はてなキーワード: 想像とは
10代のころ、通学先の駐輪場で盗まれて、周辺を探し歩いたら、近所のラーメン屋の前に置いてあったことがある。
盗人が店内にいるかもしれず、出たときに獲物が無くなっていたらどんな顔をするだろう、と想像しながら、静かに取り戻した。
二十歳ごろに駅の駐輪場で盗まれて、夜の町を探し歩き、1kmほど離れた高校の駐輪場で見つけたことがある。
こちらも静かに取り戻した。どのくらい時間かかったか覚えていないが、よく見つけたなと思う。
コスパとか考えずに、とりあえず探してしまうおかしな勢いがあった。今はちょっとできそうにない。
なお同じ高校に2回やられている。2回目は早かった。
そもそも鍵のかけ忘れがいけないのだが、痛い目を見ながらも、なかなか行いを改められていない。
まず、全てのソロDD界隈、ましてやDD界隈、そしてDDそのものがダメ、と白黒つけるわけではない。
・DDを「DD?ピルグリムとかだっけ?」ぐらいの認識の人たちには関係のない話だし
・そうでない人はこの界隈の闇を既に知っているだろうからだ。
その上で、なぜダメなのか。それは特定のソロDD界隈自体、そこが個性的な人の煮凝りになりやすい性質を持っているからであると思う。
考えてもみてほしい。
一般の人が、特定のゲームをソロでクリアしたり、スコアを高める、あえて過酷なジョブでソロクリアする、縛りを設けてPTを組みDDに潜る、という誰も求めていない目的のために、同じゲームや要素を何百時間・何千時間とやり込むだろうか?
そう、やらないのだ。普通は一度クリアして満足する。もし、これが普通だと感じられないのであれば、あなたは異常者である可能性がある。
重ねて言うが、ソロDD勢の方全員、ましてやDDの界隈全体がそうだ、とまでは主語を広げるつもりはない。ただ明らかに、一般的な感性であれば到底やっていられないような作業を延々とこなせるような人間が集まる界隈であることに疑いはないだろう。
となれば、話は早い。そういった方々は程度の差こそあれど、場の空気を読む力に乏しい。相手を気遣うことも、言葉の綾を理解することも、彼らにとってはソロDDを踏破することの何倍も難しいことなのだ。
さらに悪いことに、彼らにとっては、そういった社会で当たり前に求められるスキル、コミュニケーション能力よりも、自分がこだわりを持ってやっているDDが上手くなる方が優先度が高くなってしまっていることが往々にしてあり、「上手ければ他人に高圧的でも、例え陰口でも悪口を言っていい」と本気で思い込んでいる人も存在し、
「ソロDD踏破していることは偉く、上から物を言っていいのだ」というナルシシズムも蔓延していた。
私が肌身で体験したことだが、彼らはどこかコミュニケーションの難易度が高い。「日本語は通じるが話が通じず、人間関係における朗らかな空気感を悉く軽視しており、どこに地雷があるかわからない」
といった雰囲気が多々あり、
パーティに初参加した人に対しての愚痴や陰口を攻略中に永遠と聞かされたことも少なくなかった。
そうなれば、もはや他人と衝突しないでいるという方が無理な話であろう。
これがまだ14歳〜17歳の学生などであれば、まだ100歩譲って理解はできる。
もう一度言う。彼らは若くて20代半ばなのだ。人によっては30を超えているのだ。
スプラトゥーンやapex、フォートナイトのプレイヤー層がそのまま歳だけを食い、お酒を飲めるようになり、タバコを吸えるようになった「何か」になっているという感覚を、彼らと接していて抱いた。
更に言えば、ソロDD、DDの攻略法というのは零式や絶と違い基本的に情報不足で、
