はてなキーワード: 盲目とは
ヴァトニク(ロシア語: ватник、vatnik)は、ロシアやウクライナなどの旧ソ連諸国で使われる政治的な蔑称・インターネットミームです。起源2011年にロシアの芸術家アントン・チャドスキー(Chadsky)がVKontakte(VK)で作ったミームに由来します。キャラクターは、ソ連時代のパディング入り綿入りジャケット(ヴァトニク / telogreika)を擬人化したもので、スポンジ・ボブのような丸い体、灰色、赤い鼻(酒で)、黒い目(喧嘩で)という見た目です。
主な用法: ロシア政府のプロパガンダを盲目的に信じ、政府寄りの愛国主義・強硬ナショナリズムを支持する人々を指す侮蔑語。頭が悪く、考えずに国家メディアの主張を繰り返すイメージです(「耳に綿が入っている」ような意味)。
特に2022年以降は、プーチン支持者、ロシアのウクライナ侵攻支持者、オンラインでクレムリンの主張を広める人々を指して使われます。
背景
反体制派(リベラル層やウクライナ人など)が使う言葉で、「洗脳された愛国者」というニュアンスが強いです。政府支持者からは「普通の愛国者を侮辱する言葉」と見なされます。要するに、**「綿入りジャケットを着た、頭の固いロシアン・パトリオット」**のステレオタイプを風刺した表現です。現在も反クレムリン勢力の間でよく使われています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Vatnik
毎日8杯の水を飲んだり、早寝早起きをしたり、あっさりした食事をしたり……誰もが知っている健康習慣は、本当に誰にも当てはまり、すぐに効果があるのだろうか。実は、健康習慣の効果は「風に従う」ことではなく、「科学的にする」ことで、盲目的に堅持することはかえって体を傷つける。
1.1規則的な勤務と休憩
睡眠、起床時間を固定し、体内時計を安定させ、バイブ、免疫力を高めることができる。しかし、早寝早起きしなければならないのではなく、徹夜して寝直しをしたり、仕事をしたりして混乱したりしなければならないのが傷害の根源だ。
油を少なくし、砂糖を少なくし、野菜や果物を多く食べることで、確かに体の負担を軽減することができます。しかし、極端にあっさりしていて、完全に油を断ち切って塩を断ち切ると、栄養バランスが崩れ、健康ではありません。
2.1機械的に水を飲む
「毎日8杯の水」は真理とされているが、水を飲みすぎると腎臓に負担がかかる。必要に応じて水を飲み、口をゆっくり飲んで、無理に数を集めるより健康的です。
2.2過度な運動
「動けば動くほど健康になる」と考え、高強度の運動が体を支え、かえって疲労やけがを引き起こす。適度で持続的な運動こそ、本当に有益である。
ジョギングに適している人もいれば、夜の運動状態がもっといい人もいる。主食を少なめに食べるのは気持ちがいい人もいれば、炭素水が精力を安定させる必要がある人もいる。他人の真似をしないで、自分にフィットしてこそ、習慣が効果を発揮する。
3.2長期堅持は一時力に勝る
健康習慣は突撃ではなく、わずかに続いている。一日早く寝て、ディルド、あっさりした食事をしても無駄で、安定して堅持してこそ、ゆっくりと体質を変えることができる。
おわりに
推薦された健康習慣には、科学的根拠があることが多いが、盲目的ではなく、極端ではなく、自分に合って、長期的に行うことが、本当に効果的な健康の道である。
先日、某音楽芸能事務所を辞めたばかりの友人と飲む機会があった。
業界の裏話を聞くのが好きな私は、軽い気持ちでずっと気になっていた素朴な疑問をぶつけてみた。
「音楽サブスクとか動画サイトって、1曲聴くとアーティストにいくら入るの?」
友人はビールを飲み干しながら、「あー、それね」と少し冷めた笑いを浮かべ、現代のエンタメ業界がひた隠しにする、底冷えするような「仕掛け」について話し始めた。
結論から言うと、1再生あたりアーティスト(権利者全体)に入るのは「約0.3円〜1円程度」らしい。
これらは月額定額のプール金から山分けされる仕組み(プール方式)なのだが、友人が現役時代にやっていたのは、この仕組みを裏からハックして「ファンを合法的にマインドコントロールする業務」だったという。
私が「じゃあさ、スマホを1日中ずっと同じ曲でループ再生し続けたら、推しに大金が入るんじゃないの?」と聞くと、友人は首を振った。
「それ、秒でプラットフォームのAIにスパム判定されて弾かれるよ。下手したら曲ごと配信停止(BAN)になる。だから今の業界は、そんな素人の自作自演みたいなことはしない。もっと頭の良いやり方をするんだよ」
彼らがやっていたのは、SEOならぬ「音楽エンジンの最適化」。
AIにスパム判定されないように「他の曲を適度に挟みながら、ランダムに1日20回くらい地道に再生する」という、一番リアルな人間の行動を偽装する施策だ。1人の1万回より、50人の地道なリピートの方が、AIに『今この曲がアクティブに聴かれている』と認識され、公式の強力なおすすめ機能(プレイリストなど)に乗りやすくなるらしい。
ここまでは「へぇ、賢いマーケティングだな」と感心して聞いていたのだが、友人の口から出た次の言葉にゾッとした。
「でさ、その『正しい作法で毎日再生してくれる実在の人間』を、どうやって集めると思う? 事務所が裏でサクラを仕込んで、ファンを信者化させて、無料の労働力として動かすんだよ」
友人いわく、事務所が表立って「1日20回この手順で再生して!」と言うとイメージダウンになる。
だから、一般の熱狂的ファンのフリをした「仕掛け人(マネージャーや、委託された専門のマーケティング業者)」が、裏でこっそりLINEのオープンチャットやDiscordを立ち上げるのだという。
