はてなキーワード: 名人とは
3Gから10年以上モンハンをやっている人間だが、モンスターハンターワイルズ(以下、ワイルズ)の騒動を経て、モンハンというシリーズが抱える問題の根が垣間見えた気がしたので、記録として残すことにした。
結論から言うと、カプコンに改善を促す前に、プレイヤーやコミュニティが自分たちの暗黙知に縛られているという話である。
いくつか段落を設けるので順番に見ていこう。なお内容を調整した上でカプコンにも送信するつもりである。
今モンハンを楽しんでいる人にとやかく言って貶めるつもりは全く無いが、一方で同じことを続けてるような気がしたので書き記すこととした。
また、ここで提案する改善案については、ワイルズやアセンダンスの時点でやれという話では決してないので悪しからず。
なお、本文は自力で主張を組み立てた後、AIに推敲・表現の見直しをさせている。推敲漏れがあったら申し訳ない。
まず最初に、モンハン界隈は武器種という話題で荒れすぎである。
私の知る範囲だけでも
こういった変化の中には、フィードバックが殺到して改善されたものもあれば、チャージアックスのように根本的な改善になっていないものもある。
荒れる際に共通しているのは、その武器種を使う人と使わない人で見えている世界が違うということだ。
自分も別武器使いに自身の武器への不満を話した際に、終始話が噛み合わなかった。
フレンド同士でもこれなのに、XのようなSNSで噛み合うはずがないのである。
後ほど話すが、そもそも武器種の操作が複雑になりすぎている上に、ゲーム内の操作指南だけでは理解できない要素が多数ある。
武器種の操作を覚えてもスキルビルドという壁がのしかかるし、そこにも問題がある。
考えてみてほしいのだが、ゲームデザインの完成度で知られるブレス オブ ザ ワイルドやティアーズ オブ ザ キングダムでも、これほど複雑な武器操作やスキルビルドは存在しない。
私はプレイしていないが、エルデンリングでも同様だと聞いている。
しかしいずれのタイトルも、プレイした者は口を揃えて奥が深いと言っている。
武器種を極める楽しさがモンハンの醍醐味であるのは重々承知であるし、それを捨てるのもまたどうかとは思う。
しかし後述の主張と合わせて考えると、その楽しさを活かしきれていないのではないかと最近考えざるを得ない。
このモンハンというゲームは、とにかく暗黙の了解やゲーム外での検索・動画視聴に頼りすぎである。
PS2のオンラインや事実上ネットゲームのモンスターハンターフロンティア、リアルで持ち寄るPSPの時代はそれでも成立していたのかもしれない。
しかし、スマートフォンが普及していない時代の3DSモンハンのオンライン環境や、様々な間口の拡大によって国内外から新規・ライト層が大量流入したワールド以降においては、暗黙知が通じない相手が体感上大幅に増えた。
そもそも我々は感覚が麻痺しているのだが、モンハンというのは、フィジカル・ロジカル両面でとても難しいゲームであり、長時間にわたって集中力を発揮する必要がある。
実際、ワールドのストーリークリア前に挫折したプレイヤーの比率はSteam実績データにも反映されている。
PS4のトロフィーデータによれば、ワールドの上位クリアに相当する達成率は約44%であった。
モンスターハンターワールド:アイスボーン(以下、アイスボーン)のマスターランク序盤クリアに相当する実績は約6割近くとされており、こちらは無印ワールドより高い数値となっている。
なお、ライズはSwitchでもプレイしたため実績の確認が難しいが、有志の記事を調べたところ大差はないようである。
カプコンもこのデータを把握しており、ワイルズのストーリーは大幅に難度が下げられた。
発売直後のSteam実績データでは上位クリアに相当する実績解除率が過半数を超えており、ワールドより大きく改善されている。
しかし、ご存じの通りワイルズのSteamにおける同時接続者数は、ピーク時の約138万人から数ヶ月後には98%以上減少するという急激な落ち込みを見せた。
これはワイルズのコンテンツ量ややり込み要素の少なさの問題もあると思うが、それ以前のシリーズから続く根本的な問題があると私は思う。
ここで先述の武器種の話に繋がるのだが、ゲーム内の武器種操作指南を参照するのはよいとして、武器種やモンスターによっては外部の解説動画や攻略動画を見なければ倒せないというのは問題だと思う。
APEXやLeague of Legends、大乱闘スマッシュブラザーズのような対戦ゲームであれば、相手が人間である以上ある程度は許容できる。
