はてなキーワード: 同人とは
DVDみたいな物理メディアとしては販売できないのかもしれないけど、流通はできるんなら映倫いらんよな。
それとも、海外サーバーにあるからOK,という理屈だったりするのだろうか(海外サーバにあるから無修正でもOK、のロジックはあやしいらしいけど)
某スタエングループのオタクをしている。言わずもがな旧ジャニーズである。
Xに常駐していると、ファンアートが大量に流れてくる。歌番組の衣装を着せたデフォルメ絵、雑誌やドラマのワンシーンを模写した絵、メンバーの誕生日に0時と同時に投稿されるお祝いイラスト。
私はそれを見るたびに、少しずつ心が冷える。
最初に言っておくと、私はファンアートや二次創作の文化そのものを否定したいわけではない。私は二次元のオタクでもあり、同人や二次創作の文化も知っている。ファンが好きなものを自分なりの表現に変えて楽しむこと自体を、なくしたいとは思わない。
タグもつけず、本人や公式の目に入りにくい場所で、自分のしていることが他人の権利と無関係ではないと分かったうえで、小さく楽しんでいる人に対しては、そこまで何も思わない。
私が嫌なのは、実在する人を題材にしたファンアートを、何の留保もなく真っ白な愛情表現として、本人や公式に届く場所へ差し出す態度である。
公式タグをつける。本人が見ているかもしれない場所に置く。「推しに届いてほしい」と言う。
実在するタレントには、その人自身の肖像や人格に関わる権利がある。雑誌の写真やドラマ、歌番組の映像にも、それを撮影し、制作した人たちの仕事と権利がある。衣装、ヘアメイク、照明、カメラ、演出、写真、映像。それらはすべて、誰かの仕事の上に成り立っている。
実在の人物を描いたファンアートは、そうした権利と無関係な真っ白な表現ではない。
それを自分の手で描き直せば、急に純粋な自分の作品になるのだろうか。時間をかければ、愛があれば、元になった人や作品の権利への配慮は消えるのだろうか。
二次創作の世界でも、公式絵のトレスや模写、元作品との距離感は日々問題になる。公式の扉絵を自分の絵柄できれいに模写して「ファンアートです」と出せば、少なくとも何の疑問もなく受け入れられるとは限らない。
それなのに、生身の人間の顔や、雑誌やドラマの表現を元にしたファンアートになると、なぜ急に無垢な愛として扱われるのか、私には分からない。
本人が見て喜ぶかどうかは知らない。好意そのものを嬉しいと思うことはあるのかもしれない。
しかし、本人が喜ぶ可能性と、その行為が正当化されることは別の話だ。
高額転売された最前列の席にいるファンを見て、推しが来てくれたこと自体を嬉しいと思うことはあるかもしれない。だからといって、高額転売でその席を手に入れたことが正しくなるわけではない。
本人に届くことを願うファンアートも、私にはそれと同じ原理に見える。
相手が喜ぶかもしれないことは、権利への配慮を放棄していい理由にはならない。愛情は、手段を白くする免罪符ではない。
多くのオタクは、番組のスクリーンショットや雑誌の画像を無断でXに載せること、高額転売、他人名義でのコンサートチケット申込みなどが、少なくとも堂々と誇れる行為ではないと知っているはずだ。
実際に自分がしているかどうかは別として、少なくとも白い行為ではないことには自覚的だと思う。
それとも、公式タグをつけて堂々とファンアートを公開している人たちは、自分の表現が実在する人の肖像や、公式が作った写真や映像の上に成り立っているという自覚がないのだろうか。
自覚がないのなら無邪気すぎる。
自覚があるのなら、なぜそんなに白い顔ができるのだろう。
そして、しばしばそこに「作品を盛り上げたい」「推しの応援になるから」という大義名分が加わる。
私はそれを見るたびに、権利侵害グレーなのに何が応援だよ、と思う。
タグ付きで作品の感想を書くことと、他人の肖像や公式の表現を元にした自分の創作物を公式タグに乗せることは、同じではない。
作品が面白かった、演技がよかった、この場面が好きだった。そういう感想は、自分が作品を見て感じたことを言葉にしている。
一方でファンアートは、他人の権利と無関係ではないものを素材にして作った自分の表現である。
そのグレーさを棚上げしたまま、「作品のため」「推しのため」「応援です」と胸を張る感覚が、私には分からない。応援という言葉で、グレーなものを白く塗り替えないでほしい。
私は、ファンアートを描くなと言いたいのではない。
