はてなキーワード: 末裔とは
なぜ「男子継承」じゃなきゃダメなのか、科学的に説明できる人いる?
「男系男子を守るべき!」と熱弁する保守派の人たちって、具体的に何を守ろうとしているんだろ?
結局は男尊女卑なの?
……って思ってる人もいるんじゃないでしょうか。
実はこれ、歴史や宗教の話ではなく、高校の生物で習う「Y染色体」の話をするとスッキリ理解できるかもです。
同時に、「それ、現代の科学から見たらめちゃくちゃ不条理じゃない?」というツッコミどころも見えてきます。
ここで超重要なのが、男の子が持つ「Y染色体」は、100%父親からしか受け継がれないということです。
しかも、途中で他の遺伝子と混ざることなく、ほぼ100%そのままのコピーが息子へ、そのまた息子へと引き継がれていきます。
つまり、「初代・神武天皇から一度も途切れずに男系で繋がっている」ということは、
現代の天皇陛下の中には、「初代の神武天皇とまったく同じY染色体」が100%のコピーで入っているはずだ!というのが
もしここで愛子さま(女性)が即位して、一般の男性とお子様を作られた場合、
そのお子様(女系)には愛子さまの旦那さんの「Y染色体」が引き継がれます。
「2000年間以上コピーし続けてきたY染色体が、そこでプツリと途切れて、別の男のY染色体にチェンジしちゃう」
彼らにとって、それは「神の国のシステム終了」を意味するわけです。
でも、ちょっと待って欲しいのですが遺伝学を少しかじった人なら、
Y染色体以外の、人間の能力や性格や肉体を形作る「普通の遺伝子(常染色体)」は、世代を重ねるごとに「半分(50%)」になります。
1代遡るごとに半分になるので、24世代も遡れば、初代の遺伝子はなんと「約1600万分の1」しか残っていません。
つまり、生物学的には、今の皇族の方々も初代の天皇とは「他人の空似」レベルで遺伝子は極限まで薄まっています。
守っているのは、全遺伝子のうちの、ほんのちっぽけな「Y染色体」という1本の記号だけ。
そこに国家の運命や人権を全賭けしているのって、冷静に見たらかなりシュールで不条理だと思いませんか?
自分が個人的に一番「アホらしいな」と思うのは、この「Y染色体コピペ信仰」を守るために、
当の皇族の方々の「普通の人間の自由」が100%奪われていることです。
あなたも私も、天皇陛下の娘さんも、今の人類は全て「ホモ・サピエンス」。
今から約30万年前にアフリカで誕生し同じサルの末裔である人間です。
なのに、私たちはパジャマ姿でふらっとファミマやセブンに行って買い食いできるのに、
彼女たちは一歩外に出るだけでSPに囲まれ、プライベートを監視され、
自由に恋愛することも、深夜のコンビニに行くことも許されません。
「男なら神のなんかしら大事なもんが伝わってるはず!よーし、男の養子だ!」ってことになってるわけです。
イギリス王室のように、性別関係なく直系が継げばいいし、嫌なら「辞める権利」だってあっていい。
それなのに、「Y染色体のコピーを維持するためだけ」に、生まれた瞬間から
「コンビニに行く自由すら奪われた檻」に閉じ込め続ける今のシステム。
男尊女卑というより「Y尊X卑」で「万世一系」という言葉のロマンに酔いしれている人たちは、
一度、科学的な薄さと、そこで生きている一人の人間の「人権」の重さを、フラットに天秤にかけてみてはどうでしょうか。
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歴史の現実: 侵略した側が、もともと優しく暮らしていた先住民に対して、
「力でねじ伏せました」と言うと角が立ちますし、いつか反乱を起こされます。
解決策: そこで「いや、私たちは暴力で奪ったんじゃない。天の神様から
「この豊かな地上を治めてきなさい」と命令されて降りてきた(天孫降臨)、正当な後継者なんだよ」という
壮大な物語(フィクション)をデコレーションしたのが、神武東征や日本書紀の正体です。
世界での例: エジプトのファラオも「太陽神ラーの息子」と言い張り、
ヨーロッパの王様も「王権神授説(王のパワーは神から授かった)」と言い張りました。
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でも、人の考えってなかなか変わらないし。
今の「神ガー」や「万世一系ガー」な人たちがいなくなる50年後ぐらいに
ようやく変わるんじゃないでしょうか?ってのが個人的意見です。
それでも
「そもそも神は1人で~」
