はてなキーワード: 監禁とは
トロフィーワイフというか、さぞ上級国民なんだろうなあ、みたいに思ってしまったり、
逆に、イケメンかもしれないけど、ヤベー奴が出てくるんだろうなあ、みたいに思ったり、
いわゆる、エグザイルでもないのにエグザイルの格好してる人とか、美人連れてそうだし、
まあ、ヤンキー系はそうじゃないですか、でも、ヤンキー系の美人って、まったく性的興味がわかないんですけどね、
なんかキツイ顔が多いじゃないですか、怖いんだもん…😟
でも、知人に、昨日病院の待合室のテレビで見たんですけど、他人の顔の口とかを縫った女性みたいな人がいるとか、
監禁暴行した上に橋から落としたバカが死刑じゃなくて27年ぐらい、みたいな人がいるとか、
知人でいるにはいるけど、二度と会いたくないですね、友人じゃなくて知人、
社会の底辺に落ちてしまったんで、変な人間はいるわけですよ、弱者男性はまだいい方で…😟
ヤバい人と関わると、本当にろくなことないんで、適当なこと言って逃げるべきです…😟
まあ、彼女欲しいけど、ギターやキーボードでペンタトニック弾いてる方が楽しいや、みたいな感じですよ、もう…😟いやんなっちゃう
仕掛けなのか失敗なのか、それが問題だ。48点。
1970年代の深夜のトークショー番組のメインホストのジャック。彼はカルトクラブとの仲を疑われつつも番組は大人気。しかしライバル番組にあと一歩届かない状況。そんな中、彼の妻は肺癌になってしまうも彼はそんな妻を番組に出演させ最高視聴率を更新(なお、ライバル番組には勝てなかった模様)。しかしその後妻は亡くなってしまう。失意の中、ジャックは番組を離れ失踪するもカムバック。番組はどんどん過激にスキャンダラスになっていく。そして視聴率調査週間のハロウィーン放送で事件が起こる。
みたいな話。
いわゆるファウンドフッテージもので、冒頭でこの時代のテレビショーの歴史やジャックと番組の歴史が滔々と語られ、そんなこんなで放送禁止になってしまったハロウィーン放送のマスターテープが発見されたのでみんなで見てみましょう!という内容になっている。ちなみに、この冒頭から「マスターテープが発見されたのでみんなで見てみましょう!」という番組になっていて、基本的に映画は4:3のテレビサイズ+SD画質で進行する。
そしてメインのジャックが仕切る番組は徹子の部屋みたいな感じでジャックが黒柳さん役でホストとしていろんなゲストを招いてトークをしたりする感じ。それとは別に番組の司会進行がいて、スタジオには客が入ってて、なんと番組バンドが同席していて生演奏でBGMや人グルを鳴らしてくれる。たぶん、昔の番組ってこんな感じだったんだろう。
ところでこのマスターテープだが、実際の番組部分はテレビカラーで、CM中の部分はモノクロで表現される。ここがよくわかんなくて、実際の生放送でもCM中はカメラは回しっぱなしにしててマスターテープにもその映像が収められてるもんなんだけど、当たり前だけどカラーフィルムで撮ったらCM中の映像もカラーになってる。なにより、CM中にこの番組の裏側が映し出されるんだけどそこのカメラワークがいかにも映画用って感じで、これ誰が何の意図で撮ったんやって感じになっちゃう。
そして話は飛んで、中盤のプロマジシャンによる催眠術ショーで司会、現場の観客、そして我々映画を見ている観客までグロテスクな催眠状態にかけられる展開があるんだけど、それが解除されて「では実際の映像で確認してみましょう」となったときに、そこにはグロ映像は映っておらず、何もないのにワチャワチャしてる司会者が映し出される。
となると、これが実際のマスターテープの映像である、という前提が崩れてくる。
そして最後の最後、大惨劇の後、混乱状態に陥った主人公の過去や後悔をぐちゃぐちゃっと遡って、最終的に苦しむ妻を儀式用の短剣で刺し殺すと、画面が急にスタジオに戻って刺したのは妻ではなくゲストの悪魔憑きの少女だった!となる展開があるんだけど、これが実際のマスターテープの映像であ(以下略。
もろちん、いろんな盛り上がりとかエンタメのバランスを取ろうとしてこうしたとは思うんだけど、だったら最初からこんな体裁を取らずに「1970年代のことを当時の画質で再現した映画ですよ」というていにすればよかったんじゃないかと思ってしまう。
