終わった。いろんな思いがあり、書く

JASM(TSMC)で一年キンコンカンコンして稼がせてもらった。あざす

JASM第一工場敷地は21haだが、ここで(推定)年間3000億円の半導体製造される。

その向かいにはニンジン畑があり一本30円の人参栽培されている、菊陽町人参特産なのだ

最寄り駅は原水駅であるが、駅にも人参の絵パネルがある。半導体パネルは無い。

近隣の小作人地元テレビに出ていたが、「わしゃこ土地は譲らんズラ」みたいなことを言ってた(ような気がする)

この小作農国賊糾弾されないのが不思議日本人は優しいのだ。

実際には接収されたのか道路拡張されつつあるが。

 

JASMに隣接し現場事務所がある、町の土地が貸与されたもので立派なプレハブ仮設事務所が建っている。

俺は日本中現場経験したが、ウォシュレット完備の現場事務所は初めてだ。下手すりゃエアコンすら無い現場すらある。ここは天国

各社ベンダーはここを拠点にしているわけだが、PJ佳境のさなか突然、駐車場の立ち退きが命じられた

JASM様の従業員駐車場た不足しているのでお前らどけ、とのこと。

ん?ワイらどうやって通勤するの?

 

バスなど公共交通機関が手当されたか

されない。放置である

各社相乗りなど工夫して乗り切るしか無い

 

それまで砂利でぬかるみだらけの駐車場が綺麗に舗装されJASM様に差し出された。

わいらに人権は無いのだ。

 

最寄りの原水駅はそれはそれはもう粗末な駅である

菊陽町にはJASMだけではなくソニーやTELなど半導体企業が集結しておりシリコンパークが形成されている。

シリコンパーク全体で年間数兆円の売上があるのだが、最寄り駅は無人駅屋根すら無い(ちょっとある)

バスは走っているが、ほぼ走っていない、朝夕ちょろっと走るだけ、土日は走ってない

熊本車社会である、だが下層作業員は車で通勤することは許されない。駅からは坂を登り高台シリコンパークまで自力で通う必要がある。30分。

駅前カフェコンビニも無い。

 

駅にはトイレがある、シリコンパークで働く我々下層作業員のために改修されたらしい、照明は5秒で切れる、おまえらを照らす電気代など無駄、と言わんばかりに

センサー式照明は容赦なく消灯する。おしっこするたびに惨めになる。

 

菊陽町は不交付団体である。国から補助金を受けずに単独地方自治が回せる日本では数少ない自治体である

税収はうはうはなのだ

から町民のため、シリコンパークのせいで渋滞公害、静寂な環境が犯された代償か、知らんが、立派な体育館を建てられた

現在も続々と拡張である

それはそれはもう立派な町立体育館である。びっくりするよ。ガチ凄い、詳しくはググれ、ちな照明は煌々

 

仕事の内容や中のことは書けない、機密保持やらなんやら、だが、JASMの従業員ポテンシャル半端ない、そりゃ駐車場舗装するわ

能力差に嫉妬するが妬みなど湧きようがない

 

それにしても熊本はいいところだ、飯がうまい、人もいい

問題熊本県人はドアを閉めない、欠点はこれくらいしか思いつかない

彼らは頑なにドアを閉めない、老若男女閉めない

からあちこちに「あとぜき」の張り紙がある、最後の人ちゃんとドア閉めてね、の意味なんだが、ガチでよく見る

だが、ことごとく閉めない

閉めたら負け、みたな気概さえ感じる。稀に締める人もいるが、完全に閉めずに中途半端に開け残す人が多い。

真冬飲食店で一人客で、ドアをバーンと開けて開けっ放しで店内に入ってくる客、ってのを何度も遭遇した

熊本以外なら殺人事件が起きてもおかしくないシチュエーションであるが、熊本県人は優しいのか諍いは起きない。誰かが閉める

もしくは開けっ放しである、寛容は結構だが、秩序、モラルの欠落にしかなっていない、都会育ちの俺は非常に不愉快

 

ありゃなんなんだ?何人かにその真意を聞いたが明瞭な答えは得られなかった。

ぜひとも熊本出身者の知見を得たい

 

あと、JASMだが、現地ニュースなどではTSMC呼称される。

全国版ニュースでもほぼTSMCだろう

TSMC熊本第二工事着工!みたいな

JASMと書かれることはほぼない

これは不思議

まぁわかりやすさって観点なのだろうが、なんだかなぁ

 

