はてなキーワード: 警鐘とは
ロシアの軍事ブロガー Two Majors (ロシア語版117万登録者) が、未だかつてない長文で、ロシアの現況を多方面にわたって、率直に解説してくれているので紹介したい。
https://t.me/dva_majors/95648 - 日本時間 7月5日 12:43
▪️ 戦争は、2つの明確な要素に分かれた。ますます停滞する前線の動きと、双方による遠距離攻撃だ。そんな中でロシアは、燃料危機、ロシア南部での部分的な輸送封鎖、クリミアでの断続的な停電が始まった後になって、対応の強化を明らかにし始めた。製油所の復旧、主要交通路の正常な機能回復、そしてエネルギー事情の改善の見通しが立つようになってから、例えば、我々が敵のガソリンスタンドや給油車に対して行った組織的な攻撃に関する報道が相次いだのだ。また、最高司令官は週末に、「(先日キエフで起きたような)大規模な爆撃は間違いなく継続される」と総括した。
▪️ 前線では、ウクライナ軍にとって極めて重要な要塞地域であるコンスタンティノフカの占領が国民に伝えられたことが、軍事面およびメディア面での最大の出来事となった。この地域のすぐ背後には、ドルジュコフカからスラヴィャンスクに至る都市圏が広がっている。また、北および東からも我々の部隊がスラヴィャンスクへと進撃を続けている。全体として、最高司令官との会議に向け、各部隊の指揮官たちは前線での戦果に関する報告を活発化させた。例えば、「ヴォストク」および「セヴェル」作戦グループは、今週、それぞれの攻勢地帯内でいくつかの集落を制圧した。クリミアでは、情勢を安定させるためベロウソフ国防相が到着し、クリミア首長アクセノフやセヴァストポリ首長ラズヴォジャエフと連携して、半島への襲撃に対する防衛計画を策定した。これは、連邦政府が状況を注視していることを住民に示すため、メディアを通じて広く報じられた。その一方で、クリミアの多くの軍人層は依然として「平時」の給与を受け取っているにもかかわらず、半島防衛を担う軍事技術部隊やその他の部隊に対しては敵の無人機による攻撃が続いており、破壊工作活動の活発化を示す兆候も見られる。
▪️ 交渉への道筋は、コンスタンティノフカ占領が広く報じられた後の今週になって予期せず新たな息吹を得た。アメリカ側の主導により、プーチン大統領はトランプ氏と1時間半近くにわたる電話会談を行い、ウクライナ情勢について協議した。我が国の大統領は、モスクワとしては紛争の政治的・外交的解決を望んでいるが、それはロシアの原則的な立場を踏まえた上でのみである、と強調した。ロシア外務省による「アンカレッジの精神」への取り組みが典型的な「だまされた」結果に終わった後、コンスタンティノフカの最前線の兵士たちは戦闘を通じて、我々が堂々とした立場から交渉を行う機会を勝ち取ったのである。わが国の経済力のゆるやかな消耗と、ドンバス解放にまで縮小された特別軍事作戦の目標が段階的ながら達成されていることは、一方で緊張緩和を後押しさせる要因となっているが、 しかし他方では、ワシントンによる絶え間ない虚偽と、EUによるロシアとの戦争に向けた準備が、本当に信頼できる安全保障上の保証を必要としている。もっとも、国際法の崩壊と、あの「Пиндос(訳注: アメリカ人の蔑称)」たちの絶対的な免責特権という状況下では、誰もそのような保証を与えることはできないだろうが。
▪️ 外交面では、ルカシェンコ大統領のロシア、そして中国への訪問も注目された。訪問の結果については広く報じられなかったが、多くの人が、西側諸国およびその手先との対立におけるミンスクの今後の関与の度合いについて協議が行われたと推測している。キエフからの侮辱や脅威、そしてブリャンスク州のバスで犠牲者を出したロシア・ベラルーシ国境への攻撃を背景にしながらも(訳注: ベラルーシのバスがウクライナ製ドローンの攻撃を受けたものの、ルカシェンコは「誰かが我々を戦争に引きずり込もうとするなら…」などと、直接ウクライナの攻撃と断定することを避け、「大した問題ではない」とも述べた)、ベラルーシ当局者が板挟みの中でバランスを取ろうとする試みは、極めて不愉快に感じられる。ただ同時に、この小さな同盟国の大統領が、「誇り高くも小さな国(500×540km)が、事態がエスカレートし、ロシアへの攻撃がすでに自らの国よりさらに遠方の目標にまで届いている状況下で、ベラルーシ軍の兵士は最大6万人に過ぎない中、ウクライナの無人機による同様の攻撃からどのように守られるのか」と問うのも理にかなっている。いずれにせよ、すでに可能な限りの支援をしてくれている兄弟の国民は、極めて真剣に戦争に備える必要がある。そして、彼らが平和を望めば望むほど、その準備はより真剣でなければならない。
▪️ 国内政治情勢は、燃料事情がすぐには以前の水準に戻らない見通しである一方、下院選挙が目前に迫っていることを背景に、緊迫している。この資本主義国においては象徴的なことに、違法かつ無許可で自動車用燃料を転売する者たちの摘発が進んでいる。メディアは「満タン給油の有害な影響」に関する記事を連日報じ、物議を醸す元下院議員オニシチェンコ氏は徒歩移動の利点を説いている。ガソリンとディーゼル燃料の危機は国家元首の直轄下で管理されており、状況を安定化させるために極めて厳格な措置が講じられているが、製油所や石油貯蔵基地への度重なる攻撃により、将来的な脅威にも対応できる防空システムが整備されるまでは、安定化の実現は困難となる可能性がある。製油所をいくら修復しようとも、より本格的な(技術的な面も含む)防空体制が整わないまま新たな空襲が加えられれば、それまで注ぎ込まれたあらゆる努力と資源は水の泡となってしまうだろう。
▪️ 情報面では、残されていた主導権さえ失いつつあり、敵に自発的にそれを明け渡している。これは、ニュース(ロシア政府がブロックした「テレグラム」を含む)を読んでいる高官たちの視点ではなく、一般市民の視点に立って国民のニーズを見極めることができないためである。総じて言えば、現在起きている出来事の原因や結果についての説明を求める多くの人々の要望には、応えられない公式発表を引用し続けるしかない状況だ。このようなアプローチを維持すれば、官僚の意向や行動計画の項目は果たされるかもしれないが、情勢の安定化という目標には、まさに逆の結果をもたらすことになるだろう。ロシアの視聴者は、特別軍事作戦に伴う苦難や欠乏を勇敢に乗り越える用意があるが、それは状況の複雑さが適切に説明された場合に限られ、農村での牛乳生産量の増加といったニュースによってでは決してない。
▪️ このように、今後の期間は、選挙前の状況であることも相まって、前線での情勢が激化する時期となり、何よりも、社会経済情勢を不安定化させ、情報戦における我々の失策につけこむことを目的とした、敵による遠距離攻撃が相次ぐことになるだろう。敵の任務は、現政権の信用失墜(この点に関しては、我々の役人の中には自ら進んでそれに貢献している者もいる)と、選挙プロセスの妨害にある。これに対するモスクワの対応は、戦線での戦果と、これまでどういうわけか破壊されていなかったウクライナのインフラ施設への攻撃を体系的に強化することである。総合的に見て、今や最も明白なのは、多くの人々が期待を寄せている交渉路線、選挙の実施、政権の支持率、そして状況全体の安定化が、ロシア軍の進撃の展開、敵に対する攻撃の有効性、そして軍事面におけるわが国の安全保障を確保する能力に依存しているということだ。そして、これを達成できるのは、軍事面での成果によってのみである。
DeepL.com(無料版)で翻訳した上で、部分的にわかりやすく修正しました。英語版チャンネルにもほぼ同じ内容の投稿(https://t.me/two_majors/78700)がありますが、翻訳はロシア語版を元にしています。太字は原文を反映しています。
翻訳の難しい Пиндос と言うアメリカ人の蔑称は、英語版では読者層に配慮してか単に American になっていた。
補足として、ロシアからのウクライナ爆撃は、当初は発電所や電力設備などへの攻撃が功を奏して大規模な停電をたびたび引き起こしてきたが、ウクライナ側の防衛強化や設備の分散化などによって、またロシアもそれに対応して攻撃目標を変化させた結果、停電の規模や頻度は減りつつある。結果として、最近のウクライナによる石油関連施設への攻撃とそれに伴うガソリン不足と長蛇の列、中距離ドローンによる地域的な物流の破壊というわかりやすい成果に比べて、ロシア側は遠・中距離攻撃においてそれを上回るように見える成果をアピールできずにいる。軍事ブロガーの Rybar なども盛んに主張している「(場当たり的ではない)体系的な」攻撃としては、最近になってガソリンスタンドや鉄道機関車への爆撃をアピールしているものの、少なくとも好戦派を十分に満足させるものにはなっていないと思われる。(Two Majors によるガソリンスタンドへの攻撃が効果的に行われていないという投稿 も追加された)