我々のような熟練プレイヤーであれば、ワールドもライズも難なくクリアできるのだが、問題はそこにある。
ワイルズのストーリーの敵はワールドやライズと比べても明らかに手応えがない。
TU2以降の歴戦の個体・歴戦王と異なり、ストーリー中は大技を連打しているだけで勝てるレベルで、装備更新の頻度もかなり少なく、更新するにしてもあっさり終わってしまった。
ワールドのアンジャナフやリオレイア亜種、ライズのオロミドロやジンオウガ・リオレウスはしっかりと強く、大技を連打するだけでは勝てない相手だった。
つまり、ワイルズのストーリーの敵は、名目上のクリア率を上げて初心者にモンハンを体験させるために、意図的に難度を下げているのである。
その後、難度が低くてつまらないというコミュニティの声に押される形で、カプコンは体力が大幅に増強された☆8や傷ダウンが廃止された☆9、オメガ・プラネテスやゴグマジオスなどを実装した。
コア層は満足したものの、ストーリーで戦闘の基礎を身に付けられなかった初心者にとっては難易度の落差が激しく、太刀打ちできる術がない状態となった。
そこには、ゲームに不慣れな人をモンハンのプレイヤーとして育てる土壌が整っていないことが表れている。
本当にクリア率を改善するために必要だったのは、いたずらに難度を下げるのではなく、武器の操作、モンスターの行動の読み方、各種アイテムや状態異常の活用法などを初心者向けに丁寧に説明するシステムだったのである。
ライズでは基礎クエストや村クエストなどが存在し、クリア率から見て十分とまでは言えないものの、ある程度の取り組みはされていた。
しかしワイルズではいきなり大型モンスターとの戦闘から始まる上に、ストーリー序盤で「翼竜から音爆弾が取れる、その音爆弾でバーラハーラを驚かせる」という、シリーズファン以外には分かりにくい前提知識をチュートリアルに組み込んでいるとして、批判的なレビューが見受けられたほどである。
また、ワールド以前からあったものの、ワールド以降より顕著になったのが、初心者でもマルチプレイを利用すればストーリーがクリアできてしまうという根本の仕組みである。
昔から「養殖」「出荷」という用語があるように、上位やマスターランクの装備を持つプレイヤーにキャリーされた初心者は、その分狩猟の基礎を学ぶ機会を奪われるため、高難度クエストで足を引っ張りがちとなる。
そして、そうしたプレイヤーはコミュニティから「地雷」と叩かれることになる。
また、こうした暗黙知の問題が如実に表れた出来事が最近あった。
モンハンを普段メインとしていない、別ゲーメインの配信者が「モンハンの3乙システムがギスギスの原因になっており、ライト層や初心者が敬遠する要因になっているのではないか」という率直な疑問をポストしたところ、その内容がAIによる要約を経て一部で曲解・拡散され、「下手なだけ」「向いていない」といった心ない言葉を浴びせられる事態が起きた。
もちろん、3乙というルールにはモンスターの脅威感や緊張感を担保する設計上の意義があり、それ自体を否定するつもりはない。
しかし、モンハンをメインとしていない層の視点から出た素朴な疑問を、コア層が一方的に叩き潰すような風潮は、先述の暗黙知をより強固なものとし、結果的にモンハンというコンテンツの裾野を狭めることになりかねない。
皮肉なことに、その配信者がメインでプレイしているゲームこそが、本稿で先に挙げたブレス オブ ザ ワイルドやティアーズ オブ ザ キングダムである。
あれらはシリーズが長年積み上げてきた暗黙の前提を徹底的に見直した結果、歴史的な大ヒットを記録した。
外から見た率直な意見にこそ、シリーズを次のステージへ押し上げるヒントが潜んでいることをコミュニティ全体で意識してほしい。
しかも公式はこの問題に対処するどころか、マルチプレイ時の体力倍率を増やして効率を悪化させたり、キャリーしたプレイヤーに報酬ボーナスを配ったりするにとどまっている。
これは決してマルチプレイ自体を否定しているわけではないが、マルチプレイに頼りたくない・頼れないプレイヤーが勝てなくてやめてしまう状況はどうにかする必要があると考えている。
今後のモンハンでは、開発者もコミュニティも、自分の知っている暗黙知を初心者は知らないという前提で動いてほしいものである。
例えば、現状攻略サイトが担っているようなおすすめ装備の提案を、攻略段階においては公式がゲーム内で行ってしまうという方向性が考えられる。
