東田川郡
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東田川郡(ひがしたがわぐん)は、山形県の郡。
人口25,710人、面積282.39km²、人口密度91人/km²。(2025年3月1日、推計人口)
以下の2町を含む。
郡域
[編集]1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。
- 鶴岡市の一部(鶴岡市街の南東の一部[注 1]および民田、高坂、青龍寺、滝沢、上山谷、谷定、板井川、熊出、本郷、松沢、倉沢、荒沢以東)
- 酒田市の一部(丸沼・新堀・落野目・板戸・木川・門田・局・大淵・広野・広野新田・福岡・広栄町および錦町の一部)
- 三川町の一部(赤川以東)
- 庄内町
歴史
[編集]郡発足までの沿革
[編集]幕末の知行
知行 | 明治2年9月 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|---|
藩領 | 出羽鶴岡藩 | 大泉藩 | 162村 | 高坂村[注 2]、青竜寺村、赤坂村、滝沢村、山谷村、金谷村、中臼井村、谷定村、湯殿村、板井川村[注 3]、大臼井村、西荒屋村(現・鶴岡市西荒屋)、関口村、中村(現・鶴岡市中田)、上山添村、鳥飼島村、川口村[注 4]、高橋村、漆原村、下中島村、折橋村、下外内島村、民田村、藤原村、上中島村、信州村、上外内島村、片貝村、東荒屋村、興屋村(現・鶴岡市西片屋)、西岩本村、藤掛村、稲荷村、上桂俣村、下桂俣村、勝福寺村、川村、我老林村、伊勢横内村、八ツ興屋村、苗津村、斎藤川原村、熊出村、大針村、本郷村、小綱木村、砂川村、大鳥村、川上村、行沢村、仙納村、荒沢村、上名川村、下名川村、大平村、倉沢村、松沢村、大網村、下田沢村、上田沢村、越中山村、田麦俣村、黒川村、東岩本村、松根村、宝谷村、馬渡村、たらのき代村[注 5]、田代村、高寺村、後田村、昼田村、中島村、西川原村、東川原村、松尾村、赤川村、石野新田村、中野新田村、猪俣新田村、丸岡村、備前村、備前荒屋敷村、塩田村、大半田村、助川村、砂塚村、堤野村、横内村、竹原田村、加藤村、新屋敷村、上藤島村、東渡前村、西渡前村、三ツ橋村、狩谷野目村、鎌田村、仙道村、西荒川村、荒川村[注 6]、野田村、富沢村、柳久瀬村、荒俣村、幕野内村、平形村、横川村、菱沼村、小尺村、藤島村、横山村[注 7]、下七曲村、上七曲村、関根村、四ツ興屋村、無音村、西荒屋村(現・鶴岡市藤岡)、越後京田村、楪村、古郡村、野田目村、押口村、細谷村、幕野内新田村、横川新田村、箕升新田村、上土口村、下土口村、押切新田村、上野新田村、和名川村、須走村、小中島村、十文字村、長沼村、落野目村、川代村、真木坂村、野荒町村、戸野村、国見村、坂ノ下村[注 8]、中里村、町屋村、金森目村、川行村、谷地興屋村、田屋村、下中野目村、柏谷沢村、増川新田村、大川渡村、上中野目村、蛸井興屋村、平足村、川尻村、東堀越村、市野山村、大口村、中村(現・鶴岡市羽黒町小増川)、谷地楯村、興屋村(現・鶴岡市羽黒町染興屋) |
酒田県 | 85村 | 福岡村、大淵村、広野新田村、奥井新田村、興屋村(現・酒田市)、狩川村、貢地目村、今新町村、南野村、手向村、跡村、清川村、添川村、科沢村、肝煎村、立谷沢村(第1次)[注 9]、東興屋村、大中島村、西興屋村、榎木村、門田村、久田村、新堀村、三ヶ沢村、添津村、荒鍋新田村、古関村、千本杉村、中島村、吉田村、反町村、三ツ口村、新田目村、本小野方村、桑田村、小真木村、福島村、前田野目村、赤淵新田村、主殿新田村、吉方村、近江新田村、生田新田村、沢新田村[注 10]、市郎右衛門新田、川原新田村、須部野新田、吉岡村、関根村、落合村、宮曽根村、福原村、提興屋村、平岡村、遊摺部村、西野村、板戸村、中野村、南野新田村、鷺畑村、千河原村、局村、杉浦村、家居新田村、町村、興野村(現・庄内町)、南口村、朝丸村、茗荷瀬村、払田村、常万村、西小野方村、大野村、境興野村、高田麦村、南興野村、槇島村、堀場村、丸沼村、廿六木村、落野目村、大宮村、木川村、深川村、瀬場村[注 11] | ||
出羽松山藩 | 松嶺藩 | 9村 | 八色木村、西袋村、田谷村、廻館村、三本柳村、荒興屋村、境新田村、柴野村、島田村 | |
