旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える皇室典範改正案の審議が15日から参院で始まった。衆院では与党幹部から「皇位の男系継承は2600年以上にわたる皇室の伝統」との発言があり、思想史の専門家は「男系を絶対視する考えは明治期に整えられた伝統」として、議論に学術研究の成果が十分に生かされていないと指摘する。
「皇位の男系継承は2600年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇室の伝統です」。改正案を審議した10日の衆院議運委で、自民党の小林鷹之政調会長はこう強調した。15日の参院特別委でも、同じく自民の山谷えり子氏は「2600年以上にわたり、連綿とつながれてきたわが国固有の皇統。先人たちが守り抜いてきた皇室の伝統は重く、美しく、今を生きる私たちは謙虚でありたい」と述べた。
だが、思想史の立場から皇統論を研究する中央大学の大川真教授は皇位の男系男子の継承について、「絶対的な原則ではなく、皇位が限られた範囲の一族で継承されてきた結果だ」と話す。
「男系」「女系」は明治期以降
大川教授によると、江戸時代…
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原武史政治学者解説いまなら試し読み長年にわたって天皇制の研究をされてきた大川真教授へのインタビュー記事は、さすがに示唆に富むもので、読みごたえがある。学術的な立場から神武天皇の実在を否定するのも当然だ。 しかし国民の祝日の一つである「建国記念の日」は、戦前の紀元節を戦後になって復活させたもので、『日本書紀』で神武天皇が即位したとされる日を太陽暦に換算した2月11日としている。宮中では同じく神武天皇が死去したとされる4月3日に、宮中祭祀の大祭として「神武天皇祭」が行われ、天皇や皇族が宮中三殿に参列する。幕末から明治にかけてつくられた、奈良県の神武天皇陵や神武天皇を祭神とする橿原神宮もある。神武天皇陵には、天皇や皇族がしばしば参拝している。 つまり学術的には否定されても、実在していたことを前提とする戦前との「連続面」が、まだあちこちに残っているのだ。先日の議院運営委員会における小林鷹之議員の「2600年」発言の背景に、こうした「連続面」があることも忘れてはならないだろう。
2026年7月15日 09:07










































