はてなキーワード: 医学とは
AI による概要 昔の食通の言論をうのみにするのは危険です。虫歯や副鼻腔炎(蓄膿症)は味覚や嗅覚を著しく低下させます。正常な感覚で味わっていない可能性が高いため、彼らの極端な主張やレシピは「参考程度」にとどめ、鵜呑みにすべきではありません。1. 味覚と嗅覚の麻痺虫歯や歯周病、そしてそれが進行して引き起こされる歯性上顎洞炎(歯が原因の蓄膿症)は、鼻に膿が溜まり、口の中に悪臭や異味を放ちます。鼻づまりや膿の匂いによって、風味(香り)を正確に感じる能力が損なわれます。口内の炎症によって常に不快な味がするため、濃い味付けや刺激物、過剰な砂糖を好む傾向がありました。2. 「はしだるい(舌が麻痺する)」感覚江戸時代などの美食家(北大路魯山人などの近代以前の人物を含む)の記録をひもとくと、現代では考えられないほど塩分や砂糖が強い料理を絶賛していることがあります。これは、本人の味覚がすでに正常でなかった(あるいは贅沢な味付けに慣れすぎて麻痺していた)可能性が十分にあります。3. 歴史的背景昔は衛生状態や栄養学が現代とは異なり、美食家とされる人物の多くが重度の虫歯や歯槽膿漏に悩まされていました。歴史上の権力者(例:徳川将軍など)の遺骨調査でも、驚くほどの虫歯が確認されています。彼らの言論は「当時の限られた食材・環境下での個人の嗜好」であり、普遍的な正解ではありません。昔の食通の言論で、具体的にどの人物(北大路魯山人、池波正太郎など)の、どのような主張(醤油の使い方、だしの取り方など)が気になっているか教えていただければ、現代の医学的・科学的な観点から検証しお答えできます。
結論から言うと、「小麦をやめれば健康になる」と一般化するのは、現在の栄養学では強い根拠があるとは言えません。
> 「毎日パンを食べるヨーロッパの人にも長寿の人がいる。どう考えればいいのか?」
例えば、
また、世界的に健康的とされる地中海食にもパンは含まれています。
もし「小麦そのもの」が非常に有害なら、これらの国で長寿者が多いことと矛盾します。
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多少違います。
品種の違い
ただし、
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アメリカでは
超加工食品
甘い飲料
巨大なポーション
など多くの要因があります。
これらを無視して「小麦だけが原因」と断定するのは難しいです。
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セリアック病について
記事では
という印象を与えていますが、
これは証明されていません。
遺伝的体質
診断技術の向上
検査を受ける人の増加
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砂糖については?
砂糖の摂り過ぎは、
ただし、
これも
ではなく、
「過剰摂取を避ける」
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パンを食べるよりも、超加工食品や砂糖入り飲料、菓子類を減らすことのほうが健康への影響は大きいと考えられている。
長寿には、食事全体のバランス、運動、睡眠、喫煙の有無などを含めた生活習慣全体が重要。
したがって、「欧州では毎日パンを食べている人も多いのに長寿国がある」という事実は、「小麦そのものが健康を大きく損なう」という単純な説には当てはまりません。現在の医学・栄養学では、小麦を一律に悪者とするよりも、食事全体の質や生活習慣全体を重視する考え方が支持されています。
