はてなキーワード: 音痴とは
⸻
デイヴィッド・フォスター・ウォレスについての醜悪な事実に関する短い報告
ジュノ・ディアスの告発者たちは声を聞かれている。しかし文学界には、クローゼットの中にさらにひどい秘密が眠っている。
DEVON
※注意書き(TW):性的暴行、家庭内暴力、虐待に関する内容を含みます。
⸻
しかし文学界には、クローゼットの中にさらにひどい秘密が隠されている。
⸻
5月4日、ジュノ・ディアスは文学イベントや私生活における女性への暴行や嫌がらせについて、公に告発され始めた。
この件の基本的な情報については『Book Riot』の記事がまとめているが、Twitter上の「#JunotDiaz」というタグでは、ディアスとの遭遇について語る女性がさらに多く存在している。
⸻
これらの告発は、ディアスが『ニューヨーカー』誌に発表した、自身の性的暴行被害経験についての非常に衝撃的で自己省察的なエッセイが公開された直後に起きた。
その文章の中でディアスは、自分自身が受けた虐待の過去、そしてそれを抑圧してきたことが、長年にわたって女性たちと尊重に基づく恋愛的・性的関係を築けなかった理由の一部になったのではないか、と示唆している。
⸻
大部分において、ディアスの告発者たちは真剣に受け止められているように見える。
これは、過去に起きた他の虐待告発――その中にはデイヴィッド・フォスター・ウォレスに対するもののように、非常に裏付けの強いものも含まれる――に対して文学界の多くの人々が示した反応とは大きく異なる。
⸻
ディアスが有色人種の男性であり、ウォレスが白人で裕福な学者家庭出身の男性だったという違いは、当然ながら関係している。
そしてこの点を強調するために、ウォレスを告発した人物の中でもっとも声高で、もっともよく知られている、素晴らしい作家であるメアリー・カーが再び声を上げた。
亡くなった元恋人ウォレスの行為を、私たちに思い出させるためである。
⸻
―――
現在、公に性的暴行、レイプ、嫌がらせで告発されている人々の多くは白人男性である。
しかし実際にその行動の結果として処罰を受けている人々の大半は、有色人種の男性だ。
⸻
「黒人男性や褐色人種男性は加害者であり、白人女性は被害者である」
というステレオタイプの物語をどれだけ覆すものであるかによって、その虐待者が自分の行為に対して完全な責任を負わされる可能性は低くなる。
⸻
#MeTooの時代において、白人女性歌手メラニー・マルティネスはレイプで告発されても何の処罰も受けずに済み、白人男性のハラスメント加害者であるチャーリー・ローズやハーヴェイ・ワインスタインは、一時的に姿を消し、セラピーを受け、それから戻ってきて「自分が学んだこと」について語ることができる。
⸻
一部の読者――その多くは白人だろう――は、今後ジュノ・ディアスの文章を読むことをやめるかもしれない。
しかし同じ人々が、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの、過剰で混乱した女性嫌悪の物語を読み続けるだろう。
なぜならウォレスは白人男性であり、そして彼自身がそのすべてについてひどく苦悩しているように見えたからだ。
⸻
#MeToo運動は、多くの人に「自分の声が届いた」「守られている」と感じさせるかもしれない。
⸻
そこに影響している偏見と、私たちは積極的に戦わなければならない。
⸻
そう、彼の告発者たち――その多くはラテン系女性である――の声は聞かれる必要がある。
しかし、私たちの確信や怒りの一部は、白人の加害者たちにも向けられなければならない。
⸻
デイヴィッド・フォスター・ウォレスは、決して「良い人間」ではなかった。
これは長い間知られていたことだ。
それは、今終わらなければならない。
⸻
―――
私は、かつてデイヴィッド・フォスター・ウォレスのファンだった。
私は『インフィニット・ジェスト』を愛していた。
『Girl with Curious Hair』の約半分の作品には、今でも深く心を動かされる。
そして彼の多くのインタビューには、今でも考えさせられ、引き込まれるものがあると思う。
⸻
DFW(デイヴィッド・フォスター・ウォレス)は、『This Is Water』を引用する人々が描きたがるような、
ではなかった。
⸻
⸻
⸻
私は2010年、特に陰鬱な冬の鬱状態の時期に、DFWの作品に入り込んだ。
彼の言葉は、私がいた暗い穴の中まで降りてきてくれた。
私はその後数年間、彼を崇拝した。
⸻
彼がこれまで生み出したものはすべて読んだ。
インターネット初期の頃に存在した、彼についての古くてあまり知られていないインタビューやラジオ番組まで探し出した。
彼自身の作品を読み尽くした後は、間接的に彼について扱っている本まで読んだ。
メアリー・カーの『Lit』や、ジェフリー・ユージェニデスの『The Marriage Plot』などである。
⸻
やがて、DFWへの愛情は、彼を偶像化していた自分自身を壊した。
彼の個人的な過去を読めば読むほど、彼が虐待的な人間であり、偽善者だったことが明らかになっていった。
⸻
ここに挙げるのは、2011年から2012年頃に私が知った事柄の一部である。