一式の装備を丸ごと勧める必要はないが、武器種やプレイヤーの習熟度をゲームプレイから推定して、被弾が多ければ防御寄りの装備を現状の入手可能な範囲からリコメンドする機能などが有効ではないだろうか。
ワイルズにもおすすめ装備機能はあったが、ゲーム自体が簡単すぎて装備更新の必要が生じにくかった上に、その段階で作れる装備を提示しているだけで実質的な参考にならなかったのは残念だった。
また、モンハン初心者がやりがちなことに対して先回りでチュートリアルを用意すべきだと思う。
ゲーム内で完結できないなら、公式が動画を制作するか、公認クリエイターやタレントなどに制作を委託して公式から発信するという手も考えられる。
まず、武器種によって快適な周回のために消費されるスキル枠の数が違いすぎる。
私の知る限り、ガード武器は「ガード性能」と「ガード強化」で少なくともスキル枠を2つ、「攻めの守勢」を加えれば3つ消費する。
チャージアックスやガンランスは「砲術」と「砲弾装填数UP」でスキル枠を2つ消費する。
立ち回りでカバーできる前者はともかく、後者のように事実上必須となっているスキルは、スキル枠の圧迫要因にしかなっていないと感じる。
また確実に必須とまでは言えないが、狩猟笛の「笛吹き名人」やスラッシュアックス・チャージアックスの「高速変形」のようなスキルも、汎用スキル枠を消費することになる点は同様だ。
この問題はライズの「おだんご砲撃術」と似た理由でスキル構築の多様性を損なっており、過去作でもディアブロ装備が大剣に組み込まれて「大剣三種」「角の呪い」と呼ばれたり、スラッシュアックス使いがオロミドSヘッドの猫耳フードの呪いに掛かったり、ガンランスがEXゾラマグナ3部位に縛られたりする事態につながってきた。
同様の理由で、汎用性の高い火力スキルや必須スキルをシリーズスキルにすべきではなく、その意味でアイスボーンの「〇〇・極意」スキルは失敗だったと考えている。
そこで、武器種ごとの使い勝手に関わるスキル(「ガード性能」なども含む)については、ゲームの進行度に応じてポイントが追加される振り分け式のスキルツリーを実装することで解決を図りたい。
これにより、防具性能デザインにおいて武器種ごとのバランスを考える手間が省けるし、武器種ごとのスキルの差異も吸収できる。
確かにモンハンらしいシステムではないが、何らかのアイテムに紐づければシリーズらしさは保てるだろう。
花結のような前例もあるし、モンスターハンタークロスの狩猟スタイルやモンスターハンターフロンティアの秘伝書システムとの統合も考えられる。
スキル構築の多様性という観点では、近年のアップデートによる装備インフレにも問題がある。
強力な防具が追加されると、最終的にはアイスボーンのEXドラゴン装備やサンブレイクのプライマル装備・荒天装備に装飾品・錬成・護石を合わせればほぼ解決するという状況が繰り返されており、他の防具は見た目の変更(重ね着)でしか出番がなくなる。
ワイルズにおいては、レア6装備のスロット強化とスキルの上方調整によってシリーズスキルは多様化したものの、グループスキル「ヌシの魂」発動のためのγ装備2部位装備が事実上の確定枠となっている。
また、限界突破強化による低レア防具のスロット強化が行われたのは評価できるが、対象が時期を問わずレア5・6のみである上に、スロット強化にとどまりスキルは据え置きとなったため、イベントクエスト産以外のレア5防具や、アップデート前実装でありながらスロット強化対象外のレア7防具(ゴア装備を除く)は引き続き使われにくい状況である。
文字数が足りないので次項に続く。
https://x.com/kskgroup2017/status/2062482319811002583
この投稿をみて戦慄した。先日の本田の投稿だ。彼について説明不要だろう。もちろん私も彼の活躍を尊敬している。カードダスも所有していたくらいだ。
だがしかし。この投稿は、さすがに鼻についた。彼のような影響力のある人間が見せるべき姿ではない。こんな深い腐海にきてまで「シゴデキアピール」する必要はない。あなたは玉蹴りの名人であり、パソカタの名人ではない。あなたは**此処**に立ち入るべき人間ではない。
云10年の経験を持って言わせてもらう。餅は餅屋。野人がけしからん土足で入り込んだ、IT音痴の門外漢にB-29の操縦桿を握らせたらどうなるか。そしてこれはClaudecodeに限った話ではない。**技術者のIT技術全て**についてだ。我々技術者の歴史は、ひたすら奪われ続けている。なぜ失敗から学ばないのか。
