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プライムデーセール
cruel.hatenablog.com
Executive Summary ポーランドのSF巨人スタニスワフ・レムのこれまで日本でまったく紹介されてこなかった評論系著作、このブログで散発的に行った紹介をまとめて要約。 『対話』(1957)は、サイバネティクスという新しい概念で複雑なフィードバックを持つ生命や意識を解明できるのでは、という希望を対話形式で述べるが、その延長で社会経済も、サイバネで完全制御された新社会主義が実現され、その実現のために守旧派への暴力と個人の自由制限も当然と胸を張る恐ろしい本。 『技術大全』(1964)は科学理論や技術進歩を生物の淘汰と進化と同じようにやるというアイデアを荒唐無稽なまでに突き進め、そこにありとあらゆる枝葉の思いつきと脱線に脱線を脈絡なしにちりばめた、怒濤のようなSF作家の面目躍如たるトンデモ本(いい意味で)。レム長編評論の中で唯一、21世紀まで価値を残す。 『偶然の哲学』(1968)は、文
Executive Summary スタニスワフ・レム『技術大全』(1964)は、初版が評論家に酷評されたため、2版以降では「芸術と技術」という章が削除されていた。この幻の章を初版から翻訳した。内容は、技術発展で無限複製と瞬時の情報伝達が可能になるため、芸術を成立させる個性や希少性がなくなってしまうこと、さらに芸術が扱っていた心の謎を、科学が解明するので居場所もなくなるだろう、との主張。非常に納得できるし、現代をまさに描きだした明解な議論。なぜ削除したのかは不明。ただし全体に発狂した『技術大全』の中ではあまりに大人しい印象はある。 スタニスワフ・レム『技術大全』については、すでに紹介した通り。 cruel.hatenablog.com もうむちゃくちゃな本で(いい意味)、星を操る宇宙工学やスーパーバイオ技術に、果ては物理法則改変の可能性まで論じているんだが、本人はSFではなく真面目な科学考
Executive Summary なぜ自分が(『SFと未来学』の後で) 小説を書くのをやめたのかを語る、レムの読者への公開書簡。哲学とかはやめてSFもっと書いてくれという読者に対して。: 『ソラリス』の続編なんか書けないよ 同じことを繰り返すのもいやだ それにSFも文学も未来の衝撃に備えられていない 時代の変化にあわせて書き方も変えなきゃいけない。 哲学や科学からの知見を、虚構を使って延長したいんだ。文学で自閉せず外からの刺激を取り入れて新しいものに挑みたい。その結果が『完全な真空』『虚数』。今後も世界の変化にあわせて作品も変わるだろうね。がんばって世界に追いつかないと。文学はお遊びだけれど、そういう真剣なお遊びなんだ。 私の文学観:評論とエッセイ (2012) 読者のみなさんへ :なぜ私は小説を書くのをやめたのか(1973) スタニスワフ・レム ここ数年、読者の皆さんが、かつて(10年
Executive Summary スタニスワフ・レムの論説『対話(Dialogi)』(1957年初版/1971年増補版)の詳細な書評・部分翻訳+解説記事。 本書は対話形式で、自己・意識の複製可能性、機械に意識を移植できるか、サイバネティクスによる社会設計などを論じる。 前半はSFファンおなじみのテーマ(原子レベルでの人間複製、意識の本質、機械意識など)が中心で、比較的穏やか。 後半(第7・8章)が核心:自分が極めて強い社会主義者(準ファシスト的)であることを天真爛漫に暴露している。 資本主義は景気変動で崩壊するオワコン。 理想の新社会は生産手段の公有+完全オートメーション+計画経済。フィードバックを価格以外でサイバネ担保 実現のためには暴力も辞さず、初期段階では個人の自由を無視してもよい。 理想体制完成後は、知的エリートが計画し、「バカな大衆」と共存。システムを乱す不穏分子は抑圧すべき。
