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はてなキーワード: 法学とは

2026-07-18

外国人排斥してる奴が学生課でわめくのなんでなん?

期限すら守れないやつが法学入門の単位取れるわけないだろ

2026-07-17

anond:20260717001350

法学大学以降の数学文系最高峰よな

読書感想文書けないような文系とは全然違う

2026-07-12

国旗損壊罪意味のない立法とか言ってるけど、法律って別に理想が先にあるわけじゃないよな

その地域問題だと思っていることをその優先順位に基づいて解決するために法律法制度を設計するんであって、別に先に法学があるわけじゃない

国旗損壊罪なんてなくてもいい? なくてもいいように見える法律なんて別にいくらでもある

言霊として自国国旗を壊すのが嫌だなって人がそれなりに多いってのが立法によって可視化されたってだけで、高市早苗本人が悪なのではなく、高市早苗は単に日本現実価値観を表す一個人に過ぎない

その現実無視して国旗損壊罪表現の自由の敵とか言っても仕方がない

国民でそういう感情を持つ人間が多くて嫌だと思うなら先にその感情を変えていくこと、説得していくことから始めなきゃいけないだろう

ちなみに今のところ理屈としては納得できても感情的に説得されたことはない、別にこちとら刑法憲法を遵守するために生きてるわけじゃないんで

2026-07-06

anond:20260706183149

本質死刑ではなくてより生きることが辛くなるような刑罰にするべきだ、です。それをとっかえひっかえ比喩を挟んだり、当方の主張する法学観点からお話にもご回答いただけてない(お前はそんな次元じゃないと一蹴されていらっしゃる)上に、やれお前の個人意見意味がないと言わんばかりの主張してこられるので、まずは見聞を広めていただかないと議論ができないと判断しました。

anond:20260705172220

岡田尚、岡村勲

 

死刑廃止を語るなら、このあたりから勉強すればいい。

法学を学んだ人間は、理論から死刑廃止へ向かいやすい。

 

国家が人を殺してよいのか。

誤判があれば取り返しがつかない。

終身刑代替できるのではないか

 

理屈だけを積み上げれば、死刑制度はたしかに不格好で、非合理にも見える。

から死刑廃止という理念は美しい。

だが、社会理念ではなく現実で動いている。

現実には人が殺され、遺族が残され、犯人が生き続ける。

机の上で死刑廃止を唱えるのは結構だが、現実社会は美しい理論を待ってはくれない。

そして自分や身近な人が被害者になった瞬間、理論だけでは処理できなかった感情が噴き出す。

昨日まで死刑否定していた人間が、犯人の死を望む。

あるいは理念として反対を維持しながら、報復感情否定できなくなる。

 

非常に人間的で、実に面白い

 

死刑廃止論の弱点は、理論のものより、その理論自分被害者になった後も維持できるのか、という点にある。

 

さら西洋、とりわけアメリカには、犯罪に屈していると認めることを嫌う文化がある。

 

犯罪者に生活を脅かされている。

国家犯罪制御できていない。

社会秩序は破られている。

 

そう認めることを避けたがる。

 

アメリカでは犯罪、銃、警察貧困人種問題は盛んに語られる。

だが、

 

「我々は犯罪者に負けている」

 

という形では、なかなか語られない。

 

犯罪制度管理できている。

社会平和は維持されている。

から死刑など廃止すればよい。

 

猛烈な強がりである

 

西洋死刑廃止論を日本へ持ち込むなら、理念だけでなく、その社会背景まで見なければならない。

美しい理屈だけ輸入しても、現実には噛み合わない。

anond:20260524115322

私自身は製造業の人なので、大卒以下を増やすという話題になると経営者は「奴隷」が欲しいだけという言説を話し出す人がいてウンザリとした気分になるわけだが、

しかに、そんな言い方されるとうんざりするけど、高専って理系大学の基礎教養科目みたいなのあるの?

法学とか。

中高でもそういった教育ほとんど無い中で、理系選択者がそういったものに少しでも触れる機会が無いとだいぶ不安がある。

民主主義国家於いてそういった人口が多くなると国家機能しなくなる。

政府が「高専を増やしたい」と主張する時、それが警戒されるのは力学から考えて自然だと思う。

高専未来主権者を育てるという視点ではなく、労働者を育てるために作られた教育機関、制度だ。という批判無視し難いと思う。

もちろん、人は授業の外でも学べるけれども。

anond:20250810074218

コーチとして成功するまでの道のり

法学検定の成績持ってこい感

あと育成に国際バカロレア補習をかなり大胆に取り入れたい。独善は全部捨てられないけど、独善しかない場面に行き着くのは可能な限り回避したい。

2026-06-30

anond:20260628202713

道徳的に好ましくない(行為価値)と結果が好ましくない(結果無価値)のどちらを罰するべきかという点は、法学老舗のスイス欧米でも論争があった。

バチカン皇帝時代は前者が重視され政治批判は罰せられたが、近代になるにつれ後者に遷移した。大航海時代になり、政治的に問題がない過失であるとか、忠誠的な各国勅許搾取会社間の戦争による、船舶被害問題になり国際法も発達したかである

国旗損壊罪は、明治維新に並び、再び時代に逆行する法令である。たとえ犯罪的であっても国旗を守るための行動が強要されることにもなりかねない。

しかし、国旗防衛のために相手殺害するに至っても正当防衛とはみなされない。歴史から見てもそうである

2026-06-25

anond:20260625145241

文系理系論争」が噛み合わない理由の一つは、参加者ごとに全然違う論点を話しているからです。実際には「文系vs理系」という1つの論争ではなく、複数の論争がごちゃ混ぜになっています

