1987年、ラジオから突然流れてきた「リンダ リンダ」は、それまで聴いてきたどんな音楽とも違っていた。たった一発で心に届き、他の音楽が全部チンタラ聴こえてしまうほどの衝撃だったと作家の樋口毅宏氏は回想する。あの時代にしか生まれ得なかったブルーハーツの核心とはなんだったのか。 “サブカルの語り部”が忖度ぬきで書き尽くした『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ――100年後、カルチャーの参考資料になる本』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち3回目〉
ラモーンズ(Ramones)のデビュー・アルバム『Ramones』が発売50周年を迎えたことを受け、米ローリングストーン誌は「史上最高のパンク・アルバム TOP100」を発表しています。 以下はTOP40リスト 40 The Wipers, ‘Is This Real?’ 39 Turnstile, ‘Glow On’ 38 Richard Hell and the Voidoids, ‘Blank Generation’ 37 The Jam, ‘All Mod Cons’ 36 Bratmobile, ‘Pottymouth’ 35 The Misfits, ‘Misfits’ 34 Various Artists, ‘Wanna Buy a Bridge?’ 33 Velvet Underground, ‘White Light/White Heat’ 32 Big Black, ‘
『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』をやっと見た。さいしょからもう笑いがこみあげてきて、笑いをこらえながら、ときどきじわっと泣きそうになった。最後まで泣くことはなかったけど。笑うほうに忙しくて。 他人事じゃない映画なのだ。映画の中で歌われた曲、最初から最後まで、知らない曲は1曲もない。ぜんぶ知ってる。歌詞も暗記。上映中口の中で歌ってしまってたぐらい知っている(声は出してませんよ!)。それぐらいあの時期あの世界にどっぷりはまって暮らしていた。 はじめて新宿ロフトに偵察(偵察とは?)にいったのが、『ZOO』(まだ『DOLL』になってなかった)の編集長・森脇美貴夫がパンクに目ざめて長髪をバッサリ切り「俺は四十(←すみませんこれ記憶が間違ってました)30でも演ってるぜ!」ってパンクバンドを結成しヴォーカルをやったのだ。そのギグ(パンクではギグ、と言わねばならない)がロフトの確か土曜の昼の部
3月27日公開の映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は、〈東京ロッカーズ〉を中心としたライヴハウスシーンの黎明期を知る音楽ドキュメントとしても、もがき苦しみながら、自分たちの表現、居場所を追求した若者たちの青春群像劇としても楽しめる作品だ。監督・田口トモロヲ、脚本・宮藤官九郎、主演のひとりを務めるのが銀杏BOYZの峯田和伸と、音楽青春映画の名作『アイデン&ティティ』(2003年公開)の布陣が再集結したことでも話題の本作。その公開を記念して、田口トモロヲと峯田和伸の対談をお届けする。1990年代にバンド、ばちかぶりのフロントマンとして活動していた田口と、『アイデン&ティティ』以降、〈東京のパパ〉と彼を慕う峯田の対話。そして映画の原作者・地引雄一氏の言葉から探る、〈パンク〉という精神性、〈東京ロッカーズ〉と今を繋ぐものについて。 (ここでは音楽と人2026年4月号掲載の記事より地
S-KEN「ストリート・キングダム」公開記念・道玄坂からNY経由、東京ロッカーズ誕生まで —— アナログレコード紳士録 第8回:音楽プロデューサー・ソングライター•歌手、作家 「ヤマハに行けばS-KENがいる」——音楽プロデューサー・立川直樹さんの著書にそう書いてあった。 渋谷のレコード店の歴史を調べ始めてから、ヤマハ渋谷店に集っていた方々の関係性は、ずっと気になっていたテーマのひとつだった。渋谷にヤマハができたのは東京オリンピックのすぐ後の1966年だが、その開店当時のスタッフからのお話はまだ聞くことができていない。そんな中、立川直樹氏の著書『TOKYO 1969』に「(渋谷の)ヤマハに行けばS-KENがいる」という記述を見つけた。「これはお話を聞きに行かなければ」と、早速ご本人をお訪ねした。 ちょうどその頃、1970年代後半に東京で起こったパンク・ミュージック・シーンを舞台にした映画『
―峯田さんは普段はバンドのフロントマンとして活動していますが、今回はミュージシャンをサポートする側の役柄ですね。 峯田和伸(以下、峯田):最初に監督からお話をもらったとき、「歌えませんよ」って言われて(笑)。 音楽を本業としていない役者の人が歌うのに、僕は歌わないというのは意外でもありましたけど、すごく面白いなとも思いました。 ―劇中に少し歌うシーンもありましたね。すごくグッときたシーンでした。 峯田:ライブではなくて、ちょっとだけ、って感じでしたね。 ―若葉さんはバンドをやられていた経験があるとのことですが、今回モデルになったLIZARD(リザード)のモモヨさんにどんな印象を持ちましたか? 若葉竜也(以下、若葉):もちろんモモヨさんが役のモチーフにはなっているんですが、「あくまで『ストリート・キングダム』のモモという人物でやってほしい」とは最初に言われていました。ただ、台本を読むと、僕自