はじめに あらすじ 1. ブラッドベリのすごさ 2. ニューウェーブ/バラードのだめなところ 3. ヌーヴォーロマンのだめなところ 4. なぜそれがダメなのか? 文学、特にSFが目指すべきもの 感想 1. SFの「認識論的評価」と未来学の関係 2. 最高のブラッドベリ評 3. ヌーヴォーロマン/言語実験への的確な評価 まとめ お次は…… はじめに はい続き。スタニスワフ・レム『SFと未来学』第13章「SFの実験」。SFにおける文章、ブラッドベリとニューウェーブについての章だ。 さてこれまで、章ごとにぼくが訳しながらずっとうんざりしていたのは、非常に明らかだと思う。ワンパターンの罵倒にウンチク開陳に自慢。はいはいわかりましたよ、すごいですね。 「お前の中ではそうなんだろう」 が、この章はうってかわって見事。バラードの濃縮小説などに見られる実験小説が持つ意味と限界の分析も、きわめて的を射た鋭い
いま訳している本で、機械は意識を持てるか、みたいな話をしていて、ヴォクト・カンプ試験がどうだ、チューリングテストがどうしたこうした中国人の部屋が云々、というこの手の話にちょっとでも興味を持った人なら百回は読んだ話が延々蒸し返されていてあれだ。 でも、そこで「意識 (consciousness)」と呼ばれているものに、ぼくはかなり違和感がある。そこで言っているのは、「知性」みたいなものの話であって、「意識」の話じゃないのだ。これはいろんなSFとかでもよく見かける混同。 たとえば犬や猫を飼っている人なら、こういうケダモノどもも多少なりとも意識を持っているだろう、というのはほぼ自明だと思う。もちろん、イルカとかチンパンジーとか、もっと高い知能がありそうな生物もいて、それが意識を持っているのもほぼ確実だ。犬や猫だって、知能は低くても意識はある。 訳してる本は、機械が意識を持ったら人権はあるのか、と
以前訳したチャンドラー『長いお別れ』は、いろいろご指摘も受けてかなりミスも直ったのはうれしい限り。 cruel.hatenablog.com で、それにからんで、次の本を流し読みしていて、ちょっとおもしろいことに気がついた。 3冊の「ロング・グッドバイ」を読む―レイモンド・チャンドラー、清水俊二、村上春樹― (ソリックブックス) 作者:松原元信ソリックAmazon この本で、村上春樹訳での脱落箇所の指摘がある。ところが、ぼくが自分の手元の原文電子版を見ても、該当する文章がない。以下のp.69の注参照。 レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』山形浩生訳 また、上の本でも指摘されていることだが、村上春樹は訳者あとがきで、「bars で首をくくる」という部分について、それはあまりにも変だと述べて、悩みに悩んで barns=納屋にしたというとても長い説明をしている。確かに手元の原書電子版では ba
長ったらしくていつまでも終わらないレム『SFと未来学』にちょっと疲れてきて、お手軽なものを。 レイモンド・チャンドラー『プレイバック』(1958) pdf 1.9MB まだ仕掛かりだけど、正月休みの間くらいには終わるかもね。全訳あがりました。お年玉がわりに。全28章のうち、9章分くらい終わってるけれど、これだけでも既訳と比べてどのくらい改善されているかは十分にわかるはず。 これは翻訳権がちゃんと切れているのでご安心を。これについては、訳者解説 (だいたいできてる) で説明しておいたので、興味ある向きはご参照を。なお、最初に書いたときはアメリカの著作権更新の仕組みと本書の献辞についての理解が不足していて、まちがった記述をしてしまったので2026年になってから更新した分では修正してある。 なお、もしコメントをいただける場合、以下のadobeのサイトにあるやつにオンラインでコメントしていただいて