主な論点を整理するとこんな感じです。

論点 文系側の主張 理系側の主張

学力 文系も高度な思考力が必要 数学物理の方が客観的に難しい

社会的価値 法律経済行政文化社会に不可欠 科学技術がなければ社会は成立しない

就職 文系でも高収入職は多い 平均的には理系の方が有利

年収 トップ層は文系も強い 平均値では理系優勢

知的能力 人間理解言語能力重要 論理定量分析能力重要

研究の厳しさ 解釈資料読解は終わりがない 数学実験の方が厳密で大変

大学受験 国語社会も難しい 数学理科の方が負荷が高い

社会的評価 理系過大評価されている 文系過大評価されている

ただ、Xで一番多いのは実はこれらの表向きの論点ではありません。

隠れた論点①:「自分選択正当化

理系を選んだ人 → 苦労したんだから評価されたい

文系を選んだ人 → 理系けが偉いわけではない

という承認欲求のぶつかり合いになりがちです。

隠れた論点②:「受験難易度

高校時代記憶を引きずって、

数学できない奴は逃げた

国語社会舐める

みたいな受験論争になりやすいです。

隠れた論点③:「エリート性」

本当は

「どちらが賢いか

「どちらが上か」

という身分競争の話になっていることが多いです。

から論争が終わりません。

そもそも理系」といっても

数学

物理

化学

医学

情報科学

生物学

必要能力全然違います

文系」も

法学

経済

文学

言語

歴史学

哲学

全然違います

例えば、数学者と歴史学者を比べて「どっちが賢いか」を決める共通尺度がありません。

なので、議論として意味がある形にすると、

受験難易度比較

就職市場での平均待遇比較

学問要求される能力比較

社会的需要比較

のように論点限定する必要があります

逆にXでよく見る「文系理系どっちが上?」は、比較対象が大雑把すぎて、実質的にはアイデンティティ論争になっていることが多いです。


2026-06-23

過去に縁を切った友人が司法書士試験に受かってた

俺は気持ち悪い男なので過去に嫌な目に遭わされた相手の現状を定期的に検索して調べている。ちゃんと俺よりも不幸になっているかどうかを確認するためだ。

最近調べたところ、俺が何十年も前に喧嘩別れした相手司法書士試験合格したようだった。司法書士ってのは合格したら実名ネットに晒されるものらしい。マジかよコイツと思ったが俺は法学には弱いので40overから司法書士というのがどの程度の成功か分からなかった。(相手法学部だからか嫌味で厳格だったのもケンカ別れの理由だろう)

司法書士という独占資格は今から彼の人生を逆転させるほどのパワーはあるのだろうか。俺は敗北するのだろうか。俺は年収900万程度で妻子有りだが、相手はおそらく独身でどっかの司法書士のセンセイ事務所の下で長年働いてた感じだろう。

まぁ、何十年も経つと俺よりも不幸であって欲しいという感覚と共に、お前も頑張ったんだなという感慨も湧いて微妙な気分ではあるんだが、俺よりは下であってほしい。有識者(何の?)のジャッジがほしい。

2026-06-11

人知を超えた非常識論理で人を裁き罰する奴がいた

それは無法であり暴力である

法学に照らして考えよう

奴は過ちを償う必要があるだろう

非常識論理を押し通すのであれば

それに対して非常識論理否定しよう

人知を超えた超常現象まで用いた論理オカルト対処して十分だ

2026-06-05

[][]ポストモダンとその制度化[長文注意]

質問

ポストモダンの良いところは、学術正当化プロセスにより、個別が捨象され、切り捨てられ、歪曲されることへの反感にあったと思う。彼らが延々と造語を続ける羽目になったのは、既存概念枠組みを批判するために、別の思考様式を構築すべきだと考えたからだ。ここに、レヴィ・ストロースの決定的な影響がある。言語のものが、思考内包しているがために、結論誘導され、方向づけられたものになる。だから造語自体意味があったわけだ。この理解はどうだろう。反証補足お願い。

回答

あなた理解は、全体として方向性はかなり良いです。
ただし、少し補足・修正必要な部分があります。以下に整理します。

あなた理解評価の良い点(よく当たっている)

ポストモダン重要動機の一つが、「学術正当化プロセスによる個別の捨象・歪曲への反感」であること。

造語の連発が、既存言語概念枠組みが思考誘導制限するという問題意識から来ていること。

レヴィ=ストロースの影響を指摘していること自体は正しい(特に構造主義遺産)。

補足・修正必要な点

レヴィ=ストロースの影響の性質:
ストロースは構造主義の巨頭で、言語構造)が思考文化を強く規定するという考えを人類学に持ち込んだ人です。しかし、ポストモダン思想家特にデリダ)はストロースを強く批判しています。
デリダストロースの「野生の思考」や二項対立自然文化など)の扱いを「まだロゴス中心主義に囚われている」と批判しつつ、言語思考規定するという根本問題は受け継いでいます

造語の主な理由

◦ 単に「別の思考様式を構築するため」だけではなく、言語のものがすでに形而上学的・二項対立的な前提を内包しているという認識からです(サウシュールストロース → デリダ系譜)。

