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2026-07-11

レデヘドのポプデドのMVでトムヨクが透明の棺桶入って担がれてて

かっけー!!てなったんよな

ワイもあーゆーふーに葬列してほちい🥺

でも親戚のおっちゃんに担がれて農道練り歩くのはコントみたいでキツいか…?🤔

透明の棺とか白雪姫感あるしな…小太りの弱者男性死体入ってたらおもしろなっちゃうよな🙄💦

2026-07-07

ずとまよの新曲MVにヤニが出てたので、ヤニねこ関連曲かと思ったら

スーパーの裏でヤニ吸うふたり」のOPだったわ


今期ヤニテーマアニメ2つあるんかい

2026-07-05

なんか、これまでの人生自分に加害してきたり、不愉快なことしてきた人たちが、今この同じ空の下で幸せに生きてると思うと…😟

正直、納得いかんですわ…😟



増田ようじょようじょ言ってる自分自分だけど、基本的に私は紳士であるように努めてるんです、

english-man in new yorkなんですよ、

アメリカ人無礼で、というか、アメリカ人じゃなくて大衆とかみんなのことを言ってるわけですよ、

MVに出てくる👵は男性です、有名な同性愛者です、



他人に何を言われても気にせず、紳士として生きる、それがenglish-man in new yorkだと思うんですよ…😟

それをまったく理解してない方がいて、ちょっとムッとしたこともありました…😟ええ



まあ、そうですね、加害者が得だとしても、それを気にせず、ボクは生きていくしかない、コートを着て、ステッキを持って、帽子かぶり

BBCだったかホームズのような風貌で、アメリカ人に、周囲の人たちに、バカにされても生きていくんです…😟自分軸ですね

2026-07-04

スピッツソラトビデオカスタム

MVなんやが、ロビンソンチェリーも楓も入ってて、シングルズつかグレイテストヒッツつか、車でだらだら流すのに最適

(ながら運転とか叩かれるから信号待ちの時だけ流しとることにしてくれ😎)

ええもん買ったで‼️😁で大変満足なんだが

楓は入ってるのにスピカがなかったり、愛のしるしコスプレが最高なのに未収録で、そのくせこれも未収録の流れ星と合わせて、おまけのTVCM集ではチラッとだけ映るのがフラストレーション溜まる😂

ソラトビデオ3に入ってるらしいが、売ってなかったのとその3曲以外はカスタムとダブってんのがなあ

4も買って、遥かが被ってるのはちょい不満だがバージョン違いとかされても後々困るしな💦

2026-07-03

剣道着の人負けちゃった…😟

そういえば、ヴァンヘイレンのプリティウーマンMVにもサムライ出てくるし、ハチマキは裏返しだし、なんなの…😟



そして、女性の声がのび太…😟

ポリゴンショックは遠くになりにけり

スマホだと気にならないんだけど、

輝度大画面タブレットで全画面表示するとくらくらするほど明滅するMVとかあって、制作陣も若返ってるだろうし、そろそろ周知し直してほしい。

2026-06-30

リフレ派、MMT派、ケインズ派トリプル放尿が引き起こす地獄が待ち受けている

経済政策における最大の災厄は、「政府中央銀行需要をうまく操作すれば、経済を望ましい場所へ運べる」という信仰である。これは一見すると合理的に見える。景気が悪ければ貨幣を増やす需要が足りなければ財政支出を増やす失業があれば公共事業を打つ。デフレならインフレ期待を起こす。なるほど、机上では美しい。人間がまた紙の上で神になったわけである

しかマネタリスト立場から見れば、これは単なる自己放尿である

短期的には、貨幣供給財政支出の変化が実質変数に影響することはありうる。名目需要が急減すれば失業は増えるし、貨幣供給不安定になれば景気循環は増幅される。ここまでは認める。しかし、そこから「だから政府がその都度うまく調整すべきだ」と結論するのが、第一自己放尿である

マネタリストの基本前提は単純である貨幣数量説を雑に書けば、

MV = PY

である。M は貨幣量、V は貨幣流通速度、P は物価水準、Y は実質産出である。長期的には、Y は技術資本蓄積労働供給制度規制生産性によって決まる。M を増やしても、長期的に増えるのは主に P であって Y ではない。つまり通貨をいじっても、パンの数は増えない。増えるのはパンにつく値札である人類、ここで何回も転んでいるのに、また値札を見て豊かになった気分になる。紙幣催眠術でもかかっているのか。

リフレ派の自己放尿

リフレ派は、デフレを悪と見なし、インフレ期待を起こせば経済回復すると考える。中央銀行が強い姿勢金融緩和を行い、人々に「将来は物価が上がる」と信じさせれば、消費や投資が前倒しされ、景気が改善するという発想である

だが、これは期待という不安定心理変数政策効果を過剰に賭ける自己放尿である

問題は、インフレ期待が本当に実体経済改善につながるかである企業が将来の物価上昇を予想しても、需要の持続性や収益性確信がなければ、投資を増やすとは限らない。家計も、賃金が上がらないまま物価上昇だけを予想すれば、消費を増やすどころか防衛的になる。つまりインフレ期待は万能薬ではない。場合によっては「生活費が上がる恐怖」を作るだけである

さら問題なのは中央銀行が「2年で2%」のような目標を掲げ、達成できなければ追加緩和、マイナス金利国債購入拡大といった裁量手段を次々に投入する点である。これは市場に安定したルールを与えるのではなく、「次に何をするかわからない政策当局」という不確実性を与える。予測可能性が壊れる。企業は長期投資しづらくなる。

マネタリストが重視するのは、裁量ではなくルールである貨幣供給を毎年一定率で伸ばす k%ルールのように、市場参加者が将来を予測できる枠組みが重要である。ところがリフレ派は、「期待を変える」という名目中央銀行パフォーマンス芸を正当化する。これは金融政策を安定装置ではなく舞台装置に変える自己放尿である