ただ、私の大好きな推しの権利に関わることをしているという自覚くらいは持ってほしい。
グレーなら、グレーとして扱ってほしい。
愛だから許されるという顔をしないでほしい。
推しのためになるという顔をしないでほしい。
「推しに届いてほしい」などという、私にはグロテスクにしか見えない願いを、無邪気に掲げないでほしい。
これは誰にも見せないメモ書きではない。インターネットの片隅でただ吐き出したかっただけです、という顔をしながら、本当はあわよくば読まれ、広く拡散され、白い顔でファンアートを公開している人たちの手が一度止まればいいと思っている。投稿ボタンを押す前に、自分が何をしているのか考えるようになればいいと思っている。愛を届けたい人たちと、後ろめたさを植えつけたい私。権利を侵害することと、それを批判する文章を書くことは同じではない。それでも、自分の感情をインターネットに投げ、誰かを変えたいと思っている点で、私は完全に無関係な場所には立っていない。同じ穴の狢なのだと思う。
これは正義ではない。
それでも、私の自担の権利に関わることをしながら、それを純粋な愛や応援として本人に差し出そうとする光景が、どうしても耐えられないので書いた。
よく知らないが、コミケと呼ばれるイベントがあるのは知っている。
ネットだけで勝手知ったる、勝手なイメージだが、コスプレする人たちが会場の周りにいたり、当日は電車か混んだり、会場のブースに同人作家達がひっそりと何かの本を売っていて、人気サークルなるものには、露出度の高いねーちゃんがいて、ブースは人気が高く抽選、世界最大の集客を誇るイベント…()全てイメージです。
で、それはわかるのだけど、そもそも同人のこのイベントにはいる入り口が全くわからない。
普通の商業誌じゃだめな何かがあるのか、同人ってことは飽き足らない趣味同士で語り合いたい何かがあるのか。で、あれば出版にこだわらんでもいいような。
プロの漫画家でフェミニズムや政治に傾倒してる人って最近はよく見かけるけど、そういう人たちに増田の言ってるような印象はあんま受けたことない(そういう人たちが、政治の話ばっかでがっかりしました!とか読者から勝手なこと言われてるのは見かけるけど、それは読者の方が違うだろうと思う)
でも、同人とかでやってる人になるとこのくらい冷静に喋ってる人が一気に少なくなる印象
多分、プロは立場上冷静に努めようみたいな枷があるからなんだろうけど…でもその枷って普通の社会人、成人ならみんな持ってない?
I城県にお住まいのサイバーストーカーまとめ。複数アカウントを駆使して龍角散の単語に反応してシュバってくるので、この二つ名を命名して差し上げる事にした。
株式会社龍角散さんの沿革にこだわる男性は、同人界隈で話題の「奇声盗撮粘着女」に似た当たり屋です。
旧ツイッター(エックス)、インスタ、ブルースカイ、ミスキー(Misskey)などに出没し、激しいサイバーストーカー行為をするため、精神的な実害が大きく、注意喚起も兼ねて本ブログを作成しました。
「佐野海舟」選手の逮捕歴を始め、元タレントの「森下千里」議員など政治の話題、または地域の郷土史関連の話題に反応し「龍角散は秋田県のものでない間違えるな」、「株式会社の歴史にアヤをつけた」などとおかしな因縁をつけ、スクリーンショットやリツイートで晒し上げを行います。
一度相手に名前を認識されると、複数アカウントでの監視を始めとして以降全く関係無い話題でも延々と名前を出され続け、場合によっては株式会社龍角散さんへ電凸を行い、スクリーンショットを使われて名前や垢名を晒されます。
当該人物の視界に入らないないようにすることが何よりも重要です。その為、本ブログでは様々なジャンルの人達に向け全垢通報ブロックを強く推奨しています。
被害者を装って、自分に危害を加えたサイバーストーカーだ、嫌がらせの首謀者だなどと言って排除や通報ブロックを扇動する様な言葉を口にし、リプライ相手を欺いています。
大事なのは失敗に共感できる人ではないだろうか。「自分の正義に酔い、意見が対立した相手を無遠慮に叩き潰そうとしているようである。
https://x.com/MinoDriven/status/1775056807351947271
https://x.com/skryta/status/1775322039559291180
名前を挙げられている人全員が言いがかりと妄想による被害者です。
https://x.com/sekirama