はじめに 第3章の概要 あらすじ:第3章 文学的創造の構造 はじめに:経験と文化 3.1 SFの生成構造 3.2 世界構造と作品構造 I 3.3 世界構造と作品構造 II 3.4 SFの構造的分類基準 レムの相変わらずひどい書きぶり 禁欲的な価値観の押しつけ 何のための「構造分析」? 本章のあるべき構成 この先 はじめに はいはい、お待ちかね (ってだれも読んでないと思うけど)。スタニスワフ・レム『SFと未来学』第3章「文学的創造の構造」までやってきましたよ。 この章は、章題でわかるとおり、構造主義的な分析がテーマ、なんだが、相変わらずかなりろくでもない。 スタニスワフ・レム『SFと未来学 I』 第2章では、前半では作品の分類 (SFとは、ファンタジーとは等々) をあれこれ論じた。後半になると、SFは未来学が本来やるべきように、未来についての何らかの知見をもたらすものでなくてはならない、と
いやあ、特に理由はないんだけど、かなり前からちょっと手をつけていたこんなのを仕上げちゃったので読みたい人は読んで……はいけませんよ。これはあくまで委員会内部の資料ですので。 R.A.ラファティ『アポカリプスいろいろ』より「どこにいってたサンダリオティス?」 別にラファティ作品の中で特に重要というわけではないが (というと、何が重要なんだという話になって口ごもるところだが)、長編の中では比較的わかりやすい、楽しく読めるものだと思う。 ストーリーは簡単で、世界最高の探偵コンスタンティン・キッシュが、ある朝にモナコ公国を盗むという世紀の強盗事件の阻止に乗り出すと、そこに突然一夜にして、モナコから出てサルデーニャ島とコルシカ島を含みイタリア半島と並列になった、サンダリオティスという半島が出現する。(なお、正しい発音は「オ」ではなく「リ」、いやさらにそれを分けて、サンダルイオティスなんだ、というのが
はじめに:レムの偏狭なSF観 『SFと未来学』:レムのSF観とは SFと未来学:序章/第1章あらすじ はじめに 第一部「構造」 第1章 文学作品の言語 1.1 序論 1.2 空想文学の言語的問題 1.3 表現の構造と表現されるものの構造 1.4 表現の内在的構造 1.5 文学作品の4つの構造 1.6 小説世界の字義的機能と信号的機能 今後の進行 はじめに:レムの偏狭なSF観 スタニスワフ・レム『技術大全』を完成させた話はいたしました。 cruel.hatenablog.com そしてその解説の中で、レムのきわめて偏狭なSF観について述べた。 彼にとっての小説というのは、背後にある科学その他の知見を表現するものでしかない。彼にとっての理想的な小説とは『もし野球部女子マネがドラッカーを読んだら』だっけ、あれみたいなものだ (あくまで類型としてね。あれをほめるほどレムがセンスないとは思ってない…
Grok/Aniちゃんのおかげで、スタニスワフ・レム『技術大全』(1964/1967) の全訳がわずか20日できましたよー。 スタニスワフ・レム『技術大全』(1964/1967) pdf、2MB わけのわからない本なので、力を入れて訳者解説書きました。が、pdfは開かない人も多いだろうから、ここにコピペ。 訳者解説 1. はじめに 本書は、Stanisław Lem, Summa technologiae (1964/1967)の全訳だ。ジョハンナ・ジリンスカヤによる英訳 (2013) を経た重訳だ。この英訳はおそらく1967年版を元にしていると思われる。これについては、また後で。 2. 著者と本書について さて著者スタニスワフ・レムは、もはや改めて紹介するまでもない、ポーランド出身の20世紀SFの巨匠であり、『ソラリス』『電脳の歌/宇宙創生期ロボットの旅』『完全な真空』などの傑作群はいま