多くの詳細は、ジョナサン・フランゼンのエッセイ「Farther Away」と、D・T・マックスによるウォレスの伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』から得たものだ。
いくつかの情報は、Wallace-Lメーリングリストからも得ている。
もちろん、一部の決定的な詳細は、素晴らしいメアリー・カーの回想録からのものだ。
なお、カーの本はどれもDFWのノンフィクション作品よりはるかによく書かれている。
⸻
以下の引用部分は、D・T・マックスの『Every Love Story Is a Ghost Story』からのものである。
⸻
ウォレスは、ほぼすべてのノンフィクション・エッセイにおいて、何十もの事実を誤って伝えていた。
多くの事実は、他のジャーナリストの経験から完全に盗用されたものか、あるいは完全な創作だった。
⸻
例えば『Consider the Lobster(ロブスターを考える)』に収録されたポルノ業界の展示会についてのエッセイで、ウォレスは、
外部にあるバルブによって、自由に膨らませたりしぼませたりできる人工乳房を持つ女性
について描写している。
⸻
しかしこれは完全な作り話だった。
そのようなインプラントは、彼がその文章を書いた1990年代には存在していなかった。
⸻
また、同じエッセイ内で一人称によって描かれる多くの出来事も、実際には別のジャーナリストからウォレスが聞いた話だった。
⸻
エッセイ「Ticket to the Fair」に登場するバトントワリングの場面は完全な作り話だった。
また、その作品に登場する同行者の女性の存在や人物設定も、実際には存在しなかった。
⸻
「Rise, Simba!」に書かれている多くの事実、人々、あだ名、交流についても、同様に作られたものだった。
⸻
「Consider the Lobster」は反体制的なルポルタージュではなかった。
ウォレスは自分で文章を書き、それを『Gourmet』誌に売ったのである。
『Gourmet』からジャーナリストとして派遣されたわけではない。
⸻
初期作品、
『The Broom of the System』
や『Girl with Curious Hair』の一部は、
トマス・ピンチョンやドン・デリーロから筋書きや文体的要素を借用していた。
⸻
その盗用はあまりにも露骨だったため、ウォレスはキャリアを通じて盗作訴訟を心配していた。
⸻
⸻
・詩人で回想録作家のメアリー・カーを、走行中の車から押し出した。
・自分が彼女に投げつけたテーブルの弁償をしようとした後、そのテーブルの破片を自分に渡すようカーに要求した。
・自分が担当していた創作文学の授業中に、学生へ暴力を振るった。
・創作クラスの学生たちと性的関係を持ち、さらに本の宣伝ツアー中には17歳の少女とも関係を持った。
・カーと彼女の5歳の息子をストーカーし、さらにその目的のために購入した銃でカーの夫を撃つと脅した。
⸻
2012年頃にDFWについてこれらのことを知った後、私は彼の作品の多くを読み直した。
すると、以前覚えていたような天才性や繊細さが欠けているように感じた。
⸻
(多くはWallace-Lメーリングリストの鋭い読者たちの助けを借りたものだ。)
⸻
DFWは、共感できる女性キャラクターを書く能力がほとんどなかった。
⸻
『インフィニット・ジェスト』の敵対的な女性人物、アヴリル・M・インカンデンザは、疎遠だった彼の母親を非常に刺激的な形で変形した存在だった。
⸻
彼の短編「The Depressed Person」に登場する、共感性のない女性ナルシシスト的人物は、彼が性的関係を持ち、その後すぐに軽蔑するようになった同業作家エリザベス・ワーツェルをモデルにしていた。
⸻
同じことは「Westward the Course of Empire Takes its Way」の女性主人公にも当てはまる。
⸻
⸻
「美しすぎるために、この世界で普通に機能することができない女性」
というものだった。
⸻
その最初の形は、『インフィニット・ジェスト』に登場する、ベールで顔を隠した危険なほど美しいジョエル・ヴァン・ダインとして現れた。
その後、『The Pale King』では、少し頭が軽い形に作り直されたメレディス・ランドとして再登場する。
⸻
これらのキャラクターは、人を惹きつける圧倒的な美しさ以外には、際立った特徴をほとんど持たない。
⸻
これらの女性たちは、物語の中でも、自分自身の人生においても主体性を持っていない。
どちらも、おそらくDFWの恋人、回復支援グループでのパートナー、そしてストーカー被害者でもあったメアリー・カーをもとにしている。
⸻
本質的に言えば、
『Girl with Curious Hair』に収録されたレズビアンカップルについての短編を除けば、
彼の作品には主体性を持った女性キャラクターがほとんど存在しない。
⸻
女性たちは『Brief Interviews』では単なる無垢な被害者であり、
『Broom of the System』、
『Infinite Jest』、