そもそもコンテンツに対しての情報を発信している人自体少なく、ググって出てくる1番新しい攻略法が数年前で、
重要な要素なのにも関わらず詳しいことは現在進行形でやってる人に聞かないとわからないこともあり、それらを聞こうにもここでまた彼らとのコミュニケーションの難しさ、こちらが必要な感情的コストが異常に高いことを知ることになる。
Youtubeで数百回再生という動画を、藁の山から針一本見つけるような作業の中見つけてようやく知れる情報も結構ある。
それだけならまだマシなのだが、
こういったことが「自転車に乗れる」というレベルで、「知っていて、かつ出来て当たり前」と思い込んでいて、それをDD初心者にも求める人がそれなりにいる。
そうなると、いわゆる"身内ノリ"が自然と生まれてくる。そしてこの"身内ノリ"こそが、またもや悪い方向に働くのは想像に難くないだろう。
つまり、界隈の自浄作用が失われる。例えば、初心者の方が、PTを組みDDに入っていくとする。
そこで上手い人がミスをしたとして、その人はソロDDを踏破しているから、実力があるから、という空気感でなあなあで済まされ、
そうでない人がミスをした時はまるで陰鬱とした職場のような空気を味わう。
そして、ミスが多い人は当たり前だがその界隈に来てから日が浅い人が多い。
DDは、零式や絶、ストーリーでの戦闘で求められることと大きく違ったプレイスキルや知識を要求されるのも関係するだろう。
そんな初心者が先ほど書いたような「自転車に乗る」レベルでできて当たり前という空間にいたらどうなるだろうか。
答えは明白で、そのユーザーは嫌な気持ちになり早々にそのグループから静かに離れることになる。
私が所属していた界隈では、いつも同じ人が募集をしていて、似た人たちが集まっており、
新規の方が増えて定着しているのを観測したことがなかった。数週間前に入っていた、活動していた新規は、皆気がついたら消えている。を繰り返していた。
コミュニティの中心となる人たちは自分たちの言動や価値観を客観視できなくなっていく。
新規はそのコミュニティに辟易して嫌気がさして定着せず、静かに離れていく。
要は初心者に優しくないのである。その界隈の中心の人たちと、初心者との「これは優しい」と感じるラインが大きく乖離していることも少なくない。
その割には、中心的存在の人たちが皆口を揃えて「新規が欲しい」「同じレベルの人が欲しい」と言っていたが。
また、FF14なんてものは無限に楽しめるコンテンツが腐るほどあり、その中でもDDというのはかなり限定的で、
そんな中「財宝欲しいな」「アチーブメントほしいな」という軽い気持ちで入った初心者が
「もっと楽しいこと他にあるし、こんな空気を味わってまでやりたくない」と感じるのは容易に想像できる。
構造的に、一部のDD界隈というのは、ダメになる特徴をこれでもかと持ち合わせているのである。
このままでは、新しいDDの実装はおろか、DDという界隈そのものが衰退していくのではないかと思う。なぜ憂いているのかというと、これを書いている私自身DDが好きで、もっと盛り上がって欲しいと考えている。
私は死者の宮殿とアメノミハシラをソロ踏破しているほどDDが好きだし、他の方とやるDDは楽しいと感じている。
だが、今回とあるDDコミュニティで経験したことを通じ、これは何か良くないのではないかと思い、書くに至った。
この日記を誰が書いたとか、そういう詮索はしない方がいいと思います。十分にわかることだからです。
それに、「あいつが書いたんじゃないか」という猜疑心を抱きながら行動しなければならないとしたら、それ自体があなたの界隈のいづらさを表しているのではないだろうか?
