はてなキーワード: 作品とは
作品への不満は誰にとっても具体的な形で現れることが多く、これを列挙するだけでも、情報としての価値は発生する。
それに対して作品の「面白さ」は曖昧な感覚であることがほとんどで、これを形にするには一定の技術が必要となる。
だから褒める批評ができるプロは偉い、という話になりがちなのが普通だが、自分はむしろ、
と言いたい。
おもしろかった!よりは長文批判の方がよっぽど読む価値あるよ。
作者にとってどうなのかは知らないが。
たださ、これホントスゴイと思うんだけど、、、
つーか、そのまえにこういうアニメとかのことをホントの現実みたいに語るの嫌だった人はゴメン、謝るからここからは読まないでね、、、
でさ、話戻るけど、ホントシャアもさ、自分でサイド7に行ってたらさ、そのあとの出来事ってだいぶ違ってたよね。
偵察だけして帰ってたか、それとも破壊活動までしてたかはわかんないけども、
少なくとも史実(とかこういう書き方が嫌いな人ごめんね、ホントここからはもう読まなくていいから、、、)みたいに民間人がガンダムに乗り込んで、、、みたいな因縁は生まれなかったと思うんだ。
多分おそらくは、偵察だけして、想像以上に開発が進んでる連邦のモビルスーツを破壊するべく出直して来て、そうすると当然性器パイロットもいるからさ、その人らと戦ったりしてたと思うんだ。
そうするとシャアという人、その個人の人生は全然その後が変わってたと思うのね。
アムロガンダムに何度も撃退されて煮え湯を飲まされたり、地球に降りてガルマ殺したりとか、そういうこともなく、健やかに優秀な軍人として終戦を迎えてたと思うんだ。
でね、これがホントスゴイと思うんだけどさ、いやね、ホント、これぞガンダム、というか富野由悠季の作品だよな、って思うところは、そういう風にシャア個人の人生は大きく変わったかもしれんけれど、その後の歴史みたいなの?
膠着した戦争状態の中から連邦がモビルスーツの戦力整えて、オデッサとかで反撃して、宇宙にジオンを追い出して、その後ソロモン攻略して、それに対してギレンがソーラレイでカウンターを打って、でも結局は総力戦での地力に勝る連邦が勝利する、みたいな大きな歴史の流れはひとつも変わらなかったんだろうな、と感じさせる?その個人が及ぼす歴史に対する干渉なんていうのはほとんどなくて、アムロが生きていようがいまいが、ガンダムが活躍しようがしまいが、ガルマが生きていようが生きていまいが、シャアがどこでないをしていようが、結局はジオンは戦争に負けるし、連邦はその後も腐敗した政治をしたままだし、それに対して反地球連邦運動が起こって、みたいなそういう流れは変わらないんだ、と感じさせるところがガンダムという物語の大きさだよな、って思うの。
なんつーか、このへんがね、ジークアクスとかとは違うところなんだよ。
ジークアクスとか、ってね、やっぱりなんかガンダムじゃないんだよな。
シャアがガンダムを奪っただけで戦争にジオンが勝っちゃう世界線なんだよね。r
でもさ、それは決してガンダムではないんだよ。
そこがねすごく解釈違い、とはまた違うんだけど、鶴巻監督のアニメと富野監督アニメとで大きく種族が異なるところだよな、とか思うんだよね。
ヒットする漫画はむしろ「行き過ぎた保守主義」の方を説得力のある価値観として描いてる気がするけどね
https://miyearnzzlabo.com/archives/27215
映画『ラブ&ピース』(2015年公開)と「ボクシング」の関連については、映画評論家の町山智浩氏などが指摘している名作ボクシング映画『ロッキー』へのオマージュ・共通点が深く関係しています。
映画『ラブ&ピース』におけるボクシング要素と『ロッキー』の関連は以下の通りです。
「ダメ男と亀」の共通点映画『ロッキー』の主人公ロッキー・バルボアは、うだつの上がらない日々を過ごすダメなボクサーだった時代に、ペットとしてカメを大切に飼っていました。
映画『ラブ&ピース』の主人公である鈴木良一(長谷川博己)も、ロックミュージシャンの夢を諦めた冴えないサラリーマンで、ひょんなことから「カメ」を飼い始めます。
この「ダメ人間と亀の結びつき」が『ロッキー』への明らかなオマージュとして機能しています。
冴えない男の成り上がりストーリーボクシング映画の王道である『ロッキー』のように、『ラブ&ピース』も最初は周囲からバカにされていた主人公が、あるきっかけ(本作ではカメとの出会いと奇跡)によって大きく人生を激変させ、スターダムを駆け上がっていくという構成になっています。