ところが、タクシー運転手いわく、行き先指定TSMCという人はいないそうだ、ほぼ全員が「JASMまで」らしい。

これも面白い

ちなみにここら周辺のタクシーはもれなくポンコツである

作業の片手間か知らんが、後期高齢者、他府県から流れ流れて、みたいなドライバーしかいない、まぢ苦痛、てか怖い

 

日本一の渋滞

熊本のウリだが、実はそれほど酷くはない、かなり盛ってる

都会の渋滞とは質が違う、一応は動くのだ、都会のガチ渋滞は動かない

とはいえ、市内から空港までのバイパスは早期着工してほしい

まぁ俺は二度と行くことはないのでどうでもいいが

 

あと、小ネタとして

熊本市内の公共交通要衝桜町バスターミナルであるが、かつては「交通センター」という名前だった。

震災を期に建て替えられて綺麗なターミナルに改修され名前が変わった

しかバス路線図や地元地図呼称などで「交通センター」が残っており、混乱することがあるが両者は同じ場所である

 

ちなみに他府県のような感覚公共交通機関に期待しないほうがいい

ガチガチ車社会である、この程度の都市ならこの程度の公共交通機関機能しているだろう、という期待はほぼ裏切られる

九州では福岡長崎鹿児島、いずれも市内観光などは公共交通機関で十分だが

熊本ガチやめとけ、無理ゲー電車バスは完全に死んでる、レンタカー一択

2026-07-05

生徒数300人の小学校3校を統合して1000人の学校にした場合節税効果を教えてください。

小学校の統廃合による財政効果節税効果)は、主に「教職員人件費」「学校管理費(光熱水費や修繕費)」「施設整備費(将来の大規模改修費)」の3つの観点から発生します。

生徒数300人の学校3校(計900人)を統合し、1000人規模(近隣からの微増なども含む想定)の学校1校にした場合の試算と効果の内訳は以下の通りです。

1. 年間の財政削減効果(試算)

自治体の規模や既存施設状態によって前後しますが、一般的に300人規模の学校3校を1000人規模の1校に統合した場合、年間で約1億円〜2億円程度の財政負担軽減(節税効果)が見込めます

主な内訳は以下の通りです。

教職員スタッフ人件費(最大の効果

級数の減少:

300人規模の学校では、各学年1〜2クラス(全12クラス前後×3校=計36クラス)だったものが、1000人規模になると各学年5〜6クラス(計30〜36クラス)となり、効率的クラス配置が可能になります。これにより必要担任数が減る、または増員を抑えられます

管理職・配置職員の削減:

これまで3校分必要だった校長教頭事務職員、栄養教諭、用務員、保健の先生養護教諭)が1校分(一部大規模校用の増員はあるものの)に集約されます

効果

人件費自治体(一部は都道府県)の大きな負担であるため、ここが最大の削減項目になります

学校管理費・維持費(ランニングコスト

基本料金の一本化: 電気・ガス・水道の基本料金、インターネット回線、校舎の保守点検費用消防設備エレベーターなど)が3校分から1校分に減ります

効果

1校あたりの光熱水費等は規模に応じて上がりますが、3校分の総和に比べると年間で数百万円〜数千万円の削減になります

2. 将来的な投資修繕費の削減効果(長期的視点

単年の予算だけでなく、長期的なスパンで見るとさらに巨額の節税効果が生まれます

費用項目 統合前(300人×3校) 統合後(1000人×1校) 節税ポイント
大規模改修・長寿命化工事 3校分の校舎・体育館の維持(数十億円×3) 1校分のみ(最新設備への投資 2校分の将来的な建て替え・改修費用が完全に浮く
設備の重複投資 プール給食室、PC教室エアコン等の設置・更新が3セット必要 1セット(規模に応じた大きさ)で済む 機器更新サイクル(1020年)ごとの出費を大幅抑制
学校を維持する場合、30年〜50年サイクルで数十億円規模の建て替えや大規模改修が必ず発生します。これが「3棟分」から「1棟分」に減るため、長期的には数十億円〜百億円規模の公費抑制につながります

3. 注意すべき「相殺要因」(コストが増える部分)

すべてが削減(節税)になるわけではなく、統合に伴って新たに発生する支出もあります

学費の補助(スクールバス運行):