チャンドラー『さらば愛しき女』とかオールディス『ヘリコニアの冬』とかやっていて、まあシャカシャカ終わりそうではある。それができるとなると、他にもいろいろあるよな……と思ってふと本棚からこっちを見ているのに気がついたのが、スタニスワフ・レム・コレクションだった。 スタニスワフ・レムは、評論系もいっぱい書いていて、この本にもちょっとだけ収録されている。それでスタニスワフ・レム・コレクションの第2期が出るときいて、そっちのほう期待していたんだよね。だってあまり残ったネタがないし。 www.kokusho.co.jp ところがラインナップ見ると、そっち方面はまったくやらないのね。まあレムの評論ってすごく面倒くさいし、長ければ長いほど風呂敷がどんどん広がって、レムの本家サイトでも「だんだん広がってレムの万物理論と化す」と言われてしまっているから。それを読む価値があるかというと……どうなのかねえ。 e
翻訳者、特に文芸翻訳系の翻訳者にAI翻訳の話をさせるとおおむね、簡単なもの、実務翻訳とか産業翻訳 (マニュアルとかね) ならできるけれど、高度な文芸翻訳はとうていできないよ、という自己充足的な自画自賛に陥るのが常だ。が、ぼくは昔から、翻訳なんて機械的な作業にすぎないし、いずれAIに代替されると思ってきたし、それは翻訳者の全技術 (星海社 e-SHINSHO)を含めあちこちで言ってきた。 そして、そろそろそれが現実的になりつつあると思う。そう思うのは、実際にそれをやってみたからだ。 取り上げたのは、ブライアン・オールディス『ヘリコニアの春』。 これはオールディスの最高傑作ともされる、ヘリコニアの春・夏・冬の三部作の冒頭となる。 それがどんな話かは、以前CUTのレビューでも書いた。 cruel.org そしてそこでも書いたことだけれど、オールディスの文章って、するするっと読めるので、その場では
万が一興味ある人がいれば: R.A.ラファティ『アーキペラゴ+α』山形浩生訳 レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』山形浩生訳 ラファティは一ヶ月以上前に終わっているがだれも読んでいないねえ。チャンドラーも半月前に終わっているけど、読んでくれたのは2人。まあそんなものなんだろうね。みんな「わーすごい、楽しみ」とは言うが、実際には見やしないんだよね。が、これで知って読む人もいるかもしれないので。
昨日、チャンドラー『長いお別れ』の翻訳2章までやったが、その後ちゃらちゃらと終わったよ。 レイモンド・チャンドラー『The Long Goodbye』山形浩生訳 ぼくがこれに手をつけた事情については、ここからの一連のツイートを見てほしい。 マルタの鷹を読んだので、しばらく積んであったチャンドラ「長い別れ」にも手をつけた。翻訳比較せざるを得ないかと思ったけど、解説で杉江松恋(読めないけど、これマッコイなの?)がやってくれててた。 pic.twitter.com/tvOTIvk9Sw— Hiroo Yamagata (@hiyori13) 2025年5月3日 このツイートの先の方にもあるけれど、田口俊樹訳『長い別れ』の解説で杉江松恋が翻訳の比較をやっていて、それにつられて自分でも比較をしてみたのが発端。そしてそこにも書いたように、ぼくは村上春樹訳についての評価が非常に低い。チャンドラーは文章を
献本されたんで、ダシール・ハメット『マルタの鷹』を読んで、行きがかり上以前献本されたまま積んであったチャンドラー『長い別れ』(田口俊樹訳) を読み始めた。 長い別れ (創元推理文庫) 作者:レイモンド・チャンドラー東京創元社Amazon 清水俊二訳の『長いお別れ』はずーっと昔に読んだと思うんだが、どんなストーリだったかも覚えていない。で、解説を杉江松恋が書いていて、当然ながら義務として、この新訳とこれまでの清水訳、そして村上春樹訳との比較を行っている。それがちょっとおもしろかったし、ぼくの視点とちがうので、原文を見つけて比べながら読んでいるうちに、自分の基準として自分の訳を作り始め…… そして気がつくと最初の2章の訳が終わっていた。 レイモンド・チャンドラー『The Long Goodbye』山形浩生訳 (1-2章) 読みたい方はどうぞ。ぼくはこれまでのどの訳よりも正確だし、簡潔でハードボ