『ラブ&ピース』は、特撮やファンタジー要素が強いロックオペラ・エンターテインメント作品ですが、こうした背景にボクシングの古典的名作の魂が組み込まれているのが特徴です。
田口清隆
今の中高年は性欲バッキバキの若い頃にマリみてブームに直撃された世代だ
このブームに乗っかってシムーンとかいうアニメが作られ、雑誌では百合姫が創刊した
これに前後して、セーラームーン辺りから戦う美少女を主役に据えた男性向け作品というマイナージャンルの作品が量産されるようになった流れがあり、これはフェチズムの発露であると同時に男性性の弱体化であるという分析がされていたけれど、それが戦う主人公ばかりか恋愛物の男性役まで女性が担うようになったのが百合ブームの正体
恋愛物語として摂取するなら1/2男より全員女の方が花があるから百合読んでる感はある
百合作品でも、同性愛の社会的立ち位置を取り扱ったり取り扱わなかったりするから
もし取り扱わないとき異性的問題を取り扱わない異性恋愛ものと互換性がある
百合系の作品が中高年のオタクにヒットしてるのって、自分がまだ若い頃なら主人公の男に感情移入できたけど、中高年になると流石に感情移入できなくなって、知らない男にカワイイヒロインを取られるぐらいなら、そういった嫉妬が存在しない同性愛に目を向けた方がマシ。
漫画の女の子って化粧してる設定なのかどうか作者は考えているんだろうか?
例えば対ありでしたの白百合さま(美緒)は化粧してるんだろうか?舞台設定的には化粧してない気がするんだけど。
でもまだアニメでは出てきてないけど美緒ママは他の登場人物に、言われなきゃ姉だと思ってしまうような容姿なんだよ。
実際キャラデザとして服装以外としてはほくろの位置と髪型が違うぐらいの差異しかない。背は覚えてないけど今回の話には関係ない。
デザインだけを根拠にすると化粧してないってことになるがどうなんだ。あくまで記号に多分に表現手法として頼らざるを得ない漫画として黒ギャルとかならともかく通常の化粧(ファンデーション等)の差異は表現できないってだけか?
いや女性向けでは普通に化粧を表現できてると思うから男性向けとして違和感なく化粧というものが表現できないのか。
とにかくあの作品は女作者だから。いや女だからって漫画描いてるときまでこのキャラは化粧してるとか考えてるとは限らないのか?
dorawiiより
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いや、ガンダムみたいなパラレルワールドの集合体でも強いIPはあるからさ、一概には言えないんだけど。
でも、パトレイバーはガンダムのような幹となるべき確固とした存在が成長しないままに、その一番最初から発表メディア毎にそれぞれは通底していないパラレルワールドであるって定義しちゃったのがいけなかったよね。
漫画は漫画、OVAはOVA、押井守の映画は押井守の映画、って具合にそれぞれはつながっているようで実はつながってないんですよ、ってやっちゃったのが作品としての弱さにつながってる。
これってシナリオやGMのオナニー全開のTRPGを、わざわざ配信で見せる行為でも同じような現象が起きてる気がする
土井直樹 次は11月かも @doiluckyLV12 (2026/07/16 14:52:08)
僕ケロロ軍曹も果てスカも劇場で観たんですけど、理由がありまして、僕は信じてるんですね。「演劇こそが世界で一番つまらないものを作れる」って。それを確認しに行ってるんです。
で今のところそうなんですよ。どんな大炎上した映画より、演劇のほうがヤバい作品あるなって。↓
https://x.com/doiluckyLV12/status/2077632353523097697
土井直樹 次は11月かも @doiluckyLV12 (2026/07/16 14:54:55)
目の前で、生の人間が、長時間、すべり続ける。これは演劇にしかできないので。あ、演劇自体は好きですよ。面白い作品、死ぬほどあります。ぜひ世界中の人に演劇に親しんでほしい。本当に良いものです。演劇。
それはそれとして確信として「演劇こそが世界で一番つまらないものを作れる」と思ってます
https://x.com/doiluckyLV12/status/2077633055779705158
びてから、アイスを食べながらだらだらとテレビを見て、気づいたら日付が変わっていた。
7月11日(土)晴れ
