ゾウが暮らす森で人間との共生を探る 「境界から」㊱中国・雲南省、作物被害に悩み

熱帯雨林の茂みから、小山のような巨体がのっそりと姿を現す。3頭のアジアゾウが次々に池に入り、長い鼻を揺らしたり、体を回転させたりしながら水浴びを始めた。
中国・雲南省の南端、西双版納(シーサンパンナ)タイ族自治州にある自然保護区。「彼らは病気やけがで仲間の群れから見捨てられてしまったゾウたちだ」と保護管理センター主任の王斌(おう・ひん)(44)が説明する。「ここで新たな〝家族〟と暮らせるように保護員が付き添ってリハビリしているんだ」
もともとゾウが親しまれてきた地域だが、人との接触が増えて作物被害が出るようになった。人里に近づいたゾウを刺激物で撃退する住民もいる。「どちらにも罪はない。なんとか共生の道を見つけたい」と語る。
▽個体数が回復
シーサンパンナはゾウとの触れ合いや熱帯雨林の探索など、自然を特色とした有数の観光地。近くの市街地にある飲食店や宿泊施設はいつも旅行客でにぎわう。
自治州はラオス、ミャンマー国境に接し、タイ族やハニ族といった少数民族が住民の7割以上を占める。仏教を信じ、神話に登場するゾウをあがめる人も少なくない。
王は20年前に大学を卒業した後、多様な動植物が存在する熱帯雨林に魅せられた。自然保護の第一線であるシーサンパンナに身を投じた。
アジアゾウは中国では南部を中心に生息していたが、環境変化や乱獲などで1970年代に170頭近くまで個体数が減った。1980年代に入って中央政府は野生動物を保護するための法律を整備。森林拡大などに本腰を入れた。
「それに伴ってゾウが暮らしやすい環境が広がった。最近では300頭を超えるまでに個体数が回復した」と王は語る。
一方で野生の群れで暮らせないゾウもいる。密猟者が仕掛けたわなで脚にけがを負った雌の「然然(らんらん)」はそんな1頭だ。
センターが管理する森で暮らすようになって約20年がたち、他の雄との間に子どももできた。「だが、けがが治っても元の群れには戻れない」と王。ゾウは記憶力が良く、いったん群れから離脱した相手を受け入れないのだという。
センターでは9頭が生活する。「彼らにとってここのメンバーが新しい家族のようなものなんだ」
▽補償に不満
雲南省では2020~21年に「ゾウの北進」が起きて話題になった。
保護区を出た十数頭の群れが、さまよいながら約500キロ離れた昆明市近くまで移動した。人々が道を封鎖し、えさで誘導するなどしてゾウたちは保護区に戻ったが、通り過ぎた人家や畑に多くの被害が出た。
人の生活圏が拡大してゾウのすみかを圧迫する一方、個体数が増えて行き場がなくなりつつある可能性がある。
特に農村部ではゾウとの接触による人身事故や作物被害が相次ぎ、農業をあきらめる人が後を絶たない。
被害を補償する仕組みはある。ゾウの好物のトウモロコシやバナナは被害額の約3分の2が保険で補償される。だがそれでも足りないと不満を抱く住民は多い。
「ゾウを尊いとは思わない。むしろ憎しみの気持ちが大きい」。丹精込めて育てた作物が食い荒らされた農家の男性は、怒りの矛先を当局に向ける。王は居心地が悪そうな表情を浮かべる。
「補償は以前より手厚くなったが満足できる額ではない」。鶏やブタなどの家畜は作物をえさにして家計の役に立つが、ゾウはただ食べるだけだと訴える。「全額を補償してくれるならゾウのために畑を耕してやってもいい」と王らを挑発する。
別の男性は「親類がゾウに襲われたことがあって恐怖を感じる」と話す。農業をやめて街に出稼ぎに行っているという。「ゾウが現れなくなったら先祖から受け継いだ畑で農業を再開したい」とつぶやく。

▽いたちごっこ
王が所属するセンターは、住民とゾウの生活圏を分ける鉄柵を設けるなど被害防止に努める。最近は空中からドローンでゾウの群れを捉えて人工知能(AI)で分析し、人里に近づいた場合にスマートフォンのアプリで通知するシステムを運用している。
ドローン用端末の画面に、森から畑に向けて進むゾウの群れが映った。王らが車で畑に急行すると、農家だけでなく見物客が集まっている。「危ないから離れて」と注意を呼びかける。
なかにはアプリの通知を逆手に取る住民もいる。ゾウに近づいて爆竹を投げたり、刺激物を含む液体をまいたりして追い払うのだ。畑で作物を食べていたゾウたちは、上空から散布された液体を浴び、雄たけびを上げながら森の奥に逃げ帰っていった。
「農家の気持ちは分かるが怒ったゾウは危険だし、いずれまた戻ってくる。いたちごっこに終わりはない」。深まる溝に悩みながら、王は共生の糸口を探し続けている。
【取材メモ/峠越えの検問】

「不法入国者だろう。仕事欲しさに危険を冒してやって来るんだ」。地元の運転手が説明する。シーサンパンナの森の中の道路脇で、札束を握った男性が手を振っていた。首から下げた紙には「都市へ」と中国語で書かれている。最近はラオスやミャンマーからの越境者が目立つという。市街地に抜ける峠越えの検問所を通る際には、パスポートなどを入念に検査された。外国人記者の肩書に不審を抱いたようだ。不法であってもなくても、この国での往来は容易ではない。
(敬称略、文は共同通信北京総局記者・杉田正史、写真は共同通信写真記者・石井健=年齢や肩書は2024年9月11日に新聞用に出稿した当時のものです)
