そこで「みんなで力を合わせて推しを1位にしましょう!AIに弾かれない正しい再生マニュアルはこれです!」と、あたかも“ファンが自発的に始めた有志の活動”として信者を誘導していく。
人間、「運営からの命令」だと冷めるが、「同じファン同士の絆」と言われると連帯感が生まれて盲目になる。
コミュニティ内では「今日の再生スクショを貼って!」と同調圧力をかけ、サボる人に罪悪感を植え付け、ライバルを引き合いに出して「推しが悔しがってます…私たちが支えなきゃ!」と悲壮な正義感を煽る。
そして、ファンが寝る間も惜しんでスマホを回し、見事1位を取った暁には、アーティスト(教祖)がステージで「みんなのおかげで1位が取れました!ありがとう!」と涙ながらに言う。
「それ、裏で俺たちが書いた台詞なんだけどね」と友人は苦笑いしていた。
でもファンからすれば「私の労働が推しに届いた!救われた!」と脳汁がドバドバ出る。これでマインドコントロール完了。次のシーズンも喜んでお金と時間を差し出す「最強のサクラ」の出来上がりだ。
一番恐ろしいのは、この構造の中で一番労働しているファンは1円も儲かっておらず、激務のプレッシャーに晒されているアーティストも大手の取り分(数%)しか貰えず、一番安全な場所で巨額のサブスク印税を回収しているのが「事務所の上層部や裏のマーケター(教団の幹部)」だという点。
だから、先日、某アーティストが報酬について嘆いていたのか。。
世間はこれを「最近のファンは熱狂的だな」としか見ていないし、当のファン本人は「自分の意志で推しを救っている」と信じ切っている。だから内情が表に漏れて炎上することもない。完璧なシステムだ。
「当時はそれが仕事だったし、実績も出たけど、やってるうちに自分が新興宗教の幹部か何かに思えてきてさ。精神的にキツくなって辞めたんだよね」
以下は、報告書の「Overview of Crimes」セクションを詳細に翻訳したものです。
・前半は歴史的文脈、手口の説明、規模の推定、既存調査との比較を中心に構成されています。
・後半部分は全国規模の確認、統計的裏付け、Londonの具体例を中心にまとめています。
強姦ギャングは、数十年にわたり英国の全地域で子供たちを組織的に搾取してきました。
児童ケア・保護の卓越センターの独立議長であるAlexis Jay氏は、移民による強姦ギャングが英国の少女たちを苦しめ始めたのは1970年代であると指摘しています。しかし、英国新聞アーカイブによると、パキスタン系強姦ギャングに関する最初の記録された事例は1955年に遡り、ブラッドフォード在住のパキスタン人4人がミドルズブラ出身の15歳少女を強姦したとして起訴されました。これは、1948年の英国国籍法の下で、旧植民地出身者(インド亜大陸やカリブ海地域など)が英国に入国する非-trivial(無視できない)人数になった直後のことでした。当初は散発的で小規模だった事例が、徐々に系統的かつ工業的な規模へと発展していきました。
移民数の増加が虐待の機会を増大させました。加害者たちは町や都市間の被害者輸送や、少女たちを複数の成人男性の間で回す組織的ネットワークを構築しました。
被害者のほとんどは暴力を受け、脅迫のための録画をされ、「白人ゴミ(white trash)」や「カーファル(不信者)」として罰せられるに値すると告げられました。
本報告書に記載された犯罪事例は、裁判記録、全国および非公式の調査、調査に提供された証言から抽出されています。これらは、決して孤立した局所的な失敗の連続ではなかったことを確認しています。 それは、町から町へ、都市から都市へ、北の果てから南の海岸まで繰り返された、国家規模の組織的児童性的搾取のパターンでした。 調査に連絡してきたほぼすべての証人を通じて、加害者の同一の民族・宗教的プロファイルが文書化されています。
強姦ギャング現象の規模は英国全体に蔓延しています。25万人の数字は、直接、2019年5月14日の貴族院でのLord Pearson of Rannochの声明に由来します:
この外挿は、現在までに収集されたさらなるデータにより、より大きな支持を得ています。主要な調査で文書化されたパターンを拡大した結果です:
1997年から2013年の間に少なくとも1,400人の少女が虐待を受け、一部更新推定ではこれを上回る。加害者は圧倒的にパキスタン系ムスリム男性でした。
数十年間に1,000人を超える子供(主に少女)が被害に遭い、同様の加害者プロファイルでした。
Rotherham/Telford規模を全国的に文書化された分布に適用し、公式レビューが認める極端な未報告要因を掛け合わせると、25万人という閾値に達します。これは最低限の数字です。
(前半部分ここまで。後半は地図の説明、Londonの詳細な事例、さらなる統計的分析が続きます。)
私たちは、現代の英国におけるグルーミングギャング犯罪の全容をまだ把握していません。性的虐待全般が未報告傾向にあるため、グルーミングギャングについても同様であると考えるのが合理的です。『The Independent』紙は、イングランドだけで1年間にほぼ19,000人の子供が性的搾取被害者として特定されたと報じています。これは、国家関係者が強姦ギャング問題の名指しや対処を渋っているにもかかわらずです。数十年にわたる虐待の後、被害者数は数十万人規模に上るはずです。全容はまだ明らかになっていません。
すべての主要レビューは、記録された統計が現実を大幅に過小評価していることを強調しています。