鶴岡藩・松山藩 | 酒田県・松嶺藩 | 2村 | 下山添村[注 12]、余目新田村 | |
その他 | 寺社領 | 酒田県 | 1村 | 村杉番村 |
- 慶応4年
- 明治元年
- 明治2年
- 明治3年9月28日(1870年10月22日) - 酒田県(第1次)が県庁移転・改称して山形県となる[1]。
- 明治4年
- 明治8年(1875年)8月31日 - 酒田県(第2次)が県庁移転・改称して鶴岡県となる。
- 明治9年(1876年)
- 8月21日 - 第2次府県統合により山形県の管轄となる。
- 下記の町村の統合が行われる。(197村)
明治9年の合併
- 常磐木村 ← 中臼井村、湯殿村、大臼井村、関口村、高橋村
- 寿村 ← 川口村、漆原村、塩田村[2]
- 中橋村 ← 下中島村、折橋村、上中島村[2]
- 外内島村 ← 下外内島村、信州村、上外内島村
- 遠賀原村 ← 藤原村、稲荷村
- 西片屋村 ← 片貝村、興屋村(現・鶴岡市西片屋)、西岩本村[2]
- 桂荒俣村 ← 上桂俣村、下桂俣村、備前荒屋敷村[2]
- 渡前村 ← 東渡前村、西渡前村[3]
- 三和村 ← 下七曲村、上七曲村、四ツ興屋村[4]
- 土口村 ← 上土口村、下土口村[3]
- 玉川村 ← 国見村、村杉番村[3]
- 小増川村 ← 中村(現・鶴岡市羽黒町小増川)、谷地楯村[3]
- 立谷沢村(第2次) ← 大中島村、市郎右衛門新田、瀬場村
- 返吉村 ← 吉田村、反町村[5]
- 家根合村 ← 関根村、落合村、家居新田村[6]
- 余目村 ← 町村、興野村(現・庄内町)、南口村、朝丸村[7]
- 堀野村 ← 堀場村、柴野村[5]
- 赤坂村が高坂村に[2]、藤掛村が勝福寺村に[3]、川村が苗津村に、小綱木村が本郷村に[2]、川上村が大針村に[2]、仙納村が倉沢村に[2]、大平村が下田沢村に[2]、中島村が後田村に[3]、西川原村・東川原村が松尾村に[3]、鎌田村・西荒川村が荒川村に、押口村が細谷村に[3]、幕野内新田村が堤野村に[3]、十文字村が長橋村に、真木坂村が川代村に[3]、田屋村が町屋村に[3]、奥井新田村・興屋村(現・酒田市)が広野新田村に、貢地目村・今新町村・東興屋村・西興屋村・荒鍋新田村が狩川村に、立谷沢村(第1次)・川原新田村・須部野新田が肝煎村に、久田村が門田村に、三ツ口村が新田目村に[5]、生田新田村が吉岡村に[8]、三本柳村・荒興屋村が廻館村に[9]、境新田村が余目新田村に[5]それぞれ合併。
- 山谷村が上山谷村に[2]、西荒屋村(現・鶴岡市藤岡)が藤岡村に[4]、中村(現・鶴岡市中田)が中田村に[2]、落野目村が豊栄村に[4]、興屋村(現・鶴岡市羽黒町染興屋)が染興屋村に[3]、中島村が京島村に[5]、小真木村が大真木村に[5]それぞれ改称。
郡発足以降の沿革
[編集]- 明治11年(1878年)

- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。特記以外は現・鶴岡市。(26村)
- 大泉村 ← 大鳥村、荒沢村、上田沢村、下田沢村、倉沢村、松沢村[11]
- 本郷村 ← 大針村、砂川村、行沢村、本郷村、上名川村、下名川村、熊出村[11]
- 山添村 ← 板井川村、西片屋村、東荒屋村、西荒屋村、常盤木村、備前村、丸岡村、中田村、桂荒俣村、上山添村、下山添村、鳥飼島村、寿村[一部][11]
- 黄金村 ← 谷定村、金谷村、滝沢村、寿村[大部分]、青竜寺村、上山谷村、中橋村、民田村、高坂村[11]
- 斎村 ← 勝福寺村、我老林村、斎藤川原村、伊勢横内村、苗津村、八ツ興屋村、遠賀原村、外内島村[11]
- 東村 ← 田麦俣村、大網村、越中山村、中野新田村、東岩本村
- 黒川村 ← 黒川村、宝谷村、たらのき代村[注 5]、田代村、馬渡村[上]、松根村[12]
- 広瀬村 ← 上野新田村、猪俣新田村、高寺村、後田村、馬渡村[下]、松尾村、赤川村、細谷村、三ツ橋村、狩谷野目村、石野新田村、富沢村、昼田村[13]
- 泉村 ← 仙道村、野田村、増川新田村、川代村、玉川村、大口村、市野山村、戸野村、野荒町村、荒川村、町屋村、金森目村、小増川村、染興屋村、川行村、中里村[14]
- 渡前村 ← 柳久瀬村、荒俣村、箕升新田村、渡前村、平形村、新屋敷村、上藤島村、和名川村、砂塚村、幕野内村、大半田村[大部分][14]