MMT派の自己放尿

MMT派は、政府自国通貨建てで破綻しない、税は財源ではなくインフレ抑制手段である、したがってインフレになるまでは財政支出を拡大できる、と主張する。

この議論には、部分的に正しい観察が含まれている。自国通貨建て債務を持つ政府が、形式的意味デフォルトしにくいのは事実である。税が貨幣需要を支える側面を持つことも否定できない。問題はそこではない。問題は、その正しい断片から「だから支出もっと増やせる」という政治的自己放尿へ飛躍する点である

政府支出は、実物資源を動員する。労働、資材、土地エネルギー時間を使う。通貨発行で名目上の支払い能力を作れても、実物資源は魔法のようには増えない。ここを無視すると、財政支出は単に民間部門から資源を吸い上げ、政治的に選ばれた用途へ移すだけになる。

政府支出を G、民間消費を C、投資を I、純輸出を NX とすれば、

Y = C + I + G + NX

である。この式を見て「G を増やせば Y が増える」と短絡するのが、経済学におけるかなり古典的自己放尿である問題は、G の増加が C や I を押しのける可能である資源が余っている局面では短期的に効果が出ることもある。しかし、恒常的に政府支出を拡大すれば、民間資源配分を歪める。政治的配分は市場価格ほど情報を集約できない。ハイエクを持ち出すまでもなく、官僚政治家社会全体の最適な資源配分を知っているという前提がすでに危険である

さらに、MMTが「インフレになったら税で吸収すればよい」と言うとき、そこには深刻な政治経済学上の穴がある。インフレが起きた後に、政府が迅速かつ適切に増税支出削減を行える保証はない。むしろ政治家は、支出拡大は好み、引き締めは嫌う。票が減るからである。つまりMMT理論上の操作盤を想定しているが、現実にはその操作盤の前に座っているのは選挙を恐れる人間である。なんという低スペック制御装置

したがって、MMT財政運営は、短期的には「財源制約から解放」に見えて、長期的にはインフレ税、資源配分の歪み、政府依存財政規律崩壊を招く自己放尿になりうる。

ケインズ派自己放尿

ケインズ派は、有効需要の不足を重視する。景気後退時には民間需要が落ち込むため、政府財政支出で総需要を補うべきだとする。

この考え方も、短期分析としては完全に無価値ではない。名目硬直性があり、賃金価格がすぐに調整されないなら、需要不足が失業を生むことはある。問題は、そこから常習的な裁量財政へ進むことである

ケインズ派自己放尿は、「景気が悪いか支出する」「まだ弱いか支出する」「回復が不十分だから支出する」「不確実性があるから支出する」と、ほぼ永久財政拡大の理由を生成できる点にある。理論政策ブレーキではなく、アクセルを踏むための言い訳製造機になる。

さらに、公共支出効果にはラグがある。認識ラグ、決定ラグ実施ラグ効果発現ラグである景気後退認識たころには状況が変わっている。議会で決めたころにはさらに変わっている。事業が始まるころには景気循環局面がずれている。結果として、景気安定化のつもりが景気変動を増幅することすらある。

これはマネタリスト裁量政策を嫌う理由の中心である政策当局は全知ではない。データは遅れる。モデルは外れる。政治は歪む。にもかかわらず、ケインズ派政府が適切なタイミングで適切な規模の支出を行えるかのように語る。もはや経済政策というより、霞が関に住む妖精への信仰である

トリプル放尿の合成地獄

リフレ派、MMT派、ケインズ派がそれぞれ単独自己放尿するだけでも厄介であるしかし本当の地獄は、三者が合体したときに始まる。

リフレ派は言う。「もっと金融緩和しろインフレ期待を起こせ」

MMT派は言う。「自国通貨建てなら財源問題はない。インフレまでは支出できる」

ケインズ派は言う。「需要不足だから政府支出で埋めろ」

この三つが結合すると、政策メッセージはこうなる。「中央銀行国債を買い、政府支出し、物価が上がるまで走り続けろ。問題が起きたらそのとき考えよう」

これは、理論統合ではない。三種類の自己放尿を一つの浴槽に注ぎ込む行為である

このトリプル放尿体制では、まず財政規律が壊れる。政府支出景気対策、成長投資、分配政策少子化対策防衛環境地方創生など、あらゆる名目で拡大される。次に中央銀行独立性が曖昧になる。国債購入は金融政策なのか財政ファイナンスなのか、境界が溶ける。そして市場は、政府中央銀行が将来どのような出口を取るのか読めなくなる。

その結果、長期投資必要予測可能性が失われる。金利、税、物価規制補助金為替財政負担不安定になる。企業生産性向上よりも、政策風向きを読むことに資源を使う。これは最悪である市場経済価格シグナルではなく、政策シグナルへの忖度ゲームになる。

さらに、インフレが発生した場合、三派は責任所在分散させる。

リフレ派は「供給ショックだ」と言う。

MMT派は「税で吸収すればよかった」と言う。

ケインズ派は「支出の中身が悪かった」と言う。

そして誰も「裁量政策のもの自己放尿だった」とは言わない。人類責任回避能力だけは、なぜか生産性が高い。

マネタリスト代替

マネタリスト立場は、何もしないことではない。むしろである通貨制度を安定させることを重視する。

重要なのは中央銀行短期的な景気や政治圧力に反応して裁量的に貨幣供給を振り回さないことである貨幣供給は、長期的な実質成長率に整合するよう、安定的かつ予測可能ルール運営されるべきである

たとえば、

ΔM / M = k

のように、貨幣供給の成長率を一定に保つ。ここで k は長期的な実質成長率や望ましい物価安定と整合する値である

この考え方の核心は、政策当局知識能力過大評価しないことにある。中央銀行政府も、経済全体のリアルタイム状態を正確に把握できない。最適な需要水準も、自然利子率も、自然失業率も、潜在GDPも、推計にすぎない。推計にすぎないもの根拠に巨大な裁量政策を動かすのは、暗闇でチェーンソーを振り回すようなものである。本人は整備しているつもりでも、周囲から見れば自己放尿と大差ない。