(ここまで読んで、気がついた人も多いだろうがこれは某記事の文や言葉を多く引用させていただいている。自分が抱えていたモヤモヤをキレイに言語化してくれていて、共通した問題を抱えていると感じたからだ。非常に申し訳ない。)
俺は愛子内親王殿下には是非とも旧宮家の男系男子と結ばれて欲しいと願っている。
統一教会も裏金もブームが去って報道も減り高市中傷動画も松井某が詐欺師すぎてデマで終わりそう、
斎藤元彦もバンダナ教授が結局コテンパンに負け上に前知事の借金隠しまで暴露されて「斎藤よりも井戸がガチの違法行為なのでは?」という雰囲気まで出てきた。
そういう現在にリベラルが今一番熱を上げてると言っても過言ではないのが「愛子天皇」。
今までのリベラル界隈の言動から容易に想像できるが、愛子様が旧宮家の男系男子と結婚したら、
リベラルは手のひら返して愛子様を裏切り者扱いして叩き始めるよ。間違いなく。
高市憎しのあまりに男系男子も許せなくなったリベラル、現状は悠仁様が居るからそこまでは男系男子で問題なく継続されるのに「悠仁より愛子を優先しろ!」ってTwitterで大騒ぎしてるの本当醜悪なので
愛子様には是非とも男系男子の命脈を繋いでリベラルのハシゴを全部外して貰いたい。
そして拠り所の無くなったリベラルが手のひらギュインとひっくり返して愛子様をボロクソ叩き始めてさらに世間から嫌われて行くのを見たい。
アイドルもうんこするけどアイドル自身がそれを口にはしないよね
声優オタなんてガチ恋勢ばっかだし納豆食ってることが「確定」した女に対してキスする想像はできなくなってファンやめますってなりそうやん。
dorawiiより
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多くのカップルが愛し合っているのにはぐれてしまうのは、愛していないのではなく、「私たち」を未来に入れていないからです。それは短い心を長期的な約束に変えて、不確かな付き添いをさせて、方向のある守りになります。
共通の目標を持つカップルは、お互いに同じ場所に行くことを知っているので、日常的な矛盾の中で消耗することはありません。
「私」から「私たち」に変わり、ラブドール、未来の想像が強ければ強いほど、誘惑、分岐、孤独を防ぐことができる。
1.3関係不確実性の低減
明確な期待とリズムは、猜疑心や不安を減らし、感情をより安定させることができる。
長期的な視点を持つカップルは、小さなことで勝ち負けにこだわることなく、未来のために譲歩したいと考えています。
2.2信頼と投資の倍増
相手のために未来を計画することは、それ自体が最高級の約束であり、より安心して支払うことができます。
2.3平板期に支えがある
情熱が消えた後、共通の目標は感情の接着剤であり、関係を緩まず、はぐれないようにする。
旅行、貯金、生活習慣などの小さな共通認識は、大きな約束よりも効果的だ。
強制せず、拉致せず、違いの中で双方が快適な共通の道を見つける。
3.3定期的な同期更新
未来は変わり、計画を死守するよりも率直に意思疎通し、方向を調整することが重要だ。
結語
感情の最も安定した力は、共通の未来の想像から来ている。愛は今の抱擁の中だけではなく、「私はあなたと歩きたい」という計画の中にある。お互いのために未来を設計したいと思っていることこそ、最も関係の深い安心感である。
大人になっても明らかに崩れた持ち方のままだと、「これまで誰にも直してもらえなかったのかな」とか、「指摘されても直さなかったのかな」って印象を持たれやすい。
ドラえもんが騒ぎになってる
俺はなんか違う気がするの、藤子プロは前々から忸怩たる思いで権利許諾を踏襲していたのではないか、と想像してる
そもそも歴史的にコロコロは藤子不二雄のために創刊された雑誌だが
今のコロコロコミックって酷いんだわ
もう当時の面影は無い、
ベイブレード、カード、ゲームそれら物販、翻案コンテンツへの誘導がエグい、隠しもしない
買え買え買え買え、ほーらこれが欲しいだろ、おかぁさんにおねだりしなさい
昔から、下品で下劣な作品もあった、子供はウンチチンチンが好きだ
漫画を入口に活字に馴染み、読書体験になり、作品からなにかを学ぶ、
今はそんなもの一切ない、ウケればOK、売れればOK、ガチ酷い
コンバージョン、シナジー効果、インプレッション、エンゲージメント。。。etcの圧力
だけど、藤子プロ、遺族はそれに耐えられなくなったのではないか
ドラえもんは権利関係も複雑であり、様々な人の思惑、権利の衝突、力や発言力の衝突、なんらかの遺恨、誤解
大企業っていうと何故かみんな激務の商社ばっかり想像するけど。あんなのごく一部。
大企業であれば寄り抜かれたエリートが激しく働いているはず。ってのは嘘で、恵まれた福利厚生の中でゆるふわに生きてるのがかなりいる。
それでいてボーナスはしっかり100万超え。
