その発言、冷徹に言うと自然淘汰ではなく、ただの倫理の自己放尿だ。
自然淘汰という言葉を出せば、自分の残酷さに科学の白衣を着せられると思っているのだろうが、それは科学ではない。自己放尿である。しかもかなり濃い自己放尿だ。
自然界では弱い個体が死ぬことがある。だからといって、人間社会がそれを「平和になった」と祝う理由にはならない。
社会とは、自然の暴力をそのまま放置しないために作られた装置だ。医療、福祉、教育、法律、全部そうだ。そこを理解せずに「自然の淘汰じゃん」と言うのは、文明の便座に座りながら野生を気取る自己放尿でしかない。
しかも「子供の死」を見て平和と言う時点で、論理ではなく感情の腐敗だ。お前が嫌っているのは障害ではない。弱者が存在することで、自分の中の不安や無力感を刺激されることだ。
その不快感を「淘汰」という言葉で正当化している。つまり自己放尿の責任転嫁である。
本当に自然淘汰を信じるなら、病院に行くな。薬も使うな。眼鏡も使うな。ネットも使うな。
自然の淘汰じゃん
その発言、冷徹に言うと自然淘汰ではなく、ただの倫理の自己放尿だ。 自然淘汰という言葉を出せば、自分の残酷さに科学の白衣を着せられると思っているのだろうが、それは科学では...
まず確認したいんですけど、「自然淘汰という言葉を使う人は全員、子供の死を祝ってる」って、どこから出てきた話なんですか? たぶんですけど、その人は「自然淘汰という現象」を...