「はてな匿名ダイアリー(通称:増田)」の投稿やコメント欄から浮かび上がる平均的人物像は、「地方から上京した、IT・Web界隈で働く30代〜40代独身の知的労働者」です。技術や社会、サブカルチャーへの関心が高く、論理的思考を好みます。一方で、高学歴でありながら自己評価が低く、世間やエリートへの強いコンプレックスを抱えています。孤独感や生きづらさを内向的に分析する傾向があり、テキストでの自己表現に高い執着を持っています。ネットスラングや2ちゃんねる(現5ちゃんねる)文化の文脈を理解しており、冷笑的かつ批判的な視点から社会を眺めています。承認欲求と匿名性の間で揺れ動きながら、日々の仕事の愚痴や、誰にも言えないドロドロとした本音、言語化されない日常の違和感を、高い文章表現力でシニカルに綴るのが特徴です。
増田では大便を漏らすエピソードが頻繁に投稿されます。増田特有の匿名性と、読者層の健康・心理的背景、そしてプラットフォームの文化が複雑に絡み合っているためです。
増田では、他人の凄惨な失敗談や、誰にも言えない恥ずかしい本音が好まれる文化(通称:クソ記事・ウンコプログラミングなどの文脈)があります。
「漏らした」という強烈な体験談は、はてなブックマークで拡散されやすく、バズを狙う投稿者が集まりやすい性質があります。
悲惨な体験を文学的・シニカルに描くことで、読み物としてのエンターテインメントに昇華されています。
平均的人物像でも触れた通り、増田のメインユーザー層はIT・Web業界などで働く、精神的プレッシャーの強い30代〜40代の知的労働者です。
長時間のデスクワークや精神的ストレスにより、お腹を下しやすい過敏性腸症候群(IBS)を患っている人が少なくありません。
長距離の満員電車通勤など、トイレに駆け込めない閉鎖環境に置かれる機会が多いことも要因です。
「大人になって大便を漏らした」という事実は、Twitter(X)やFacebookなどの実名・半実名SNSでは絶対に投稿できません。
誰だか分からない「増田」だからこそ、プライドを捨てて最悪の失敗を吐き出し、精神的な救いを求めることができます。
実は「大人が大便を漏らす(便失禁)」というのは、公にだれも口にしないだけで、医学的にも決して珍しいことではありません。
衛生用品大手のユニ・チャームが実施した2万人規模の大規模な実態調査によると、成人の約2割が「軽い便もれや下着への付着」を経験しています。さらに、その経験者の約2割は「週に1回以上」の頻度で発生していると回答しています。
驚くべきことに、この調査では加齢による身体能力の低下よりも、20代〜30代の若い世代のほうが経験率が高いという結果が出ています。
緊張や過度なストレスによる自律神経の乱れから、急激な下痢を催す過敏性腸症候群(IBS)を患う現役世代が非常に多いためです。
「ただのおならだと思ったら、液体状の便だった」というケースが最も多い失敗パターンです。
「大人が漏らす」ことは社会的な羞恥心が極めて強いため、友人や家族はもちろん、医師にすら相談できず8割以上の人が1人で抱え込んでいます。
その結果、完全匿名で誰の目も気にしなくていい「増田」のような場所に、唯一の吐き出し口として毎日のように投稿が集まるという縮図が出来上がっています。
喫煙の害を唱え、社会的禁煙運動を始めたのは英米だ、半世紀前1970年代から始まった。
法を作り、「自己管理できないダメ人間」との啓蒙、刷り込みを行った。
1970年代先進国の平均寿命はほぼ横並びだったが、英米の寿命は飛躍的に伸びたか?
結果は
逆の結果になってる
ちなみにアメリカはずば抜けて悪い
北海油田で社会福祉のバラマキやった国だ、医療費は基本すべてタダだ。
個人も法人も溜め込む、経済衰退国なのに個人貯蓄も内部留保も積み上がり続けてる。
消費や投資が押さえ続けられるとどうなるか?