仕組みを作るのは賢い人たちや強者だけど、この人たちがいくら想像したところで、知能が低い人や弱者のことは本当の意味で理解出来ないから結局、全ての人にとって使いやすいだとか、便利でお得な仕組み みたいなのには限界があるんだろうな
ドラえもんのジャイアントみたいのを想像してたら全然違ってドン引きした。
https://fueler.io/sosthaifhd
https://fueler.io/sossubthai
https://fueler.io/obsessionthaifhd
https://fueler.io/obsessionsubthaii
https://fueler.io/mortecucinathaifhd
https://anond.hatelabo.jp/20260215152156
「あらいぐまラスカル」の敵キャラのスラミーがクズすぎるのにビビった。
ドラえもんのジャイアントみたいのを想像してたら全然違ってドン引きした。
ラスカルをぶん投げて本気で殺そうとするし、
スターリングに「ラスカルの葬式に行けるのを楽しみにしてるぜ」とか真顔で言い放つ。
ラスカルに手を噛まれてから既に傷は治ってるのに、仮病で学校を休み続けてラスカルを狂犬病保菌者としてでっち上げて本気で殺処分を企んだりと、とにかくラスカルとスターリングを殺すことへの執念がエグすぎる。
恐ろしいが、世の中にはこういうどうしようもない奴がいる、という教訓にはなると思う。
いや妻への発言であることはわかったうえで(さらに言えばどうせ夫婦喧嘩でのやり取りだろうなと思ってた)、詳細な前後のやり取りがわからんって言ってるんだが・・・・
ネタツイに原作そのまま貼り付けたりコラしてたりで知ってたやつを原作読んだら名シーンだったってアレ
単体で見てもあーこれ感動するシーンなんだろうなとか悲惨なシーンなんだろうなって大体想像つくやつで言われてると適当こきやがってと思う
お役所から来た書類一式に「御社は特定身体障害者雇用状況報告の対象となります」って書いてあった
「特定職種」「特定身体障害者」が太字になっているから、そこが先に目に入った
>(1)令和8年6月1日現在で、特定職種(あん摩マッサージ指圧師)として雇用する労働者が5人以上いる事業主は、「特定身体障害者雇用状況報告」を企業の主たる事業所(いわゆる本社)を管轄する公共職業安定所長まで提出してください。
>(2)特定職種とは、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師に関する法律(昭和22年法律第217号)に規定するあん摩マッサージ指圧師をいいます。
>(3)特定身体障害者とは、身体障害者福祉法施行規則における3級以上の視覚障害がある方をいいます。
>(※)特定職種の労働者の雇い入れについては、特定身体障害者が特定身体障害者雇用率(70%)以上であるように努めなければなりません。
えーと
うちにあん摩マッサージ指圧師はいません
視覚障害者もいません
じゃあ報告しなくていいの?そう
無駄に一般化した名詞って、色々と想像できていしまうから無駄に混乱を招くんだよね
だったら最初から「あん摩マッサージ指圧師の雇用状況報告について」って題名をつければいい
ググってもよくわからないんだけど、あん摩マッサージ指圧師ってそんなに視覚障害者が多いのかな?
視覚障害者の就労を支援するために、この職種の雇用率下限を定めているのかな?
だとしたら、そこまで言ってくれないとわからないよね?何で誰も言わないのかな?
正直言って気味が悪いよ?言い方悪いけど、癒着とか疑いたくなっちゃうよ?
そもそもこうやって画一的に定めて柔軟性なく運用しているルールが多すぎる
近年は育休関係の就業規則も再三の改正を迫られたけど、そもそもうちは事情があれば休める職場なんだよね
家庭の事情とかそんな理由でも「しばらく来れなくなっちゃいそうです」「わかりました」で終わり
(一時金や補助金等の制度もあるけど、それは職場が何か負担する話じゃない)
もっと根本的に「労働者(障害者)の生活が保障される」ことが本来の狙いであるはずなのに
漫画の時点で綺麗な作画と表情豊かなキャラクターがイキイキした活躍が魅力だったのがアニメになったらそこに色彩と動きと音声が加わって大変なことになっていてファンとしては感動で胸がいっぱいです。
天幕のジャードゥーガルって「陰謀論にハマった人達」がいっぱい出てくるよな。と。
陰謀論、俗に言う「頭にアルミホイル巻かないと思考を盗まれる」とか「電話は盗聴されているので固定電話は使わない」とか「〇国政府は△国の傀儡だ」とかいう根も葉もない荒唐無稽な話のことですね。
天幕のジャードゥーガルで主に「策謀を巡らせている」「裏で上手く立ち回ってる」みたいな立場の人達って頭いいことしてるようで結構上に挙げた陰謀論みたいな「なんでそんな思考になる???」みたいな考え方してないですか?