休日。特に予定がなかったので、朝からゆっくり過ごした。目が覚めても、しばらく布団の中でスマホを見て、それから起き上がるまでに30分くらいかかった。この「起きているのに布団から出ない時間」というのは、人生の中でかなりの割合を占めている気がする。仮に1日30分だとしても、1年で180時間くらいになる。計算してみると、なんだか勿体ない気もするけど、この時間が意外と幸福度に貢献している気もする。
昼過ぎに、思い立って部屋の模様替えをすることにした。大掛かりなものではなく、机の位置を少し変えて、本棚の配置を変えただけだけど、それだけでも部屋の雰囲気がずいぶん変わった気がする。人間は変化を求める生き物なんだなと、模様替えをするたびに思う。特に不満があったわけではないのに、なんとなく変えたくなる。
模様替えの途中で、昔の写真が入った箱を見つけた。学生時代の写真や、旅行に行ったときの写真。しばらく手を止めて、写真を見返してしまった。今より若い自分の顔を見ると、なんとも言えない気持ちになる。懐かしいような、恥ずかしいような。友人たちとの旅行写真を見ながら、今どうしているんだろうと考えた。連絡を取っていない友人もいるけど、こういう写真を見ると、ふと連絡してみようかなという気持ちになる。実際に連絡するかは分からないけど。
夕方、模様替えが一段落したところで、少し疲れたので、コーヒーを淹れて休憩した。部屋の新しい配置を眺めながら、コーヒーを飲む時間は、なかなか良かった。特に生産的なことをしたわけではないけど、部屋がちょっと変わったというだけで、なんとなく達成感がある。
夜、夕飯にカレーを作った。多めに作って、明日以降も食べられるようにした。カレーは作った翌日の方が美味しいというのは、多くの人が言うことだけど、本当にその通りだと思う。今日はまだ作りたてなので、明日の熟成されたカレーを楽しみにしながら、まずは今日の分を食べた。
7月12日(日)晴れ
昨日作ったカレーの2日目を、朝ご飯として食べた。噂通り、味が染みて美味しくなっていた。朝からカレーというのは、少し重い気もするけど、休日だからいいかという気持ちで食べた。
午前中、特にすることがなかったので、久しぶりに映画を1本見た。配信サービスで前から気になっていた作品。内容の詳細はここには書かないけど、思っていたよりも良い映画だった。映画を見終わった後の、あの余韻に浸る時間が好きだ。すぐに次の行動に移らず、しばらくソファに座ったまま、見終わった映画の内容を反芻する。この時間があるかないかで、映画体験の満足度がだいぶ変わる気がする。
午後、久しぶりに実家に電話した。母が出て、近況をあれこれ話した。特に大きなニュースがあるわけではなかったけど、近所の話や、親戚の話、あと庭に植えている野菜の話などをした。母はミニトマトを育てているらしく、今年はよく実がなっているとのことだった。今度実家に帰ったら、そのミニトマトを食べさせてもらおうと思う。
夕方、また公園まで散歩に行った。先週も同じ公園に行ったけど、今週はまた少し違う光景があった。子供たちがシャボン玉で遊んでいて、それを見ている親御さんたちがいた。シャボン玉が夕日に照らされて、キラキラと光っていたのが綺麗だった。特に意味のある光景ではないけど、なんとなく心に残る瞬間だった。
夜、日曜日特有の憂鬱がまたやってきたけど、先週よりは少し軽い気がした。多分、模様替えをしたり映画を見たりして、それなりに充実した週末を過ごせたからだと思う。明日からまた1週間が始まるけど、まあなんとかなるだろうと思いながら、早めに布団に入った。
7月13日(月)曇り
月曜日。今週も始まった。朝、いつも通りの時間に起きて、いつも通りの準備をして、いつも通り家を出た。この「いつも通り」というのが、実は結構すごいことなんじゃないかと最近思う。毎日同じことを繰り返せるというのは、体調も気分もそれなりに安定しているということだから。
会社では、先週から持ち越しになっていたタスクを片付けた。特に問題なく進んだけど、途中で資料の数字が1箇所間違っていることに気づいて、修正するのに少し時間がかかった。小さなミスを見つけたときの、あの「あ、やってしまった」という気持ちと、それを直せたときの安堵感。仕事というのは、こういう小さな山と谷の繰り返しなんだと思う。
昼休み、久しぶりに外に出て、少し遠くの定食屋まで歩いて行った。いつもと違うお店に行くと、それだけで気分転換になる。生姜焼き定食を頼んだけど、思ったより量が多くて、お腹いっぱいになった。午後の仕事は、満腹感のせいで少し眠気との戦いになった。