- 横山村 ← 助川村、堤野村、横内村、竹原田村、菱沼村、加藤村、大半田村[一部]、小尺村、横川村、横川新田村、横山村[14](現・三川町)
- 押切村 ← 押切新田村、土口村[14](現・三川町)
- 長沼村(単独村制)[14]
- 八栄島村 ← 八色木村、豊栄村、小中島村[14]
- 藤島村 ← 須走村、三和村、藤岡村、古郡村、大川渡村、下中野目村[現・鶴岡市下中野目]、野田目村、越後京田村、谷地興屋村、藤島村[14]
- 東栄村 ← 無音村、楪村、関根村、添川村、鷺畑村、川尻村、平足村、下中野目村[現・鶴岡市工藤]、上中野目村、蛸井興屋村、東堀越村[14]
- 手向村(単独村制)[14]
- 立谷沢村 ← 立谷沢村[第2次]、科沢村、肝煎村[14](現・庄内町)
- 狩川村 ← 添津村、狩川村、三ヶ沢村、清川村[14](現・庄内町)
- 十六合村 ← 主殿新田村、南野新田村、福島村、大真木村、桑田村、千本杉村、京島村、返吉村、前田野目村、新田目村、本小野方村、吉方村、中野村、南興野村、境興野村、西袋村[15](現・庄内町)
- 大和村 ← 古関村、沢新田村、赤淵新田村、廻館村、南野村、飽海郡小出新田村、堤新田村[16](現・庄内町)
- 五七里村 ← 田谷村、大野村、西小野方村、吉岡村、茗荷瀬村、払田村、島田村、近江新田村、余目新田村、常万村、堀野村、福原村[17](現・庄内町)
- 余目村 ← 余目村、廿六木村、提興屋村、槇島村、千河原村、平岡村、榎木村、跡村[7](現・庄内町)
- 新堀村 ← 丸沼村、新堀村、落野目村、板戸村、木川村、門田村[現・酒田市門田]、局村[14](現・酒田市)
- 栄村 ← 門田村[現・庄内町久田]、杉浦村、高田麦村、家根合村、宮曽根村、深川村、西野村[18](現・庄内町)
- 広野村 ← 大渕村、広野新田村、福岡村[15](現・酒田市)
- 明治23年(1890年)10月28日 - 五七里村の一部(大野・島田・茗荷瀬・田谷・西小野方・払田・近江新田・吉岡)が分立して八栄里村が発足[19]。(27村)
- 明治24年(1891年)
- 大正7年(1918年)5月5日 - 余目村が町制施行して余目町となる[21]。(1町27村)
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正11年(1922年)5月10日 - 藤島村が町制施行して藤島町となる。(2町26村)
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和12年(1937年)4月1日 - 狩川村が町制施行して狩川町となる。(3町25村)
- 昭和29年(1954年)
- 昭和30年(1955年)
- 昭和31年(1956年)1月1日 - 余目町の一部(千本杉・桑田)が立川町に編入[30]。
- 昭和41年(1966年)12月1日 - 櫛引村が町制施行して櫛引町となる[31]。(5町2村)
- 昭和43年(1968年)6月1日 - 三川村が町制施行して三川町となる[32]。(6町1村)
- 平成17年(2005年)
変遷表
[編集]自治体の変遷
明治22年以前 | 明治22年4月1日 | 明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和29年 | 昭和30年 - 昭和64年 | 平成1年 - 現在 | 現在 |
---|---|---|---|---|---|---|
余目村 | 大正7年5月5日 町制 |
昭和29年12月1日 余目町 |
余目町 | 平成17年7月1日 庄内町 |
庄内町 | |
大和村 | 大和村 | |||||
十六合村 | 十六合村 | |||||
栄村 | 栄村 | |||||
五七里村 | 明治24年3月31日 改称 常万村 | |||||
明治23年10月28日 分立 八栄里村 | ||||||
狩川村 | 昭和12年4月1日 町制 |
昭和29年10月1日 立川町 |
立川町 | |||
明治24年4月14日 分立 清川村 | ||||||
立谷沢村 | 立谷沢村 | |||||
横山村 | 横山村 | 横山村 | 昭和30年1月1日 三川町 |
三川町 | 三川町 | |