マネタリストにとって、経済成長の本体供給側にある。規制緩和、競争技術革新、人的資本資本蓄積企業家精神、法の支配、安定した通貨制度。これらが実質所得を増やす金融政策財政政策は、せいぜい名目環境を安定させる補助装置であって、富を生む本体ではない。

貨幣を増やしても、プログラムは速くならない。財政支出を増やしても、無能制度は有能にならない。インフレ期待を起こしても、工場生産性は上がらない。政策文書に「成長」と書いても、米は炊けない。そういう当たり前のことを忘れるから社会自己放尿を経済政策と呼び始める。

ケツ論

リフレ派の自己放尿は、期待操作への過信である

MMT派の自己放尿は、通貨発行能力を実物資源制約から解放と誤解することである

ケインズ派自己放尿は、政府需要を適切に管理できるという裁量万能論である

この三つが合体すると、金融緩和財政拡大、需要管理相互正当化し合い、政策当局は自らの限界を忘れる。短期的な刺激は長期的な歪みを生み、名目値の膨張は実質的豊かさと混同され、市場価格ではなく政府次の一手を読む場所になる。

それは経済政策ではない。それは、リフレ派、MMT派、ケインズ派によるトリプル自己放尿である

そしてその先に待っている地獄とは、ハイパーインフレのような漫画的終末だけではない。もっと地味で、もっと陰湿で、もっと現実的な地獄である予測不能政策肥大化する政府、歪む資源配分、実質賃金の停滞、生産性向上の放置、そして名目値だけを見て「何かやった気」になる社会

まり国家規模の自己放尿を見ながら、国民が「これは雨だ」と説明される世界である

2026-06-29

anond:20260629173921

俺は歌系が最悪の印象だな

本職に勝つ要素が無い

本人の技巧もMV作りも負けてるやつばっかり

例外的インディーズ作品の歌って見たは勝ってることがある

素人1人で作ってるものよりはコストかけてるから

2026-06-28

中年男性の無の生活

50才ぐらいで新しいことが出来なくなった。

先ず本を読む気力と持久力が無くなる。

マンガ日常系登場人物ピンチにならない物しか読めない。2週おきでマンガ喫茶行っても1時間ちょっとでやることがなくなる。

前回までの流れを覚える必要があるゲームもできない。

昔やってたゲームの続編しかできない。それも良くて1時間しか続かない。

休みの日は15分ぐらいずつ2,3種類のゲームをローテーションして時間流れるのを待つだけ。

新しい動画も見れない。かろうじてノブロックTVスタッフだけで飯食ってるものだけ見れる。

あとは毎日同じ組み合わせのMVミックスリストを流してる。

酒も飲めない。ビール一本でも酒を飲んで得られる酩酊感より、翌日の体調悪化の影響が頭をよぎる。

過去に戻れたとして、どうすればこの状態回避できたかもわからない。

2026-06-27

いかり~ゴスペラーズの新MVを見て~

2026年6月24日リリース新曲MVを見てゴスペラーズへの怒りがふつふつと涌いてきたので書き殴ります

当方2001年「ひとり」のヒット以降のゆるーいファン?です。

※ディスしかいかガチのGOSMANIAの人は読まないでください ごめんね

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◆怒りその1:「今までのMV酷すぎ!!」

言葉にしてはいけないのだと思っていましたが、デビュー32年目にしてついにようやく「かっこいい」と素直に思えるMVが出てきたので、言います

今までのMV、酷すぎたよ!!!!!

いや一瞬イケてるっぽい瞬間がある映像もなくはないんだけどさ、基本線としてなんか古くてちょっとダサいの。これは昭和生まれゴスペラーズおよびスタッフ陣と平成生まれ当方とのジェネレーションギャップなのかと諦めていました。でも、できるんじゃん!!!!!!!早くやってよ!!!さらだ!!!過去作も作り直して欲しいのいっぱいあるよ!!!悔しいよ!!!ライブ映像結構かっこいいのにPVMVはほんっと……。わざと狙ってるんだとしても、「ゴスペラーズってちょっと昔の人だよね。歌上手いし流行ったけど、まあ、こんな感じだよね」って敬遠する人間は多かったと思います



◆怒りその2:「今までの安岡氏の扱い、酷すぎじゃない!?

恐らく世間的に「ゴスペラーズ」と言われて想像されるのは村上氏サングラス。「ひとり」のメインボーカル)と黒沢氏(「永遠に」「ミモザ」の人)かと思います。あと低い声でボンボンやってる人(北山氏)と「VOXers」の人(酒井氏)なんでしょうか。そして歌番組をよく見る人には「喋ってる人」と認識されるのが件の安岡氏です。


だけどね、だからね、皆さん、果たして安岡優の歌声を聞いたことがあります???


ゴスペラーズゴスペラーズの曲を知っていても安岡氏の歌声なんて全然知らない、聞いたことがない、という人が多いのじゃなかろうか。だって音楽番組に持ってったりPV/MV作るような曲では安岡優はメロディーを歌わないから。当方はゆるーいファンなのでゴスペラーズが毎度メンバーオーディションリードボーカルを決める(曲ごとにベストな布陣を構築する)のは知ってはいますが、それでもあまり安岡氏は今まで端に追いやられすぎだったんじゃないか……?