貯蓄はミクロな個人視点では正しいが、それを全員がやると消費が停滞し、経済循環が悪化し、所得が下がる、企業収益が悪化
ミクロでは正しく合理的でもマクロな結果は伴わない、結果ミクロな結果にもフィードバックされる
19年前初代iPhoneの価格は599USD、日本円で8万円
ざっと倍になっているが、
アメリカの平均所得は19年間で、3.8万USDから6.9万USD
ほぼ倍増しているのに対して
日本は437万円→477万円
変わっていない
アメリカ人からすればiPhoneの値段は19年間変わってない感覚なのだ。所得に対する負担率は変わらない。
日本だけ倍に値上がりしている
小さな観察では正しいことが、全体の結果では違う結果になる、さらに個人もそのツケを払わされる
さてタバコの話に戻そう
悪いものを取り除く、良い習慣を取り入れる
これを順次実施すれば健康で長生きできる、か?野菜を食うて適度な運動、禁煙
社会、人体は複雑だ、ならない。なってない、結果が出てない
日>仏>英>米
ミクロな条件付きの観察であればタバコは有害である、そりゃ認める、こんなもん体に良いはずがない。ソース俺35年。
科学的なデータもある、マウスをニコチン漬けにしたら死んだ、わーわーわー、わかる、そりゃ認める
だけど、それを社会から取り除いたらみなが健康で長生きするかてーと、ならない、不思議だがならない、なってない
みんなで貯蓄に励めば国民全員が豊かで幸せになれるか、ならない、経済学的事実、ならなかった
論理的思考は大別して二種類ある
「普遍的なルールを個別の事象に当てはめて結論を出す」(演繹法)
タバコが有害なのは科学的、医学的に立証されている、そりゃ認める、、普遍的事実として認める
だが、「健康スコアの高い国は禁煙にそこまでヒステリックではない」、という具体的事実から一般的な法則を導くなら
平均寿命は、日>仏>英>米
アメリカ人は正義を尊ぶ、他人の価値観に干渉し、社会全体で正義の同調圧力を押し通す
彼らはよく「自由の国」と叫ぶが、彼らは自由が無いからこのフレーズを使うのだ。プロテスタントが集まって作った国だ、抑制が好きなのだ。
アレはダメ、コレもダメ、全部ダメ、こーしなさい、あーしなさい、それが正しいのです、証拠もあります、ストレス社会、肥満、薬物、
結果は、日>仏>英>米
さて、受動喫煙についても書こう
これを理由に禁煙が推進された、論文が引用され、証拠としてもてはやされたが
ざっくりいえば誤差ほどの影響もなくね?ってのがアカデミックな結論である。超長期のコホート追跡やらを散々やって出た結論である。
まだ納得できない?
最後にとどめ
社会環境や医療制度やら国ごとに条件が違う、揃えて比較しろ!だろ?
しましょう。できます。日本の男女で見ましょう、自然環境、社会環境、医療制度、食事、習慣、文化、宗教、全部同じ
50年間、男性喫煙率は激減、女性はそもそも喫煙率が低かったので微減
でも、50年間、日本の男女の寿命の差はまったく変化ない、見事に変わらない、一次ソースを自分で確認してごらん
喫煙率は寿命になんら影響がない、むしろタバコは健康を増進する、している。それが真実である、結果はすでに出てる
日頃、データだのソースだのエビデンスだの論理的正義だのを振りかざす連中は
ここまで具体的数字で喫煙の有益性を説いても、タバコを吸おうとしない、謎だ。
なぁに3日も吸えば慣れる、
「扇風機をつけたまま寝ると死ぬ」という迷信は、主に1920年代〜1930年代の欧米における誤った報道や、韓国で広まった「扇風機デス(Fan Death)」と呼ばれる都市伝説が発祥とされています。
1920年代に「扇風機が部屋を真空状態にして酸素不足を引き起こす」という誤った新聞記事が出回りました。
密室で扇風機を回し続けると、汗が蒸発する際の「気化熱」で体温が必要以上に奪われ、場合によっては低体温症を引き起こすリスクがあります。この危険性が誇張され、「死に至る」という噂に発展しました。
室温が非常に高い(40度以上など)環境で扇風機の風に当たり続けると、かえって体内の水分が奪われて脱水や心臓への負担が大きくなることも影響しています。
日本では、エアコンが普及する以前の夏の風物詩として扇風機が使われてきましたが、現在では健康な方が直接風を浴びて亡くなることは医学的に極めて考えにくいとされています。ただし、体のだるさや冷え、喉の乾燥などの原因にはなるため、直接体に風を当てない(壁や天井に向ける)工夫が推奨されています。
1. はじめに
日本では、STEM(理系)分野における女性比率の低さが長年指摘されており、政府は「女性版骨太方針2026」において、大学工学系学部における女子学生割合を2040年までに36%へ引き上げる目標を掲げている(内閣府, 2026)。これに伴い、一部の大学では女子枠(アファーマティブ・アクション)の導入が進み、理工系学部への女子入学者増加の事例も報告されている。
しかし、こうした比率向上施策の有効性を評価する際には、出産・育児期における女性の労働志向の多様性を十分に考慮する必要がある。本稿では、既存の統計・調査データを基に、出産後の「ハードワーク継続志向」と「柔軟・バランス重視志向」の層の存在を指摘し、一律的な優遇政策がもたらす潜在的なミスマッチの問題を検討する。その上で、実力主義を基調としつつ、志向の違いに応じた層別対応が、社会全体のマンパワー最大化に資する可能性を論じる。