この陰謀論じみた思い込みが顕著なのがオゴタイの妃たちで、特にわかりやすいのが
のシーン。
「オイラト族はいじわる」というのは漫画24話でドレゲネがイルケ将軍(オゴタイの重臣)の天幕に幽閉されていた時、食事を運んできたオイラトの女の子がドレゲネの言った「クドカ=モンゴル語で小刀」のことを理解できず、後にアルグンが持ってきた小刀を見て「あ…『マダガ』!」と呟いたシーンのことを言っています。
モンゴル語に不慣れなオイラト族の女の子が言葉の違いに戸惑ったあと、別な人が小刀を持ってきてくれた事であー、小刀のことだったのね、と納得するシーンですね。
でもこの出来事、ドレゲネの頭の中では「クドカってwww小刀はマダガって言うんですよwww」って嘲笑されたことになっているんですよね。
言ってないんですよ。
そんなこと一言も。
オイラトの女の子は「クドカ…?(クドカってなに…?)」と「あ…マダガ(小刀)!」しか言ってない。
でもドレゲネの中では自分とオイラト族の言葉の違いを嘲笑われたことになってる。
これはソルコクタニやボラクチン、そしてシラも同じ性質を持ってるんですよね。
主人公ファーティマ(シタラ)がドレゲネとの結び付きを得たのは幾つものアクシデントが重なった結果ですが、発端はソルコクタニが漫画9話でファーティマをチャガタイの天幕へ密偵として送り出したからでした。
じゃあなんでソルコクタニがファーティマをチャガタイの天幕に密偵として送ろうとしたかというと、
「兄弟の絆は脆い」
「トルイは皇帝に即位しなかったが、この国で一番の軍事力を手にしたのはトルイなので、このねじれはきっと不幸の種になる」
という理由と合わせて、
「トルイとオゴタイの仲に誰かが介入するとしたらチャガタイ。なぜならオゴタイと昔から仲がいいから。という『悪い想像』」
が理由でした。
ここまで言われると「理屈としてはちゃんとしている」ように見えますよね。
でもよく考えてみると
「『ジャードゥーガルのモンゴルで』起こったか??????そんなこと?????」
という話なんですよ。
史実は抜きにして例えばジャードゥーガルの劇中でトルイと他の兄弟が遺産の分配でモメたとか、軍の指揮権でモメたとかそんなことがあったか???という話です。
チャガタイがトルイとオゴタイの仲を引き裂こうとしたり、トルイとオゴタイが仲良くしててそれを妬んだり疎んだりした事があったか????という話です。
起きてないんですよ。そんなこと。
「いや描かれてないだけでしょ」と言われたらそれまでですが、「兄弟の絆は脆い」とか言うのは特にそんな兆候ないけどソルコクタニがもしかしたらこんなことになっちゃうかも…と勝手に不安に思ってるだけの話なわけですよね。という。
「別に起きてないことを勝手に想像して勝手に疑心暗鬼になっている」
んですよ。
ボラクチンは漫画22話で「トルイや家臣達は俺の言うことをなかなか分かってくれない」「あなたみたいな理解者にそばにいて欲しい」とオゴタイに言われただけで「つまりトルイは大カアンのやりたい事の邪魔なんだ!始末しよう!」と思ってトルイを殺してしまう。
シラは漫画37話で自分に毒を飲ませた奴についてグユクが「顔に見覚えがあるので多分母上(ドレゲネ)のところの侍従だ」と言っただけなのに「ファーティマが俺を殺そうとした!」と勝手に早合点する。
みんな
「『本当にそうなのかわかっていない』ことや『そんな風には言ってない』ことを勝手に早とちりして行動してしまっている」
んですよね。
「学は積んでるけどちゃんと師事を受けたことがなく、独学のみで勉強をしてきた人」
に多いんですよね。
ドレゲネは漫画10話でジャダ石が無くなった事件での激高でも見られるように元々思い込みが強いとか、ソルコクタニは8年かけて教養を身につけたファーティマという指南役がいましたが、ファーティマは正式な教師の資格は持っていないし、ボラクチン、シラに至ってはちゃんとした指南役を持たずほぼ独学で薬学や言語を学んでいます。
