「不可触民」集団改宗の地で伝える偉業 「境界から」㊻インド、差別から自由に

約70年前のあの日、人生を変える「英雄」を迎えるために、広場の雑草を懸命に手でむしり取った。同級生も一緒にボランティアに参加した。今はドーム状の仏塔が立つインド中部ナグプールの同じ場所で、チャランダス・チクテ(82)は14歳の自分を思い出す。
広場ではインド全土から集まった数十万人のヒンズー教徒が一斉に仏教に改宗した。主導したのが、差別と闘ってきた「不可触民」出身の偉人、故ビームラオ・アンベードカル(1891~1956年)。人だかりの中で憧れの人を垣間見たのをチクテは覚えている。
改宗は不可触民がヒンズー教に根ざした身分制度・カーストから逃れるためだった。自らも不可触民で改宗したチクテは、「聖地」となった広場で土産物店を営み、訪れる人にアンベードカルの偉業を伝承してきた。
▽逆境のリーダー
カーストはインドの慣習やヒンズー教の規範に基づき、英国の植民地時代に半ば制度化した。不可触民は社会の最下層に置かれ、激しい差別に苦しんできた。かつては触れることも直視することも避けられ、飲み水も簡単には得られなかった。
20世紀になっても状況が変わらない中で、立ち上がったのがアンベードカルだった。
数々の妨害に遭いながらも勉学で身を立て、米国や英国に留学して政治家の道に進み、カースト差別撤廃運動に生涯をささげた。同時代の「独立の父」マハトマ・ガンジーと、カーストを巡る考えの違いから激しく対立したことでも知られる。
インド独立後の初代法相となり、1950年施行の憲法を起草した。身分差別禁止を明記し、虐げられてきた人たちに社会参加の道を開いた。
アンベードカルはカースト差別に根拠がないことを論証した著書などを出し、不可触民にも意識改革を促した。各地の集落では住民が著書を回し読みした。
「差別と闘う姿勢や思想に感化され、不可触民が向上心を抱いて次第に勤勉になっていった」とチクテ。同胞を率いる存在となったアンベードカルの話を両親から聞いて育った世代の一人だ。
▽ヒンズーと決別
アンベードカルが1956年10月に地元のナグプールを訪れるのをチクテは新聞で知った。ヒンズー教から仏教への集団改宗が行われる。奮い立つ思いだった。
「ヒンズー教徒のままではカースト差別の構造から抜け出せない」。偏見と闘い続けたアンベードカルは晩年に悟った。大乗仏教にゆかりがあるナグプールでの改宗式が決まった。
「憲法で差別が禁じられていても、不可触民はヒンズー寺院に入ると殴られた」とチクテは回想する。「差別はすぐには終わらなかった。改宗式はわれわれの人生を変える転機だった」。その日が近づくと、ナグプールの街は着飾った人でごった返した。広場は多くの人で埋め尽くされた。
以前から糖尿病を患っていたアンベードカルは、改宗式の約2カ月後に他界した。多くの人が取り残されたように感じ、嘆き悲しんだ。式が行われた場所には仏塔が建てられ「改宗広場」と呼ばれるようになった。
チクテも仏教徒になった。「差別から逃れるためにヒンズー教と決別した。迷いはなかった」

▽会話のきっかけに
ただ改宗後のチクテの人生が劇的に好転したわけではない。下級公務員の父と縫製工場で働く母、3人の兄弟との暮らし。以前と変わらず貧しく、16歳から路上で紅茶を売って生計を助けた。30歳で自分の店を持ち、なんとか生活を営んだ。
その頃から仏教徒向けに露天で土産物を扱う商売も始めた。ナグプールはインド仏教の聖地となり、巡礼に訪れる人が増えていた。
家族で協力してリボンを編み込み、真ん中にアンベードカルの肖像画を据えたバッジを手作りした。死去から15年ほどたっていたが、偉人をたたえる記念品を求める巡礼者は多いはずだと考えた。キーホルダーや像も並べて仏像と一緒に売った。
手頃な値段のバッジは人気商品となった。「あくまでも生活が苦しい中で考えた商売だった」とチクテ。だが偉業の伝承につながったとも自負する。バッジを見て「このおじさんは誰なの」と親に尋ねる子どもがいる。そこから英雄を巡る会話が親子の間で始まるのを何度も目にした。
チクテが老後を過ごす質素な自宅のガラス戸棚には、数体の仏像と並んでアンベードカルの像がある。スーツを着こなしてぴんと起立した姿。チクテは仏像と一緒に毎日拝む。ブッダとアンベードカルを同じように崇拝しているからだ。
信仰心と差別との闘いが結び付くアンベードカルの仏教解釈は偏向しているとの批判もあるが、インド仏教ではこうした拝み方が主流になった。チクテは「彼と仏教は切り離せない。両方のおかげで心が自由であり続けることができた」と語った。
【取材メモ/ヒンズー至上主義に懸念】

インドは仏教の発祥地だが、他の宗教に押されて13世紀までに信仰が途絶え、アンベードカルの改宗で再興した。ただ、国民の8割が信じるヒンズー教中心の社会であることは変わらず、結婚相手選びなどでカーストの影響は根強い。政界では「ヒンズー至上主義」団体が影響力を強め、3期目に入ったモディ首相の支持基盤となっている。不可触民出身のチクテはこうした社会の風向きに「カースト差別の傾向」を敏感に感じ取る。だからこそアンベードカルの功績を後世に伝えたいのだという。
(敬称略、文は共同通信バンコク支局記者・伊藤元輝、写真は共同通信契約カメラマン・スメット・チカレ=年齢や肩書は2024年11月20日に新聞用に出稿した当時のものです)
