これまでの投稿 2026-06-15 ロシアの軍事ブロガー Two Majors の投稿から伝わる、界隈の空気感 2026-06-25 ロシアの軍事ブロガー Two Majors による、ロシア楽観論への警鐘 2026-07-05 ロシアの軍事ブロガー Two Majors が解説する、前線・交渉・外交・政治・情報 (本投稿)
### ジョン・J・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)の立場
- 戦争の**主な責任は西側(米国・NATOの東方拡大)**にあると繰り返し主張。NATOがロシアの「緩衝地帯」であるウクライナを西側に取り込もうとしたことが、ロシア(プーチン)の安全保障上の脅威認識を高め、侵攻を誘発したという見方。
- 2014年のクリミア危機の時点からこの警告を発しており、「西側のリベラル幻想がプーチンを挑発した」と論じています。
- ロシアの行動自体は「悪」ではなく、**大国として当然の地政学的対応**だと位置づけます。
- 彼は**米国の国益優先の現実主義者**で、ロシアを「味方」として擁護しているわけではありません。
- 中国の台頭に対しても現実主義的に警鐘を鳴らしており、日本が核武装すべき可能性すら指摘するなど、一貫した大国間競争の視点です。
- プーチンの戦術(特に戦場での残虐行為)までは正当化していません。あくまで「なぜこの戦争が起きたか」の構造的要因を西側に求める立場です。
要するに、**「反西側(反NATO拡大)」でロシアの行動を「理解可能」とする現実主義者**で、感情的な親ロ派(プーチン礼賛)とは違います。日本国内では地政学や国際関係に興味がある層に人気がありますが、意見はかなり分かれています。
「骨太ショック」とは、2026年7月頃に日本の債券市場で起きた金利上昇の動きのこと
背景と意味
〇「骨太の方針」(正式名称:経済財政運営と改革の基本方針)とは、政府が毎年6月頃に閣議決定する経済・財政政策の基本方向を示す重要文書です。予算編成の指針となり、首相主導の政策立案の象徴として2001年頃から使われています。「骨太」は、しっかりした改革方針という意味で、宮沢喜一氏の「骨太の議論」という表現に由来します。
〇これに対し「骨太ショック」は、内閣府がまとめた同方針の原案(特に高市政権下のもの)をきっかけに、市場が「積極財政・財政拡大路線」を懸念して反応した現象を指します。
何が起きたか
〇長期金利(例: 10年国債利回り)が上昇し、3%が視野に入る水準に。
〇市場参加者からは「骨太ショック」と呼ばれ、以下の懸念が背景にあります:
これは、政府の財政姿勢が市場に与えた「ショック」として、ニュースなどで急速に使われるようになった表現です。従来の「骨太の方針」が改革の方向性を示すポジティブなイメージだったのに対し、今回は財政規律への警鐘としてネガティブに受け止められた点が特徴です。
要するに、政策文書をめぐる市場のネガティブ反応を端的に表した最近の用語です。経済ニュースでよく出てくるので、財政政策や金利動向を追う際に押さえておくと良いでしょう。
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多くの人は、それを迷信だと思うでしょう。
あるいは、おとぎ話や比喩、昔の宗教が作った脅し文句だと思うかもしれません。
もし本当に恐ろしいものがあるとすれば、それは「悪魔がいること」ではありません。
人は神に祈っても、すぐには何も起こらないことがあります。
次々と富を得る人。
時代の寵児として持ち上げられる人。
成功した人が悪だと言いたいわけでもありません。
けれど、一つだけ忘れてはならない問いがあります。
一つは、大いなる存在と結ぶ契り。
もう一つは、自らの良心を代価として、この世の栄華を求める契りです。
もし後者があるとするならば、その契りは、とても魅力的に見えるでしょう。
努力以上の結果。
実力以上の評価。
偶然とは思えない追い風。
けれど、本当の祝福とは何でしょうか。
最も低いところへ身を置き、人に仕えたからこそ、その名が高くされました。
ブッダもまた、悟りの直前に権力や栄華の誘惑を退けたと伝えられています。
日本の神話も、力ではなく調和によって光が戻ることを語っています。
人を、より深く仕える者へと変えていく。
一方で、この世には、一瞬で人を有名にする力があります。
美しいものを醜いと言わせ、醜いものを美しいと言わせる力があります。
だから私は、この物質世界は試される場所なのだと思っています。
何を信じるかではありません。
何を選ぶかです。
成功を見るのではなく、その成功が何によって支えられているのかを見る。
権力を見るのではなく、その権力が誰のために使われているのかを見る。
称賛を見るのではなく、その人が何を犠牲にしてそこへ至ったのかを見る。
そして、自分自身にも同じ問いを向ける。
私は、何を代価として生きているのだろう。
恐怖を与えるためでもありません。
これは、私自身への禊です。
成功を祝福と取り違えないための禊。
力を真理と誤認しないための禊。
「私は何に仕えて生きているのだろう」
4年に1回サッカーに興味を持つ人や最近興味を持った人には分かりづらいかもしれないが、セルジオ越後、通称セル爺という人物のコラムは取り扱いが難しいものだ。
そこで今回は「セルジオ越後のコラムとの付き合い方」を書いていこうと思う。
構造自体は非常にシンプルで「最初から代表批判という結論があり、それに繋げる材料を強い言葉で肉付けしていく」のが基本スタンス。
彼のコラムの取り扱いを難しくしているのは、その材料が虚実入り乱れていることが多いという点だ。
(たまに褒める時もある。というか去年の親善試合でブラジルに勝った時はめちゃくちゃ褒めてた。)
この点についてセル爺の批判は「結論だけ見れば」比較的正当なことが多い。
ただし、肉付けする材料がこじつけに近かったり都合の悪い情報をスルーしたりすることがよくあるため、年期の入ったサッカーファンは「いつものセル爺」「セル爺が元気そうで何より」「長生きしてね」などといった感じで、結論を受け入れつつもあまり真に受けすぎないように扱う。このバランスの取り方が、慣れるまでは非常に難しいのだ。
ttps://www.nikkansports.com/soccer/column/sergio/news/202606300000538.html
「結果が全て」という点にしか着目しないのであればまあ正しいが、物事はそんなに単純なわけがない。これは非常に典型的な彼らしいレトリックだ。
そもそもシングルエリミネーションで32ヵ国参加のベスト16(前回)と48ヵ国参加のベスト32(今回)を単純比較できるわけないだろというのは大前提として、グループステージ(GS)とノックアウトステージ(KS)の違いを意図的に混同しているのも良くない。
W杯のグループステージ(GS)は突破することが第一であり、全勝が目的ではない。
そりゃ3連勝できるならするに越したことはないが、そこで全力を出し尽くしてノックアウトステージ(KS)に入る前に燃え尽きたら意味がない。W杯はリソース管理ゲーだ。
前回大会は内容的には圧倒されながらもドイツとスペインを破った。これは本当に素晴らしかった。
しかし本来のプランとしては格下のコスタリカを確実に叩いて勝ち点3を得ておかなければならなかった。スペインとの直接対決で勝利するという分の悪い賭けにGS突破を託す形になってしまったのは手放しで褒められるものではない。(結果的には賭けに勝ったのだが、そうそう再現できるものではない)
今回大会は格上のオランダから(前回の独戦・西戦と比べれば)かなり互角に近い戦いで勝ち点1をもぎ取り、格下のチュニジアを大量得点で確実に叩いて得失点差を稼ぎ、GS突破をほぼ確定させた。
1位通過はスウェーデン戦(同格かちょい下くらい)で勝利かつオランダの得失点差を上回ることが条件だったが、オランダvsチュニジアでオランダが早々に2点を先行したため達成困難となり、「主力を休ませ引き分け以上でGS突破」にシフトしたという流れ。
結果的にスウェーデンに一発食らったものの、狙い通り引き分けて2位通過。
KS前に絶対的な主力の冨安・佐野を完全に休ませ、上田・堂安・中村も早めに下げることができた今回大会のGSは「状況に応じてチームマネジメントと試合結果をしっかりコントロールできた」という意味でかなりポジティブな結果と言える。
スウェーデンも引き分けで通過濃厚だったためリスクを負って勝ちに行く場面ではなかったのも大きい。とはいえこれは参加国が増えた影響であり日本の「チーム力」がどうこうという話ではない。(エランガだけ勘違いしてたけど)
結局KSが本番だからね。1回戦でブラジルを引いた運の無さが悔やまれる。
ここに書いた私の見解が絶対に正しいとまでは言わないが、こういう流れや思惑があることを踏まえれば「チーム力」というものは単純にGSの勝敗だけで語れないということが分かるだろう。
そもそも「チーム力」って何だ?日本の「チーム力」が上下するものだとして、対戦国の「チーム力」も上下するとは思わないのだろうか?