日本の女性労働供給は、出産を境に大きく変化する。内閣府『男女共同参画白書』等によれば、第一子出産前後の就業継続率は約70%前後にとどまり、多くの女性が労働時間短縮や非正規雇用への移行を選択している。
特にSTEM分野に着目すると、出産後の就業継続パターンに分野間差異が見られる。2015年SSM調査データを用いた織田暁子(2015)の分析では、理工系女性は人文・社会系女性に比べて出産前後の無職化率が高く、正規雇用継続率が相対的に低いことが示された。出産前後で40%以上が無職に移行するケースが理工系で顕著であり、専門性を活かした就業継続が難しい構造が指摘されている。
より近年のパネルデータ分析(Ueno & Usui, 2026)でも、STEM学士号保有女性の母親層における正規雇用率は31.5%(非母親層59.5%)と大幅に低下し、労働時間も週9.7〜13.1時間減少することが確認されている。一方、先進STEM学位や薬学・医学系ではペナルティが相対的に小さいものの、母親であることによる正規雇用率の低下は依然として20ポイント前後で観察される。
これらのデータは、出産後に「ハードワーク(高強度・長時間・高い責任を伴う就業)」を継続できる層と、柔軟性・ワークライフバランスを優先する層が併存していることを示唆する。前者は少数派の「優秀層」として自然にSTEM分野で活躍し、後者は「ゆるふわ志向」(時間的柔軟性や負担軽減を重視)と呼ばれる層として、異なる就業形態を求める傾向が強い。
STEM分野の女子比率向上を目的とした女子枠等の優遇措置は、短期的に入学者数を増加させる効果を持つ可能性がある。しかし、労働志向の多様性を考慮しない場合、以下の問題が生じやすい。
第一に、ミスマッチのリスクである。ハードワーク継続が困難な層を、強度の高いSTEM教育・職に誘導した場合、出産後に離脱する確率が高まる。結果として、教育投資の回収が不十分となり、職場の負担増や本人のキャリア停滞を招く恐れがある。実際、一部の大学では女子枠導入後に定員割れや、クォータ入学者における大学院進学率の低下が報告されており、志向との適合性が課題となっている。
第二に、優秀層への逆効果である。出産後も高い強度で貢献可能な女性は、既に一般選抜で十分に登用されており、追加の優遇は不要である。この層に必要なのは、むしろ出産前後の両立支援(保育環境整備、復帰プログラム、柔軟な勤務制度)である。一律の入試優遇は、こうした真に支援を必要とする層への資源配分を希薄化させる可能性がある。
第三に、社会全体のマンパワー最大化の観点である。STEM分野のトップパフォーマンスには、数学・空間能力の分散や競争性における平均的な性差(男性上位層の厚み)が寄与する部分がある。実力・志向に基づく選抜を基本とすることで、優秀な女性を自然に登用しつつ、競争圧の強い層(男女問わず)を活用した方が、全体のイノベーション出力や生産性を高めやすい。
以上の分析を踏まえ、以下のアプローチがより有効と考えられる。
1. 実力主義の堅持 入試・採用における基本は同一基準とし、優秀層の女性を公平に登用する。志向の強い女性は自然にハードトラックを選択・継続する。
• ハードワーク継続志向層:出産前後の両立支援を重点化(復帰率向上、キャリア中断の最小化)。
• 柔軟・バランス重視層:短時間正社員、プロジェクトベース、専門性を活かした中強度役割の創出により、理系スキルを持った人材の労働参加を促進。
3. 早期段階での興味喚起とパイプライン整備 中高生段階でのロールモデル提示や体験プログラムにより、理系自体への参入を自然に拡大する。これは「誘導」ではなく「機会の提供」として機能し、ミスマッチを低減する。
このアプローチは、女性の多様な選択を尊重しつつ、社会全体の人材資源を効率的に配置する点で優位性を持つ。実際、理工系出身女性の一部調査では出産後の就業継続率が文系より高いケースも報告されており(日本総合研究所調査等)、自発的にハードトラックを選択した層のレジリエンスを示唆しているが、これはあくまで自己選抜の結果であり、一律政策で再現できるものではない。
5. 結論
STEM分野の女性比率向上は重要な政策目標であるが、出産後の労働志向の多様性を無視した一律優遇は、ミスマッチや資源の非効率を招くリスクが高い。実力主義を基調とし、志向の違いを踏まえた層別対応を行うことで、優秀層の女性を適切に登用しつつ、社会全体のマンパワーを最大化する道が開かれる。
今後の政策立案においては、単なる「比率目標」ではなく、「誰が、どのような強度で、どの分野で貢献できるか」という個別最適と全体最適のバランスを重視した、証拠に基づくアプローチが求められる。
参考文献
• 内閣府 (2026) 『女性版骨太方針2026』および『男女共同参画白書 令和7年版』。
• 織田暁子 (2015) 「専攻分野によるキャリアの比較研究 ― 人文・社会・理工・医療の四分類から」2015年SSM調査データ分析。
• Ueno, Yuko and Emiko Usui (2026) “Labor Market Outcomes of Highly Educated Women in Japan: The Role of Field of Study and STEM Degrees,” IZA Discussion Paper No. 18465.