夕方、退勤前に、上司から急な依頼が入った。明日までに簡単な資料を作ってほしいという内容だった。急な依頼というのは、いつも心臓に悪い。でも、内容自体はそこまで難しくなかったので、1時間くらいで片付けて、それから帰った。急な依頼をパッと片付けられたときは、ちょっとした自信につながる。
夜、家に帰って、テレビをつけながら夕飯を食べた。特に見たい番組があったわけではなく、なんとなくつけていただけだったけど、ニュース番組でやっていた特集が意外と面白くて、最後まで見てしまった。内容は忘れてしまったけど、見ているときは「へえ」と思っていた気がする。
7月14日(火)雨
朝から雨だった。傘を差して駅まで歩く間、靴が濡れないように気をつけて歩いた。水たまりを避けながら歩くという、地味に神経を使う作業。子供の頃は、逆に水たまりを踏むのが好きだったのに、大人になると避けるようになる。この変化はいつ起きたんだろうと、傘を差しながらぼんやり考えた。
会社では、昨日の急な依頼で作った資料を上司に提出した。特に大きな修正もなく、「ありがとう、助かった」と言ってもらえた。この一言だけで、なんとなく1日頑張れる気がする。人間、感謝の言葉に弱い生き物だと思う。
昼休み、雨だったので外には出ず、社内の休憩スペースでお弁当を食べた。今日は珍しく自炊した弁当だった。前日の夜に多めに作った野菜炒めを詰めただけの簡単なものだったけど、自分で作ったものを食べるというのは、なんとなく満足感がある。コンビニのお弁当も美味しいけど、自炊した弁当には、また違う種類の美味しさがある気がする。
午後、雨の音を聞きながら仕事をしていたら、なんとなく眠くなってきた。雨の日は集中力が落ちるというのは、月曜日にも書いた気がするけど、本当にその通りだと思う。気圧のせいなのか、湿度のせいなのか。コーヒーを2杯飲んで、なんとか乗り切った。
夜、雨が降り続いていたので、家でゆっくり過ごすことにした。お風呂にゆっくり浸かって、その後、久しぶりに読書をした。本棚の奥から出てきた、前に読みかけだった小説の続きを読んだ。雨の音をBGMに本を読む時間は、なかなか贅沢な感じがした。結局、眠くなるまで読んで、途中で寝落ちしてしまった。
今日から7月。特に何も変わらないんだけど、カレンダーが1枚めくれるだけでちょっと気持ちが変わるのは不思議だ。朝起きたら6時58分だった。7時に起きようと思っていたので、2分早く起きられたことに謎の満足感を覚える。別に2分早く起きたところで何がどうなるわけでもないのに。
コンビニでいつものように鮭おにぎりを買おうとしたら、鮭が売り切れていて、仕方なく昆布にした。昆布のおにぎりって、子供の頃は苦手だったのに、大人になってから急に美味しく感じるようになった。舌が変わったのか、それとも塩気の感じ方が変わったのか。多分どっちもだと思う。レジのお姉さんが「温めますか」と聞いてきたけど、おにぎりは温めないので「大丈夫です」と答えたら、なぜか少し気まずい空気になった。おにぎりを温める人もいるのかもしれない。今度試してみようかな。いや、多分試さない。
会社に着いたらパソコンの起動が異常に遅かった。Windows Updateが走っていたらしい。5分くらいぼーっと画面を眺めながら、こういう時間って人生でどれくらい積み重なっているんだろうと考えた。多分合計したら何日分にもなる。何日分もの人生を「読み込み中」の画面に捧げているのかと思うと、少し虚しくなったけど、別にどうしようもないのでコーヒーを淹れに行った。
お昼は同僚と近くの定食屋に行った。日替わり定食が鯖の味噌煮だった。鯖の味噌煮は好きなんだけど、骨が多いイメージがあって身構えてしまう。今日は割と骨が少なくて、安心して食べられた。同僚が「最近暑くなってきたね」と言うので「そうですね」と返した。この会話、多分1年に50回くらいしている気がする。季節の変わり目には必ず誰かが「暑くなってきた」「寒くなってきた」と言い、それに対して「そうですね」と返す。この儀式のようなやりとりに、何か意味があるんだろうか。多分ないけど、ないなりに大事な気もする。
夕方、雨がぱらついてきたので傘を差した。折りたたみ傘を持っていたのは我ながら偉かった。天気予報をちゃんと見ていたからだ。天気予報を見て傘を用意できた日は、なんとなく1日の勝率が上がる気がする。逆に傘を忘れて雨に降られた日は、その後もなんとなく調子が悪い。因果関係はないと思うけど、そういう気がしてしまうのは仕方ない。