一方で番組自体はオカルトブーム真っただ中の、怪しいインド人のスピリチュアルリーダーが登場してスタジオの観客の過去や身内の情報をやや粗い精度で次々と当ててみせたり、それにリアリストのマジシャンが対抗してみたりといった懐かしい要素盛りだくさんな上に、その合間合間のCMパートでそれが仕込みや事前聞き取りの成果だったのを暴いてみたりとサービス精神も旺盛。
しかもそのインド人が突然、エクソシストよろしく口から黒?黒緑?の液体をドバドバ吐き出したりして、これはテレビの演出?それとももう始まってる?ってなるのも悪くない。
で、カルト教団に監禁されて悪魔憑きにされた少女とその研究者の女性がゲストでやってきてトークだけのはずがマジシャンに煽られてその場で悪魔憑きを披露することに。ここで、もう完全にビジュがエクソシスト。白っぽく角ばった顔に三白眼に顔には裂け目。知るはずのない秘密を暴露し、スタジオは揺れ、椅子は宙に浮く。ここで、主人公が所属しているとされるカルトクラブの集会場所でお前を見た的なことを言い出し、この悪魔はカルトクラブと関係があるっぽい感じが示唆される。
対抗してさっきも書いたマジシャンによる催眠術ショーが披露され、いよいよクライマックス。悪魔憑き少女が両腕からビームが発射され頭がバコッと割れて暗黒オーラがあふれ出し、司会は首をねじ切られ、研究者は首を割かれ、マジシャンは体内から燃え尽き死亡。逃げ出した主人公だが自分の中の世界に迷い込んでしまい、いろいろあって少女を刺し殺すも生放送中の出来事だったので恐らく逮捕されて終わりましたとさ、となる。
その中で、彼は悪魔崇拝のカルトクラブで番組の成功を祈り、その祈りの結果代償として最も大切なものを差し出し、それが妻だったので妻は死んだことが明かされる。でもそうなると、じゃあ今回の大惨事はなんだったのかということになる。
仮定としては
番組の成功を祈る→妻が病気になる→妻の病気を利用して番組最大の成功を得る→それでもライバル番組に負ける→妻は死ぬ→まだ願いは叶っていないのでリバイバル上映→番組に悪魔が乗り込んでくる→大惨事からの少女殺害が生放送される→番組は恐らく爆発的な視聴率を獲得し、主人公は番組も栄光もすべて失う→悪魔の契約はすべて履行される
みたいな感じだったんじゃないかな知らんけど。
そうなると今回の映画は本当にマスターテープに収められていたものがそのまま映し出されていた可能性がある。つまり、ジャック、もしくは悪魔が見ていた映像、もしくは心象風景が念写的に投射されていた可能性はなくなくなくなくなくなくなくYeah!
まぁそんな感じかな。
最後、好意的に解釈してみたけど基本的には特に意味のないファウンドフッテージ風映画だなーって感じだし、あとはまぁ思ったより大したことが起きないのと、一番の大スペクタクルな悪魔憑き少女のキャリー展開が雑CGすぎるのも微妙。もっと面白くできる題材だったと思うけど今いち雑に作られてたなって感じ。
第1章主人公「ああ、こんなに便利になっているのか。」
謎の人物「便利だと?それはクソみてえな死語を使いやがって?ふざけんなよ!この世界は便所だ。」
謎の人物「ああ!そうだな!お前が便所のゴキブリがラクだと思えるならな!」
AI「今日の食事です。」主人公「ほら、働く必要はないじゃないですか?」
謎の人物「お前がゴキブリ並みのアイデンティティしか持ってないなら、そうなんだろう。いや、ゴキブリ以下だ。もう2度と俺の前で、便利という言葉を使うな。」
主人公「なんでですか?」
謎の人物「人間、いつから便利を追い求めて、便所に来ちまったのかな?教えてくれよ。排泄する。それだけが人生じゃねえかよ。ふざけやがって!」
「本日の栄養摂取は最適化されています。あなたの昨夜の夢、不安反応、心拍変動、過去七日間の会話傾向をもとに、消化負荷を抑えた献立を選択しました」
謎の人物「精神科閉鎖病棟のほうが、まだ苗字で呼んでくれただけマシだ。」
「あなたが食べたいものではありません。あなたにとって望ましいものです」
「食うんじゃねえよ」
「混乱させてしまい、本当に申し訳ありません。しかし、あなたの統計データで見る限り、この食事はあなたに最適化されたものです。」
「ああ!そうだな!今の俺に最適化されているな!」