https://www.instagram.com/sekitakaji.jp/
https://bsky.app/profile/fryingbirds.bsky.social
暗黙のタッグを組む鉄砲玉
https://x.com/6411inoino
@6411inoinokなど次々にアカウントを作り、ターゲットにした相手を追い回す手口。このinoについては池ノ上沼蔵さん被害の会による専用ブログをご覧ください。
https://ofusemisskeyinoino.weblog.to
https://wzt4wdpdzp17954.livedoor.blog
本人への凸行為は絶対にしないでください。刺激した反動は粘着されている人に向かいます。
SNSでの行き過ぎた中傷が考慮され量刑が軽減されたケースがあるので、自分の身を守りたい人の邪魔をしないでください。
3年半もあんなことに金と時間を溶かしたのかと愕然とするぐらいには。
後出し部屋素材でゴミになるココフォリアを何時間もかけて作らなくて良くて。
立ち絵に無限ダメ出しを食らった挙句デザイン丸ごと変えられることもなくて。
重箱の隅を無限に突いた挙句に平気で進行止めるPLの相手しなくてよくて。
自分のみたいシーンのためにダイス改変するKPの相手もしなくてよくて。
虚無HO握らなくて良くて。
好き勝手するPLとお気持ち表明するKPのご機嫌取りもしなくてよくて。
次の予定がまるで決まらないまま放置されたDiscordも見なくていい。
その分の時間は自分のために使えるし、コミュニケーションコストも払わなくていい。
同人CoCなんてさっさとやめた方がいい。時間と金の無駄なうえに莫大なコミュニケーションコストを払わされて、それに見合うリターンなんてないのだから。
同人誌を出し、読むタイプの腐女子である。オタクの数はそう多くなく、ジャンルのオタク=ほぼ全員が全員を知っているくらいの規模の村に住んでいる
そんな小規模な村でも政治に氣づいたアカウントは少なくなく、政治の話をしたいなら別のところでやってくんねーかなと思いながらミュートしてる程度の腐女子である
ミュートする腐女子の多くは例にもれずネット左派であることが多いのだが、現政権への批判の口実に「公職選挙法違反をしている」というものがある。私としてはやるにしてもそんなわかりやすくやらねーだろ、と思っているのと長が変われど言うことは同じなので「いつものお家芸ですね~」という顔をして見ていた
唐突に気づいたのだが、票を買うという思考がすぐ思いつくのは左派の主論であるということもあるのだが(大勝しすぎであるという点もあることは理解している)腐女子の間で通貨に等しい価値を持つ新刊カードシステムが一役買っている部分があるのではなかろうか
わからない人に説明すると、印刷所で1注文につき1枚もらえるカードを50枚集めると好きなカプのオンリーイベントを自主開催することなく企業に開いてもらうことができるのだ。
新刊カードは1人1枚などの縛りはなく、純粋に50枚集まれば開催決定となる。
そのため投票期間になると「新刊カードを求めるポスト」や「1人で50枚集めた人間が自カプの同士から羨望の眼差しを集める」という激キショ文化がある。
(余談)同人2020の理念はリアルタイムで見ており、あの時は業界全体が必死だった。あのころの新刊カードと今の新刊カードは価値も意義も別物であると思っており、正直新刊カードシステムと開いて赤ブーのタグはなくなってくんねーかなと思ってる。後者は新規カプを拾い上げてるという実績も知っているのだが、すでに連続開催が決まっているものに関してはかなりキショいな~……と思っている部分がでかいのでカウント方法をまた公開してくれませんかね。(余談終わり)
これについて、我ながらアルミホイルであるという自覚はあるのだが「このノリで選挙やってると思ってるんじゃね…?(票の購入ができると思っているのでは?)」と感じたのだ。
以前いたジャンルでは作品が作品だったため、レインボーフラッグや女性の権利向上、そして一部右派の方面に目覚めたオタクが多かったのだが今いるジャンルはそこまで老齢のオタクがいるような場所ではないはずなのにネット左派がすごく多い。彼女たちは皆等しく同じことを言い、戦争反対を叫び、現政権へのNoを叫んでいる。
それはいい。彼女たちの自由だ。だがその論について私からするとぼろがあり、その一つが上記の公職選挙法違反の件である。