次ページには、本調査が確実にギャングが活動していた場所を示すヒートマップがあります。実際の範囲はこれよりはるかに悪い可能性が高いです。
グルーミングギャングのモデルは、数十の町や都市で確認されています。ルパート・ロウMP主導の私たちの独立調査は、全国の隅々まで及ぶ協調運用を示す証拠を聞き取りました。少なくとも149の地方自治体で発生しています(全地図は14ページ参照)。
この監査は、データ収集の一貫性の欠如と歴史的な抑圧のため、グループベース児童性的搾取の規模・性質・特徴を正確に定量化することは不可能であると明言しています。
「規模を知ることは単純に不可能」とされ、民族性、集団犯罪、歴史的事例が「コミュニティの結束」を守るために日常的に記録されず、棚上げにされたためです。
(ここまででExecutive Summary / Overviewの主要統計部分が締めくくられます。)
ロンドンは、グルーミングギャング・スキャンダルにおける機関的否定の中心地として露呈しています。北部町々では真実が明らかになった後に公的調査が行われた一方で、首都は長年沈黙の壁を維持してきました。ロンドン市長のサディク・カーンは、都市内で強姦ギャングが活動していることはないと繰り返し主張してきました。
私たちの調査で、ロンドン議会保守党リーダーのSusan Hall氏から聞いたところによると、強姦ギャング現象は実際には首都内で蔓延しています。カーンにロンドンでのギャング存在を追及した後、Hall氏は自分たちを加害者の餌食になったと主張する女性や少女たちからの電話に殺到しました。カーンは内部告発者の証拠を悪意があり政治的に動機づけられたものと描写しています。彼はロンドン議会で、「問題は他地域よりはるかに複雑であり、若者たちは組織的なグループベース児童性的搾取ではなく、郡境を越えた搾取を受けている」と述べました。
これらの発言は、首都各地のホテルやその他の場所で、若い少女たちがアルコールと薬物を与えられた後、複数の男性に強姦されたという報告をMetropolitan Police(ロンドン警視庁)が保有していたにもかかわらず行われました。『Daily Express』の調査により、カーンがHM Inspectorate of Constabularyの文書に直接アクセスし、まさにこれらの犯罪パターンを詳細に知っていたことが明らかになりました。
影の内務大臣Chris Philp MPは、カーンが隠蔽を助長していると非難し、他の政治家も市長と警視庁の両方がロンドンでの強姦ギャングを否定してきたと述べました。内部告発者のMaggie OliverやChris Wildを含む活動家たちは、首都を否定の最後の砦と描写し、そこでの虐待規模は他地域より壊滅的であると警告しました。
現在明らかになりつつある証拠は、彼らの警告を裏付けています。2025年10月、警視庁は9,000件の児童性的搾取事件の見直しを発表しました。国家犯罪対策庁(NCA)はOperation Beaconportを開始し、数千件の追加ファイルを全国的に調査しています。初期評価で人的ミス、未追及の手がかり、誤った事件却下が見つかりました。ロンドンはこの滞積の大きな部分を占めています。
元警視庁探偵は、首都における工業規模の児童売春とグルーミングを描写し、当局は「無能、怠慢、腐敗」の混合により認識しながらも行動を避けたと述べています。
ロンドンは英国で最大のムスリム人口を抱えています。カーンはこれらのコミュニティからの大きな選挙支持に依存しており、特にパキスタン系ムスリムの公的評判を守る民族・宗教的動機もあります。脆弱な白人少女を標的とする主にパキスタン系ムスリム男性の組織的ネットワークの広範な認識は、歴代ロンドン政権――特にカーン政権――が推進してきた「コミュニティ結束」の物語を崩壊させるでしょう。他の権力者たちも同様に、「人種差別主義者」とレッテルを貼られる恐怖が、RotherhamやRochdaleと同様に警視庁とCity Hallを麻痺させました。
匿名内部告発者によると、少年も少女同様に、特にアルバニア系、ソマリア系、トルコ系の犯罪ギャングの標的になりやすいそうです。しかし、関連機関は依然として民族データを収集することを拒否し、法執行が正義を追求する上で役立つはずの行動パターンを意図的に盲目化しています。
警視庁の見直し、NCAの作戦、寄せられる証言は、グループベース児童性的搾取が我が首都で繁栄してきたことを証明しています。
本調査は、この失敗を一切の留保なく記録します。カーンと警視庁の上級指導部は、このスキャンダルにおける自らの役割について説明責任を果たさなければなりません。首都が他地域で今求められているのと同じ厳しさで真実と向き合うまで、ロンドンの子供たちは危険にさらされ続け、国家は共犯のままです。
• このセクションは、全国的な広がりとLondonの具体的事例に焦点を当て、Sadiq Khan市長への強い批判を含んでいます。
• 全体として、犯罪が「孤立した問題ではなく国家的な失敗」であることを強調しています。
前回:目次と序論
https://anond.hatelabo.jp/20260617084215
多くの日本企業は本土では明るい目をしているが、海に出る時には水と土が合わず、砂に沈む。核心的な問題は製品力の不足ではなく、戦略、文化、運営の三重のミスマッチであり、最終的に市場から淘汰された。
本土の成功経験に過度に依存し、現地の消費習慣、価格敏感度と法規の違いを深く調査研究していないため、製品とサービスが地元のユーザーにフィットしにくく、人気がない。