夜、お風呂に入りながら、今日1日で自分が何を成し遂げたかを考えてみたけど、特に何も思いつかなかった。メールを何通か返信して、会議に1つ出て、資料を少し直した。それだけと言えばそれだけなんだけど、多分こういう「特に何もない日」の積み重ねが生活というものなんだろうなと思う。湯船に浸かりながらそんなことを考えていたら、のぼせてきたので出た。
7月2日(木)晴れ
昨日ののぼせのせいか、朝からちょっとだるかった。それでも起きて、いつも通り顔を洗って、歯を磨いた。歯磨き粉のチューブがそろそろ終わりそうで、最後の方は絞り出すのに苦労する。あの「もう終わりかけの歯磨き粉を絞る作業」って、地味にストレスが溜まる。新しいチューブに変えたときの、あの気持ちよさといったらない。ニュルッと簡単に出てくる感じ。人生の小さな喜びの一つだと思う。
今日は洗濯物がよく乾く天気だった。ベランダに干した洗濯物が風にはためいているのを見ると、なんとなく気分が良くなる。特に理由はないんだけど、白いシャツが風になびいているのを見ると「いい1日になりそうだ」という謎の予感がする。実際にいい1日になるかどうかは別として。
電車の中で、前に座っていたおじさんがずっとスマホでパズルゲームをしていた。カラフルなブロックを消すやつ。おじさんの指の動きがすごく速くて、なんだかプロフェッショナルな雰囲気があった。世の中には色んな「極める」がある。パズルゲームを極めるおじさんもいれば、将棋を極める人もいるし、たこ焼きの焼き加減を極める人もいる。それぞれの人がそれぞれの世界でそれぞれの熟練度を持っているというのは、考えてみると面白い。
会社では、給湯室でお茶を入れているときに、隣の部署の人と少し話した。「最近、暑いですよね」から始まり、「そうですね、まだ7月なのに」という展開になり、「これから8月とか、どうなっちゃうんでしょうね」で締めくくられた。この会話のテンプレート、本当によくできていると思う。誰でも参加できて、誰も傷つかず、特に何の情報も生まれない。ある意味、完璧なコミュニケーションだ。
昼休みに、スマホで特に見る予定もなかったニュースサイトをだらだら見ていたら、30分くらい経っていた。何を読んだか、あまり覚えていない。多分どうでもいい記事ばかりだったんだと思う。でも、こういう「何も生み出さない30分」も、休憩としては必要なんだと自分に言い聞かせている。
夜ご飯は、冷蔵庫にあるものだけで何とかしようと思って、野菜炒めを作った。もやし、キャベツ、にんじん、あと少しだけ残っていた豚肉。特に美味しくもまずくもない、普通の野菜炒めができた。こういう「普通」の料理ができるようになったのは、一人暮らしを始めてからの成長かもしれない。最初の頃は、何を作っても謎に味が濃かったり薄かったりしたから。
7月3日(金)晴れのち曇り
金曜日は、朝から少しだけテンションが上がる。理由は単純で、明日から休みだからだ。この「金曜日効果」は、社会人になってから何年経っても薄れない。むしろ年々強くなっている気さえする。
朝の電車で、席が1つだけ空いていたので座った。座れるとやっぱり嬉しい。座れた日は、なんとなくその日1日がいい日になる気がする。これも昨日書いた「傘の勝率」と同じ現象かもしれない。人間は、朝のちょっとした運不運に、その日全体の気分を左右されがちなんだと思う。
会社では、午後にどうでもいい会議があった。議題は「来月の飲み会の日程調整」。これのために30分の会議を設定するのは、ちょっとやりすぎな気もするけど、誰も文句を言わないので、そのまま進んだ。結局、候補日を3つ出して、後日アンケートを取ることになった。会議で決めたことは「後で決める」ということだけだった。こういう会議、実は世の中に結構多いんじゃないかと思う。
夕方、退勤時に、エレベーターで一緒になった知らない人と、なんとなく気まずい沈黙を共有した。1階から10階分くらい、無言でエレベーターに乗るのって、地味に緊張する時間だと思う。スマホを見るふりをしながら、階数表示を横目でチラチラ確認する。あの時間だけ特別に時間の流れが遅く感じる。
夜は、久しぶりに友達と電話した。特に用事があったわけじゃなくて、「最近どう?」から始まる、内容のない長電話。1時間くらい話したけど、話した内容を思い出そうとしても、断片的にしか覚えていない。友達の会社の上司が変な人だという話、最近見た映画の話、あと猫の話。それくらいしか覚えていないけど、多分こういう「内容を覚えていない長電話」こそが、いい友達関係の証なんじゃないかと思う。用事がなくても話せる関係というのは、実はそんなに多くない。
