海外で目にした「ハゲ」のブランド力! 「気に病む」日本人男性800万人のステータスを変えられるか

『なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか』第1回

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか』(講談社+α新書) 「はじめに」より

禿頭のブランド力

著者の福本容子氏(毎日新聞論説委員)

スイスのチューリッヒ空港からバスで2時間程。ダボスは美しい山々に囲まれた、標高1500mの高級スキーリゾートだ。普段の人口はわずか1万1000人。木々も建物も厚い雪を被り、街の灯りがまたたく冬の夜景は、まるでおとぎ話に出てくる挿絵のよう。

その俗世間から切り離されたような山間の街に毎年1月、世界中から大統領や大臣やビル・ゲイツさんのような「超」の付くお金持ちや、アンジェリーナ・ジョリーさんのような「国際貢献活動も頑張ってるのよ」といったセレブたちが大勢集まり、とても現実的な世界の問題を議論する。

「ダボス会議」として知られる世界経済フォーラムの年次総会だ。これを取材に行った時のことである。2005年1月だった。

私が宿泊したのは、部屋にテレビもない、全然高級じゃない、でも清潔な感じがする普通のスキーロッジだった。極端に混み合う会議中のこの時期。ちゃんとしたホテルは、1年以上も前から、うんとお金を持っている人たちや、会議の関係者たちに全部押さえられている。世界的に有名なテレビキャスターやコラムニストではない一般の報道陣は、主催者から割り振られた地味な場所に泊まる。だから、あの人が同じ所にいるとは全然思ってもいなかった。

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか』 (講談社、税込み 907円)

でも、そのシルエットは、紛れもなくあの人のものだ。パスカル・ラミー。元通商担当の欧州委員で、その後、世界貿易機関(WTO)の事務局長になったフランス人である。

後ろから見ただけで、「あ、ラミーさん」と思った。何と言っても、彼の頭のお陰だ。耳の上あたりから襟足にかけて、ロマンスグレーのごくごく短い髪があるけれど、頭部の少なくとも上3分の2以上はツルツルだ。ハゲ頭、というか同じ意味ではあるけど、禿頭と呼んだほうがいい、そのブランド力を改めて思い知らされた瞬間だった。

ハゲてる男の人って素敵だったんだ――。

パスカル・ラミー氏(イラスト:西田真魚)

ラミーさんは多分、私が初めてそう思った人である(映画俳優など除き)。背がすらっとしていて、ジョギングやサイクリングが日課とあってか、スタイルがいい。何と言っても、髪のない頭と強い目力から、オーラが発散されていた。映画『スター・トレック』に出てくるUSSエンタープライズの艦長、ジャン=リュック・ピカードのイメージだ。

タフ・ネゴシエーターとして知られる。それはそうだろう。通商担当の欧州委員という仕事は、まず欧州連合(EU)の中で、二十何ヵ国という、どれも個性の強い加盟国の利害をうまく調整しなければいけない。そして、その代表として今度は世界の利害が対立する国々と交渉だ。タフでなければ務まらない。

同時に、未明まで続くような厳しい交渉の合間をぬって、日々思ったことを日記風につづりながらインターネットで発信したりもしていた(当時はフェイスブックもツイッターもなかった)。朝のジョギングのことなんかも書いたりする、ちょっとお茶目な横顔もあった。

私は2001年4月から4年間、主にヨーロッパ経済のことを毎日新聞に書くため、ロンドンに駐在していた。その間、貿易問題などについて何度かラミーさんにインタビューさせてもらったことがある。

ラミーさんのオフィスは、ベルギーの首都ブリュッセルにある、EU版霞が関の巨大役所にあった。ある時、欧州委員会のビルに入り、エレベーターから降りたところで、ちょうど登庁してきたラミーさんといっしょになった。手には、テイクアウトのコーヒー。そしてハンチング帽がキマっていた。髪の毛がないから余計にキマっていた。