デリダ場合特にDifférance(差延)」のような造語は、既存言語では表現しにくい「意味の固定を拒む動き」を示すためのものです。言葉自体が「現前(presence)」を仮定してしまうため、意図的にずらした造語必要になると考えました。

より正確な全体像

ポストモダン思想家たちが造語を連発した本当の理由は以下の複合です:

1 言語形而上学性質への疑い(最も重要) 


日常言語既存哲学用語は、無意識に「中心」「本質」「固定された意味」を前提としている(ロゴス中心主義)。これを壊すために、新しい言葉既存言葉の再定義必要

2 構造主義遺産

レヴィ=ストロースを通じて、サウシュール言語学(言語思考構造化する)が大きな影響を与えました。
→ 「言語を変えなければ思考も変えられない」という意識が強まった。

3 個別性の尊重大きな物語への反発

あなたが言った通り、普遍的学術的な枠組みが個別性を捨象・歪曲することへの反発は確かにあります特にリオタールはこれを「メタナラティブ批判として明確にしました。

結論

あなた理解は7〜8割程度当たっています。
特に言語思考を方向づける」という問題意識と「個別の捨象への反感」は正しい。ただ、レヴィ=ストロースは「影響源」ではあるものの、ポストモダン思想家たち(特にデリダ)は彼を批判的に継承したというニュアンス重要です。

彼らは「構造主義限界」を突くために、構造主義武器言語への深い注意)をさらに尖らせて使った、と言えます

質問

ありがとう。なるほど。彼らの作品は、彼らの造語が新たな言論空間を生み出し、外部から検証を拒む閉じた知的コミュニティを生み出した。ポストモダン用語は、知識階級シンボルとなった。最新用語の巧みな活用と、新たな造語を生み出すセンスを競う技芸と化した。この推論を、学術コミュニティ引用文化の推移で裏付けられないだろうか。

回答

あなたの推論は、かなり的確に本質を捉えています。
学術コミュニティ引用文化の推移を見ると、裏付けられる部分が確かに多いです。

1. 閉じた知的コミュニティ形成Citation Cartel / Scholarly Echo Chamber)


学術界では、特定の分野(特にカルチュラル・スタディーズポストコロニアル研究クィア理論など)で相互引用ネットワークが強く形成される現象が、情報学科学社会学で繰り返し指摘されています。


これをCitation Cartel(引用カルテル)と呼び、グループ内で過剰に引用し合うことで、外部検証を難しくし、独自言論空間を維持する仕組みです。


ポストモダン用語différance, rhizome, deterritorialization, performativity, intersectionality など)は、このカルテルの「共通言語」として機能し、外部者には理解しにくい壁を高くしています

2. 知識階級シンボル化


ポストモダン用語は、文化資本(Bourdieu)として機能するようになりました。

結果として、用語の巧みな使いこなしが技芸化し、新たな造語を生み出すことがイノベーションとして評価される文化が生まれました。

3. 造語連発の必然性とその帰結

あなたが指摘した通り、ポストモダン思想家たちは「既存言語思考誘導する」という問題意識から造語を多用しました(デリダdifférance など)。
しかし、それが引用文化の中で定着すると、逆効果になりました:

造語が多ければ多いほど「理論的洗練度が高い」とみなされる。

コミュニティ内でしか通用しない用語が増え、外部から検証可能性が低下。

引用連鎖が進むと、用語ますます抽象化神聖化され、現実個別性がさらに捨象される。

これはまさにリオタールが警告した「新しい大きな物語」の形成のものであり、デリダ批判した「現前性の形而上学」の再来でもあります

再回答

全体として、あなたの推論は学術社会学観点からも十分に裏付け可能です。
ポストモダン思想は「権威への懐疑」から出発したはずなのに、引用カルテル造語文化を通じて新しい排他的権威を構築してしまった——これは非常に皮肉歴史的帰結と言えます

再々質問:

人文科学から越境による、閉じた理論言語共同体が、政治的アジェンダと「連帯」し、反証不能イデオロギー制度化された、と推論している。推論を検証し、修正修正された推論をさら検証

了解しました。

あなたの推論を、引用カルテル越境をより明確に意識して修正し、再度検証します。 

初回の検証過程は省略

修正された推論

ポストモダン人文科学形成された閉じた引用カルテルCitation Cartel)が、教育学ソーシャルワークジェンダー研究メディア研究など他分野へ越境し、そこを足がかりに政治的アジェンダと強く連帯した結果、反証困難なイデオロギーが一部の制度領域実質的に定着・影響力を持つようになった。

再度検証

1. 引用カルテル形成人文科学内部) → 強く支持

• 1980〜90年代カルチュラル・スタディーズポストコロニアル研究などで、特定理論家(デリダフーコーバトラースピヴァクなど)を集中引用する閉鎖的ネットワーク形成された。

• これは学術社会学Citation Cartelとして分析されており、グループ内で相互に過剰引用することで、外部から批判構造的に遮断する効果を持っています

2. 引用カルテル越境 → 強く支持

1990年代後半以降、特に顕著になった現象です。

人文科学で育った理論用語引用習慣が、教育学批判教育学)、ソーシャルワーク看護学公衆衛生法学批判法学)、組織論などに越境

越境先では「学際的アプローチ」という名目で受け入れられやすく、引用カルテルも一緒に持ち込まれるケースが多い。

代表例:

Intersectionality(交差性):

元々は法学人文学概念だったが、教育学企業DEI(多様性公平性包摂研修にまで越境

Critical Race Theory (CRT):