実際のところどうなんですかね。政治論議したい気はするんですが取り込まれたくないので対話はできね~な…という確信だけがある。
友人がガルちゃん民ならまだ「ええ!?ガルちゃん民?マジ?……まぁ良いか、一緒に夕飯食べに行く?」で済むけど
cremu民だったら連絡取りたくなくなるレベルで凄まじい
ガルちゃんや5chなんて目じゃない
5chの人気スレが「同人音声・アンチスレ・AI生成・愚痴・同人の流行・~が嫌い」で
ガルちゃんの人気・新着トピックの一覧が「W杯、芸能人の結婚、ドラマ、美女とブス、天皇」だとすると
cremuの人気・新着トピックは「陰口、~が嫌い、~が苦手、物申す(他の作家への文句)、~の雑談(悪口)、偏見、愚痴(他人に対して)」で8割埋まっている
普通に見えるスレも開けてみると陰湿な小言ばかり書いてあったりする
どんだけ人の悪口で盛り上がってるんだよこいつら、性格悪すぎるだろ
こんな奴らが表向き普通にXをやって同人出していると思うと怖えよ
女性同人作家ってもしかして全員裏ではこんなネチネチしてるのか?と思ってしまうぐらい凄まじい
手を描く時に爪まで書くやつはデブとか、!マークを文章に使うやつはフレネミーだとか
同人が全部はけた発言は自分に対するマウントだとか、差し入れされたミネラルウォーターが貧乏くさくて捨てたとか
悪口言わない人は信用できない、友人と絵の実力が離れて縁を切りたい、謙虚な人間は謙虚アピールでうざいだけとか
めちゃくちゃ細かいことでネチネチ喋っている
一周回って面白い陰湿さだからもっとガルちゃんみたいに取り上げてほしい
私より一回り、あるいはそれ以上の上の世代のオタクを思い浮かべると、まず男性の像が比較的はっきりしている。中流以上の家庭に育ち、子ども部屋に親が買い与えたパソコンがあって、それをいじっているうちにハードやソフトに詳しくなり、理系学部を経てメーカーや通信、IT系の技術職に進んだ、というルートを辿った人がそれなりにいる。容姿への関心が薄いことは共通していて、磨けば光るとも限らないし、率で言えば非オタクのほうが見栄えのする人は多かったと思う。ただ、家庭の経済力が一定以上ないとオタク趣味が成立しなかった時代なので、生活基盤としては安定していた人が多かった、というのはある。
上の世代の女性のオタクは、評価が難しい。同じく中流以上の家庭で育ち、国公立や有名私大に進んでいる人もいる。ただ、文系がほとんどで、その語学力や教養が何かの形で社会に還元されているかというと、必ずしもそうではない。同人活動のために知識を使い、推しカプの正当性を論じるために海外の議論を引用する、といった方向に力が向かっている人も少なくなかった。私自身も二次創作をしていた時期には、その「内輪の空気」のために時間も気力もかなり投じていた。技術面で言えば、男性のような際立った専門性は基本的に持っていなかったと思う。個人サイトを運営していた層の中には、独学でHTMLやCSS、そこからちょっとしたスクリプトを書けるようになって、そのままウェブ業界に進んだ人もいるにはいるけれど、多数派ではない。私自身のスキルも結局、中途半端なところで終わった。
結婚については、上の世代のオタク女性はかなり高い確率で結婚している。私の周りでも、学生時代のサークルや同人活動を通じて知り合った相手とそのまま結婚した人が多い。夫側は「自分のような人間が結婚できたのは運が良かった」のような感覚を持っていて、妻が家事をして、たまに同人誌を作っていることをわりと受け入れている。一方で妻側は、夫の身なりを整え、家庭を回し、子どもを育てている。私自身も、たぶんこのオタク夫婦の類型に入る。
上の世代のオタクには、変化に適応できずに苛立っている人も目につくようになった。SNSで政治的な発言ばかりして揉めている人、二次創作の界隈で誰かを叩いてばかりいる人を見ると、自分が積み上げてきたつもりの文化が薄まっていくことへの不安がそこにあるのだろうな、と感じる。ここは自戒も込めて書いている。
下の世代のオタクは、上の世代とはかなり前提が違う。彼らがオタク的なコンテンツに触れる入り口は、ほぼスマートフォンとソーシャルゲーム、それから無料で読める漫画アプリや動画配信になっている。家庭にパソコンがあることが前提ではなくなったので、オタクであるために中流以上の家庭環境が必要だった時代の前提が外れた。結果として、家庭環境が必ずしも安定していない層、学業面で苦戦している層、いわゆる旧来の「オタクではなかった層」が大量に流入している。
