変わってしまった島、売春女性が夢追う 「境界から」⑥マダガスカル 残酷な現実に直面

かげる太陽が美しい海をオレンジ色に輝かせる。目を覚ましたマリー・ギネフェ(26)はきらびやかで小さな衣装を前に思案する。「今夜はどのドレスにしようか」。ベッドだけの簡素な部屋。薄い板越しに隣人の声が聞こえる。
歓楽街の夜がにぎわい出すのを見計らって通りに繰り出す。視線は店先にたたずむ外国人旅行者に向かう。多くは50代から70代の男性だ。誰であれ目が合うたびに精いっぱいほほ笑み、無言で語りかける。「私をここから連れ出して」
アフリカ沖のインド洋に浮かぶマダガスカル。ギネフェは北部のリゾート島「ノシ・ベ」で体を売って暮らす女性たちの一人だ。いつか見初められて海を越え、貧困から抜け出す。そんな希望を信じながら。
▽クーデター
「なぜこんな場所になってしまったのだろう」。歓楽街で土産物を販売するフランコ・マハトンガ(38)はふと考えることがある。
かつて栄えたエビ漁は子どもの頃には下り坂だった。次第に温暖な気候と白い砂浜が魅力の欧州向けの観光地となった。「島の動物の写真を撮ると子連れの旅行者が喜んで買ってくれた。健全な場所だった」
大きく変わったのは十数年前だ。2009年にクーデターが起きて社会が混乱し、経済状況が悪化した。それに伴って売春する女性が増えた。旧宗主国のフランスなどから買春目的の渡航者が集うようになった。
マダガスカル全土から集まる女性が「常に千人はいるだろう」とマハトンガ。流れ込む退廃と変化の速さに昔からの住民はついて行けない。子どもたちが遊ぶ砂浜を、高齢の白人男性が10代や20代の女性を連れて歩くのが日常的な光景になった。「私の11歳の娘にどう説明すればよいのか」。マハトンガは嘆く。
マダガスカルでは景気が停滞した時期に、ソーシャルメディアが普及した。仕事のない若い女性が遠く離れた欧州の男性と簡単につながれるようになった。若年者の性的搾取根絶などに取り組む国際非政府組織(NGO)「エクパット」の関連団体の現地事務所代表を務めるラボ・イバナ(33)は、これが「身売りの島」誕生の要因の一つとみる。
「純粋な若い女性の期待をあおり、尊厳を安く買いたたこうと外国から中高年が押し寄せてくる」とイバナ。「自分の国ではばかられる行為を堂々としている。根底に人種差別意識があるからに違いない」と語る。
▽「彼は本気」
ギネフェは10代前半でクーデターによる変化を経験した。マダガスカル本土で香辛料栽培を営んでいた一族の生活が困難になった。学業の中断を余儀なくされた。
ふさぎ込んでいた時に、ノシ・ベに渡った親戚の女性から〝サクセスストーリー〟を聞いた。一緒に売春していた知人が良い相手を見つけて欧州に移住したという。「夢のない日々から逃れたい」。2017年にノシ・ベ行きを決めた。
「すぐにフランス人の彼氏ができた」。ギネフェは誇らしげに振り返る。年齢は40代半ばを過ぎていたが、大手通信会社勤めで独身だという。
彼がノシ・ベを訪れるのは年2回ほど。それでも生活できる程度の額を送金してくれた。「彼は本気だ」。パリの町を一緒に歩く未来の自分のイメージが頭に浮かんだ。
だが交際2年が過ぎた頃、この男性は別の女性とノシ・ベの休暇を楽しむようになった。夢はついえた。
その後に出会ったのはフランス領レユニオンの56歳の男性だ。2022年のクリスマスを一緒に過ごした。だが「妻子ある人」だった。もっと安心できる相手を求めて通りに立ち続けた。
「わずかな金額で誘われても構わない」。そこから真剣な交際への発展を期待する。

▽残酷な現実
2023年のクリスマスにはギネフェの前にレユニオンの男性は現れなかった。「理由は聞かない」。憂さを晴らすように盛り場のクラブでひとしきり踊った。隣で19歳のめいも踊る。彼女もギネフェをならうように夜の生活を始めた。
この街では店と通りの間に見えない境界がある。首尾よくその日の相手が見つかれば、レストランやバーに入って楽しいひとときを過ごすことができる。外の通りでは数え切れない女性たちがあぶれて寂しげに店内を眺めている。
相手のいる夜のギネフェは心が穏やかだ。ただ残酷な現実にも気付き始めている。「外国人と結婚してここを抜け出す。そんな幸せな話を聞いたのはいつが最後だっただろう。もう思い出せない」
でも一度飛び込んでしまったからには戻れない。相手が見つからなければいつか諦めるのか。こんな質問をしてみたが、ギネフェは答えなかった。代わりに笑みを浮かべてつぶやいた。「私がこんなところで終わるはずがない」

【取材メモ/本物の希望】
ノシ・ベの歓楽街のすぐ脇に、何らかの理由で学校へ通えない子どもたちに語学や職業訓練の教育を施す慈善団体がある。休日に訪れると卓上ゲームを床に広げて少女3人が遊んでいた。団体を仕切るアリディ・ソアマリー(40)は「ここは近所の子どもの避難所でもある」と話す。「体を売っても希望はない」とソアマリー。子どもたちにはしっかりと教育を身につけて、貧困に打ち勝ってほしいと願う。朗らかな声を響かせるソアマリーの姿に、本物の希望を見た。
(敬称略、文は共同通信前ナイロビ支局長・菊池太典、写真は共同通信契約カメラマン・中野智明=年齢や肩書は2024年2月14日に新聞用に出稿した当時のものです)
