そしてそれはセル爺ももちろん分かっている。分かっていないはずがない。だがそうやって物事を極端に単純化して閲覧数を稼ぐのが彼のスタイルであり、もはや変えることができないのだ。
これは実際日本としてはそういう選択肢も持っていたと思う。ただその場合でも堂安中村抜きでサイドをケアできるのか、シャドーに誰が入るのか、後半の主力投入まで日本が耐えられるのか、そもそもそれをやるには層が薄すぎないか、など懸念事項が山積しており、断言できるほどどちらかが正解というわけでもない。「それができれば苦労はしねェ」というやつだ。
変に主力を出し惜しむと単純に主力選手のプレー時間(=チャンス回数)も減るわけで、今回の「主力を先発させて65~70分くらいまで頑張ってもらって、後は何とか耐える」作戦は、現状の実力差を鑑みれば十分現実的な選択だろう。
実際そのスタイルで後半ATまで同点を保っていたのもまた事実だし、そもそも交代の手札が足りなすぎる点も無視できないと思う。(南野久保三笘の不在が痛すぎた…)
ただそれで「仕方なかったね」で終わってしまうのを彼は良しとしないから、こういう書き方になるのだろう。それはまあ彼の立場としては理解できる。
これは酷い言い草。吉田は負傷していないし、南野は既に治療の段階を終えてリハビリ中だったから帯同できただけで、今まさに治療中の遠藤とは全く事情が違う。
たとえどんなに結論が正しくてもこんなに敬意を欠いたことを書いたら説得力を失う、というのはあまりサッカーに詳しくない人でも理解できるだろうか。
(というか編集もこんなん通すなよ)
これはその通り。というかセル爺の数多のコラムの論旨は全てこれと言っても差し支えない。あくまでそこに至るまでの道筋に問題が多いだけなので…。
もちろん彼をある種の「マス向け警鐘」として有用だとする意見も理解できるが、それにしてもちょっと雑なPV稼ぎみたいな箇所が多すぎる。
確かにヴィニシウスはスター選手だけど、他もスター選手だらけだわ。交代でマルティネッリやファビーニョが出てくるレベルだぞ。
こういう、日本代表選手のみならずあらゆる国の代表選手に対して失礼な書き方をするのも無用な反発を招くポイントである。
このように巧妙なレトリックが全体に散りばめられているため、サッカー観戦に不慣れな人が彼のコラムを真正面から受け止めるのは日向小次郎のシュートをキャッチするのと同じくらい危険だ。
「昔ぶいぶい言わせてた人が居酒屋で喋った話の文字起こし」くらいのスタンスで読むのがちょうど良い。
一応彼の名誉のために言っておくと、実際選手としてはすごい人だったからね。ほんとだよ。なんせブラジル代表候補だったんだぜ。
ロシアの軍事ブロガー Two Majors (ロシア語版116万登録者) が、10日ぶりに実のある記事を書いてくれているので紹介したい。
https://t.me/dva_majors/95071 - 日本時間 6月24日 18:15
「時間は我々に味方している…?」
一部の現地指揮官たちはこの説を信じ込み、根拠も示さずにそれを喧伝している。敵の砲兵・防空・戦車・兵力・衛星・
баофенги(訳注: 安価な中国製無線機名に取り消し線が付けられており、何でもかんでも不足するわけがないという皮肉となっている)は「底をつくだろう」と。すべては計画通りに進んでおり、そこに混乱を持ち込む必要はない。ただ一つだけ微妙な点がある――その計画は我々のものじゃない(訳注: そう思い込ませているのは敵の計画であってロシアは乗せられているのだという意味)。
ウクライナは確かに現時点では、本格的な陸上攻勢に転じることはできない。必要な戦力が不足しているからだ。しかし、敵は戦術的な成功を収めるために、航空戦力(訳注: 主に新型の中距離ドローン)を用いて戦線の特定区域を孤立させている。こうした戦術的(局所的)な成功が、メディアを通じて戦略的(大局的)な成功であるかのように報じられている。
前世紀の教訓(訳注: 第二次大戦の通商破壊)をよく理解している敵は、バルト海や黒海における我々の輸出動脈に組織的な打撃を与えつつ、今度は別の計画の実行に移った。それは、社会的損害を蓄積させることで、ロシアを不利な条件で戦争からの撤退に追い込むという、3つの要素からなる作戦である。
敵は無人機部隊と航空戦力を駆使し、夏にかけて以下の3つの方面で作戦を展開している。すなわち、兵站の麻痺、民間社会インフラの破壊、そしてロシアの燃料・産業複合体の壊滅である。
敵の計画によれば、9月のロシア総選挙までにこれら3つの優先目標を達成することが、特別軍事作戦の停止を促すことになっている。我々の意思決定機関©(訳注: ロシア政府が盛んにウクライナの意思決定機関を叩くと喧伝しながらまったく実現しないことを皮肉る意味で、ロシア側の意思決定機関に上層部のお好みのフレーズとして©を付けている)の業務の特性上、目下あらゆる努力は9月20日の選挙運動の組織化に向けられている。
「まずは選挙を済ませ、それから戦線に取り組みましょう」――まさにこのような言葉が、現在、様々な執務室で聞かれるようになっている。しかし残念ながら、防空にはまさに今、注意を払う必要がある。なぜなら、秋までには、(破壊されてしまって)物理的に防空を必要としない施設も出てくるだろうからだ。
一方で、敵によるわが国への体系的な攻撃の「原因」ではなく、「結果」への対応に重点が置かれている傾向も気がかりだ。あらゆる作戦には、手配者と指揮官が存在する。敵の人材不足は技術で補われているが、それらはオペレーターや参謀長がいなければ無力である。だからこそ、優先的に破壊すべき対象はピックアップトラックやレーダー基地ではなく、ウクライナ軍や軍事情報局の攻撃を支える要員や支援施設なのである。
敵は、制裁下で我々が不足しているものを攻撃してくる。したがって、我々もまた、住民が欧州へ逃亡している状況下で敵が不足しているものを攻撃しなければならない。
黒土地帯に埋まる「ホホル(訳注: ウクライナ人の蔑称)」とは異なり、ロシアの物流、病院、そして燃料・エネルギー産業複合体の損害は、秋になってから(訳注: 手遅れになってから)計算されることになるのだろう。
DeepL.com(無料版)で翻訳した上で、部分的にわかりやすく修正しました。英語版チャンネルにもほぼ同じ内容の投稿(https://t.me/two_majors/77932)がありますが、翻訳はロシア語版を元にしています。太字と斜体は原文を反映しています。
これまでの投稿 2026-06-15 ロシアの軍事ブロガー Two Majors の投稿から伝わる、界隈の空気感 2026-06-25 ロシアの軍事ブロガー Two Majors による、ロシア楽観論への警鐘 (本投稿)
皆様お疲れのところ、このページを開いていただきありがとうございます。
どうすれば良いのか、考えを巡らせている方は多いと思います。
私も考えあぐねている1人なのですが、とりあえず、何かの変化が得られれば良いなと思い、稚拙ではありますが考えを共有いたします。
まず、デモにはいくつかの効用があると思います。大まかに2点挙げましょう。
この前者の影響力を高めていくには、後者が一定程度の成果を上げていく必要があると考えます。しかし、現状として、問題周知が圧倒的に足りていません。
そのためこの記事では、「大衆にいかに届かせていくべきか」、「効果的な方法とはどんなものか」に関する現時点での雑感を記していきます。
・報道機関が機能していない今、市民がデモによって※マスメディアの代わりをする。
(良き翻訳者となる。)
とにかく市民の大多数は確実な情報を得られていません。インターネットは真偽不明な情報に溢れている。確かな情報に辿り着くには、相当の動機や労力、運が必要な仕組みになってしまっている。
[キーワード:アテンションエコノミー,フィルターバブル現象]
そこでデモに参加する市民にできることは、何が起こっているのか、それをマスメディアの代わりに、わかりやすく伝えること。信頼に足る情報源を広めることだと思います。
(現にやっていらっしゃる方も多いでしょう。)(忘れがちですが、働いているメディアがあるから私たちは確かな情報にありつけています。それを掘り出し、広く届けることが必要だということです。)
(※ 勿論Threads,YouTube,TikTok,X等での発信も非常に大切です。)
伝え方について
信頼に足る話者であることを明言すること。ニュースであれば、出典先を記す、述べること。耳を傾けてもらうには"確からしさ"を感じてもらうしかない。
学者や専門家が警鐘を鳴らす時代なのだと知ってもらおう。"個人の主観"は取るに足りないものとして斥けられやすい。主観の背景にある根拠を丁寧に提示することが必要です。
[そしてもっと言えば、"学者"が信頼に足る話者であると、聞き手が認めている必要がある。昨今は肩書きの見えないインフルエンサーが政治的な影響力を持っていることを忘れてはならない。彼らが信頼に値し、彼らがなぜ信頼に値しないのかまで、語る必要がある。]
怒りや悲しみ、焦り、孤独感、絶望、いろいろな感情を抱え、デモに参加される方は多いと思います。当然、デモで集まり、自らの心情を訴えかけることの大切さはある。そこから角度を変えて、デモに通りすがる、何も知らない人々にどう伝わるかを考えてみるとどうなるか。
彼らには、人の、特に"負"の感情を避けようとする心理的傾向があると思います。また集団は側から見たときにとても異質に見える。こう書くと途轍もなく不利な状況にある訳なのですが。
最近は、韓国発祥のユニークなデモ手法が日本でも取り入れられていますね。特別な団体ではなく一市民の主張であることを示す旗、オタクグッズであるペンライト(消えないともしびを意味するそうですね、素敵だ…)、そうしたものがデモの参加者が道行く人と同じ、ただの生活者であることを伝えてくれているように思います。私はここに良い兆候を見ています。
・平和への愛を語ろう
何気ない日常的な幸せを言葉にし、人の心に情景を思い浮かべてもらおう。大事にしたいものは何かを思い起こすところから、平和の維持への関心の芽は育つと思うためです。
これは負の感情やバッドニュースに耳を塞いでしまう傾向の強い市民に対するアプローチとして有効だと思います。恐怖心や不安を煽るような、脅しのような言葉は逆効果を生む。
平和を守っていくための訴えかけは、性質上、世の中が現に平和でないこと、平和が脆いものであることを露わにします。