フランス人らしいと言えばそれまでだけど、颯爽とした空気をまとい、およそ「大臣」という言葉からイメージされる姿ではなかった。東京の霞が関で、中央官庁の幹部が朝、ハンチング帽、手にはコーヒー、のスタイルで登庁することはまずない。

さて、ラミーさんは例外なのだろうか。

ラミーさん以外の男性、それも日本人で、ツルツルのハゲという人は、魅力的じゃないのだろうか。

そんなことは絶対にない。

これがこの本の短い結論だ。

世の中には、自分(たち)が思い込んでいることと、自分(たち)以外が感じていることが、実は全然違ったんだよね、という場合が結構たくさんある。

まさに「ハゲ」はその一つだ。

ハゲの条件

「自分(たち)」と、あえて(たち)を入れたのは、ハゲの場合に限らず「男の人たち」「女の人たち」といった集団全体として、大いに勘違いをしていることがあるからだ。例えば女子はネイルに相当な時間とお金と労力を費やし、「カワイイー」と喜んでいるけれど、男性からはその投資に見合った評価をされないのが普通だ。むしろやりすぎて反対に引かれてしまう、大いなる逆効果の現実もある(もちろん、女子がみんな男子にもてたくてネイルをキラキラにしているわけじゃないけれど)。

女性が意識しすぎる「太っている」もそう。男性はある程度ふっくらした女性が好きだったりするのに、女性は(特に日本人女性は)、他人が思っているのより自分は2サイズぐらい太めに見られていると思って悩んだりする。そしてナントカダイエットにお金をかけたり、きちんとした食事をしなかったりで、体や心に変調をきたす人もいる。もったいないことだ。

男性のハゲも同じ。

ただ、ハゲにもよる。? どういうことなのか、この先、ちょっと探っていきたい。

その前にお断りが3つほど。

その1。この本は、ハゲの悩みに寄り添うタイプではない。なぜかと言うと、私はハゲがいけないことだとも、ハゲた人が弱者だとも思っていないから。

そんなことを言うと、お前は女で髪もいっぱいあるから、ハゲている者の悩みがどれほどのものかわからないんだ! なんて、しかられそうである。

その通り。私にはわからない。本人にはなれないからわかるはずがない。ただ、普通、ハゲの悩みは、そのせいで日常生活に支障をきたすというものではない。たいてい周囲の目に起因している。ところが、周囲の目と、自分が思い込んでいる"周囲の目"は同じじゃない。そこで、数ある周囲の目のうちのたった2つではあるけれど、周囲は案外こう思っていたりするものなのよ、とお伝えすることは無意味じゃないと思うのだ。

その2。言葉づかいについて。これはまさに、長年のハゲに対する誤解やら偏見やらが原因だと思うのだけど、「ハゲ」に代わる適切な日本語が見つからない。脱毛症、薄毛、禿頭など、あることはある。さらに専門的な医学用語も。ただ、どれも一般的じゃないし、今ひとつピンと来ない。

なので、ひんぱんに「ハゲ」「ハゲ」と繰り返すけれど、決してバカにしているのではない。髪の毛が乏しくなっている状態を端的に表す他の言葉を思いつかないだけなのである。

日本語以外の世界にも、言葉づかいの悩みはあった。

トッド・グリーン氏(イラスト:西田真魚)
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英語でハゲはbald(ボールド)。この語感が悪すぎる、他に何とか言いようがないのかと、そんなことを書いているアメリカ人起業家がいた。トッド・グリーンさん。後ほどしっかり登場する、「ヘッドブレード」というスキンヘッド用カミソリを開発した人だ。22~23歳の時にハゲ始めたらしい。

「baldという言葉がずっと大嫌いだ。私にとって、baldは悪い言葉である。baldになりたい、なんて人がいったい何人いるだろうか。この言葉をポジティブな意味で使う人はほとんどいない。例えば、『あいつbaldなんだよ。だから君、あいつのことがきっと気に入るはずだ』とか言う人は普通いない。たいていは、『あいつのこと、気に入ると思うよ。あ、まあ、baldではあるけどね。だけどさ、おう、あいつが金持ちだってことも、言ったよな』、こんな風である(*1)」

