2009-07-24

セックス拒否=存在否定

風俗で働いてる。一度だけ、ホテルの部屋に入って、お客さんがお金だけ払って何もせず帰って行ったことがあった。

お金を払っていても、何も責任が発生しなくても、

「お前を抱く価値はない」と宣言されたということだ。



無数の精子の中から子種を選別する側である女にとって、男から「責任が発生しない状態で」セックスを拒否されるということは、

「あなたの遺伝子の存続を許さない」という強固な生物的存在理由の否定に他ならない。


これほど強烈な暴力はない。


だからと言って「生理的嫌悪を感じる女」を相手を傷つけないために無理して抱いてやることが優しさかというと、

そうでもない点が性淘汰の残酷なところである。

責任が発生しなくても抱く気になれない女を仮に妊娠させたら、

お互いが不幸になるのだから。



強姦は「魂の殺人」というが、批難を承知で言えば、

誰にもセックスを求められない女より強姦された女の方が何百倍も幸福である。

相手女性の意思を無視してでも彼女遺伝子を存続させようとする行動は、

彼女の存在の強力な肯定である。

たとえそれが暴力として顕示していても、彼女は「存在することを強固に認められている」のである。



女の価値セックス価値である。

一生を処女で終えたということは、

女として承認されなかった、遺伝子生命の存続を許されなかった、生物的存在意義を否定されたということである。



売春をすると自分の体にいくらの値札が付いているのかよくわかる。

時として、自身の女としての価値、ひいては生物的存在意義を否定されることもあり、

それは「魂を殺す」ほど、自分が無価値な存在であることを認識せしめられることである。

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