安岡リードの声が聞けるの、テレビ放送あるような曲だと「星屑の街」くらいじゃない??あれは5人で歌い継ぐ曲だからセンターなし」みたいなものだし。(あと星屑の街は冒頭のコーラスがいいのにあれも安岡氏は暇な時間長いよね。最初「あれっ、一人歌ってない奴がいるぞ?」って気づいたとき結構衝撃だった)


永遠に」のジャケット写真とか顔半分切られてるよね(北山氏もだけど)

「ひとり」のジャケ写もそっぽ向かされてね(こっちは北山氏はカメラ目線なんだよな)

まあそれは昔のことだしビジュアルなんてどうでもいいんだけど(よくないけど)、リードがあるとしても2番(VERSE 2)だしちょこっとで、安岡氏がセンター新曲MVがついに出た今あらためて思うと、「お前は歌詩書いて喋ってウーアーやっとけ」という感じがあったんじゃないか?と非常にもやもやする。メンバー間では当然リスペクト愛情もあるんだろうけど、一般市民的には「よく喋ってるけど歌声を知らない人」なんだよな。まあ今回のMVで……ようやく……ですが……。



◆怒りその3:「ゴスペラーズグループとしてしたたかすぎでは???

まあ安岡氏が隠匿されてたのもわからなくはないんです。ちょーっと人を選ぶんだよね? メロディー歌ってる時の歌声クドいし、トークもいつもちょっとなんか偉そうだからコーラスの時はだいぶ渋い声で低音支えてて厄介な音鳴らしてるのも、賢くて真面目で能力も自信もプライドもあるし愛されて育ったからついつい偉そうに聞こえる喋り方になってしまうことがあるのもファンにはまあわかるんです。が、たぶん、「ゴスペラーズ? ♪愛してる~の人たちね! ゴスペルの人ね!」レベル一般市民テレビ動画でちょいっと見たら「ん?? なにこいつ??」となりかねない。賢明……。(※やっぱり名前のせいで「ゴスペルの人ね!」という言葉はちょいちょい聞きます。たぶん日本語的に「アカペラ」と「ゴスペル」が似てるもんだから余計にね。リーダーはちょくちょくいろんなところでまだまだ解説し続けてください。個人的には「Lean on me」めちゃくちゃ好き。武道館で隣の人たちと手を繋いでみんなで歌ったの懐かしいなあ……。)

1. 知名度が安定するまでは万人受けする黒沢村上をメインに据えて→
2. ある程度売れてから北山氏が熱心なファンを獲得し→

(なんか脱ベースボーカル期?にアイドル的な人気なかった?ライブでいつも「陽ちゃーん!」ってキャーキャー言われて北山氏もくるくるくるくるまわってねえ。「東京スヰート」とか「金色の翼」とか「エンドロール」とか高音リードボーカル多かったよね、その状態で急に低音ボンボンやるとまたキャーキャー言われてねえ。その間安岡氏が地味だけど堅実に低音鳴らしてんだよなあ。リーダーも♪Hey~ってやってたりするからさあ)

3. 日本市民的に「ゴスペラーズ」が「ハモるラブソングの人」として不動の地位を築いた頃、トリッキー酒井氏の曲を押し出して→

2002年いろは」でだいぶもうヤバいことやってたのになんか長いこと公には酒井雄二エキセントリックさを隠してたよね? 透明感だけ見せつけてね? VOXersもあれだけどRecycle Loveシングル?両A面?カットしたのはなかなか「わあお」でびっくりしました。あれもGOSWINGのほうは安岡氏もなんか目立つタイミングあったのに強烈なRecycle Loveがあったからたぶん世間的には印象が半減して……でも今Recycle LoveMV見返したら安岡氏の顔がうるさくてびっくりしちゃった。妥当of妥当の扱いなのか……)

4. デビュー32年目、今まで巧妙に存在を隠されていた安岡優をど真ん中に据えて踊らせる!

なんだとしたら戦略的すぎてイライラしてくる!!!

当方ガチファンではなく、記憶曖昧全然違うこと言ってたらごめんなさいね。他にも好きな歌手とか応援してる人はいるし、自分人生のほうが大事だし忙しいしゴスペラーズあくまで数多ある趣味エンタメのごくごくごくごく一部ですのよ。そんなに毎日ゴス子のことだけ考えてるわけないんすよ)


あとさあ~~~~~~~~??

「昔の仲間をテレビ局に送り込んで起用してもらう」手法大学お笑いサークル出身芸人よりもゴスペラーズのほうがずっとずっと先にやってない!?!?

鬼越トマホークちゃんゴスペラーズのことも叩いて!?!? 安岡優がぶちのめすよ!?!?

(内ケ崎さん、本当にどうもありがとうございます。これから末永くどうぞよろしくお願い申し上げます。)


ていうかそもそも「50代になってから踊らせる」の、強かだよね……。いや前からライブじゃ踊ってるのは知ってんだけどさ(こちらはFive Keysで飛ぶのが辛くなってきました。大好きな曲だしテンション爆上がりだけどドキドキもします。ジャンプせずに腕だけみたいな新しい簡略版振付あるとうれしいです)、一般市民的には「静かにフォンフォンウーアーやってるバラードの人たち」なんですよ未だに。その状態で50代というれっきとしたおじさんになってから「俺たち意外と踊れるんだよ??」ってやるのは賢すぎじゃない??20代30代40代でそれやると本業ダンサーとかアイドルとも比べられちゃうからよくないよね。したたかだよね。クレバーよね。ずるいよね。なんか鼻につくよね。ありがとう。「50代のおじさんたち」なら若い同業者もそのファンも「彼らは敵じゃない」と認識するから好意的な目で見てくれるよね。ずーるい。


あとさあ、

メンバーおよびスタッフの皆さんは、安岡優がめちゃくちゃ踊れるどころか若い時よりもなお踊れるようになってることについては、今までどう思ってたの……??