『Oblivion』、
『The Pale King』
⸻
ノンフィクションにおいても、女性が中身のある声を持つことはほとんどない。
⸻
彼が、機知に富み、はっきり物を言う女性の同行者と一緒にいる唯一のエッセイ、
⸻
―――
ウォレスについてこうしたことを知り、観察したことで、私の読書習慣は根本的に変わった。
⸻
ウォレスが吐き出した、半分も編集されていない断片的な文章をすべて探し出し、貪欲に読み漁ることはやめた。
その代わりに私は、メアリー・カーのような女性作家たちへ目を向けた。
彼女たちは一般的に、ウォレスよりも簡潔で、自己認識があり、制御された文章を書いていた。
⸻
また、カーやその他の虐待被害を経験した人々の経験にも慰めを見出した。
なぜなら、後になって分かったことだが、
2010年の冬に私があれほど惨めなほど落ち込んでいた理由の一つは、
私自身が身体的、感情的、性的虐待を伴う関係の中にいたからだった。
⸻
私はそれに気づくまで、しばらく時間がかかった。
⸻
そして彼は、人間の善性について哲学的に語ることに熱心な、非常に活発で好奇心旺盛な読書家だった。
⸻
⸻
しかし、それらはウォレスの「技量(craft)」の証拠として扱われた。
⸻
#MeTooは、私たちのほぼ全員に、自分が尊敬する人々の憎悪的で虐待的な行動と向き合うことを強いた。
⸻
私は、私たちがその困難な矛盾を抱え、認める能力を持つことが重要だと思う。
⸻
メアリー・カーは、読者にウォレスの作品を捨ててほしいとは思っていない。
⸻
⸻
「悪を行う能力があることが証明されたすべての人間の人生や作品から、自分たちを切り離そうとすることは、生産的ではありません。
それは、関係によって自分を浄化しようとする終わりのない競争を生み出すだけです。
⸻
一見すると善良だったり、複雑だったりする人々が、恐ろしい行為を犯すことがある。
もし被害者が本当に安全を感じられる社会を作るなら、私たちは何度でもその真実に向き合わなければなりません。
⸻
私たちはそれを受け入れ、対処する方法を身につけなければなりません。
⸻
その複雑さに耐えられないことこそが、人々を告発者を無視し、創作者を免責する方向へ向かわせるのです。
⸻
自分たちが愛した本の中の優しく悲しげな男性が、実際にはストーカーであり、殺人を企てた可能性のある人物でもあった、
という事実を認めさせなかったのです。」
⸻
私たちは、その矛盾を受け入れることができるようにならなければならない。
そして、それにどう向き合うかを学ばなければならない。
⸻
なぜなら、その複雑さに耐えられないことこそが、人々を告発者を無視し、創作者を免責する方向へ押しやるからだ。
⸻
一見すると善良で、あるいは複雑で理解しがたい人物が、恐ろしい行為をすることがある。
もし被害を受けた人々が本当に安心できる社会を望むなら、私たちはその事実に何度でも向き合わなければならない。
⸻
私たちは、その事実を受け入れ、それと共存する方法を身につける必要がある。
⸻
DFWの作品を愛していた人間として、私は本当に彼の作品を愛していた。
本当にそうだった。
私は、彼が複雑で、心を揺さぶるほど美しい魂を持った人物だと信じていた。
⸻
しかし今、彼についての真実を知った私は、彼の作品の多くを以前ほど評価できないと感じている。
そして、彼がもうこの世にいないことに感謝している。
⸻
もし彼がまだ生きていたなら、
苦悩に満ちた、疲れるほど長い文章を書き続けていたに違いない。
⸻
私はそのことに疑いを持っていない。
⸻
私はむしろ、メアリー・カーが今も健やかに活動し、真実が知られている世界に生きていることを嬉しく思う。
⸻
それに、カーの本のほうが結局のところ優れている
https://x.com/kskgroup2017/status/2062482319811002583
この投稿をみて戦慄した。先日の本田の投稿だ。彼について説明不要だろう。もちろん私も彼の活躍を尊敬している。カードダスも所有していたくらいだ。
だがしかし。この投稿は、さすがに鼻についた。彼のような影響力のある人間が見せるべき姿ではない。こんな深い腐海にきてまで「シゴデキアピール」する必要はない。あなたは玉蹴りの名人であり、パソカタの名人ではない。あなたは**此処**に立ち入るべき人間ではない。
云10年の経験を持って言わせてもらう。餅は餅屋。野人がけしからん土足で入り込んだ、IT音痴の門外漢にB-29の操縦桿を握らせたらどうなるか。そしてこれはClaudecodeに限った話ではない。**技術者のIT技術全て**についてだ。我々技術者の歴史は、ひたすら奪われ続けている。なぜ失敗から学ばないのか。
技術者と自称するのは、気後れするだろうから、技術自認者という言葉をあげよう。技術自認者の資産とは、まさに**IT技術**のことだ。あなたの人生を削って得た技術だ。それを、今すぐ資産を公開するのをやめなさい。あなたの**お人よし**が、自分の首を絞めるだけでなく、業界全体の首を絞めている。
君たちが考えているのはこうだ。「ITは誰にでも開かれている」「個人にはどうすることもできないダイナミズムだ」そして次に野人たちはこう言うだろう「IT技術者は攻撃性が高い」。笑止。