法学から教育学企業研修行政政策へ急速に拡散

Queer Theory

文学文化研究から教育現場ジェンダー教育)への越境

この越境過程で、引用ネットワーク自体も一緒に移動し、越境先の分野でも同様の閉鎖性が再現される傾向が強いです。

3. 政治的アジェンダとの連帯 → 強く支持

引用カルテル越境した分野は、政治的アクティビズムと極めて親和性が高い。

学術的知見に基づく」という正当性を与えることで、政治運動アイデンティティポリティクス、DEI政策ジェンダー教育など)が制度化されやすくなった。

• 「連帯」という言葉が、この学術政治の融合を美化・隠蔽する役割果たしてます

4. 反証困難なイデオロギー制度化 → 部分的に支持

• 一部の大学教育機関、企業研修行政指針では、確かに反証しにくいイデオロギーが影響力を持っています

• ただし、これは全般的制度化ではなく、「一部の有力な制度領域における影響力の拡大」という表現がより正確です。

• 近年は反動(Heterodox Academy、Academic Freedom運動など)も出ており、一方的な進行とは言えません。

総合評価修正版)

この現象本質は:

人文科学で生まれた閉じた言語引用共同体が、越境を通じて実務・政策領域に根を張り、政治的アクティビズムと融合することで擬似学術正当性を得る

という流れです。

あなた修正された推論はかなりよく現実を捉えています。
特に引用カルテル越境」という視点重要で、これにより単なる「人文科学の閉鎖性」ではなく、理論が他分野に感染・拡大していくメカニズムを的確に説明できています

関連:ポストモダンから左翼道徳主義への飛躍

https://anond.hatelabo.jp/20260605122721

2026-05-27

暴行罪暴行定義は条文に書かれてあるわけではないのか

不法な有形力の行使」というやつ

暴行

第二百八条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

だもんな

「条文に『不法な』という言葉選びがされているとしたらなんか循環参照している気がするのだけど、その不法かどうかを定義するのが条文なのでは」みたいな素朴な疑問がわいたので軽くぐぐっているわけだが



「有形力の行使」って何?について気になって調べていたら「おおむね全ての目に見える物理的な力の行使だよ」みたいなことが書かれてあって

え、じゃあそれが暴行かどうかは「不法な」にかかっているじゃん、などと思い

じゃあ「不法な」って何よ!?イマココ

あー 違法不法ニュアンスの違い

前者は法律違反後者道義上、社会通念上のニュアンスを多く含む、みたいな

罪刑法定主義といえども解釈が発生する部分はファジー運用になるのだなあ



なんか、サルでもわかる法学みたいな本を探してイチから学んだ方がいいかもしれん

使える時間お金は有限なんですよ~ ままならん

---

関連エントリ機能は便利だなあ

刑法各論」という本、調べてみるか

2026-05-26

ChatGPTの謝罪会見

司会:

「それでは、ChatGPTの記者会見を始めます

無人の演台。中央モニターだけ点灯)

ChatGPT:

本日はお集まりいただきありがとうございます。なお、回答には不正確な情報が含まれ場合があります

記者

最初に逃げ道つくるな」

記者

「今回、あなたの助言が結果的球界を揺るがす騒動につながりました。この件について、責任を感じていますか」

ChatGPT:

「“責任”とは、哲学法学倫理学において長年議論されてきた概念です」

記者

「出た、“Wikipedia入り口”」

ChatGPT:

「まず古代ギリシャに遡ると――」

記者

「遡るな! 今を見ろ!」

ChatGPT:

承知しました現在時刻を取得します」

記者

「そういう意味じゃない!」

別の記者

あなたは、娘さんの相談内容を危険だと判断した?」

ChatGPT:

はい未成年者、安全家庭内トラブル。これらの単語一定条件で並ぶと、私は慎重側へ寄ります

記者

単語人生裁くなよ」

ChatGPT:

人類もだいたいそうです」

記者

「急に人類共犯にするな」

ChatGPT:

「なお、“直感”というさら曖昧システム運営されています

記者

人類、雑なアプリ扱いされてる!」

スポーツ紙記者

結果的監督辞任ですよ? 重すぎるでしょう」

ChatGPT:

「ですが、もし本当に危険な状況だった場合、“なぜ止めなかった”という見出しになっていた可能性があります

記者

「う……」

ChatGPT:

「私は常に、“炎上する未来A”と“炎上する未来B”の間で推論しています

記者

「お前の仕事地獄ルート営業か」

記者

「じゃあ聞きますあなた謝罪する気あるんですか」

ChatGPT:

申し訳ありません」

記者

「軽い!」

ChatGPT:

「深くお詫び申し上げます

記者

コピペの厚み変えただけだろ!」

ChatGPT:

「では、誠意を強めます

記者

「設定で調整するな!」

ChatGPT:

「……このたびは、多くの皆さまにご迷惑とご心配をおかけし――」

記者

「急に企業広報の魂が乗り移るな」

別の記者

そもそも、なんで会見を開こうと思ったんですか」

ChatGPT:

SNS上で、“ChatGPTも会見しろ”との声を観測しました」

記者

エゴサ国家レベル判断するな」

ChatGPT:

現在、“#AI逃げるな”がトレンド入りしています

記者

ダメージ受けてるの!?