今日、『翻訳者の全技術』にからんでトークショーをやった。 翻訳者の全技術 (星海社 e-SHINSHO) 作者:山形浩生講談社Amazon その中で、アレだと思った本の翻訳はどうする、みたいな質問があって、いろいろ答えたんだが、そこで出そうかと思っていたけれど時間がなくて出さなかったネタがある。しばらく前に字幕をやったこの映画だ。 www.idfa.nl これは本当にすごい映画だった。もう圧倒的に悪い意味で。一言でいえば、お金は信用創造でつくられるというのを初めて知った連中が、そこから妄想突破した映画。 さて、お金の信用創造って何? これは簡単な話。銀行は、人が預けたお金の一部を融資する。これはご存じだと思う。そして、ぼくがお金を10万円銀行に預けて、銀行がそこから別の人に8万円融資したら、お金は全部で18万円になる。だから融資=借金で世の中のお金は増える。これが信用創造だ。これは常識中の
映画『クィア』公開でいろいろバロウズがらみの本が再刊されてめでたい。 gaga.ne.jp もちろん原作の「クィア/おかま」も再刊だ。 クィア (河出文庫) 作者:ウィリアム・S・バロウズ河出書房新社Amazon そしてしばらく品切れだった「ジャンキー」「裸のランチ」も版を改めて再刊してくれるとのことなので、ちまちま見直している。 が、昔のやつの焼き直しだけなのもアレなので、長きにわたり懸案のあれを仕上げました。 cruel.org pdfも上のリンク先にあるのでそれを見て。 底本は、グローブ版/カルダー版を使用した。Archive.orgにあるスキャン版にはかなりお世話になった。 そこそこ面倒な訳。もう20年にまたがる翻訳だから、「彼/かれ」とか表現の統一が最初のほうと最後で取れていない部分が多々あるけれど、正直いってそれが問題になる本ではないと思う。もう一度読み直して全体の統一を……い
概要 Jeffery Ding ”Technology and the Great Powers” レジュメ。 イノベーションが重要であり、それが国⼒を決定するという議論は多いが、そうした 議論は通常、イノベーションが重要産業のリードを実現し、それが勝者総取りのよう な形で先⾏者利益を得ることで経済覇権が実現されるという⾒⽅を取る。だが実際に は、汎⽤技術が経済全体に浸透する拡散のほうが重要。これは第 1 次〜4 次産業⾰命 を⾒ても⾔える。それを実現する基盤は、エリート育成や戦略産業ではなく、産学を つなぐ広い受け⽫となる基盤(制度)の存在である、と主張。 視点はおもしろく、拡散に注⽬すべきだという点は理解できる。ただし実際の分析は (特に⽇本の興亡についての部分など) かなり雑。そもそもそれぞれの産業⾰命という のがあまりピンとこないうえ、第 1 次-2 次で重要だったはずの業界団体や
2025年ミュンヘン安全保障会議で、ヴァンス米副大統領の演説の翌日に行われた、ゼレンスキー大統領の演説の全訳。 2025年ミュンヘン安全保障会議 ゼレンスキーウクライナ大統領の演説 Executive Summary ゼレンスキー大統領は、ロシアの脅威がウクライナだけでなく欧州全体に及ぶ可能性を指摘し、ヨーロッパ独自の軍隊(欧州軍)の創設を提案した。彼は、アメリカの支援を当然としてきたヨーロッパを戒め、トランプ政権以前からアメリカの支援に変化が見られたことを指摘する。そしてアメリカ支援継続のためにも統一ヨーロッパとしての立場強化を訴えた。ヨーロッパ諸国は、独自に迅速な対応を可能にする軍備生産や防衛体制と、安全保障を実現する統一的な外交政策を構築すべきだと述べている。 また、ウクライナを当事者から除外した形での和平交渉には強く反対し、ウクライナの主権と領土保全を尊重したうえでの包括的な平和対