Q. chatgptは医者の診断の1000倍優秀ですか?
AI による概要 ChatGPTが医師の診断の1000倍優秀ということはありません。むしろ、初期の問診や不完全なデータに基づく診断ではAIの誤診率が高い場合もあります。一部の医学テストや特定の症例データにおいてAIが医師を上回る正答率を出すことはありますが、医療現場におけるAIの役割はあくまで医師の補助です。具体的な両者の特徴と比較は以下の通りです。ChatGPTの強み膨大な知識量: 世界中の論文や症例データを瞬時に参照できるため、膨大な知識の引き出しを持っています。説明の分かりやすさ: 難しい医学用語をかみ砕いて説明したり、患者の不安に寄り添った回答を作成するのが得意です。医師の補助ツールとして: 医師がAIを「補助」として使うことで、診断精度が向上する研究も報告されています。医師の強み(AIにはできないこと)身体診察と五感: 触診や聴診、患者の顔色や表情の変化など、データ化されていない五感を通じた情報を読み取ります。背景の把握: 患者の家族構成、生活環境、価値観、これまでの病歴(カルテ)を総合的に判断できます。倫理的判断: 告知や治療方針の決定において、人間としての深い倫理観やコミュニケーションが不可欠です。初期段階の診断: 情報が不足している初期の症状において、AIは誤診を起こしやすいという研究データもあります。まとめ最新の研究でも「AIが完全に医師に取って代わる」という結果には至っていません。ChatGPTは病気の可能性を調べたり、受診時に医師へ伝える情報を整理するための「参考」としては非常に有用ですが、最終的な診断や治療は必ず実際の医療機関で行う必要があります。
生物は、自らの遺伝子(gene)を次世代へ残すことを目的として進化してきた。進化とは遺伝子の複製効率を高める過程であり、生存も繁殖も、そのための戦略として理解できる。昆虫から哺乳類に至るまで、生物の行動原理は最終的に「遺伝子を残す」という一点に収束する。
人間は遺伝子だけではなく、「情報」を後世へ残そうとする。知識、技術、宗教、芸術、思想、科学、法律、物語──それらは生殖によって受け継がれるのではなく、学習と模倣によって継承される。
この文化的な複製単位を、進化生物学者 リチャード・ドーキンス は『利己的な遺伝子』の中で**meme(ミーム)**と名付けた。geneが生物学的情報の複製単位であるなら、memeは文化的情報の複製単位である。
人類史とは、geneの歴史であると同時に、memeの歴史でもあった。
火の使い方、農耕、文字、数学、哲学、医学、工学。これらは遺伝子ではなく情報として受け継がれ、人類は文明を築いてきた。人間は子どもを産むだけではなく、教育という行為によってmemeを継承する存在なのである。
現代社会では、なぜこれほどまでに出生率が低下しているのだろうか。
一般には、教育費の高騰、経済的不安、女性の社会進出、都市化、価値観の多様化などが理由として挙げられる。しかし、それらは「なぜ子どもを持たない人が増えたのか」という直接的な説明ではあっても、「なぜ人間という生物だけが、そのような理由によって繁殖行動そのものを変化させるのか」という根本的な問いには十分答えていない。
昆虫の中には繁殖を終えた直後に寿命を迎える種も存在する。多くの哺乳類も、子を育てることによって経済的な利益や将来の報酬を得るわけではない。繁殖とは本来、コストを支払う行為そのものである。人間だけが「子育てのコストが高いから繁殖しない」という説明は、生物一般の行動原理から見ると、どこか不自然さが残る。
ここで注目したいのが、進化生物学における包括適応度という考え方である。
生物は必ずしも自分自身の子どもだけを助けるわけではない。近縁者を助けることも、結果として自分と共通する遺伝子を未来へ残すことにつながるため、進化的には合理的な行動となる。重要なのは個体の利益ではなく、遺伝子全体の存続なのである。