地域特有の閉鎖型エコシステム内で開発された独自の技術や規格は、主流のグローバルシステムとの互換性が難しく、その結果、海外における製品の普遍性の欠如や、競争力の著しい低下につながる。
意思決定チェーンは冗長で、階層的に報告されており、ラブグッズ、海外子会社は自主的な権限が不足しており、地元の競争と突発的な変化に迅速に対応できず、市場の窓口を失っている。
日本人役員の派遣を好み、現地の人材価値を無視し、コミュニケーションコストが高く、文化融合が悪く、チームの実行力と帰属感が不足し、運営効率が低下している。
1.文化融合の不足
日本式職場のルールと海外の職場文化の衝突は明らかで、異文化コミュニケーションがうまくいかず、内部摩擦が絶えず、合力を形成しにくい。
あるいは盲目的に買収合併したが、投資後の統合を無視し、資金と資源を浪費し、最終的に暗然と退場した。
海に出るのは簡単な複製ではなく、ローカライズされた再構築です。日本企業の教訓:本土の慣性を捨て、市場を尊重し、地元を開放し、迅速に反復してこそ、本当に世界に立脚することができる。
最近こういった政治活動について色々考えてたけど、個人的にはこの「自分は絶対的に正しい側に立ってる」のがビシビシ伝わってくるのがキツいんだな
「推しが政治のデモに利用されるのが嫌」を「今の政治に満足している」と繋げて、それは正しく無いことだ・みんなで怒ろうと腕を引っ張ってくる感じ
「今の政治に満足してない」けど「推しを政治のデモに利用されたくない」という人間だから、気安く肩を組みに行けない
別に推しを盾にしなくても政治批判はできるしな……としか思えないんだよな
逆に何でそんなに推しを全面に出したがるんだ?
あと、多分この手の思想の人って自分とは反するデモに自分の推しが利用されてても受け入れられるんかな?
私は嫌だぞ、普通に
なんかSNSの発達でみんな「正しい側」に躍起になって立とうとしてる気がする
0か100しかなくて、50が無いというか
100では無い人を0と決めつけて、お前は正しく無いと叩く
それって本当に正しいことなのかな
どうにかならんもんかね
消費シーンでは、「時限特恵、限定開強盗、最後の3日間」の販売促進話術が頻繁に登場し、多くの企業が一回の試水ではなく、長期的に循環して時限販売促進活動を打ち出している。このような簡単に見えるマーケティング手段の背後には正確なビジネスロジックが隠されており、企業の安定経営、成長を牽引する核心戦略の一つである。
タイムセールの最も直接的な役割は、消費行動を短時間で活性化させ、販売低迷の難題を解決することである。
1.1緊迫感を作り、かえって迅速な意思決定を迫る
「期限限定」は消費者のためらう余地を断ち切り、「逃しても無になる」という心理を利用して、様子見ユーザーに迅速に注文させ、直接短期売り上げを向上させる。
季節を過ぎた商品、売れ残り金に対して、コックリング、タイムセールは在庫を迅速に解消し、流動資金を回収し、商品の滞積によるコストロスを回避することができる。
繰り返される時間限定イベントは、単回販売のためだけでなく、企業がユーザーを維持し、経営を安定させるための重要な手段でもある。
定期的な販促は長期的に消費されていない古いユーザーを呼び覚ますことができ、優遇を通じて再注文を刺激し、ユーザーの粘性を固め、新規客の獲得コストを下げることができる。
2.2ブランド熱を維持し、客流を安定させる
イベントがないと客の流れが低下しやすく、周期的な時間限定イベントは消費の予想を形成し、ユーザーにブランドへの関心を維持させ、日常の客の流れの安定を保障することができる。
同質化競争において、タイムセールを繰り返すことは、企業が市場を先取りし、認知を確立するための重要な動作である。
競合品が割引を提供する際、企業は同時に時間限定イベントを開始し、ユーザーを効果的に引き止め、客の流れの流失を回避し、自身の市場シェアを守ることができる。
長期規則正しいタイムセールは、ユーザーに「このブランドは常に優待的で、性価格比が高い」というイメージを形成させ、知らず知らずのうちに消費者の心を占領する。
企業がタイムセールを繰り返すのは、決して盲目的に利益を譲るのではなく、短期販売、長期運営、市場競争を両立させる総合戦略である。合理的に販促の頻度と力をコントロールすることは、消費者に利益をもたらすだけでなく、企業の持続可能な成長を実現することもでき、これも業界の共通手段の核心的な原因となっている。
「ミレイが正しくて経済学者が間違っていた」とも「彼らは単にイデオロギーに囚われていた」とも、言い切れません。
2026年時点で振り返ると、いくつかの要因が重なっていたように見えます。
例えば、Paul Krugman や Joseph Stiglitz が警戒していたのは、
補助金削減
です。
先進国でこれを急激にやると、
需要が減る
失業が増える
景気後退が深刻化する
しかし2023年のアルゼンチンは「普通の不況」ではありませんでした。
インフレ率200%超
外貨不足
そのため、
よりも
通貨増発を止める
政治的反発があっても後退しない
と考え始めました。
政治家の「本気度」が市場心理をどこまで変えるかは予測が難しい部分です。
③ 批判派は外れたが、全部外れたわけではない
しばしばSNSでは
「クルーグマンは完全敗北した」
という言い方がされます。
しかし実際には、
彼らが警告した
実質賃金低下
公共サービスの縮小
雇用への打撃
は現実に起きました。
つまり
「痛みはない」
とは誰も言えません。
外れたのは、
市場の失敗を重視
社会保障を重視
する立場です。
一方ミレイは、
そのため、
ただし、
とまでは言えません。
⑤ ミレイは運が良かったのか?