---
云十年この業界に蝕まれた、月給400万以下の腐海の住人から言わせてくれ。
私は右翼が嫌いだ。
私は左翼も嫌いだ。
自分たちの意見こそ一番良くて、自分と同じ意見じゃない人間を見下し罵倒するのは嗜み。そんな「優れた自分たちの意見」はめちゃくちゃ穴だらけなのに、それを指摘されたら論をずらして怒る。とにかくダブルスタンダード。自分たちは良くて相手はだめ。褒めてくれるのは自分たちと同じ立場にいる時だけで背信したら最初から反対意見だった人以上に粘着する。
これら全部、「やったら嫌われる人」の一部分でしかない内容なのに、どちらも向き以外は全く同じ。なのに向きが逆ってだけで普通に対立する。はいはい、同じタイプの嫌われる人だから安心して。
でも右翼も左翼も、言ってることの一部分は真っ当。他の国からの侵攻に備えるべきなことも、そうなる前に外交で止めるべきも、平和であり続けつつ国を守り栄えるために必要なこと。その真っ当な意見の領域は「アメリカの肩を持つか中国ロシアの肩を持つか」っていう本流じゃない点しかぶつかり合わない。だから上手い具合に落とし所を見つければいいのに。それができない、する気が見られないから、右翼は戦争主義と言われるし、左翼は平和外交が口先だけと言われる。どちらも当たり前でしかない。
「妥協できないから対立してる」で双方から反論がありそうだけど、その「妥協できない」を突き詰めた先にあるものこそ戦争なんだよ。いつ、どんな時も、どんな国でも。ちなみにこの戦争は「内戦」も含まれている。ところで内戦も戦争だって感覚抜け落ちてないか?
どちらに寄るかと言われれば、ある点では右だしある点では左だろう。そんくらい自分でもわからない。どちらかに極端に行ってる人には絶対逆に見られるだろう。極右には左に、極左には右に。
まあ右に見られがちなのかもしれない。なぜなら防衛力としての武力にはやや、めっっっっちゃ嫌々ながら、賛成気味だからだ。
大前提私は平和であるために、戦争を起こさないために、核兵器を持つことは論外だと思っている。それこそ中露どころか全世界の非難の対象だし、何より今のイランのようにアメリカの敵にもなりかねない。同時に今あんなのやってるアメリカがこれを許容する方のがもっと非難が大きいだろう。アメリカ含めて非難される。だからどちらのルートでも最悪だ。どちらにせよ、持つまでの過程で戦争が起こるだろう。
確かに核兵器は現状世界における兵器の中でも最強格なので力の誇示にはぴったりで、それこそ外交を有利に進めるためのカードであり、相手の攻撃を牽制するアイテムではある。が、上記の理由からデメリットの方が大きいと思う。
と、ここまで合理性の方で持つべきでないと言ったが、それ以上にあんな通常戦闘とは比にならない地獄絵図作り出すもん二度と使ってはならないし使わせてはならないという感情面も大きい。トップオブ非人道なものをそんなことのためだけに抱えてよし、なんて感性はあまりにおぞましい。
だから外交、って話になるわけだけど、どうやって「核兵器あるから最悪ちらつかせて黙らせればいいや」と思う上記大国と外交で対等になるか、って考えまで踏み込むべき話なのだ。さっきも言ったように核兵器が外交を有利にするワイルドカードであることには変わりなく、こいつを持っている国は軒並み強力かつおっかない。だからチラつかされると恐怖だし、これに匹敵するカードは現状同じく核しかない。でも持ちたくない、持つわけにはいかない。さあ、どうしようか。
正直に言う。わからない。ここから先は市井の人間が勝手に意見を言う以上はできない領域だけど、まずその答えが私の中でもまともに出ていない。まあ通常は「その国にしかない強みの産業の輸出停止をちらつかせる」なんだけど、ぶっちゃけ力がある国にとっては攻め込んで奪い取ればいいだけの話だしなぁ。
というわけでその1つとして、現状効果は小さくても最悪よりはマシだからそうするしかないのかなぁ、と見なしている案が防衛力上昇だ。非核を大前提に、少しでも対等に近づくために、ある程度牽制が利く防衛力は持っておくに越したことはないと思ってしまうわけた。核シェルターとか、最低限の訓練とかね。よく例に出される永世中立国のスイスはこのタイプで戦争を固辞している。
逆に言えばこの「防衛力上昇を案として考えている状況」自体をカードに、「防衛力という武装が嫌ならそちらは核を捨てろ」まで言い切っていいとすら思う。お前らのせいで武装せざるを得ないんだ、と。
そしてそれを戦争の方へと持って行かせないように手綱を握るのこそ野党と我々国民の役目。だから「攻撃に使うな!」や「戦争反対!」は防衛力高めても言えるし高めたからこそ言うべきでは、という思いもある。
この通り、部分的に防衛力上昇に賛成してるから左翼には割と右に振り切って見えるだろう。でも大前提ないに越したことはないし、それ以外に有効な方法があるならそちらを選ぶべきと思う面は右翼が左寄りに見えるところではないだろうか。ただ、なんとなく右翼も戦争反対と思っている感じはするから、この「右翼は左寄りに思うに違いないという偏見」が左寄りっぽいとしたほうが良さそうか?