残酷です。平和でいたい人にとっては、平和を望み行動する人が、却って""平和を脅かす者""に見えてしまう。
皆、"目覚めたくない"のです。
ドンデコルテのネタにあった台詞「目覚めるな!」は実は「目覚めよ!」と言っているようなものなのですが、動画のコメント欄をそのまま受け取るならば、その皮肉に気付けている人はとても少ない。
きっと、言われた通りのまま「目覚めたくない」人が多いからでしょう。嘘であっても幸せに浸っていたい。
こうしたマジョリティの心理かもしれないものを想像し、理解し、その上で対処していく必要があると考えます。
例えば、「戦争」という言葉が、現状に近いものとして語られることに対し、一般的な人々は、非現実的で突飛だと言う印象を直感的に抱くような気がします。
「戦争」という言葉を、一言で伝わる万能なものかのように多用するのは避けるべきです。具体的な根拠を、繰り返し口が酸っぱくなるほど知らせていかなければならない段階に入ってきていると思います。
私も、もっと多くの人に、はやく、日本の政治の現状に対する危機感を抱いてほしいと思っています。焦っています。しかし、危機感を煽る言葉は人の耳を塞ぐのです。向き合える強さを人々はあまり持っていないことが多い。または、向き合うための動機に自覚のある人はそう多くない。
私が特に言葉の使用で得策でないと思う例が、「◯◯やめろ」です。
◯◯は権力者なのですから、個人名を出した批判はあって当然。健全なものです。しかし、これも聞こえ方が悪い。断言しましょう。情報が届いていない人々はここに含まれた意図を汲めません。文脈を知らないから個人"攻撃"と受け取ってしまう。それが目的であるかのように、デモの集団が見えてしまう。
この言葉選びが繰り返されることによって、その先にある重要な話は彼らの耳に届かないのです。
…
"わかっていない"人をいかに多く包摂できるかに懸かっていると思います。
【私は情報源として、ポッドキャストで配信されているラジオ番組(専門家や学者を招き、見解を聞く…)をかなり重宝しております。皆さんは何から情報を得ていますか?おすすめの情報源は?記事はどれですか?道行く市民にも共有していくべきだと思います!彼らにはまず立ち止まって考えるための材料が必要です!】
一昨年のNHK連続テレビ小説「おむすび」は、管理栄養士となる主人公(演:橋本環奈)の日々と奮闘を描くものだった。
なにせ当方も医療関係の仕事をしているため、とくに病棟勤務の話は身につまされるものがあった。
その中で、こんなエピソードがある。
https://cinema.ne.jp/article/detail/83389
この回は実際に、リアルタイムで見ていた。
テレビの音量が抑えられていたので、話の内容は理解できなかった部分もあるのだが…この記事にも書かれているとおり、端的に言えば「家族の差入れで患者が窒息を起こす」事件だ。
このエピソードにおいては、経営者の父親と振り回される家族、そしてプレッシャーに苦しむ息子?みたいな…根本的には「患者本人のワガママと言いなりになってしまう家族」という構図がある。
たとえば先述のエピソードは「嚥下障害」だ。つまり「下手に固形物を入れると窒息して最悪死ぬ」ってことである。もちろん誤嚥性肺炎のリスクもある(皆さんも高齢者の死因としてあまりに見慣れているだろう)。
ほかには食物単位での「禁忌」すなわちアレルギー等の致命的リスクに、栄養面における「制限」たとえば糖尿病だから糖質制限、肥満だからカロリー制限、といったこともある。
そして先ほどの記事を見て気づいたのだが、うなぎの話は「本人が嚥下障害を自覚しながらも好き嫌いと言い張っていた」「担当医が怖くて家族も指摘できなかった」ということである。まあ正直、医療従事者の視点から言えば「ふざけんな」ではあるが、理解した上で隠していたその心情も理解はできる。
(劇中でも生還した患者・事態を理解した家族・態度を反省した医師・そして管理栄養士ハシカンが大団円の結末となっている)
問題は、悪気が無い場合。さらにいえば、何も理解できていない場合だ。
もし上述のエピソードが「おとうさんがうなぎたべたいっていうからもってきただけ!なにがわるいの?」でしかないとしたら?
一気に救いようがなくなる。
そして医師や看護師、管理栄養士に言語聴覚士らが集まって、患者家族に丁寧な説明をする必要があるだろう。
それでもなお差し入れをやめないとしたら?
その理由に向き合う必要も出てくる。愛ゆえにいけないと思っても止められないのか?それとも…?
さて、医療機関である当職場にも、健康保険組合から健診関係の案内が来る。
健診結果の提出を求められたと思ったら、その結果をもとに生活習慣病リスクの高い人へ「特定保健指導」の通知を送付しているようだ。
と思ったら、当事業所にも来た。何が言いたいのか?という文面だが「是非とも保健指導の勧奨をお願いしますぅ~」という雰囲気だった。
こういう任意か義務かハッキリしない通知は本当に大嫌いなのだが、結局本人の意思だとすれば、なぜこれほどまでにしつこいのか?
残念ながら、当院に在籍している職員は筋金入りの不摂生揃いだ。
そして医療資格持ちだ。なぜ自分が不健康なのか?どうすれば改善できるのか?わからないはずがない。
そんな者たちに「保健指導」をすると、一律に決めて手招きをするだけのことに、およそ効果があるとは思えない。
それでもなぜやるのか?
もちろん、不摂生を減らして将来的な保険料負担を減らしたい…というのもあるだろう。
しかしそうなら、もっと本気で「言うこと聞かない奴らをどうしよう」という対応にならなくてはいけないのではないか?
今のような生ぬるいやり方はハッキリいって、手招きをしたという「実績作り」にしか見えないのである。
ここに「筋金入りの不摂生」と「バカを想定した医療指導」の、絶望的なまでのミスマッチがあると思う。
実は私も、本来であれば特定保健指導を受けるべき人間だ。ただし、まだ若いので対象外となっている。
そんな私は以前、家族の手によって病院に放り込まれ、検査・食事指導という名目での入院治療を受けたことがある。
1日1000kcalという苛烈な食事制限、あまりにヌルすぎる日課の運動、何もないことを確認するだけの検査…と、不毛な時間を過ごした思いだったのだが。
その中でも、医師や管理栄養士との対話には、大きな学びがあった。思った以上に、自分の知らないこともあった。
血液検査の数字にはどんな意味があるのか?糖尿病に陥る具体的メカニズムとは?
三大栄養素における良質な栄養源とは?玄米や春雨、乳タンパクや動物性食品、魚やオリーブ油……
決してお手本通りの食生活・生活習慣ができるわけじゃない。その中で、個々の知識がヒントになっている。
当時異常値ばかりだった血液検査も、今やオールパーフェクトになっている。医師からもベタ褒めで甘やかしてもらえている。
しかし。このような知識がない人間もいれば、本質的に理解できない人間もいる。
「野菜中心の食生活を命じられた母親が、食卓の中心に野菜を置いて食事していた」
「1日3食を鶏ムネとブロッコリーにした友達が、間食に好き放題食べていたので痩せなかった」
というような話があった、と思うのだが今ちょっとソースを見つけられない。
そもそも信じられないほどバカバカしいエピソードなので、嘘松かもしれないが…
こういう人たちはつまるところ
「言うことを文面通りに聞く」こと自体はできるのだが
「なぜそうするのか考える・理解する」ことが、致命的にできていない。
こういったことを理解しない、あるいは考えない、ないし見ないふりをしているのかもしれない。
野菜中心の食生活をする理由が「ビタミン・ミネラル」と思うなら、サプリメントに頼りながら炭水化物偏重の食事を続けてしまうかもしれない。
あるいは「センイ」と思うなら、野菜料理だからと脂っこい中華料理や、あるいはラーメン二郎なんかを食べまくってしまうかもしれない。
「タンパク質をとるといい」と思ったら、パスタを何人前も食べて小麦タンパク(と過量の糖質)ばかり摂取してしまうかもしれない。
「低糖質なのがいい」と思ったら、やはり油物を摂りすぎてしまったり、あるいは偏った食事で体調を崩してしまうかもしれない。
※糖質制限ブームが起こった際に、素人判断はむしろ危険という指摘もあった。ケトン体がどうのこうの…と言っていた記憶がある。
これは、自分自身が入院・指導を経験したからわかるが、急激な糖質・カロリー制限により脂肪がエネルギー源となる、というメカニズムによる。
老廃物となるケトン体が多くなりすぎると体調を崩すため、排出排出!水分補給だけはしっかり!と医師の指導・管理を受けるのだ。
つまるところ、最近のマンジャロブームと同じで「医師の管理が届かないところでやるのは危険(だし不要なら許さない)」ということ、だと理解している。
日本、だけではないかもしれないが、国民が不摂生である様子を見たら、まず「指導」が来る。
人間なんて40くらいで死ぬのが見苦しくないと思っている人にも。
それを見たのが医師であれ看護師であれ、家族であれ友人であれ、知人であれ他人であれ。
不摂生を見たら「指導」するよう、人類はプログラムされている。
一方で、そういった「指導」が届かなかった結果、手遅れになってしまった末路も見られる。
毎日お昼はラーメンという生活をしていたら、20代で高血圧や高脂血症に陥り絶望する人。
毎晩のように飲み歩いて楽しんでいたら、若くして肝硬変に陥り絶望する人。
暴飲暴食しても80まで生きられると信じていたら、40で動けない身体になってしまい絶望する人。
こういう人たちには、たしかに「そのまま放っておいたら、大変なことになりますよ!」という警鐘が必要だったろう。
昔からネット上でも「なんか30過ぎたら身体おかしくなってくるぞ!」「なんか年取ったら毎日体調悪いぞ!」という脅し文句が飛び交っていた。
今やそこから発展して「糖質制限」「筋トレ」といったブームがおこり、特定保健用食品やスポーツジムが乱立している。
そんな風潮に触れた人が「ちょっと食事を気を付けてみよう」「ちょっとジムを契約してみよう」と、ゾロゾロ動き始めている。
そうした人たちから決まって出てくる話が
…思えば小学校や中学校、みんな居眠りしたり遊んだりしながら受けていた家庭科の授業。
先生がコーラのボトルを持ち出して「この中にお砂糖が何十グラムも入ってるんだよ!」