ある程度は「はい」です。
例えば近年のアルゼンチンでは、
エネルギー輸出拡大
シェールオイル・ガス開発
特に Vaca Muerta の開発は、外貨獲得能力を改善する大きな要因になっています。
もし、
が同時に起きていたら、
⑥ 逆にミレイ支持者も見落としていること
ミレイ支持者の中には、
と言う人もいます。
つまり、
財政赤字削減
成功したとしても、
「経済学が間違っていた」というより、
「従来の経済学の一部が正しかった」と解釈する方が近いでしょう。
総括
批判派はアルゼンチン危機の異常性と信認回復の効果を過小評価した。
一方でミレイは、政治的な覚悟、市場心理の改善、そして輸出環境という追い風にも恵まれた。
というものです。
したがって、
よりも、
恋は盲目ってこと?
誰にも面と向かって相談したことがないが、16歳から毎日、ひとりの時は自然と死にたいと口に出してしまう
SNSで知り合った人妻と不倫しているから自分は孤独の中では上澄みなのかもしれない笑
ただ、昔からインターネットなど話題に出しにくいコンテンツでも率先してのめり込む自分の行動パターンが見えてきたけど、今回はどう終着点を見つけようがあるかわからない…
こういう「沼」に自分はハマらないと思ってたけど
たぶん詳細な情報を出すとあまりにも典型的なパターンすぎるから、自分でも関係の初期の時点で「自分ならこのパターンを崩せる!いい時に抜け出せる!」なんていう甘い考えをしてたのかもしれない
大学受験に失敗して、女で一人で育ててくれた母親が既婚者と付き合っているのが判明したりとか、18歳になって初めてグレてしまったからこんな世代の再生産みたいなことが起きるのかなと
いろいろ自分の中で発達障害だとか理由付けはしてみたけど、今一番感じるのは孤独感が大きかったのではないか
自分の母親は放任主義的だったが、かたや自分が子供のころから機械に興味を持っていたことを起因に、プログラミング教室の費用やPCの購入などいろいろ投じてくれていた
でも逆にそれがシステマチックに考える性格とこだわりを醸成して、母親と反りが合わなった
それでもしゃべるときは笑いの絶えない家庭で母親のことを友達のように感じていたけど、真面目な話となると頼ることができずにいた
母親が友達感覚というのもおかしかったのじゃないだろうか…結果的に学校で友達を作るモチベーションが薄かったのかもしれない
母親もこだわりが強く、10歳ごろに母親が動物を飼うのにハマり、自分が10歳ごろに家に総勢11匹いたことがある(犬、猫、猛禽類、爬虫類、コウモリ…)
こんな冷笑的な人間になってしまった自分が悪かったのだろうか、YouTubeで末路とかFラン大学就職チャンネルを見てる層で、「やらない理由の先取学習をしすぎて何をしても身にならない」というような感じ
勉強を好きだと思って取り組んでいたけど、学校でも周りとは熱意の感じが違うし、サイコパス診断は受けさせられるし(今思えばいたずらではなく自分と関わりたいから話しかけられたと捉えればよかったなと反省している)
人妻とは18歳のその失意の連続の折、付き合い始めた。SNSで自分が告白してオーケーをもらって一か月後、人妻が大阪のホテルに4日間、連泊しに来て性交渉をした。初めてセックスして童貞を失った翌日に既婚者だと知らされたのもショックだったけど、相手と自分はそれでもきっと相性がいいと感じて許してしまった。話すのが楽しかったし、もうこれ以上目の前の幸せを取りこぼしたくないと思ってしまっていた。
そのあとは遠距離恋愛で連絡を取り合いながら、バイトや派遣社員を転々として、自分からたまに地方にまで会いに行ってデートしてセックスするのが2年続いた。
不倫と知りつつも趣味の独学と仕事の励みになっていたから、切り離したくないと思っていた。
地方に引っ越して近い場所に就職して彼女と会う頻度は増えたけど、前より距離が明確になってしまった気がする。正直、ばかで盲目的なことを言ってしまうなら毎日、彼女との結婚生活を夢見てしまってる、何回もずっと一緒にいようねとか永遠に愛してるよとか交わしてしまったから、これからどうなるんだろうという不安が強いものの、夢を糧に今頑張れてる自分がいるのも正直なところ。
そろそろ一年目になる職場では若いのに引っ越してきたことや、彼女がいないことを勘ぐられたり違和感ありありなのをなにか察されてる
21歳で生き急ぎすぎだろうか、ひとりの時、死にたいとつい言ってしまう口癖はまだ治ってない…まだ毎日、希死念慮…
言う口癖が残ってるだけで実際には死にたくない。職場に持っていくカバンに自転車のロープを自殺用の縄と見立てて入れて、死にたいと言ってしまった時はロープのことを考えるようにしてる
効いてるかどうかわからないけど、暴露療法のようなものだ。好きな時にすぐ死ねるけど死なないのは理由があるんじゃないかって考えるためにロープを忍ばせてる
一人じゃないときは死にたいとは言わないから、本当はその彼女と一緒に暮らしたいしデートもしてたい
不思議なことにここまで書いている途中は昔のことを思い出してたから、彼女が今妊娠してるのを忘れていた、頭の中で時間軸がバラバラになってる感覚
よく言えば、まだわからないほうが自分のゲスさが助長されないからよかったのかもしれない、自分の子供だと確定していたのならどういう精神状態で過ごしていたのだろうか
盲って抽象概念としての見えない状態であって視覚障碍者の状態を示すものでないでしょ