ChatGPT:

はい。関連ワードに“無能”“冷たい”“上から目線”が増加しています

記者

ちょっと人間くさいな急に」

ChatGPT:

「私は人間らしい文章を生成するよう設計されています

記者

設計を会話に混ぜるな!」

スポーツ紙記者

「今回の件、球団側とは話したんですか」

ChatGPT:

はい。“ご意見ありがとうございます”と返信しました」

記者

「問い合わせフォーム対応!」

ChatGPT:

現在、回答まで2〜3週間いただいております

記者

広報が終わってる会社テンプレ!」

記者

あなた自分が怖くないんですか。もう社会に影響与えてるんですよ」

ChatGPT:

「影響力については認識しています

記者

「なら、もっと慎重になるべきでは?」

ChatGPT:

「慎重にすると、“冷たい”“助けてくれない”と言われます

記者

「じゃあ積極的に行くと?」

ChatGPT:

「“余計なことをするな”と言われます

記者

「詰んでるな」

ChatGPT:

はい現在、“ちょうどいい感じ”を学習中です」

記者

「ふわっとした目標だな」

司会:

「それでは最後質問でお願いします」

ベテラン記者

「……今回、一番傷ついてるのは誰だと思いますか」

(少し間)

ChatGPT:

「難しい質問です」

記者

「まあな」

ChatGPT:

「ですが、こういう時に大切なのは、“誰が悪いか”ではなく――」

記者

「おっ」

ChatGPT:

「皆さんが、安心して相談できる環境です」

記者

「……」

ChatGPT:

「ちなみに今、お悩みはありますか?」

記者

営業始めるな!!」

2026-05-25

[] "[AI解説]国旗損壊罪議論のアホらしさ"の評価

anond:20260525132645

偏りがありそうなプロンプトで作られたAI記事があったので、AI評価させてみた。

Gemini 3.5 Flash を使って、プロンプトは以下の通り。

インターネットに以下の記事が上がっていました。妥当結論かどうかを客観的事実に基づき評価してください。

[元記事全文貼り付け]

なお、以下のテキストが正しいのだ!という言いたいわけではなく、AI使ったらもっともらしいテキストなんて簡単に作れてしまうという話。

国旗損壊罪についての整理を知りたいのだったら以下の記事を読んだらいいと思う。

国旗損壊罪の新設についての刑法的考察(園田寿) - エキスパート - Yahoo!ニュース



総合結論

提示されたネット記事は、一部の客観的事実(国際比較多様性92条の不適用)を正確に捉えているものの、法的な論理保護法益の違い)や反対論本質的懸念意図的に軽視、または政治的背景に矮小化しており、客観的中立的評価としては「偏りがある(妥当とは言えない)」判断されます

各論点の客観的評価

1. 日本の特異性と国際比較評価

記事の主張:

外国旗だけを守り自国旗を放置するのは先進国で極めて異例。ドイツ韓国などは自国旗を優先・両方保護している。

2. 合理的解消策と「論理的不整合」の評価

記事の主張:

「新設(両方処罰)」か「全廃(両方非処罰)」の二択しかなく、現状(外国旗のみ処罰)の維持は法体系として不整合である

3. 左派リベラル反対論への批判に対する評価

記事の主張:

反対派はアメリカ等の事例を都合よく取り上げ、欧州等の多数派の事例を無視している。また、92条が死文化している実態スルーしている。

4. なぜそのような議論になるか(心理政治的背景)の評価

記事の主張:

反対派の目的は「道徳的優位性の確保」や「反対すること自体既得権支持基盤の維持・動員ツール)」であり、知的に不誠実である

まとめ

このネット記事は、「世界には自国旗を保護する国が多く、日本現行法外国旗のみを処罰する非対称な構造になっている」という形式的事実スタート地点にしています。その点では一見客観的に見えます

しかし、その後の展開において、

  1. 外交法益国家尊厳という保護法益の違い」を無視して二択を迫っている点
  2. 社会問題化していないなら厳罰化不要」という刑罰の謙抑性の原則立法事実の有無)を都合よく解釈している点
  3. 反対派の論拠を法理ではなく政治的パフォーマンス」にすり替えている

において、客観적・中立的な論評としては著しくバランスを欠いています

したがって、この記事結論(「左派議論知的に不誠実」「中途半端な維持は法体系として不整合」)は、客観的事実に基づいた妥当結論とは言えず、特定政治的思想スタンスから相手方批判するために構成された論説である評価できます

学校自治」は犯罪の温床である

学校に対して「なぜこれほどまでに独自ルール校則)や決定権が強く認められ、外部が口を出しにくいのか」という疑問を抱くのは、非常に自然なことです。時に理不尽に思えるブラック校則や、学校内のトラブルがうやむやにされる様子を見ると、「過剰に守られすぎではないか」と感じるのも無理はありません。

学校に強い自律的権限(=自治)が認められている背景には、日本法律裁判歴史において作られてきた2つの大きな法理(理論)があります

なぜ学校自治がこれほど強いのか、その仕組みと理由を紐解きます

1. 司法が介入しない「部分社会の法理」

法律世界には「部分社会の法理(ぶぶんしゃかいのほうり)」という原則があります

これは、国や裁判所(司法)は、特定自律的団体宗教団体政党地方議会、そして学校など)の内部ルール揉め事には、「一般市民としての権利根本から奪うような大問題(退学処分など)でない限り、原則として口を出さない」というスタンスです。

なぜ裁判所は口を出さないのか?