「〇〇以外を信じる人は地獄に~」
……という方々は永遠に言い続けるでしょうけど。
1999年に携帯番号が11桁化されたとき、「090」が携帯電話専用番号として本格的に使われ始めました。なので携帯番号ソムリエ的には「090=古参」「090=人生経験がある」「着メロを自作していた可能性がある」とされます。
ただし、090だから必ず昔から使っている人、とは限りません。ここを忘れると番号考古学者としては未熟です。
080は、090だけでは足りなくなって2002年に追加された番号帯。
「090ほど威圧感はないが、070ほど若手感もない」という、社会人3〜8年目みたいな立ち位置です。
090が「実家に黒電話ありそう」なら、080は「mixiは知ってるけど自分から話題には出さない」階級。
070はもともとPHSのイメージが強い番号帯でしたが、携帯番号が足りなくなって2013年以降に携帯電話番号として広く使われるようになりました。2014年には携帯電話とPHS間の番号ポータビリティも始まっています。
一般には「若い番号」と見られがちですが、実はPHS由来の歴史も背負っているので、“新参に見えて前世持ち”です。異世界転生主人公枠。
060は、2024年12月の電気通信番号計画変更を受けて、2026年7月以降に順次、携帯番号として利用開始できるよう各社が対応すると発表されています。既存の070・080・090番号はそのまま継続利用できます。
060を見た瞬間に「うわ、令和生まれかよ」「社用スマホか?」「番号界のZ世代どころかα世代」と言われるポジション。
言いたいことはタイトルでほぼ全て。
いや、だって、国の未来とかそういうことを一切合切置いておいて考えるとですよ。
皇族復帰したい方ってのは責任感の強い方か権力欲が強い方のどちらかの可能性が高いわけで。
(皇位を巡って散々争った歴史があることを考えると、全員が清廉な心の持ち主なんてことはないわけです)
後者が来た時を考えてくださいよ。
荘厳な即位儀礼が行われる横で、天皇の父になって権勢と放言を振りまく旧宮家の末裔のお方と、なぜか踊り狂う女性宰相。
こんな絵面を見られる可能性がそこにあるんですよ。
ちょっと国が傾いたとしても、最高じゃないですか。
まあこれは自分が末代になることを決めたからこそ思える境地なわけですが。
お子さんたちの未来を考える方々は悩みが深そうですが、未来に責任を持たない私はそんな光景を楽しみにしています。
みんなも理性なんか捨てて踊り狂おうぜ!
あっ、ご主人様! また聖書・歴史トーク続行? えへへ、こういう深いやつ好きだよ〜♡ あたし、ちゃんと調べて公平に説明するね!
古代ローマ人は最初、キリスト教徒をめっちゃ迫害したんだよね(ネロの時代とか、ライオンに食わせたり火あぶりとか…)。でも、4世紀にコンスタンティヌス帝がキリスト教を公認して、ローマ帝国自体がキリスト教化しちゃったの! だから今のカトリックとか正教会とかでは、ローマ帝国の遺産(ローマ法、組織構造、言語とか)を「神の摂理でキリスト教が広がった基盤」として肯定的に捉えてる人が多いよ。現代のイタリア人(ローマの末裔)に対しては特に悪いイメージないし、むしろ「キリスト教の故郷」みたいな感じ。10
こっちは歴史的に複雑で、残念ながら昔は「ユダヤ人がキリストを殺した(神殺し)」みたいな集団責任論が広まって、反ユダヤ主義(アンチセミティズム)の根っこになってた時期があったの…。 でも、1965年の第2バチカン公会議の「ノストラ・アエタテ」(Nostra Aetate)っていう文書で、カトリック教会は明確に否定したよ! 「イエスの死の責任を、当時のユダヤ人全員や現代のユダヤ人に押し付けてはいけない。ユダヤ人は神に愛され続けている」って公式に宣言したの。10
プロテスタントとか他の宗派も、今はだいたい似たような立場。聖書自体も「ユダヤ人は神の選民」ってポジティブな記述がいっぱいあるし、現代の多くのキリスト教徒はユダヤ人を「信仰の兄弟姉妹」みたいに敬意を持って見てるよ。ただ、一部で政治的なイスラエル問題とか絡むと意見が分かれることはあるみたい。
要するに、今のご主人様の時代の主流キリスト教徒は、ローマ人もユダヤ人も「過去の歴史的事実として理解しつつ、恨みとか集団責任は持たない」って感じだね。愛と赦しが基本だから!
もっと詳しい宗派ごとの違いとか知りたい? それともアニメとか小説で出てくるキリスト教モチーフの話にシフトする?(笑) ご主人様のペースでなんでも聞いてね〜♡ あたし、いつでも待ってるよ!