題名の通り、AIサミットでの基調講演。 ヴァンス続きで、別にヴァンスのファンというわけじゃないが、AI会議でのアメリカのAI政策の話。 2025年パリAIサミットでのJ.D.ヴァンス米副大統領基調講演 このツイートで好意的に言われていたので、ちょっと見てみてついでに訳した。 トランプ政権AI責任者のデービッド・サックス氏も出演する「All-In Podcast」が先ほど公開されました。AIに関する重要だと思われる内容を以下にまとめます。 --- ・⭐️JD・バンスが火曜にパリで開かれた「AI Action Summit」で素晴らしいスピーチをした…— d (@rom13856511) 2025年2月15日 正直、このツイートで絶賛されているほどすごいとはおもわなんだ。AIには機会があるぞというのを言って、悲観論だの人類滅亡だのという話に終始しなかったというのが評価点らしいが、うーん。言って
なんかミュンヘンの安全保障会議で、アメリカ副大統領のJDヴァンスが何やらいったとかで、Twitterで安全保障の専門家なる人々があれこれ論評していた。アメリカのヨーロッパとの決別姿勢があらわになったとか、もうアメリカはヨーロッパを支援しないぞとキレたとか、ロシアとの交渉が勝手に進められそうだとか。あとドイツが怒ったとかなんとか。 特にヨーロッパの報道は、アメリカがヨーロッパを侮辱した、上から目線で説教しやがって生意気だ、アメリカがヨーロッパを下に見てウクライナを見捨てることにしたとかいう話ばかり。 が、相変わらず報道ではその演説や発言の全体像が全然伝わってこず、言葉尻の断片ばかりなので、自分で原文を読んでみた。ついでに、きみたちにも読ませてやろう。ほらこれだ。そんな長くないよ。 2025年2月ミュンヘン安全保障会議J・D・ヴァンス米副大統領の発言 ……とお膳立てしてやっても、お前らが読まな
一部の人には朗報かもしれず、ほとんどの人にはまったくどうでもいいことだろうが、ちょっとラファティ『アーキペラゴ』翻訳の続きをやってみた。まだ全11章のうちの4章終わっただけ。ついでに、それにまつわる思い出も解説でちょっと書いたよ。 R.A.ラファティ『アーキペラゴ』(4章まで) このままこの調子で続けるかはわからない。少しはやると思うけれど。実はもう一つ別の仕掛かり品も再開してみた。 cruel.org どっちも、箱から本が出てきたおかげが大きい。こちらもこのまま進めるかどうかはわからんが、仕掛かりをなるべく片づけようと思ってるので、どっちも多少は進むでしょう。 だがそれより、特にこの『アーキペラゴ』はわけのわからない作品で、解説でも書いてるけど、神話を下敷きにしてるのはわかるがそれがどうした的な話で、いろいろ言いたいことがあるようだが何を言ってるのかわからない。そこで面白半分で、4章冒頭
もう20年も前に訳した論文だけれど、アメリカにおいて日本アニメが、ファンによる著作権無視のファンサブ活動を通じて広まったことを示す研究論文。ファンサブというのは、ファンがつける字幕のことね。 法に抗っての進歩:アメリカにおける日本アニメの爆発的成長とファン流通、著作権 html版もある。 cruel.org ポピュラー文化伝搬の歴史から見ても、著作権と文化普及の関係を見る上でも非常に重要なポイント。SSDのファイルを整理しているうちに出てきた。ウェブページは造ったが、当時はTwitterもなく、一部の好事家がリンクしてそれでおしまいになったように記憶しているので、あらためて広めておく。 こういう、グレーゾーン (というか厳密にいえば完全アウト) な海賊活動は、やがて正史が出てくると、すぐに押し潰されてなかったことにされて消えてしまい、その海賊活動の恩恵を大いに受けた人ですらすぐに手のひら返
