「国境の壁」を越えて響く歌声と友情 「境界から」㊿米国・メキシコ、音楽が人をつなぐ

高さ約5メートルの赤茶けた鉄の柵が連なる。巻き付けられた有刺鉄線のそばに並んだ小学生の歌声が響く。「ハロー、ハロー」「元気ですか」。柵の向こう側にいる同年代の少年少女らが同じ歌のフレーズを繰り返して応えた。緊張した様子だった子どもたちの顔に、次第に笑みが広がっていく。
米西部アリゾナ州とメキシコ北西部ソノラ州の境で隣接する、いずれもナコと名付けられた町。「国境の壁」と呼ばれる巨大な柵を挟み、2024年9月の夜に「国境なきコンサート」が開かれた。300人超が集まった。
米国では政治的分断と相まって移民排斥の声が強まる。コンサートを主催する米国の音楽家ロリー・キーン(64)は強調する。「国境で一つになり、この日だけはまるで壁なんて存在しないかのように、音楽と友情が越えていくようにしたい」
▽合唱で交流
ロリーは合唱を通じて音楽が人々をつなげる力を信じてきた。20年以上前にキリスト教聖職者だった夫のセス・ポリー(62)と3年間を過ごした中米パナマでは、地元の大学で音楽を教え、学生と米国からの移住者らの混成コーラス隊をつくった。国や文化が異なる者が共に歌うことの「力強さを感じた」。
米国に戻り、2005年にアリゾナ州に移り住んだ。パナマでの経験をもとに、米国とメキシコの幅広い年代で構成するコーラス隊を結成した。両国で音楽イベントに参加し、ロリーは双方の音楽家と交流を深めた。
どちらも互いにコラボレーションを望んでいることを知り、2012年にアリゾナ州とソノラ州をまたぐ別の場所で国境なきコンサートを初開催。主催する非営利団体「二国間芸術協会」もセスと共同で設立した。
2022年以降の開催地となったナコでは、かつて自由に国境を往来でき、1960年代まで柵がない場所もあったという。セスは「国境は誰もが自由に訪れることができる場所のはずだ」と語る。
だが現実には米国側で国境警備隊が目を光らせる。柵に近づけば警戒対象となる。
米国で移住手続きを待ち、故郷に戻れないメキシコ人と、米国ビザを取得できない家族。両者にとって、警備隊の許可を得て毎年のように開かれるコンサートは再会の貴重な場だ。10センチほどしかない柵の隙間に腕を伸ばし、抱き合う人々の姿をロリーとセスは見てきた。
▽移民への祈り
米人気歌手テイラー・スウィフトの「シェイク・イット・オフ」やベートーベンの交響曲第9番の「歓喜の歌」、中南米の音楽「クンビア」の歌。約1時間半のコンサートには中学生や大人も参加し、合唱や合奏に興じた。ロリーはメキシコ側でコーラス隊を指揮し、セスは米国側で司会進行を務めた。
中盤には世界各地の移民の写真がスクリーンに映し出された。ロリーとセスらが作詞した幻想的な曲が流れる。「放浪者はよそ者ではない。みんなで共有するこの世界。平安を願う」
曲の名は「オール・ビロング(みんなひとつ)」。移民のための祈りの歌として「私たちは互いにつながっている」とのメッセージを込めた。移民問題は世界的な問題だと訴える。
「各地の移民は安住の地を求めているだけだ」とロリー。それだけに米国を目指す人々が無差別に攻撃の対象になっていることを嘆く。「移民一人一人の話に耳を傾けなければならない」

▽子どもたちの将来
米国側で約20人の子どもの合唱を指揮し、ギターで伴奏したのは、両国で活動する音楽家フランシスコ・バリオス(43)。国境を越えた連帯を志向するコンサートを体現するかのような経歴を持つ。
フランシスコはメキシコ人の両親が米国を旅行している間に生まれた。予定は帰国後だったが間に合わず、出生地主義に基づき米国籍を得たのは偶然だった。
一方、両親はメキシコでの国籍取得手続きを怠った。20代後半になってメキシコの大学で音楽の学位を受領する手続きの際に、自分にメキシコ国籍がないと知った。「それまで何の支障もなかった」。間もなく国籍を取得した。
メキシコの自宅から、音楽を教える米国の小学校に通うため日常的に国境を越える。違法薬物の密輸など特有の問題があることは理解している。以前から米国でくすぶっていた反移民の感情が反リベラル・反エリートの機運に乗じて一層高まったことも心配だ。国境を過度に危険視し、移民への憎悪をあおるトランプが大統領に返り咲くが、国境なきコンサートのような場は一層重要になると信じている。
参加者の子どもたちはまだ幼い。国境や移民問題の意味は分からないかもしれない。今は音楽を楽しんでくれればそれでいい。「将来、大切なのは柵ではなく、その両側で良好な関係を築くことだと気付いてほしい」
【取材メモ/いつの日か】

国境を隔てる柵の隙間には、反対側を見ようと多くの人が顔を近づけていた。メキシコ側から米国側をのぞく少年に話を聞いた。米国に入ったことはなく「行ってみたい」と目を輝かせた。メキシコの多くの子どもにとって米国入りは簡単ではない。一方、フランシスコが音楽を教える米国の小学校には、二重国籍を持つなどして日々国境を越える児童もいる。その一人、ビクトリア・タランゴ(11)は「もっと多くの人が行き来できたらいいのに」と願った。いつか、そんな日は来るだろうか。
(敬称略、文は共同通信ロサンゼルス支局長・井上浩志、写真は共同通信契約カメラマン・鍋島明子=年齢や肩書きは2024年12月18日に新聞用に出稿した当時のものです)
