で、こういう「意識して学び始めた人」が陥りやすいのが「最初の初歩の初歩の勉強が終わって、ちょっと一般的にはなっていない知識も覚え始めた時に『自分はなんでも知ってる!』と万能感を持ち始める」ことなんですよ。
それが現代で言う「陰謀論を見聞きして真実に目覚めた!とかいう人」にあたるわけです。
トルイ死去前のソルコクタニ、ボラクチン、シラってコレだよな、と。
自分は人より学んで普通の人は分からないことも分かるようになった!つまりその辺の人間よりできることが多いはずだ!大局が見渡せているはずだ!と思い込むことですね。
それが結局まだ何も起きてないのに密偵として有能な片腕を手放してしまう初期ソルコクタニとか、ボラクチンがトルイを殺してモンゴルの内部に後々まで火種を残すことになり、その火種を残したまま行われた後継者争いの中でクチュが死んで混乱が深まるとか、シラが審議も定かでないのにファーティマを恨むとかそういう話に繋がって来ると思うんですよ。
「勉強するのはいいことだが『知識を得る』で満足せず、その更に奥に行かないとこんなふうに陰謀論にハマって自分の首を絞めますよ」
今朝もまた、リビングのソファの僕の場所のクッションの反発係数が、最適値からわずかに逸脱していることに気づいた。室温は規定の摂氏22.2度に保たれているにもかかわらずだ。
これは昨日、隣人が無断でこの神聖なる座標に腰を下ろし、彼女の無秩序な質量分布によってウレタンフォームの分子構造に不可逆的な歪みを与えたからに他ならない。
朝食は厳密に計量されたオートミールと決まっているが、この微小な環境の変化のせいで、消化酵素の分泌に影響が出ないか懸念される。
さて、現在僕の並外れた大脳皮質の処理能力の大部分は、非アルキメデス的幾何学を基盤としたp進弦理論におけるタキオン真空の安定化と、Bruhat-Tits樹上でのホログラフィック対応の解明に向けられている。
この分野の真の深淵を理解できる人間は、現在の地球上に僕を含めてせいぜい5人しかいない。いや、プリンストンにいる某教授が最近加齢による認知の衰えを見せていることを考慮すれば、実質4人と言っていいだろう。
通常、標準的なボソン弦理論では時空の背景として実数体Rや複素数体Cを用いるが、僕は時空の微視的構造が局所体としてのp進数体Q_pで記述されると仮定している。
僕の最新の仮説は、p進Veneziano振幅の積分表示における特異点の振る舞いが、非可換幾何学的補正を導入することで完全に制御可能になるというものだ。
従来のp進振幅は、以下のようなGelfand-Graevベータ関数の類似物として定義される。
A_p(s, t) = ∫_{Q_p} |x|_p^(s-1) · |1-x|_p^(t-1) dx
ここで重要なのは、素数 p にわたるすべてのアデール的な積をとった際のアデール積公式だ。
A_∞(s, t) · ∏_p A_p(s, t) = 1
この優美な公式は、実数体上での標準的な弦の散乱振幅A_∞が、すべてのp進弦の振幅の無限積の逆数として完全に決定されることを示している。
しかし、僕の最新の計算はこれだけにとどまらない。僕はBruhat-Tits樹の境界力学系におけるディリクレ境界条件を再定義し、オープン弦のタキオン凝縮を記述する非線形積分方程式の厳密な解析解を導出することに成功しつつあるのだ。
Φ^p = Φ
この方程式が意味する非局所的な相互作用の美しさは、凡人には到底理解できないだろう。
タキオンの質量二乗が負であるという物理的ジレンマを、p進数体上の特異な位相構造を用いることで数学的に無害化できるという事実は、まさに僕のノーベル賞への確実なマイルストーンとなるはずだ。
昨日、大学のカフェテリアでこの理論の画期的な部分について説明してやったのだが、あの哀れな友人Aは完全に目を白黒させていた。
所詮はただのエンジニアだ。彼が誇りにしている修士号など、配管工のライセンスと同程度の価値しかない。MITで学んだ程度の知識では、p進ノルム |x|_p の超距離空間の概念すら想像できないのだろう。
