或女房に示されける法語

Wikisource:宗教

• 底本：国訳大蔵経編輯部 編『国訳大蔵経 : 昭和新纂』宗典部 第3巻,東方書院,昭和3-7. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/1172243/1/150 pp.285-286
• 書誌情報：国訳大蔵経編輯部 編（東方書院　1932年）

或（ある）女房（によばう）に示（しめ）されける法（ほふ）語（ご）

〈勅傳第二十五巻に載す。或女房とは法性寺左京の太夫信實朝臣の伯母なりとあり。〉

【一】念佛（ねんぶつ）行者（ぎやうじや）のぞんじ候（さふらふ）べきやうは、後世（ごせ）ををそれ往（わう）生（じやう）をねがひて念佛（ねんぶつ）すれば、をはるときかならず來迎（らいかう）せさせ給（たまふ）よしをぞんじて、念佛（ねんぶつ）申（まをす）より外（ほか）のことは候（さふら）はず。三心（さんじん）と申（まをし）候（さふらふ）もふさねて申（まをす）ときは、たゞ一（いつ）の願（ぐわん）心（しん）にて候（さふらふ）なり。そのねがふ心（こころ）のいつはらずかざらぬ方（はう）をば至（し）誠（じやう）心（しん）と申（まをし）候（さふらふ）。この心（こころ）の實（じつ）にて念佛（ねんぶつ）すれば臨終（りんじう）にらいかうすといふことを一念（いちねん）もうたがはぬ方（はう）を深心（じんしん）とは申（まをし）候（さふらふ）。このうへわが身（み）もかの土（ど）へむまれんとおもひ、行（ぎやう）業（ごふ）をも往（わう）生（じやう）のためと向（むく）るを廻（ゑ）向心（かうしん）とは申（まをし）候（さふらふ）なり。このゆへにねがふ心（こころ）いつはらずしてげに往（わう）生（じやう）せむとおもひ候（さふら）へば、をのづから三心（さんじん）はぐそくすることにて候（さふらふ）也（なり）。

【二】抑（そも〳〵）中品（ちうぼん）下（げ）生（しやう）に來迎（らいかう）の候（さふら）はぬことはあるまじければ、とかれぬにては候（さふら）はず。九（く）品（ほん）往（わう）生（じやう）にをの〳〵みなあるべきことの略（りやく）せられてなき事（こと）も候（さふらふ）也（なり）。善導（ぜんだう）の御（おん）心（こころ）は三心（さんじん）も品々（ほん〴〵）にわたりてあるべしとみえて候（さふらふ）。品々（ほん〴〵）ごとにおほくのこと候（さふら）へども、三心（さんじん）と來迎（らいかう）とはかならずあるべきにて候（さふらふ）なり。往（わう）生（じやう）をねがはん行（ぎやう）者（じや）はかならず三心（さんじん）ををこすべきにて候（さふら）へば、上（じやう）品（ぼん）上生（じやうしやう）にこれをときて、餘（よ）の品々（ほん〴〵）をも是（これ）になずらへてしるべしとみえて候（さふらふ）。

【三】又（また）われら戒品（かいほん）のふねいかだもやぶれたれば、生（しやう）死（じ）の大海（だいかい）をわたるべき緣（えん）も候（さふら）はず。智惠（ちえ）のひかりもくもりて、生（しやう）死（じ）のやみもてらしがたければ、聖（しやう）道（だう）の得道（とくだう）にももれたるわれらがためにほどこし給（たまふ）他（た）力（りき）と申（まをし）候（さふらふ）は第十（だいじふ）九（く）の來迎（らいかう）の願（ぐわん）にて候（さふら）へば、文（もん）にみえず候（さふらふ）とても、かならず來迎（らいかう）はあるべきにて候（さふらふ）也（なり）。ゆめ〳〵御（おん）うたがひ候（さふらふ）べからず。あなかしこ〳〵。

源（げん）　　空（くう）