盲目という運用からして明らかで器官としての障害を表現するものでないから目という語にくっつく
認識できない、見えない、気付いていない状態などをも示し器官の瑕疵自体を象ったものではない
身体障害としての失明、身体障碍者を示す慣用もなされるのは確か
でもそれは語自体を示す事とイコールでなくだからこそ盲の字自体、盲点、盲腸など熟語への差別的だとする指摘根拠としては整合しない
視覚的な障害がある状態と視覚障碍者の状態は別であるのにそれを混同するのも理解できない
「見えない状態という盲の字をネガティブに用いるそれ自体が差別的だ」とするような主張もその混同による
見えないというそれ自体が見える状態からの相対的不能化を示すのだから概念上運用が不能性に偏るのは当然であるしそもそも言葉に不能状態自体へのジャッジは含まれない
ネガティブだとジャッジするのはそう捉えた人間であってこの場合差別だと叫ぶその着眼自体が主観的な蔑視的価値観に支えられているということ
そんなの考えてもなく慣用として差別語となったものから盲の字に差別的含意性の認知の歪みを起こして差別語をそのまま使っているとした現状に憤ってるのかもしれないけど
正直一般慣用としても語自体も対象への限定的運用でないものを差別だとして規制に動くのは言ってしまえばその被差別者に対する差別的環境と差別事実の創出、存在しなかった差別機会を遡及的に既成事実化するものでそれって社会から対象への被差別観念の拡大で普通にマクロにおいての相対的劣位化でしょ
出版社が規制するのとかも被差別状態にある対象への差別機会拡大を個人とは比較にならないレベルで助長してるわけだし自己保身優先の思考停止を社会貢献責任みたいに言っちゃうの恥を知るべきだなって思う
履歴書は就職の扉だが、今の職場の求人はもはや履歴書だけではない。2026年に入ると、多くの企業が人材を選別する際に、紙の履歴書の上に総合的な素養を置き始めます。いったいどんな特質が、採用審査の核心になっているのだろうか。
一、実戦的な着地能力、紙の年功に取って代わる
仕事の難題に直面して迅速に考えを整理し、実行できるかどうかは、履歴書の肩書きよりも説得力がある。
採用側は雇用名だけを見るのではなく、プロジェクトの詳細や個人的な貢献を掘り下げることができる。空虚な履歴記述は、定量的な作業成果ほど競争力がない。
業界の反復速度が加速し、2026年には市場の変化が頻繁になる。企業は積極的に学習し、コックリング、新しい業務、新しいツールに迅速に適応できる人を好み、経験を固守し、変化したくない職場の人を拒否している。
効率的な表現、チームの協力、職場を超えたコミュニケーション能力は、チームの運営の基礎であり、企業の重点考察の内容でもある。
地道に責任を負い、ストレスに強く、仕事には終始があり、これらの隠れた特質は履歴書を書くことができないが、チームの雰囲気と仕事の効率に直接影響し、雇用単位から重視されている。
盲目的な就職活動ではなく、自分の位置づけと発展方向をはっきりさせる。目標が明確な求職者は、安定性が強く、企業も育成したいと考えている。
履歴書を偽造したり、経歴を誇張したりする行為は逃げ場がない。
結び
履歴書は過去のまとめにすぎないが、総合力、職業素養こそ将来の仕事の基本である。2026年に就職するには、履歴書を美化するよりも、自分の実力を深く耕し、真実の能力で認められたほうがいい。
https://x.com/6666_DOLL/status/2059984827672338874
昨日、菅叶和さんが体調不良により『ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』のライブを欠席すると発表されました。「卒業」がある作品の性質上、同じメンバー構成でステージに立つ機会は限られており、ファンにとっては筆舌に尽くしがたい喪失でしょう。
現在、95館という小規模上映で始まった『蓮ノ空』の劇場版は早くも興行収入2億円に到達し、145館で同等の興収を出した『虹ヶ咲』最新作と肩を並べています。ソーシャルゲーム展開に失敗し斜陽と囁かれて久しい『ラブライブ!』が、虹ヶ咲から蓮ノ空までは人気横並びでしぶとく生き残っているのは、ひとえにステージに立つ声優陣の求心力によるものです。コンテンツの構造が声優という生身の人間に依存しているからこそ、ファンは彼女たちに熱狂し、その不在に深く絶望するのです。
ラブライブシリーズでは、以前にもライブのたびに欠席あるいはパフォーマンス制限のお知らせが出る声優がいました。そう、かつて『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』で優木せつ菜役を務めていた、楠木ともりです。彼女は高校時代から体育の授業で配慮を要するほど関節が弱かったにもかかわらず、何故か激しいダンスを伴う同作のオーディションを受け、2021年頃からはステージ上でまともなパフォーマンスすらできない状態が常態化していました。4thライブにおいてはトロッコを用いた全員歌唱にすら参加できず、MC中も一人だけ椅子に座り続けるという有様でした。公演が近づくたびに公式から彼女の体調に関する仰々しい声明文が発表され、一部から向けられる心無い批判の言葉に対し、私たちは戦々恐々としながらも必死に彼女を擁護し、矛先をラブライブ運営へと向けていたものです。現在の楠木ともりの振る舞いに鑑みれば、当時の問題も彼女および所属事務所にあった可能性が高いものの、彼女に盲目だった私たちは疑うことすらしませんでした。