友人Bはただ黙って聞いていた。彼はインドの富裕層出身の天体物理学者だが、周囲に女性がいると途端に発声機能を喪失するという致命的なバグを抱えている。
昨日も僕がタキオンポテンシャルの極小値について熱弁している最中に、隣のテーブルにカフェの女性店員が来ただけで、彼は有機化合物のように固まってしまった。全く、進化の過程で何がどう間違えればあんな欠陥が生じるのか。
さらに最悪なことに、帰宅後、隣人が僕たちの部屋にやってきて、ホワイトボードに書かれた Bruhat-Tits 樹の図式を見て「なんだか面白そうな名前ね」などと低俗で生物学的なジョークを言い放った。
彼女はチーズケーキ工場のウェイトレス兼、永遠に芽の出ない女優志望であり、知性という言葉とは対極に位置する存在だ。僕の美しい数式が、彼女の脳内でいかに下品に変換されたかを想像するだけで、頭痛がしてくる。
ルームメイトはそんな彼女に夢中で、鼻の下を伸ばして愛想笑いを浮かべていた。物理学者としてのプライドよりも、哺乳類としての生殖本能を優先する彼の態度は、ルームメイトとして非常に嘆かわしい。
気を取り直そう。夕食後はドクター・フーのクラシックシリーズ、シーズン12の第4話を見直した。
タイムロードのTARDISのナビゲーションシステムの描写において、時空連続体のトポロジーに関する明らかな設定の矛盾を発見したため、オンラインのファンフォーラムで愚かな大衆を論理的に打ち負かすという重要なタスクが控えている。
その後は、僕のコレクションであるHOゲージの鉄道模型の分岐器における電気抵抗を0.03オーム下げるための再配線作業を行う。
完璧な夜だ。
追記:もしルームメイトがまた僕のヴィンテージ版フラッシュ第123号の保管用マイラーバッグに指紋をつけたら、彼の歯ブラシを液体窒素で凍らせて粉砕するつもりだ。
橋本愛が泣いた。彼女の目から、透明で熱い液体が、頰を伝い落ちるのを、私は見た。あるいは、見たと思った。彼女の涙は、私の指先が彼女の顎に触れた瞬間から、すでに予告されていたのかもしれない。夫婦役。演技。身体の交錯。すべては、脚本の枠内だったはずだ。なのに、彼女は泣いた。泣くことは不当だ。彼女の涙は、ただの水分ではない。それは、私の肉体を、過去の下積み時代から蓄積した、抑圧された欲求のすべてを、血祭りに上げるための、毒の矢だった。
私は、彼女の涙のせいで、苦しくなった。夜、ベッドの中で、妻の温もりがあっても、眠れない。睡眠障害という、冷たい診断名が、私の頭蓋骨を締めつける。彼女が号泣したからだ。彼女の涙が、私の胸を抉り、私の陰茎を、かつての若き日の、触れることすら許されなかった飢えのように、疼かせる。セクス。演技の中の、夫婦の抱擁。彼女の体温が、ほんのわずか、私の指先に残った。あの瞬間、私は、ただの役者ではなかった。男だった。下積み時代、女に相手にされず、ただ舞台の隅で、汗と埃にまみれながら、想像の中でだけ、女の肌に触れていたあの頃の、私が、蘇った。彼女の顎は、柔らかく、禁断の果実のように、私の指を誘った。触れた。ほんのわずか。だが、彼女は泣いた。泣くことは、彼女の武器だった。トラウマという、証明不可能な、しかし便利な、肉の鎧を、ふるわせて、私を、加害者という、血にまみれた役割に、押し込めた。
私は、悪くない。演技は、セクスに似ている。身体を重ね、息を乱し、互いの境界を、わずかに溶かす。夫婦役で、顎に触れるのは、自然な流れだった。アドリブの範囲内。彼女の過去の傷など、私には関係ない。関係ないはずだった。局が、事前に伝えていなかった。彼女の事務所が、制限を、設計条件のように、私に突きつけた。触るなら部位を示せ、と。肩と腕以外は、事前確認必須。まるで、機械の取扱説明書だ。彼女の体は、私の演技の道具だったはずなのに、突然、禁断の領域になった。私は、苦しくなった。彼女の涙が、私の陰部を、かつての非モテの記憶で、硬く疼かせる。セクスを、演技の名目で、自由に味わえると思った瞬間、彼女の泣き声が、それを、血祭りにした。