あめ玉を持ち出して「これ一粒でも何十カロリーもあるんだよ!」と、脅すように言っていた
私は、そんなのわかってるよ、その程度気にしてどうするんだよ…と思っていた。
でも医師から清涼飲料を控えるように言われてからは、砂糖(糖類)の多い飲み物は完全に絶った。
さらなる医師らとのやりとりを経て、糖尿病のメカニズムがおぼろげながらわかってきた。
詭弁を承知で言えば、糖尿病の原因は必ずしも「太っていること」「カロリーオーバーであること」ではない。
それは例えるなら、凶悪犯罪の原因がオタクであること、と言っているようなものだ。
糖尿病が起きる直接的原因は「インスリン分泌が不足すること」と「インスリンが効かなくなること」。
前者は膵臓の問題。後者について初めて、肥満症などの影響も考えられるらしい。
1型が先天的なのは何となく知られているが、2型も遺伝が大きく関わることは最近喧伝され始めたところだ。
(そもそも大昔から「家族に糖尿病がいたら怖い」と言われていたのだが、その意味を説いてくれる人は誰もいなかった)
インスリンが分泌されなくなるのはなぜか?膵臓に何らかの問題が生じるからだろう。
白米はまだしも、精製された糖類は消化器官に大きな負担を生じる。だから「GI値」なんて概念も生じる。
毎日のように糖類を過剰摂取すれば、膵臓がダメージを受けて衰えるのも早いだろう。
じゃあ、膵臓に問題が生じない限り大丈夫なのか?恐らくそういうことになる。
米国のドナルド・トランプやウォーレン・バフェットのように、ジャンクフードとコーラで高齢までお元気な人もいる。
では、元気な人とそうでない人の違いは何か?残酷だが、臓器の耐久性ということになるだろう。
思えば、生活習慣による糖尿病と合併症で亡くなっていった日本の著名人たちは「小太り」ばかりであった。
一方で、石塚英彦・彦摩呂・マツコデラックスといった面々が、50代60代に差し掛かっても変わらずお元気である。
石塚英彦さんに至っては、本当はそこまで大食いではない…という話さえあるくらいだ。
つまるところ彼らは「栄養を蓄える能力が高い」、強い身体をしているのではないかと思う。
そして、彼らのような臓器をもってしてさえ限界突破してしまったのが、香川伸行さんのような方なのだろう。
なにせ、プロ野球選手として練習しながら水分代わりにコーラを10本も飲んでいたというのだ。これでおかしくならないほうがおかしい。
彼の全盛期は150kgあったというが、並の日本人ならそこまで太れなかったと言われる。
そういう人たちが、同じ生活習慣をして比較的健康になるわけはなく、単純に「耐えきれず脱落していく」という意味なのだろう。
東南アジアの国々でも、コーラのような清涼飲料は親しまれている。そして日本と同じく米食をするが、日本よりもはるかに偏った比率で摂取している。
日本人がチェーン店の牛丼を見て「野菜が足りない!」とのたまう一方で、東南アジアの恵まれない人たちは小鉢ほどの肉に濃い味付けを施し、大皿一杯の白米をかっ食らっている。
地域による食文化の違いもあれば、経済的事情もあるだろうが。実際にそういう食事光景が繰り広げられるのを私は見てきた。
そんな生活習慣と、あまり丈夫でない人種が組み合わされば、中年になると生活習慣病を患っているのが当たり前になる。高齢者は、そもそもいない。
百歩譲って食事面は仕方ないかもしれない。しかし彼らはそんな身体に、膵臓や肝臓に、清涼飲料水で効率的にダメージを与えてしまっている。
さて、若くして、それも2型糖尿病を、患うのはあちらの国だけと思うだろうか?
そんなことはない。
私の身の回りでも、若くして急に異常値が出始める人はいる。20前後で薬が手放せなくなる人もいる。
「やせるため」ではなく「生きるため」にマンジャロ等が必要、本当に必要になってしまう人たちがいる。
今のところ、2型糖尿病となった彼らすべてに共通しているのが「ジュースを水代わりに飲んできた」ということだ。
ここに「内臓に負荷をかけて効率的に破壊できる」という、清涼飲料水(に含まれる糖類)の性質が関わっているように思う。
私が今のところ正常値をキープできているのも、早めに清涼飲料NGを出してもらえたおかげではないかと思っている。
…とまあ、ここまで長々と考えてようやく「ジュースって身体に悪いの?」という疑問に、自分なりの結論を出せる。
そしてこれは「ジュースが身体に悪いのはなぜ?ホント?」という疑問を、長年保存してきたことによる。
義務教育で習えば分かるように思えることも、本質的な「スタート地点」に立てていない人が多い。私もそうだった。
一方で「なんか知らないけどジュースはダメらしい」と従うだけの「素直」な人間は、その先にたどり着けない。
ましてや、他に気をつけるべき健康面のアレコレに、考えが至るわけもない。
下手すると、悪意ある者たちに似非科学や陰謀論を吹き込まれてしまうかもしれない。
こういう人たちにこそ間違いなく「指導」は必要だと言えるだろう。
「バカを想定した医療指導」が、ちゃんと「バカ」に届くようになってほしい。
そして、理解してなお変わらない「クズ」を、どうするべきかも考えなくてはいけないだろう。
日本のように懇切丁寧な「指導」を試みるよりも、欧米の砂糖税のような「強制力」のほうが、合理的で効果的にさえ見えてくる。
じゃあ、任意でしかない受診の「お願い」を公的機関が執拗に送ってくるのは?
労働者に年1回2回の健診を義務づけて産業医が「節制しろ!就業可!」とするのは?
かつて私が受けたように、本人の人生設計を無視して周囲が強制的に「治療」を受けさせるのは?
…とまあ、私みたいな「クズ」には、「強制力」のほうが効果てきめんなわけで。
不摂生の抑止のためには、佐藤だって二郎だって、入院患者への差入れだって禁止しちゃうのが手っ取り早い。
そうすれば糖尿病患者にジュースを差し入れるなんて、殺人未遂めいたことも起こらないでしょうからね。
ありゃ、「バカ」と「クズ」を一網打尽にする方法をひらめいちゃった。今の話は無かったことに……
実際支障ないじゃん。訪問販売で詐欺目的じゃないとこ見つける方が難しい。難しいということに反論したいなら一個でも詐欺目的じゃないところを挙げてみろ。
あとは「これは俺の意見ですから」って意見ってことにしときゃ隙もない。
結局そうやって控えめにいってまともなとこもあるかもと期待持たせちゃうから結局騙されるんだよ。
あれを警鐘を鳴らすための文句として言ってるつもりなら実質なんの価値もない。
dorawiiより
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むしろ、極右(または右派ポピュリスト)政党の伸長は、言論の自由をめぐる緊張を露呈・加速させた側面が強い。ミルの『自由論』的に見れば、抑圧的な法運用に対する反発として自然だが、政党自体が権力を持っても「完全回復」ではなく、選択的な言論環境を生むリスクがある。
欧州で「極右」とされる政党(AfD、国民連合/RN、Reform UK、Sweden Democrats、PVVなど)の支持拡大(2024-2025年の選挙で顕著)は、移民政策失敗・並行社会・経済不満に対する反発が主因。ヘイトスピーチ法による移民・イスラム批判の抑圧が「言えないフラストレーション」を蓄積させ、地下化・極端化を促した(前回の議論通り)。これらの政党は、言論の自由を公約に掲げ、NetzDGやOnline Safety Actなどの規制を「検閲」として批判している。
• AfD(ドイツ):NetzDG緩和やヘイトスピーチ法の見直しを主張。「ドイツ人に対するヘイト」も保護対象にすべきと提案。表現の自由を憲法原則に回帰させる立場だが、自身が「確認された右翼過激派」と指定され、監視・資金制限を受けている。言論弾圧の「被害者」として支持を集めつつ、政党自体が標的化される逆説。21
• Reform UK(英国):Nigel FarageがOnline Safety Act廃止やFree Speech Billを公約。英国を「検閲地獄」と批判し、米国議会で証言。ポピュリストとして言論の市場原理を強調。
• 国民連合(フランス):Marine Le Penは過去にヘイトスピーチ起訴されたが無罪。移民・イスラム批判を「言論の自由」として擁護。
• Sweden Democrats:表現の自由を強く主張し、イスラム関連の言論規制に反対。ムハンマド風刺画支持など。
主流政党が移民政策を右傾化(過剰配慮の修正)したのは事実で、言論のタブー化が一部緩和された側面はある。
• 法改正の実績は少ない:2024-2025現在、EU全体や主要国でヘイトスピーチ法の大幅撤廃は起きていない。DSA(Digital Services Act)などは継続・強化傾向。極右が政府参加(イタリアMeloni、匈牙利Orbanなど)しても、言論規制を全面的に緩めた例は限定的。むしろ、権力掌握後に自党批判を抑圧する懸念も指摘される(メディア統制疑惑など)。
• 逆効果の側面:極右伸長に対し、主流派は「民主主義防衛」の名でさらなる監視・指定を強化(AfDの過激派認定)。これが新たな言論弾圧を生み、分断を深める。ミルが警戒した「多数の専制」や社会的同調圧力が、左右両極で機能。
• 並行社会・分断との連動:極右の台頭は過剰配慮の失敗の結果だが、彼らの政策(厳格移民制限・同化強制)が実現すれば、共通の公的領域(言論の場)を回復する可能性はある。一方、過激派指定などで「植民地分割統治」的分断(原住民 vs 移民、主流 vs ポピュリスト)が固定化されやすい。
ミルなら、極右の伸長を言論市場の健全な反応と見るだろう。抑圧された意見が選挙で噴出するのは、真理への道筋。だが、解決は規制の過剰を是正し、害の原則に厳格回帰すること。政党の伸長だけで自動回復せず、むしろ感情的対立を助長するリスクが高い。真の回復には、「法の明確化」(感情的offenseではなく明確な害基準)*と、共通価値観に基づく統合政策が必要。
欧州は依然として、ヘイト法の曖昧運用とポピュリスト反発の悪循環にある。ミル的に理想的なのは、どの政党も「言論の市場」を尊重し、過剰規制を是正する方向へシフトすることだ。現状は分断深化のフェーズと言える。
おっさん差別がエグイレベルで可視化されとるから警鐘を鳴らしたい。今日変なおっさん・キモイおっさんを見たって投稿にいいね・リツイートが集まるのって、危険じゃね?