日本初の本格的なパンク・ムーヴメントだった「東京ロッカーズ」を描いたこの作品、いち早く試写会で鑑賞した感想は去年、以下に書きました。 これを書いたあとも何度か見返しましたが、飽きるどころか見るたびに魅力を感じています。私のようなリアルタイム世代だけでなく、当時を知らない人たちにもアピールする作品だと思います。映画公開前日には、監督の田口トモロヲさん、脚本の宮藤官九郎さん、主演の峯田和伸さん、当時「フレッシュ」のヴォーカリストだった高木完さんを交えてのトークショーの司会もやります。 今回は当時を知らない若い人たち向けに、「東京ロッカーズ」などの日本のパンク・ムーヴメントがいかに起こったかという歴史的な流れを概説した文章を再掲します。1998年にミュージックマガジン社から刊行された『NU SENSATIONS 日本のオルタナティヴ・ロック 1978-1998』(小野島大・監修)という本に掲載さ
硬直化したロックの価値観を根底から覆すパンク、そしてそこから派生したニューウェーブの衝撃がロンドンやニューヨークを揺るがしていた1978年。東京でも同じようにムーブメントが発生していた。 六本木にあったS-KENスタジオを根城に、LIZARD、FRICTION、S-KENといったバンドが中心となって「東京ロッカーズ」というライブイベントが開催され、同名のオムニバスアルバムも発売された。このパンクムーブメントはそれまでの芸能的な音楽業界のあり方と一線を画した、地べた=ストリートから立ち上がったものだ。今では当然となった「インディーズ」、「オールスタンディング」、「ロックフェス」などを、最初にやり始めたのも東京ロッカーズ周辺のバンドやイベントだった。 この当時の熱気をリアルに再現した映画が公開される。東京ロッカーズの渦中でカメラマンとして活躍し、レーベルも主催していた地引雄一の著作『ストリート
384回 東京ロッカーズ私観 最近、Xの自分のタイムラインで「東京ロッカーズ」という言葉を目にすることが増えた。 これは映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』(監督・田口トモロヲ 脚本・宮藤官九郎 主演・峯田和伸)が公開されることが原因だろう。 当時、東京ロッカーズ周辺でマネージャーやカメラマンを務め、日本のインディーズレーベルの先駆けの一つになるテレグラフ・レコードを設立し、東京ロッカーズの後続シーンに貢献した地引雄一氏の自伝的エッセイ『ストリート・キングダム』が原作。筆者も20代前半の時のこの本を読んだが、当時のシーンの資料として非常に重要なものだ。 東京ロッカーズを含む70年代後半から80年代にかけての日本のPUNK/NEW WAVEムーブメントを扱った『別冊ele-king J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』が刊行されることになったり、雑誌『レコードコレクター
『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』 監督:田口トモロヲ 原作:地引雄一『ストリート・キングダム』 脚本:宮藤官九郎 音楽:大友良英 出演:峯田和伸 若葉⻯也 吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ 大森南朋 中村獅童 公開日: 3月27日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ クレジット:©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会 公式サイト:https://happinet-phantom.com/streetkingdom 公式X/Instagram:@streetkingdomjp 忘れられた歴史に光を当てることは、疑いようもなく素晴らしい。しかしそこには、不可避的に「フェアになれない」という代償がともなう。とりわけ熱狂的なシーンを扱う場合はなおさらだ。およそ2時間という映画の枠組みで、過
SHINTANI × ISHIYAが明かす、恐るべき噂の真相「信じるほうも異常やと思うけど、でも信じる人は信じるねんな」 『ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史』(blueprint) FORWARD / DEATH SIDEのボーカリスト・ISHIYAによる書籍『ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史』(blueprint)の番外編として、同書に登場するアーティストとISHIYAが対談する新連載。 第二回は、1987年に関西ハードコア・メタルコアシーンに登場し、90年代後半からは東京進出を果たして現在も活動を続けるバンド・RAPESのボーカリストであるSHINTANIが出演。SHINTANIがハードコアに目覚めたきっかけや、恐るべき噂話の真相、さらにはG.I.S.M.やXのYOSHIKIとの関係性についてまで、大いに語り合った。聞き手は音楽ライターの石井恵梨子。 第