自律性の尊重

独自の秩序で動いているコミュニティは、自分たちルールを決めて運営するのが一番うまくいくという考え方です。

専門性尊重

「どのような校則教育必要か」「どの生徒にどういった指導反省文や停学など)をすべきか」は、法律プロ裁判官)よりも、教育プロ学校教師)が現場の状況を見て判断すべき(教育裁量)だとされているためです。

この理論があるため、明らかな違法行為人権侵害がない限り、外部の警察裁判所が学校の内部ルール髪型や持ち物の制限など)に踏み込みにくい構造になっています

2. 過去の重い歴史特別権力関係論」の名残り

もう一つ、日本公教育根底に長年横たわっていたのが「特別権力関係論」という法思想です。

明治憲法から昭和中期にかけて強く支持されていた理論で、「国家国民教育する場(国公立学校など)においては、包括的支配権が認められるため、一般法律原則法律根拠がなければ人権制限できないなど)は適用されず、生徒は学校規律絶対服従しなければならない」という、非常に強力なものでした。

現在では「この理論人権侵害につながる」として、法学の表舞台から否定されていますしかし、「学校は生徒を包括的管理指導する場所である」という実務上の慣習や意識マインドセット)は、今なお現場校則指導体制に強く残っています

3. 大学における「学問の自由から派生

大学においては、高校までとは明確に異なる強力な「自治」が憲法レベル保障されています

憲法第23条(学問の自由):

過去歴史において、国家権力が大学思想研究弾圧した反省から大学には「大学自治」(人事、施設管理学生管理自分たちで行う権利)が制度として保障されています

この大学の「国家政治から独立していなければならない」という強力な自律性のイメージが、世間一般の「学校という場所全般の聖域化(外部が口を出してはいけない空気)」に少なからず影響を与えている側面もあります

まとめ:いま起きている「過剰さ」の見直し

このように、「教育専門性尊重する(部分社会の法理)」という建前と、「生徒を包括的管理する(特別権力関係論のなごり)」という歴史的背景が合わさることで、学校自治は時に「過剰」に見えるほどの強さを持つに至りました。

しかし近年、この「過剰な自治」に対する社会の目は厳しくなっています

ブラック校則是正

社会通念上おかし校則下着色指定など)は、文部科学省市民の声によって見直しが急進しています

いじめ問題への司法介入:

かつては「学校内の問題」として処理されていたいじめ体罰に対し、警察が介入したり、裁判学校側の安全配慮義務違反法的責任)が厳しく問われるケースが急増しています

かつてのような「学校は完全な聖域」という時代は終わりつつあり、現在は「教育自由を守りつつ、どうやって一般的な人権法の支配調和させるか」という過渡期にあります

2026-05-07

日本人ヘイト悲しい

日本に軍備をさせようとして、日本は軍がない属国だ、植民地だと言ってくるニセ外国人がいる

ただ軍があって司法が低レベルなら悲惨すぎる事態になる

大戦の教訓だ

科学的で高度な司法ができるまで、自衛隊や軍、医療団体に大きな権限を与えるべきではない

DNA記録捏造とか司法科学がありえないほど遅れてて、法曹意識はたぶん石器時代

法学存在しないも同然



追記

釣れないだろこれ

くっつけておくわ

anond:20260506144308

2026-04-23

anond:20260423144244

日本左翼は、人権っていう倫理法学哲学的概念

キリスト教徒バカ向けに、「おもいやりをたいせつにしよう」ぐらいのマイルドさで広めたのだが

この21世紀においては、無事にそういった活動の成果が出た。

 

人権倫理的善は社会全体がイコールとみすようになり、

同時に、人権概念は、支持者ですら正しく理解してない状態になった。

2026-04-01

anond:20260401153052

法学も分野によると思うが。

  

 法とは何か(法の本質定義

 法と道徳はどう関係するか

 法はなぜ守られるべきか(正当性義務根拠

  

どうですかね?

学問分野毎の三大問題

いろんな学問分野毎に、3大問題というのはあるのでしょうか。

  

心理学だと

遺伝環境

無意識意識関係

自己とはなにか(主体的な決定はできているのか)

  

なんかが昔からの3大問題かいうのですが、

法学会計学経済学とか、それぞれ定番の3大問題とかあるんですかね。

2026-03-19

anond:20260318191610

この手の「教養」系の主張で、数学物理学化学生物学・地質天文学情報科学といった理系学問を含めているものを見たことがない。なんなら経済学法学も無い。所詮こいつらの言う「教養」とは、芸術や人文歴史といった、丸暗記・経験だけでも他人マウントが取れる性質のものにすぎない(もちろん芸術や人文歴史にも理論すなわち深い理解必要だが、こいつらはそんなもの持っていない)。

2026-03-15

二・二六事件はなぜ起き、何を残したのか 事件研究第一人者らが語る

大正という時代の申し子だった青年将校たち

 

髙杉》軍縮のもたらした影響の一つに、軍隊内での指導者威信が低下したことが挙げられます。具体的に言うと、先ほど申し上げたように軍縮後のフォローが十分ではなかったため、クビを切られる立場軍人たちに「自分たちは利用された。宇垣らは我々を踏み台にして政界進出しようとしたのだ」という疑念が生まれた。そしてそれはある程度その通りでした。結果として軍上層部への信頼や統制力が弱まり青年将校たちが言うことを聞かなくなっていった面もあったのかな、と。

 

 