語感。これはかなりどうしようもない。でも、特に悪い意味など込めず、声をひそめたり、発する時に辺りを見回したりせず、「黄色」「緑」とかと同じような感じで普通に使う人が少しずつ増えていけば、誤解や悪いイメージが解け、いつか前向きな意味をもつ、カッコいい言葉になるかもしれない。そんな日が来たら、すばらしい。そう願う。

それから、丸坊主の髪型を表す言葉も、ぴったりのいいものがない。カミソリで剃った、スキンヘッド状態の頭は英語で「shaved head」という。そのまま、「剃った頭」の意味。「shorn head」というのもある。スキンヘッドよりは毛が短く残っている髪型で、丸刈りに近いかもしれない。あるいは、最近だと「ベリーショート」の感じだ。

でも、日本語ではいずれも「坊主頭」。職業としてのお坊さんでなくても、そういう状態を「坊主頭」と呼ぶことになっている。ちなみに新明解国語辞典(7版)で「坊主」を引くと、まず「①(寺の住職である)僧」とあって、説明に「多く、軽い侮蔑を含意して用いられる」と書いてある。②に来るのが坊主頭で、「僧のように、頭に毛の無い人」とある。それから「茶坊主」の略、というのも⑤として紹介されていた。どこか、バカにしたような、決して立派な感じではない響きがあるように思う。このためか、ヘアスタイルの「坊主」にも、伝統的にカッコいいというイメージは伴ってこなかった。

それでも最近は、このヘアスタイルもようやく市民権を得てきた感がある。カッコいいニュアンスを込めて、カタカナでボウズと書いたりするようになったからだ。中には、bozeなんてアルファベット表記もある。モダンでクールな音響機器の名称と、ちょっと重なるところもあり、オシャレ。坊主頭(中にはかなり長めの丸刈りも結構あるけれど)に特化したヘア専門雑誌、「ボウズエクストリーム」なんていうのも登場している。

そういう風潮が出てきたことを考えたら、英語のshavedのことを、坊主頭、ボウズと言い換えても、それほど悪い印象じゃないかもしれない。ただ、まだまだ過渡期のようなので、念のためお断りしておきたい。

お断り、その3。この本で扱うのは、男の人が加齢に伴って経験するハゲ中心である。額と頭の境界のMが、どんどん上に上がっていったり、てっぺんの円が広がっていったりするおなじみのタイプだ。男性型脱毛症(AGA)と呼ばれているものである。

ハゲのタイプは他にもいろいろだし、女性のハゲもあるけれど、ここでは扱わない。最大の理由は、ハゲ人口で圧倒的多数を、男性の、この男性型脱毛症が占めていること。

男性のハゲの95%以上との指摘もある(*2)。最大派閥を占めるだけに、この男性型脱毛症に対する考え方が変わったら、ハゲの人の生き方、ひいては世の中がかなり変わる可能性大、と思ったからである。

男性ほど数が多くないとはいえ、女性にもハゲ、薄毛はある。男性型脱毛症に女性がなることもあるし、抗ガン剤治療などのため、髪を失い二重のショックに苦しんでいる女性も決して少なくない。

なぜ女性のハゲを取り上げなかったかと言えば、男性には、「ハゲ始めたらボウズにしちゃいなよ」と言えても、女性に同じお勧めは、今のところまだしづらい、というのがあるためだ。もう何千年という間、世の中に組み込まれた、男と女の外見に対する固定的な考え方には、抗しがたいものがある。もちろん、抗ガン剤治療などで髪を失った女性たちによる、「髪なんかなくても美しい」というキャンペーンとかがあって、女性が堂々と坊主頭を世間にさらすこともある。勇気があると思う。ただ、男性に比べ、女性の坊主頭への社会的受け容れ度はまだまだ、というのが現実だ(*3)。