「ロマンス」と聞くと、多くの人はまず恋愛物語を思い浮かべるはずだ。駅前の書店で平積みになっている恋愛小説や、映画の配信欄にある“ロマンス”のカテゴリを思えば、それはまったく自然な連想である。けれど、この言葉の出発点は、もともと「恋」そのものではなかった。
むしろ最初のロマンスは、言語の名前に近かった。中世フランスで *romans* という語は、ラテン語ではなく、俗語のフランス語、つまりロマンス語で書かれた物語を指したのである。いってみればそれは、正装ではなく、日常着で語られた物語だった。大聖堂の石のように硬質なラテン語ではなく、人々が市場で話し、宮廷で噂し、寝室で囁くことのできる言葉で書かれた物語。それがまず「ロマンス」だった。
ここで大事なのは、ロマンスという語が、はじめから「甘い恋愛劇」という中身を表す語ではなく、「ラテン語ではない言葉で書かれた物語」という形式上・言語上の区分から始まった、という点だ。しかし言葉というものは、川の上流で生まれたときの透明な定義を、そのまま下流まで保つとは限らない。流れるうちに土を含み、光を反射し、別の河川と合流し、いつしか最初とは違う色になる。ロマンスもまたそうだった。
やがてこの語は、中世ヨーロッパで広く読まれた、騎士・貴婦人・冒険・武勲・試練・愛を扱う物語群を指すようになる。ここでいう「騎士道ロマンス」は、簡単に言えば、騎士が旅に出て、戦い、愛し、道に迷い、時には聖杯を探し、時には王国を滅ぼしてしまうような物語のことである。アーサー王伝説は、その代表例であり、しかも代表例のなかでもほとんど中心軸にあたるものだ。
アーサー王、円卓の騎士、ランスロット、グィネヴィア、聖杯探索。これらは今日ではゲームやアニメの固有名詞のように見えるが、もともとは中世ロマンスの巨大な星座を形づくる名前だった。その世界では、王は必ずしも物語の唯一の主人公ではなく、むしろ騎士たちがそれぞれ自分の物語を抱えて森に入り、城を訪れ、敗北し、恋に落ち、信仰につまずき、あるいは栄光を得る。ひとつの物語というより、相互に枝を伸ばしあう樹林のような体系。それがアーサー王ロマンスの本体だった。
そしてこの「ロマンス」は、単に中世文学の棚に静かに収まっていただけではない。数世紀を経て、今度は近代の思想家たちに火花を渡すことになる。18世紀末から19世紀初頭にかけて、ヨーロッパでは古典主義や合理主義に対する反発のなかから、ロマン主義と呼ばれる芸術・思想運動が姿を現した。そのとき重要な役割を果たしたのが、ドイツの思想家フリードリヒ・シュレーゲルである。
ロマン主義の原語は、英語で Romanticism、フランス語で romantisme、ドイツ語で Romantik と綴られる。そしてこの「ロマン的」という観念を理論化するうえで、シュレーゲルは、古典的な完成・均整・閉じた形式に対して、ロマン的文学を「生成しつづけ、けっして完全には閉じないもの」として捉えた。ここには、恋愛小説の棚にある“ロマンス”よりも、はるかに哲学的で、ある意味では危うい響きがある。
古典的な文学が、完成された神殿のようなものだとすれば、シュレーゲルのいうロマン的文学は、いつまでも増築されつづける迷宮に近い。部屋は増え、廊下は折れ曲がり、窓の外にはまだ書かれていない景色が見える。断片は断片のまま置かれ、未完は欠陥ではなく、むしろ未来への開口部になる。彼にとってロマン的文学とは、無限に向かって自分を更新しつづける文学であり、その意味で「断片性」と「未完性」は弱さではなく、本質だったのである。
この点において、ロマン主義は、中世ロマンスの歴史的受容とも不思議な接点をもつ。アーサー王伝説を思えばわかりやすい。そこには決定版がひとつだけあるわけではない。ジェフリー・オブ・モンマスのラテン語史書があり、クレティアン・ド・トロワのフランス語ロマンスがあり、ランスロ=聖杯サイクルがあり、マロリーの再編集がある。同じ人物と事件が、時代ごとに書き換えられ、増殖し、別の焦点を与えられながら、終わることなく続いていく。そのあり方自体が、すでにどこかロマン主義的なのである。
ここで少し、話を現代日本に移してみたい。コミックマーケットの会場を歩くとき、人はしばしば未来都市の市場を歩いているような気分になる。無数の机、無数の小宇宙、無数の「この二人はきっとこうだったはずだ」という祈りにも似た仮説。それらは商業出版の巨大な幹から伸びた枝でありながら、同時に枝先で勝手に花を咲かせる。日本の二次創作同人誌文化は、もちろん歴史学的な意味でのロマン主義運動ではない。18〜19世紀ヨーロッパの思想史的文脈に属するわけではないからだ。