技術者と自称するのは、気後れするだろうから、技術自認者という言葉をあげよう。技術自認者の資産とは、まさに**IT技術**のことだ。あなたの人生を削って得た技術だ。それを、今すぐ資産を公開するのをやめなさい。あなたの**お人よし**が、自分の首を絞めるだけでなく、業界全体の首を絞めている。
君たちが考えているのはこうだ。「ITは誰にでも開かれている」「個人にはどうすることもできないダイナミズムだ」そして次に野人たちはこう言うだろう「IT技術者は攻撃性が高い」。笑止。
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云十年この業界に蝕まれた、月給400万以下の腐海の住人から言わせてくれ。
ちゃんとした映画はいつだってルールが分からなくても面白い。79点。
世界最強棋士のイ・ビョンホンはある日、碁打ちイベントで生意気だが実力のある少年チョンホに出会う。彼の才能を認めたビョンホンは彼を弟子にすることを決め、住み込みで厳しく囲碁を教える。才気を発揮していくチョンホだが大きくなるにつれて、自身の考える勝てる碁とビョンホンの考える勝てる碁の差に苦しみ始める。しかし着々と実力をつけたチョンホはタイトル戦でついにビョンホンとぶつかることになる。二人の最強棋士の苦悩と戦いが今始まる。
みたいな話。
いや、めっちゃおもろかったね。
「ヒカルの碁」は読んで、後は最近「鬼手」っていうダイナミック囲碁バトル映画を見たくらいでぶっちゃけルールもわからない。初手天元に打つといいらしいってことくらいしかわからないけど普通に楽しめた。これはネトフリの字幕班が頑張ったのか、元からそうだったのかわからないけど序盤で登場人物たちが話す囲碁用語に関してはほとんど字幕で解説が入るので安心。まぁ、ああいうのってだいたい読んでもほーんとしかならないんだけど。
強さの表現としても実際、碁盤を見せられたって俺らっていうか客の大半はなんもわからんわけじゃん。だから、少年チョンホが打つ、相手がギョッとした顔をする、で、あ、なんかスゴイ手を刺したんだなってわかるし、棋院みたいなところにいったときもサクサク相手が入れ替わっていくことでめちゃくちゃ強いんだなって表現できてる。
特に感心したのが、ビョンホンとチョンホの初のタイトル戦で緊張しているチョンホは最初かなり追いつめられるんだけど、チョンホはチラチラと持ち時間の時計を見るのね。で、チョンホはビョンホンに比べて時間を多く使わされてしまっていて、たぶん苦しいんだろうなっていうのが分かるのね。でも途中で、ビョンホンの教えを思い出して落ち着いて覚醒したチョンホが巻き返してくるんだけど、それをビョンホンの待ち時間がチョンホのそれに追いついてきてる、ということで表現していておぉ~すごいってなった。
この覚醒もよくてねぇ。センシティブになって対戦会場のいろんな音が気になって石も手につかない状態だったチョンホがビョンホンにかつて教えられた言葉を思い出して一番落ち着くことを考えたときに、彼が幼少期から碁を打っていた祖父の家の時計屋を思い出してその規則的な音に包まれて落ち着きを取り戻すのね。そこから待ち時間の時計を気にすることなく自分との対話で巻き返し始めるっていう作劇はよくできてたと思う。
キャラの対比もよくて、激攻め型なのに基礎や定石にこだわるビョンホンと守備型計算型なのに自分で考えることにこだわるチョンホ。でもそんなチョンホをちゃんと強くしたのはガキがうるせー!いいから定石並べろハゲ!つって厳しく育てたビョンホンっていうのもいいし、そのビョンホンのライバルというかけちょんけちょんにされちゃうナム名人っていう韓国のバイプレイヤー顔のおっさんがでいるんだけど、その彼に「ワイが目指す碁が師匠のものと違うンゴ」って悩んでたチョンホがそのことをポツリと漏らすんだけど、彼が「教わるだけじゃなくて倒そうとしろ」ってアドバイスをもらって、定石の先、ビョンホンの棋譜を研究し始めてそこで改めて師匠の強さを知るって展開も好。
普通、これ系の話って弟子がスランプに陥ってそれを乗り越えて最後に師匠を超えるなり、師匠はやっぱりつえーやってなるなり、師匠を倒した最強棋士を倒すなりするもんだと思うんだけど、今作ではチョンホはわりとまっとうにすくすく成長し中盤くらいでタイトル戦でビョンホンを破り、その後、次々とタイトル戦でビョンホンを撃破。