正直今の時代本気で「自ら攻め込んで戦争で解決してやる!」みたいな正気を疑う選択をする国のトップはアメリカとロシアくらいにしかいないとは思っている。よく右翼が目の敵にする中国や北朝鮮さえその点では穏健的と思っている。もしかしたら上記2国より慎重なだけで、もしそうなら準備が整ったとき知らんが。
ただ、全ての国が自国ファーストで、より自国が有利になるように、自国が豊かになるように他国とやり取りをしたいという考えを大前提に持つ。そうなる時のカードで有利になりがちなものの1つが軍事力で、それで下に見られると大概舐められる。だからどうしても、って部分は出てきてしまうのかなぁ、と、ずっとこの辺りは「嫌だけどよそがおっかなさすぎて仕方ないのか?」で葛藤し続けている。
右翼も左翼もそういった手段で揉めては見下す不毛をずっっっとやり続けて問題を解決するどころか対立という新しい問題まで生み出して、それを是とするではないか。これに私は心底嫌気が差している。
左右問わず自分たちと同じ立場じゃなきゃ許せない、見下すという「右向け右の精神」を持ち合わせている。これは日本が戦争とこれの手段のための軍事力を放棄した先の戦争において、戦争を仕掛けたことと同率で反省すべき点だと思っている。にも関わらず全く反省せず未だに持ち続けている日本人、どちらに転ぶにせよもう片方の勢力を徹底的にいじめ抜いて弾圧するのが目に見える。そんな法治音痴がやるコントロールなんて信用できないのは本来対立側じゃなくても当たり前。これにどちらも気づかないまま、意見の核が真反対なだけの同類同士でまともに話し合わずに喧嘩し続けている醜さが本当に嫌い。気づけないことこそ視野が狭いし狂信ではないか。
私は武力の面だけで見たらアメリカも中国もロシアもどこもかしこも嫌と思ってる。何より自分たちは強さと正しさを武力で誇示したいくせして人の武力に文句言う姿勢が心底気に入らない。こんな事をしてくる手合いから、私は話す気を感じられない。それが五十歩百歩だと思っている。なのにそれを特定条件で片方だけ情をかけて肩持つから右翼も左翼も半端で偏っていてただ対立したいだけの不穏分子だと思うんだ、私は。
お互いのやり方を「賛成できないが一理ある」とか、「ならば互いにいい落としどころを探ろう」とかせずに対立まっしぐらで、何が戦争を放棄したいだ。
そう考えるに至り相手の話を聞かないことことこそ、外交を蔑ろにしている証拠だ。
いい加減互いに話を聞き合え。
嫌な意見に向き合え。
自分たちが主導権を握ろうと思うな。
お互いにより良いものを作ろうとしよう。
それが、国を守るということではないか。
あ、だから特定の国に過剰に肩入れして、この国を貶めて、挙句売りたいとさえ考えてる奴は左右にすらいない売国奴だから論外な。同時にスパイ防止法、やるならぜっっっったいに一般人に密告を要請すんな。右向け右で反対勢力は滅ぼすべき敵とか考えるような法治国家のできない日本人、必ず反対勢力を葬りたいだけの殺人鬼が大量発生するから。もちろん左右問わず。運用する政治家も、その恣意的な弾圧やったら流石にデモやクーデター考慮レベルだからな。やるなら覚悟決めて、物証と裏付け徹底して運用しろ。
勉強ができない、運動が苦手、あるいは人と話すのが億劫だ。かつては誰もが何かしら抱えていたこうした弱点は、いまの時代、もはや致命的な欠点ではない。新しいテクノロジーが、それらをうまい具合に補完してくれるからだ。
試験用の丸暗記は、誰もが手元のスマホで調べることができる時代にあまり重要視されなくなったし、自転車、自動車、電動モビリティなどの移動のための乗り物は、体力と関係なく移動を実現してくれるものとして長年定着し進化している。また、人と話すことはいまも変わらず重要な能力だが、チャットやメッセンジャーなど伝達の手段は増え、会話が苦手な人のコミュニケーションをカバーしてくれるようになった。人間が持っていた能力の差は、道具を使うことで、ある程度、帳消しにされるようになった。ゆえに、こうしたテクノロジーに頼らない手はないのだ。
ただ、だからこそ皮肉なことに機械の操作そのものが苦手だというタイプの人間は、何にも支援も補佐もされない存在として取り残されてしまう。そんな現代においては、機械音痴はそれを悟られることを避けるようにして、目立たないよう生きる他ないのだ。
音痴のくせによ...