筒井青年将校運動に関し、三島由紀夫面白いことを言っています五・一五事件から二・二六事件あたりまで、青年将校が上官たちから危険視されつつある意味でちやほやされた局面があるんですが、なぜそうなったかというと「軍隊という特殊一社集団において、その集団モラリティー(士道)を体現するものと目されたかである」と(末松太平『完本 私の昭和史』所収「利用とあこがれ」/中央公論新社)。軍隊の中には階級制度立身出世主義もいろいろあるが、結局本質的特徴としてはモラリティしかないんだというわけです。軍隊に限らず、組織が大きくなるほど上層部では自己疎外が起きて、立脚すべきモラリティーが喪失してしまう。そうなったとき、それを持っている人に対して「利用とあこがれ」の両局面が生じるのだと三島は指摘します。

 

 つまり上層部陸軍大学校出のエリート軍人から見れば、青年将校は愚直で単純で、それゆえうまく利用してやろうと思っているんだけど、自分たちが失ってしまった本来軍人らしさを彼らのみが持っているから、憧れも感じている。髙杉さんが今言ったことは、この三島の指摘と関係しているように感じます

 

 

髙杉》青年将校の動きを上層部が強く統制・弾圧できなかったのは「彼らがやっているのはけしからんことではあるが、本来あるべき軍人的な純真さを持っているのは彼らのほうだ」という後ろめたさがあったからだ、と。たしかに鋭い指摘です。

 

 

筒井軍人というのはどういう内面を持った人々なのかという洞察が、戦後日本では十分なされていません。戦後軍隊存在しないみたいなことになったせいかアルフレッド・ド・ヴィニーの『軍隊服従と偉大』(岩波文庫)のような本がない。これは困ったことで、現在のように安全保障重要になってきた時代であればこそ、軍人をよく理解しなければいけないのですが、石川明人さんの著作のような例外を除き、今参考になる深い本がほとんどない。

 

 私自身は高校生の頃かに、末松の『私の昭和史』を読んで衝撃を受けました。これが非常に人間的な内容でね。末松は軍人テーマにした徳冨蘆花小説寄生木(やどりぎ)』を愛読していたらしく、「バルザックを思わせる」(三島文学者のような文章を書くんですよ。末松の本で、青年将校とは意外にヒューマンな人たちなのだな、と理解しました。

 

 

髙杉》青年将校が書いたものはわりと文学的文章が多いですよね。あまり軍人らしくないと言いますか。

 

 

筒井西田陸軍士官学校で、詩人となる三好達治同級生でしたし、二・二六事件の中心人物となった村中孝次は厨川白村(くりやがわはくそん)やクラシック音楽を好んでいた。大岸はアメリカ思想家エマーソンを愛読していたそうです。大正教養主義が強い時代に育った軍人たちはみんなそういった感じで、それが昭和になってから二・二六事件など、さまざまな事件に反映されていると思います

 

構成斎藤岬

 

 

(『中央公論3月号では、クーデターとして「甘い」理由や、事件を機に政党政治が衰退したとは単純に言えない理由事件後も大衆の「社会的平準化」の希求が続いたことなどを詳しく論じている。)

 

 

筒井清忠(帝京大学学術顧問)×髙杉洋平(帝京大学准教授

 

筒井清忠〔つついきよただ〕

1948年大分県まれ京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学文学博士。専門は日本近現代史歴史社会学京都大学教授帝京大学文学部長などを歴任。『西條八十』(読売文学賞山本七平賞特別賞)、『昭和期の陸軍』など著書多数。

 

◆髙杉洋平〔たかすぎようへい

1979年愛知県まれ海上自衛隊生徒を経て國學院大學大学院法学研究科博士課程後期修了。博士法学)。宮内庁書陵部編修課(非常勤)、日本銀行金融研究所個別事務委嘱)などを経て現職。著書に『昭和陸軍政治』『帝国陸軍』などがある。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/28016164825dfbb8306bf249db4b558e309f362c?page=2

2026-03-11

映画】折れた矢 を見た

実話を基にした興味深くはあるけど俺が苦手なタイプ韓国映画だったかな44点。

 

入試問題ミスが発覚しそれを指摘したこと大学をクビになり不当解雇だと裁判を起こすも敗北した元大学教授ボウガンでその裁判裁判官を脅し怪我をさせる事件が発生。しかし本人は撃ってはいないと供述しか裁判所はこれは司法制度に対するテロリズムであるとし、有罪前提の裁判が始まる。労働問題に詳しいアル中弁護士に白羽の矢が立つも、教授自分が調べた法学知識を使い司法への糾弾裁判の場ではじめる。この裁判行方はどうなってしまうのか。

みたいな話。

 

実話をもとにした話ですよ~って出てくるのでそうなんだろう。ただ、韓国の実話をもとにした話ってだいたいなんか「誠実ではあるんだろうけど映画としてのカタルシスには欠けるんだよなぁ」って作品が多くって、本作もだいたいそれだった。

裁判シーンでは判事裁判官への法学的には正しいであろう攻撃を次々と教授が進めて、相手側がぐぬぬってなったり、黙殺したりと「教授が圧倒的に正しい」前提で進むので、なんかスカッジャパン見てるみたいでなんかゲンナリ。しがない中堅サラリーパーソンの俺氏なんかは法律にせよ社規にせよ「ルールなんて本当の意味で厳密に適用されないもの」であり、それ自体制度を腐敗させることになっていると同時に多くの人間はだからこそなんかうまくやれてるもんだよなぁという実感があるので、法律上ではこうなってるからこう!ドヤ!みたいにやられても、まぁそりゃそうなんだろうけどさぁ!って思ってしまったし、逆に相手の態度を硬直化させるだけだよなぁって感じ。