いや、関西あたりの普通におもろいおっさんが評価されるのはええのよ。でも、変なおっさん・キモイおっさんがさらされてるって健全な社会か?と思うわけよ。
キモイおばさんを見た、頭のおかしい若い女がいた。これ、あまりSNSであまり見かけなくね?男女比がざっくり半々だから、変なおっさんと同数程度には変なおばさんや若い女っているはずじゃね?
そして何よりまずいのが、いいね・リツイートが集まる情報は正しいと考えてしまう頭の悪い層が一定数いるってことなんだよ。女を差別したらアカンように、おっさんも差別されたらアカンはずなんや。でも、おっさんには何言ってもいいと考える残念な頭の出来の人間がいるんや。だから、おっさんだけが悪者にされるし今日もネットでおっさんがいわれのない差別を受けとる。
この状況を打破するには、変なおばさん・変な若い女も同等にさらせれなきゃダメだと思うんだよ。そうなれば、ちょっとくらいは日本もよくなると思うんや。
もっと面白くてもいいと思うんだけど思ったより普通のアクション映画で62点。
病気の子供を抱えるド底辺労働者の主人公はうっかり仕事をクビになってしまう。人生逆転のために30日間生き延びれば莫大な金が得られるリアリティショーである「ランニング・マン」に参加することを決める。出場者を狩るために追いかけてくるハンターたちに加え、出場者を殺した人間には賞金が出るため市井の人たちも味方ではない。死の逃避行が今幕を開ける。
みたいな話。
う~~~~~~~ん。なんか脇が甘い感じがしてイマイチのめりこめなかったかな。
普通の逃避行アクション映画としてみれば普通に面白い。どうやって逃げるんだろう、身分証を偽造するのかな、変装するのかな云々という逃避行ギミックに関してはきちんと提示されて納得力は高いし、行く先々でのチェイスアクションもよい。ぼろホテルに泊まって風呂入った後、窓から外見てたらハンターがいて戻ろうとしたらドアが開かなくて半裸で逃げる展開とかの面白みも深いし、ド派手なカーチェイスもあれば、アンチランニング・マン連合のナード君の家に逃げ込んでそこで彼が家中に仕掛けた罠を作動させながらハンターを撃退しながら逃げるホームアローン展開もよい。
最後にはちゃんとハンターの大ボスとの飛行機の中での肉弾アクションも用意されていて、アクションと映画してカーチェイス、銃撃、罠、肉弾、爆発とおいしいところは全部用意されているのでなんも考えんと見るんだったら普通に満足できると思う。
一方で、なんか主人公にはあんま感情移入できないっていうか。徹頭徹尾、こいつプッツン野郎なんだよ。冒頭、自分をクビにした上司に怒鳴りこみに行く場面から一貫してなんかすぐキレる。そのことによって常に状況が悪くなっていくの、なんていうかエンタメとしては食い合わせがあんまよくないなって思う。社会派のサスペンスとかだったらいいと思うんだけどさ。怒りこそ貧乏人に残された最後のエンタメとは言うけど、こういう意味ではないじゃん?
最終盤でルールで保護されているはずの妻子をハンターたちが殺していた、だからハンターたちを殺してお前がハンターになることで金も名誉も立場も手に入れられる!って番組プロデューサーにそそのかされる場面があるんだけど、これまで再三、番組は情報を改ざんし俺たちを操ろうとしている!と警鐘を鳴らしてきた主人公はプッツン、ハンターたちに襲い掛かり、ハンターの大ボスから彼も元はランニング・マンで主人公と同じトラップを仕掛けられハンター堕ち。実は妻子は生きていたけど拷問されて殺されたと種明かしをされるも信じずに殺害。その後、飛行機ごと無事爆殺される(脱出するけど)。
たぶん、そうなるのわかってたと思うんだけどなぜか殺してそのまま殺されかかるの正直よくわからない。徹頭徹尾「金を得るため」だったという冷徹な目的意識のためとかだったら理解できるんだけど、結局彼は何も得られずに終了する。
俺が見落としてただけだったら申し訳ないけど、あの飛行機に脱出ポッドがあるのを知るシーンってなかったよね?もしそれまで考慮に入れて「自分は死んだこと」にすることでこのゲームから脱出することを目的としていたんだったら理解できるんだけど、そんな感じでもなかったし。
その後、アンチランニング・マン連合が主人公が生きてることを言いふらして番組の裏側を暴露。アンチランニング・マン陣営は規模を拡大する。そして主人公はしっかり顔をさらして妻子に会いに行く。いや、番組側からしたら妻子には絶対見張り付けとくやろ。主人公なんか何回殺してもええんやから。
ランニング・マンの収録の客席はアンチで埋め尽くされ、司会は契約を盾にとっとと離脱。いや、セキュリティどうなってんねん。少なくとも主人公がオーディションするときはセキュリティしっかりしてたやろ。客の身辺調査や持ち検は当然するやろと思うのに、みんな手に手にアンチの看板もって火炎瓶を投げまくる。そんなわけある?そしてプロデューサーを主人公が撃ち殺して終了。いや、こいつも素通りかい。もうめちゃくちゃだよ!
あとはどう考えても30日は長すぎるよね。アメリカ中を逃げ回ってもいいとしても逆に考えれば30日は短すぎるし、映画として考えるなら30日は長すぎる。映画としてはどっか州を指定して2週間とかのほうがよかった気がせんでもない。なんか妙な生活感が出てて中だるみを感じた。
あとはこれどこまで意識して書かれているのかわからんのだけど、女の扱いがなんか微妙なんよね。別に活躍させる必要はないとは思うんだけど、主人公に庇護されるだけの妻、なんかバカみたいな死に方する逃亡者も女だし、テレビを一方的に信じて主人公を含む逃亡者を悪人だとののしり続けるナードの母親のババア、そして終盤に出てきて人質になる裕福層の女。裕福層の女は「貧困をエンタメとして搾取する市民」として描かれていて、主人公に「そのスカーフ一枚で俺の子供は助かるのにお前は気にも留めない」みたいに責められたときに「私は悪人じゃない」って言わせるのはちょっとあからさますぎるかな。最後飛行機で撃たれた主人公に止血のためにそのスカーフを差し出すのは皮肉がきいててよかったんだけど。
あとこの辺の社会的メッセージに関してはどう評価すべきかかなりむつかしいと思ってる。知らんけど、この映画作ってる人はわりとノンポリっぽい感じだと思うんだよな。なんかその、マスメディアを操る存在とそれに対するアンチだったり、白人のデブの子供2人が逃亡者を焼き殺したり、貧乏人たちが主人公を無条件に応援していたり、裕福層は殺せと言っていたりとかそういう社会的メッセージがめちゃくちゃ露骨に出てくるんだけど、それをどこまで信じてるかはかなり怪しく感じる。俺の感想としてめちゃくちゃ冷笑的に”ネタ”として消費しているように感じたかな。
まぁそんな感じかな。ベイビードライバーのエドガー・ライト作品らしくBGM使いも悪くないし、ポップなアクション映画としては一定以上の強度はあると思うんだけどなんか意外にがばがばというかがたがたな感じがして今一つのめり込めなかったな。まぁ、なんも考えんとみられるアクション映画見たいなって夜にはまぁまぁオススメ。
以下が要約です。
グローバル化によって取り残された非大卒の白人層(炭鉱労働者など)は、仕事や居場所だけでなく「誇り」を失いました。彼らは自らの没落によって深い「恥」を抱えており、これがトランプ氏を受け入れる「感情の素地」となっています。
2. トランプ氏による「感情の捕獲」と「恥から怒りへの変換」
トランプ氏は、彼らが抱える恥や見下されている現状を「承認」します。そして「あなたたちの誇りは失われたのではなく、(エリートや移民などに)盗まれたのだ」と語りかけることで、耐え難い「恥」の感情を、他者への「非難(怒り)」へと変換させます。
トランプ氏はわざと暴言を吐き、メディアや知識人から激しく非難されます。しかし支持者に向けて「あいつらは私を通してあなたたちを攻撃している。私が身代わりになる」とアピールし、代わりに報復を誓うことで、支持者たちの恥を撃退する救世主のように振る舞い、強固な支持を得ています。
1期目は「誇りを取り戻す」という解放感が中心でしたが、現在は「敵を探し出して報復しろ」という危険な段階へ移行しています。
5. AI時代のホワイトカラーへの警鐘(対岸の火事ではない)
今後AIの台頭により、世界中のホワイトカラー層も同様に仕事を奪われる危険があります。炭鉱町で起きた「喪失と恥から右派政治へ絡め取られる」という現象は、決して特定の労働者だけの問題ではなく、これから多くの人々に見舞う可能性のある深刻な危機であると警告しています。
https://digital.asahi.com/articles/ASV4Z2VWGV4ZUHMC00JM.html
トランプ米大統領の「誇りを取り戻そう」という呼びかけが、2期目は「誇りは盗まれた」となり、支持者たちが抱える「恥」を「怒り」に転換している――。8年ぶりにインタビューした社会学者アーリー・ホックシールドさんはそう語った。保守的な土地に通い、人々の感情を解読することで、何が見えたのか。