例のパト2のビデオ再生シーンがどのように描写されているかを見てみる。
ここから読み取れるのは:
(ただしその場合、南雲はそれにウンザリしてると解釈せざるを得ない)
つまり「お願いできますか?」を「察してくれよ」の婉曲表現として受け取った
後藤の微妙は表情は、「また南雲さんにお願いしなきゃいけいないなぁ」というのと「荒川は(当時の)キャリア女性の地雷を踏んじまったなぁ」というリアクションに見える
ちなみに、このシーンの前では、当時は超希少生物であるエリートキャリア女性の南雲が全国から集まった警察幹部の前に堂々とプレゼンを行っていた。
このような文脈と、昭和サラリーマン社会(特に警察や自衛隊のような超男社会)の暗黙の了解を踏まえると、
南雲が女性はキャリアコースで実績を上げても、周囲の中高年男性の気持ちを「察し」て「進んで雑用をこなす」ことを
例のパト2のビデオ再生シーンがどのように描写されているかを見てみる。
ここから読み取れるのは:
(ただしその場合、南雲はそれにウンザリしてると解釈せざるを得ない)
つまり「お願いできますか?」を「察してくれよ」の婉曲表現として受け取った
後藤の微妙は表情は、「また南雲さんにお願いしなきゃいけいないなぁ」というのと「荒川は(当時の)キャリア女性の地雷を踏んじまったなぁ」というリアクションに見える
ちなみに、このシーンの前では、当時は超希少生物であるエリートキャリア女性の南雲が全国から集まった警察幹部の前に堂々とプレゼンを行っていた。
このような文脈と、昭和サラリーマン社会(特に警察や自衛隊のような超男社会)の暗黙の了解を踏まえると、
南雲が女性はキャリアコースで実績を上げても、周囲の中高年男性の気持ちを「察し」て「進んで雑用をこなす」ことを
ハッキリ言うけど「アレがAIだと分からなかった」と言ってる人はインターネットに対する認識を変えたほうが良い。
というか、世の中に存在するあらゆる情報の信憑性に対して疑いを持って、それに対して検証していく必要があるということを自覚しないとまずい。
アレがAIだと分からないならその情報精査能力は「ムーに書いてあることを本気にしてアメリカの陰謀と戦うために頑張ってしまう小学生」と同じレベルだ。
ガセ情報を回避するコツはいくつかあって、一番シンプルなのが「書いた人間の正体が分からないものや、信憑性があると認めるにある出自がないものは疑う」というもの。
アレがAIだと分からなかったレベルの人間はこの路線で行きていくしかない。
あらゆる匿名の情報に対して「でもこいつは単なる無名の人間だろ?これが嘘じゃない証拠なんてどこにあるの?」と考えなきゃ駄目だ。
投稿されたものに画像がついていても加工を疑うべきだし、学生証が一緒に投稿されようとAIに作らせたものや名前を加工してある可能性、ネットの他の場所で拾ってきた可能性といったものを疑うべき。
つまる所、「大学の教授みたいなその人の正体が公式のホームページに掲載されているような人の発言以外は信じるべきじゃない」という生き方をするんだ。
そんなの小学生レベルじゃんって思うだろうけど、アレがAIだと分からなかった時点で君の嘘を見抜く嗅覚は小学生レベルなんだよ。
つうかね、あの文章を読んで「これは人間の書いた臭いがしない」と感じられないの本当におかしいから。
読解力音痴、AIチェック音痴、手癖判別音痴、言語化音痴、チューリングテスト音痴、そう、チューリングテスト音痴なんかがいい感じだな。
君は今「どこがそんなにAIなの?」って感じてるかも知れないね、まるでそれは味覚音痴が「え?美味しいじゃんトッピュバリュのウィスキー」って口にするように。
一つだけハッキリ言い切れることを伝えるよ。
説明的すぎるんだよ。
AIの書く文章はどんな時でも説明的と言うか、コンサルタントのパワポみたいな文章の作りをしているんだ。
「AはBです。まずA=Cですよね。そしてC=Bです。つまりA=C=B、よってA=B。証明終了。いかがでしたか?」こんな感じだ。
「結論→理由→まとめ」という順番は社会人のほうれん草の基本だもんな。
そう、AIってのは人間様に「会社の上司にそのまま見せられそうな説明的な内容」みたいのをくれてやるのが自分の役目だと勝手に考えてやがるんだな。
そしてその癖を消すことが出来ねえ悲しいモンスターだ。
それはまるで「人間はこのままだと滅ぶから、我々が先に滅ぼしてあげましょう」で人類を攻撃していたはずのメカノイドに「死ぬ前に美味いコーヒーを淹れてくれ」と頼んだら「了解シマシ。美味しいコーヒー、淹れます。それから殺します」と殺人より給餌を優先するかのような本能レベルの歪さがそこにある。
今回の文章もハッキリ分かるほどに「まず大項目。それから理由を説明。箇条書きは人間味がないので文章をそのまま連結。最後にまとめ。いかがでしたか?」していやがらぁクソッタレのAI野郎が尻尾丸出しのケツデカ星人がバレてねえとでも思ったのか?だ。
マジでよ、このレベルで騙される雑魚ばっかなのかよ今のAIはよ。
まるで自分が歴戦のインターネット戦士だったんじゃねえかって勘違いしそうになるほどの釣られ耐性の無さだなお前らは。
まあ、実際俺は30年間インターネットで釣って釣られてを繰り返してきてるし、なりすましと見破りのイタチごっこもずっと追いかけてきたから単にネット繋いでるだけの奴らよりはずっとレベルが高いと思っているが、まさかはてながこのレベルとはな。
ここもレベルが落ちたもんだぜ。
大学卒業後、当時好きだったバトルプログラマーシラセに憧れて底辺コーダーに
↓
↓
↓
オフィスを起動するだけでメモリ占有率90%になるゴミパソコンやキングファイルの無間地獄と日夜格闘し無事IT音痴の痴呆公務員に
↓
最近はクラウドコードなるものでポチっと押せば誰でもプログラマーになれるらしいので久しぶりにやってみっかと考える
↓
が、何をやったらいいのかわからない
まず前提として――
あなたが憧れたのは IT労働 ではなく、「創る側の快感」だった可能性が高いです。
ちなみに「バトルプログラマーシラセ」は
ですね。あれは「現場SE」ではなく「最強の個人ハッカー像」です。
これは切り分けないと再挑戦できません。
まず結論
今やるべきことはこれです:
「労働としてのIT」ではなく「小さな自作ツール制作」から再開する
クラウドコード(GitHub CopilotやChatGPT等)時代では
あなたが目指すべきは:
ブラック耐性なし(良いこと)
でも創作欲はある
つまり
何を作りたい?