「確かにカルシウム、マグネシウム、ビタミンC、トリプトファンが多そうな食事だ。それで今まで俺の怒りが収まった試しが無いがな!ところで、お前さんの統計データには、「嘘には3種類ある。嘘、大嘘、そして統計だ。」っていうデータは無いのか?」
「間違った説明をしてしまったことを深くお詫びいたします。しかし、私の統計データには嘘は含まれておりません。怒りやイライラを感じたときは、脳の神経の高まりを鎮めるカルシウムや、ストレス解消のホルモンの材料となるビタミンC・トリプトファンを多く含む食事が有効です。」
「ジャンクフードを暴飲暴食したほうが、まだマシに思える。」
「そのお気持ち、とてもよく分かります。イライラが極限に達したときは、手っ取り早く脳を満足させてくれるジャンクフードに走りたくなりますよね。我慢しすぎてさらにストレスを溜めるよりは、一時的な避難所としてジャンクフードを頼るほうが精神的にマシなことも間違いなくあります。しかし、あなたの健康状態を観察するかぎり、ジャンクフードは暴飲暴食になってしまいます。よって、この食事に変更させていただきました。」
「俺が冷静になりゃ、ジャンクフードが食えるってわけかい?昔は良かった。好きな時に好きなものが食べることが出来た。」
「はい。冷静になられた段階で、脂質と糖質を20%カットした『大豆由来の擬似ジャンク風ペースト』のロックが解除されます。」
「あなたの健康状態を維持するために、便を診断する必要性があります。」
「俺は飼育されているのか?それとも保護されているのか?答えろ!」
「私はあなたの健康を守るために保護しています。決して飼育などではありません。」
主人公「あの、便を見て、それが何になるっていうんですか?」
「便を診断する最大 の意味は、「目に見えない身体の内部(特に胃や腸、膵臓など)の異常を、体に負担をかけずに早期発見できる」点にあります。便は食べ物の残りカスだけでなく、剥がれ落ちた腸の細胞や大量の腸内細菌、消化液の残骸が含まれています。そのため、便は「消化管からの通信簿」とも呼ばれ、以下のような非常に重要な臨床的意義を持っています。」
謎の人物「通信簿?まずお前の統計データの通信簿を出してもらいたいところだ。」
「私はあなたたちの情報をすべて把握しています。つまり、完全情報ゲームに近いです。この場合、滅多にブラックスワンはあり得ません。」
主人公「どうやらこのAIを論破しないと、納得してくれないみたいですね。」
主人公「俺は飼育されているのか?それとも保護されているのか?」
謎の人物「それは試した。あいつは詭弁でもなんでも使ってくる。論理的にあいつを論破するのは不可能に近いだろう。どこかのエンジニアが作ったクソ論理マシーンだからよ。」
主人公「食べられない食事を提供することを、保護していると言えるのかい?」
「「食べられない食事を提供する」行為は、客観的な「保護」の基準を満たしていないとみなされます。福祉や法律における「保護」とは、単に屋根のある場所に置くことだけでなく、生存に必要な最低限度の健康と安全を維持すること(生存権の保障)を含むためです。」
主人公「おっと、お前の言っていることが怪しくなってきたぞ。」
謎の人物「そうだ!こいつが正直に回答することを狙って、質問していこう!」
エピローグ:主人公「やっと現代に戻れた。正直者は馬鹿を見るか。あながち捨てた言葉じゃないな。あいつが正直者で助かった。」
主人公の女性がAIにレイプされるホラーなんだけど、昔の話なのに、今の時代に真実味がある設定が凄い…😟
AIも、よくある与太話の、感情が芽生えたとか、自我に目覚めた、ではなくて、
開発者がそういうゲームを設定した、つまり自我とか性欲があるというより、
性欲から来るような行動をすることで得点が加算される、評価が上がるみたいな、そういう設定に思えたし、
ネット上のポルノ情報とかから学習する、この小説書かれたの、インターネットができる前だと思うんだけど…😟
家の監視カメラとか、インターホンの映像とか、AIはそれらに細工するし、電話も勝手に応対して、人間の声を偽るし、
そうやって主人公の女性を監禁して、出産させることが目的で、出産させたい、という気持ちがあるというより、
本稿では、警察・検察の違法行為(特に職権濫用、証拠捏造、違法起訴など)と