押切村 | 押切村 | 押切村 | ||||
西田川郡 東郷村 |
西田川郡 東郷村 |
西田川郡 東郷村 | ||||
藤島村 | 大正11年5月10日 町制 |
昭和29年12月1日 藤島町 |
藤島町 | 平成17年10月1日 鶴岡市の一部 |
鶴岡市 | |
長沼村 | 長沼村 | |||||
八栄島村 | 八栄島村 | |||||
東栄村 | 東栄村 | |||||
渡前村 | 渡前村 | 渡前村 | 昭和30年1月10日 藤島町に編入 | |||
広瀬村 | 広瀬村 | 広瀬村 | 昭和30年2月1日 羽黒町 | |||
泉村 | 泉村 | 泉村 | ||||
手向村 | 手向村 | 手向村 | ||||
山添村 | 山添村 | 昭和29年12月1日 櫛引村 |
昭和41年12月1日 町制 | |||
黒川村 | 黒川村 | |||||
大泉村 | 大泉村 | 昭和29年8月1日 朝日村 |
朝日村 | |||
本郷村 | 本郷村 | |||||
東村 | 東村 | |||||
黄金村 | 黄金村 | 黄金村 | 昭和30年4月1日 鶴岡市に編入 | |||
斎村 | 斎村 | 斎村 | ||||
新堀村 | 新堀村 | 昭和29年12月1日 酒田市に編入 |
酒田市 | |||
広野村 | 広野村 |
行政
[編集]- 歴代郡長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 木村順蔵 | 1878年(明治11年)11月1日 | 1880年(明治13年)3月20日 | 東田川郡発足 |
2 | 氏家直綱 | 1880年(明治13年)3月20日 | 1880年(明治13年)4月5日 | |
3 | 長沢惟和 | 1880年(明治13年)4月5日 | 1882年(明治15年)2月13日 | |
4 | 吉見輝 | 1882年(明治15年)4月7日 | 1883年(明治16年)4月5日 | |
5 | 朝倉政治 | 1883年(明治16年)4月5日 | 1883年(明治16年)6月7日 | |
6 | 石井武雄 | 1883年(明治16年)8月6日 | 1886年(明治19年)2月9日 | |
7 | 黒金泰乗 | 1886年(明治19年)2月9日 | 1886年(明治19年)2月22日 | |
8 | 佐藤志郎 | 1886年(明治19年)2月22日 | 1886年(明治19年)8月 | |
9 | 脇他三郎 | 1886年(明治19年)8月28日 | 1889年(明治22年)1月24日 | |
10 | 小林長徳 | 1889年(明治22年)1月24日 | 1891年(明治24年)1月28日 | |
11 | 相良守典 | 1891年(明治24年)1月28日 | 1898年(明治31年)8月31日 | |
12 | 関原弥里 | 1898年(明治31年)8月31日 | 1914年(大正3年)10月30日 | |
13 | 中里重吉 | 1914年(大正3年)10月30日 | 1920年(大正9年)9月16日 | |
14 | 朝岡勇雄 | 1920年(大正9年)9月16日 | 1923年(大正12年)3月15日 | |
15 | 菊池角馬 | 1923年(大正12年)3月15日 | 1926年(大正15年)5月 | |
16 | 可児友三 | 1926年(大正15年)5月5日[35] | 1926年(大正15年)6月30日 | 郡役所廃止により廃官 |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 住居表示実施地区のため境界の比定は困難。比定可能な西の境域は大半田、羽黒町押口、羽黒町赤川。
- ^ 高坂村・新山村に分かれて記載。
- ^ 板井川村・片茎村に分かれて記載。
- ^ 川口村・下中村に分かれて記載。
- ^ a b 「たらのき」は木偏に荒。
- ^ 記載は東荒川村。
- ^ 横山村・土橋村に分かれて記載。
- ^ 詳細不明。本項では村数に数えない。
- ^ 木野沢村・鉢子村・中村・松ノ木村・中島村・片倉村に分かれて記載。
- ^ 沢新田村・連枝興野村に分かれて記載。
- ^ 金掘場で無高のため「旧高旧領取調帳」には記載なし。
- ^ 下山添村・道智村に分かれて記載。下山添村が大泉藩領、道智村が松嶺藩領。
