人事権を握る経営トップ層の顔色をうかがって、組織の暴走が止まらなくなる――。いまそんな不祥事があちらこちらの日本企業が噴出するようになってきた。
象徴的だったのは、積水ハウスの地面師詐欺事件だろう。現場の中にはその契約の危険を察知して止めようと行動した幹部もいたが、取引が止まることなく約56億円という巨額の被害を出す前代未聞の事件に発展した。
ほかにも、東芝のガバナンス無視の株主総会や関西電力の金銭受領問題はもちろんのこと、政官界間に目を広げてもトップ層主導による不祥事が後を絶たない。日本の優秀なサラリーマンたちは、上層部から理解の及ばない仕事をさせられて、ただただ組織に埋没するだけでしかいられないのか。そこに処方箋はないのか――。『保身 積水ハウス、クーデターの深層』の著者が、ベストセラー『2040の未来予測』の著者で、元マイクロソフト社長の成毛眞氏に聞いた。
日本企業は「保身オヤジ」ばかり
――いまの日本の未来に期待感がもてません。なぜなのでしょう。
すべてのセクターで老朽化していますよね。政府や大企業だけでなく、自治体でもそう。しかも日本はベンチャー界隈もだんだんとおかしくなっています。本気でやっているのかどうかという不安を感じちゃう。日本では一度既得権をとってしまうと、それに甘んじてしまう人が多いということでしょうか。
政官民ががっちりと既得権を押さえていて、そこから先は何も発展しない。アメリカでは、優秀なベンチャーが雨後の筍のごとく現れて激しい競争の上に生き残った1~2社が巨大企業となり、伝統的な企業を凌駕する。政治でも共和党と民主党の政権交代がおこり、ドラスティックな利権の付け替えが起こります。そんなアメリカと比べたら、日本は何も起こらない。
ただし、ベンチャーに限れば、じつは欧州と比べたら日本はけっこうたくさん生まれている国なのです。
日本ではソフトバンクやファーストリテイリングが生まれたし、戦後までさかのぼればホンダやソニーが誕生した。1950年以降に京セラ、キーエンス、ファナック、任天堂などたくさんのスタートアップ企業が育ちました。
これほどスタートアップが生まれた国は実は、アメリカと日本くらいしかないのです。
イギリスやフランス、ドイツもそんなことはできなかったし、欧州の時価総額ランキングを見ても20位くらいはネスレやロレアル、パリバなどほとんどの会社が100年企業です。
ところが、欧州の企業の経営が硬直的かといえば、そうではない。例えばガラケーで先端を行ったNOKIAはアップルのスマホに駆逐されたが、いまはBtoB領域で見事な復活を遂げている。一方で組織が硬直化しやすく、経営者や社員に「保身」のイメージが漂うのが、日本です。
利権に群がる大人たち
――特に今、そのイメージが高まっているのが日本のITゼネコンです。マイクロソフトで情報スーパーハイウェイ時代のITの世界を見てきた成毛さんはどう思われますか。
政府は、デジタル庁を作って統治機構のデジタルトランスフォーメーション(DX)を図っていますが、正直、絶望しています。「ガバメント・アズ・ア・サービス」なんて言っちゃってるけど、行政のサービスってスマホではほとんど何もできないですからね。
コロナ対策でも給付金もまともに届かないし、ワクチン接種システムの混乱を見ても、政府が抱えるシステムがほとんど役に立たないことが明らかになった。それなのに政府のIT予算は年間5000億円を超えています。
ITゼネコンは役人が無知なことをいいことに、パフォーマンスの悪いシステムを3倍くらいの値段で納品しては、その後のメンテナンスでがっぽり儲けている。
厚労省がNECらと開発した「V-SYS」(ワクチン接種円滑化システム)は、接種者の統計すらとれず、激怒した官邸があわてて作ったVRS(ワクチン接種管理システム)もまた、使い勝手の悪いタブレットをNTTドコモとNTTコミュニケーションズに押し売りされました。マイクロソフトのサーペスやグーグルの端末を買ってきたほうがはるかに安く、良質なのに……。