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「世の中がどんどん壊れていくのはなんでかわかるか?」 ──実は以前2回ほど高円寺のバーでヒロトさんと居合わせたことがありまして。 ああ、あの店か。俺酔っぱらってて記憶が薄いんだけど、変じゃなかった? ──そうですね(笑)。ショットグラスでウイスキーを飲まれていたんですが「1センチだけ水入れて」ってオーダーをされていて、こだわりの飲み方があるんだなと思った記憶があります。 氷を入れると薄まっちゃうでしょ。いつもティースプーンで水をちょっとだけ入れて飲んでる。ストレートに近いです。 ──7月11日にはそのバーの店主であり、ギタリストのヒロナリさんが高円寺JIROKICHIで開催しているセッションイベントに、ヒロトさんも出演されました。ウルフルケイスケさん、寺岡信芳さん(亜無亜危異)、本田珠也さんという本当に豪華な顔ぶれで……。 あのイベントには何回か出ているけど、ドラムの珠也とは前回も一緒です
ナタリー 音楽 特集・インタビュー moreru トゥルーパンクバンドmoreru、音楽シーンに一石を投じる衝撃の4thアルバム moreru「ぼぼくくととききみみだだけけののせせかかいい」 PR 2025年10月23日 “トゥルーパンクバンド”を標榜するmoreruのニューアルバム「ぼぼくくととききみみだだけけののせせかかいい」がリリースされた。 moreruは高校を中退した夢咲みちる(Vo)と、熊本から革命を目指して上京したDex(Dr, Vo)によって2018年に結成されたバンド。20代前半という若さならではの衝動性、脳髄を刺激するエクストリームな轟音、そして予測不能なライブパフォーマンスでじわじわとリスナーを獲得している。 ニューアルバムの完成を記念して、音楽ナタリーでは夢咲とDexの2人にインタビュー。“普通”であることや既定路線に抗い、自分たちの表現をとことんまで突き詰める2人
「“メジャー”という言葉が嫌いなんです」。80年代、ラフィンノーズのデビューを手掛けた人物が語る、熱狂と挫折とインディーズ精神。 【トイズファクトリー代表取締役 CEO 稲葉貢一インタビュー前編】 絶賛発売中の『いつも心にパンクを。Don‘t trust under 50』。この本を書き終えた著者の佐藤誠二朗には、どうしても話を聞きたい人物がいた。稲葉貢一。誰しもが知るビッグアーティストを多数抱えるメジャーレコード会社、トイズファクトリーの代表取締役 CEOである。 多忙な業務の中、たくさんの貴重なエピソードを話してくれた今回のロングインタビュー。書籍の内容を補完するとともに、80年代以降の日本の音楽史・ロック史の貴重な回顧録ともなった。 前編では稲葉がトイズファクトリーを立ち上げるまでのストーリーをお届けする。(文中敬称略) (取材・文/佐藤誠二朗 撮影/新保勇樹) トイズファクトリー代
パティ・スミス(Patti Smith)が1975年に発表したデビュー・アルバム『ホーセス(Horses)』の50周年記念エディションがCDとヴァイナルで10月10日(金)にリリースされる(ヴァイナルは輸入盤のみ)。Disc1ではオリジナル・アルバムの音源を1/4インチのオリジナル・マスター・テープからリマスタリング、Disc2には未発表のアウトテイク/レア楽曲など計9曲を収録。彼女に深い思い入れをもつ『ele-king』編集長の野田努に、本作が永遠の名盤となった理由を執筆してもらった。 Photo by Frank Stefanko 来るべき激流への前触れ、あるいはロックの神話化 ──野田 努 アートワークに刻まれた「永遠の昨日」 歴史の分水嶺となったロックの真の名盤に分類されうる作品には共通点がある。それは評価が多義に開かれ、単一的(モノスティック)な価値観に還元されてはならないという
経済破綻状態にあった1970年代のイギリス。市民が抱く不安と不満は、第二次大戦後に増加した移民たちへ転嫁されていった。街は暴力であふれかえり、黒人やアジア人が襲われた。そんな中、レッド・ソーンダズを中心に数人の仲間たちで発足された“ロック・アゲインスト・レイシズム” 略称RARは、差別の撤廃を主張し、雑誌を自費出版して抗議活動を始め、やがてザ・クラッシュをはじめ、トム・ロビンソン、スティール・パルス等の音楽と結びつき、支持されていく。1978年4月30日にはRARが決行した約10万人による大規模なデモ行進と音楽フェスが開催された。わずかな若者たちから始まり、時代を動かす程の運動へと拡がった若者たちの闘いに、当時の貴重なアーカイブと本人たちへのインタビュー、彼らに賛同したアーティストたちの圧巻のパフォーマンスで迫る。
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