その反面、女性が容姿に手を加えて見栄えをよくすることに対しては、男性の場合より本人の抵抗は低く、社会の容認度は高い。その代表が化粧。その名の通り、化ける。でも、それは決して恥ずかしいことではない。化粧をしている女性に、「やーい、元が悪いから、上から塗ってごまかしてるぅー」なんてことは、まず言わない。それどころか、一定以上の年齢になると、化粧をしないで人前に出ることのほうがむしろ恥ずかしいことであるという考えが一般的になる。

化粧どころか、美容整形にしても、世の中の容認度はかなり高い。ツケマツゲなどまつげのカツラだけど、カワイイーの対象だし、バレても何の問題もない、女性の場合は。

ハイヒールもそう。これは単に背を高く見せるだけの目的ではなく、デザイン、ファッションの重要な要素なのだけど、男性にはない。というか、男性においては人為的に背を高くする行為は恥ずかしいもの、という感覚があり、そのためこっそり靴の中で調整するという手法が誕生したりしている。

カツラも同じだ。女性の場合は、薄毛対策であっても、ファッション目的だとしても、カツラ(ウィッグ)やヘアピース、付け毛の類を身につけることが恥ずかしいこと、バレてはいけないことだという扱われ方が通常されない。

これに対し、男性のカツラは、バレない、が大原則。事実を隠していることへの後ろめたさ、バレた時にからかわれる、バカにされるだろうという恐怖心。こうした感情が男性のカツラには付きまとい、その結果、宣伝などでも、「自然な感じに仕上がる」とか「何段階かに分けて気付かれないように増やす」といった誘い方がされる(これは増毛も同じ)ようだ。このため、多くの女性の場合と違って、ある時はカツラあり、だけど、別のシーンではカツラなし、なんていうパターンがほとんどない。

というわけで、本書の対象は、男性に多い加齢に伴うハゲ、にしぼりたい。

では、世の中にハゲの男性ってどれくらいいるのだろう。

まず、自分がハゲ(薄毛)だと思っている日本人男性は1260万人。成人男性のなんと3分の1を占める。20代で約10%、30代で20%、40代で30%、50代以降は四十数%となるそうだ(*4)。

そしてハゲを自認している彼らの半数以上が、ハゲである故に自分は外見的魅力がないと感じ、4割が、髪がフサフサな人と比べて「自信がない」と思っている。

また、ハゲていることを「気に病んでいる」という男性は800万人。さらに、650万人が何らかの対策をとったことがあり、500万人が今も対策中という(*5)。

このハゲとどう向き合うか。ハゲのステータスは変えられるか――。

これからいっしょに考えてみませんか。

【次回につづく】

*1 To Be Bald or Not to Be Bald : That Is the Question, by Todd Greene, The Huffington Post, The Blog, 10.25.2010.
*2 WebMD
*3 海外ではアメリカで、元ガン患者のシャロン・ブリンさんが始めた"Bald is beautiful"キャンペーンがある。ガン治療で髪を失っても、自信や尊厳を失うことなく美しく生きられる、という信条を広める活動だ。この信条が、日本も含めて世界的に浸透すればいいなと思う。ただ、現状は男性の坊主頭さえ日本ではまだ市民権を得始めた段階だ。
*4 板見 智「日本人成人男性における毛髪(男性型脱毛)に関する意識調査」日本医事新報、2004年
*5 板見 智『専門医が語る 毛髪科学最前線』集英社新書、2009年
福本容子(ふくもと・ようこ)
毎日新聞論説委員(経済担当)。1987年、毎日新聞社入社。英文毎日編集部記者などを経て、毎日新聞経済部。通商問題、金融、エネルギー、素材・製薬業界などを担当後、2001年より欧州特派員(ロンドン)。欧州通貨統合やWTO(世界貿易機関)交渉、OPEC(石油輸出国機構)交渉などカバーする。2008年より現職。早稲田大学教育学部英語英文学科卒、マサチューセッツ工科大学(MIT)修士課程修了。コメンテーターとして、TBS系「ひるおび!」、同「新・情報7daysニュースキャスター」、毎日放送MBSラジオ「こんちわコンちゃんお昼ですょ!」などに出演中。熊本県出身。

 

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