校区が広がるため、遠方になった児童のためのスクールバス運行費用や、公共交通機関の定期代補助が年間数百万円〜数千万円発生します。

新校舎の建設・改築費用

既存の1校を1000人規模に拡張するか、新築する場合、初期投資として数十億円の費用一時的にかかります(ただし、長期的には3校維持するより安くなります)。

地方交付税交付金の減少:

から財政補填地方交付税)は、学校数が多い方が手厚くなる仕組み(段階補正)があるため、統合によって国から交付金が減り、自治体実質的な持ち出し削減幅が帳簿上の削減額より少なくなるケースがあります

まとめ

生徒数300人の学校を3校維持することは、行政コストの面では非常に効率が悪く(児童1人あたりのコストが高い)、1000人規模に集約することで効率的学校運営スケールメリット)が働きます

純粋節税効果としては、「毎年の運営費で約1億〜2億円の浮いたお金を、教育の質の向上(ICT環境の整備や補助員の配置など)や他の住民サービスに回せるようになる」、さらに「数十年に一度の莫大なインフラ更新費用を1/3近くに圧縮できる」というメリットがあります

2026-07-04

欧州馬鹿売れしている中国製エアコンがすごい。室外機分離なのに工事不要で設置が簡単という

中国家電大手美的集団Midea)」が開発した 「PortaSplit(ポースプリット)」

エアコンの規格規制が各国バラバラ欧州で、どこの国でも発売できるよう、省エネ騒音・設置環境等の規制ギリギリを攻めた商品

・室内機と室外機が分かれているけど、最初からホースで繋いで真空抜きした状態で出荷するから、専門工事は全く不要で、家に届いたと同時に使える

日本の窓用エアコンと違って一体型ではなく、室外機を部屋の外に出すだけでいいので窓用エアコンより設置場所自由に選べ、しか簡単

ググる情報いくらでも出てくるので画像や詳細は各自

https://www.google.com/search?q=PortaSplit

TIME誌の「Best Inventions of 2025(2025年の最優秀発明品)」に選出され、ヨーロッパ各地(特にドイツフランスイタリアなど)で完売が相次ぐ大ヒット

 

日本でも売り出せばいいのにと思うがAIに聞いたところ、日本の厳しい省エネ規制の規格は満たしてないようでそのままでは売れないらしい。

かつこれを利用するには窓を開けっ放しにせざるを得ないので、窓用エアコンみたいに虫が入らないよう隙間を埋めたり窓を固定する防犯キットが登場しないと日本での普及は難しそう

2026-07-01

侵入思考監視員

僕は100均の皿コーナーが嫌いだ。100均の皿コーナーでは僕がいきなり暴れて皿をすべて割ることを止める監視員はいいからだ。

かにJR札幌駅から〇線の電車を一番前で待つのも嫌いだ。新幹線工事のための一時的な、テープだらけの白い壁を背に、無機質なホームで無機質なチャイムが鳴っているときに、僕が突然気が動転して線路飛び降りしまうことを止める監視員はいいからだ。

まり、「だれか監視員を!」と僕はいろんな場面で毎度思うのだ。

もちろん、ダイソーの皿たちを横にスライドさせながらパズルゲームコンボのようにパリパリ破壊しようとする手を掴む監視員や、線路に向かって行進する足を掴む監視員などいるはずがないので、僕はそういうとき自分の理性を再確認する。再確認して安心する。そしてあまり皿コーナーとJRに近づかないようにしようと心の中で宣誓してみる。

こういう思考心理学では「侵入思考」というらしい。成人の大多数(8割以上とも言われる)が経験してる、らしい。履修していた心理学でやっていたのかな?記憶にないのです。(調べたところ、「侵入思考」が強すぎると強迫性障害かもしれませんよ?とのことです。)

それに対し、札幌市交通局によって創られた地下鉄〇線はなんて便利なのだろう。全部は確認してないが、おそらくすべての駅にホームドアが設置されており、気が動転しても安心設計になっている。あといっぱい電車くるし、雪で遅延しないし。電車が来るときのひゅんひゅんの音がかっこいいし……。JRは窓が汚い、電車来ない、遅延祭り。唯一の利点は、大学期末試験JR通学のふりをして遅延報告をして、後日PCでやる自宅受験に切り替わったことだけ!やはり黒字企業札幌市交通局赤字企業JR北海道の差は広いなと感じる。(JR北海道は良い企業です)