本当にすごく気になってる。踊れる(ようになった)のを知らないわけがないのに、全然MVとかテレビでメインで踊らせなかったじゃん今まで。「お前のターンは50代な。俺らが体力厳しくなってきた頃がんばれよ」って???ちょっとイライラします。腹が立っていますヤスが踊れなくなってきたらどうするの? 人間だよ? いつまでもヤングなわけないんだよ? 何があるかわからないよ? なんで今さらこのタイミングでそういうプレッシャー安岡氏のみにかけるの?? それともみんなそんなに自分の体力やダンスに自信がある? 他の四人もダンス猛特訓するぞ! どこからでもかかって鯉!ってことなの? ダンサー安岡優が宝の持ち腐れにならないように、50代はダンス曲いっぱい出していくんだぞ! MVも出すぞ! ってこと? 楽しみです。


そしてさ、ぶっちゃけ黒ぽんにはそのままでいてほしいけど(いつもかわいいねえ)、リーダーあなたもっとガッツリ踊れるはずでしょうよ、なにおじいちゃんぶってるのよ、あと50年は歌うんだからまだあなた攻めていかなくちゃです。がんばって。あとRHYMESTER宇多氏とのラジオもなんかぐだぐだしてた時間長かったけど、あれほんとにやめたほうがいい。生放送なんて特に。真夜コーとは違うんだからゲストときは「お邪魔しに行く」気持ちを大切に。あと二重跳びやりすぎるのって膝に悪くないの……? ハラハラたからあの時期インスタ見るのやめたよ。釈迦に説法でしょうがどうぞお健やかに……。ていうか自撮りひどいかもっと研究して??あなたもっとかっこいいはずなのに最近映りが甘すぎよ??爆イケダンディなんだからそういう写真選んでよ、守りに入るのまだ早すぎよ??


◆怒りその4:仲良すぎてちょーっと気持ち悪いことある

かに「仲良いですよね」って言われてだーれもなーにも否定しないの、若干気持ち悪いことありますわよ。羨ましすぎますわよ。たまには仲違いエピソードも聞かせてね!


……って、思ってたら、NHKSONGSの番外編?のYoutube Shortsに安岡氏がいじめられてるみたいなエピソードあって……なにあなたたち!

あれは安岡氏が咄嗟にああいうこと言ったわけ? みんなで話す内容決めてたの? なんか、「え、かわいそう……。気づいてるんならやめてあげなよ……」って平成生まれちょっと思いましたー。


あなたたちがめちゃめちゃ愛しあってるのはゆるくてもうっすらファンなので大いに存じ上げているんですが、テレビとかYouTube通りすがりに見る人たちは何も知らないからね!?みんな令和の感覚もってるから!?炎上して活動休止とか嫌だから!?クレバーにやってくださいね!?冗談が通じない世の中だよ!?50年後を見据えてね!?


☆☆☆☆☆


腹立ちすぎてわけわかんなくなってきちゃったけど、今後も最高な楽曲に見合った素敵なMVを作り続けてください。

新しく入った?SNS担当の?スタッフさん方も、今後ともどうぞよろしくお願いします。輝いています。期待してますありがとうございます



以上、新MVがうれしすぎて生まれて初めてシャンパンを開けた人間戯言でした。




2026-06-24

Wildest Flower

はいいがMVがしゃらくさすぎる。

抽象的になるのもキモい

咲季ってこんな観念いたことばっか言って実力が追いつかないような雰囲気キャラだったか

あのMVマッドマックス風の未来世界で、

失われた音楽という文化を取り戻そうとするというベタな話がいいんじゃないですか…😟

2026-06-21

サブスクからないとか言ってるやつらはどこかオタサーの姫で嫌だなって思う

サカナクション山口もその一人

あいつはラジオでサブスク音楽はもうからないとか言って話題になってたけど

からそのてのアピールをちょいちょいする

ライブでは赤字だとか

なんていうか、ニコニコ動画に似た儲からないアピール

アーティスト応援するやつってうっすら嫌儲的な思想をもっているから受けるよね

よこしま気持ち音楽活動してません、純粋気持ち音楽活動してますみたいなやつが好きだよね

これは商品じゃなくて作品なんですみたいな

アイドルとは違うんですみたいな


サブスクからないって言ってるサーティストは基本90年代ビジネスモデルのまま

事務所に金とられるって言うけど、MVに金かけてバズらせて回収するモデルからしょうがない。

これ系は結局音楽で金稼ぐんじゃなくてグッズで稼ぐとかライブどさ周りするしかない。


サブスク時代にはサブスク時代の戦い方があるがそれをしてないだけ、というかできない

サカナクションサカナクションらしさって、表に出てる人だけの力じゃないのだろう

再生させるまでにいろんな人が関わってるから3億再生じゃ無理って言ってるわけで

個人でやってれば年1000万再生くらいで食えると思う

2026-06-20

貴様はまず、自己放尿する前にマネタリスト理論を徹底理解せよ

現代人は経済問題が起きるたびに自己放尿する。

物価が上がれば自己放尿。株価が下がれば自己放尿。失業率が上がれば自己放尿。円安になれば自己放尿。

そしてSNSに駆け込み、「政府が悪い」「企業が悪い」「投資家が悪い」「外国人が悪い」などと叫び始める。

しかマネタリストは違う。まず問う。「貨幣はどうなっている?」である

感情論を始める前に貨幣を見る。陰謀論を始める前に貨幣を見る。自己放尿する前に貨幣を見る。

これが第一原則である

マネタリストは何を主張しているのか

初心者はよく勘違いする。「マネタリストとは貨幣を増やせ派?」

違う。かなり違う。フリードマンが嫌っていたのは、中央銀行が景気を操作できると思い込むことである

景気が悪いから緩和。景気が良いから引き締め。選挙が近いから緩和。支持率が低いから緩和。市場暴落たから緩和。

この種の裁量政策を見て、フリードマンは半ば呆れていた。

人類は毎回、「今度こそ上手くいく」と言いながら自己放尿を繰り返す。

貨幣数量説

マネタリズムの基礎はこれである

MV = PY (M = 貨幣供給量, V = 貨幣流通速度, P = 物価水準, Y = 実質生産量)