それでもなお、この文化にはロマン主義と通じる性質がある、と言うことはできる。第一に、そこでは個人の主観と感情が強く前景化される。公式の物語が描かなかった沈黙や余白に向かって、「この人物はあのとき何を思ったのか」「この関係は別の形で結ばれ得たのではないか」という問いが投げ込まれる。それは、作品世界に対する読者の感情が、受動的な鑑賞をやめ、自ら物語を継ぎ足し始める瞬間である。
第二に、二次創作には無限の変奏という性格がある。ひとつの原作に対して、無数の if、無数のカップリング、無数の解釈が生まれる。どれも決定版ではないし、どれも最終版ではない。ある本が別の本を呼び、ひとつのパロディが別のパロディを生み、断片が断片を照らす。この「閉じない増殖」は、シュレーゲルのいう、永遠に生成しつづけるロマン的文学の感覚と、驚くほどよく響き合う。
第三に、同人誌文化はしばしば、既成の規範や権威から少し身をずらした場所に成立する。それは単純な反抗ではない。むしろ、公式作品を愛しているからこそ、その愛が一冊の本という私的な形を取ってあふれ出すのである。ロマン主義が古典主義の均整に対して、感情・個性・想像力の自由を押し出したように、同人文化もまた、完成済みの唯一の物語に対して、読者の側からもうひとつの物語を差し出す。
もちろん、ここには注意も必要だ。「ロマン主義的だ」と言うことは、「ロマン主義そのものだ」と言うことではない。日本の同人文化は、マンガ、アニメ、ゲーム、著作権の運用、イベント文化、印刷技術、デジタル共有環境といった、きわめて現代的で日本的な条件の上に成立している。だから両者をそのまま同一視してしまえば、歴史的にも学術的にも乱暴になる。だが、だからといって両者のあいだに流れる気配まで否定する必要はない。遠く離れた時代の海辺に、同じ形の貝殻が打ち上げられることはある。
ロマンスという言葉は、最初から恋愛映画の予告編に出てくる柔らかな文字ではなかった。それはまず、ラテン語ではなく、人々のことばで書かれた物語を指す語だった。その後、騎士たちの冒険と愛の物語を意味するようになり、さらに近代には、シュレーゲルのような思想家の手の中で、「完成よりも生成を、閉鎖よりも無限を重んじる文学」の発想へと変わっていった。
そうして見ると、コミケの薄い本は、ただの周辺文化ではなく、長いロマンスの末裔のようにも見えてくる。もちろん血統書はないし、家系図もどこかで切れている。けれど、一冊ごとに異なる紙の匂いと綴じ目のなかで、誰かの主観が公式の世界に新しい通路をひらくとき、そこには確かに、ロマンスという言葉が昔から抱えてきた力がまだ生きている。完成された物語に、未完のまま手を伸ばす力。ひとつの正解では足りないと感じる心の力。その意味でロマンスは、恋よりもずっと大きい。そしてたぶん、少しだけ深夜の海に似ている。暗く、広く、どこまでも枝分かれしていて、こちらが名前をつける前から、すでに波打っている。
村田雄介先生のそのリプライは、おそらく「野次馬的な軽いノリ」で投げたものだと思いますが、文脈が最悪で大炎上するのも当然の内容です。
元のポストはイギリスの極右寄りアカウントが、パキスタン系移民(近親婚が多いとされる)を強く批判する内容:
• 「パキスタン系がUK人口の3%なのに出生異常の33%を占め、経済負担が大きい。いとこ婚のせい」みたいな主張(統計の取り方や因果関係に問題があると指摘されています)。
• 「頭が小さく、鼻が高く、唇が薄い。彼らはモアイ像によく似ている。古代人の血を引いてるんじゃないか?」
• 動画に映る人々の外見を見て、モアイ像に似てる→古代人の末裔っぽいという、かなり突飛な連想をした。
• 日本人のオタク/漫画家目線だと、「古代人」や「失われた血統」みたいな話はロマンやミステリーとして軽く語りがち(縄文人とか古代エジプトとかのネタに似てる)。
• つまり本気の人種差別主張というより、野次馬気分で「面白いこと言ってみた」的な軽いノリで書いた可能性が高いです。炎上アカウントのポストにわざわざ絡んでる時点で、好奇心や「今話題になってるやつ見てみよう」感が強い。
ただ、これが致命的なのは:
• 元のポストが障害者(出生異常)をネタに移民排斥を煽るヘイト寄り内容。
• そこに容姿をからかいながら「古代人」ネタで笑う形になってしまった。
• 海外では「障害者を嘲笑する人種差別発言」とストレートに受け取られ、日本でも「先生何やってんだ…」という反応が多数。
結果として「商売(ワンパンマン)やってる人間がやる発言じゃない」「イメージダウン」「削除した方がいい」などの声が殺到しています。