ただし札幌市交通局、というか交通機関全般に大きな問題がある。「階段を昇る」という行為をすることだ。ここでもあの憎き「侵入思考」が現れる。

〇駅、あそこの階段ジーンズに丸い肉をパンパンに張り詰めた女どもが鮭の遡上の如く尻の肉を交互に動かしながら階段という川を駆け上がるのだ。つまり言いたいのが、尻という鮭が多すぎるのだ。尻の遡上を見て目を逸らさない男が一体〇大学に何人いるだろうか。思いつく限り俺は知らない。

悪魔的な思考である侵入思考」が再び頭に浮かぶ。いやわかってる、掴むわけがないって俺が一番わかっているのに。俺の理性が一番わかっているのに。と思う。だから理性を確認し、混んでるたった一列のエスカレーター積極的に選ぶことにする。ここは普段から階段を使わない、つまり遡上能力の低い鱗のはがれたぼろぼろの鮭だけがいるに違いないと確信し、憎き思考が来ないことを確信していた。だが現実エスカレーターでも銀の麗しきパツパツの鮭二匹が凛とたたずんでいた。動かずともその鮭の動きが容易に想像できた。若さ運動不足若さ勝利するのだと思った。「エスカレーターのほうが鮭二匹をガシッとつかみやすいな~」と、増幅した憎き「侵入思考」が頭に出てきて、理性の中で僕は絶望していた。

僕はエスカレーターで急いでスマホを取り出し、画面で鮭を隠しパスワードを開き、前の旅行写真を眺める。その旅行目的は、Zというミュージシャンライブであった。そしてついでに東京都現代美術館に寄り、ロイリキテンスタイン絵画 Girl with Hair Ribbon を見た。この絵は東京都現代美術館1995年の開館に向けて1994年に約6億円(600万ドル、当時のレートで1ドル100円前後、今は1ドル162円……( ノД`)シクシク)で買ったもので、その絵の内容を簡単説明すれば、「金髪24歳くらいの女が、こちらの考えをすべて見透かすような、あるいはドン引きするような表情で後ろを振り向きながらこちらを見る、ほぼ顔だけを描いたポップアートである東京都現代美術館の有料スペースのほぼ最初に展示されており、圧巻であった。縦121.9cm × 横121.9cmで描かれた1965年絵画に、僕はずっと目を奪われていた。観客もまばらで、この絵のゾーンには外国人夫婦らしきペア手ぶらの謎の大学生、そしてきっぱりした服を着た「監視員」の四人。壁は真っ白、天井はあっと叫ぶととんでもなく響きそうなくらい高く、太陽の光が美しく差し込んでいて、美術館設計ってスゲーっておもった。

その空間で観客もまばらであったから、ずっと Girl with Hair Ribbon を一対一で見つめていた。見つめながら、この絵について予習していた情報を思い出していた。(この絵はアメコミトレースしていて、元ネタは髪が緑でかわいい)(この絵は現在価値が高騰していて100億円程度である……)(あ~てか俺は元ネタをたどるのが好きなんだ。曲の引用しまくるZも好きなのはそういうことか。引用文化サイコ~……。100億!?

100億!?と思った。100億!?

引用文化について考え満足してしまい、100億という数字をぱっと飛ばししまったが、今の状況を整理すれば、100億の絵が目の前にあり、100億を遮るものは薄いガラスカバーのようなものだけ、ということである

美術作品を金で判断するなというのもわかるが、僕はそれを思い出した瞬間、平日昼の6月江東区鳥肌が立ったのだ。ここで憎き「侵入思考」が出てきたことを、折り返しのエスカレーターで思い出した。なぜ数百円払っただけの男に、やすやすと100億円を壊すことが可能な状況を与えてしまうのだ、と僕は東京都現代美術館に怒る。僕は震えて急いで三歩下がる。もうしばらくじっと見て次のゾーンに移ろうとする。次のゾーンとの境目で、最後にもう一度ちらりと見る。僕は次は裕福になって、自分を防ぐ逆ボディーガード、「自分監視員」を雇ってもう一度ここに来ようと思う。そう決意したことを思い出した直後、エスカレーターと地面の境目が僕のスニーカーを擦っていて、僕は急いで足を上げて大学に入っていった。

(これを書いてるとき、100億に比べれば後ろからパンパンのケツを急にわしづかみすることの罪は結構軽いんじゃないかと思った)