これは単なる恒等式であるしか重要示唆がある。

もしVが比較的安定し、Yが長期的には技術労働力で決まるなら、Pは主としてMによって決まる。

まり、長期的にはΔM + ΔV = ΔP + ΔYとなる。

さらにVが安定的ならΔP ≈ ΔM − ΔYとなる。

例えば、貨幣供給量が8%増え、実質生産量が2%増えれば、物価は概ね6%上昇する。

ここで人類自己放尿する。「スーパー店長が悪い!」「米屋が悪い!」「ラーメン屋が悪い!」

違う。価格は症状である。原因ではない。

インフレとは何か

フリードマンの有名な言葉がある。「インフレーションは常に、そしてどこでも貨幣現象である。」

社会全体の価格水準が継続的に上昇するなら、貨幣要因を疑え、というのである

人類はしばしば、相対価格の変化と一般物価上昇を混同する。

これは認識論自己放尿である

自然失業率

1960年代、多くの経済学者はこう考えた。「少しインフレさせれば失業率を下げられる」

しかフリードマン反論した。長期的にはu = u*である。(u = 失業率, u* = 自然失業率)

人々は最初だけ騙される。賃金が上がった。景気が良くなった。豊かになった。と思う。

だが物価も上がる。やがて実質賃金は元に戻る。失業率も元に戻る。残るのは高い物価だけである

まりインフレで恒久的に失業率を下げようとするのは、金融政策自己放尿のダブル放尿である

k%ルール本質

ここで初心者が再び自己放尿する。「フリードマン貨幣を毎年4%増やせと言った!」

違う。本質はそこではない。

本質ルールによる統治である

中央銀行総裁天才である保証はない。政府未来予測できる保証もない。エコノミストが景気転換点を当てられる保証もない。

からMₜ₊₁ = (1+k)Mₜのような単純ルールで縛れ、と言ったのである

重要なのは4%ではない。重要なのは「余計なことをするな」である

フリードマンルール

さらに深く学ぶ者は驚く。フリードマン理論的最適解と考えていたのは、むしろ貨幣拡大主義とは逆方向だからだ。

最適状態ではi = 0となる。名目金利ゼロである。これをフリードマンルールと呼ぶ。

そのときπ = -rとなる。(π = インフレ率, r = 実質利子率)