少年時代から愛のある、ここで彼を認めたら彼の才能に蓋をしてしまうという厳しさであたってきたビョンホンだったけど、勝てなくなってから明らかにイラつきからの彼の才能を認めたくないという厳しさで当たってきたんだけど、ついに彼を認め独り立ちさせる。そこで「そういえばお前のことを一度も褒めたことがなかったな。お前は俺の誇りだ」っていうのめっちゃ泣けるし、そこでチョンホが弟子入りを認められた時と同じように土下座するっていうのもよい。
そしてまさかのビョンホンのほうがスランプに陥るも、またナム名人に出会い励まされてカムバックを果たし最後のタイトル戦でチョンホを破り、二人は対等なライバルとして仲良く喧嘩し続けるのでしたおしまい。という、まさかの師匠側がリベンジする話になってて、まぁ、原作の実話のほうがそうなってるからそうなんだろうけど、そこは結構面白ポイントだったかな。
そんなビョンホンもただ厳しいだけじゃなくて、ぶきっちょなチョンホの靴ひもを結んであげる優しさもあって、それが独り立ちした後、ばったり再会したときにも本当にお前はしょうがないなっつって結んであげるのもめっちゃエモかった。囲碁に関してちょっと本気すぎるだけで愛がある良い人なんだよな。
強さ表現のところで演出の話したけど他にも結構いい場所あって、めっちゃ傲慢タイプの打ち手だったビョンホンがチョンホに負けてたぶんその検討を自室でするときに、ドアかどっかのガラスにビョンホンが反射していてまるで自分と対局しているように見えるシーンとか彼が自分自身と向き合うターンなんだなってセリフなしでもわかったし、碁盤を真横から映して最初の一打ずつ打った時点で黒石の向こうに日食みたいにうっすら白石が見えて、そこからカメラがずれて行って奥の白石にピントが合う、みたいな表現はめっちゃカッコよかった。
チョンホ役の人の顔がめっちゃびみょ……じゃない、ちょっとブサイクな感じで日本だったら松山ケンイチとかあてそうだけど韓国はこういう顔でも主役級いけるん懐広いなと思って見てたら、最後に実際の2人(この作品は実話ベースなので)が出てきたら顔が激似で草。なによりビョンホンのほうがクソ似ててすごいなって思った。俺の中でのビョンホンは甘い生活で止まってたので余計に驚いた。
まぁ、そんな感じかな。
師弟もの、敗北からのリベンジものとしての圧倒的な強度とテンポのよさがあってエンタメ強度がめちゃくちゃ高い。その上、囲碁のルールが分からなくても大丈夫だし、ない答えを探すのが囲碁というこの作品は囲碁の話じゃないと成立しづらいよなっていうところもちゃんとあってかなり良かった。
結果主義の勝負の世界という意味では、将棋棋士同士だと「藤井くん」「羽生くん」と呼べるのは幼馴染みなどの特例だけやね。
でもファン目線で煽り目的の「くん」「ちゃん」呼びはひとつも思い当たらないな…。
あと藤井名人の有力なライバルと目される伊藤匠2冠は、「たっくん」の愛称がとても定着してるわね。豊島将之九段なんて「豊島くん」から派生した「きゅん」だからなー。
将棋の豊島将之新名人が一夜明け取材に臨む ファンによる愛称「きゅん」について語る - スポーツ報知
https://hochi.news/articles/20190518-OHT1T50096.html?page=1
豊島将之八段はいつから「きゅん」と呼ばれたか - Arai Koh's Shogi Life
https://araishogi.hatenablog.com/entry/2018/07/10/200000
糸谷九段が藤井名人に挑戦した名人戦も4連敗で華々しく散ってしまった本日、登録115万人を誇るホロライブの姫森ルーナたんが、4月12日の 【 アソビ大全 】ミリしら将棋やるのら…ぞっ!!!(・o・🍬) に続いて、2度目の将棋配信 【 棋士・藤井聡太の将棋トレーニング 】イチから学ぶ将棋の世界なのら!!! を、開始から3時間を超えて20:40現在も絶賛配信中だ。
4月6日に増田に書いた なんかVTuber界でじんわり将棋が流行っとるやん の直後にルーナたんが配信していたことは知っていたが、早くも2度目の配信だ。1度目のミリしら配信ではかなりセンスよく吸収していたし、今回 【 棋士・藤井聡太の将棋トレーニング 】 に手を出すとは、いろいろなチュートリアルを通じて将棋を体系的に学べるタイトルであるだけに、たいへん心強い。
いま発見したばかりなので詳細はわからないけど、今後とも将棋配信を継続してくれるといいな!そして近い将来に箱内(元将棋部のラプ様とか)や箱外との対局にも挑戦してもらいたい!