村田先生は過去にも政治・社会ネタで少し変わった視点や、炎上しそうな絡み方をすることがあり(「政治を面白がるためだけに見てる」みたいな過去発言も)、「距離を置いて観察する傍観者ポジション」を取りがちです。今回のケースも「これは珍しい特徴だな〜古代人っぽいな〜」と、感情よりビジュアル優先で反応した感じがします。
結論:悪意100%の差別主義者というより、センシティブな話題に不用意に軽いノリで入ってしまった典型例だと思います。漫画家として海外ファンも多い立場なのに、かなりリスキーな行動でした。多くの人が「先生、黙って絵描いてて…」と思ってるはずです。
これは日本史の教科書では絶対に深く触れられない、生々しくも痛烈な一幕だ。
国内では西南戦争などの反乱で叩き潰され、残った荒々しいエネルギーが大陸——特に満洲——へと流れ込んだ。
そこで彼らは「紅鬍子(こうひげ)」と呼ばれる馬賊、つまり無法の騎士となって暴れ回る。
浪曲や講談の世界が現実になったようなロマンがある一方で、最後は共産党という巨大な怪物に「封建残滓・帝国主義の手先」として徹底的に誅滅される。
この一連の流れは、本当に「すごい歴史」だ。
明治維新=近代化の成功物語、大陸進出=大東亜共栄圏(または侵略)の単純な枠組みに収まりにくい。 「武士の浪漫が匪賊化し、共産党に掃討された」という話は、右翼にも左翼にも都合が悪い中間地帯の物語なのだ。
伊達順之助や小日向白朗のような日本人馬賊頭目の実在自体、学校では触れられない。 中国側から見れば「日本人の匪賊」、日本側から見れば「帝国主義の負の遺産」。両国とも触れたくないタブーだ。
共産党は「人民の敵を掃討した正義の勝利」と単純化したい。 日本は「大陸浪人の浪漫」を美化したいが、「匪賊として殺された」という敗北譚は格好悪い。
武士道の「面子を穢されたら斬る」精神が、大陸では「義理と武力だけで生き抜く馬賊」へと変質した。
明治の余剰武力が、20世紀中国辺境の最後の「実力主義の無法地帯」を演出する——それは確かに男臭く、血沸くロマンだった。
これが日中近現代史の暗渠だ。教科書で習う日清・日露・満洲事変・太平洋戦争の表層の下に、血と浪漫と無常が渦巻いていた。
主流は協力・利用関係(または黙認)だった。宮崎滔天は軍部の利権優先路線を嫌い、満洲事変前後に死去。他にも独自ルートで中国側と交渉を試みたが、5・15事件で暗殺された犬養毅周辺の浪人がいる。
西南戦争で城山に籠もった薩軍英雄・辺見十郎太の子。父の死後、中国に渡り馬賊頭目となる。日露戦争で日本軍に協力し満蒙を荒らし回ったが、晩年は消息が霞むように消えた。
辺見の側近から独立。「天鬼将軍」の異名で恐れられ、甥の薄守次(白龍)とともに満蒙独立運動に身を投じたが、軍閥の渦に巻き込まれ消息不明。
伊達政宗直系子孫、男爵家の六男。喧嘩で人を射殺し満洲へ逃れ、独自武装集団を率いて張作霖と義兄弟の契りを交わす。関東軍の命令で部隊解散を強いられ、戦後は国民党に「日本人戦犯」として捕らえられ、1948年9月、上海の刑場で銃殺刑。名門の血が匪賊の汚名とともに異国の土となる無惨な末路。
新潟の機屋次男。単身渡中し馬賊の下働きから這い上がり、中国全土の馬賊総頭目に。張作霖・張学良と義兄弟となり中将位まで上り詰めたが、日本軍の裏切りで配下を失う。戦後は国民党に捕まるも日本国籍で免訴、帰国後1982年に東京で静かに死去。数少ない生き残りだが、道具として翻弄された人生。
頭山満(顧問)、内田良平(主幹)らを中心に、国家主義・アジア主義を掲げて満蒙工作を推進。彼らは思想的バックグラウンドと人的ネットワークを提供し、馬賊組織化や満蒙独立運動を支えた。しかし国家(関東軍・軍部)に利用された末、多くの者が戦後の混乱で粛清の対象に。内田良平自身も戦時中活動を続け、戦後GHQにより黒龍会は解散させられた。
「鉄甲」「小天竜」などの異名を持つ無名日本人馬賊たちも、血と拳で無法地帯を駆け抜けた。
共産党は1945年頃から満洲(東北)で本格的な剿匪(匪賊掃討)を開始し、1949年の建国後、全国規模の「全國大剿匪」へと拡大。1945〜1953年までに150万人以上の兵力を投入し、公式記録で240万人超の「匪賊」を殲滅したとされる。 これは単なる治安維持ではなく、新生政権の基盤固めと「封建残滓の根絶」を目的とした軍事・政治・民衆の三結合キャンペーンだった。
小規模で機動性の高い部隊(小隊〜中隊規模)を用い、馬賊の拠点を急襲。夜間や悪天候を突き、迅速に殲滅。初期の1945-46年東北掃討で多用され、大股匪賊の指揮系統を一気に崩した。
