2008-01-27

あなたの記事がだれかを傷つけても削除しなくていい、いくつかの理由

個人的な覚書として書こうと思う。


このメモの対象として考えているのは、いきなりはてブのホットエントリにあがって、

そこで地味にやってきたときは考えもしなかったような反応を受けて戸惑ってるような人。


はてな」なりその他のネットでいろんな「いざこざ」を体験してきてる人は、

自分なりの方法論があると思うけど、そんな方法論はもちあわせてないよ、という人。


「あんたのせいで傷ついた」とかショックをうけたとか、謝れとか、

やめろとか、謝罪しろとか、死ねばいいのにとか、まあその他もろもろの理不尽な反応があって、


「このブログのせいでそんな気持ちになるんだったら申し訳なかった」

とか

「このブログ削除したって別にかまわないしなぁ」とかそんなことを考えてしまう人。


最終的な結論を出すのはブログの持ち主なのだけど、私としては「削除」はしないことを勧める。

基本的には、削除するくらいなら最低一ヶ月は放置することを勧める。


(※ただし、相手のストーカー化が起こった場合はまた話が別だけど。脅迫を繰り返すストーカーはとりあえず運営に通報する方針で。)


その理由はいくつかある。




これを書こうと思ったきっかけとしては、id:idiotapeというブロガーのことがある。過去にこういうことが起こったんだ。

簡単にいうと、「子供ができないと思ってた妻に子供ができてよかった」という趣旨のエントリがものすごい人気エントリになった。

それに対し、id:hashigotanというブロガー

「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろというエントリを書いた。


そして、id:idiotapeは最終的にはブログ削除して完全に退会した。

id:idiotapeがやめた理由は、長いのだけど、まとめるとこう。

『』は手元にある元記事からの引用です。


・『全文を読んで、正直なところ共感する部分があった。』がそんなことを言えば人によってはそこにポジショントーク的な偽善を読み取るだろう』ことを考えると『僕は共感したなんてことも言えないし、かといって何かできることなんてもっとない。』


・『お遊びでネガコメをつけるような行為は放っておこうと思った』が、『何百とあるコメントの中で、本当に苦しんでいると思えるコメントを見かけた』時にそれに『対応する責任があるんじゃないか』と感じた。


・『正しいこととか、もっともなことなんてくそっくらえで、身軽に文章を書きたいだけだったのが、いつのまにか巨大な亀みたいになってしまった。そこで、また「読者3名」くらいの状態から、やりなおしたいなあと思った。』




その後の経緯をみてて思ったこと。


○完全に削除したら復帰できない。

「騒ぎ」が大きくなっているときっていうのはなかなか判断が下しづらい。今は削除した方がいいように思えても、後になれば「続けたかったな」と思うことがあるかもしれない。削除はいつでもできるのだから、とりあえず残しておいて様子をみればいいのではないかと思う。

削除した後で復帰したりすると、それがまた新たな騒動の種になったりする。


どんなに大きくなった騒ぎも、絶対に沈静化する。

id:idiotapeは、件の記事の後、一番反応が大きかった日は一日に5万人それから一週間ほど一日あたり1万人ほどPVがきて、アンテナRSSも登録が一気に増えてびっくりしたみたいだ。その後もいろんな非難やら賛同やらがあった。


でも、そういう事態も、いつかは落ち着く。


人が急に増えてが出すぎて落ち着かないという人は、放置するのがいいのではないかと思う。それを理由に削除することはない。

賛否両論に対してとまどうという人は、同じく放置するか、まったく関係のないエントリをあげおくといいと思う。そのうちに沈静化する。それに関連した新たな動きがなければ、みんな言いたいことを言い終わった後は、特に言う事がなくなってしまう。


削除によって誰かが「救われる」ことはない。「清々した!」という感想を持つ可能性はある。

あなたの記事によって「傷ついた」という感想をもった人は、別にあなたが記事やブログ削除したからといって、幸福になったりはしない。後味が悪かったなぁとおもったり、逆に、清々した!というような感想は抱くかもしれないけど。