――前回2018年夏のインタビュー後、アパラチア地方で暮らす人々の心情を理解するためケンタッキー州に通ったのですね。
「米国の炭鉱地帯が中道左派から右派へと変化した理由を探求する旅でした。新著『盗まれた誇り』は、ケンタッキー州にある全米で2番目に貧しく、白人の割合が最も高い選挙区が舞台ですが、トランプ氏の最も熱烈なMAGA(「アメリカを再び偉大に」)支持層、非大卒の白人層の物語です」
「要点は二つあります。一つ目は、彼らがどう感じたいと望んでいたかという『感情の素地(predisposition)』。そしてトランプ氏がその感情をどうつかんだかという『感情の捕獲(emotional capture)』です」
――まず、感情の素地とは。
「喪失の物語です。ノーベル賞を受賞した社会心理学者のダニエル・カーネマンが「損失回避性」の研究で示した通り、人間は『新しいものを手に入れるため』よりも、『一度持っていたものを失った後にそれを取り戻すため』に倍の代償を払おうとする。人々がカリスマ的な政治指導者にひかれる傾向を考えるとき、まずこの喪失に目を向けなければなりません」
「それは仕事の喪失、機会の喪失、居場所の喪失、何より『誇り』の喪失でした。熟練の技術が時代の変化で無用になるような喪失感も。彼らは非常に誇り高く、例えば、炭鉱労働者の娘は『私たちは貧しい』とは言わない。彼らの文化で貧困は恥だからです。その代わり『どれだけ工夫して乗り切ったか』『ボロ切れで人形を作ってどれほど幸せに遊んだか』という、打たれ強さや、他者を助ける力を語りました。しかし外部からは貧困層としか見られませんでした。彼らは誇りを失ってしまいました」
「1970年代以降のグローバル化は勝者と敗者を生みました。非大卒の白人たちは、収入や機会を『絶対的』に失っただけでなく、都市部の大卒白人や、かつては自分たちより貧しかった黒人が上昇していく中で、『相対的』にも敗者となった。ここでは「持てる者と持たざる者」ではなく、「喪失と獲得」の区別に着目しています。自分たちが転落していく一方で、周囲の他者は上昇していく。この喪失感が(大統領選があった)16年にあのカリスマ的な人物(トランプ氏)の演説を受け入れる素地となりました」
【ここから読み解くこと】
なぜトランプ氏の度重なる暴言は、支持を下げるどころか、かえって熱狂を生むのか。ホックシールドさんは彼を「感情の交通整理人」と呼び、支持者の「恥」を「怒り」へと変換するプロセスを解き明かします。
「マックス・ウェーバーが分類した『合法性による支配』の指導者の典型が、民主党の前大統領バイデン氏です。彼は『私が誰かではなく、私があなたのために作ったインフレ抑制法を見てほしい』と無表情で実績を語る。一方、カリスマ的支配の指導者は『私が何をするかではなく、私自身を見ろ。私があなたの代弁者であり、あなたを救い上げる』と語りかけます」
「魔法使いであるトランプ氏は、民主党と(従来の)共和党が提供しなかった三つのものを彼らに与えた。私が『感情の捕獲』と呼ぶものの3要素です。第一に『承認』。『私はあなたの本当の姿を知っている。かつて誇り高かったあなたが、今はどれほど見下されているかを知っている』と語りかける。私は薬物依存の回復施設で元炭鉱労働者の男性に会いました。彼は、仕事を失って、家族を養えない『女こどものするような』低賃金の仕事にしか就けず、深い恥に苦しみ薬物に溺れ、家族も失いました。16年に『炭鉱を復活させる』と叫ぶトランプ氏を見て、うそをついているとわかっていたが、自分のことを理解していると感じた、と語りました」
「第二に、トランプ氏自身が厳格な父の元で育った『恥をかかされた男』ということ。没落した階級が抱える『構造的な恥』の鉱脈を掘り当てる天才です。『あなたは何かを失った。ひどいことだ。いや違うぞ、あなたたちの誇りは単に消えたのではなく、盗まれたのだ。私がそのプライド泥棒に報復する』という物語で、『恥』を『非難』へと変換する。鬱々(うつうつ)とした『消極性』を『積極行動』へと反転させる。まるで地中から石炭を掘り出し、加工して火をつけるようなプロセスです」
「第三に、トランプ氏は4段階の『恥の撃退儀式(Anti-shame ritual)』を提供する。これが最も重要です。①彼が『移民がペットを食べている』といった異常な発言をする。②メディアや知識人が激しく非難し、彼に恥をかかせる。③彼が『見下されている私を見ろ。あいつらは私を通してあなたたちを攻撃している。私が代わりに恥を引き受ける』『私が背負った恥に比べれば、皆さんはマシなはずだ』と主張し、まるでイエス・キリストのように身代わりの被害者となる。④しかしキリストとは異なり、彼は剣を構えて『あなたたちのために報復する』と語る――というように」
「米国の半分、民主党支持層は、①と②を聞いている。しかし、共和党側やグローバル化の敗者は③と④を見ている。つまり、米国人は感情の面で同じ大統領すら見ていないのです」
「私が(著書で)試みているのは、皆さんが『バイリンガル』になる手助けをすることです。理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになるということです。感情にも論理があるからです。先ほど『感情の捕獲』の3要素を説明しましたが、特に三つ目(恥の撃退儀式)では、人々の感情にチャンネルを合わせなければ見えてきません。理性の領域ばかりに論理を探すのをやめ、感情の操作や『どう感じるべきかという感情のルールの設定』といった領域の中に論理を見いだし始めましょうという皆さんへの招待状です」
「トランプ氏は怒りや共感のサインを操る、感情の交通整理人です。どう感じるべきかという信号を発信している。『あいつらに共感を抱いてはダメだ(赤信号)』『これは敵だ、激しく怒れ(青信号)』という具合に、彼は信号を出している。カリスマ的な指導者というのは、こういうことをするものです。彼だけではありません。ヒトラーも同じことをしました。日本にも独自の(感情が動員された)歴史があります」
――とはいえ、「失われた」が「盗まれた」に変わるには飛躍があります。
「両者は全く異なります。それが、トランプ氏のやってのけた手品です。人々はすでに他人を責めたがっていた。恥という感情を心に抱え続けるのは耐え難い苦痛で、生き延びるためには何らかの誇りが必要です。そこで彼は『(喪失について)自分を責めるな。盗んだのはあいつらだ』と語りかけた。では、あいつらとは誰か? それは教育を受けた人々、ディープステート、民主党員、移民、最終的には『あなたと似ていない誰か』。どんどん拡大しました」
――「盗まれた」という物語は、耐え難い「恥」を「非難」へとすり替える手品だった、と。
「そうです。そして物語は今、その『あいつら』を罰してやる、という『報復』に移っています。カリスマは、私たちにどう感じてほしいかという明確な『感情面の政策』を持っている。それは彼らが意図したゴールであり、決して副産物として偶然起きる現象(epiphenomenon)ではない。1期目は『赤い帽子をかぶって誇りを取り戻せ』という多幸感、恥からの解放が中心だったのが、今は『敵を探し出して激怒しろ』という段階に来ている。真の軍最高司令官は激怒という言葉は使いません。エンターテイナーの言葉です。私たちがどこへ向かっているのか恐ろしくなります」
――トランプ氏は、「恥」から、政治的エネルギーである「非難」への変換を自覚してやっていると思いますか?
「直感的にやっているのだと思います。その直感において天才的です。彼だけではありません。第1次世界大戦で敗れて多大な賠償金を課せられ、国全体が喪失感と屈辱にまみれていたドイツで、歴史家が詳細に記録してきたように、ヒトラーも人々の『恥』を巧みに利用したのです」
「トランプ氏に決定的に欠落している最大のものは『他者への共感』です。戦争で亡くなった米兵を追悼する厳粛な場で、彼はゴルフキャップをかぶったまま平然としていました。彼は他者の痛みを気にしません」
「ただ、イラン戦争や物価高に直面し、『戦争に巻き込まない』『エプスタイン文書を公開する』といった約束を彼が破るさまを見て、共和党から無党派層へと離れる人々も一部で出てきています。『感情の捕獲』の魔法が、少しずつ解け始めている感覚もあります」
【ここから読み解くこと】
アメリカの炭鉱町で起きた「誇りの喪失」は、決して遠い国の労働者だけの問題ではありません。AIの台頭によって、やがて世界各地のホワイトカラーにも同じ問題が迫っていると、ホックシールドさんは警告します。
――人々は、実際の生活を豊かにする経済政策より「誇り」を得ることを政治に求めるようになったのでしょうか。更に言えば、常にそうだったのか、それとも、グローバル化やデジタル化の時代に誇りを感じることが難しくなり、その埋め合わせを欲している?