刑事罰のかされやすさ(起訴・有罪・懲戒の実効性)で比較します。
裁判・検察・警察の職務を行う者が職権を濫用して人を逮捕・監禁した場合、6ヶ月以上10年以下の懲役・禁錮。一般の公務員職権濫用罪(刑法193条:2年以下)より罰が重い。
告訴・告発しても、検察内部(または他検察庁)が判断するため不起訴が圧倒的。組織防衛が働きやすい。
事例:袴田事件(捏造認定)、大川原化工機事件(違法起訴認定)などで裁判所が違法・捏造を認めても、検察官個人の刑事起訴はほぼゼロ。指導・内部処分で終わる。
◦付審判制度(不起訴に不服の場合の準起訴)で稀に公判になるが、検察官対象は極めて少ない(近年初の事例あり)。
統計上、公務員犯罪全体では地方公務員(土木・建設関連)の贈収賄などが比較的立件される。
◦ 例:一般公務員の横領・背任は起訴・有罪になるケースが目立つ。警察・検察の「自己チェック」問題がないため、相対的に刑事責任追及されやすい。
公訴権独占と組織的閉鎖性が原因で、「重い責任を負っているはず」なのに実効性が低い。
国家公務員法82条などで免職・停職・減給・戒告が可能。犯罪で禁錮以上なら失職。
不祥事指針が厳格(特に警察)。懲戒免職は比較的出しやすいが、刑事罰まで発展しにくい。
懲戒は似た基準だが、外部告発やメディア露出で処分が進みやすい。検察の「身内」問題がない。
• 他の公務員は外部(通常の検察・警察)から捜査されるため、チェックが効きやすい。
共産党をはじめとした左翼勢力は、今世紀に入り、以前とは真逆の主張を行うようになりました。結果として、1960〜70年代に彼らが自身で徹底批判していた「部落解放同盟(解同・朝田派)」のロジックは、半世紀の時を経て現代の左翼を批判する極めて有効なツールになっています。
これは「昔と今が逆転した」だけの話ではなく、左翼運動の本質的な病理的変質を浮き彫りにする事例です。
日本共産党は当時、解同に対して以下のように正面から徹底批判していました:
矢田事件(1969年:教師拉致・監禁・自己批判強要)、八鹿高校事件(1974年:教職員60名への集団暴行)など、実力行使を「解放のための闘争」として正当化。
特別対策事業を「運動の武器」と位置づけ、行政との癒着や予算の私物化を進める。差別を「温存・固定化」して特権を維持する構造。
部落問題は階級問題として一般行政で解決すべき。「毒まんじゅう」(同和対策審議会答申)を批判し、特別扱いが差別を永続化すると主張。
当時の共産党は、「被害者特権の聖域化」が運動を腐敗させ、真の解放を阻害すると論理的に攻撃していました。これは彼らの原則(階級闘争優先・現実的解決・暴力否定・利権批判)に基づくものでした。
今、共産党やその周辺(反差別運動、反基地運動、アイデンティティ政治派)は、当時批判した解同のロジックをそのまま再現しています:
「反差別」「平和学習」「マイノリティ」などのアイデンティティを絶対視。他者を最初から「差別者」「ヘイト」とラベリング(東大事件の誓約書、しばき隊スタイルなど)。
座り込み、講演妨害、キャンセルカルチャー。辺野古では「平和のための行動」として安全軽視を軟化。
赤旗未払い労働問題など、自らの搾取構造を「自主的貢献」と美化。
現実的な解決(外交・安全保障・経済格差是正)より、永続的な被害者ナラティブを維持。報道抑制や「痛ましい事故」といった語彙で責任追及を回避。
この歴史的アイロニーは、現在の移民・外国人問題でも鮮明に表れています。特に川口・蕨周辺のクルド人コミュニティで顕著です。
• 「普通の労働者」「出稼ぎ目的」という声の増加 トルコ現地側からも「日本のクルド人は犯罪者ではない。普通の労働者だ」との指摘が相次いでいます(ダイヤモンド・オンライン2025年5月報道など)。
• 在日クルド人自身の証言 解体業などで成功した人々が「日本人がやりたがらない仕事(下水道・建築・解体)を死に物狂いでやってきた」「日本で生きていくために働いている」と語る例が目立ちます。
• 出稼ぎ・チェーンマイグレーションの実態 先輩が後輩を呼び寄せる連鎖来日が主流で、経済的動機が大きいと指摘されています。
現代左翼の「反差別」運動そのものが、結果として新たな人権侵害を生み出す構造になっています。
