内戦の道の向こう側にいる「敵」 「境界から」㊳レバノン 宗派の「モザイク国家」

十字架のタトゥーが入った右手で物入れの引き出しを開けると、中にあった銃弾がじゃらりと音を立てた。「向こうのやつらが撃ち込んできた」。ジョー・カナアン(61)が、道路の向こうのイスラム教地区を指さす。
18の宗派が混在する中東の「モザイク国家」レバノン。首都ベイルートには長く続いた内戦で荒廃したビルが残る。今も宗派間の緊張が高まると、カナアンが住むキリスト教地区に銃弾が撃ち込まれるのだという。
「本当の意味で内戦が終わったとは思えない。お互いのことを理解していないのだから」。カナアンは自宅の壁に開いた穴をなで、つぶやいた。
▽武器を手に
地中海とアラビア半島の間に位置するレバノンは宗教と文化の交差点だ。さまざまな対立の舞台になってきた。
オスマン帝国を分割したフランスの委任統治領から1943年に独立。キリスト教徒を中心に多宗派による統治を進め、首都は一時「中東のパリ」と呼ばれて繁栄した。
だが中東戦争で土地を追われたパレスチナ難民が流入。キリスト教マロン派の民兵組織とパレスチナ解放機構(PLO)の戦闘を中心に、シリアやイスラエルも介入したレバノン内戦が1975年から1990年まで続いた。
大学職員のカナアンはベイルート近郊のキリスト教地区に妻子と暮らす。信仰するマロン派はレバノンの大統領を代々選出している。
子どもの頃はキリスト教徒が多数派だったが、パレスチナ難民などのイスラム教徒が急増すると、周囲の大人は「国が壊される」と危機感を抱いた。カナアンも11歳で民兵組織に入り、武器を手に戦闘に加わった。
内戦が終結すると、宗派ごとの地区を分けていた検問所の多くが撤去された。往来は基本的に自由になった。今ではイスラム教地区の市場でノースリーブ姿の女性が安価な商品を買い求め、教育水準が高いキリスト教地区の学校で学ぶイスラム教徒の子もいる。
▽見せかけの平和
カナアンはそんな日常的な光景を「見せかけの平和」と呼ぶ。家の前にある幅10メートルほどの車道がイスラム教地区との境界だ。この道は内戦の最前線だった。
妻子には不必要にイスラム教地区に行かないよう念を押す。「イスラム教徒の全員が悪人ではない。ただ〝敵〟もまたあの中にいる」
2023年10月以来、再び緊張が高まっている。イスラム組織ハマスの攻撃にイスラエルが報復し、パレスチナ自治区ガザで激しい戦闘を展開。レバノンにはイスラエルと敵対する親イラン民兵組織ヒズボラの拠点があり、戦線はレバノンにも拡大した。
レバノンの立場は複雑だ。ヒズボラは国軍をしのぐ武力を持つとされ、支持者たちは「イスラエルから国を守れる唯一の存在」と熱狂する。
カナアンにはイスラエルの脅威よりも、武装した隣人がいることの方がストレスが大きい。自宅には拳銃やナイフを常備している。子どもたちは装弾済みの銃が置かれた居間の机で勉強する。「家族を守るための護身用だ」と語る。
▽相互不信
人口が増加するイスラム教徒の中には、キリスト教地区で暮らす人も増えた。シーア派でエンジニアのゾヘイル・ワズニ(66)もその一人だ。アパートの住民はキリスト教徒とイスラム教徒が半々という。

自分を嫌う人たちと同じ屋根の下で暮らすのは決して居心地が良いとは言えない。だが内戦の時に比べるとずっとましだと感じている。「表面的であっても共生できている」
内戦は10万人以上の死者を出したと言われる。ワズニは「狙撃手が街のあちこちに潜み、動くものはネコでさえ撃った」と振り返る。居住区を隔てる道を渡るだけで命がけだった。「ひどい記憶は宗教を超えて共有されている。あの惨禍を再び望む人はいない」。ワズニはそう信じる。
内戦終結時には宗派間の和解が掲げられた。だが交渉が合意に近づくたびに抗争が起きて振り出しに戻った。
相互不信は根深い。ワズニは和解交渉が行き詰まった責任は「キリスト教徒側にある」と考えている。別のイスラム教徒の男性は「こちらに武器を手放せと言いながら、キリスト教徒は持ち続けている。その矛盾に気付けないのか」と冷笑する。これに対してカナアンは「挑発するのはいつもイスラム教徒が先だ」と主張する。
武器がまん延した社会では、口論や小競り合いがエスカレートしてやがて銃撃戦になる。死者が出て双方が怒りを募らせ、より強硬姿勢になる悪循環が続く。
平和に暮らしたいとの望みは双方の住民が口にする。だが相手との距離を縮めれば摩擦が増すことも身をもって知っている。だから「深い対話はしない」とカナアン。今にも崩れそうなバランスを保つために、あえて境界を維持する。和解への道は遠い。
【取材メモ/鈍く冷たい光】

取材でカナアンの自宅を訪れた日、居間にある中学生の次女の勉強机に自動拳銃が無造作に置かれていた。教科書や色鉛筆、家族写真との異質さが際立っていた。オーストリアの銃器メーカー製で、弾はいつも込めていると説明された。そばにいた娘が気にするふうはなかった。家の外には敵がいると考えるカナアン。「子どもたちを危ない目に遭わせられないからね」。妻子に向ける視線は優しく温かい。黒い銃から放たれる鈍く冷たい光は、あまりに不釣り合いで、戸惑いを覚えた。
(敬称略、文は共同通信前カイロ支局員・日出間翔平、写真は共同通信契約カメラマン・ムハンマド・クレイト=年齢や肩書は2024年9月25日に新聞用に出稿した当時のものです)
