https://digital.asahi.com/articles/ASV592RZ4V59UCVL055M.html
第84期将棋名人戦七番勝負第3局(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ特別協賛、和倉温泉日本の宿のと楽協力)が7、8日に石川県七尾市の「のと楽」で指され、藤井聡太名人(23)=竜王・王位・棋聖・棋王・王将と合わせ六冠=が糸谷(いとだに)哲郎九段(37)に130手で勝って開幕3連勝とし、4連覇に王手を掛けた。互角だった盤上の景色が歩の妙手から急転する一局だった。第4局は16、17日に大阪府高槻市で指される。
棋士になった14歳の頃、藤井は「景色」という単語を時々口にしていた。「強くならないと見えない景色があると思っています」。目に映るランドスケープではなく、ある領域まで到達した時の境地、という意味合いで用いる「景色」。中学生らしからぬ言語感覚だな、と思ったものだが、あれからもう10年が過ぎようとしている。
対局後の深夜、名人戦第3局を象徴する△4五歩(図1)について23歳に尋ねる。あの言葉を再び発した。
「複雑な景色にできるんじゃないかな、という考えがありました」――。
対局2日目。両者が互角のまま激しく競り合う午後3時前のことだった。
挑戦者が▲2七桂と打った局面で名人は42分考慮し、難問を突き付ける。
「自然に指すと△1七歩成ですが、▲3五桂から3~4筋を制圧されて主張を失ってしまいます。もうちょっと頑張る手はないかと考えていました。△4五歩への先手の候補手もいろいろあって難しいと思ったので、よく分からないけどやってみようと」
△4五歩を指して藤井が席を立つと、糸谷から本心の独り言が漏れた。
「いやぁ……どういう意味だ?」
挑戦者は30分を用いて▲4五同銀と角取りに歩を取る。極めて自然に映る一手は、なんと敗着になる。33秒後、藤井に△5三桂を指され、糸谷は再び手を止める。変調に気付いたのだ。
「応手(▲4五同銀)が悪く、△4五歩で形勢を損ねました。△5三桂を軽視していて思考が飛んでしまった」
目の前の果実を取らず、一目散に▲4八玉~▲5八玉と戦場からの逃避を開始すれば難解だったようだが、常識的な感覚からは難しい。藤井は語る。
「角を取って下さい、という△5三桂はあまりない手です。最初は変な手かな……と思いましたけど、▲3五桂が空を切れば先手は攻めにくくなる。複雑で難しい展開にできるので、あり得る手なのでは、と考えました」
糸谷は▲4四銀と角を取って△同銀に▲3三角、さらに△同銀▲同歩成△同金▲3四歩△3二金▲3三銀と激烈にアクセルを踏むが、藤井は自玉の安全度を正確に読み切っていた。格調を漂わせる△5七歩(図2)から▲同角△4五桂打▲5六銀に△3六歩が決め手になった。連隊で跳躍するはずだった2枚桂は盤上に釘付けに。逆に全軍を躍動させた藤井は、長らく自陣最下段で眠っていた飛車の成り込みを決着直前に実現させて一瞬で討ち取った。
大盤解説会場の渡辺明九段は△4五歩を「将棋史に残る毒まんじゅうですね」と評した。現実を冷静に見る前名人に「将棋史に残る」と言わしめた名手により、現名人は3連勝を飾った。4連覇へ死角なき強さを見せている。
能登半島地震からの復興途上にある和倉温泉での勝負だった。名人は語っていた。「将棋はゲームなのでハードの面でプラスになるわけじゃないです。でも、ソフトの面で名人戦を楽しみにしていただき、開催していただいたことで復興に向けた歩みをより多くの方に知っていただけたら」
△4五歩が後世まで語られれば、舞台となった対局地も記憶される。傑出した一手には時を超える力がある。かつての景色を取り戻そうとしている土地の盤上に名人が刻み込んだ絶景の妙手順は、どう語られていくのだろう。
激闘の翌朝、藤井は能登の空と七尾湾を見つめていた。透き通るブルーで彩られた世界は「好きな色は青」と語る名人の佇(たたず)まいと調和した。美しい景色だった。