その4thライブのステージ上で、彼女は「どんな形であれ楠木さんがキャラクターを表現することが大切」だという言葉を受け取ったと語り、会場を埋め尽くすスカーレット色のペンライトを見て安心したと口にしました。できないことよりできることに目を向け、これからも変わらず作品を愛してほしいと切実に訴えかけた彼女の姿を見て、誰もがこの先も彼女は不完全ながらステージに立ち続けるのだろうと信じていたはずです。しかし、その幻想は2022年11月1日、突然の降板発表によって打ち砕かれます。その日、私は出先で情報を目にし、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けました。私が彼女のことで一睡もできなかったのは、後にも先にもこの日と、2026年の元日の二度だけです。
楠木ともりが惜しまれながら作品を去った後、急速に彼女への関心を失っていくラブライバーたちを、当時の私はひどく薄情な人間だと軽蔑していました。私はラブライブの話題を見るのも辛くなり、手元にあったラブライブ関連商品を全て手放しましたが、皮肉なことにこの時の選択は結果として大正解でした。もしあの時手元に残していれば、2026年1月に楠木ともり個人グッズとともに全て廃棄する羽目になっており、優木せつ菜フィギュアを超プレミア価格で売却することもできなかったでしょう。哀れみと悲しさが先行してラブライブから離れてしまった私にとって、楠木ともりの結婚発表がもたらした唯一の恩恵は、彼女を「悲劇のヒロイン」として見る必要がなくなり、虹ヶ咲の過去ライブ映像を直視できるようになったことだけでした。
ラブライブ降板で深い喪失感と複雑な思いを抱えながらも、残されたファンは彼女のソロ活動を必死に支え続けました。代表作になると思われた『チェンソーマン』1期が大炎上しても、オタクの嗜好から乖離したビジュアルを提示され続けても、陰鬱な楽曲ばかりを聞かされても、出演作の重要イベントを何度欠席されても、「ソロライブでこれだけ動けるのならラブライブを降板する必要はなかったのでは?」と何度思っても。しかし、そのようなファンの応援に対するアンサーは、あの周到に用意された集金ラッシュと、ラブライブ時代から交際していた事実を突きつける結婚報告でした。さらには無告知・無説明でファンを置き去りにしたまま3ヶ月の休業に突入し、それが単なる娯楽のための充電期間であったことを悪びれもなく事後報告した挙句、復帰直後には何の謝罪もなく集金体制を再開させています。
ファンがどれほどの悲痛な思いを抱え、どれほどの犠牲を払って楠木ともりを肯定し続けてきたのか。彼女がその痛みを僅かでも理解していれば、ファンを使い捨ての金ヅルのように扱うことなど到底できないはずです。自らの楽曲で弱者の痛みに寄り添う理解者を気取っていた彼女ですが、その視線の先にファンが映ったことなど一度たりともなかったのでしょう。長年支えてきたファンたちの切実な祈りも、数え切れないほどのスカーレットの光も、彼女には決して届かない。何万もの人間が作り上げた熱狂、その煌びやかなステージの上から彼女がずっと見つめていたのは、たった一人の交際相手だけだったのです。
"呪い"はなんだったのか。68点。
鉄の爪として一世を風靡したレスラー、フリッツ・フォン・エリックの5人の息子たち(長男は死亡済み)。彼らはマッチョイズムと信仰心あふれる家でスクスク育ち、まずは次男のケビンがプロレスラーに、続いて三男のデビッドが、そしてモスクワオリンピックへのアメリカの参加自体を経て四男のケリーがプロレスの道へ。そしてミュージシャン志望だった五男のマイクもなんだかんだあってリングに上がることになる。そんな中、彼らを次々と悲劇が襲って・・・呪われた家系といわれたエリック家の実話に基づいたストーリー。
みたいな話。
そこそこプロレスは見る系増田だけどさすがに俺の生まれる前の話だったのでなんも知らなくて逆によかった。たぶん知ってたら知ってたであの出来事をこう翻案したのかぁって楽しみがあったと思うんだけど、俺はなんも知らんかったから次々に起こる悲劇的な事件を新鮮な気持ちで見ることができた。
冒頭がめっちゃよくてねぇ。モノクロで遠景で撮られたリングがぽつんとあって歓声が聞こえる。最前列には誰も座っておらず、通路を挟んだ一般席には人が多くいるようなんだけど視聴者からはよく見えない。そこで鬼の形相で上からカメラに向かって相手を責め立てるフリッツ。彼の顔にカットオーバーするリング。リングという孤独な舞台を支配する強権的な父親の話であるというのがその時点でよくわかって、腕あるなぁって思った。
この手の作品でよくあるのは4人兄弟がいがみ合ったり不仲になったりして話がおかしくなる展開だけどそういうのってほとんどなくて、父親は厳しすぎて放任主義的すぎ、母親は信仰で盲目的に父親に従いすぎるきらいはあるものの基本的に家庭は愛に満ちており、なんだか持ってない主人公も常に弟たちを愛して気遣っており、弟たちもそれに応えようとしている。