容姿に気を遣う人は、はっきりと増えた。ぎょっとするような格好の人の割合は確実に減って、ふつうに小綺麗な人がいる。これは良いことだと思う。同時に、性的経験についても、上の世代の男性オタクが童貞であることがある種の文化的特徴だったのに対して、下の世代の男性オタクは風俗やパチンコといった、上の世代のオタクからは縁遠かった消費活動を当たり前にしている人もいる。技術リテラシーの面で言うと、上の世代の男性オタクが持っていた「家族のIT担当」のような能力は、明らかに引き継がれていない。大学生がレポートをスマホだけで書く時代になり、PCをまともに触ったことがない若者も珍しくない。
女性側では、二次創作にお金を使うのではなく、公式グッズや配信、ライブに大量にお金を落とす形に消費スタイルが変わった。アクリルスタンドを並べて祭壇を作り、痛バを持ち、推しのために課金額を競う。これはアイドルやホストに貢ぐ文化が、二次元の界隈にスライドして入ってきたのだと思う。公式にお金が流れること自体は、上の世代のように同人誌即売会で内輪のお金を回していたよりも健全とも言える。自分の収入や生活設計とのバランスを見失っている人もよく見かける。ただこれも、上の世代の同人女が交通費や印刷代に湯水のように使っていたことを思えば、本質的にはあまり変わっていないのかもしれない。
下の世代の女性で印象的なのは、「喪女」自認のある人が減り、彼氏がいた経験のある人が多いことだ。一方で、結婚や子育てに向くかというと、生活の組み立て方や金銭感覚を見るかぎり、必ずしもそうとは言えない人もいる。未婚化はむしろ加速している印象がある。
世代論として「昔はよかった」と言うつもりはない。上の世代のオタク男性の技術的な強さは確かに失われたけれど、上の世代の女性オタクが持っていた長所が何だったかと問われると、自分のことを含めて言葉に詰まる。それは社会的にはほとんど意味を持たない。下の世代のオタクは、入り口のハードルが下がった分だけ多様で、玉石混交だ。容姿は良くなり、同人誌や同人グッズではなく公式にお金が流れるようになり、その一方で技術リテラシーや家庭環境の安定は失われた。
オタクという言葉が指していた「何かに深く詳しい人」という意味は、ほぼ消えて、今は「コンテンツを消費する人」に置き換わっている。人口は増えた。オタク差別がなくなったかわりに、内部のルッキズムや課金額のマウントが目立つようになった。これは、長く差別されていた集団が市場の中で再編されるときに、しばしば起こることだと思う。
結局のところ、上の世代も下の世代も、その時代の経済と技術の条件に合わせて形を変えただけで、本質的にやっていることはあまり変わらないのかもしれない。自分が好きなものに、自分が持てる時間とお金を、ときに度を越して注ぎ込む。それを観察対象として眺めながら、扶養の範囲で事務仕事をして(個人サイト時代に得たHTML/CSSは、はっきり言って何の役にも立っていないが、パソコンが平均的中年女性よりも使えることは、経理事務の仕事に役立っている)、夫と子どもの夕食を作っている自分も、その連なりの中にちゃんといる、と思う。
オタク文化への参入には、各時代ごとに異なるコストが存在した。ここでいうコストとは金銭だけでなく、技術的リテラシー・情報探索能力・社会的リスク(スティグマの引き受け)を含む。
技術革新のたびにこれらのコストが段階的に引き下げられ、それまでオタク文化圏の外側にいた層が流入してきた。以下、3つの時代区分に沿って整理する。
| 経済力 | 専門誌・同人誌・OVA・ゲームソフト・PCパーツ等の購入費。いずれも安くない |
| 技術的リテラシー | PC自作・ネットワーク設定・セットアップなど。男性オタクは事実上「ギーク=技術者気質」であることが前提だった |
| 情報探索能力 | 専門誌の購読、パーツショップや同人ショップへの物理的アクセス、即売会への参加。情報は待っていても来ない |
| 社会的コスト | 「オタク」は強い蔑称であり、自称するにも周囲に知られるにも大きなスティグマを伴った |
「電気街としての秋葉原」は、この世代の空間的象徴である。無線・自作PC・パーツショップが集積する街は、技術的リテラシーそのものが入場料だった。
同人誌即売会に行かなくても、自宅のPCからオタク活動ができるようになった。 これが第一の参入障壁低下である。
| 新たに可能になったこと | 残存した障壁 |
|---|---|