まり理論上は穏やかなデフレが望ましい。

ここまで来ると、「マネタリストインフレ推進派」という理解が完全な自己放尿だったことが分かる。

k%ルールフリードマンルール矛盾するが、これは実務と理論の差である

大恐慌

フリードマン大恐慌を見て、市場経済が失敗した、とは考えなかった。

しろ中央銀行貨幣供給崩壊させた」と考えた。

銀行破綻預金消滅。信用収縮。貨幣供給量激減。その結果として恐慌が起きた。

彼の視点では、市場の失敗より前に、貨幣制度の失敗がある。

自己放尿を卒業せよ

マネタリズム一言表現するなら、人間知識への不信である

政治家未来を読めない。中央銀行総裁未来を読めない。エコノミスト未来を読めない。新聞記者未来を読めない。SNS経済評論家など論外である

にもかかわらず、人類は毎回、「今回は正確に景気を制御できる」と思い込む。そして失敗する。そして再び同じことをする。これを数十年単位で繰り返している。

マネタリストは、その光景を見ながら静かに言う。「まず貨幣を見よ」「まずルールを作れ」「まず裁量を疑え」「まず自分未来予測できると思うな」

そして何より、自己放尿する前に貨幣理論を学べ。

経済学歴史とは、多くの場合市場の失敗の歴史ではなく、「自分市場より賢い」と思った人々による壮大な自己放尿と、その後始末の歴史なのである

2026-06-18

NHKの「名曲考察教室」が本当に苦痛

つの間にかレギュラー化してしまった、NHKの『名曲考察教室』。



昭和平成名曲を紹介するところまではいい。

関係者インタビューも新しく撮り下ろされていたりして丁寧だし、そこだけ見ればかなり好印象。



だけど、後半が本当にキツい。



何が悲しくて、芸人がひねり出した「狙った考察(ただのこじつけ)」を延々と聞かされなきゃいけないのか。

さら地獄なのは、その薄ら寒い独自解釈をわざわざプロ監督映像化させて、それを見せられる時間

せっかくの素晴らしい名曲イメージが、他人のズレた妄想映像で上書きされていく感覚がとにかくしんどい



あれをゴールデン帯に流されるのは、視聴者へのちょっとした拷問しかない。



名曲の紹介とまともなインタビューだけで十分魅力的な番組になるはずなのに、なぜこんな「誰得考察MV制作」に貴重な予算を浪費してしまうのか。

受信料の使い道として、本気で意味が分からない。

anond:20260618025645

ジャミロクワイのあのMVみたいになったらどうすんだよ!😟

2026-06-17

ヴァンヘイレンのプリティウーマンMV意味分からん…😟

というか、かなり障害者差別なんじゃ、と最初思ったんだけど、

本当に本人か分からないですけど、YouTubeコメントに出演されてた障害者の方が、

撮影が楽しかった、みたいなこと書いてるけど、オチ女性女装した男性?デイヴ女装

はいいけど、なんか今の世の中だと全方面からなんか言われそう…😟

2026-06-15

生成AIクリエーターの悲哀

生成AI世界を変える。

そう信じていた。

新しい画像生成モデルが出れば試し、動画生成AIが出れば徹夜検証し、音楽生成AI話題になれば誰よりも早くワークフローを組んだ。

SNSには毎日のように新しい作品投稿した。

漫画

アニメ

MV

楽曲

ゲーム

私は何でも作れた。

いや、正確には「何でも作れるような気がしていた」。

当時の私は、未来確信していた。

これから訪れる大生成AI時代必要なのは、絵を描く技術でも、作曲知識でも、映像編集経験でもない。

必要なのは企画力だ。

どんなコンセプトを思いつくか。

どんなアイデアを組み合わせるか。

それさえできれば、AIがすべて形にしてくれる。

から私は思った。

これからクリエーター時代だ。

そして私は、そのクリエーターになろうとしていた。

だが、それは幻想だった。

ハルシネーションだった。

AIの性能は確かに向上した。

昨日できなかったことが今日できるようになり、今日できなかったことが来月には当たり前になった。

時間かかっていた作業は数分になった。

一人で映画予告編のような映像すら作れるようになった。

技術は何も間違っていなかった。

問題は私だった。

気づけば世の中にはクリエーターが溢れていた。

AIを使う者もいれば、使わない者もいる。

イラストレーター

漫画家。

映像作家

ミュージシャン

ゲーム開発者

彼らはAIが登場する前から作品を作っていた人々だった。

AIは彼らから仕事を奪わなかった。

しろ武器を与えた。

もともと作りたいものがあった人たちは、AIによってさらに速く、さらに大きく、自分世界表現できるようになった。

そして私は、その中で埋もれた。

ある日、私は自分投稿一覧を眺めていた。

そこには数百の作品が並んでいた。

学園アニメ風の短編

サイバーパンクMV

昭和アニメ

実写風映画予告。

ファンタジー漫画

猫のショート動画

有名作品パロディ

トレンドに乗ったネタ動画

どれも悪くなかった。

再生数もそれなりだった。

数万再生

十万再生

たまに百万人以上に届くこともあった。

だが、画面をスクロールし続けるうちに、私は奇妙な違和感を覚えた。

そこに私はいなかった。

作品はたくさんある。

しか作家がいない。

そんな奇妙な感覚だった。

誰が作ったのかわからない。

何を考えている人なのかわからない。

何が好きなのかわからない。

何を伝えたいのかわからない。

ただ、その時々で流行っていたものが並んでいるだけだった。

まるで大型スーパーの棚だった。

漫画コーナー。

音楽コーナー。

映像コーナー。

お菓子コーナー。

なんでも置いてある。

だが、店主の顔が見えない。

私は初めて気づいた。

私は作品を作りたかったのではない。

クリエーターになりたかっただけなのだ

それは似ているようで、まったく違うことだった。

本当に作りたいものがある人は厄介だ。

誰に求められなくても作る。

反応がなくても作る。

赤字でも作る。

笑われても作る。

なぜそんなことをするのか本人にもわからない。

ただ作らずにはいられない。

そういう人たちがいる。

私は違った。

私は反応が欲しかった。

評価が欲しかった。

クリエーターという肩書きが欲しかった。

から反応の良い方向へ流れ続けた。

個性とは何だろう。

昔は才能だと思っていた。

だが今は違うと思う。

個性とは執着だ。

他人から見ればどうでもいいようなことへの異常なこだわり。

何年も同じテーマを追い続ける偏執

それが作風になる。

それが作家性になる。

それがブランドになる。

私はそれを持っていなかった。

から自由だった。

そして自由すぎた。

絵柄も変えられる。

世界観も変えられる。

ジャンルも変えられる。

ターゲットも変えられる。

何者にでもなれる。

から何者にもなれなかった。

一度だけ、覚悟を決めようとしたことがある。

自分だけのテーマを作ろうとした。

数年かけて育てるシリーズを始めた。

反応は良くなかった。

最初投稿は伸びない。

二本目も伸びない。

三本目も伸びない。

数字は正直だった。

すると不安生まれる。

本当にこれでいいのか。

もっと流行っているものがあるんじゃないか

今ならあのネタバズるんじゃないか

そう思ってしまう。

そして私はまた別のものを作った。

その瞬間、積み上げていたものは崩れる。

また最初からだ。

また別のジャンル

また別の世界観。

また別の挑戦。

また「つくってみた」。

気づけば何年も経っていた。

AI進化した。

信じられないほど進化した。

昔の私が見たら魔法だと思うだろう。

だが私の立ち位置は何も変わっていなかった。

技術は増えた。

ツールは増えた。

作品数も増えた。

しかし私というブランドは生まれなかった。

ある夜、私は自分ポートフォリオサイトを開いた。

そこには何百ものサムネイルが並んでいた。

どれも自分で作ったものだ。

どれもそれなりに頑張ったものだ。

どれも完成させたものだ。

だが眺めていると、ある言葉が頭に浮かんだ。

ポートフォリオではない。

これはカタログだ。

家電量販店のチラシのようなカタログ

「こんなものも作れます

「これもできます

「これも試しました」

そんな作品ばかりだった。

そこには一貫した思想がない。

世界観がない。

物語がない。

私自身がいない。

モニターの光だけが部屋を照らしていた。

スクロールを止める。

静寂の中で、私はようやく認めた。

私はAI時代に敗れたのではない。

トレンドに負けたのでもない。

アルゴリズムに見放されたわけでもない。

私は最後まで、自分が何を作りたいのかわからなかった。

ただそれだけだった。

画面には無数の作品が並んでいる。

漫画

アニメ

MV

楽曲

ゲーム

どれも私が作ったものだ。

だが、そのどれもが私ではない。

結局、私に残ったのは――

てんでバラバラ作風の「つくってみた」が並ぶ、一冊の分厚いカタログだけだった。

---

この物語は生成AIによってつくられたフィクションです。

2026-06-13

女性アイドル流行りを雑に考察

AKB坂道カワイイラボ…どの時代にも勢いのある女性アイドル存在する。

勢いのある、つまり流行しているとは、例えばゴールデン帯の音楽番組に毎シングル出してもらえるとか、例えばクラスメイトほとんどがメンバーを一人以上知っているとか、例えばCD売上とかである

そして私が認識している範囲で、一時代を築いていたのが上にあげた3組である。他にもいたのかもしれないが分からないので触れられないし、AKB以前の流行はよく知らないので扱わない。にわかなので間違った知識や噂話も含まれるかもしれないが、そこはご容赦いただきたい。