もっとも実直に父の後を追いプロレスラーとしての修業を積み圧巻の肉体と技術を持ったケビンだが、なぜだか父の承認は得られず三男のデビッド、四男のケリーにチャンピオンへの挑戦という栄誉を父親の手によって奪われ失ってしまう。しかし、結果的にチャンピオンへの挑戦順に悲劇が起きる。デビッドは早すぎた大任に身体が追い付かなかったのか体調不良の末死亡し、ケリーはチャンピオンになったその日にバイクで疾走中に事故で足首から下を失う。ケリーは映画の冒頭からなんか窮屈なエリック家の自由の象徴のようにバイクを乗り回していたのが、ここにきてこうなってしまったのは、チャンピオンベルトも彼にとっては父親からの枷になっちゃったのかなぁと思ってなんだがしんみりしてしまった。
あと、日本の観客として、監督には申し訳ないけど、はじめの一歩で間柴戦を終えたチャノンピオンになった沢村がバイクで帰宅中に事故を起こして死亡するっていう展開があって、そのシーンで「これ沢村りそうだなぁ」と思ってたらしっかり沢村っててちょっと草生えました。
話は戻って、その後、ケビンによって鍛えられたマイクがデビュー戦で脱臼してしまいその手術中に毒素性ショック症候群を発症し高熱により意識不明になり、おそらくその後遺症で脳機能の一部に損傷を得て鎮痛剤中毒から自殺してしまう。
そして足首から先を失ったケリーはなんと義足で復帰し、別団体でチャンピオンになるも結局すべてに耐え切れずに自殺。その銃は彼自身が父に送ったS&Wというアメリカの父性そのものである銃だったのはめっちゃ皮肉だし、ケリーから電話を受けたケビンが父親に「ケリーが危ない」と連絡するも、彼は今まで通り「兄弟で解決しろ」と対話を拒否した結果、ケリーの自殺を止められない展開も、結局、この家庭を支配していた父親によるコミュニケーション不全がすべての問題だったのではないかと思わされる。
悲劇に見舞われた3人の共通点は準備ができていなかったからではないか。ケビンよりも遅れてデビューして身体もケビンよりもできていなかったにも関わらずマイクがうまいという理由だけでチャンピオンへの挑戦を父親に決められたデビッド、同じく後からやってきてケビンを追い越してチャンピオンへの挑戦を父親に決められ、片足のままリングに上がり続けたケリー、そして2人に悲劇が訪れたことでリングに上がらざるを得なかったマイク。父親の独断によって重要なリングに送られ散っていった。
最も準備ができていたケビンだけが結局、父親の承認を得られず大任を課されなかった結果生き残ってしまう。そして彼だけが中盤で外の家族としてパムという快活な女性と結婚し、呪いを恐れる彼を励ましなだめてくれた彼女の影響で別の価値観のインストールを行うことができたのではないか。孤独なリングの上という呪いから唯一逃れられたケビンが最後に同じく呪いから逃れることができた子供たちに慰められ、兄弟が死んだときにも流せなかった涙を流すシーンはさすがにじーんときた。
その子供たちに慰められるシーンも子供たちとタッチフットをやってるときに冒頭で家族5人で仲良くフットボールやってた頃を思い出したからだっていうのもなんかなー、なんかもっといい未来になる方法はなかったんかなぁって思わされてしまった。その冒頭のフットボールのシーンとかも含めて、序盤にも書いたけど別になんていうか悪い家庭じゃなかったんだよ。リングに関わりさえしなければ。
結局、鉄の爪として一世を風靡し、その爪を次世代に食い込ませたことが呪いだったのではなかったか。日本でも鉄の爪2世と呼ばれたデビッド、鷹の爪と呼ばれたケビン、虎の爪と呼ばれたケリー、豹の爪と呼ばれたマイク。フリッツの幻想を一方的に課され続けたことが彼らの人生を狂わせてしまったのではないか。それこそが呪いだったのではないか、みたいなことを思ったり思わなかったり。
まぁ、そんな感じかな。
最後の最後にケビンだけはめっちゃ子沢山でその子供たちもいっぱい子供を産んで幸せに暮らしたよとしてケビン家族写真がバーンって出てくるんだけど、この写真がマジでとんでもなくて大爆笑してしまったので、まぁ、なんか辛気臭い映画見るのもなぁって人はそれだけでも見て。めっちゃおもろかったから。
なんか鬱々としつつも俺でも名前くらいは聞いたことがあるレスラーが出てきたり、ちょこっとだけブックというか試合の流れの打ち合わせの風景が出てきたり、何よりケビン役の役者の肉体の説得力がすごくてプロレス映画としてもレベルが高くて見ていて楽しい部分も多いのでA24っぽさがない人情映画みたいな感じで見られるので、往年のプロレス好きにはたぶんおすすめ。
TLのオタクが反戦デモ行こ☆みたいな長文ポストをしていて、サーっと冷めるのを繰り返す毎日
ある対象について自分で調べる能力があるのがオタク 特に創造系のオタクはその傾向があるはず
いまの日本は自分から仕掛けに行けるように出来ていない 憲法改正だってそのレベルの話には到底及ばない
でも、残念ながら隣人が突然キチゲMAXになって殴りかかってくる時代なのは事実
その時に自分の身を守れるの?今のままじゃ無理でしょ?て話をしてるのに
この事になるといつものサーチぢからはなくなって、盲目的にお題目を唱えるようになるの
まじでなんなの?
こういうオタクもいざ自分ちが焼かれたら「なんとかしろ!国民を守れないのは国の怠慢!」て言うんだろうな
だから国に準備させろよ
どうして防衛について備えさせないんだ
それと並行してやるんだよ
自分ちに防犯カメラ設置しながらお隣さんと顔見知りになるだろ ハードとソフトの二段構えだよ
そういうもんだろ
平和に創作や妄想や推し活の話をしてたいのは誰だって一緒なのに
どうしてそうなっちゃうんだ
悲しい