いまの状況は、何も知らない高齢者にリスクのバカ高い金融商品を押し売りしているようなもので、詐欺かと見紛うほどです。しかし実際には、政府や自治体も騙されているというよりは、ITベンダーに利権を分配してやっているという意識が強く、その見返りに役人の再就職先が確保されていく。
コロナ禍では危機対応の感染対策が目的なのに、役所もITゼネコンも利権分配のほうに流されていき、コロナ対策に見合わないシステムが次から次へと生まれてしまう。
絶望する若者たち
――結局、騙されているのは国民なんですね。
こんな姿を目の当たりにすると、若者は絶望していきますよね。
しかも過去30年間、散々指摘されてきた問題なのに、一向に改められないのだからどうしようもない。怒ったところ、今度は保身の塊の官僚や大企業の幹部に逆ギレされちゃうから、唇寒しとなっていく。政治も政権交代が起こらないから緊張感がなくなっているので、今後10年以上はこの構造は改まらないでしょうね。
官僚も企業の幹部たちも、さほど給料が高くない。野心的な生き方をしたい人は、実力で成果を積み上げて、30代くらいで外資にヘッドハントされて年俸1億円を5年くらいやって、その後は悠悠自適で好きなことやることを考えているけど、年収1200万円で最後まで組織にかじりつこうと考えちゃうと、経済が縮小する中ではどうしても生き方のスケールが小さくなってしまう。
財閥系の大企業にいても、あと10年もすればそれこそ老後も見通しが立たないなんて人も出てくるはずです。
すでに老後の生活が大変な人はたくさんいて、僕の高校の同窓会ではむしろ大手企業出身者の出席者が減っています。いまの50代はさらに年金が減っていくから、本当にヤバいかもしれない。現役世代は組織にしがみついて「保身」やってる場合かよ、と思います。
退職金が「保身」を生む
――成毛さんの『2040年の未来予測』には日本独特の退職金制度の解説があります。年功序列の日本企業の給料のピークは50代だし、もらえる退職金の額は勤続年数に比例するから、会社に勤める期間が長くなるほど、辞めると損する感覚にとらわれてしまう。ここに日本の中堅サラリーマンが会社に隷属してしまう「保身の正体」があるような気がしました。
そうなんです。日本の退職金制度は企業にとって労働債務の後払い。つまり戦後すぐは資本金が充実していない中で、工業化で大量の労働者を必要とした。
若い大量の労働者の賃金は一気に払えないので、先延ばして、「年齢とともに給料はどんどん上がるからさ」「将来、退職金も払ってあげるからさ」「それで住宅ローンを払っちゃえば、老後は安泰だよね」とつなぎとめたわけです。高度成長、高金利の時代はそれが成立したけど、低成長、低金利の現代はもう通用しなくなっています。
それでも、いま退職金制度が40代半ばから50代の社員を会社に釘付けにするよう作用しているとしたらどうでしょう。あと10年、大過なく過ごしたほうがいい、このまま逃げ切ったほうがいいと考えると上司が変なことをはじめても、その言いなりになってしまう。
でもよく考えたほうがいい。1997年と2017年を比べると退職金は平均で1000万円以上も下がっているんです。
最大の武器を手に取れ
将来、保身に走りたくないなら、前払い退職金制度などを作ってもらって自分で運用したほうがよっぽどいいかもしれませんね。企業年金も同じで、投資経験もない年金組合に老後資金を預けて、運用させるなんて馬鹿げてます。日本は過去、何度もおかしな運用で散々な目にあったけど、退職金制度なんてないアメリカ人は、給料も高いし、それを原資に自分たちで運用するから、プライベートエクイティファンドが育っていった。
大手企業には子育て手当てとか通勤手当とか色んな優遇措置があって、それが社員の生活を豊かにすると考える時代はもう終わりを告げている。これからは組織人であろうとも、制度に頼ることなく自分で生きていく手段を用意していくことが、保身に走らずにすむ最大の武器になるでしょうね。