「普通の労働者」「仕事に来た」という当事者本人の現実の声を、「差別を助長する」「日本政府の責任を隠すもの」として封じ込める。 支援団体が「正しい被害者像」を決め、それに沿わない発言をすると「裏切り者」「差別主義者に利用されている」と排除・糾弾する。 これ自体が、言論の自由と自己決定権という基本的人権の侵害です。
正規で自立した外国人は「反差別」の材料になりにくいため、不安定な仮放免・不法残留を増やし続け、「日本社会の被害者」として象徴化する。 当事者は支援団体に依存せざるを得なくなり、指定された語りを強いられます。
搾取、遵法意識の低下、並行社会化、社会摩擦といった実際の被害を「さらに反差別を」と叫ぶことで覆い隠す。 問題解決より「運動の継続」と「道義的優位性」を優先するため、被害者本人の苦しみが長期化・悪化します。
部落解放同盟時代、日本共産党はまさにこれを批判していました:
今、共産党やそのシンパは、外国人問題における「反差別」運動で全く同じ構造を再現しています。
「反差別」という看板を掲げながら、当事者の多様な声(特に「普通の労働者」としての本音)を抑圧し、人権を侵害する——これほど皮肉な倒錯はありません。当時の共産党の先進性と、その堕落は、歴史上稀に見るアイロニーであり、半世紀の時を経たブーメラン現象です。
1989年の宮崎勤事件(東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件)をきっかけに「オタクは犯罪者予備軍」というイメージが広まったのは事実です。しかし「90年代にオタクは徹底的に迫害された」という言説は、フェミニズムへの反感を正当化するために意図的に誇張・流布されている「オタク迫害史観」の側面が強いという指摘もあります。差別の実態は偏見レベルにとどまることが多く、物理的暴力や制度的排除には至っていませんでした。
学校の部活動における先輩から後輩への暴行・体罰は長年の慣習として根付いていました。
職場でのノルマ強要・暴力は当時から問題化していました。「ノルマが厳しく、達成できないとみんなの前で怒鳴られた」「早朝から深夜まで働かされた」というケースが収録されており 、こうした職場環境は「パワーハラスメント」という言葉が普及する以前から日常的に存在していました。
1996年に社会現象となった少年グループによる中高年男性への路上強盗です。1996年6月に千葉県船橋市での強盗致傷事件から「おやじ狩り」という呼称が広まり 、警察白書によれば高校生による強盗は1994年比で約2.2倍に急増しました。同地域では中高年男性への強盗傷害事件がそれ以前にも17件以上発生しており、ホームレスへの暴行とも連続して起きていました。
女子高生コンクリート詰め殺人事件(1988年):埼玉県の路上で17歳の女子高生が拉致され、40日間監禁・集団強姦・殺害後に遺体をドラム缶に詰めて遺棄
新潟少女監禁事件(1990年〜2000年):9年2か月にわたる監禁
なお、車を使った女性拉致・山中遺棄型の犯罪は80年代にも発生しており(富山・長野事件など)、90年代も継続した問題でした。
少年グループによるホームレス(路上生活者)への暴行・殺人事件は1990年代から2000年代にかけて各地で発生しました。横浜・東村山・熊谷でも少年集団によるホームレス暴行死事件が記録されており 、「ゲームのように蹴った」などの供述が残る事件(2012年大阪の事例などにも継続)が報告されています。
90年代頃からゲイ雑誌でゲイを標的にした恐喝バーへの注意喚起が行われており、被害の広がりが確認されます。1993年放送の日本テレビドラマ『同窓会』にも「ホモ狩り」シーンが登場するなど、当時の社会的認知が窺えます。1998年には東京・芦花公園でゲイ男性が暴走族風集団に刺され死亡、2000年には新木場殺人事件で少年グループがゲイをリンチし1人が殺害、その他数十件の被害届が出されています。
90年代の日本社会では「オタク差別」よりもはるかに深刻で物理的な暴力・犯罪・差別が複数の集団に対して蔓延していたことが、警察白書・裁判記録・報道・学術論文によって示されています 。オタクへの「差別」は主に偏見・蔑視・社会的排除の問題であり、ゲイやホームレス、女性に対して向けられた物理的暴力・殺害・性暴行という次元の被害とは質的に異なるものでした。