「興味深い問いです。現在の米国では二つの相反する現象が衝突しています。一つは、経済の硬直化。世界銀行の調査によると、先進20カ国の中で、米国は今や階層間の移動(上昇も転落も)の可能性が最も低い国です。生まれた階級に一生固定される傾向が強い。一方、別の世論調査によれば、若者の6割が『億万長者になりたい』と答えている。機会が極端に減ったのに野心は高いまま持続している。私は『アメリカン・ドリームの圧迫』と呼んでいます」
「先日、私はダボス会議で一つの警告を発しました。人工知能(AI)革命前夜の今、今後5~6年でエントリーレベルの仕事の60%が消滅すると予測されている。多くの非大卒の白人が探し求めるような仕事です。ホワイトカラーの業務でも半分以上でAIの性能が人を上回るようになる。職を失うとは限りませんが、とてつもない大激震です」
「欧州企業の3分の2は労働者の再教育プログラムを持っているが、米企業は半分しかない。つまり、私がケンタッキー州の炭鉱離職者らに見いだした『喪失』と『恥』、そこから右翼政治に絡め取られるということが、世界中のホワイトカラー層にも起きる危険があるのです」
――人々が誇りを持つことが今後さらに難しくなる、と。
「そうです。私が言う誇りとは、大富豪になるといった意味ではありません。自分が社会に貢献していると感じ、誰かの役に立ち、家族を養っていると感じるようなことです。傲慢(ごうまん)さの対極にある美しい感情で、人間の生存に不可欠なもの。ミクロな名誉の感覚です。ただ、これを失うことは右翼政治の燃料にもなってしまうのです」
――著書にも書かれていたように後期ラテン語の「prode(プロデ)」ですね?
「そう。何かの『役に立つこと』という意味です。アメリカン・ドリームにおける目標の改定が必要です。常に親よりも成功する必要があるのでしょうか。夢が『地球を救うこと』『川の汚染を減らすこと』でもいいじゃありませんか」
「人々は自分の家族や地域社会の中で働き、誇りを得たいと願う。政治から誇りを得るというのは、あくまで代償行為(埋め合わせ)に過ぎません。しかし、誇りを喪失した状態から『政治を通じて誇りを満たしたい』という欲求に対して、人々を脆弱(ぜいじゃく)にさせてしまったのです」
【ここから読み解くこと】
自分たちの生活を豊かにしたわけでもない大富豪を、なぜ労働者層は支持するのか――。この謎を解く鍵が「プライド経済」。トランプ氏はお金の代わりに、「生まれ持った属性」の価値を引き上げるなどして、人々に「偽りの上昇感覚」を与えているとの見方を紹介します。
――経済を「プライド経済」と「物的経済」に分類していますね。普段、このような区別をしないので違いを説明してください。
「両者には重なる部分もありますが、物的経済とは、あなたの収入や家の価値といった数字です。歴史はしばしば純粋に物的な現実に着目して書かれている。マルクス主義者もウォール街のエリートも『物的な現実が第一であり、文化は上部構造であって二の次だ』という点では一致しています。しかし、特に危機的な状況下において、物的な経済にそれほどの優位性を与えるのは間違っています」
「プライド経済とは『自分は高い地位/低い地位にいる』という感覚です。私たちは、物的経済とプライド経済の両方に生きている。しかし、物的経済の変化には細心の注意を払うけれど、プライド経済の重要性については過小評価していることが多いのです。物的な現実ばかり見ていると、見落としてしまうことがあります」
「例えば、ジェンダー。トランプ氏は、カールした長い髪の『スーパーウーマン』を最前列に置き、人々を再ジェンダー化している。そこに新たな『誇り』を結びつけています」
「経済的に落ち込んだ地域に向けては、『あなたは米国生まれの白人で、異性愛者の男性だ』と言い、これらは『プライド経済』において非常に価値が高いことだ、と語りかける。周囲が『いや、いや、ここは移民の社会だ』『全員が何世代かさかのぼれば移民だ』と反論しても、彼は『いや、いや。今や米国生まれの白人であることはすごいことだ。あなたはそれを誇りに思うことができる』と言う。ご存じの通り、(現代社会では)そうした肌の色や性別に特別な価値は認められませんが、彼はその値札を付け替えているのです。『あなたは何もする必要がない。あなたがしなければならないのは、白人であり、異性愛者であり、男性であり、米国生まれであることだけだ』と」
「彼は『生得的地位』、生まれつきの属性の価値をプライド経済の中で上げようとしている。ある種の『偽りの階層移動(fake social mobility)』です」
――現実では社会的な上昇が困難になる中、「偽りの社会的な上昇」を差し出している、と。
「もはや自分の社会的地位や階級を上げることが不可能になっている現実を踏まえ、敗者たちが『はい上がる手段』を示し、彼らを狙い撃ちしているのです」
「製造業を取り戻すと言っても、製造業は全米の雇用の8%に過ぎず、自動化も進んでいます。支持者は『製造業を取り戻すことは良いことだ。生まれながらの異性愛者の白人男性が、良い仕事を取り戻せるだろう』と言うけれど、それほど有望ではない。不法移民を追い出すと言っても、彼らは全体の5%で、米国生まれの米国人と仕事を奪い合っているわけでもありません」
「また、トランプ氏は、自らの富豪の地位も誇示し、崇拝されたがってもいます。妻メラニア氏の豪華なドキュメンタリーを流し、視聴者に『美しく、金持ちな彼女が、ホワイトハウスのゲストとして招き入れてくれた』と思わせる。文化人類学的に解釈すると、『架空の地位の再分配(fictive status redistribution)』を行っているのです」
「物質的な豊かさや数字ばかりに目を向けていると、人々の感情面で起きている変化を、私たちはつい見落としてしまいます。私が試みているのは、そこに皆さんの意識を向けてもらうことです」
「トランプ氏が提供しているのは、(富裕層への課税や貧困層への支援といった真の)ニューディール政策ではなく、『生得的地位』の価値を認め、誇りを操作する、右翼版のニューディール政策です。これまで説明してきたような素地ができあがっていて没落を恐れている人々には響く、この強力な魔法に目を向けなければなりません」
YS、三崎るい、くまねこ、本名出してる連中まで、あいつらAIマンセーと女性差別を反復横跳びしててキモすぎ
元々AIは女性の成果を搾取して仕事を奪って性奴隷や家事育児に戻そうとするテック右派の計画だから当然か。
https://x.com/digimaga/status/1892567639685230985
https://x.com/EzoeRyou/status/2011092114067898763
https://x.com/EzoeRyou/status/2018648636885004341
以下は、日米韓を中心に、「聖句をみだりに政治主張に結びつける行為」を批判し、信仰の政治化を警戒するキリスト教者・神学者・団体を整理しました。
公式スタンス:「ナショナリズムの拒絶」と「政教分離の堅持」を明確に掲げ、社会派の政治的聖書利用を批判。 特に「聖書を特定の政治イデオロギーのマニフェストにしない」ことを強調。
山口陽一牧師(東京キリスト教団):社会派の「構造的罪論」と聖書の政治利用を繰り返し批判。
中澤啓介牧師(東京):解放神学的な政治神学を「聖書の文脈を無視した乱用」と指摘。
小野寺望(神学者):聖書を「政治的武器」にすることへの警鐘を強く発信。
日本バプテスト連盟の一部保守派も、社会派の政治関与に距離を置く立場を取っています。
アメリカでは「ダークサイド」(特にChristian Nationalismや極端な政治福音派)に対する批判が非常に活発です。
・David French(元National Review寄稿者、福音派弁護士): Christian Nationalismを「偶像崇拝」として強く批判。聖書をアメリカ政治の道具にする行為を「福音の裏切り」と呼ぶ。
・Russell Moore(元南部バプテスト連盟倫理・宗教自由委員長): トランプ支持の福音派を「文化戦争に福音を売り渡した」と痛烈に批判。現在は「Christianity Today」誌で福音派の政治化を警告し続けている。
・Beth Moore(著名女性聖書教師): 政治と福音の混同を批判し、特に女性の視点から「聖書を政治の道具にするな」と発信。
・ Timothy Keller(故人、元 Redeemer Presbyterian Church牧師): 生前、左派・右派双方の政治的福音派を批判。「福音はどの政治イデオロギーとも同一化されない」と繰り返し主張。
・ The Gospel Coalition (TGC):有力な福音派神学ネットワーク。政治的極端化を戒める記事を多数掲載。
・ Christianity Today誌:伝統的に福音派の「良心」として、政治化への警鐘を鳴らし続けている。
韓国では政治的福音派に対する批判も存在しますが、声が比較的小さい傾向があります。
・金東春(キム・ドンチュン)牧師および一部中道福音派: 全光焄牧師ら極右派の政治デモと聖書利用を「福音の政治的悪用」と批判。
・韓国福音主義神学会の一部神学者: 聖書を反左派・反LGBTの政治スローガンにする行為を「文脈を無視した乱用」と指摘。
・プログレッシブ福音派(少数派): 保守福音派の政治的過激さを「偶像崇拝」と批判するグループも存在。
特にアメリカではRussell MooreやDavid Frenchのように、福音派内部から強く声を上げる人々が目立ちます。日本では比較的静かですが、JEAや保守福音派が一定の歯止め役となっています。