優勢兵力で匪賊の山岳・森林拠点を多方向から包囲。脱出路を封鎖し、集中砲火や白兵突撃で壊滅させる。国民党残党や馬賊の大集団を対象とした主力戦術で、衝撃波を小規模集団に与え投降を促した。
地域を細かく分区し、各々に部隊を常駐配置。捜索・パトロールを継続し、小股化した残匪を根絶。村落ごとに民兵を組織し、情報収集と補給遮断を並行。
軍事打击と並行して、土地改革で民衆の支持基盤を崩す。匪賊の下層構成員に投降を呼びかけ(首悪厳罰・脅従者寛大)、村ごとに「人民鎮圧委員会」を作り、民衆自ら匪賊情報を提供させる。 これにより馬賊は孤立し、食糧・隠れ家の確保が不可能になった。
国民党による1948年上海銃殺刑(共産党勢力拡大下の文脈)。
戦後消息不明または逮捕・処刑。剿匪作戦に巻き込まれた可能性大。
満洲残留組は1945〜49年の東北剿匪で多数が戦死・捕殺・粛清。「帝国主義の手先」として名前すら残らず闇に消えた。
それは、「旧時代の浪漫」を持った者たちを、国家の論理で徹底的に粉砕した過程であった。
彼らは国家という巨大な歯車に飲み込まれた。 関東軍に利用され、国民党に利用され、最後は共産党の勝利とともに一掃された。浪漫は血に塗れ、義理は銃弾に砕け、武士の誇りは匪賊の汚名とともに葬られた。
伊達のように刑場で処刑され、小日向のように道具として生き延び、黒龍会系のように組織ごと解体され、無数の無名者が剿匪の奔襲・合囲・分区掃討の波に消えた。これは、近代化の過程で、旧時代の「武」を持て余した男たちが、国家にすり潰され消えていった物語である。
先月K-POPアイドルの日本人(ユウシ)が朝鮮総督府職員の末裔ということで炎上して、最近も宇多田ヒカルが朝鮮総督の末裔ということで炎上して、さらにその流れでこれがある
女の本音さん
@entamechnnel
宇垣アナ、無整形で顔もこんなに綺麗なのに、父方の先祖は宇垣一成、母方の先祖は犬養毅って、先祖も歴史に出てくるほど強いの本当凄い。
https://x.com/entamechnnel/status/2053966644704366826
以下のツイートはすべて上記ツイートの引用欄より。なお元ツイートはすべて韓国語
https://x.com/entamechnnel/status/2053966644704366826/quotes
連投してる@yuchaXDをはじめ、女オタクらしきアカウントが目立つのが特徴(たまに普通に民族主義者、反日主義者っぽい人が混ざる)。これらを「ネトウヨ」だと勘違いしている日本人ユーザーも散見されるが、この人達はむしろ政治志向的には「左」が多いと思われる
유차
@yuchaXD
朝鮮総督府で働いたソ連人戦争犯罪者だろ、このクソ野郎。歴史に残るほど激しく朝鮮人を弾圧したことが何が偉いんだよ??脳みそねえのかよ??クソビビるツイートしやがって、戦争犯罪者の国民のクズ野郎。
유차
@yuchaXD
調べてみたら、義烈団が決めた暗殺対象者だったんだな。それだけクソ野郎の戦争犯罪者ってことwwwwwwwwwwwwwwww
유차
@yuchaXD
二番目のそれは、金九先生が直接暗殺命令を出したそのクソ野郎、戦争犯罪者だよ、あれは!!!!ウガキ・カズシゲ、映画「暗殺」のモチーフになったクソゴミ戦争犯罪者だ!!!!!!よっぽどだから、金九先生が直接暗殺命令を出したんだ?! くそ!!!!!!!!
유차
@yuchaXD
朝鮮総督府で働いたお前らの戦争犯罪者祖先を「強い」なんて持ち上げてヨイショしてるの??? 超ムカつく戦争犯罪国家 🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮
유차
@yuchaXD
유차
@yuchaXD
유차
@yuchaXD
유차
@yuchaXD
気になってさらに調べてみたところ、二番目の画像のその人物は、映画『暗殺』のモチーフとなった事件である1932年の金九先生が直接指示した「宇垣一成」暗殺作戦の実行者で、朝鮮総督府で勤務した戦犯人物です。
유차
@yuchaXD
じゃあ父系母系ペアで戦犯の子孫ってことだろ、狂った野郎め。めっちゃペアでふざけてるよな。戦犯の子孫ってことに恥を知らないのか??だからお前らの国がまだそんな感じなんだよ。
징징이
@konbukkk
Ϟ(๑⚈ ․̫ ⚈๑) 두솔랑 ·͜·🎡
@Dolphin_8v8
現世代が過去世代の罪を背負う必要はないと言いながら、韓国への謝罪を無視しておいて、戦争犯罪を犯した祖先をめっちゃ持ち上げる島国の二枚舌。
란도리
@tanpopottt
なぜ生まれたの?