以下のように「3タテとは本来3連敗のことであり、3連勝の意味で使うのは誤用だ」と主張されることがある。
「3タテ」の正しい使い方でプロ野球ファンの間で議論沸騰 / X
そもそもが俗語で、発祥も不明なのに、いったい誰が「原義」を確かめたのだろう。
「3連敗」説の傍証として提示されるのは、「もともと『3タテを食らう』という形で使われることが多かった」ということだが、考えてみればこれは根拠になっていない。
たとえば英語で「同一カード3連勝」を意味する「スイープ」だって、「スイープを食らう」と言えば「同一カードで3連敗した」という意味になる。
「3連敗する」という意味で「3タテを食らう」が使われていたとしても、それだけでは「3タテ」が「3連勝」の意味である可能性をまったく否定できない。
調べられるかぎり「3タテ」の最も古い記述は、1935年『三田文学』の和木清三郎「わがスキイ」の記述だった。
スニペットしか見られないので文脈がわからないが、これは「三連勝」の意味のようにも思える。原文を確認したいところである。
1936年『あみ・ど・ぱり』誌に掲載された、石黒敬七のコラムには、ビリヤードの文脈で出てきている。
おまけにタイガースは春は優勝したチームだつたけど、秋はシーズン当初の不成績が祟つて、二位に落ちるチームだし、それに一度も勝てずに四タテを喰つたんぢや、チーム経営者の方から苦情の出るのは当り前ぢやないか。
「3タテを食う/食わす」ではなく「3タテする」という形での用例も戦後には見られるようになる。
1957年『ベースボール・マガジン』。「広岡」とは広岡達朗のこと。
広岡 おもしろいゲームをしようとは思わなかったけれども、四タテとは誰も思っていない。なにか四タテするんじゃないかぐらい思ったけれどもね。
これは巨人の選手だった広岡が、日本シリーズで「西鉄に四連敗した」ことを言っている可能性もあるか。
開幕当初の調子がよかったころでも、4連勝目になると弱いチームにも奇妙にストップされる。第9節に大阪で南海を三タテしたときも東映でストップ
かの鶴岡御大が1962年に出版した『南海ホークスとともに』という本にもあった。
プロ野球黎明期から「3連勝する」の意味で「3タテする」という言葉が使われていたと言っていいようである。
さらに重要な記述として、1961年の楳垣実『続語源随筆 江戸のかたきを長崎で』のなかに「3タテ」の語源に関する言及がある。
たて この語については、福原麟太郎先生からおたずねにあずかった。「ヂャイアンツは広島に三タテをくった」などと使う「たて」である。野球のことなどに詳しい方に聞いてみたが、よくは分からなかった。大阪で老人などが、碁とか将棋とかで、「二タテやった」「三タテやった」という使い方の「タテ」という語を、「二回続けての勝ち」「三回連続の勝ち」という意味で使ったことがあると、長沖一さんから教えていただいた。まったく見当はつかないが、その大阪ことばと関係があるのかもしれない。そしてまた「立てつづけ」という語とも関係があるのかもしれない。しかし「三回立てつづけの勝」が「三たて」と略され得るかどうか、疑わしい。
これにより、1961年時点で語源がわからなくなっていたこと、もとは囲碁将棋用語の可能性があること、「3タテ」が「3連勝」の意味だった可能性があること、「3タテは連敗の意味のはずだ」という疑問は持たれていなかったこと、などがわかる。
以上からすると、「3タテは3連勝のことだ」とまでは決められないものの、少なくとも「3タテは3連敗のことだ」と言い切ることは難しいのではなかろうか。
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
[#改頁]
瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに