恋い焦がれ、届かなかった「巴里」 吉田茂と人気を分けた作家の嘆き
昭和史スケッチブック
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「一度だって私は巴里(パリ)を訪ねたことはない。だが夢は千度も見ているといっていい。その夢が重なり重なって私の瞼(まぶた)の裏には私の巴里ができ上っている」。1949年1月発行の「美術手帖」に、作家の高田保はこんな随筆を寄せた。
このころ、高田は東京日日新聞に風刺のきいたコラム「ブラリひょうたん」を連載しはじめていた。吉田茂と同じ神奈川県の大磯に住み、地元ではワンマン宰相と人気を二分したという。...
「昭和」のさまざまな物語がよみがえる100年の節目。その片隅の出来事をスケッチします。