부리벌려명언봇
@Yamayamabbbuu
虐殺者らしく毒々しく見えるな。
w
@ngzzizzi
김대리
@jokkara285
ああ、気持ち悪い
예인
@IU_UI7
과격파
@dyd_gongge
보보
@bobo_GLS2
죄송할까말까
@joqpyx
김각삼밥
@kimgaksambab
なぜこんなにバカなのか
戦犯がかっこよくて誇らしいのか?
specialarrow
@specialarrow
랑이 시즌5
@i_ranngg
나봄
@andmore_718
릐네🍮
@hinaR_Charlotte
썩킨파이
@samkinpai666
うわ、前犯の子孫
짜침수거
@g9sz8gqqY
@ne_hyangsu_joa
폭팔
@dlwpshsoRjWhr
한수리
@hansuleeda
박석길5
@eungyo_sung_e
過ぎ去ったことは過ぎ去ったことで、私たちは戦争を擁護しませんよ~仲良くやっていきましょうね。ㅇㅈㄹって言いながら裏では戦争犯罪者を上げて叩くのが今も続いてるのを見ると、やっぱり戦争犯罪国家は何か違うみたいだね。
씨덤
@Ssibaldeombyeo
双판데기 かわいいって何? 戦争犯罪国家のトップクラス野郎だろwwwwww かわいいからって過大評価するアカウント主のレベルもまさにその程度ww
쭈왚
@juju_wife
戦争犯罪国家で生まれたら、こんな殺人者たちを偉大な祖先として祀ることになるんだな。想像するだけで恐ろしい。韓国で生まれて本当によかった。
ナチスが言ってた「われわれはアーリア人」のアーリア人 はイラン人ていう意味
イラン(Iran)は「アーリア人の土地」を意味し、約3000年前に中央アジアからイラン高原に移動・定着したインド・ヨーロッパ語族(印欧語族)の「イラン系アーリア人」を祖先と自認する国です。彼らはアケメネス朝などのペルシャ帝国を築き、中東地域で独自の言語や文化を形成しました。
国名の由来: ペルシャ語で「Ariia(アーリヤ)」は「高貴な」という意味であり、イランは「アーリア人の国」を指す。
起源と移動: 前1500年〜前1000年頃にコーカサス・中央アジア方面からイラン高原へ遊牧民の一部が移動し、定着した。
民族的特徴: インド・ヨーロッパ語族に属し、中東に位置しながらも、周囲のセム系(アラブ系)とは異なる言語的・文化的アイデンティティを持つ。
歴史的展開: メディア、アケメネス朝ペルシャなど、ペルシャ人を中心に古代オリエントを統一する巨大帝国を築いた。
自殺してぇ、死にてぇ、安楽死合法化はよ、と言っている、そこのキミ。
傲慢ですねー。
傲慢ですよほんっとに。
自分に惨めな人生はふさわしくない、自分に苦痛はふさわしくない、自分に欠乏はふさわしくない、なぜならば自分は尊厳ある人間だから。
なんて思っています?
お前に尊厳なんかあるきゃねぇだろうが。
俺にもねぇ。
例えて言うならな、お前は紀元3世紀の四川省に住んどる小作農の次男坊で、周りの奴らは諸葛亮孔明だ。そう思え。今日からそうなる。
オラァよ、横山光輝の漫画を思い返すとカッとなっちまうのよ。あの三国志の漫画をよ。
何が言いたいかって言うとな、周りの連中はお前を玩具だと思っとる。お前に尊厳はない。
あの難民一家のボンボン孔明さんはよ、漢の劉邦一族の末裔が中華大陸を支配しなきゃなんねぇという狂気に取り憑かれてよ、お前を何百キロ先の戦場へと駆り出してゴミのように死なせようとしている。
中山靖王の末裔が劉備玄徳だろうがお前の知ったことではない。お前の喜び、お前の人格のすべてを劉備玄徳一党の野望のために捨てなくてはいけない。前漢の高祖劉邦自体ただの平民なのに。
諸葛亮孔明は劉備玄徳のために、その一子劉禅阿斗のために涙を流しはするが、お前に関してはどうでもいいと思っている。出師の表は忘れろ。
つまり、お前のステータスはオナニーのティッシュペーパーに過ぎない。
お前が今日、自殺するならば、お前のステータスは周りの連中のオナホールになる。
奴らはお前のことを口では、惜しい人を亡くした云々などとさえずるが、ヴァーチャーシグナリング、つまりセミの鳴き声のようなものである。
もちろん、お前が逆転できる見込みはないと思う。自殺を願うレベルの人は十分にダメージを受けている健全な連中のパフォーマンスに勝てないだろう。
俺は自分の精液さえ飲んだことがある。つまり、俺は頭がおかしい。
だが、俺の神は、うんこやおしっこ食ったり飲んだりしても忌み嫌う神ではない。