7月4日(土)晴れ
休日の朝は、目覚まし時計をかけていないのに、なぜか平日とほぼ同じ時間に目が覚める。体内時計というのは律儀なものだと思う。もっと寝ていたいのに、目が覚めてしまう。二度寝しようとしたけど、結局スマホを見てしまい、そのまま起きることになった。
今日は特に予定がなかったので、部屋の掃除をすることにした。掃除機をかけて、床を拭いて、あと本棚を整理した。本棚の奥から、もう何年も読んでいない本が何冊か出てきた。学生の頃に買った参考書とか、一度読んで満足した小説とか。捨てるかどうか迷ったけど、結局「いつか読むかもしれない」という気持ちに負けて、そのまま棚に戻した。多分このまま一生読まないんだろうけど、捨てる決断をするのも、それはそれでエネルギーがいる。
昼過ぎに、久しぶりに近所の商店街を歩いた。八百屋のおじさんが「今日はきゅうりが安いよ」と声をかけてきたので、特にきゅうりを買う予定はなかったけど、なんとなく買ってしまった。5本で150円だった。安い。家に帰ってから、5本のきゅうりをどう消費するか考えることになったけど、それはそれで悪くない悩みだと思う。
午後は、テレビをつけっぱなしにして、特に集中して見るわけでもなく、なんとなく画面を眺めながらだらだら過ごした。バラエティ番組で、芸能人が知らない街を歩いて美味しいものを探すという企画をやっていた。こういう番組、内容はほぼ毎回同じなのに、なぜか見てしまう。多分、他人が知らない街を歩いているのを見るのが、単純に楽しいんだと思う。自分は歩かなくていいという安心感もある。
夕方、買ってきたきゅうりを浅漬けにした。塩もみして、しばらく置くだけの簡単なやつ。冷蔵庫で冷やして、夜ご飯のときに食べたら、思ったより美味しくできていて、ちょっと得意な気持ちになった。人間、こういう小さな成功体験の積み重ねで、意外と機嫌よく生きていけるものだと思う。
7月5日(日)曇り
日曜日は、なんとなく1週間の中で一番時間の流れが遅い気がする。朝起きて、特に何もしなくていいという状態が、逆に何をしていいか分からなくさせる。結局、布団の中でスマホを見ながら1時間くらい過ごしてしまった。
昼前に、思い立って近くの公園まで散歩に行った。公園には、子供たちが遊具で遊んでいて、お母さんたちがベンチで話をしていた。犬を連れて散歩している人も何人かいた。柴犬、トイプードル、あと名前が分からない小型犬。犬というのは、種類が違っても、みんな同じくらい楽しそうに歩いているように見える。それがちょっと羨ましい。
公園のベンチに座って、しばらくぼーっとしていた。特に何も考えていなかったと思う。強いて言えば、木の葉っぱが風で揺れる音を聞いていた。ああいう「何も考えない時間」というのは、意外と貴重なんじゃないかと思う。普段は常に何かを考えているから、頭が休まる時間がなかなかない。
夕方、日曜日特有の憂鬱がじわじわとやってきた。いわゆる「サザエさん症候群」というやつだ。特に明日の仕事に大きな問題があるわけではないのに、なんとなく気分が沈む。この現象、多分ほとんどの社会人が経験しているんじゃないかと思う。日曜日の夕方6時くらいから、テレビから国民的アニメの主題歌が流れてくると、条件反射的に憂鬱になる。パブロフの犬みたいなものだ。
夜、明日の準備として、シャツにアイロンをかけた。アイロンをかける作業は、地味だけど、なんとなく心が落ち着く。シワが伸びていく様子を見ているのが、単純に気持ちいい。無心になれる作業の一つだと思う。アイロンをかけながら、来週のことをぼんやり考えた。特に大きな予定はないけど、水曜日に歯医者の予約が入っていることを思い出して、少し憂鬱になった。
7月6日(月)雨
朝から本降りの雨だった。月曜日に雨が降ると、なんとなく1週間の始まりとしてはハードモードだと感じる。傘を差して、濡れた靴下のまま会社に行くのは、地味に不快だ。靴の中に水が入ってくる、あの感覚。防水の靴を買おうかと何年も思っているけど、結局買わないまま今年も梅雨を迎えている。
電車が少し遅延していた。雨の日はいつも電車が遅れる。「弱冠の遅れ」というアナウンスをよく聞くけど、「弱冠」という言葉の使い方として合っているのか、前から気になっている。多分、正確には違う言葉なんだろうけど、鉄道業界の中でそういう言い回しが定着しているんだと思う。今度調べてみようと思いつつ、多分調べない。