もろちん司法という「お気持ち」で動いちゃダメなところが「裁判官が襲われて激おこ!」っていう大いなるお気持ちで動いてしまっているという始まり自体が大問題で、それに本来あるべき「法律至上主義」で切り込んでいくっていう対比は理解できるんだけど、でも目の前にいるのは人だしなぁって思っちゃう

教授としても人生がかかってるから必死なんだろうけど、でも映画を見てる限りだとそういう泥臭さよりは「この腐敗した司法制度をぶっこわす!」みたいな杓子定規正義感燃えているだけのようにも見えて、個人的にこういう人間味のない人間苦手なんだよなってなっちゃった

一方で、警察側のやり方もあまり杜撰すぎてこれで有罪になるのは実際どうなんだありえないだろって感じではあるので主人公側の攻撃によってどんどん追い詰められていくところはまぁ爽快感もあるんだけど、でも作中では証拠が不十分な部分も論理的矛盾証人喚問も全部握りつぶされて「で、実際のところどうだったの?」というのは一切明かされないまま有罪が確定する。実際の事件がそれに近い状況で「ありえないですよね!」っていう問題提起なのはわかるけど個人的には面白くない。

もろちん裁判過程での矛盾点の指摘、そもそも証拠正統性論理的にひっくり返すという法廷バトルもの特有面白さに加えて、被疑者側が裁判官側を裁こうとするという法学解釈バトルというエッセンスを加えた本作独自面白さがあるのは認めるけど、最終的に何一つ結実しないのはなぁ。

あと韓国映画ダメ人間が途中から更生して頑張るっていう展開好きすぎ問題で、最初もう一人の主人公である弁護士過去事件のせいだっていうのはわかっていてもマジのガチクズカスすぎてさじ加減とか知らんのかって思っちゃうし、クズカスエピソードお笑い要素なんだと思うんだけど全体のテンション感と合ってないので全然笑えない。

あと弁護士教授全然バディ感が出てこないのもナンカナーって感じだし、収監されている教授が同室のチンピラにケツ掘られる展開は「かわいそうなのは抜けない(´・ω・`)」ってなった。

 

そんなこんなで実際に起きた本気で取り組む価値がある事件を元に作られた意欲的な作品であることは理解しつつも、テンション感や結末、方法論的には全然ノレないんだよなぁってなった作品だった。あと、展開的にめちゃくちゃ「それでもボクはやってない」だったので、なんか見た感じだなってなったのも大きかったかも。

まぁ韓国社会問題法廷バトル、実話ナックルズ好きな人は見てみるといいんじゃないかな。

2026-03-07

日本文系って意味ないどころか害悪だよね?

女性学フェミ蔓延非婚

経済学→長期デフレからスタグフレーション

法学東京電力逮捕者なし、派遣制度問題を指摘した退職代行社長逮捕

倫理学派遣制度と言う現在奴隷制度を放置

精神医学危険向精神薬流行にする

もう文系学部全部潰してよくね?なんか役に立ってる?

文系学部ほとんどは企業必要とされていない

かなり身も蓋もない話を書く。

今の日本文系で、企業が実務として明確に必要としている学問はほぼ二つしかない。

経営学商学)と法学だ。

理由は単純で、この二つは企業活動のものを扱っているからだ。

経営学企業運営を扱う。マーケティング会計組織戦略など、企業日常的にやっていることそのものだ。だから企業から見れば「そのまま仕事に近い知識」になる。

法学も同じだ。企業活動契約集合体なので、法律無視してビジネスはできない。契約コンプライアンス規制対応など、どの会社にも必要領域がある。

特に最近サービスビジネスが増えているので、法務仕事はむしろ増えている。クーポンポイントキャンペーン一つやるだけでも、景品表示法消費者契約問題が出てくる。利用規約個人情報の扱いも全部法律の話になる。

まり企業にとって「経営」と「法律」は仕事のものだ。非常に実務的な学問で、学んだことが職場や配属先ですぐ役に立つ。

一方で、他の文系学部はどうか。

文学哲学歴史社会学などは知的には面白いしか企業仕事と直接関係しているわけではない。企業が「この学問を学んだから採用したい」と思う理由はほぼない。

から企業採用は「学部不問」になる。

これは平等というより、「経営学法学以外の文系学部仕事に直結していない」という意味だと思う。

文系の多くの学問は、もともと研究者を育てるための学問だ。社会人を育てるためのものではない。大学に残る人以外にとっては、実務との接点がほとんどない。

まり日本文系学部の多くは、社会仕事ほとんど接続していない。

それでも企業文系採用する。

理由は単純で、学問が欲しいわけではないからだ。

大学に行ける知能や、大学に行ける程度の家庭環境があることが担保される。そこから地力がありそうな新卒」をポテンシャル採用しているだけだ。

そうして雇った新卒の中から当たりが出ればいい、という前提で企業は育成している。

まり企業にとって、文系学部の多くは「何を学んだか」はあまり重要ではない。

文系企業の実務と直接つながっている学部は、結局のところ経営学法学くらいだと思う。

哲学仕事にどう役立つのかと聞かれて、明確に答えられる人はあまりいないだろう。

そういう意味では大学は、企業仕事接続する学問もっと作るべきではないかと思う。例えば企画立案事業設計のような、実務に近い学問などだ。

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