取材・構成: 川崎絵美 編集: 小沢あや(ピース株式会社) 撮影: 小原聡太 子役から俳優としてのキャリアを経て、いまやムード歌謡グループ「純烈」のリーダーとして全国を飛び回っている酒井一圭さん。現在はプロデューサーとして今話題の新人グループ『モナキ』も手がけ、大忙しです。 その原点は、華やかな芸能の世界ではなく、意外にも思春期を過ごした郊外の街にあるそう。2025年「しろいふるさと大使」に就任した酒井さんに、子役を辞めてから過ごした千葉県白井(しろい)市での5年間の記憶を語っていただきました。 多摩から千葉・白井市へ。「棲み分け」を意識した中高時代 ―― 酒井さんは関西弁のイメージが強いですが、大阪に住んでいた期間は短かったんですね。白井市には、どのタイミングで住んでいたんですか? 酒井一圭(以下、酒井):12歳から、高校2年生までの期間ですね。もともと両親が大阪で、家の中ではみんな関西