では、人間において、この「未来へ何かを残す」という対象が、遺伝子ではなくmemeへ移り始めたとしたらどうだろうか。
知識や価値観を未来へ伝えるためには、まず子どもを持ち、その子どもを教育する必要があった。文化は家族や共同体を媒介として継承されていたのである。memeが存続するためには、geneによる世代交代が不可欠だった。
インターネット、SNS、動画配信、オープンソースソフトウェア、電子出版、そして生成AI。人間が生み出した情報は、子孫を介することなく世界中へ複製され、半永久的に保存されるようになった。
一冊の論文、一つのプログラム、一枚の写真、一つのアイデアが、何百万という人々へ共有され、未来のAIによって学習され、新たな知識の土台となる。
つまり、memeはgeneを経由しなくても自己複製できる環境を獲得したのである。
これは人類史において極めて大きな変化ではないだろうか。
従来、人間が未来へ何かを残そうとするなら、その手段は子どもを持つことだった。しかし現在では、知識を公開すること、作品を残すこと、研究成果を発表すること、ソフトウェアを開発すること、あるいはSNSで発信することでさえ、自らのmemeを未来へ送り出す行為となり得る。
この変化は、包括適応度という概念にも新しい解釈を与える可能性がある。
もちろん、生物学的な包括適応度そのものが変化したわけではない。遺伝子は依然として遺伝子の論理で進化する。しかし、人間という文化的存在は、「未来へ何かを残す」という欲求を満たす対象を、遺伝子だけではなくmemeにも見出せるようになった。
もし文化進化という観点から包括適応度に相当するものを考えるなら、その評価基準は「どれだけ多くの子孫を残したか」ではなく、「どれだけ価値ある情報を未来へ伝播させたか」になるだろう。
この視点に立てば、社会全体としては、平凡な情報を発信する多数の個人よりも、高い価値を持つmemeを生み出し、それを広く共有できる少数の個人の方が、文化進化への寄与は大きい。これは、生物学におけるK戦略とは異なる意味での、memeのK戦略と呼べるものかもしれない。量ではなく質を重視する文化的な適応戦略である。
もちろん、この仮説を現時点で実証することはできない。しかし、少子化を単なる経済問題として捉えるだけでは見えてこない視点を与えてくれる。
高度情報化社会とは、人類が「何を未来へ残すか」という問いに対して、新しい選択肢を手に入れた時代である。遺伝子だけが未来への架け橋ではなくなり、情報そのものが独立した継承経路を持ち始めた。
もしそうであるなら、現代の少子化は、人間が繁殖を嫌うようになった結果ではない。それは、人類における継承の重心が、geneからmemeへと静かに移り始めたことの表れなのかもしれない。
そして、未来の歴史家が21世紀を振り返るとき、この時代は「人口減少の時代」ではなく、「文化的継承が生物学的継承から自立した時代」と呼ばれるのかもしれない。
ツイッターの医者は絶対に避けろとは言っていない、一律に避けろとは言っていない、避けるように推奨はしたけど強制はしていない、高リスクの人には避けろと言うこともある、的な責任逃れともとれる発言をしている印象
あと、助産師は避けるように言ってるかもしれない、病院から冊子は渡してるかもしれないけど指導はしてないとか
普通は助産師に言われたり冊子に書いてあるならそれが医学的な共通認識だと思うよね
自分が言われた知識に基づいて、あれ?出産後すぐの妊娠ってよかったの??なんで産婦人科医がハシゴ外すようなこと言ってるの??ってなってるんだよね
この問題を大谷さんや年子への批判と捉えて他人の家族計画に口出しするのはおかしいと言う人がいるけど、そういうことじゃないんだけどなあと
まあそうだったかもしれない
