圧政に苦しむ中国語に魂を吹き込む亡命詩人 「境界から」㊹北京・ベルリン、東西のはざまで生きる

「你們是星 我們是夜(君たちは星、私たちが闇)」。ドイツ・ベルリンにある自然光が差し込む書斎で、中国出身の詩人、楊煉(よう・れん)(69)が言葉を練る。中国政府によって自由を奪われた香港人を励ます作品だ。
「言論統制で中国語が再び受難の時代を迎えている」と憂う。思想家や作家が当局の取り締まりを恐れて自己規制する。空虚な政治スローガンがあふれ、精神の活力が奪われつつある。
天安門事件後に亡命した楊の詩は高く評価され多くの言語に翻訳された。だが国内での閲覧は禁止されたままだ。それでも遠く離れた地から、圧政に虐げられる母語に魂を吹き込み続けている。
▽君たちは死んだ
「ロシアとウクライナの戦争が、世界に悪夢のジグソーパズルをよみがえらせた」。2024年5月、ポーランドの首都ワルシャワで、同国の詩人の名を冠した国際文学賞の授賞式が開かれた。この日の主役、楊煉は静まり返る会場に厳かに語りかけた。
世界では専制主義が勢いを増し、民族や宗教に根ざした過激思想が高まる。「価値観の混乱が起きている」。対立する文化の合流点で立ち止まり、問いを発することが詩人の役割だと力を込める。東と西、異なる体制や文化のはざまで生きてきたからこそ、たどり着いた境地だった。
よるべき価値観を失った人々が「精神的危機」に見舞われる。楊にはこの状況に覚えがあった。
それは半世紀近く前、生まれ育った北京でのことだ。1976年に毛沢東(もう・たくとう)が死去すると、個人崇拝の熱狂が去り、社会は虚脱感に覆われた。
楊は毛が発動した「文化大革命」で寒村に送られ、肉体労働に従事した。文革が終わると、疲れ果てた人々の間で自由を求めるうねりが拡大。楊は壁新聞による民主化運動「民主の壁」に参加し、地下文芸雑誌などを通じて権力に批判的な作品を発表した。政治改革への期待が高まる時代に新たな表現の担い手となった。
だが共産党は権力を手放すことを恐れた。1989年6月に学生らの民主化要求運動を武力で弾圧した。天安門事件だった。
楊は当時、作家交流のためニュージーランドに滞在していた。犠牲者に向け「君たちは死んだ」と何度も呼びかける詩を発表した。「私たちの心を死者にささげる。君たちがしたように手を突き上げて、未完の使命を果たすために」
詩は英訳されて瞬く間に世界に広がった。楊は追悼や抗議活動を国外から組織した。作品は発禁処分となり、祖国に戻ることもできなくなった。妻、劉友紅(りゅう・ゆうこう)(69)との亡命生活が始まった。

▽危機を越えて
中国の詩人ほど、ベルリンの壁の崩壊を複雑な思いで見た者はいない。
天安門広場で芽生えた民主化の波は流血で終わった。その5カ月後に東西ドイツを分断する壁が崩れ、東欧などで歓喜の声が上がった。ソ連は崩壊し冷戦終結を迎えた。
一方で楊は中国語の読者を失った。作家として危機的状況に追い込まれた。
だが異文化に触れるうちに、かえって母国の言葉や伝統への理解が深まった。代表作となる詩集「大海の止まるところ」「幸福なる魂の手記」「同心円」を発表。20余りの言語に翻訳され、優れた芸術家に贈られるイタリアの国際ノニーノ賞、カプリ賞などを受賞した。ノーベル文学賞候補にも名前が挙がる。
▽書くことが光
「全ての中国人はとらわれの身だ」。武漢に端を発した新型コロナウイルスの世界的流行では多くの混乱が起きた。
都市封鎖や外出禁止といった抑圧的な対策に抗議する「白紙運動」が2022年に広がると、楊は滞在するベルリンで運動支持を表明した。「あの世がいかに広大と言えど、安息できる魂などあろうか」。同胞の不安や怒りに寄り添った。
同じ年に中国の農村で女性への虐待事件が発覚し社会問題になった。別の農村から身売りされた女性は鎖につながれ、8人の子がいたことから暴行を受けた疑いも浮上。楊は中国に根強い男性中心の家父長制が事件の背景にあるとみる。「中国語よ、母という字を削除してください」と女性軽視の風潮を批判した。
長期支配体制を確立した国家主席の習近平(しゅう・きんぺい)(71)は、毛沢東に回帰するかのように個人崇拝を加速する。米欧との対立が深まり、東西の間に新たな境界線が引かれようとしている。
息絶え絶えの状態の母語に、楊は輸血するかのように詩を供給し続ける。「私たちの潜在意識を言葉にしてくれた」。郷里から届くこうした声が創作の原動力になっている。
寒い冬の夜、ベルリンで開かれたイベントで、ある読者が尋ねた。「あなたの詩は暗い。光はどこにありますか」。楊は即答した。「作品は暗いかもしれません。だけど私は書き続けます。それが光なのです」
【取材メモ/時を超えた感覚】

「時間の観念が違うのかな」と不思議な気持ちになった。ベルリンで楊煉(よう・れん)に取材した際、2千年以上前の「秦の始皇帝」に怒り出したのだ。いわく、孔子、孟子、屈原といった歴史的な思想家や詩人が活躍したのは中国が統一される前の春秋戦国時代。当時は方言を含む豊かな言語体系があったが、始皇帝が文字を統一して多様性が失われたのだという。楊はそうした伝統を掘り起こし、文化の輝きを取り戻そうとしている。スケールの大きな話を聞くうちに、時がたつのを忘れていた。
(敬称略、文は共同通信外信部記者・大熊雄一郎、写真は共同通信契約カメラマン・ダビッド・ズィーモン・グロース=年齢や肩書は2024年11月6日に新聞用に出稿した当時のものです)
