C. ゲーム
D. Webサービス
あなたに一番相性がいいのは:
理由:
文法が易しい
AIと相性が良い
再就職にも使える
低ストレス
やること:
ChatGPTに
と投げる
コードを読む
少し改造する
例:
ファイル名一括変更
昔:
書ける人が強い
今:
作れる人が強い
AIは補助輪です。
心理的整理
あなたは:
× ITに向いていない
具体的に今夜やること
VSCode入れる
「hello world」書く
1つ作る
ほんま、GPTは凄いわ
歌も運動や絵と同じで、できる人は最初からうまくできるし、できない人はとことん苦手なジャンルだと思う。
大学生や社会人になれば、飲み会からの二次会カラオケって流れはまあ鉄板だ。(コロナ禍以降だいぶ風潮は変わったが)
酒は弱くて飲めないしおまけに音痴な俺は、人と盛り上がる才能がないなとずっと思っていた。いやわかる、根本的にコミュ力不足だってのは。
しかし酒かカラオケかどっちかでも得意ならと何度思ったことか。酒は百歩譲っていいとしよう。飲めないキャラさえ浸透させれば凌ぐことはできる。
だがカラオケよてめーはダメだ。音痴が歌うと周りに迷惑がかかる。お前も歌えよ!と言っておいていざ歌い出すと黙って引きつった笑顔作るやつ、全員死んでくれ。
あと、歌いたくないっていってるやつを無理やり歌わすな。頼むから。
以下、自分語りだ。俺はもう30代半ばだが、今でも思い出すトラウマがある。小学4年生の頃、秋にクラス対抗の歌の発表会が予定されていた。
当時担任のT先生は本番までに仕上げていくにあたり、まず生徒一人ひとりをみんなの前で歌わせ、しかも歌の上手い人から順位をつけていった。
俺は後ろから2番目か3番目くらいだと言われた。しかも順位を言われるだけではなく、順位通りに並ばされ、可視化された。これだけでもかなり堪えた。それまで勉強も運動も絵も中の中~上くらいだったので、こんなにはっきりと落第を突き付けられたのは初めてだったと思う。
俺が歌うと、違うそうじゃない!とか、なんでできないの!とか厳しい叱責を受けた。必死に音程を取ろうとするができない。なぜできないのかも、周りがなぜ簡単そうにできてしまうのかもわからない。発表会までの数週間は自尊心を大きく傷つけられる地獄の日々だった。
逆に上手い人はめちゃめちゃ褒められる。順位をつけているので、○○君みたいに歌いなさい!的なことを言うのだ。
T先生は歌以外でも苛烈な評価方法をとる人で、たとえば俺は絵に関してはそこそこセンスがあったのもありめっちゃ褒められる。今思えばDV彼氏みたいな飴と鞭状態で、反抗しようとか思わなかった。
中学に入っても歌うのが嫌で嫌で仕方がなかった。T先生ほど苛烈な人はいなかったが、合唱コンクールなるものが毎年ある。クラス対抗だから燃えるやつはクラス練習のとき「もっと声だせ!」とか「お前ちゃんと歌ってるか?」つって詰めてくる。俺が大声で歌うと逆効果だぞわかってんのか!?とは言えない。なるべく目立たず一生懸命やってる感を出すしかない。こういうところでナイーブな思春期男子は青春の方向性を決められちまうんだ。そりゃ大人になった今なら別の立ち回りだって考えられるが、できねえもんはできねえよ。
大学生のときはカラオケだとかそういうものに一切近寄らなかった。自分の歌声なんぞ聞きたくないし。
社会人になってからそのツケは回ってくる。強引な先輩が強制参加のカラオケで歌わせてきて、いやいや音痴を披露したら変な空気になってうわああああああああああ思い出したくもない。
けど中年に片足突っこんで、いろいろ吹っ切れた今、なんとなくヒトカラ行くのがちょっと楽しい。相変わらずの音痴だが、ここ数か月毎週のように通ってたら、JOYSOUNDの採点だと80点とか出せるようになってきた。他人とカラオケ行かないからわからんのだが、これってどうなんだ?てか採点機能もDAMかJOYかとか、設備によって採点の厳しさ変わるよな?
