名前を隠して楽しく日記。
「アニメとゲーム」カテゴリを見るといつも半分くらいはWeb漫画
ジャンプラを筆頭にマガジン、サンデー、コミックDAYSなどなど
しかも第1話だけとかじゃなくて毎回上がってくるから、読んだことないのにタイトルだけ覚えてしまった漫画は数知れず
あおやまちゃんがうんちカンパニーに入社したのは個人的な動機に過ぎないのに、あおやまちゃんに嫌がらせしてる人たちはうんちカンパニーに入社したのは自分たちへのマウントだって思ってるみたい。😣
でもうんちカンパニーって別に人に自慢するほどの会社じゃないんだよ?誠に失礼ながら申しますけども🥺
あおやまちゃんとボスマン○の間には何も関係がないのに、なぜ彼らは私に執着するの?🥺
まるで第三者が私の知らないところであおやまちゃむを褒めてるから、それに怒った人たちが私をいじめの対象にしてるみたいなの😿
プラスチックはどうすんねん
アバダ ケダブラ!
読書をたくさんする人が世の中に貢献してるのかと言うと
そうでもない
私は今、自分の時間を犠牲にして子どもたちを育ててる。まだ子どもたちは手がかかる年齢だから、私は思うように読書できてない
でもさ、私は子どもたちを育てて、この子たちが大人になったら立派な納税者になったら
日本はそっちの方が嬉しいよね?
日本的には私が読書するより、本を一冊でも多く読むより、私が一人でも多く子どもを作って育てる方が嬉しいでしょ
そして、読書ってさ
若者のマラソンばなれとか、若者の将棋ばなれ、なんて報道されないのに
趣味は仕事でも、スポーツでも、旅行でも、育児でも何でも立派な趣味なのに
読書が、大好きな人が増えたらますます少子化進むんじゃないかな
頭が良い人は、子育てじゃなくて自己投資の方が好きな傾向あるから
するじゃん?
日本にとってありがたいじゃないですか
育ててくれたらそれは日本にとってありがたいじゃないですか〜
高尚な趣味って読書以外にも映画鑑賞とか、音楽鑑賞とかあるだろうに
なんで、読書だけが「ばなればなれ」って報じ続けられる?統計データが取りやすいから?
読書が好きな人が増えたら日本にメリットあるかな。あるかもしれないな
でも、少子化を食い止めるという意味では国が読書を推奨する意味はないかもしれない
仕事が思いのほか早く片付き、夕方には静岡市内のビジネスホテルにチェックインした。
で、何気なくテレビをつけたんだ。画面に映し出されたのは、あまりにも懐かしいあのアニメだった。
小学生の頃、学校から帰って夕方になると当たり前のように流れていたあの世界が、令和の今もなおこの街の夕方に息づいている。
なんというタイムスリップ感だろう。出張の疲れも吹き飛び、ノスタルジーとちょっとした興奮に包まれながら、缶ビール片手にキテレツに見入ってた。
だが、コロ助とキテレツが会話を交わし、あの八百屋の息子が登場したあたりから、妙な違和感を覚え始めた。
……ん?
最初は放送事故かと思ったが、違う。彼が画面に映り、誰かがそのあだ名を呼ぶたびに、容赦なくピー――という自主規制音が被せられているのだ。
「ピー――!やめるナリ!」
「ピー――くん、そうダスね」
……カオスである。もはや画面の中では、名前を呼ぶことすら許されない危険人物のような扱いになっている。
どうやら令和のコンプライアンスの波は、静かなる静岡の夕方アニメ枠にまで押し寄せていたらしい。
「豚」と「ゴリラ」という、現代のルッキズムやハラスメント基準では完全にアウトなワードが組み合わさったあの伝説的なあだ名は、コンプラの刃によって完全に放送禁止用語扱いされてしまっていたのだ。
現代のコンプライアンスが衝突した結果生まれた、あまりにもシュールな放送画面。
令和のキテレツは、一味違う。