○元記事がないと、あることないこと言われ放題になる。

賛否両論の場であなたが元記事やブログ削除してしまった場合、非難していた人たちは好きなように言うでしょう。それに対して他の人達は、元記事があれば両方を読んだ上で判断することができるけど、元記事がなければあなたへの非難を読むしかない。


○不幸な人が幸福になれば不幸だったときのことを忘れる。あなたの記事によって「傷ついた」人は、いずれあなたの記事のことを気にかけなくなる。

たとえば、id:hashigotanに関して言えば、以前


セックスについて楽しげに語るブロガーが目に付くと、問答無用に叩いて、殺してやりたくなるんですよ

参照


とかいたこともあったし、繰り返しそういう主張をしていた。

id:idiotapeの件のかなり後で、自分がセックスを体験すると、その体験に関する長いエントリを公開した。その記事が運営のフィルタリングにかかったことに関しては


何やねん、俺が人生初の気持ちイイセックルをした喜びを語る記事をフィルタリングするはてな運営が悪いんじゃねえかw


という感想をもったようだ。

状況が変われば人の意見は変わる、ということがある。

状況に大きな変化がなくとも、時間がたてば、人の関心は次の話題へと移っていく。





参考までに、その後id:hashigotanid:idiotapeに対して抱いた感想引用しときます。

削除したあと一度ログを復帰したときの文章に関しては以下のような感想


顔も見たこと無いですしねお互いに・・・ ところで嫁より「妻」って表現のほうがよりリアルにグサッてくるんだなと気付いた。グサッ・・・と


その後削除からだいぶ時間がたった後は、こういう感想


あー・・・、それと個人史の終焉のヒトについてはもう終わった人だからどうでもいいじゃないっすかw 俺はどうでもイイ人間がどうなろうがどうでもイイと思ってるので罪悪感など微塵もないっすよ


こういうことはケース・バイ・ケースだけど、過去にそういうことがあったということです。

削除したいなぁと思ったときは、とりあえずしばらく休んでみて、ゆっくり考えた方がいいんじゃないかと思う。




はてなユーザーは基本的にid:hashigotanのようなユーザーでも削除されない

表現の自由」を尊んでいるような印象がある。

それはいいことなんだけど、主張と主張がぶつかった時に、

「相手の立場や痛みも考える人」と「ひたすら自分の主張をまっすぐに主張する人」

がぶつかった時に、後者が残りやすいっていう側面がある。


どんな表現にだって人を傷つける余地はある。

人はそれぞれ「やっかいな問題」を抱えていて、それを刺激されると傷ついたりする。

でも、あなたのブログがなくなったからといって、あなたのブログに傷つけられた人の「やっかいな問題」の方がなくなるわけじゃない。


時間が経過すれば、基本的には、あなたのブログとそれを読んで傷つく人との間に、適切な距離が生まれるはずだと思う。





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<余談>

この辺の問題を考える上で糸井重里コラムが参考になるっぽいのでリンク張っとく

2003-01-20.html


finalventの場合

ネットで学んだ上手くやらないために大切なこと - finalventの日記


○「絶対に沈静化する」ということを実感する方法

以下のリンクで、はてブ1000以上の超人エントリが見れる。

http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=hot&threshold=1000


記事タイトルの横に灰色でurlがある。

それをクリックすると同じブログサイトのほかの記事がどれくらい話題になってるかが見れる。

いくつかのサイトを見比べてほしい。

捉え方は人によって違うだろうけど、けっこう地味に推移してるところが多いと思った。

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事件の経緯を見たい場合は参考リンクをどうぞ。




事件の経緯(簡易まとめ)

反応まとめ(詳細リンク)

hashigotanのネガティブコメント

hashigotanが起こしたほかの騒動の一例




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元記事的なもの


http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20080125/1201218845

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