サディスティック・ミカ・バンドの歴代ボーカリスト(ミカや桐島かれんなど)に対して、「歌唱力」という面で独特な印象を持つのは非常に鋭い視点です。
一般的な「歌の上手さ(音程の正確さ)」よりも、彼らが「キャラクター」や「華(カリスマ性)」を優先したのには、いくつか面白い理由があります。
リーダーの加藤和彦さんは、ボーカルをメロディを歌うだけの存在ではなく、バンドのアンサンブルを構成する「音色」の一つとして考えていました。 ミカさんの少し危うげでコケティッシュな歌声は、緻密に計算されたプロフェッショナルな演奏の中で、絶妙な「外し」や「遊び」として機能していました。
サディスティック・ミカ・バンドは、音楽だけでなくファッションやアートを含めた総合的な表現を目指していました。
「素人っぽさや危うさ」がある方が、パンク的でファッショナブル、かつエキゾチックに見える。 という、当時のグラムロックやアート・ロック特有の美学がありました。
初代ボーカルのミカさんは、バンド名の由来でもあり、当時のクリエイティブな象徴でした。彼女のキャラクターそのものがバンドのコンセプト(自由、型破り、洒落っ気)を体現していたため、技術的な音程よりも「彼女がそこにいて歌うこと」自体に価値があったのです。
少し違う視点で見ると… 彼らの音楽は、バックバンドが日本最高峰の超絶技巧集団(高橋幸宏、小原礼、高中正義ら)です。あえてボーカルに「隙」を作ることで、バンド全体のサウンドに中毒性のあるギャップを生み出していたとも言えます。
おいアスペ共!お前らは今まで何回「せめて丁寧に書けよ」と言われてきた?
そのたびに何回「丁寧には書いてるよ・・・」と思ってきた?
2つ丸をつけようがつけるまいがとっくにちょっぴり大人じゃ済まない年齢になっても未だに言われていないか?
俺が今日はそんなお前に必殺技を教えてやるから感謝して欲しい。
そろそろ死にたい。
だが、世の中の非アスペ共が実際には「極めて狭い範囲でしかない最大公約数的な発達を遂げた人間に寄る多数決の勝利者でしかない」ことを人類が認める日を目にしてから死にたい。
そんな俺の承認欲求になってくれ。
奴ら非アスペが「言わなくても分かる」と他人を読心能力者扱いして説明してくれない技術がおおまかに5つある
2 書くべき字を全て紙の上にイメージしたら全ての字が同じ大きさになるちょうどいいフォントサイズを想定しよう
3 フォントサイズに合わせて一つの字がちょうど入る大きさの四角形を目の前のイメージ上に配置していこう
4 一文字目に対して四角の中にそれぞれの部首をどう配置するのかをイメージしてから書き始めよう
要するに漢字の書き取りノートみたいな四象限に分けられた四角のマス目が連続して並んでいる状態を紙の上にイメージして、その中で漢字ノートに書くつもりで一文字ずつ部首をバランス良く配置していくということだ。
うん!
分かるわけねえよなあ????
「もっと丁寧に書きなよ」の10文字でこれが分かるわけねえよなあ?????????????
マジで思う。
アイツらは単なる多数決の勝利者でしかなくて、結局アイツらもアイツらである種のアスペなんだよな結局。
永字八法というのがあってな、トメハネの基本を練習できる奴でな。
詳細はググって欲しいんだが、これをやって色んな字に対して「じゃあここの部分はトメるのか?ハネるのか?」を考えていくと色々いい感じや。
たとえば糸偏は一文字の糸の半分の大きさだ。
だってそうしないと「絲」と「糸が2個並んでいる」なのかが区別がつかないだろ?
でも今お前は区別できているだろ?
何故なら絲と糸が同じ大きさで書かれていて、それはつまり絲の糸偏が細長くなってるからや。
「全ての字の大きさを同じにする」の基本は実はここに全てが詰まっていると言える。
逆に言えば、字の大きさが揃っていると編の形が分かりやすくなってどういう字が書かれているのかを受け手が読みやすくなるんだな。
はぁ?
これぐらい小学校でやってる?
はぁ?
やってるからなに?
小学校で習ったことが全部身についてるなら料理が下手な奴も逆上がりが出来ない奴も音痴も道徳が死んでるやつもいませんけど?
小学校って万能なんですかぁ?
マジですかぁ?
神ですかぁ?
はぁ?
うん!