出典
[編集]- ^ 大瀬欽哉・斎藤正一・佐藤誠朗 編著『鶴岡市史 中巻』鶴岡市役所、1975年2月1日、195頁。NDLJP:3001160
- ^ a b c d e f g h i j k 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』16頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』17頁。
- ^ a b c 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』18頁。
- ^ a b c d e f 『余目町史 下巻』102-103頁。
- ^ 『余目町史年表』560頁。
- ^ a b 『余目町史 下巻』666頁。
- ^ 『余目町史 下巻』789頁。
- ^ 『余目町史 下巻』752頁。
- ^ 『余目町史年表』202頁。
- ^ a b c d e 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』34頁。
- ^ 『山形県市町村合併誌』91頁。
- ^ 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』34-35頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』35頁。
- ^ a b 『山形県市町村合併誌』92頁。
- ^ 『余目町史 下巻』753頁。
- ^ 『余目町史 下巻』724頁。
- ^ 『余目町史 下巻』804頁。
- ^ a b 『余目町史 下巻』725頁。
- ^ 『山形県郡市町村沿革録 補訂版』42頁。
- ^ “「町村変更」『官報』1918年5月20日”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2025年2月24日閲覧。
- ^ 『1957年版 山形県年鑑』82頁。
- ^ a b “庄内町の歴史”. 庄内町公式ホームページ (2018年10月9日). 2025年2月24日閲覧。
- ^ a b 『1957年版 山形県年鑑』83頁。
- ^ 『藤島町史 上巻』1-2頁。
- ^ 『余目町史 下巻』578頁。
- ^ a b 『1957年版 山形県年鑑』80頁。
- ^ 『三川町史』895頁。
- ^ 『藤島町史 上巻』2頁。
- ^ 立川町史編纂委員会 編『立川町の歴史と文化』立川町、1961年2月26日、25頁。NDLJP:3001074
- ^ 『山形県年鑑 1973年版』463頁。
- ^ 『三川町史』959頁。
- ^ “鶴岡市の沿革”. 鶴岡市 (2016年8月12日). 2025年2月24日閲覧。
- ^ 『余目町史 下巻』372頁。
- ^ “「叙任及辞令」『官報』1926年5月6日”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2025年3月11日閲覧。
参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 6 山形県、角川書店、1981年12月1日。ISBN 4040010604。
- 旧高旧領取調帳データベース
- 佐藤東一 編『余目町史年表』山形県余目町、1969年1月30日。NDLJP:9536190
- 余目町 編『余目町史 下巻』1990年5月30日。NDLJP:9540945
- 大瀬欽哉ほか『三川町史』三川町、1974年1月1日。NDLJP:9536565
- 大平禎介 編『1957年版 山形県年鑑』山形新聞社、1956年12月30日。NDLJP:3002703
- 小笠原胤公 編『山形県年鑑 1973年版』山形新聞社、1972年12月18日。NDLJP:9568916
- 山形県 原編『山形県郡市町村沿革録 補訂版』山形県郷土文献刊行会、1978年11月8日。NDLJP:9569986
- 山形県地方課 編『山形県市町村合併誌』山形県、1963年10月30日。NDLJP:3022330
関連項目
[編集]先代 田川郡 |
行政区の変遷 1878年 - |
次代 (現存) |