でも指導内容がどのようなものかって、母子手帳に家族計画に関する項目がある以上普通に考えたら目安となる指針があってそれに沿って指導を受けていると理解すると思うし、私は助産師に母体のために1年は空けましょうって言われたからそれが家族計画に関する指導なんだなと思ったよ
それが公的な指針が無く、その産科医や助産師の判断で指導してもしなくてもどっちでもいいですみたいに言われたら、いやどっちなんってなるじゃん
少なくとも産科医は医学的な立場で産後すぐの妊娠に対する母体へのリスクについて説明するべきだし、一律に説明しなくてもいいほどの取るに足らないことなら年子を産みたい人に対する抑圧になることをわざわざ言わないでよってことが言いたい
大谷翔平の子どもが年子だったことで議論が起こってるけど、他人の家族計画に口出しするのは良くないってのは当たり前のことだとして、産後1年間は妊娠を避けた方がいいってのは医学的な意味での共通認識だと思ってた。
だけどツイッターの産科医は特に年子は避けるべきと一律に産婦へ指導はしてないみたいなこと言ってるから、経産婦が反発してる。
そりゃそうだろう。だって母体の回復のために産後1年間は避妊するように言われてるし。
私も数ヶ月前に産科の権威的な有名大学病院で出産したけど、退院時に助産師から指導を受けた。30代前半で高齢出産でもなく帝王切開でもない安産だった。
母子手帳にも家族計画に関する指導を受けた際にチェックする欄があった。
これに関して産科医が知りませんみたいなことを言い出すのは、腹立つのもそうだし医学的な根拠があって言ってたんじゃないの?どっちでもいいこと国が公式に発行してる母子手帳に書いて産後の母親に指導してたの?ってなるわ。
まあ個人的な感覚としては産後数ヶ月で性交渉することすら体力的に無理だし縫った会陰が裂けそうで怖いしこのボロボロの状態でまた1年近い妊婦生活を送りながら新生児を育てるのは難しいと思う。ただそれすら乗り越えられそうなほど赤ちゃんがかわいすぎるって思う気持ちも分かる。働いている場合は年子じゃないとブランクが空きすぎる、職場復帰して子育てしながら再度妊娠生活を送るのが難しいってのも想像がつく。
ただ産科医が家族計画指導はしてないし個人の勝手みたいに言い出すのはおかしいでしょ。産科協会的な機関が統一見解出してほしい。
学力→大抵の人は平均を比較してそうだが、思想として平均を比較することに特に意味を感じない。学力テストの県別平均点比較して何の意味があるねんってずっと思ってた。
社会的価値→どうでもいい。役に立つべきor役に立たなくてもいいどちらにも寄らない感じ。
就職→高収入であることは優れているという思想じゃないのでどうでもいい
研究の厳しさ→そもそも学術機関であることに価値を置きすぎ。むしろもっと在野に目を向けろ、要するに出た物(論文等)を評価すべき
「文系理系論争」が噛み合わない理由の一つは、参加者ごとに全然違う論点を話しているからです。実際には「文系vs理系」という1つの論争ではなく、複数の論争がごちゃ混ぜになっています。
主な論点を整理するとこんな感じです。
学力 文系も高度な思考力が必要 数学や物理の方が客観的に難しい
社会的価値 法律・経済・行政・文化も社会に不可欠 科学技術がなければ社会は成立しない
知的能力 人間理解や言語能力が重要 論理・定量分析能力が重要
研究の厳しさ 解釈や資料読解は終わりがない 数学・実験の方が厳密で大変
社会的評価 理系が過大評価されている 文系が過大評価されている
ただ、Xで一番多いのは実はこれらの表向きの論点ではありません。
という承認欲求のぶつかり合いになりがちです。
本当は
だから論争が終わりません。
「文系」も
例えば、数学者と歴史学者を比べて「どっちが賢いか」を決める共通尺度がありません。
逆にXでよく見る「文系と理系どっちが上?」は、比較対象が大雑把すぎて、実質的にはアイデンティティ論争になっていることが多いです。