それでは早速、上記の各組がなぜ流行ったのかを、タイトル通り雑に考察する。

AKBグループ

前田敦子大島優子などの神7を代名詞に、平成代表するモンスターアイドルだったAKB48。SKEHKTあたりの地方グループにも松井珠理奈指原莉乃などの有名メンバーが居たし、当時は本当にAKBグループ一強だった。

そんな彼女らの強みは、「数」と「露出」だったと思う。

まず、人数が多かった。とにかく多かった。100人は超えていた気がするし、地方グループと合同のイベント、例えば選抜総選挙なんかでは数百人いた気がする。

これだけ居ると、顔でも性格でも、つい好きな子が出てきてしまう。だから誰と話しても、「AKBで誰が好き?」で話ができた。

そんな推しが、大人数の中で明確にヒエラルキーをつけられている。上位十数人だけが歌える選抜制度は勿論、総選挙では全員が細かく順位をつけられた。そして自分が買うCD1枚だけが彼女を押し上げる唯一の方法だった。そのために当時の男どもは、勿論多数派ではないが女性も、そしてそして恐らく今でもAKBファンは、骨身を削ってCDを買ったのだった。

半ばホストクラブのようなこの推し方は、AKB発症な気がしている。

そして、簡単に会えたし、メディアへの露出も多かった。売れるためなら何でもするという気概があった。

その最たるところは握手会で、CDを1枚買えば握手ができた。総選挙ホストランキングオマージュしているならば、こちらはキャバクラオマージュか、なんて言ったら怒られるだろうか。

とにかく好きな子に会うために、手を握るために、お話するために、コアなファン大金を費やしていた。

そして握手会に行かない層へのアプローチというと、雑誌水着グラビアがハマっていたように思う。

それまで漫画雑誌グラビアと言えば、若手女優が控えめな水着を着るか、グラビアアイドル過激水着を着るか、という印章だった。しかAKBドラマバラエティで見る人気メンバーすらも過激水着姿を披露しており、学生からサラリーマンまで大幅に知名度を上げてみせた。

坂道グループ

AKB公式ライバルとして登場した乃木坂46は、その妹分グループと共に、AKBを超える人気を誇っていた。平成の終わり頃のことである

坂道の売れた理由を考えると、AKBシステムを活かしつつ、高級路線を取ったことが大きいように思う。

まり何よりもまず可愛かったし、スタイルの良い子が多かった。メンバー一人一人が高嶺の花だった。

AKBより少ない数十人という体制は、選抜システムと質重視のバランスを上手く取っていた。

衣装はロングスカート水着グラビアは無し。

はじめの頃は握手会があるが、一定の人気メンバーになったら無し。

AKBのような定期公演も無く、なかなか会えないという希少価値もあった。

売り文句は「専属モデル」。オーディションの倍率は毎度世間を騒がせた。

清楚で水商売はいないような子というブランディングは、家族や友人にも推していることを言いやすく、広く世間から受け入れられる結果となった。

カワイイラボ

やっと令和である

まさにこれを書いている2026年は、FRUITS ZIPPERCUTIE STREETをはじめとするカワイイラボアイドル文化をリードしている。

可愛い連呼する彼女らが人気の理由を考えると、そこには「推し疲れ」があるような気がしている。

まずカワラグループの特徴を挙げると、7〜9人程度のメンバー構成である。つまり選抜がない。全員が歌えるし、MVにもがっつり写る。つまり不人気で傷ついたり、心配したりする必要がない。また他のメンバーライバル感が薄れ、敵視しなくても良くなる。みんな仲良し。みんな仲間。優しい世界がそこにある。

そしてカワラボはコンセプトから、見ている者の自己肯定感を高めてくれる。

ひとつ前に取り上げた坂道は、どちらかというと「私なんて可愛くないよ…」と言うメンバーに、ファンが「可愛いよ!」と声をかけていた。それにメンバーが「そうかなぁ」と返し、ファンがまた「可愛いって!」と返す…そんなイメージだった。

ワラボは違う。「可愛いでしょ?」と言うメンバーに、ファンは「うん、可愛い!」と返し、またメンバーが「ありがと、あなた可愛いよ!」という構図になっている。

謙虚な人を褒めそやすのは、実はそこそこ疲れる。現代人は、褒めた言葉を素直に受け取ってほしいのだろう。そしてできるなら、自分肯定されたいのだろう。

そう言った意味で、カワラボのグループはどれも、推していてストレスが無く、とても楽である

ワラボと度々混同される超ときめき宣伝部も、人気の理由は近いところにありそうに思う。


まとめると、アイドル流行はいつも、前の流行りにおけるデメリットを解消したグループにもたらされている。

2026-06-08

anond:20260608183205

HelloweenMVに出てくるような鳩時計って、最近見ないよなって言っただけなのに、なんであなたジャッジされる必要があるんですか?😟

2026-05-27

Youtube premium lite、割と良い。

再生3.0倍は使えないけど。

Youtube Musicも使えないけど。

MV広告が入るけど。

2026-05-24

Number_iが「イドルのくせにhiphopチャート汚染してるみたいな理由日本hiphop界隈からめちゃくちゃ嫌われてる、って情報だけ知ってて、

今日なんとなくMVYouTubeで見たんだけど、

プロダクションが余りにも凄くてそりゃその辺のラッパーじゃ勝てねえなって思った

hiphop定義どうのこうのでいちゃもんつけてる場合じゃねえなって

2026-05-23

[]

1か月ぶりぶりうんちくらいにカラオケ行った

ジョイサウンドDAMって言われてなんとなくジョイサウンドにした

そしたらオケの質がクッソ低くて後悔した・・・

00年代着メロかよっていう感じで原作再現度がほぼ期待できない

全体的にはDAMのほうが多いらしかったけど理由が分かった気がしたわ

休日オフィスつべ公式MV一人カラオケしててそれで充分と思ってたけど、やっぱりキーをあわせて気持ちよく歌うのはカラオケだなあ

1時間だったかあんま歌えなかったから後半はワンコーラスだけにしたりした

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