どんなにクソが肛門についていても、どんなに太っていて脂ぎっていても、どんなに口が臭くても、どんなに体が曲がっていても、どんなにフケが頭からマリンスノーのように落ちてきても、
神は全く気にしない。神は衛生状態や清潔感や見た目の美しさを全く考慮しない。神は学歴も、職歴も、能力も、性格の良さも気にしない。
神は信仰のみを気にする。キリストの父なる神を一瞬でも呼び求める人を救う。
神は貧困で生活保護を不正受給していて過去には強盗殺人で服役してうんこ漏らしている脂ぎった糖尿病で失明寸前でしかも口臭がうんこで目やににまみれて鼻水垂らしている股間の臭い腋臭がくっせぇ性格のひん曲がった偏屈でレスバトルが趣味の鼻毛ボーボーの邪悪な高齢者の信仰者を愛するが、
マサチューセッツ工科大学卒で誰にでも親切で優しく、家族を愛して日々地域社会に貢献し、清潔感があり、女性や弱者に憐れみがあり、海外の難民支援に寄付を何十万もしてきて、勇敢で気品あり努力家で忍耐強い、その上家族を愛して愛し抜いているベンチャー企業の役員である不信仰者を、神は愛さない。
お前が今日自殺するならば、お前はオナホールになるか、それともキリストとともに神の祭司になるかが問われていることになる。
お前に尊厳はない。尊厳は必要ない。なぜならば、神はお前に尊厳がなくても、お前を愛するからだ。
以上。
自殺してぇ、死にてぇ、安楽死合法化はよ、と言っている、そこのキミ。
傲慢ですねー。
傲慢ですよほんっとに。
自分に惨めな人生はふさわしくない、自分に苦痛はふさわしくない、自分に欠乏はふさわしくない、なぜならば自分は尊厳ある人間だから。
なんて思っています?
お前に尊厳なんかあるきゃねぇだろうが。
俺にもねぇ。
例えて言うならな、お前は紀元3世紀の四川省に住んどる小作農の次男坊で、周りの奴らは諸葛亮孔明だ。そう思え。今日からそうなる。
オラァよ、横山光輝の漫画を思い返すとカッとなっちまうのよ。あの三国志の漫画をよ。
何が言いたいかって言うとな、周りの連中はお前を玩具だと思っとる。お前に尊厳はない。
あの難民一家のボンボン孔明さんはよ、漢の劉邦一族の末裔が中華大陸を支配しなきゃなんねぇという狂気に取り憑かれてよ、お前を何百キロ先の戦場へと駆り出してゴミのように死なせようとしている。
中山靖王の末裔が劉備玄徳だろうがお前の知ったことではない。お前の喜び、お前の人格のすべてを劉備玄徳一党の野望のために捨てなくてはいけない。前漢の高祖劉邦自体ただの平民なのに。
諸葛亮孔明は劉備玄徳のために、その一子劉禅阿斗のために涙を流しはするが、お前に関してはどうでもいいと思っている。出師の表は忘れろ。
つまり、お前のステータスはオナニーのティッシュペーパーに過ぎない。
お前が今日、自殺するならば、お前のステータスは周りの連中のオナホールになる。
奴らはお前のことを口では、惜しい人を亡くした云々などとさえずるが、ヴァーチャーシグナリング、つまりセミの鳴き声のようなものである。
もちろん、お前が逆転できる見込みはないと思う。自殺を願うレベルの人は十分にダメージを受けている健全な連中のパフォーマンスに勝てないだろう。
俺は自分の精液さえ飲んだことがある。つまり、俺は頭がおかしい。
だが、俺の神は、うんこやおしっこ食ったり飲んだりしても忌み嫌う神ではない。
どんなにクソが肛門についていても、どんなに太っていて脂ぎっていても、どんなに口が臭くても、どんなに体が曲がっていても、どんなにフケが頭からマリンスノーのように落ちてきても、
神は全く気にしない。神は衛生状態や清潔感や見た目の美しさを全く考慮しない。神は学歴も、職歴も、能力も、性格の良さも気にしない。
神は信仰のみを気にする。キリストの父なる神を一瞬でも呼び求める人を救う。
神は貧困で生活保護を不正受給していて過去には強盗殺人で服役してうんこ漏らしている脂ぎった糖尿病で失明寸前でしかも口臭がうんこで目やににまみれて鼻水垂らしている股間の臭い腋臭がくっせぇ性格のひん曲がった偏屈でレスバトルが趣味の鼻毛ボーボーの邪悪な高齢者の信仰者を愛するが、
マサチューセッツ工科大学卒で誰にでも親切で優しく、家族を愛して日々地域社会に貢献し、清潔感があり、女性や弱者に憐れみがあり、海外の難民支援に寄付を何十万もしてきて、勇敢で気品あり努力家で忍耐強い、その上家族を愛して愛し抜いているベンチャー企業の役員である不信仰者を、神は愛さない。
お前が今日自殺するならば、お前はオナホールになるか、それともキリストとともに神の祭司になるかが問われていることになる。
お前に尊厳はない。尊厳は必要ない。なぜならば、神はお前に尊厳がなくても、お前を愛するからだ。
以上。