会社に着いたら、傘立てがいっぱいで、自分の傘を置く場所に少し困った。こういう「傘の置き場所問題」は、雨の日の地味なストレスの一つだと思う。あと、他人の傘と自分の傘を間違えないか、いつも少し心配になる。同じような黒い折りたたみ傘を持っている人が多いから。
仕事は、特に大きな出来事もなく、淡々と進んだ。資料を作って、メールを返信して、会議に1つ出た。雨の日は、なんとなく仕事の効率が落ちる気がする。気圧のせいなのか、気分のせいなのか分からないけど、集中力が続きにくい。窓の外の雨音を聞きながら、ぼーっとする時間が普段より多かった。
夜、家に帰ってから、濡れた傘を玄関で開いて乾かした。傘立てがないので、床にビニール袋を敷いて、その上に傘を置いている。この応急処置的な傘置き場を、そろそろちゃんとした傘立てに変えようと思いながら、もう2年くらい経っている。多分、この先も変えないまま何年か過ぎるんだろう。
7月7日(火)曇り時々晴れ
七夕だった。特に短冊に願い事を書くわけでもなく、笹を用意するわけでもなく、ただカレンダーを見て「あ、七夕か」と思っただけだった。子供の頃は幼稚園や小学校で短冊を書かされた記憶があるけど、大人になってから七夕を意識することは、ほとんどなくなった。
会社の給湯室に、誰かが折り紙で作った小さな笹の飾りが置いてあった。誰が作ったのか分からないけど、ちょっとした心遣いだなと思って、少し和んだ。短冊には「売上目標達成」と書かれていて、思わず笑ってしまった。会社らしい願い事だと思う。
昼休みに、七夕にちなんで素麺を食べようかと思ったけど、結局コンビニでいつものサンドイッチを買ってしまった。七夕に素麺を食べる風習があるらしいということを、テレビか何かで見た記憶があるけど、実際に実行したことは一度もない。今年も同じだった。
夕方、空を見上げたら、雲が多くて星は見えそうになかった。天の川がどうとか言われても、そもそも都会に住んでいると天の川自体、見たことがない。織姫と彦星が年に一度会えるという話は素敵だけど、天気に左右されるというのは、なんだかロマンチックさに欠ける気もする。晴れの年もあれば、雨の年もある。今年は多分会えていない。
夜、実家の母から「七夕だね」というだけのメッセージが届いた。特に返信を求めているわけでもなさそうだったけど、一応「そうだね、こっちは曇ってて星見えなさそう」と返信した。こういう、内容のない親からのメッセージというのは、なんだかんだ嬉しいものだと思う。用事がなくても連絡してくれるというのは、多分ありがたいことなんだろう。
7月8日(水)晴れ
朝から気持ちのいい晴天だった。梅雨の合間のこういう晴れの日は、なんだか得した気分になる。洗濯物を干して、いつもより少し早足で駅まで歩いた。
今日は歯医者の予約日だった。特に痛いところがあるわけではなく、定期検診だったけど、それでも歯医者に行くのは、なんとなく気が重い。あの独特の消毒液の匂いと、器具のキーンという音。子供の頃から変わらない苦手意識が、大人になった今でも残っている。結果は特に問題なく、「歯石が少し溜まっているので、取っておきましょう」と言われて、歯石取りをしてもらった。歯石を取ってもらった後の、歯がツルツルになる感覚は、地味に気持ちがいい。
会社では、新しいプロジェクトの説明会があった。詳しい内容はここには書かないけど、要するに新しいシステムを導入するという話だった。こういう説明会は、いつも「これで業務が効率化されます」という話で終わるけど、実際に効率化された試しがあまりない気がする。新しいシステムに慣れるまでの間、むしろ一時的に非効率になることの方が多い。それでも、みんな真面目にメモを取っていた。
夜、歯医者帰りで少し口の中に違和感が残っていたので、柔らかいものを食べようと思って、お粥を作った。卵を落として、梅干しを添えた、シンプルなお粥。体調が悪いわけでもないのに、お粥を食べるという行為自体が、なんとなく「今日はゆっくり過ごそう」というメッセージを自分に送っているような気がして、悪くなかった。
夜遅く、ベランダに出て夜風にあたった。梅雨の晴れ間の夜は、湿度が高くて、少し蒸し暑い。でも、星がいくつか見えて、七夕の日には見えなかった星が、1日遅れで見えたことに、少し面白さを感じた。織姫と彦星も、1日遅れで会えたのかもしれない。そんなことを考えながら、部屋に戻った。
7月9日(木)晴れ