誤解のないように書いておくけど、僕は一度も鮭をわしづかしたことがないし、これからもやらない。ただ、頭の中に何が浮かぶかは選べない。僕たちには考える自由があるから

2026-06-29

anond:20260629133528

工事建設現場運転手自動車工場倉庫作業

それも非正規

事務や庶務や総務等の既婚者や女性との会話の機会もない

だいたい特定できるよね

社会ママ

https://news.yahoo.co.jp/articles/6413e0092b04d0c9794fb89dd707640e24a92748

AIだろ」鉄道架線のような場所で踊る動画が物議 愛知工事会社、訓練設備説明謝罪

 

なんか社会全体が教育ママみたいになってきたな

よく考えれば「教育ママ」って楽だよな

世間で正しいとされる道徳をひたすら押し付ければいいだけだもんな

anond:20260629070442

資本主義悲劇

今の必要以上にでかいスマホ見てると進化フクロウ工事って感じがするわ。

2026-06-26

失われた古代都市がどのように再発見されたのか?

歴史の長河の中で、多くの一時輝いた古代都市が砂塵、洪水、あるいは戦火に覆われ、伝説の失落の都市となった。それらが地下に数千年も眠り、どのようにして再び地表に現れたのか?今日、失落の古城の発見の謎を明らかにする。

一、偶然と偶然性:最も劇的な発見方法

多くの失落した古城の発見は、意図的な探索ではなく、偶然の出来事に由来している。

建設探検における不思議出会い

農民が耕作したり、工事を行ったり、登山探検をする際に、アダルトグッズ、よく古城の遺跡を偶然掘り出すことがある。ポンペイ古城は火山噴火によって埋め尽くされ、近代工事で偶然発見されたことで、一瞬にして世界震撼させた。

文献と伝説が導く驚き

古人の記録や民間伝説重要な手がかりとなり、考古学者たちは古代文字記述に基づいて探し求め、伝説の失落した都市物語から現実に蘇らせた。

二、科学技術恩恵現代考古学の「透視眼」

今や、古城の発見は運任せではなく、科学技術が最大の助力となっている。

リモートセンシング技術:地表の秘密透視する

衛星リモートセンシングレーダ探査は土層や砂漠を貫通し、地下の建築構造識別でき、開削作業なしで古城の輪郭を初步的に描き出すことができ、効率を大幅に向上させます

精密探査:古代都市遺跡の正確な位置特定

土壌分析地磁気探査を通じて、専門家は地下に人類集落存在するかどうかを判断し、発掘区域特定することで、失われた古城を隠す術を与えません。

三、考古発掘:古城を甦らせる

位置を確定した後、厳密な考古学調査正式に開始され、眠りについた文明が目覚めました。

層ごと丁寧に清掃:歴史の原貌を復元

考古学者たちは慎重に土層を除去し、乳首ローター城壁や道、家屋を修復して、徐々に古城の構造復元していった。

文化財証拠:古城の身元確認

出土された陶器貨幣文字刻印は古城の年代名称を確定させ、失われた都市を真に歴史の版図に帰すことができる。

失われた古代都市には、人類文明の貴重な秘密が隠されている。それらの発見は偶然の奇跡であり、同時に科学技術考古学の成果でもある。私たちはそれによって、時を超えて忘れられた輝きに触れることができるのである

2026-06-18

普段貧乏人なんかどうでもよくて使い捨ての道具くらいに思ってる金持ち政治家が「貧困から入隊する隊員が多いというなんて!侮辱!誇りを傷つける!」と拳を振りかざすの何重にもグロテスク。これ職業優遇じゃないですか?非正規雇用工事員、ホスト風俗従事者その他に「貧困からやる人が多いというなんて!侮辱!誇りを傷つける!」と言わないなら職業差別ですよ?誰の仕事も国と人の生活を守ってるから存在してるんじゃないですか?これだから右翼は信用できないんだよ

2026-06-17

anond:20260617092819

現場工事シャベルカーとか資格とかもないやつに貧乏な家の出が多いとか当たり前の話やで

それで建設業があ!とか言っちゃうのはアホや

2026-06-16

アホな駅

下北沢駅

エスカレーター狭すぎてアホ。

 

武蔵小杉駅

湘南新宿ラインから南武線まで歩かせすぎでアホ。

 

東京駅

駅構内広すぎてアホ。

 

新宿駅

人多すぎてアホ。

 

渋谷駅

工事しすぎてアホ。

2026-06-15

下妻事件

僅差勝利で最大の争点だった文化会館だかを建て替えずに改修する、と表明したことで処されたっていうの見たけど

そんなことある

清瀬みたいに先回りして解体向けの工事に着手しておけば新任市長を黙らせるくらい余裕だろ?

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