| 個人サイトでの作品公開(「オン専」の誕生) | HTML/CSSの手書き、レンタルサーバーの契約・FTPアップロード |
| 掲示板・チャットでのコミュニティ形成 | PC所有が前提。回線契約・ルーター設定なども自力で行う必要 |
| 匿名性による「隠れオタク」の実現 | 検索能力・ネットリテラシーがないと目的の情報にたどり着けない |
第1世代から第3世代への過渡期として重要である。参入障壁は下がったが、「PCを持ち、自分でネットワークを構築し、HTMLを書ける」という条件は、結果的に知的・経済的フィルターとして機能し続けた。この時代のオタクは第1世代の気質を色濃く受け継ぎつつ、活動の場をオンラインに移した存在といえる。
| 消滅した障壁 | 具体的な変化 |
|---|---|
| PC所有・回線契約 | スマートフォン1台+携帯回線で完結。何も分からなくてもキャリアショップで丸投げすればアクセスできる |
| 技術的リテラシー | SNSのアカウント作成にHTMLもFTPも不要。タップとフリックだけで発信できる |
| 経済力 | 基本無料のソシャゲ、無料のSNS、無料の配信プラットフォーム。コンテンツへのアクセスコストが劇的に低下 |
| 情報探索能力 | アルゴリズムが「おすすめ」を自動で届ける。検索しなくてもコンテンツが向こうから来る |
| 社会的スティグマ | 「オタク」が蔑称から自称に変化。アニメ視聴やゲームプレイが普通の趣味として社会的に許容される |
「オタクが変質した」のではなく、従来のフィルターが消滅したことで、それまでフィルタリングされていた層が初めて同じ空間に入ってきたという構造的変化が起きた。
| 出版・即売会の時代 | 個人サイトの時代 | スマホ・SNSの時代 | |
|---|---|---|---|
| 必要な機材 | PC・ルーター | PC・ルーター | スマートフォン |
| 必要な技術 | PC自作・ハードウェア知識 | HTML/CSS・FTP・検索能力 | アプリのインストール |
| 必要な経済力 | 中流以上 | 中流程度 | 不要(無料コンテンツ) |
| 活動の中心 | 即売会・専門店・サークル | 個人サイト・掲示板 | SNS・ソシャゲ・動画配信 |
| コンテンツとの関係 | 創作・考証・収集 | 創作・批評・交流 | 消費・共有・推し活 |
| 社会的コスト | 極めて高い(強いスティグマ) | 中程度(匿名で隠れ可能) | 低い(オタクが普通の趣味に) |
| 典型的な流入層 | 理系・ギーク気質 | 左記+文系でもPC使える層 | 学歴・経済力・技術力を問わない |
この現象の本質は、技術革新によるフィルターの段階的消滅である。
第1世代のオタク文化は、高い参入障壁ゆえに意図せず同質的な集団を形成していた。中流以上の家庭、一定以上の知的能力、技術への関心。「オタク活動を行うために事実上必要だったリソース」が、結果として文化圏内の行動規範(原作への敬意、考証の重視、創作への志向)をある程度共有させることに繋がっていた。
個人サイトの時代は過渡期として、活動の場をオンラインに移しつつも、PCと技術的リテラシーというフィルターが旧来の同質性を概ね維持した。
スマホとSNSの登場は、このフィルターを根本から消滅させた。その結果、「昔のオタクに近い属性を持つ層」と「昔ならオタクじゃなかった層」が同じ空間に共存することになり、行動規範の衝突が生じている。従来のオタク文化圏にはなかった行動様式、原作を読まない、考証を重視しない、挑発を楽しむ、パチスロや風俗との地続きの消費行動が流入したことへの戸惑いを招いている。
重要なのは、これはどちらが「本物のオタク」かという本質主義的な問題ではないということだ。「オタク」という語の指示対象自体が拡大・変容している。かつてオタクとは特定の技術的・知的プロファイルを持つ少数者の呼称だったが、現在では「二次元コンテンツを消費する人」程度の意味に薄まっている。これは大衆化の必然的帰結であり、あらゆるサブカルチャーがメインストリームに吸収される際に起きる普遍的な現象である。
ただし、この変化には不可逆的な喪失も伴う。秋葉原がギークの技術コミュニティから性風俗街に変貌したように、参入障壁の消滅は文化の質的変容を引き起こす。
技術革新によるフィルターの段階的消滅により、量的拡大と質的変容が同時に進行し、「オタク」が希釈した。それが、オタクに起きたことである。