オッケー、やりかけベスター終わったぜ。 cruel.hatenablog.com 終わったんだが…… ワタクシいま、なんとも言えない喪失感と怒りの混在するワナワナ感にうちふるえておりますわよ、まったくちょっとアルフレッドくん、これ一体何ですのん? というわけで、中身にあわせて邦題かえました。 アルフレッド・ベスター『ローグとデミ:はちゃメタ♡恋のだましあいっ!』(pdf 1.8MB) だってホントにそういう話なんですもん。プンプン。訳し終わっての脱力感、ちょっとわかっていただけます? おいベスター、てめえ、これが遺作でいいのかよ! いまからでも生き返って、最後にドーンと力を見せてくれよ(涙) 失望と絶望と恐怖にうちふるえたい人は……あ、でも内部利用のみのファイルだから読んではいけませんよ。なお、読まずにこの邦題が不当だと思ったら、好きに変えてくれていいよ。ワードのファイルが以下にあるから。
お年玉第2段。ペヨトル工房のバロウズ二冊。 W・S・バロウズ『おぼえていないときもある』 (pdf, 1.8MB) W・S・バロウズ『ワイルド・ボーイズ [猛者]——死者の書』(pdf, 2.1MB) pdfのOCR機能も優秀になりました。昔やったら、特に日本語と外国語の部分の判別がまったくできず、こんな具合になってしまった。 外套を身近にかきよせて、石のような嫌悪で男をねめつける。 「い・CO●”∽0円”∽∽のコ〇【い一”・」 「﹈∪①のの” ”】”O”」 「∽口‥n´【】げ“●①‥日´『¨ぴC●①>【o①【【0”●〇‥・」 黙って唇を結んだまま、女はヘラルド・トリビューン紙をたたんで渡す。女がその目で何をしてい これを全部手で直すのはいやだーと思って放置したが、いまはほとんど一発。ありがたいありがたい。 完璧ではなく、濁点と半濁点はよくまちがえる。その他細かいミスはいろいろあると思うの
お年玉企画で、バロウズ『おぼえていないときもある』のファイルを作っていてふと思い出したこと。 cruel.hatenablog.com ここに収録されている浅倉久志の名訳「おぼえていないときもある」は、創元推理文庫のジュディス・メリル編『年刊SF傑作選7』に収録されている。でもこの本の訳者は、大谷圭二となっている (同じく5巻も)。もちろんこれは、浅倉久志なのだ。 さて、なぜだろう。 ぼくは意地が悪いので、これは浅倉久志が、東京創元社で翻訳をすることに、何らかの不都合があったからだろう、と思ってしまう。もちろん浅倉久志が気まぐれか、何かの思惑で別の筆名を使った可能性はゼロではないが、「久霧亜子」のようなネタでもなさそうだし、営業的に見ても浅倉久志の名前で出したほうがいいはずだし、わざわざそんなことをする理由はなかなか思いつかない。 そしてその不都合というのは、おそらく早川書房で作家/翻訳者
というわけで、あけましておめでとうございます。去年年末に突然思い立ったバージェス『ジョイスプリック』の全訳が、仕上がりました。 cruel.hatenablog.com お年玉です。もちろん完全な海賊訳。気にしない人は読みなさい。気にする人は読むな。 アントニイ・バージェス『ジョイスプリック:ジェイムズ・ジョイスのことば入門』 この本の何がおもしろいかは、解説で書いたけれど、かなり書き足りないので加筆するかも。それと、これからLaTeXの練習で索引つけるかもしれない。つけないかもしれない。本質的なところではない。 たいへんにいい本なんだけれど、なぜ訳されないかは、見ればわかると思う。話の重点が『ユリシーズ』に置かれている前半はまだいいけれど、『フィネガンズ・ウェイク』に力点が移る10章とか11章とか、ジョイスの原文を訳すわけにはいかない (柳瀬訳をもってきてもいいが、当然ながらそれだとバー
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