キックバック再開の経緯は?
「ちょっと閉めといてよ」
会議室の外に、会話が漏れるのを警戒したのは、世耕弘成元経済産業相('24年4月に自民党離党)だった。ドアの外には、ICレコーダーやスマホを手にした多数の記者の姿があった。
'25年8月5日、国会内で、自民党の最大派閥だった清和政策研究会(旧安倍派)のある会合が開かれた。
「裏金事件の震源地となった清和研は、政治とカネの問題に決着をつけるため同年6月末に解散の届け出を出しました。しかし、派閥の口座には、それまでの活動で積み上がった政治資金が残っていた。この日の会合では、残金2億3800万円あまりを自民党本部に寄付し、政治団体としての清算を終えたことが、集まった約50人の議員らに報告されました」(清和研関係者)
報告が終わると、西田昌司参院議員が発言を求めた。
「もともとの問題は、なんでこの還付金(キックバック)が継続されたのかというところにあって。(中略)この前の(清和研の)事務局長の裁判で、4人の幹部の方(塩谷立、下村博文、世耕弘成、西村康稔)に相談して決めたということを言っているわけですよね。(中略)で、今日(幹部のうち)お二人来られてますんでね、やっぱ、そこのとこの整理は皆さんにちゃんと説明してもらわないと、これは筋が通りませんよ」(丸かっこ内は筆者の補足。以下同)
西田氏が求めたのは裏金事件の実態解明であり、中でも一度は中止が決まったキックバックが再開されたことについて派閥幹部の見解を聞くことだった。このとき西田氏に名指しされた「お二人」とは、参院安倍派のトップだった世耕氏と、事務総長を務めた西村選対委員長だった。
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