2026-06-11

映画リグレッション を見た

実話を基にした極めてアンフェアなサタニックサイコミステリの珍作。42点。

 

クリスチャン刑事イーサン・ホークのもとにアル中親父が娘に性的暴行を行った容疑で逮捕される。娘によって告発された彼は罪を認めながらも犯行当時の記憶が一切ないと話す。失われた記憶を呼び戻すために心理学者を呼び退行催眠療法を施すと、アル中父親は娘に儀式的な暴行を加えるイーサンの同僚の刑事を見た!と証言父親告発した娘エマ・ワトソンの下に向かいこの件を聞くと彼女父親以外に同僚の刑事を見たと告発さらには彼女悪魔崇拝儀式的なものに巻き込まれていたと話し始める。悪魔崇拝者と刑事の戦いが始まる。

みたいな話ではなかった。

 

これさぁ、「バッサ・モデネーゼの悪魔たち」を積読チャンネルで知って読んでて、さらにそこから派生して「マクマーティ保育園裁判」も調べてたからかなり序盤で「あぁ、この話か」ってなっちゃったのかなりもったいなかった。

ちなみに上にあげた2つはどちらも「(性的虐待悪魔儀式を受けた」と子供たちが証言したこと容疑者たちが逮捕されたが捜査を続けても証拠は一切出ず、証言はどんどん綻びを増し実は子供たちが嘘をついていた。その証言内容は大人たちが行った「こんなことをされたんじゃないか」という質問尋問誘導によるものほとんどであったと考えられる、という事件

というわけでそういう話です。

さな田舎町で敬虔クリスチャンながら酒浸りの父親母親自殺し、祖母クレイジーで息子はゲイで娘は警官関係を持ち妊娠堕胎というキリスト教的に見たパーフェクトオワ家族。そこで娘は人生一発逆転ちゃんねるということで父親冤罪告発施設入りを狙うも、なぜか父親は容疑の否認もしないし記憶がないと言い出し、そこに介入してきた刑事心理学者のせいで「なんか集団暴行だったらしい」という話になってしまい、とりあえず話を合わせた結果、当時の悪魔崇拝ブームも絡んで「実は悪魔崇拝儀式だったらしい」等と話がどんどん膨らんでいってしまう。

最終的に真相を暴かれた後も娘は自分のついた嘘に飲み込まれ悪魔教団と戦った少女」としてメディアに引っ張りだこになり、イーサンなんやったんやこの事件、としょんぼりするのだった。

父親が容疑を否認しなかったのは、彼は彼なりに娘に恨まれ理由理解しており罪を被ることで娘の傷が癒え、いつか娘が自分のこの思いを知ったとき自分の行ってきた愚行が許されるのではないか、というバカみたいな自己犠牲からだったことがわかり、見ているこちらも意気消沈。息子がゲイなっちゃってそれが受け入れられなかったことも彼の心の傷になっており、宗教が救うのは宗教的に善とされている人だけなんだなという冷徹な真理を突き付けられる。イーサンの同僚の警官告発したのも、彼が娘を孕ませ堕胎の罪を犯させたのを憎んでいたからだろう。

またイーサンエマのことをもとからからず思っており、彼女告発をうのみにし最初から父親彼女性的暴行をおこなったに違いないと決めつけ、心理学者に退行療法を行わせるが、それが結果的確証バイアスを固める結果になってしまう。「何が見える!」と問うことは「何かが見えるはずだ」という誘導に他ならないし、「誰が見える」と問うことは「誰かが見えるはずだ」という誘導に他ならない。

こうして持論を自分で補強し続け彼は存在しもしない悪魔教団を追いかけ同僚を告発しそれでも飽き足らずない証拠を探して半狂乱になっていく。終いには自分でも悪魔教団に拉致される夢を見てしまうが、逆にその夢で見た老婆がビルボードに燦然と輝くスープ広告ババアであったこから「これって刷り込みじゃね?」と冷静になるのはちょっと面白かった。

嘘、思い込み確証バイアス、言えない秘密贖罪が複雑に絡み合った「何もない」事件だったというのは真相として虚しさがあった。

ただ、この映画めっちゃ嫌いなことがあって。

冒頭にスターウォーズよろしく1990年代悪魔崇拝による被害が続出して~」みたいなことがテロップ説明されるんだよね。それ見て、いや、悪魔崇拝ってここで言っちゃって大丈夫?隠しといたほうがフックになるんじゃない?と思って見てたら冒頭でいきなり十字架出てきて、まぁそういうテンション映画なのかと思ってると、最後テロップで「悪魔崇拝って言い張るも証拠が一切出てこない事件が頻発してそのうちなくなって、退行療法は今では使われていない」みたいに出てきて、テロップミスリードはさすがにゴミやろってなった。このテロップなくてもこの映画面白さは一切変わらんし、一方的に前提条件として悪魔崇拝押し付けてきておいて、でもそうじゃない話だったんですよ!はマッチポンプもいいところじゃん。許せません。

あと、おそらく平成令和最高の裏切り者女優であるエマ・ワトソンUNウィメンに選ばれた翌年にこの映画が撮られ、この時点ですでに私利私欲によって平気な顔をして恩人を陥れる裏切り者女を演じていたことに強いシンクロニシティを感じた。

 

まぁそんな感じかな。

元ネタを知らずに見ればエーッそんな話なのー!ってなれると思うし、まぁ時代感を知ったりと退行催眠って怖いよねっていう反省映画一種アンチキリスト教映画としては一定の強度はあると思うので、まぁイーサン・ホークエマ・Watsonのファンは見てみてもいいんじゃないかな。

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