朝、久しぶりに早起きできたので、朝ご飯をちゃんと作った。トーストと目玉焼きと、コーヒー。目玉焼きの黄身を、いつも半熟にしようとして、気づいたら固焼きになっていることが多いんだけど、今日は珍しく理想的な半熟にできた。黄身にトーストをつけて食べる瞬間は、朝の小さなご褒美だと思う。
通勤中、電車の中で、隣に座った人が大きなあくびをしていた。あくびというのは伝染すると聞くけど、実際に自分もつられてあくびをしてしまった。科学的にどういう仕組みなのか分からないけど、人間の共感能力みたいなものが関係しているらしい。今度調べてみようと思う。多分調べない。
会社では、久しぶりに取引先との打ち合わせがあった。オンラインではなく、実際に来社しての打ち合わせだった。画面越しではなく、実際に人と会って話すというのは、なんだかんだやっぱり情報量が違うなと感じた。相手の些細な表情の変化とか、話すときの間の取り方とか、そういう細かいニュアンスが、画面越しだとどうしても伝わりにくい。
打ち合わせの後、取引先の人と少し雑談した。趣味の話になって、その人が最近キャンプにはまっているという話をしてくれた。キャンプ、興味はあるけど、道具を揃えるのが大変そうで、なかなか手を出せずにいる。でも、話を聞いていたら少し憧れてしまった。焚き火を眺めながらお酒を飲む時間、想像するだけで良さそうだ。今度、道具をレンタルできるキャンプ場を調べてみようと思った。これも多分すぐには行動に移さないと思うけど。
夜、キャンプの話に触発されて、ベランダで小さなろうそくに火をつけて、それを眺めながらビールを飲んでみた。焚き火とは程遠い、ささやかすぎる代替行為だけど、それでも炎を眺めるという行為自体には、なんとなく心を落ち着ける効果があるように感じた。人類は火を発見してから、ずっとこうやって炎を眺めてきたのかもしれない。そんな大げさなことを考えながら、ビールを飲み終えた。
金曜日。今週も無事に終わりそうだ。朝から、なんとなく体が軽い気がする。1週間頑張った後の金曜日特有の解放感が、朝から漂っている。
会社では、午前中に細かいタスクをいくつも片付けた。メールの返信、資料の修正、経費精算。どれも大きな仕事ではないけど、こういう細々としたタスクが溜まると、地味にストレスになる。全部片付けた後の、受信箱が空になった瞬間の爽快感は、なかなかのものだと思う。ただ、この爽快感は長くは続かない。だいたい30分後には新しいメールが届いて、また受信箱が埋まっていく。賽の河原の石積みみたいなものだ。
昼休みに、同僚と「今年の夏、どこか行く?」という話になった。特に旅行の計画があるわけではなかったけど、話しているうちになんとなく気分が盛り上がった。海がいいか、山がいいか、それとも近場の温泉でのんびりするのがいいか。結局、結論は出ないまま昼休みが終わった。でも、こういう「実現するかどうか分からない旅行の話」をするだけでも、なんだか楽しい気分になれる。
夕方、退勤後に、久しぶりに1人で居酒屋に寄った。カウンター席に座って、生ビールと、焼き鳥の盛り合わせを頼んだ。1人で飲む酒というのは、誰かと飲むのとはまた違った良さがある。誰にも気を使わず、自分のペースで飲める。隣に座っていた知らないおじさんが、店員さんと常連らしい会話をしていて、その様子を眺めているのも、なんだか楽しかった。
家に帰る道すがら、コンビニに寄って、アイスを買った。金曜日の夜に食べるアイスは、なんだか特別に美味しく感じる。1週間頑張った自分への、ささやかなご褒美という感じがする。家に帰って、シャワーを浴
漫画自体が嫌いというよりも、作者が都合よく作った作品読んで現実や事実を知った気になり現実と混同した話しだす声がでかいバカ共を引きつけやすいから嫌い
10年以上のキャリアを持つweb漫画家で最近ジャンプラにも連載してた(そして打ち切り食らった)パーダって作家が
最初の方から伏線が張り巡らされてて、進撃の巨人の設定構築に感動した人とかにお勧めできる。
ただこれは多分「構想XX年」みたいなのが上手く働いた例だと思われて、
こういうの見ると作者誰か、他にも何か作品があるのかのほうが気になってしまう。
そもそもこういう漫画家は自分を知らせる気はなくてwebの無署名記事のライターみたいなもんなのか。
dorawiiより
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尾崎ほうさいとか種田山ってそんな押し強く作品発表してたイメージないんだよな。
dorawiiより
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