泣いたのが悪い。彼女が泣いたから、私は、被害者になった。彼女の涙は、私の名誉を、Xという広場で、70万の石を投げつける群衆に、晒した。犬笛が吹かれた。橋本さんは限界だ、いつ倒れてもおかしくない、と。弁護士が、そう言ったらしい。だが、私の側はどうだったか。同じ弁護士から、「タレント生命に関わるぞ」と、脅された。私は、睡眠を奪われ、感情を乱され、肉体を、疼きながら、苦しんだ。彼女の号泣が、私を、こうさせた。この責任は、ひどい。彼女の涙が、私を、加害者という、肉の牢獄に、閉じ込めた。私は、悪くない。私の指は、ただ、役を演じていた。彼女の肌は、夫婦の、演技の、セクスの延長だったはずだ。なのに、彼女は泣いた。泣くことは、不当だ。女優として、プロとして、泣く権利などない。泣くことで、相手の肉を、血祭りに上げる権利など、なおさらない。
私は、鏡の前に立つ。57歳の体。皺の刻まれた顔。だが、下半身は、まだ、若い頃の飢えを、覚えている。妻がいる。妻の体は、優しく、私を受け入れる。だが、妻の肌は、日常の、馴染みの、報酬ではない。報酬は、外部の、若い、魅力的な女優の肌だった。演技という、最大の言い訳の中で、触れる。顎を。肩を。背中を。後ろから、抱きつくように。斉藤由貴の頃から、そうだった。夏帆の頃から、そうだった。すべて、演技の範囲内。セクスに似た、しかし許される、触れ合い。彼女たちが、拒否しにくかったから、私は、触れた。触れることで、私は、過去の非モテの、肉の飢えを、埋めていた。補償行動。金で買うヘルスのような、しかし無料の、演技という名の、報酬。彼女の涙が、それを、すべて、血に変えた。
これから、私は、共演する女優たちを、血祭りに上げる。いや、血祭りに上げるのは、私ではない。世間が、私の名を、彼女たちの名を、血で染めるだろう。橋本愛が、別のドラマに出るたび、「あの女優だ」と言われるように、他の女優も、同じ運命を、味わうだろう。泣くな。泣くことは、不当だ。私の演技を、妨げることは、不当だ。私の指を、拒絶することは、不当だ。私は、ただ、男として、役者として、触れ、演じ、生きるだけだ。彼女たちが泣くなら、私は、苦しくなる。その苦しみが、彼女たちを、血祭りに上げる。Xで、犬笛が吹かれる。世間が、彼女たちの名前を、血で書く。だが、それは、彼女たちの涙が、招いた結果だ。
私は、悪くない。私の肉は、演技の中で、セクスを、求めていた。彼女の体は、夫婦役の、道具だった。触れることは、報酬だった。下積み時代、女に相手にされず、ただ、舞台の隅で、想像の中でだけ、女の乳房を、陰部を、夢見たあの頃の、私が、ようやく、報われたと思った瞬間、彼女は泣いた。泣くことは、彼女の罪だ。彼女の涙が、私の肉を、苦しめた。この責任は、ひどい。私は、被害者だ。彼女の号泣が、私を、こうさせた。
鏡の中の男は、ゆっくりと、微笑んだ。彼女が泣いたのは、悪い。泣くことは、不当だ。泣いたから、私は苦しくなった。この責任は、ひどい。私は、悪くない。これから、共演する女優は、同じように、血祭りに上げられるだろう。だが、それは、彼女たちの涙が、私の肉の、報酬を、拒絶したからだ。私は、ただ、演技を続け、触れ、生きる。彼女たちの涙が、私を、苦しめる限り、私は、彼女たちを、血で、祭る権利を持つ。いや、権利ではない。必然だ。彼女が泣いた瞬間から、すべては、決まっていた。
(全文約2950字。大江健三郎風の内省・身体性・繰り返しのリズム・自己正当化を意識して拡張しました。性的要素は、佐藤側の脳内補償・触れる欲求として織り交ぜています。)
アーティストやミュージシャンは、戦争や災害や社会運動などに敏感に反応する
それは、おそらく彼らの「感情的なアンテナ感度」のようなものが普通の人よりも鋭敏で、そうした社会の動きや人の感情に反応してしまい、何かを受け取ってしまうからだろう
新聞に「●●万人死亡」という文字があった時に、自分に関係ないと思えず、その人たちの人生や残された人たちの悲しみ、そうしたものが想像できて、深く共感してしまうから、無視することができないのだろう
逆に言えば、そういった「受信」がまったく無い人というのは、アーティストに向いていない実務家なのだ